第72話 徘徊! 少女と甲冑の真夜中の邂逅! (Bパート)
「ふわあああああ」
かなみは大きくあくびをする。
「ねむい?」
翠華は訊く。
「……はい」
かなみは素直に認める。
皿洗いもして台所を綺麗に片づけた。その後、客室でゆっくりしていると腹も落ち着いてくる。
いつもならバリバリ働いている時間帯だけど、この状況で夕食を食べたばかりだとついウトウトしてしまう。
でも、寝るわけにはいかないから頑張って頭を揺らす。
「あ、そうだ。コーヒーでもどうかしら? 台所にインスタントがあったから」
「それじゃ、私が淹れますよ」
「いいから、かなみさんはゆっくりしてて」
翠華はそう言って、逃げるように客室を出る。
「はああああああ」
廊下に出ると、緊張がほどけて大きく息を吐く。
「かなみさんと二人っきりだなんて緊張する……」
思わずウシィへ弱音を吐露する。
「ウシシシ、逆に言えばチャンスじゃねえか?」
「チャンス?」
「ウシシシ、二人っきりだぜ、かなみ嬢と」
「ふ、ふふふふ、二人っきり!?」
今までなるべく考えないようにしていたことだけど、夕食も食べて落ち着いてくると意識せざるを得ない。
「ウシシシ、夜は長いぜ」
「う、うぅ……!」
翠華は頭を抱え込む。
「ウシシシ、はっきり言ってものにするなら今夜だぜ」
「そんなはっきり言わないで!! は!」
翠華は振り返る。
客室に残ったかなみに訊かれたのではないか、と危惧した。とはいえ、客室には特に動きはなかったので聞かれたかどうかわからない。
「あうう……」
後ろ髪引かれる想いで、台所へ向かう。
台所には、本場から取り寄せたような高級っぽいコーヒー豆があったのだけど、今からわざわざ焙煎しようとは思えないので見つけておいたインスタントコーヒーを淹れることにした。これならお湯を沸かせるだけで済む。
「かなみさんと二人っきり……かなみさんと二人っきり……」
ポッドを沸かせながら、うわ言のように呟く。
そして湯気が沸き立つポッドのように、翠華の頭も熱で湯気が湧いてくるようだ。
時計を見ると午後十時。夜はまだまだ長い。
「ああいう怪談のお化けが出ると言われるのは丑三つ時ってよく言うけど……」
「ウシシシ、丑三つ時っていうのは午前二時のことだぜ」
「それまで起きていなきゃならないなんてね……」
本当に夜はまだまだ長い。
逆に言えばそれだけ二人っきりでいられるのだから、親密になれるまたとないチャンスともいえるのだけど、そこまで翠華は前向きになれなかった。
「ウシシシ、本当いくじがねえぜ」
ウシィは言う。
「わかってる、わかってるんだけど……」
いくじがない。
その自覚はあるし、なんとかしないと、と思うもののどうにもならない。
インスタントコーヒーの粉を入れたカップにお湯を淹れる。物思いにふけっていても考え事をしていてもすぐ作れるのがインスタントの利点だとちょっと思う。
「かなみさん、喜んでくれるかしら……?」
手軽なのでつい選んでしまったけど、高級っぽいコーヒー豆から淹れた方がよかったのでは、と今更ながら思えてきた。
「ウシシシ、かなみ嬢なら何やっても喜ぶだろうよ」
「だといいけど」
しかし、こういうときはウシィの軽口でちょっと気が楽になった。
客室へ戻る。
そこにはすーすーと寝息を立ててベッドに横たわるかなみの姿があった。
「かなみさん……」
夕食をたっぷり食べた後で、あくびもしていたし、日頃の疲れもあったのだろう。
このまま寝かせておこう。コーヒーが冷めてしまうけど気にしない。
(それにしても……)
釘付けになってしまう。
(なんて可愛らしくて柔らかそうなほっぺた……)
思わず手を伸ばす。
触れてみたい、触ってみたい。
その誘惑がもう少しだけ、もう少しだけと指を伸ばさせる。
――ぷに。
「あ!」
指先が触れた直後に翠華は声を上げる。
「うぅ……ぅ、ん……」
かなみの寝息がそれで止まる。
(ひゃぁ!?)
翠華は心の中で叫び、即座に手を引っ込める。
「すい、か、さん……?」
「は、はい!」
反射的に叫んでしまう。
それで、かなみは完全に起きる。
「あ、すみません! つい眠気が襲ってきてしまって!!」
かなみは思いっきり起き上がって謝る。
「う、ううん……疲れてたんだから仕方ないわ……」
ついうっかり魔が差して粗相をしてしまった罪悪感で、翠華も適当に言い訳をつくろう。
「でも、大事な仕事中に……」
「いいから! いいから! むしろ、かなみさんはこの機会にたっぷり寝るべきよ!」
罪悪感を塗りつぶす為、翠華は力説する。
「え……」
「むしろもう一回寝るべきよ! さあベッドに横になって!!」
「確かにこのベッドは気持ちいいですけど……さすがにもう一回寝るのは……」
かなみも引く。
「あ、コーヒーいただきますね!」
逃げ口上のようにそう言って、翠華が持ってきたコーヒーを手に取る。
「あ……」
それで翠華も自分が平静じゃなくなっていたことに気づく。
「コーヒー、おいしいですよ!」
「そう、よかった……インスタントだけど。
あ、かなみさん、コーヒー苦くない? 砂糖も用意したんだけど」
「これくらい平気ですよ。社長が淹れたものに比べたら、とても飲みやすいですよ」
「あ……あれは、そうね……」
翠華も何度か飲んだことはある。
あの泥のように濃くて恐ろしくて苦い社長の特製コーヒー。思い出しただけでも苦味が舌に蘇り、苦い顔をする。
しかも、社長の方針で砂糖とシロップも置けないのでブラックで飲まなければならない。
かなみはオフィスでタダで飲める飲料ということで、これを幾度となく飲んでいた。その様子を目にする度に翠華は不憫に思っていた。
(ああ、でも苦い顔したときのかなみさんもよくて……そういえば、この前密かに写真をとっていたのがあったわね……)
そんなことを思い出しながら考えていた。
「かなみさん、よくあの苦いコーヒーを飲めるわね」
「他にありませんからね……社長に何度アメリカンとかお茶とかも置いてくださいって言ったか」
「……全部却下されてたわね」
翠華がそう言うと、かなみは苦笑する。
「そうなんですよ、社長も部長も揃って意地が悪いですから! 私がどんなに頼んでも聞き入れてくれないんですよ!!」
「かなみさんも大変ね!」
「こうなったら、みんなで団結して直談判しましょう!」
「みんなでって?」
「私と翠華さんとみあちゃんと紫織ちゃんで、ですよ! 四人で頼めばなんとかなると思いませんか!?」
「うーん、それでもならないんじゃないかしら」
「えー、どうしてですか?」
「相手はあの社長だから」
「た、確かに……」
かなみ達が四人がかりになっても、あるみが折れるところなど想像できない。
「あの社長にはどうやったら勝てるんでしょうか?」
「うーん、まったく思いつかないわね……」
「ですよね……社長、強すぎます……」
未だに超えられない壁であった。
「まあ、だからこそ頼もしいと思うのだけど」
「翠華さんも頼もしいですよ」
「わ、私が?」
かなみに素直にそう言われて、硬直する。
「そんなことないわ……!」
「そうですか」
「……私にとっては、かなみさんの方が」
翠華は小声でつぶやく。
「何か言いましたか?」
「いえ、なんでもないわ」
そんななんでもない雑談をして、夜は更けていった。
「そろそろ、お風呂にしましょう」
浴室も自由につかっていい許可はもらっている。
「あ、私はあとでいいから」
「ええ、一緒に行きましょうよ!」
「えぇ、で、でも……」
翠華は躊躇う。二人で浴室に入るなんて、とてもじゃないけど翠華の精神が耐えられそうにない。
「行きましょう! 私、翠華さんと一緒じゃないと嫌です!」
かなみはいつになく強引に翠華の手を引く。
「か、かなみさん、ど、どうして……?」
「だって、浴室なんて! いかにもホラー映画とかでお化けに襲われるシチュエーションじゃないですか!!」
「ああ……」
そういうことね、と翠華は納得する。
洋館の浴室でお化けに少女が襲われる。かなみが言うようにホラー映画の定番である。怖がるのも無理はない。
「翠華さんだけが頼りなんです!」
「わ、わた、わたわたしだけが、頼りだなんて……!」
翠華は動揺する。
「ささ、お願いします!」
そんな翠華にかなみは強引に手を引く。
「ちょちょちょ、かなみさーん!?」
二人で廊下に出る。
廊下には灯りが無く、今日は月明かりすらないので余計に薄暗く、何か出てきそうな雰囲気が出ている。
かなみはぶるぶる震えている。
「かなみさん……?」
「………………」
かなみは押し黙る。
「大丈夫、よ……」
「大丈夫ですか?」
弱弱しく返事が来る。
「ええ」
翠華は肯定する。
「――!」
かなみは翠華にしがみつく。
「……ひぃ!」
翠華は驚きのあまり、小さく悲鳴を上げる。
「かなみさん、これだと歩きづらいわ……」
「あ、す、すみません……!」
かなみは慌てて離れる。翠華は少しだけ後悔した。
「でも、なんだか本当にお化けとか幽霊とか出てきそうですね……」
「そ、そうね……」
実を言うと翠華はさっきコーヒーを淹れるために廊下に出ていて、この雰囲気に少しだけ慣れている。
「なんだか、遊園地のお化け屋敷みたいね」
「そ、そういえば……」
その時のことを思い出して、かなみはブルりと震える。
言わない方がよかったかしら、と、また翠華は後悔する。
「だ、大丈夫よ。あのときもなんとかなったんだし!」
「そうですね……翠華さんがいてくれれば……!」
(なんで、私……こんなに頼りにされているのかしら……?)
かなみがお化けが大の苦手ということを差し引いても、ちょっと異常なことに思えてならない。
「それにまだお化けが出ると決まったわけじゃないし……」
「いえ、でますよ! これだけ条件が整っておいて、出ないなんてお化けの名折れですから!!」
「そ、そうなの……?」
よくわからない理屈であった。
豪勢だけど歴史ある洋館。
甲冑が出歩くという怪談めいた噂。
そして、月は雲に紛れて薄暗くなっている。
確かに条件は整っている。
かなみが頼りにしてくれるという今の状況でなければ、お化けが出てくるかもと震えていたかもしれない。
(で、出るわけが……ないわよね……)
改めて考えるとちょっと心配になってきた。
ゴツゴツ
何やら金属音が混じった物々しい――足音がする。
「ひい!」
「ひゃ!?」
かなみが悲鳴を上げ、それにつられて翠華も上げてしまう。
「な、なに、今の音?」
「か、風の音……?」
「そんなわけないわよ! あんなにゴツゴツの風の音なんてあるわけない!?」
「だったら、野良猫ですかね?」
「かなみさん……」
とぼけて現実逃避しようとするかなみへ促すように翠華は呼びかける。
「す、すみません……」
反省するかなみ。
しかし、その顔は恐怖で青ざめている。
「で、でしたら、あの音は何なんですか!?」
「夜中に出歩く甲冑……」
「ひいい!」
「もしくは……泥棒?」
「え?」
「もしくはネガサイドの怪人?」
「ネガサイドの怪人だったら絶対に許しません!!」
かなみは一気にやる気を出す。
(お化けかネガサイドの怪人かでこんなに変わるのね……本当にネガサイドの怪人だったらいいのだけど、もし千歳さんみたいなお化けだったら……)
そんなことを思案しながら、足音のした方へ向かう。
その方とはもちろ甲冑が安置されている中央の階段。
ゴツゴツゴツゴツ
どんどん足音が大きくなる。
近づいている証拠だ。
「敵はネガサイドの怪人……! 敵はネガサイドの怪人……!」
かなみは大いに張り切る。
しかし、一見そう見えるものの、敵はネガサイドの怪人であってほしいという願いにも似た想いで恐怖を塗り潰している。その姿勢は翠華にも不安を抱かせるものであった。
ゴロゴロ!!
突然、雷鳴が響き渡る。
「「え!?」」
かなみと翠華は驚き、飛び上がりそうになる。
パラパラパラ、ザザァァァー!!
その直後に、雨が弾幕のように鳴り渡る。
「な、なんで……!?」
「雨……さっきまで降る気配なかったのに……?」
翠華はそう言って、窓を覗こうとする。
ピカーン、ゴロゴロ!!
雷の光が走り、雷鳴が再び響き渡る。
「きゃあ!?」
翠華は驚いて尻餅をつく。
「翠華さん、大丈夫ですか?」
「え、ええ、ちょっと驚いてしまって……」
かなみは手を差し出す。
「あ、ありがとう」
翠華は頬を赤らめながら手を引かれる。
「急に振り出して、ビックリしましたね」
「ええ……」
ゴツゴツ
そんなやり取りをしているうちに、金属の足音は近づいてくる。
「――!」
かなみと翠華はその方向を見る。
ピカーン!
雷光に照らされて廊下の先に、――甲冑は立っていた。
「………………」
かなみは絶句する。
階段の上に安置されている甲冑。この廊下にいないはずの甲冑。
一人でに動き出したとはしか思えない。そんな事が有り得るとしたら、お化けか、ネガサイドの怪人か……
ネガサイドの怪人の仕業と思いたい。
しかし、お化けの可能性も捨てきれない。
そのせいで、かなみは恐怖で動揺し、判断を決めあぐねていた。
ゴツゴツ
甲冑は一歩ずつ近づいてくる。厳かな足取りで確実に。
「……ひい!」
「かなみさん、大丈夫よ」
翠華は自分でも驚くほど冷静な声で、かなみへ語り掛ける。
「あれは怪人だから、お化けじゃないわ……だから、戦えるはずよ」
そう言って、コインを取り出してかなみへ見せる。暗闇の中、コインは妙に輝いて見えた。
「はい」
それにかなみは勇気づけられた。
「「マジカルワークス!!」」
雷光よりもまばゆい光に包まれて、黄色と青色の魔法少女が洋館の廊下に立つ。
「愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!」
「青百合の戦士、魔法少女スイカ推参!」
口上を言い放つやいなや、スイカは飛び出してレイピアを突き出す。
カキン!
甲冑は受けたり避けたりする素振りも無く、レイピアは弾かれる。
「かたい……!」
スイカは後退する。
「ただの金属だったら貫けるはずなのに……!」
「相当固いですね。私の魔法弾でも通じるか……ただ、一つわかったことがあります!」
「なに?」
「レイピアが当たったということは実体があります! 幽霊だったらすり抜けるはずです! つまり、あれは幽霊じゃない、怪人です!」
カナミは指を差して断言する。
「………………」
甲冑は何も答えず、寡黙に歩み寄ってくる。
その厳かな足取りは、カナミ達に緊張を与える。
「カナミさん、神殺砲は……」
「はい、わかってます!」
カナミは元気よく答える。
「この洋館を壊さないために、使えません!」
「ええ、そのとおりよ」
「ですから、スイカさんのレイピアが頼りです!!」
カナミの期待がスイカのプレッシャーとしてのしかかる。
「ええ!」
しかし、スイカは臆さず再び突っ込む。
「ストリッシャ―モード!」
レイピアの二刀で目にもとまらぬ連続突きを繰り出す。
その突きを前にして、甲冑は帯刀していた剣を鞘から引き抜く。
ブゥゥゥン!!
風を切るような斬撃で、レイピアははたき落とされる。
「くう!」
スイカは負けじとレイピアを突き出す。
パキィィィィィィィン!!
渾身の力を込めて突き出したレイピアが甲冑の剣に砕かれる。
「強い!」
ブゥゥゥン!!
剣風だけで弾かれるようにスイカは退く。
「ここじゃ不利だわ!」
「外に出ましょう!」
カナミとスイカは外へ向かう。
レイピアの攻撃がまったく通じないのなら、カナミの神殺砲の出番だ。だけど、さっきも言ったように洋館の中で撃てば半壊しかねない。そのため、外に出なければならない。
「追ってきなさいよ! ホラー映画のゾンビみたいに!」
カナミは挑発する。
その挑発が聞こえたのか、甲冑はゆっくりとだが追いかけてくる。
ゴツゴツ
その重い足取りが耳に響いてくる。
カナミとスイカは洋館を出る。
外の雨はすっかり止んでいて、雨に濡れずに済んだ。
「追いかけてこない」
洋館の方を振り向くと、甲冑が追いかけてくる気配がまったくない。あの金属音の重たい足音も聞こえない。
「どういうこと?」
数分、そこに立って待ち構えていても追いかけてこない。
「来ませんね……」
「もしかして、あの怪人、洋館から出てこないのかしら?」
「そんな! 出てこないんだったら、倒せませんよ!!」
「……困ったわね!」
「こうなったら、神殺砲で洋館ごと吹き飛ばして!」
「そんなことしたら、修繕費でカナミさんの借金が倍増しちゃうわ!」
「じょ、冗談ですよ……!」
若干本気の眼をしていたことについて、スイカは言及しないでおくことにした。
「でも、やっぱり出てきませんね。このままじゃお仕事が達成できませんよ」
当然ボーナスももらえない。
「……どうして外に出てこないのかしら?」
二人で考えてみてもまったくわからない。
「ひとまず戻りましょう」
いつまでも外にいても仕方が無い。客室に戻って休みたい。
「ええ! あいつ、きっと待ち構えてますよ!!」
「でも、戻らないわけにはいかないし、このまま帰るわけにもいかないし」
「帰ったら、ボーナスが出ませんし……!」
甲冑とボーナスがせめぎ合っている。
「戻りましょう! またあいつが出てきたら今度こそ神殺砲をぶちかましてやりますよ!!」
「だから、それはダメよ!」
この仕事、ちゃんと果たせるのか、とスイカは不安になってきた。
ガチャ
洋館の入り口の大きな扉を開ける。
まずスイカが入って、様子を見る。
「カナミさん、大丈夫よ」
「本当ですか?」
カナミは扉を開けて、顔だけ出して様子をうかがう。そして、本当に大丈夫だとわかるとちゃんと入ってくる。
ゴツゴツ
しかし、カナミが入った途端、金属の足音がする。
「ひい!」
階段から甲冑が降りてくる。
「どうして……?」
「入ってきた途端に襲ってくるなんて!」
カナミはステッキを、スイカはレイピアを構える。
甲冑もまた剣を構える。
カナミは即座に魔法弾を撃つ。
キンキンキンキン
しかし、魔法弾は甲冑に当たるも豆鉄砲のように弾かれる。
「やっぱり、ダメです!」
甲冑は固くて簡単に貫けそうにない。
スイカのレイピアが初撃で弾かれたのだから、こうなっても不思議ではないけど実際魔法弾をことごとく弾かれるとその事実を突きつけられる。
「こうなったら!」
スイカはレイピアを構える。
魔力を溜めて、一気に解き放つための体勢だ。
「最高最速の一撃で倒す!」
音を置き去りにするほどの踏み込みで甲冑との距離を詰める。
「ノーブルスティンガー!!」
渾身の一突きで甲冑は宙を舞い、階段へと激突する。
「やったー、さすがスイカさん!」
飛び上がらん勢いで喜ぶカナミに対して、スイカの顔は冴えない。
「貫けなかった……なんて固いの……」
そう呟くと、手に持っていたレイピアが砕け散る。
一方、階段に打ち付けられた甲冑の方は起き上がってくる気配が無い。
「だ、大丈夫でしょうか?」
「さあ、わからないわ」
カナミとスイカは一歩ずつ生死を確かめるように歩み寄る。
「し、死んでますか……?」
カナミが訊くと、スイカはレイピアをつついてみる。甲冑は相変わらず動かない。
「多分、死んでるわ……」
スイカは自信半分に答える。
ただ甲冑の金属板は少しへこんでるものの貫けていない。怪人の傷としては浅い方に見えて、今にも動き出しそうで怖い。
「魔力はそんなに感じないわ。前見た時と同じだわ」
「ほ、本当ですね……」
カナミも恐る恐る甲冑に漂う魔力を確認してみる。
「ということは、お仕事達成ですか!?」
「さあ、わからないわ……」
スイカはもう一回レイピアでつついてみる。甲冑は動かない。
これで本当に仕事達成なのか。
「執事さんに確認してみましょう」
ウシィから携帯電話を受け取って、かけてみる。
「こんばんは」
『夜分遅くにお疲れ様です』
「件の甲冑ですが、やはり動き出して襲い掛かってきました」
『おお、それは大変ですな。しかし、あの甲冑が人を襲うとは……!』
「それで撃退はできたんですけど、今動かなくなってしまってて」
『それは本当に撃退できたか確認が必要ですね。朝になったら参りますのでそれまで見張っていただけますか?』
「はい。それは大丈夫ですけど。少し気になることがありまして」
『気になることですか?』
「私達、一旦外に出てみたんですけど、その時は追いかけてこなかったんです」
『甲冑は外に出てこなかったということですか?』
「はい」
『確かに私も含めて甲冑が外を出歩いたところを目撃した人はいませんね』
「そうですか。ということは甲冑は外に出れない、と考えるべきですね」
『私もそう思います。ですが、あなた方は甲冑に襲われたのでしょう?』
「はい」
『それはおかしな話ですね。甲冑が動き出してから襲われた者は一人もいませんのに』
「一人も? 襲われた人は一人もいないんですか?」
『はい』
「それは確かにおかしな話ですね」
『ともかく甲冑が動かなくなったのであれば、我々も真偽を確かめなければなりません』
「わかりました。それでは明朝n」
『よろしくお願いします』
スイカは電話を切る。
「スイカさん、凄いです! 大人のやり取りです!」
カナミは尊敬の眼差しを送る。
「そ、そんなに凄いものじゃないわよ」
「ウシシシ、しかし、誰も襲われていないってのは妙だな」
「そうだね、ボク達には剣を引き抜いて襲い掛かってきたのに」
ウシィやマニィの発言を受けて、スイカは顎に手を当てて考える。
「この甲冑、私達を敵として認識していましたね」
「ええ。外には出ない……私達だけを襲う……」
「まるで私達を追い出すことが目的みたいですね」
「追い出す……? そうね、確かにそのとおりだわ」
「私達、侵入者と思われたんじゃないでしょうか?」
「侵入者、そんなはずは……私達はこの洋館の御主人に招かれて来たはずなのに……」
むしろ、客人としてもてなされる立場だというのに、スイカは思った。
「甲冑のお化けはそう思っていないんじゃないですか?」
「うーん……」
カナミの意見は捨てきれるものではないけど、自分達が侵入者だと思われているのは心外なので、素直に受け入れられなかった。
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