第70話 嬉戯! 母の戯れは娘を惑わす (Bパート)

 結局、ジェットコースターは普段通りに急降下して、絶叫マシンとして存分にレールへ走り抜いた。

「何ともないじゃない……」

 かなみはカフェテラスのテーブルで、ちゃんと走っているジェットコースターを見上げてぼやく。

「母さんにからかわれただけってことね……」

 涼美は普段の能天気な口調とは裏腹に強かである。それを改めて思い知らされる。

「母さんと二度と賭けはしないわ」

 そう心にも誓うのであった。

「またしましょうよぉ」

 涼美はニコリと笑って言う。

「今度はぁお化け屋敷でかなみが叫ばないかぁ」

「絶対いやよ!!」

 絶対に負ける自信がある。

「第一、私ばかり卑怯よ! 母さんも賭けるべきよ!」

「それじゃぁ、私がぁ何のマシンにぃ乗ったらぁ悲鳴を上げるかぁ賭けてみるぅ?」

「うぅ……!」

 かなみは歯噛みする。

 ネガサイドの秘密基地でいきなり地下に落とされた時も涼美は悲鳴どころか声一つ上げなかった。そんな人が遊園地の絶叫マシンで悲鳴を上げるところなんて想像がつかない。

「賭けてみなぁい?」

 涼美もそれをわかっているからこそかなみを煽るように言ってくる。

「……くぅぅぅ!」

「まぁ、かなみをぉからかうのはぁこのぐらいにしてぇ」

 涼美はバスケットをテーブルの上に置く。どこに隠し持っていたのだろうか。

「お昼にしましょぉう」

「お弁当……」

 中身はおにぎりだった。

「うちにこんなにお米買うお金があったかしら?」

「まぁ、そこは気にしないでねぇ。せっかくぅ張り切って作ったんだからぁ」

 確かに言われると、よく作ったと思う。というより二人分にしては作りすぎたんじゃないかなとさえ思う。

「食べていい?」

「どぉうぞどぉうぞ」

「いただきます」

 かなみはさっそく一つ目を食べる。

「すっぱぁ!? これ梅干し!?」

「そうよぉ」

「他のおにぎりには何の具材入れたの?」

「えぇっと、昆布ぅ、おかかぁ、シャケェ、チョコミントォ、ハバネロォ、ジャムゥ」

「ちょっとまって! おかしいのが混ざってるんだけどぉ!?」

「えぇ、何がおかしいのぉ?」

「おにぎりに普通入れないものが入れてるのよ!?」

「入れないものってぇ?」

「チョコミントとかハバネロとか!」

「おいしそうじゃなぁい」

 涼美は何の悪びれもせず、言い切る。

「どれがどれだかわからないわぁ……」

「ふふぅん、完璧なぁ偽装工作よぉ」

 その一言を聞いて、確信犯だとかなみは思った。

 「母さんが責任をもって全部食べてよ」と言いたかったところだが、グーと鳴る腹の虫は収まらない。

「もう一個ぐらいだったら……」

 我慢できずにおにぎりをもう一個手に取ってしまう。

「からぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」

 すかさず食べて悲鳴を上げる。

「あぁ、ハバネロに当たったみたいねぇ」

 涼美はそれを心底楽しそうに眺める。




「もう、母さんのおにぎりは食べない……」

 項垂れながら宣言する。

「そんなことぉ言わないでぇ」

「なんでジャムとかマスタードとかおにぎりにいれるのよ」

「ほぉら母さん、向こうの生活がぁ長かったからぁ」

「それにしても母さん、日本人でしょ? 日本人だったらおにぎりに何を入れるかわかってるものじゃない?」

「うぅーん、そうねぇ……向こうのお化け屋敷にいかなぁい?」

「ちょっと、はぐらかさないで!」

「ほぉらほぉら」

 涼美はかなみの手を無理矢理引く。

「お化け屋敷なんて嫌!! 絶対に嫌よ!?」

「かなみって~、怖がりなのねぇ」

「そ、そんなんじゃないわよ!」

「だったらぁ、行きましょうかぁ」

 結局、涼美の強引な押しに折れて、お化け屋敷に入ることになった。

(大丈夫、翠華さんと前に一度入ったことがあるんだから! 大丈夫、怖くない怖くない!!)

 薄暗いお化け屋敷の廊下を歩く。

「かなみ、そんなにぃしがみつくとぉ歩きにくいわよぉ」

「だ、だって~」

 かなみは涼美にしっかりとしがみつく。

 しかし、言葉とは裏腹に涼美は歩きにくさを感じさせることなくスムーズに進んでいく。

「かなみは怖がりねぇ、昔雷が怖くてぇ布団にもぐりこんできたことがあったわねぇ」

「そんな昔のことを言わないでよ!」


ゴロゴロゴロ!!


 かなみが抗議すると途端に雷鳴が鳴り響く。

「キャッ!?」

 かなみは思いっきり涼美はしがみつく。

「演出よぉ、中々ぁこってるわねぇ」

 涼美は笑って言う。

「ねぇ、かなみ」

「な、何?」

「母さんがぁいるときはぁこういうふうに頼ってもいいのよぉ」

「母さんを頼る……?」

「そぉう、母さんかなみが大好きだからぁ」

「………………」

 かなみは押し黙る。

「……私も」


ゴロゴロゴロ!!


 かなみの声は雷鳴で遮られる。

「さぁあ行きましょぉう」

「あ、母さん?」

 言うタイミングを逃してしまった、とかなみは思った。

「きゃぁ、ひとだま!?」

 墓地のエリアに入ると、急に人魂のオブジェクトが浮かび始める。

「あれはぁ作り物よぉ」

「そ、そんなのわかってるけど! わかってるけど!!」

 かなみは涼美へしがみつく。

「こういうのいいわねぇ」

「私は嫌よ」

 かなみは恨み言を漏らした。




「もう二度とお化け屋敷に入らないわよ」

 かなみはベンチに座って、涼美へ言う。

「なんだかぁ、かなみはさっきからぁそんなことばかり言ってるわねぇ」

「母さんと遊園地に行くと散々だわ」

「私はぁ楽しいわよぉ。かなみはぁ楽しくなぁい?」

「……私は」

 楽しくないと言えば嘘になる。

 母親に連れられて、無理矢理振り回されて散々だけど不思議とそれが不快だと思えない。

 家族と一緒に遊園地に行く。

 友達に何度も聞かされた話だけど、物語のようにひどく実感が持てない。かなみは家族とそういうことを一度もしたことがなかったから。

 遊園地に行きたい。

 その一言を言った事が無い。言えなかった。

 両親はいつも家にいなかったから。会話すらろくにないことがほとんどだった。

「明日出かけるねぇ、いつ帰るかはぁわからないわぁ」

「そう、行ってらっしゃい」

 そんなやり取りばかりだった。

 なのに、今はこうして母と二人遊園地に来ている。

 まるで夢のような現実。頬をつねると覚めてしまいそうだ。

「ねぇ、次はぁあれ見ましょぉう」

「え……?」

 涼美が指差したのは、ステージの方だった。

 子供達の声援が聞こえる。今ヒーローショーのイベントをやっている真っ最中のようだ。

「母さん、あれは……」

 かなみは行くのに躊躇った。

 ヒーローショーを見るような歳でもないと思ったからだ。

「お仕事よぉ」

「……え?」

 思ってもみなかった涼美の一言であった。

 『宇宙の騎士リュウセイナイト』という男の子向けのヒーローで家族連れが多い。

 わーわーわー! と子供達の声援を上げている。

 星をかたどった派手なコスチュームを着こんだヒーローがスペース怪獣と戦っている真っ最中のようだ。

「ねえ、母さん、あれって?」

 かなみはリュウセイナイトとスペース怪獣が戦うステージを見つめて違和感に気づく。

「えぇ、そうよぉ」

 涼美はあっさりと答える。

「あのスペース怪獣はぁ、ネガサイドの怪人よぉ」

「はぁ!? なんで、ネガサイドがヒーローショーに?」

「どうやらぁ、ヒーローを倒すのがぁ目的みたいよぉ」

「なんでそんな目的で……?」

 ヒーローショーのヒーローなんてネガサイドの怪人なら簡単に倒せるだろうし、倒したところで何の得があるのか皆目見当がつかない。

「ともかくぅ、あれを倒すのがぁ私達のお仕事よぉ」

「ええ……」

 かなみは気乗りしなかった。


ドォン!


 派手な音響による効果音でスペース怪獣は殴られてよろめく。

「おおー!」「いいぞ!」「いけえ!」

 子供達が歓声を上げる。

「っていうか、どうやって戦うのよ? こんな人がいっぱいのところで戦えないわよ」

「そんなことないわよぉ」

 涼美はあっさり否定する。

「……え?」


バチン!


 スペース怪獣は殴り返す音が鳴り響く。

 これは音響ではなく怪獣の強烈な殴打によってステージ中に響き渡ったようだ。

「痛そう」「負けるな!」「殴り返せ!!」

 子供達の純粋な声援が聞こえてくる。

「母さん、今なんて?」

 かなみは不安げに訊く。

 嫌な予感がする。

 滅茶苦茶恥ずかしくて絶対にやれないこと。しかし、この涼美ならノリノリでやってのけそうな恐ろしいこと。

「あの、もしかしてこんな人がいっぱいのところで戦うって言いました?」

 恐る恐る敬語で訊いてみる。

「これぐらい慣れっこなのよぉ」

「なんで慣れてるのぉぉぉッ!?」


ドォン! バァン! ドォン!


 かなみの叫びに連動するかのようにスペース怪獣はリュウセイナイトを蹴ったり殴ったりして倒していく。

「わああ!?」「そんなあ!!」「負けちゃう!」

 子供達の不安げな声が耳に入ってくる。

「さぁ、子供達の夢をぉ守るわよぉ」

「母さん、何言って、」

 涼美はかなみの問いかけに答えることなく、ステージへ駆け出す。

「ちょっとぉぉぉぉぉッ!」

 かなみが静止する間もなく、涼美は光を放ちながら魔法少女へ変身してステージへ降り立つ。

「鈴と福音の奏者・魔法少女スズミ降誕!」

 黄金色に輝く見目麗しい魔法少女がスペース怪獣とリュウセイナイトの間に割って入る。

「母さん……」

 かなみは気恥ずかしさでこの場を去りたい想いに駆られた。

「「「おおぉぉぉぉぉぉッ!」」」

 しかし、そんなかなみの想いとは裏腹に子供達は盛り上がる。

「え、なんで……?」

 急な乱入者、それもヒーローの世界観とは場違いな魔法少女の登場にも関わらずだ。

「資料によると、だね」

 肩に乗っているマニィが解説する。

「この【宇宙の騎士リュウセイナイト】は様々な星の協力者という名目でいろんなゲストが味方として登場するのが売りみたいだよ」

「それで魔法少女が出てもみんな味方だと思ってるのね」

 かなみは納得しつつも呆れる。

「みんなぁ~声援ありがとうねぇ~」

 スズミは楽し気に子供達に手を振る。

「なんであんなにサービス精神旺盛なのよ……?」

 かなみは頭を抱える。

「君も行かなくていいのかい?」

「な、なんで、私まで?」

 母がああして変身して大勢が見ているステージに立っているだけでも十分に恥ずかしいというのに。

「君がいかないと報酬は半分になるって約束なんだけど」

「なんでそんな約束……?」

 報酬を半分にされてしまうとなると、出て行かないわけにはいかない。

「ええい、しょうがないわね!!」

 覚悟を決めて、コインを取り出す。

「マジカルワーク!!」

 黄色の光を放ち、もう一人魔法少女がステージへ降り立つ。

「愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!」

 お決まりの名乗り口上とポーズを決めたことで、子供達は大いに盛り上がる。

「もう一人の魔法少女だあ!」「可愛い!」「かっこいい!」

「は、恥ずかしい……」

 カナミは赤面し、顔を背ける。

「ほぉら、もっと堂々としてぇ」

 スズミが促してくる。

「あんた達、一体?」

 リュウセイナイトは戸惑いながら、カナミ達へ

「助っ人よぉ」

「助っ人? そんな台本聞いてないんだが!?」

「気にしなぁい気にしなぁい」

「母さん……」

 ステージに立ってもマイペースなスズミにカナミは呆れるしかなかった。

「お、お前達は噂の魔法少女!」

 反対側にいるスペース怪獣は颯爽と現れる魔法少女に怯んで指差してくる。

「噂ってぇどんな噂かしらぁ?」

「どうせろくでもないものよ」

 カナミは吐き捨てるように言う。

「くそ、ヒーローショーのヒーローを倒してこの遊園地を征服してやるつもりだったのに!」

「遊園地を……征服……?」

 どうしたらヒーローショーでヒーローを倒して遊園地を征服できる気になるのか。

 問いただしてみたいけど、それ以上にさっさと倒してこの場をすましたい気持ちが強い。

「こうなったら魔法少女ごと倒してやる!」

 スペース怪獣はどこからか取り出した石を投げつけてくる。

「くらえ! 隕石アタック!」

 カナミは魔法弾をぶつける。


バァン!


 魔法弾と石が衝突し、派手な爆発が起こる。

「おお!」「爆発だあ!!」「すげえ!!」

 子供達がおおいに喜ぶ。

「カナミ、その調子よぉ」

 スズミまで声援を送ってくる。

 しかし、カナミにとってやりづらいことこの上ない状況であった。

「一気に倒してやるわ!」

 カナミはステッキを砲台へ変化させる。

「あぁ、ちょっとぉ待ってぇ」

「えぇ、なに!?」

「私にも見せ場がないとぉ」

「はぁ……?」

 スズミは前に出る。

「良い子のみんなぁ~こんにちはぁ~」

 スズミは子供達の方へ手を振る。

「「「こんにちは!!」」」

 子供達は元気よく答える。

「今からぁ悪い怪獣さんをぉ倒すからぁ~応援よろしくねぇ!」

「「「はぁ~い!」」」

「それじゃぁいくわよぉ~! そぉ~~~れぇ~~~ッ!」

 スズミは黄金の鈴を放り投げる。

「おわっと!?」

 スペース怪獣はこれをかわす。


チリリリリン


 鈴は心地良い音色を響かせる。

「そぉ~れ!」

 スズミは再び鈴を鉄球のように投げ入れる。


チリリリリン


 鈴を投げてはスペース怪獣を避ける。

 その度に心地良い音色が響き、観客は聞き入れる。

「母さん、わざと避けられるスピードで投げてるわね……」

 スズミの実力をよく知っているカナミはそう読み取る。

「この野郎!!」

 スペース怪獣は破れかぶれになってセットの岩を投げ入れる。

「そぉれー」

 スズミは鈴を投げ入れて、粉々に砕く。


チリリリリン


 しかし、響いたのは岩の炸裂音ではなく、鈴の音色であった。

「ふふぅん」

 クルリとスズミは一回転し、優雅に踊る。

「「「おお、すげえええええ!!」」」

 子供どころか大人達までも歓声を上げる。

「母さん、ショーやってる場合?」

「場合なのよぉ、フフ」

 スズミは楽しそうに答える。

「さぁ、十分盛り上げたからぁ後は止めを刺すだけよぉ」

「お、おう!」

 そこへリュウセイナイトが答える。

「ここで怪獣に止めを刺すのが俺の役目だ。スペースブレード!」

 リュウセイナイトは肩に取り付けられたブレードを引き抜いて構える。

「でやああああ!」

 構えたまま、スペース怪獣に突進する。

「隕石アタック!」

 しかし、スペース怪獣は岩を投げ入れる。

「ぎゃああ!?」

 リュウセイナイトはその岩に吹き飛ばされる。

「あちゃあ……」

 カナミはヒーローの無様な姿に嘆息する。

 ただコスチュームを着こんだだけの人間がネガサイドの怪人に勝てるはずがないというのに。

「あぁ……」

 怪獣にやられたヒーローを見て、子供達は落胆する。

「カナミ、どうするのぉ?」

「どうするって……!?」

 カナミは困惑した。

 こういう空気になったら、

「ええい、やっぱり私が倒すわよ!」

 カナミは再びステッキを大砲へ変化させる。

「お前もこいつで倒してやる! 隕石アタック!!」

 スペース怪獣は三度岩を投げつけてくる。

「そんなもの! 神殺砲! ボーナスキャノン!!」

 カナミは砲弾を発射する。

 その砲弾からしてみれば岩など障害物にすらならず、撃破してスペース怪獣を飲み込む。

「あぎゃあああああッ!!?」

 スペース怪獣は断末魔を上げて、上空で爆散する。


ドゴォォォォォォォォォン!!


 ド派手な打ち上げ花火となった。

 ヒーローがやられて消沈する子供達はこれを見て目を輝かせる。

「凄い! リュウセイナイトより凄い!!」「魔法少女可愛くてかっこいい!!」

 称賛の嵐が沸き上がる。




「はぁ、楽しかったぁ~」

 涼美は伸びをする。

「散々だったわよ……」

 かなみは脱力する。

「もう二度とぉ母さんとヒーローショーにでなぁいって思ったぁ?」

「そもそもヒーローショーに出る機会なんて二度とないわよ」

「さぁあ、どうでしょうねぇ」

「い、嫌なこと言わないでよ!」

 涼美がそんなことを言うと本当にまたそんな機会がやってきそうで怖い。

 カナミがスペース怪獣を倒したところで、喝采を浴びつつステージから退散した。

 結局、ヒーローのリュウセイナイトはいいところが一つも無く、カナミ達に見せ場をとられた形になったけどヒーローショーとしてそれでよかったのかわからない。

 少なくとも子供達は満足してくれていたようなので、その点は救いだとかなみは思った。今言ったように二度とやりたいとは思わないが。

「かなみ、今度はぁあれに乗りましょぉう」

 涼美が指差した方にあったのは観覧車だった。

「……仕方ないわね」

 かなみはため息をつく。




 観覧車はゆっくり上がっていく。

「いい眺めねぇ」

「そうね」

「明日、この眺めよりもぉ遠くに行っちゃうのよねぇ」

「そりゃそうね、外国って遠いわね」

 上がりきった観覧車からわずかに見える海へ思いを馳せる。

「……ねえ、母さん」

「なぁに?」

「ちゃんと帰るのよね?」

 かなみは訊く。

「もぉちろんよぉ」

 涼美は笑顔で答える。

「もぉう一度、かなみとぉ遊園地で遊びたいしぃ~」

「母さんと……」

「かなみはぁ、私とだとぉ嫌かしらぁ?」

「えぇ……」

 涼美は不安げに顔を寄せて訊いてくる。

「……嫌、じゃないわ」

 かなみは恥ずかしながら正直に言う。

「よかったぁ~、また行きましょぉ」

「う、うん……でも、今度は動物園がいいかな……」

「いいわよぉ、今から楽しみねぇ」

 今にも踊りそうなほど上機嫌な母であった。

「母さん……」

「なぁに?」

「私、母さんいなくなって本当に寂しい」

「ん?」

「だから、早く帰ってきてほしい……ううん、本当は行ってほしくない……」

「うん、私も行きたくないわ」

 涼美は真剣に答える。

「でも、仕方ないのよ。借金がそれを許してくれない。私も許せないしね」

「うん、わかってる。だから、だから……」

 かなみはここではっきり言わなくちゃと意を決する。

「母さん、頑張って私も頑張るから」

「うん、頑張るわ」

「私、母さんが大好きよ」

「………………」

 涼美は涙を流す。

「え?」

「ふふ、本当に嬉しいことがあると動けないものね」

「母さん?」

 涼美はかなみを抱きしめる。

「私すごい幸せよ」

「うん、私も」




 翌日、涼美は朝一番の便で飛び立っていった。

「今日の夕食、どうしようかな……?」

 オフィスでかなみはそんなことを呟く。

 もう夕食を用意してくれている母はいないのだから自分で用意しないといけない。

「今月は給料日まで贅沢は出来ないから、残り物の……」

「相変わらず貧乏ったらしいわね」

 隣で聞いていたみあがぼやく。

「みあちゃん! みあちゃんの方で何か余ってるご飯とかないの!?」

「あるけど、かなみ」

「そこをなんとか!! お願い!!」

 かなみはみあへ拝む。

「……まあ、死活問題だっていうならしょうがないわね」

「やったーありがとう」

「明日持ってきてあげるわ」

「あ、明日……?」

 かなみは落胆する。

「かなみちゃん!」

 社長のデスクでノートパソコンで仕事の整理していたあるみが呼ぶ。

「何ですか?」

「面白いものがネットに出回ってるわよ」

「面白いもの?」

 かなみはあるみのノートパソコンの画面を覗き込む。

『そぉれー』

 そこには鈴を投げ込む魔法少女スズミの姿があった。

 いうまでも無く遊園地でのヒーローショーの戦いだった。

「な、なんでこれが……!?」

「誰かが動画に撮っておいて、ネットに上げたんでしょうね。評判凄くいいわよ」

「は、恥ずかしい……」

 自分の母親がこんな風にネットに晒されるなんてとても恥ずかしい。

「涼美、これを見て凄く喜んでたわ」

「母さんならそうでしょうね……」

 かなみはこれを見て小躍りして喜んでいる涼美の姿を目に浮かべた。

「もう二度と母さんと遊園地に行かないわ……」

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