第70話 嬉戯! 母の戯れは娘を惑わす (Aパート)

 アパートの部屋に朝日が差し込んでくる。

 しかし、かなみの眠りは深く目が覚めることは無い。

 日付が変わるまで働いたせいで、身体は睡眠を欲しているのだ。

「かなみぃ、朝よぉ」

 先に起きていた涼美がかなみを揺する。

「うぅん……もう、ちょっと、寝かせて……」

 かなみは抵抗する。

「遅刻するわよぉ、もう八時なんだからぁ」

「ええ!?」

 かなみは反射的に飛び起きる。

「もう……!」

「フフゥ」

 かなみは涼美へ文句を言う。

 時間は七時十五分。朝ごはんを食べても十分間に合う。

「嘘も方便よぉ」

 涼美は笑って受け流す。

「ささぁ、食べて食べてぇ」

 テーブルには涼美が用意してくれたバタートーストと野菜のコンソメスープが並んでいる。

 食欲は憤りに勝る。

「いただきます」

 カナミはさっそくトーストを口に入れる。

「かなみねぇ、大事な話があるのよぉ」

「大事な話?」

 涼美は真剣な面持ちで告げる。

「私ねぇ、仕事で外国に行くことになったのよぉ」

「そうなのね」

「………………」

 かなみがあっさりと答えると、涼美は一瞬、言葉を失う。

「あ、あのねぇ、かなみ。私、外国に行くことになったのよぉ」

「うん、聞いたわ」

 かなみはもう一口トーストを頬張る。

「出発は明後日でぇ」

「うん」

「いつ帰ってこられるのかぁ、わからないのよぉ」

「うん」

 かなみはそう答えて、コンソメスープをすする。

「ごちそうさま」

 かなみは朝食を完食する。

「かなみぃ?」

「どうしたの?」

「私がぁいなくてもぉ寂しくなぁい?」

「そりゃ母さんがいないとご飯が寂しくなるけど」

「えぇ……」

「でも、借金返す為にはしょうがないじゃない」

「それはぁそうなんだけどぉ」

「それじゃ、学校に行くわね。行ってきます」

 かなみはカバンをとって、部屋を出る。

「いってらっしゃい……」

 涼美は寂し気にかなみを見送った。




「かなみはぁ、私がいなくてもぉ寂しくないのかしらぁ?」

 オフィスで涼美はコーヒーをすすりながら、あるみへ相談する。

「かなみちゃんは寂しいって言ったんじゃないの?」

「寂しいって言ったのはぁ、私じゃなくてぇ私のごはんよぉ」

「かなみちゃんらしいわね」

 あるみはフフッと微笑んで言う。

「ねぇ、あるみちゃん? 私、かなみに嫌われているのかしらぁ?」

 それを聞いてあるみは頭をかく。

 面倒なことを聞くわね、と言いたげだけど、ここで変に気を遣ったり、回りくどい返答をしない方がいいとあるみは判断した。

「むしろこれまで好かれるようなことをしてなかったじゃないの」

「……え?」

 涼美は何を言われたのか理解できないのか、キョトンとする。

「そもそも、あんた。かなみちゃんをほっぽり出して好き放題飛び回ってたでしょ」

「うぅ、それはぁ……」

「かなみちゃんを一人家に置き去りにして、何ヵ月も帰らないこともあったり、そうかと思えばいきなり帰ってきたり、落ち着いたかと思えばまた飛んで」

「それはぁもう反省しているわぁ」

 涼美は焦って反論する。

「あの人からぁ借金を押し付けられたりぃ色々あってぇ」

「涼美……私が話しているのは借金をする前のことよ」

「うぅ……」

 そう言われると、涼美は反論できなかった。

 かなみは借金をする前から、涼美と父親の方は出張と称して国内外問わず文字通り飛び回っていた。それは父親の仕事、涼美の魔法少女としての使命や仕事があってのことだ。

 その時、涼美はかなみのことを考えることなどなく家に一人置き去りにしていた。

 涼美にとって覆しようのない過去であった。

「今回の件もそうよ」

 あるみは追撃のように言い継ぐ。

「かなみちゃんはまたいつもの出張か、って程度にしか思われてないんじゃない?」

「うーん、うーん……」

 思い当たる節がありすぎた。

 今朝のかなみのあの淡泊な態度、あれはかつて自分が家を空けると告げた時の反応とまったく同じだったんじゃないかと。むしろ以前は自分の方が淡泊だったのでないかと。

「問題があるのはぁ私の方だったわねぇ」

 涼美はため息をついて、それを認める。

「まあ、それを認めるだけ上出来ね」

「反省もしてるわぁ。

だ、か、らぁ!」

 涼美はテーブルに身を乗り出して、あるみへ懇願する。

「どうしたらいいか教えてください。お願いします」

「……そうね」

 あるみはコーヒーを一口入れる。

「考えておくわ。あなたがそこまで言うんだから」

「ありがとう。持つべきものはぁあるみちゃんねぇ」

 涼美の物言いに、あるみは苦笑する。

「おはようございます」

 オフィスへ学校が終わったかなみが入ってくる。

「それじゃぁ、私はこれでねぇ」

 涼美は入れ替わるようにオフィスを出て行く。

「あれ、母さん来てたの?」

「世話が焼ける母さんよね」

 あるみはぼやき、かなみは首を傾げる。




 翌朝、かなみが起きると涼美はいなくて既に出かけていた。

「母さん、どこに行ったのかしら?」

 もう出発してしまったのだろうか。でも、次の日と行っていたから違うだろう。

 朝食はバタートースト一枚ではあるけど、ちゃんと用意されていた。

「これも明日には食べおさめかしら?」

 明日には作ってくれる涼美は出発する。

「………………」

 かなみは手に取って、トーストを一口食べる。

 昨日は素っ気なく返事してしまったけど、本音を言うと行って欲しくない。

 母が一緒にいる。それだけで、とても心強くて寂しくない。

 けれど、母にやらなければならないことがある。外国で高報酬の仕事をして莫大な借金を返していかなければならない。だから、引き留めるわけにはいかない。

「不器用だね」

 マニィは言う。

「……放って置いてよ」

 かなみはトーストをあっという間に食べて、部屋を出る。

 今日は土曜日。しかし、かなみにとってはただの出勤日であった。

「おはようございます」

 かなみはいつものようにオフィスへ入る。

「かなみ、待ってたわよぉ」

 意外なことに涼美が出迎えてくれる。

「母さん、どうしたの?」

 涼美がオフィスにいること自体、珍しいことではないが待っていたとはどういうことなのか。

「かなみ君、今日はここに行って欲しい」

 鯖戸はそう言って、封筒を差し出す。

「仕事ね」

「それじゃぁ、行きましょうかぁ」

 涼美はかなみの手を引く。

「なんで母さんが?」

「私の仕事もぉ、かなみと一緒なのよぉ」

「え、そうなの?」

「そうなのぉ、というわけでぇワゴン車も借りてるのよぉ」

 涼美はワゴン車を人差し指で回しながら見せる。

「……また母さんと一緒に仕事……」

 以前そんなことがあったけど、罠で落とされたこともあるし、怪人に囲まれて襲われたこともあるし、散々な目にあったのでまた同じ目に遭いたくない。しかし、涼美がいてくれたおかげで切り抜けられたのもまた事実だったので複雑な心境であった。

「ささぁ、行きましょぉ」

「ああ、ちょっと引っ張らないでよ!」

 そうして涼美とかなみはオフィスを出て行く。

「ちょっと、苦しかったかな。あの人はどうも苦手だ」

 一人残った鯖戸はぼやく。




「ところで母さんって免許持ってたっけ?」

 ワゴン車に乗って涼美がエンジンをかけたところで、かなみは訊いた。

 涼美が車を運転をしているところを見たことも無ければ、免許を持っているという話も聞いたことも無い。

「持ってないわよぉ」

「……え?」

 あまりにもあっさりとした返答にかなみは絶句した。

「日本でぇ、とってるヒマが無くてねぇ」

「それってまずいんじゃないの?」

「大丈夫よぉ、向こうでバッチリドライブしてたからぁ」

 涼美は慣れたハンドルさばきで車庫からワゴン車を出す。

「で、でも、無免許だったら捕まるじゃない?」

「警察なんかにぃ、捕まったりなんかぁしないわよぉ」

「全然大丈夫じゃないわよ!」

 涼美はアクセルをグンと踏み込む。

 メーターは一気に八十キロ以上に振り切れる。一般道路で出していい速度ではない。

「母さん、スピード落として!」

「落としたらぁ捕まるわよぉ」

 出している速度とは裏腹に、涼美はのんびりとした口調で答える。

「捕まるって何に!?」

「うぅーん、何だったかしらぁ?」

「わからないんだったら落としてよ!!」

「ブレーキよりもぉアクセルねぇ」

「意味わからない! おろして!!」

「フフフ、楽しいわぁ」

 慌てふためくかなみに対して、涼美は楽し気に運転する。

 そうして走ること、三十分ほどで目的地に着く。

「とぉうちゃぁーく!」

 涼美は上機嫌でワゴン車を降りる。

「に、二度と母さんの運転に乗らないわよ……」

 かなみは恨み言を吐く。

 無意味にスピードを出して、他の車と距離を詰めたり、信号が黄色なのに無理矢理突っ切ったり、無駄にスリルを味わっている。

 ただパトカーに追われなかっただけまだ幸運だったかもしれない。

「さぁ、行きましょぉう」

「え、母さんも行くの」

「そりゃぁ、ここまで来たらねぇ」

「それもそうね」

 涼美の運転でやってきたのは、遊園地。以前も仕事で来たことがある。

「フフ、かなみとぉ一緒に遊園地に来るのはぁいつ以来かしらねぇ」

「いつ以来も何もそんなこと一度もなかったじゃない」

「そうだったわねぇ」

 涼美はとぼけた物言いだが、どこか浮かれたような感じがする。

「母さん、私達仕事で来てるのよ?」

「わかってるわよぉ」

 そう言いながら、涼美はフリーパスを二枚買った。

「そういえばマニィ、今回の仕事って何?」

「まだ時間じゃないから大丈夫だよ」

「……時間じゃないってどういうこと?」

「社長からのメッセージで『二人で楽しんでいってね』だそうだよ」

「は、はあ……?」

「かなみぃ~♪」

 涼美は手を振って呼んでいる。子供のようにはしゃいでいる。

「あれ、本当に三十一歳?」

 実際は母はあるみや来葉と同様に若々しい。それに加えてああやってはしゃいでいると学生のようであった。身体は色々とダイナミックなのだが。

 二人で並んでいると、母娘というより姉妹に見えるかもしれない。

(でも、母さんと一緒に遊園地か……)

 さっきもツッコミを入れたけど、かなみは両親と遊園地に来たことが無い。それどころか家族旅行やピクニックといった家族で出賭けるようなことを一度もしたことが無い。

 そんなことを考えていると、涼美がかなみの手を引く。

「グズグズしてないでぇ」

「ちょっと、母さん! 恥ずかしいからやめて!」

 涼美はかなみの訴えに聞く耳を持たず、歩く。

「最初はぁどれに乗ろうかぁ? コーヒーカップ? メリーゴーランド? お化け屋敷?」

「なにそのチョイス!?」

「私としてはコーヒーカップがいいかしらねぇ」

「う、うーん……それがいいわね」

 お化け屋敷は絶対に無理だし、メリーゴーランドもこの歳になると恥ずかしい。そんなわけで消去法でコーヒーカップになった。

「さぁさ、どんどん回すわよぉ」

 涼美、無駄に張り切りだす。

「これ、そんなに回すものなの?」

「そぉれ~」

 涼美は張り切って回す。

「うわ、母さんいきなりそんなに回して!」

「そぉれ~それそれそれそれ~!!」

 思いっきり回す。それももうノリノリで。

「え、え、え、え、えぇぇぇー!? ちょちょちょ、やめて!?」

 かなみは必死に制止する。これ以上は目が回る。

「やぁめなぁい~それ~!!」

 涼美はそれもきかず回しまくる。

「わ、わ、きゃぁぁぁぁぁぁッ!!?」




「はぁ、はぁ……」

 コーヒーカップを降りた途端、かなみは両膝をつく。とにかく目が回ってまともに歩けない。

「あはははぁ、楽しかったぁ~」

 涼美は心底楽しそうに笑う。

「か、母さん……あれだけ回したのに……なんで、平気なの……?」

「あの程度でぇ回るようなぁやわな三半規管じゃないのよぉ」

 涼美は自慢げに答える。

 母は三半規管が異常に発達しているのか、いくら回転しても目が回らないようになっているらしい。

「二度と、母さんと……コーヒーカップには、乗らないわよぉ……」

 つい十分前にも似たような台詞を言った気がするが、心底から出た本音であった。

「かなみぃ、私メリーゴーランドに乗りたいわぁ」

「ま、待って、まだ歩けない……」

「もう、仕方ないわねぇ」

 涼美はかなみの肩を貸して、抱きかかえるように歩かせる。

「うぅ……あぁ……」

 かなみは項垂れたまま、涼美にされるがまま、メリーゴーランドに乗る。

「あはははぁ、楽しいわねぇ」

 涼美はかなみへ手を振る。

 正直恥ずかしいからやめて欲しいのだけど、まだ目が回っている状態なのでメリーゴーランドの馬にしがみつくだけで精一杯であった。

「本物とはぁ結構違うけどぉ、これはこれでぇ楽しいわぁ」

「母さん、本物に乗ったことあるの?」

 かなみはメリーゴーランドに乗っている間に回復していた。

「ええぇ、向こうで一応ねぇ。かなみもぉ今度乗りましょぉ」

「母さんと一緒じゃなければ」

「もぉう、いじわるぅ。さ、次はお化け屋敷にぃ行きましょぉ」

「絶対いや!」

 かなみは断固拒否する。

「えぇ、かなみお化け屋敷がぁ大好きだったでしょぉ」

「そんなわけないでしょ!! 一緒に遊園地に来たことなんてないのに!!」

「えぇ、あぁ、そうよね……」

 涼美は愁いを帯びた表情をする。

「え、あ、どうしたの……?」

「私はぁ、かなみを今までこんなところにぃ連れてきたことなかったらぁ、どこに行ったらいいのかぁわからないのよぉ」

「か、母さん……」

 母の思ってもみなかったしおらしい態度にかなみは戸惑う。

「あ、あのね、母さん。別に行きたくないわけじゃないのよ。ただお化け屋敷だけはね……」

「それじゃぁ、別のに行きましょぉ」

「母さん!」

 思いもよらず自分の意見が通ったので、かなみは感激する。

「お楽しみはぁ最後にとっておくべきよねぇ」

「……は?」

 不穏なことを言ってきた。

「それじゃぁ、フリーウォールにしましょぉ」

「え、え、それって!?」

 涼美はかなみの手を引く。

 フリーウォールは地上三十五メートル上まで上がってから垂直に墜ちるスリル満点のアトラクションである。

「わぁぁぁぁぁぁッ!!?」

「やぁぁぁぁぁぁッ!?!」

 列に並んでいると、先に乗り込んでその落下を体感している人達の悲鳴が聞こえてくる。怖い、といった感情もあるだろうが、どちらかというと一気に落下するスリルを味わっているように感じる。

 かなみとしては恐怖の感情が勝ってしまうが。

「か、母さん、やっぱり他のにしない?」

「だぁめ」

 涼美はかなみの腕をがっちり掴んではなさない。

 このまま関節技を極めかねない勢いだ。というか、逃げたらこの腕を折るかもしれない。かなみとしてはこっちの方が恐怖だ。

「フフゥ、きっと楽しいわよぉ」

「楽しいかしら」

「今ぁ乗ってる人達ぃすぅごく楽しくてぇ声上げてるじゃなぁい」

「うーん、そうなのかしら?」

 かなみは今フリーウォールに乗って上がっていく人達を見上げていく。

 普通ならもうとっくに見えない高さなのだけど、魔力で強化した視力なら難なく視える。

 これから落ちることに対するわくわく、楽しみが抑えられないといった面持ちなのだが、上がるにつれて徐々に緊張の色が浮かんでくる。

 頂点まで上がる頃には緊張も同様に頂点に達する。


ガタン


 その効果音とともに、一気に落下する。

「……ちょっと楽しそうかも」

 うっかりそんなことを口走ってしまった。

 そんなわけで涼美とかなみも乗る番になってきた。

 安全バーで身体を固定されるけど、手足は案外自由に動かせる。

 ブーと運転開始のブザーが鳴って、どんどん上がっていく。

「おおぉ、上がってる、上がってるわ!!」

「楽しみねぇ」

「あれ、でもこの感覚ってなんだか……」

 リュミィのチカラを使って、飛んだ時の感覚に似ている。

「かなみ、楽しそうねぇ」

「母さん、これが楽しそうに見える」

「えぇ、とぉってもぉ」

 涼美は満面の笑顔で答える。

 母さんの方がよっぽど楽しそうに見えるんだけど、と、かなみは思ったけどそれを言うほど余裕は無かった。

 フリーウォールの上昇とともに緊張も高まってきたのだ。

 そして、頂点に達し、次の瞬間には一気に落下していく。

「キャァァァァァァァァッ!!?」

 かなみは大いに悲鳴を上げ、涼美はその様を楽しんだ。




「さぁ、次はジェットコースターよぉ」

 フリーウォールを十分に楽しんだ涼美は提案してくる。

「……じぇっと、こーすたー?」

 叫び疲れたかなみはその言葉を確かめるように訊く。

「そぉうそぉう、早く並びましょぉ」

 ジェットコースターは人気のアトラクションなので、列が出来ていた。

「……仕方ないわね」

 かなみはしぶしぶ涼美と並ぶ。

(このジェットコースターなら前に翠華さんと乗ったことがあるから大丈夫……多分)

 かなみはそう自分に言い聞かせる。

「ドキドキするわねぇ」

 列に並んでからも涼美はずっと楽しそうだ。子供のようにはしゃいでいる。

「母さんがそんなに絶叫マシン好きだなんて知らなかったわ」

「楽しいじゃなぁい、こうして待ってるのもぉ」

「そうかしら、私は退屈よ」

「かなみはぁ、せっかちねぇ」

「母さんの気が長すぎるだけよ、マイペースっていうか」

「かなみもぉ、もう少し気を長く持てばいいのよぉ」

「急には無理よ」

「じゃあ、ちょっとだけ持てるようにぃ頑張ってみましょうよぉ」

「ちょっとだけ?」

「このジェットコースターでぇ、一切声を上げないようにするのよぉ」

「ええ……?」

 意味が分からない提案だった。

 このジェットコースターは前に一度乗ったことがあるけど、急降下する中、声を上げないようにするのは中々難しい。しかし、それで気が長くなるかとはとても思えない。

「それで母さんみたいに気が長くなるとは思えないわよ」

「だったらぁ、賭けをしましょうよぉ」

「賭け?」

「かなみが声を出さなかったらぁ、ソフトクリーム一つ買ってあげるわぁ

「え、本当!?」

 かなみの目が輝く。

「えぇ」

「よおし、絶対に声出さないわよ!!」

「ふふぅ……あ!」

 涼美は何かに気づいたようにコースターのレールへ視線を移す。

「どうしたの?」

「うぅ、なんだかぁ……」

 涼美は首を傾げて言う。

「何、気になるんだけど!」

「あのレールから変な音が出てるのよ」

「変な音……?」

 涼美の超聴覚からして聞き捨てならない一言であった。

「なんていうかぁ、悲鳴っていうかぁガタガタ崩れるような音でぇ」

「……はあ?」

「次にもぉう一回きたらぁ、レールが崩れるかもしれないわねぇ」

「く、崩れる……!?」

 かなみは冷や汗を出し始める。

「でも、一回ぐらいだったらぁ、大丈夫かもしれないわねぇ」

「ど、どっちよ!?」

「さぁ……」

「母さん!?」

 そうこうしているうちに、自分達の番がやってくる。

「母さん、本当に大丈夫なの?」

 かなみは不安げに訊く。

「うーん」

 涼美は首を傾げて、不安を煽る。

「多分、大丈夫じゃなぁい」

「多分じゃやばいんじゃないの!?」

 かなみと涼美はコースターの席に座って、安全バーがおろされる。

「か、母さん、本当に大丈夫なの」

「これ以上喋ったらぁかなみの負けよぉ」

「もう!」

 こんな時にもそんな賭けを持ち出している場合か、かなみは言いたかったけど涼美に負けるのも癪だった。

 多分、大丈夫だろうと根拠なく思うようにした。

「うん、やっぱりおかしいわねぇ」

 涼美はそんなこと気にせず、話し続ける。

 かなみは賭けに負けたくないので聞くしかできない。不公平だとかなみは叫びたかった。

「……ギィギィギィ」

 涼美は不安を煽り立てるように擬音を口にする。

「ガタンガタン、急降下するとぉレールが外れるかもしれないわねぇ」

「………………」

 かなみは必死に問いただしたい気持ちを抑える。


ガタンガタン


 コースターはそんな音を立てて揺れながら上がっていく。

 それは本来ジェットコースターが立てる音であったけど、かなみには涼美の言うおかしな音のように聞こえてならない。

(大丈夫……大丈夫よね……? 崩れたりしないわよね……?)

 そんなことで頭がいっぱいになっていく。

 そうこうしているうちにコースターは頂点に達する。

「……あ!」

 かなみは声を漏らす。

「が、たぁーん」

 涼美は呑気に効果音を口にする。しかし、かなみの耳には届かなかった。


ガターン!


「きゃぁぁッ!! 崩れる!? 壊れるぅぅぅッ!?」

 我慢できなくなったかなみの悲鳴によってかき消えてしまったのだから。

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