第68話 塁球! 戦う少女はボールに命運を賭ける! (Bパート)

 翌日、かなみは試合会場の野球場にやってくる。

「おう、かなみ! こっちだこっちだ!」

 先に来ていた貴子達と合流する。

「来てくれてどうもありがとうございます。今日はよろしくお願いします」

 一年生とも思われる部員が挨拶する。

「う、うん……やれるだけやってみます……」

「頼もしいです」

 いや全然頼りにならないよ! と声を大にして言いたかった。

「ともかく、今日はかなみが頼りだからな! まあ、大船に乗った気持ちでいるよ、ハハハハ!」

「貴子、なんで私を大船だと思うのよ……?」

「いや、かなみだったらなんとかしてくれる気がしてさ」

「そんないい加減な……」

「ま、頼むよ。負けて元々なんだから気楽に投げればいいんだし」

「うぅ……」

 そう言われるとかえってやりづらい。

 昨晩の涼美との特訓を思い出す。

 とにかく投げ込んで安定してストライクは捕れるようになった。ソフトボールを始めてたった一日でそこまでこぎつけたのは驚異的といっていい。

 とはいえ、それが試合に通じるものかどうかまでは怪しい。

「怪人との戦いみたいにぃ、命懸けじゃないからぁ、気楽に投げればいいわよぉ」

 涼美はそう言ってくれた。

 確かに今日はスポーツ。いつものような怪人との戦いではない。

 それでも、厳しい戦いであることには変わりない。

「かなみぃ、頑張ってねぇ」

 応援に来た父兄の中に涼美がいた。

 はっきり言って、すごく目立っていて恥ずかしい。

「母さん……」

 そして、涼美の傍らには紫織もいる。

 応援に来てくれたのはありがたい。

「プレイボール!」

 そして、試合開始。

 こちらは後攻で、さっそくかなみが投球することになった。

 かなみはマウンドに立つ。

 昨日、マウンドに立ったとはいえ練習と試合では緊張感は別物であった。

「気楽に……気楽に……」

 かなみは魔法の言葉のように繰り返す。

「そう気楽にね、打たれてもいいから」

 キャッチャーの福原もそう言ってくれる。

「うん……」

「まあ、昨日みたいにストライクさえ入れば、なんとか試合になるからそれでいいわ」

「うん……」

「それじゃ、よろしくね」

 福原はマウンドから離れて、キャッチャーのポジションにつく。

 敵チームの一番打者がバッターボックスに立っている。

「プレイ!」

 審判の言葉に促されて、打者はバットを構え、キャッチャーはミットを構える。

 あとは自分が投げる。

(うぅ……プレッシャー……! でも、やるしかない!)

 覚悟を決めて、投球モーションに入る。


パン!


 見事、ボールはホームベースの上を通過してキャッチャーのミットに収まる。

「ストライク!」

 審判が高らかにストライクを腕を上げて宣告する。

「ナイスボール!」

 キャッチャーの福原がかなみへ投げ返す。

「………………」

 思ったよりすんなりと決まった。

 案外いけるんじゃないか、とさえ思えてしまう。

 二球目を投げる。


カキィン!


 それを一番打者にあっさりと打たれる。

 打球はセンター前ヒットとなり、いきなり無死一塁のピンチとなった。

「かなみ、どんまいどんまい!」

 セカンドの貴子からボールを受け取る。

「うん!」

 かなみは気を取り直して、二番打者と相対する。

 第一球を投げる。

 コースは先程と同じストライクゾーン。


カキィン!


 今度はライト前に運ばれる。

「うーん……」

 かなみは首を傾げる。

 ちゃんとボールはストライクに入っている。それなのにあっさりと二連打された。

 本当にこれで大丈夫なのだろうか。と不安がこみ上げてくる。

「大丈夫、次は打ち取れるから!」

 バックの貴子がそう言ってくれる。

 そんなわけで、かなみは三番打者に投げる。


カキィン!


 これも打たれて一点目が入る。

 続いて、四番、五番打者にも打たれ、一回表にして四点も入れられる。

「ごめんなさい……」

 ベンチに戻ると、かなみは項垂れる。

「かなみ、気にすんな。相手が上手いだけだ!」

 貴子は大らかに笑って励ます。

 そういう貴子のプレーで、一回表はアウトがとれた。

「そうね。ストライクは入ってるんだし、かなみさんが悪いわけじゃないわ」

 福原もそう言ってくれる。

「あ、あの……」

 紫織がベンチ前にやってくる。

「紫織ちゃん、どうしたの?」

「かなみさんの投球を見てて思ったんですが……」

「何? 何かあった!?」

「あ、いえ……」

 紫織は引く。

「なんでもいいから話して! お願い!」

 かなみは懇願する。

「ちょっとストライクが入りすぎてて、打ちやすそうだなんて……」

「え……?」

「かなみのボールはぁいつもド真ん中でぇ、打ち頃なのよねぇ」

 涼美が補足しにやってくる。

「母さん……」

「なるほど、そういうことでしたか」

 隣にいた福原が涼美の指摘に納得する。

「結城さんは二日目ですから、ド真ん中に投げることばかり意識がいってしまってたんですね」

「ええ……」

「なんていうか、球を受けていると、ああ打ちやすい球が来たなって思ってたのよ。でも二日目だからそれでも十分凄いと思ってたんですが……」

「えっと、それはつまり、どうすればいいの……?」

 かなみは戸惑う。

「コーナーを突くのよ」

 福原は文字通り直球で答える。

「コーナー?」

「ストライクゾーンはホームベースの上。そこからひざ上からひじの下」

 福原はホームベースを地面に書いて、ミットの手振りでストライクゾーンのレクチャーをする。

「そのギリギリをつけば、結城さんの球でもそう簡単に打たれないわ!」

「適度にぃ散らしていくのも重要よぉ」

 涼美が何故か得意げに解説する。

「でも、そんな簡単にコントロールなんて!」

「ものは試しよ。こっちの攻撃のうちに投球練習を」

「え……あ、そっか!」

 今は一回裏で、こちらの攻撃中。

 その間に少しでも練習して、上手にならなければならない。

「結城さん、次の打者なのでネクストバッターサークルに行ってください」

 一年生の山木が言う。

「え、次?」

「結城さんは四番なので、新井さんの次なんですよ」

「はい!? かなみさん、四番だったんですか!?」

 紫織が大いに驚く。

「え、ええ、怪我した人が四番でピッチャーだったから」

「そうだったんですか……てっきり、かなみさんがバッティングが上手いから抜擢されたのかと思いました」

「え、私バッティングなんて全然やってないわよ」

 昨日一日は投球練習だけで精一杯だったのだからバッティングはまったくできない。

「そ、それで四番なんですか!」

 紫織はブルブルと震える。

「そうだけど……私が四番だと何か変なの?」

 ソフトボール初心者のかなみは知らなかった。四番打者の意味を。

「かなみさん、四番というのはそのチームで一番バッティングの上手い人がなるんですよ」

「へ?」

 ヘルメットをかぶったかなみは首を傾げる。

「一番、バッティングが、上手い?」

 かなみは自分を指差す。

「はい」

「そんなわけないでしょ!!」

「ひ!」

 かなみの焦りによって紫織は委縮する。

「まぁまぁ、かなみは次のバッターだからぁ、あのサークルに座ってぇ」

 涼美がなだめる。

「う、うん……」

 かなみはそれで渋々納得する。

「ところで、母さんいつまでいるのかしら?」

 まるで監督みたいだった。


カキィン!


 三番の貴子がジャストミートし、レフト前ヒットで一塁に出る。

 そして打順は四番のかなみへ。

『四番ピッチャーかなみ』

 以前観戦したプロ野球の試合だと確かこんなアナウンスがあったな、と現実逃避気味に思い出す。

(たしか、紫織ちゃんはこんな風にしてたわね)

 かなみは見様見真似で魔法少女シオリのようにバットを振ってみる。


ブン!


 バットのスイングによる風切り音が響く。

 その様子を見て、敵のピッチャーの顔は少し引き締まる。

「一発デカいのを打たれるかもしれない……相手は四番だし……」

 そう言っているような気がする。

(私、凄い打者でもないし、初心者なのに……!)

 かなみはその顔つきに大いに重圧を感じる。

 ピッチャー、第一球を投げる。


ブン!


 バットは空を切り、ワンストライク

 ピッチャー、第二球を投げる。


ブン!


 同じくバットを空を切り、ツーストライク。

 あっさりと追い込まれた。

 もう一度、空振りすると三球三振で情けなく終わり。

(それだけは絶対に嫌!)

 かなみは気合を入れて、バットを構える。

 ピッチャー、第三球を投げる。

(見える!)

 怪人の放つ飛び道具に比べたら、止まって見えるぐらい遅い。

 あとは振り慣れていないバットとの距離感を合わせるだけ。

(いける! いけるはずよ!)

 かなみはバットを振るう!


カン!


 ボールとバットが衝突する。


コンコンコン


 打球は、力なくピッチャーの前に転がる。

 それをとったピッチャーはファーストへ投げてスリーアウトチェンジとなった。

「あぁ……」

 かなみはがっくりと肩を落とす。

「ドンマイドンマイ、気にすんな」

 貴子が励ます。

「うん……」

 かなみはベンチに戻ってグローブを持つ。

「かなみさん、三振しなかっただけでも凄いです」

 紫織はそう言ってくれる。

「ありがとう。無理に励まなくてもいいわよ」

 かなみは苦笑して答えて、ピッチャーマウンドに向かう。

「そんな、無理だなんて……」

「まぁまぁ、かなみだったらぁ次か次の次に大当たりするわよぉ」

 涼美は微笑ましく言う。

「え、そうですか?」

「えぇ、フォームもいいしぃ、スイングもよかったわぁ、三球目にはタイミングもあってたからぁ」

「でも、結果は……」

 ピッチャーゴロだった。

「まぁ、一回ぐらいはそういうこともあるわよぉ」

「そうでしょうか?」

 紫織は不安を隠せずに、沈痛な面持ちでかなみを見つめる。

 二回表。

「とにかく、この回は私のミットに目掛けて投げて」

 福原はピッチャーマウンドに来て、そう言ってくれた。

 福原の方を見ると、キャッチャーミットは外角高めに構えられている。

(あそこを目掛けて投げればいいのね……でも、やれるのかしら……ええい、やるしかないわ!)

 かなみは覚悟を決めて投げる。


パン!


 見事、かなみは外角高めに決まる。

(いける!)

 この一球がかなみの自信へと繋がる。

 その後、かなみは二球目も福原の構えたミットに投げ入れる。

 三球目は内角低めに決まって、バッターはそれを打ち損じてサードゴロになる。

 続くバッターもショートゴロ、ファーストフライで打ちとって、三者凡退であっさりチェンジになる。

「かなみさん、ナイスピッチング!」

 紫織は拍手で出迎える。

「ありがとう、紫織ちゃんのアドバイスのおかげよ」

「かなみ、私もぉ私もぉ」

 すかさず、涼美が手を振ってアピールする。

「あの人、結城さんのお母さん?」

 福原が訊く。

「ええ、恥ずかしいことに……」

 かなみは目を背けて答える。

「あの人も只者じゃないオーラを放ってるんだよな」

 貴子は両腕を組んで、涼美に対してコメントする。

「た、只者……」

 かなみとしては実の母親がそんな風に評価されるのは複雑な心境であった。

「この調子でぇ投げればぁ勝てるわよぉ」

 涼美がそう言ったように、かなみはこの調子で投げ続けて打者を凡退させていた。

 四回裏、得点は四対〇のまま、再びかなみの打順となる。

(紫織ちゃんみたいに……! 紫織ちゃんみたいに……!!)

 かなみは心の中で念じながらバッターボックスに立つ。


カァン!!


 第一球を思いっきり叩いて、サードとショートの間を抜けてヒットになる。

「やったぁぁぁぁぁッ!!」

 一塁ベースを踏んだかなみは飛び上がる。

 次の五番、六番打者の連打で一点を返す。

 これで四対一で、俄然反撃モードになった。


パシィ!


 続く五回表でのかなみの投球で明らかに変化が起きた。

「………………」

 打者は唖然とする。

「ん?」

 かなみには周囲から自分を見る目が変わった程度にしか感じなかった。

 二球、三球と続けて投げる。

「かなみさんの球が凄くなってる……」

「球威が出てきたわねぇ」

 涼美はそうコメントする。

「あとは点をとれば逆転ですね」

 紫織は明るく言う。

 そうして五回裏ツーアウト一・三塁でかなみの打席が回ってくる。

「うぅ、このチャンスで私か……」

「かなみー、しっかりねぇ」

 涼美が大声で手を振ってくる。滅茶苦茶恥ずかしい。

「かなみ、一発でかいの頼んだぞ!」

 一塁ランナーの貴子が声援を送る。

 ピッチャー第一球投げた。

「もう一回打つ!」

 かなみはジャストミートして打球は高く舞い上がる。

「「「おぉ!?」」」

 ホームランかと歓声が上がるが、レフトに落ちる。

「アウト! チェンジ!」

 かなみ達はがっくりうなだれる。意外に伸びなかったようだ。

 次の六回裏は三者凡退でチェンジになる。

「これで最終回で逆転するしかないか」

 福原が呟く。

「え、九回まであるんじゃないの?」

「それは野球の話。中学ソフトは七回までよ」

「えぇ、そうなの!?」

「心配するな、あと最終回で逆転すりゃいいんだよ!」

 貴子が言う。

「かなみが打ってな」

「なんで私が!?」

 かなみが突っ込む。

「かなみならホームラン打って逆転してくれるさ!」

「さっき、伸びなかったのに……」

「今度は伸びるさ」

 貴子ははっきりとそう言ってくれる。

「次の私の打順、回ってくるのかしら?」

 七回、最終回の打順は八番から始まる。最低でも三人以上塁に出ないとかなみの打席は回ってこない。

「くるさ、それで逆転だぜ!」

 貴子はセカンドへ走っていく。

「新井さんの言う通りよ。逆転するためにこの回もゼロで抑えましょう」

 福原が促す。

 その時、紫織の携帯電話が鳴り出した。




 結局、この回もかなみは三者凡退であっさりと切り抜けた。

「よし、あとは逆転だ!!」

 最終回は八番打者からの打順であった。

「かなみさん、かなみさん」

 紫織が呼ぶ。

「ん、何?」

「今、部長から電話があったんですが」

「……部長から?」

 その名前が出た途端、嫌な予感がよぎる。

「この近くに怪人が出没してしまって、私とかなみさんに退治して欲しいと」

「えぇ、なんでこんなときに!?」

「至急倒さないと、周囲の住民に迷惑をかけるそうなので」

「え、ええ……でも、今試合中なんだけど」

「で、でも、至急倒すようにと」

 紫織はビクつきながらも答える。

「……鯖戸にそう言われたらしょうがないわね」

 かなみも観念する。

 打順は八番からだし、今から急いで戦って倒せば間に合うかもしれない。

「怪人の居場所は私が案内するから早く来なさい」

 紫織の羊のマスコット・アリィが喋る。

「あれ? マニィは?」

「ボクはここに残って様子を言うよ。かなみの打席までに戻ってくるようにね」

 そう言って、かなみに携帯電話を差し出す。

「そう、お願いね」

 かなみはそれを受け取る。

「ん、どうしたんだ?」

 貴子が訊く。

「ごめん、ちょっとトイレ行ってくる!」

 かなみはそう言って、紫織と一緒にベンチを出る。

「打順には戻って来いよ」

 かなみと紫織はすぐにグラウンドを出て、アリィの道案内で路地裏に入る。

 内心、かなみはまた路地裏か、と憂鬱になる。

『八番バッターの山崎、ファーストゴロに倒れ、九番バッターの村田が打席に入ります』

 電話からマニィが何故か実況中継風に試合状況を解説してくれる。口調まで変わってるし。

「どろろん! どろろん!!」

 そこには奇声を上げる土人形の怪人がいた。

「あいつが今回倒すべき怪人、ドロロンよ」

 紫織の肩に乗っているアリィがビシィと指を差す。

「そ、そのまま!?」

「泥団子を作っては投げて、近隣の住民に迷惑をかけるせいで即刻駆除の依頼が出てるのよ」

「ど、泥団子ですか……」

「わ、わりとどうでもいい……」

 紫織とかなみは唖然とする。

 これだったら、試合の後にやってもよかったのでは、と思ってしまう。

「どろー!!」

 そう思っていたら、ドロロンは泥団子を投げつけてくる。

「きゃッ!?」

 かなみと紫織は泥団子で服が汚れる。

「どろどろどろどろどろ!!」

 ドロロンは気味の悪い笑い声を上げる。

「子供のいたずらかぁぁぁぁぁぁッ!!」

 かなみはブチ切れた。

「あったまきた! 速攻で倒してやるわ、紫織ちゃん!!」

「は、はい!!」

 紫織は応じて、コインを取り出して変身する。

「「マジカルワークス!!」」

 尺を巻き気味に変身シーンを即座に終わらせて、黄色と紫色の魔法少女が姿を現わす。

「愛と勇気と借金の天使、魔法少女カナミ参上!」

「平和と癒しの使者、魔法少女シオリ登場!」

 名乗り口上もバッチリ決める。

『九番バッターの村田、四球目をジャストミート、クリーンヒットで一塁に出ました。ワンアウト一塁です』

 マニィの実況が聞こえてくる。

 こうしている間にも、試合は進んでいる。自分の打順が来るまでこの怪人を倒してグラウンドに戻らなければならない。

「どろー! どろー!」

 そう思った矢先にドロロンは泥団子を投げつけてくる。

「はや!?」

 さっき投げた時よりも遥かに速い球で、カナミとシオリは避けきれず命中する。

「あた?」

 しかし、所詮は泥団子なので痛みは無く、衣装が汚れるだけの結果になった。

「こんのぉぉぉぉ、なんてことすんのよッ!!」

「どろどろどろどろどろどろ!!」

 カナミの激昂に対して、ドロロンは気味の悪い笑い声を上げるだけであった。

「ぬかに釘ですね」

 シオリはそうコメントする。

「バッター、初球を叩いてサードに転がる! 間一髪セーフです! ワンアウト一塁・二塁です!」

「まず、早く倒さないと!」

 カナミは魔法弾を撃つ。

 ドロロンはこれをかわす。

「避けるな!」

 続けて魔法弾を撃ち続ける。

 しかし、ドロロンはのらりくらりと踊って、巧みにかわしていく。

「ああ、もう!」

 完全に頭に血が上っていた。しかも早く倒さなければ、と焦りが募る。

 こんな時に冷静に諫めるマニィがいないので、誰もカナミを止められない。

「どろー!」

 そこへ反撃ざまに泥団子を投げつけられる。

「あぁッ!?」

 再び衣装を汚される。

「カ、カナミさん、落ち着いてください」

「落ち着いてるわよ!」

「ひぃ!?」

 カナミに気圧されて、シオリは引く。

「引いてる場合じゃないでしょ、今日はあんたがカナミのパートナーなんだから」

 アリィからそう言われる。

「は、はい!」

 その発言に背中を圧されるように、シオリはカナミの前へ出る。

「どろー!」

「顔面ピッチャー返し!」

 シオリは剛速球の泥団子を見事マジカルバットで打ち返す。

「どろろ!?」

 ドロロンは文字通り面を食らう。


パシャン!!


 泥団子を顔面にぶつけられて、後ろへ倒れ込む。

「シオリちゃん、すごい!」

「あ、いえ、それほどでも……!」

 シオリは思わず振り向いて照れる。

「次くるわよ!」

 アリィが注意する。

「どろー!」

「きゃ!?」

 泥団子を背中にぶつけられる。

「シオリちゃん!」

「だ、大丈夫です」

 やはり、泥団子なので衣装が汚れただけであった。

「どろー! どろー!」

 ドロロンは怒り狂って、泥団子をどんどん投げつけてくる。

「いい加減にしなさい!」

 カナミはステッキで打ち返す。

「どろ!?」

 ただ打球はドロロンの頭上を越えていく。

「あ、惜しい!!」

「どろー!」

 負けじとドロロンも泥団子を投げ込む。

「カナミさん、タイミングです!」

「ええ、今度こそ!」

 カナミは目を凝らして、泥団子を見つめる。

「見えた! てりゃぁッ!!」

『二番山木、打った!!』

 マニィの実況と打球音が重なるようにカナミは、ステッキをフルスイングして泥団子を打ち返す。

 見事ジャストミートして、ドロロンの顔面へ命中する。

「どろ!?」

 再び顔面に泥団子をぶつけられる。

「今よ、神殺砲!!」

 カナミはステッキを大砲へと変化させる。

「ボーナスキャノン!!」

 泥団子とは比べ物にならない威力の弾丸が発射されて、ドロロンを飲み込む。

「さ、早く試合に戻りましょ!」

 かなみは即座に変身を解いて、路地裏を出る。

「かなみさん、待ってください!」

『二番バッター、セカンドフライに倒れ、ツーアウト一塁・二塁で三番貴子が打席に立ちます』

 三番の貴子が打席に立ったのなら、次は自分の打席だ。

 貴子なら絶対に塁に出るから、なんとしてでも早く戻らなければならない。

「早く早く!!」

 かなみは全速力でグランドに戻る。

 そこでバッターボックスに人が集まっているのが見える。

 ソフトボール初心者のかなみでも、そこで何かあったのかと勘づく。

 かなみは一直線にバッターボックスへ駆け寄る。

「貴子!」

 そこで頭をおさえてうずくまっている貴子の姿があった。

「どうしたの、貴子!?」

「あ、ああ、かなみ……あいたたた……」

「新井さん、デッドボールで頭をまともに受けて……」

 福原が代わりに答える。

「えぇ、大丈夫なの!?」

「大丈夫だって……!」

 貴子はそう言って、立ち上がる。

「それより、これでツーアウト満塁だ。ホームランで逆転サヨナラだぜ」

 かなみへバットを差し出す。

「頼んだぜ!」

「う、うん」

 かなみはそのバットを受け取り、貴子は一塁へ向かう。

「貴子……」

 その様子を見つめつつ、受け取ったバットを手に持つと胸の内から熱い感情がこみ上げてくる。


――ホームランで逆転サヨナラだぜ


 回は七回裏、最終回。得点は四対一の三点差。ツーアウトでランナー満塁。

 ホームランが出れば一発逆転サヨナラのチャンス。

 最高に盛り上がる場面、ここで四番のかなみの打順が回ってきた。

「よおし、絶対に打ってやるわ!」

 かなみはバッターボックスに立ち、バットを構える。

 相手のピッチャーの方も顔が強張っている。相当緊張しているようだ。

 第一球投げた。

 ボールはストライクゾーンの絶好球。

(打てる!)

 かなみは確信し、バットを振る!


ブオン!!


 ボールがホームベースを通過する前にかなみはバットを振り切ってしまう。

「あ、れ……?」

 完全に捉えたと思ったのに、空振りであった。

「そんな、どうして……?」

 かなみの後を追いかけて間に合った紫織は疑問を口にする。

「魔法少女の戦いでぇ、目が速い球に慣れすぎたせいねぇ」

 涼美が補足する。

「今のかなみの動体視力はぁ、一時的に魔法少女に近い領域になってるわねぇ」

「ええ、それって凄いことじゃないですか!」

「ただぁ、それがぁかえって仇になっちゃってるわねぇ」

「ど、どうしたらいいんでしょうか?」

「なるようにぃなるしかないわねぇ」

 涼美はそう言って見守る。

 そうしているうちに、ピッチャーは第二球を投げた。


キィン


 今度はなんとかタイミングを合わせて、バットをかすらせた。

 しかし、打球はファールになり、ツーストライクと追い込まれた。

「さぁて、三球目はぁどうなることかしらねぇ」

「頑張ってください、かなみさん!」

 紫織は祈るように声援を送る。

「結城さん、かっとばせ!」

 ベンチから福原を始めとするチームメイトが、

「かなみ、打て!」

 一塁上から貴子からの声援がかなみへと送られる。

(打つ! 絶対に打つ!!)

 かなみは気迫を漲らせて、投手を見つめる。

 来た球を打ち返すだけ!

 ピッチャーも打たれまいと、気合を入れて第三球を投げる。

「あぁ!」

 しかし、ピッチャーは指がすっぽ抜けてコースが外れた。

 前の貴子の打席を見ていた人間からするとデジャビュだと感じるだろう。

 ボールはかなみの顔面目掛けて一直線に飛んでいく。

「……!」

 ただ、前の貴子と違って、かなみはこういう危険球はついさっき経験したばかりで対応可能であった。

「てりゃぁッ!!」

 自分を目掛けて飛んでくる危険球に対して、フルスイングで打ち返す。

 そして、打球はさっきの泥団子のように敵のピッチャーへ。

「きゃッ!?」

 ピッチャーはグローブでボールを捕ろうとしたが、あまりの勢いにグローブが弾き飛ばされる。

「「「抜けたぁぁぁぁぁぁッ!!」」」

 ベンチから歓声が上がり、かなみは走る。

 打球は二遊間を抜け、センターオーバーになる。

 瞬く間に三塁、二塁の走者がホームベースを踏む。

 得点はこれで四対三。

「よっしゃー!」

 そして、一塁の貴子がホームベースを踏み、四点目が入る。

「かなみ、こっちだ!!」

 貴子が叫ぶ。

 打者のかなみは三塁を蹴って、ホームベースを走る。

 あのホームベースをとれば、チームの勝利だ。

 しかし、ボールはセンターから中継してセカンドへ、そして、キャッチャーへ投げ込まれようとしている。

「滑り込め!!」

 貴子の叫びに自然と身体は動いた。

 ホームベースへと一目散に手を伸ばして飛ぶ。


ズシャァァァァァン!!


 かなみのヘッドスライディングとキャッチャーのブロックで砂埃が舞い上がる。

「セーフですか!? アウトですか!?」

 紫織は身を乗り出す。

 いや、紫織だけでなく、敵味方問わず注目する。

 そして、審判は判定を下す。

「セーフ!!」

 かなみの手の方が速くホームベースについていた。

 よって、得点は四対五でサヨナラ勝利となった。

「やったー!!」

 貴子達は飛び上がった。

「……勝った?」

 得点を入れたかなみだけが起きたことに対して、現実感が無かった。

「かなみのおかげで勝ったんだよ!」

 貴子がかなみを起こして言う。

「本当?」

「ああ、本当さ!!」

「やったー!」

 かなみはガッツポーズして、大いに喜ぶ。

 昨日いきなり貴子からソフト部の助っ人を頼まれて、始めたばかり。

 初めてのピッチング、初めての試合、初めてのバッティング。何もかも初めて尽くしで不安と緊張でいっぱいいっぱいだったけど、こうしてチームの勝利に貢献出来て良かったと心から思った。


       結城かなみ

       打撃成績 四打数二安打一本塁打四打点一得点

       登板成績 七回四失点 三奪三振 〇与四死球




 試合が終わってから三日経った。

「えぇ、二回戦も私が出るの!?」

 学校で唐突に貴子から話を振られる。

「ああ、一回戦勝ったんだから二回戦もやるだろ」

 当然のごとくまたソフト部の助っ人の話であった。

 しかし、かなみとしては、初めての試合に、魔法少女の戦いに大忙しの一日であったのでもう御免被りたいと思っていた。

「怪我したピッチャーの人は……」

 元々かなみは怪我した四番でピッチャーの助っ人として入ったのだから、怪我した人が復帰したのならお役御免のはずだ。

「かなみの方がピッチャーに相応しいと控えに回るそうだ」

「……は?」

 信じがたい返答であった。

「無理無理無理! 無理よ! 私、やっぱりピッチャーは無理よ!」

「またまたこの前はナイスピッチングだったじゃねえか! 今度は完全試合をやってやろうぜ!!」

「ちょ、そんな無理よ!」

 かなみは貴子へ必死に止めようとする。

「私には他にやらなくちゃならないことがあるんだから!!」

 ただ借金が無ければソフトボールをやってみるのも悪くないと内心密かに思うかなみであった。

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