第68話 塁球! 戦う少女はボールに命運を賭ける! (Aパート)

キンコーンカンコーン


 終業のチャイムが鳴る。

「きりーつ! れい! さよーなら!」

 挨拶の一礼をして学校は終わる。

「さ、今日も仕事よ」

 そう言って、かなみは立ち上がる。

 いつもならここでさっさと学校を出て、オフィスビルへ向かうところであった。


パシィ


 しかし、そこへかなみの腕を思いっきり掴んで止めてくる。

「んん?」

「かなみ、ちょっと頼みがあるんだ」

 掴んだのは貴子だった。

「頼みって何? 私急いでるんだけど」

「お願いだ。頼み聞いてくれるまで離さないからな」

 それは本当に困る。

「ああ! わかったわ!! それでどんな頼みなの?」

 かなみは観念して訊く。

「ソフト部の助っ人やってくれ!」

「え、ソフト部?」

 かなみはあっけらかんとする。

「ソフトって、甘くておいしい」

「そうそう冷たくて毎日食べたいよな。

――って、ちがーう! ソフトクリームじゃなくてソフトボール部だ!!」

「ソフトボール部? なんで私がその助っ人を!?」

「メンバーが一人足りなくなっちまったんだ」

「だったら、貴子が助っ人やればいいじゃない?」

「それでも、一人足りないんだ」

「だったら、理英に助っ人頼みなさいよ」

「ああ、私運動全然ダメだから無理よ」

 理英は辞退を申し出てくる。

「私だって無理よ! 第一ソフトなんてやったことないし!!」

 かなみも事態を申し出るが、貴子が放してくれない。

「大丈夫だ! かなみなら即戦力になる、私が保証する!」

「そんなこと言われても! 無理よ、無理!! っていうか、放して!!」

「いいっていうまで放さない!!」

「そんなあ!?」

 この問答は数分に続いた。

 思いの外、貴子が粘り強かった。ここまでくるとかなみも事情を聞かずにはいられなくなった。

「わかったわ。どういうことなのか詳しく聞かせて」

「おう」

 それで貴子は放してくれた。

「うちのソフト部八人しかいねえんだ」

「八人? ねえ、ソフトボールって何人でやるものなの?」

「あ、そっからか」

 貴子はあきれ顔で見てくる。心外であった。

「野球と同じ九人だよ」

 野球なら以前紫織と観戦したことがあるから知っている。

「ソフトは野球の親戚みたいなもんだ」

「へえ。野球ならちょっと知ってるわ。そっか野球の親戚ね……」

 かなみは回れ右する。

「やっぱり無理よ」

「だあああああ、話は最後まで聞け!」

 貴子は慌てて引き留める。

「それで、そのソフトボールの大会が明日からあるんだ」

「でも、八人じゃ一人足りないんでしょ?」

「そうなんだ。そこであたしが九人目の助っ人に入るってわけだ」

 貴子は得意げに言う。

 貴子は運動神経抜群で、どのスポーツも卒なくこなせる逸材なので特定の部活に所属せず、助っ人して色々な部活の試合に出ている。

「それで九人になって、解決なんじゃないの?」

「ところが!」

 貴子は人差し指を立てて言う。

「メンバーの一人が階段から落ちちまったんだ」

「ええ!?」

「まあ、幸い捻挫ですんだんだけど、それで明日の試合に出られなくなったんだ」

「それで八人に逆戻りってわけ……そんでもって、私に助っ人を頼んできたわけね」

 かなみは納得する。

「頼む!」

 貴子は両手をパンと叩いて拝むように言う。

「事情はわかったけど、どうして私に助っ人に? 他に運動部の子とかに頼めばいいじゃない」

 とはいえ、帰宅部で運動部に所属したことの無い自分に助っ人を頼むのか、理解できなかった。

「いや、かなみがいいんだ! かなみがメンバーに入ってくれれば絶対に勝てる気がするんだ!!」

「えぇ……」

 かなみは引く。

 どうしてここまで自分に期待してくれるのかわからない。

「なあ、頼むよかなみ! このとおりだ!!」

「で、でも……私、用事があるから……」

 正直言って、心情的には貴子に協力してあげたい。

 だけど、ソフトボールなんて未知のスポーツで自分が役に立てるかどうかわからないし、何より借金返済の為、放課後は魔法少女として働かなければならない。

「ご……」

 「めん」と言って断りかけた時、携帯電話が鳴り出す。

「携帯鳴ってるねえ」

 理英が言う。

「う、うん、ちょっと待ってて」

 かなみは廊下に出て、電話に出る。

「もしもし、社長ですか?」

『ええ、なんだか面白そうなことになってるわね』

 電話の相手はあるみであった。

「面白そうって……何のことですか?」

『ソフト部の助っ人』

「え……何で、知ってるんですか?」

 そんな疑問を口にするかなみにかばんに引っ付いているマニィが目に入る。

「ああ……」

 それで納得する。

 マニィはあるみが造り出した使い魔(マスコット)で、あるみからの魔力供給でマニィは活動している。つまり、あるみとマニィは魔力を供給するために見えない繋がりがあって、そこからマニィが見たこと、聞いたことをあるみへ伝達することができる。

『引き受けたらいいじゃないの』

 あるみが思いもしない提案をしてくる。

「え、引き受けるって、私ソフトやったことないんですよ。それに仕事だってあるし」

『今日と明日ぐらいいわよ』

「ほ、本当ですか!? 今日と明日休んで減給とかないですよね!?」

『明日の試合に勝てばね』

「え……?」

『負けたら、今月の給料半分にするわ。頑張ってね』

 そう言って、あるみは通話を切った。

「……負けたら、給料半分……」

 かなみにとって大分絶望的な条件に思えた。




 そんなわけで、かなみはソフトボール部の助っ人を引き受けることになった。

「そうかそうか! 引き受けてくれたか!! いや、押しに弱いかなみだったら頼めばすぐに引き受けてくれそうだったから頼んでよかった!」

 などと貴子は喜んだが、押しに弱いというのは心外だった。

(こ、これも人助けよ……! ついでに私の給料もかかってるんだから!!)

 是が非でも負けられなかった。

 というわけで、貴子の案内でソフトボール部の部室にやってきた。

 部室に入ると既に七人の部員がいて、意外そうな顔でかなみと貴子を見てくる。

「紹介するよ、小林、山木、森川、大倉、山崎、村田、福原だ」

 マニィだったら、「尺の都合による早回しだよ」と言ってきそうだと思った。

(お、覚えられない……)

 いきなり七人も紹介されて憶えろというのが無理な方だ。

「よろしくお願いします」

 かなみは一礼します。

「いやいや、こちらこそ! ああ、それと敬語はいらないよ。同じ二年生だから」

 部員の中の一人が親し気に言ってくる。名前はわからない。

「ああ、そうなのね」

「このチーム、二年生と一年生しかいないから」

「へえ」

「初心者っていうから、とりあえずユニフォームに着替えて」

「はい。でも、私に合うやつってあるの?」

「大丈夫! 一通りサイズ余ってるから」

「なんでそんなに余ってるの……?」

「部費で買ったから」

(この学校の部費ってそんなことに使われてるの……)

 正直無駄遣いなんじゃないかなと恨めしく思う。

 とはいっても、それを口にしてもしょうがないのでありがたく着させてもらおう。

「あなた、右利き?」

「それじゃ、右利きのグローブね」

 そう言って、グローブを手渡される。

「これがグローブ……」

 はめてみる。なんだか変な感触であった。

「着替えたら、キャッチボールだな」

 貴子は張り切って言う。

「キャッチボール……」

 その言葉に不安を禁じ得なかった。

 何はともあれサイズピッタリのユニフォームに着替えて、外に出てみる。

(うーん、魔法少女に変身した時みたいに引き締まる想い)

 思わずポーズの一つでも取りそうになる。

「おお、様になってるなあ。かなみ、なんかスポーツやってたのか?」

「ううん、スポーツなんてやったことないわ」

「そうか? なんかユニフォーム着てこれから戦うぞって感じがするぞ」

「う……!」

 確かに魔法少女のコスチュームに変身したらすぐに戦っているからあながち間違っていない。

「と、とにかくキャッチボールよ! このボールを投げればいいんでしょ!!」

「おう、投げてくれ!」

「えい!」

 かなみは力任せに投げてみる。


ボン!

コンコンコン……


 ボールは地面に叩きつけられて、転がっていく。

「お……」

 そして、貴子がそのボールをキャッチする。

「筋はいいぜ!」

 貴子は親指を立てる。

「いや、無理に褒めなくていいわよ」

「じゃあ、最初はこんなもんだろ」

「うん、正直な感想ありがとう」

「まあ、まずはあたしの真似して投げてみろよ。それ!」

 貴子は投げてくる。


パン!


 ボールはかなみのグローブに見事収まる。

「おお!」

「やっぱり筋はいいぜ!」

 今度は無理に褒めているわけではなかった。

「貴子のボールがよかったのよ」

 かなみは貴子の投げ方を意識して投げてみる。


ヘナヘナヘナ

パン


 今度は弱弱しいものの、ノーバウンドでちゃんと貴子に届く。

「やるじゃねえか!」

 そうして貴子が投げ返す。

 かなみはそれをキャッチする。

「う!」

 グローブから伝わってくるボールの感触。キャッチした時に腕を振るわせる衝撃。悪くない。

「よーし!」

 かなみは投げ返す。


ヘナヘナ

パン


 また弱々しく飛んでいき、貴子のグローブに収まる。

「よし、ちょっと速くなったぞ!」

「う、うん……こんな調子でいいのかしら……」

 そんなやり取りをしつつ、キャッチボールを数十分続ける。




パン! パン! パン! パン!


 貴子が投げ、かなみが捕り、かなみが投げ、貴子が捕る。

 かなみの初めてとは思えない上達ぶりで、そのサイクルはスムーズに行われ、キャッチボールとして成立せしめた。

「やっぱり、かなみは筋がいいぜ!」

「そ、そう……」

「ああ、これなら安心してピッチャーを任せられるぜ」

「え、ぴっちゃー?」

 それが何なのかわからなかったけど、よからぬものではないかという予感だけはあった。




「さあ、守備練習につくぞ」

 キャッチボールの時間を終えて、それぞれのポジションにつく。

「あれがサードで、あっちがショート、そんで向こうがファーストだ」

 貴子がかなみに説明する。

「それで、ぴっちゃーってどこなの?」

「何言ってるんだ、ここだ」

 貴子は円とプレートが埋まっている場所を指す。

「え……?」

 かなみは首を傾げる。

「なんだか他と違うような気がする……」

「まあ、ピッチャーだからな」

「ピッチャーって何なの?」

「エースだ!」

「エース?」

「とにかく一番ってことだ」

「ますますわけがわからないわ……」

「詳しいことはキャッチャーの福原に聞いてくれ」

 そこに防具をつけた福原が立っていた。

「よろしくね」

「よ、よろしく……」

「ピッチャーはこんな風に投げて、あのホームベースの上を通るように投げるのよ」

 福原はピッチャーの投げ方を実演して見せる。

「え……?」

 かなみはポカンとする。

「え、一回回して、下から投げて……それを投げるの……?」

「まあ、まずは習うより投げろだ」

「それを言うなら慣れろでしょ」

「あ、そうだった」

 貴子は笑うが、かなみの顔は引き攣ったままだった。

「あの……新井さん、この娘がピッチャーで、大丈夫なの?」

 福原を不安を口にする。

「ああ、かなみなら大丈夫だ!」

 それとは対照的に貴子は何の不安も無く答える。

(なんで、そんなに私なら大丈夫だって言えるんだろう…?)

 かなみは首を傾げる。

「まあ、とりあえず投げてみて」

 福原はそう言って、かなみを促す。

「う、うん……」

 かなみは渋々引き受ける。

「いいか、かなみ」

「う、うん……」

 これはかなり難しそうだと思った。

 上から投げるのと下から投げるのとわけが違う。


ポンポンポンポン


 事実、最初の一球目はまたもや転がっていき、ようやくホームベースは届く。

「なんか振り出しに戻るになったような気がする……」

「サイコロみたいに投げればいいぜ」

「そんな簡単にいくわけないでしょ」

「ま、頑張ってくれ」

 貴子はそう言って、セカンドの守備につく。

「……頑張ってくれって、言われても……」

 かなみは弱り果てたけど、なんかするしかないと思い、キャッチャーの福原を目掛けてボールを投げ込む。


ポンポンポンポン


 ボールは転がる。

 その度に、福原がボールを拾って投げ返す。

「さあ、どんどん来て!」

 元気にそう言ってくれているけど、なんだか申し訳ない気分になってくる。

(本当にこんな調子でいいのかしら?)

 かなみは不安と疑問を抱えつつ、投げ続けた。

 おかげで、日が暮れる頃にはなんとかボールが福原のミットにまで届くようになっていた。


パン


「結城さん、ストライク入るようになってきたわ!」

 福良はかなみのボールを受けて、返す。

「そ、そうですか?」

「これなら明日の試合も大丈夫そうね! 一時はどうなることかと思ったけど」

 そんなことを正直に言われて、かなみは苦笑する。

「あはは、なんとかなりそうでよかった……なんで私がピッチャーなんてやるのかわからないけど」

「ああ、それはケガした子がピッチャーだったからなの。それで、他の子でピッチャーやれるって子がいなくて、それで新井さんがやれそうな奴を連れてくるって言い出したからそうなったんだけど」

「貴子が私をピッチャーに……?」

 それだったらどうして自分がピッチャーをやれそうな奴だと思ったのか、問いたださなければならない。何しろ、ソフトボールをやったこともなければ、キャッチボールすら今日初めてだったのだから。

「でも、私ソフトボールは今日が初めてなのよ」

「うん、正直私達もそれが不安だったんだけど、新井さんが結城さんなら絶対大丈夫だって言うから」

(なんで私なら絶対大丈夫だ、って……貴子って、私のことをなんだと思ってるのかしら?)

 特に心当たりもないのに、全幅の信頼を寄せられているような気がする。なんでなんだろう。

「まあ、私達も新井さんがそこまで言うのならと思って」

「貴子……信頼されてるのね……」

「でも、結城さん飲み込みが早いから明日の試合も大丈夫そうで安心したわ」

「明日……」

 その事実にかなみは委縮してしまう。

「あの……私、ソフトは今日が初めてで上手くやれないと思うんだけど、そんな私がピッチャーやって大丈夫なの?」

 かなみは不安を福原へ言う。

「ああ、大丈夫大丈夫!」

 すると、福原は笑う。

「ピーチャーが捻挫して諦めてた試合だし、どうせ負けて元々だったんだから、負けてもあんたのせいじゃないわ」

「そ、そう……」

 福原にそう言われて少しだけ気が楽になった。




 それから程無くして日が落ちたのでこの日は解散となった。

「明日朝十時に隣町のグラウンドに現地集合だってさ」

 マニィは貴子からのメールを読み上げる。

「明日、大丈夫なのかしら?」

 かなみはため息をついて不安を漏らす。

「みんな大丈夫だって言ってたよ」

「それでもよ。それに負けたら今月の給料半分カットだし……せっかくの助っ人なんだし、私のせいで負けたら……」

「前半より後半の方が気持ち強い気がする、君らしいね」

「そうかしら?」

 特に意識しているわけではなかった。

 そんな会話をしているうちに、かなみはオフィスに着く。

 あるみの電話から今日の仕事は休みになっていることから、オフィスに出勤する必要は無い。しかし、かなみは足を運ばなければならなかった。

(紫織ちゃんがいるといいんだけど……)

 魔法少女の武器としてバットを使っている紫織から何かアドバイスをもらえたらいいかと思う。だからこそ仕事で外出していなければと願わずにはいられない。

「おはようございます」

 かなみはオフィスへ入る。

「あ、おはようございます」

 紫織がすぐに返事をしてくれる。

(神様……)

 かなみは思わず神に感謝する。

「紫織ちゃんがいてくれてよかったわ」

「はあ……社長から今日は内勤でかなみさんが来るまで待つようにと言われまして」

「え、社長……?」

 かなみは自然と社長のデスクへ目を向ける。

 そこにはあるみが微笑んでいた。かなみには悪魔の微笑にも見えてしまった。

「社長……給料半分カットってなんですか?」

 しかし、かなみは臆さずに抗議に入る。

「その方がやる気が出るでしょ」

「出るも何もないでしょ! 私、ソフトやったことないんですよ!!」

「やったことなくても、やるのが魔法少女でしょ」

 あるみはあっさりと無茶振りをしてくる。

「そんな無茶な……」

「大丈夫よぉ、かなみだったらやれるわよぉ」

 涼美がやってくる。

「母さん、どうして!?」

「かなみのピンチだと聞いてねぇ、駆けつけてきたのよぉ」

 涼美はなんだか嬉しそうに言う。

「もう、地獄耳なんだから……」

 しかし、かなみは呆れるだけで安心できなかった。

「さあさぁ、かなみやりましょうぉ」

「やるって何を?」

「キャッチボールゥ」

 涼美はどこからグローブ取り出してきて、かなみに見せる。

「娘とぉキャッチボールってぇ、母さんの夢なのよねぇ」

「そ、そうなの……?」

 かなみは疑問を浮かべる。

「そこは父が「息子とキャッチボールするのが夢」というのが定番なんじゃないでしょうか?」

「なんか、そんな気がするわ」

 紫織にかなみは同意する。

 とはいえ、今日初めてだというのに明日試合なのだから少しでもボールに慣れておきたい中、キャッチボールを申し出てくれるのはありがたい。

「さぁさぁ、かなみやりましょぉ」

「う、うん」

 かなみはそう答えるしか出来なかった。




 やってきたのは公園の広場。

 街灯の灯りが灯っているとはいえ、夜の暗闇でキャッチボールするには心もとない光であった。

「かなみ、投げてぇ投げてぇ」

 グローブを持った涼美が手を振ってくる。

「そういえば、かなみって夜目がきくんだったよね?」

 マニィが確認するように言う。

「そんな忘れかけていた設定を思い出すように言わないでよ」

「え、そうなんですか? それなら夜でもキャッチボールが出来るんですか?」

「やったことないからなんとも……それに母さんが夜目がきくなんて聞いたことないし」

 それでも、あんなにはしゃいでいるのだから投げても大丈夫な気がしてくる。

「母さん、投げるよ。いい?」

 かなみは不安そうに確認する。

「えぇ、どんどん投げてぇ」

 涼美は大いに張りきって答える。

「それじゃ、遠慮なく」

 かなみはボールを投げる。


ヒュー、パン!


 見事、ボールは涼美のグローブに収まる。

「ナイスゥボール」

「おお!」

 かなみは思わず感嘆の声を上げる。

「こんなに暗いのに、凄いです!」

 紫織も感心を通り越して尊敬の念を送る。

「母さん、見えてるの?」

「見えないわよぉ」

「だったら、どうして?」

「ふふ、ボールの音でぇどの方向からぁどんな速さでやってくるのかぁ文字通りぃ手に取るようにわかるのよぉ」

 涼美は得意げに説明する。

「もはや人間ソナーね……」

「かなみも頑張ればぁできるようになるわよぉ」

「無理よ! 母さんが特殊すぎなのよ!!」

「ほらぁ、ボールの音を聞き分けてみてぇ」

 涼美はボールを投げる。

「おおぉ!」

 かなみは目を凝らす。


パン!


 なんとか飛んできたボールを捕る。

「ふぅ……」

 夜目がきくおかげで、夜でもボールが見えた。とはいえ、捕球は昼間に比べたら見えづらいので紙一重もいいところだった。

「ナイスキャッチィ! でもぉ、次はぁ目を閉じてぇ捕ってみましょぉ」

「できるわけないでしょ! 今は魔法の練習じゃなくてソフトの練習でしょ!」

「そうだったわねぇ。でもぉ、いずれ目を閉じてもぉ捕れるようになってもらうわよぉ」

「だーかーら!」

 かなみはボールを投げ返す。


パン!


 涼美は難なくこれを捕る。

 こうして、母娘のキャッチボールは夜遅くまで続いたのであった。

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