第63話 夢中! 闇の底に浮かぶ少女の夢! (Bパート)

 そこからはよく覚えていなくて、気づいたらウチの前に立っていた。

 夢でも見ていた気分だった。これが白昼夢というものなのか。

「ただいま」

 ウチの戸を開く。

「おかえりぃ」

「おかえり」

 二つの声が返ってくる。父と母のものだ。

「………………」

 二人ともウチにいるのだから、声が返ってくるのは当たり前だ。そのはずなのに、ひどく特別な気がしてくる。

「父さん、なんでウチにいるの?」

 不意に、父に訊いてみる。

「そりゃ、父さんのウチだからな」

「仕事で出て行ったりしないの?」

「そういう仕事になったら出て行くけど、今はウチで出来る仕事をしているからね。そうそう出て行かないよ」

「ウチで出来る仕事……!?」

 かなみは驚く。

「そんなに驚くことか?」

「だって、父さんはいつも出張ばっかりで、母さんもそれについていってて、ウチを空けてて、ウチにはいつも私一人で!」

「朝もそういうこと言ってたけど……どうしたんだ、かなみ? ちょっと変だぞ」

「変? 私が変なの!?」

 かなみは思わず声を張り上げる。

「かなみぃ、落ち着いてぇ」

「――!」

 かなみは耐えきれなくなって、自分の部屋に入って、枕に顔を沈める。

「私は変じゃない! 変なのはみんな! みんなが変なだけ!」

 そう言い聞かせる。

 ウチには父さんがいて、母さんがいる。

 いつも朝はゆっくり起きて、ゆっくり朝ごはんを食べて、「行ってきます」を言って、学校へ行く。

 学校へ行ったら、授業を受けて、理英と貴子と他愛の無いおしゃべりをして、教育実習生もいなくて、平穏な日々を過ごす。

 学校が終わったら、部活も無く、ゆっくり帰る。

 たまには理英と一緒に帰って、一緒に寄り道をして、一緒にショッピングを楽しんだり、一緒にクレープを食べたりして、「また明日ね」って言って別れる。

 そうして、帰ったらウチにはやっぱり父さんと母さんがいて、「おかえり」と言ってくれる。夕食も三人一緒に食べて、あとはお風呂にゆっくり遣って、ゆっくりテレビでも見て、眠くなったらゆっくり眠る。

 そして、一日が終わって、次の一日がまた始まる。

 平穏で平和な毎日。それが結城かなみの生活であった。


――あなたは魔法少女じゃないの?


 あるみの問いかけが頭の中で反響する。

 魔法少女。アニメや漫画でよく目にする魔法を使って戦う女の子の事。

 時にその魔法を使って、人を助けたり、夢を叶えたり、悪の組織と戦ったり、可憐で可愛くて、それこそ夢や空想の産物であって、現実に存在するはずがない。

 ましてや、自分が魔法少女であるはずがない。


――だって、私は普通の女の子なんだから!


 なのに、どうしてそう答えられなかったのだろう。

 自分は魔法少女であるはずがないのに。

『あの、あなたは魔法少女なんですか?』

『ええ』

 あの人は堂々と何の臆面もなく肯定した。

 もしかして本当に魔法少女はいるのかもしれない。そして、私もその魔法少女かもしれない。

(いやいやいやいや!)

 そこまで考えて、必死で否定する。

 そんな私が魔法少女なわけがないじゃない。

 枕に顔を沈めたせいか、瞼が重くなり、いつの間にか意識は闇の底に堕ちていく。

 暗い、暗い海の底へ沈んでいく。

 暗くて深くて何も見えなくて、身体を動かすことが出来ない。

 底に何があるのがわからないまま、這い上がることが出来ず、ただただ沈んでいく。

 でも、その感覚がちょっとだけ心地良く感じてしまう。


『愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!』


 そこへ黄色の魔法少女が眩い光を放って姿を現す。

「……あなたは、誰……?」

 問いかけてみた。

 魔法少女は困った顔をして、しかし、すぐに堂々とこう言った。

『あなたはわたしよ』

 魔法少女の姿は消え、代わりに声が響く。


『結城家一族郎党……生命を賭ける所存で完済にあたります』

 それは借金の証文であり、自分が返さなければならないものであった。

「誰か、父さん、母さん! 助けてぇぇぇぇ!!」

 普通の女の子がとても払えない金額だった。

 だから、両親に助けを求めるしかなかった。でも、その声は届かない。

『見ての通り、契約書さ』

 差し出された一枚の契約書。

『こんな運命、私は認めない。借金に押しつぶされるなんて最低よ! やってやるわ、これが借金を返済できる道なら!』

 それに迷わずサインをする。

 そこから全てが始まり、魔法少女になった。


 朝日が目に差し込んできて、目覚める。

 おかしな夢を見た。自分が魔法少女になる夢。妙にはっきり覚えていて、まるで昨日本当にあった出来事のようにはっきりと思い出せる。

(私が、魔法少女……そんなわけ、ないのに……)

 起き上がって、部屋の鏡で自分の姿を確認する。

 帰って制服を着たまま眠ってしまったことに気づく。

(しまったな……)

 そう思うと同時に、いつもと同じ自分の姿に安堵する。

 やっぱり、自分は魔法少女じゃなくて、普通の女の子だ。

「あらぁ、あらあらぁ」

 急に母が入ってきて、目を輝かせる。

「母さん、急に入ってこないでよ!」

 かなみは抗議するが、母は無視して見つめてくる。

「だってぇ、かなみが一人で起きられるなんてぇ、珍事件よぉ」

「そこまで言う!?」

「おまけにぃ、休日なのに学校行く準備進めてるなんてぇ、よっぽど学校が好きなのねぇ」

「だから! 話を聞いて!

――え、休日?」

 かなみはカレンダーを確認する。休日だ。

「……あぁ」

 別に学校に行くつもりで、制服でいたわけじゃない。

 でも、なんでだろう。休日のはずなのに、この方がしっくりきてしまう。

「ちょっと、部活があって」

 咄嗟に、かなみはごまかす。

「かなみぃ、部活に入ってたっけぇ?」

「う、うん、まあね」

 かなみはそう言って、慌てて外に出た。

「どうして、あんな嘘を……?」

 空を見上げてぼやく。

 母に嘘をついてまで、どうしてそんなことをしてしまったのかわからない。

「また、ここか……」

 気づいたら、またオフィスに来ていた。

 学校に行くつもりは最初からなく、かといって目的があるわけではなく、フラフラと歩いた。

 またここに来ようなんてこれっぽちも思わなかった。なのに、来てしまった。

 途方に暮れたら、とりあえずここに来るように習慣づけられているみたいに。それこそ、ずっと前から。

(どうして……?)

 昨日初めてきたはずのここからどうして懐かしさを感じるのだろう。

「入ってみればわかるわよ」

 そんな疑問に答えるような声がする。

「――!」

 かなみはドキリとする。

 綺麗な黒髪の女性であった。白い法衣はまるでおとぎ話にでてくるような様相で、魔法少女というより占い師といわれたがピンとくる。

「入ってみれば、わかるって?」

「あなたの疑問よ、さあ」

 そう言って、女性はオフィスビルへ入っていく。かなみにそれをつられて入る。

 そして、昨日と同じの二階のオフィスへ。

「いらっしゃい」

 そこに銀髪の女性あるみがいた。

「あなたの方から来るなんて珍しいわね」

「珍しいことがあったからね」

 銀髪と黒髪の女性が会話する。

 それだけで、なんというか絵になる二人であった。

「………………」

 あるみがこちらへ目を向けるまで、かなみは呆然と見とれてしまっていた。

「また来てくれたわね」

「あ、いや……」

 来てくれた、というわけじゃなくて、気づいたら来ていただけのことなのに。

「たしか、かなみちゃん向けの仕事があったはずよね」

 あるみはデスクの上に積まれた書類の山を物色し始める。

「えぇ、私向けの仕事って、何ですか!?」

「魔法少女の仕事だよ」

「キャッ!?」

 思わず悲鳴を上げる。

 急にネズミのマスコットが動き出して肩に乗ってきたからだ。

「な、なにこれ!?」

「マスコットだよ、ほら魔法少女の付き物の」

 マスコットはさも当然のように答える。

「だからって、ぬいぐるみが喋るわけないでしょ!?」

「ああ、それ私が魔力を送っているのよ」

 あるみがそう言って一枚の書類を手に取り、かなみを見る。

「魔力? つ、つまり、どういうことですか?」

「この仕事をすればわかるわ」

 書類を手渡される。

「し、仕事……?」

「魔法少女の仕事よ」

 有無を言わさぬ物言いで告げる。

「魔法少女の、仕事……?」

 言われて意味がわからなかった。

 魔法少女は漫画やアニメの存在でしかなく、ましてや自分がその魔法少女であるはずがない。

 それに、仕事をする魔法少女なんて聞いたことがない。

「言わなかったっけ? ここは魔法少女の会社よ」

「魔法少女の会社?」

「魔法少女が集まって仕事をする、そういうところなの」

「そんなところがあるなんて……」

「もちろん、報酬もあるわよ。現金支給のボーナス♪」

「ボーナス……?」

 その言葉は決して聞き捨てていいものじゃなかった。

「ボーナス、欲しいのよね?」

 あるみは誘惑のように問いかけてくる。

 欲しくない、といえば嘘になる。

 誰だって、お金は欲しい。

 昨日諦めた高いアクセサリだって、おいしいクレープだってお金があれば買える。

 だけど、それよりももっと大事な理由でお金が必要だった気がする。

「借金を返さないといけないものね」

「しゃっ、きん……?」

 不意にあるみに言われて、キョトンとする。

「私、借金なんてしてません!」

 借金。その言葉にさえ縁が無かったはずなのに懐かしくも忌々しいものに感じる。

「……その仕事、頼んだわよ。ボーナスは十五万よ」

「じゅ、十五万!?」

 それは数千円を大金とするかなみにとっては想像もできない大金であった。

「仕事は『仏像の窃盗団から仏像を守り抜く』ことだね」

 マスコットが書類を勝手に取って読み上げる。

「ぶ、仏像の窃盗団……?」

 それも魔法少女の仕事なのだろうか。

「とりあえず仏像のある寺に行ってみようか」

「う、うん……」

 マスコットに言われるまま、頷く。

(あれ?)

 気づいたら仕事を引き受ける流れになっていた。

 流されていると思いつつ、何故か逆らえない。それは、あるみや黒髪の女性に有無を言わせない迫力と雰囲気もあるけど、それだけじゃない気がする。

 はっきりとはわからないけど、この仕事をしなくちゃならない。そんな気がしてならない。

「ボクはマニィだよ。本職は会計だけど、君は方向オンチそうだからナビもするよ」

 そう言われて、ムッとする。なんだか、このマスコット、一言多い。

「よ、よろしく」

「………………」

 マニィは無言でジト目になる。

「なによ?」

「いや、なんでもないよ。よろしく」

「いってらっしゃい」

 あるみはニコニコ顔で手を振る。

「……いってきます」

 反射的に答えて、オフィスを出て行く。




「道を右に、その次を左に曲がるんだよ」

 マニィの事細かな指示で街を歩く。

 耳元でちょっとうるさいと感じながらも、不思議とこっちであっているのだろうといった不安は無かった。

「ねえ、あんた。こういうの慣れてるの」

「いや、初めてだよ。さっきも言ったでしょ、本職は会計だって」

「なんで、会計がナビしてるのよ?」

「社長命令だからね、逆らえないんだよ」

「そ、そう……マスコットも大変なのね」

「まあ、大変なのは君も同じだよ」

「どういうこと?」

「――着いたよ」

 マニィにそう言われて、反射的に足を止める。

 そこに年季を感じさせる寺の門があった。

「りょ、こう、じ……?」

 表札には立派な墨字でそう書かれていた。

「ここに窃盗団が現れるっていうの?」

「そう、ネガサイドのね」

「ねが、さいど……?」

「悪の秘密結社の名前だよ」

「悪の秘密結社? そんなものがいるの?」

 聞いたことがなかった。

「そりゃ、魔法少女がいるんだから悪の秘密結社もいるよ」

 マニィは常識のように言うけど、かなみにとっては非常識もいいところであった。

「そういうものなのかしら……? っていうか、そんな悪の秘密結社と、私戦うの?」

「まあ戦うことになるね」

 あっさりと言われる。

「た、戦えるわけないじゃない。私は魔法少女じゃないんだから」

 そう言うと、かなみの脳裏に昨日の夢の光景がよぎる。

『……あなたは、誰……?』

 目の前に現れた黄色の魔法少女へ問いかけた。

『あなたはわたしよ』

 すると、魔法少女はそう答えた。

「う……!」

 不思議な夢だった。

 でも、あれは自分は魔法少女になれる啓示だったのかもしれない。

(いや、そんなはずは……私は、魔法少女じゃ……)

 無いと否定しきれない。

 あるいは否定したくない。

 魔法少女になりたい。自分にはそんな願望があるのかもしれない。

 わからない。

 ここに答えはあるかもしれない。

 かなみは歩き出す。

 知りたい。知らなくちゃいけない。


――あなたは魔法少女じゃないの?

――借金を返さないといけないものね


 再びあるみの声が聞こえてくる。

「私は……私は……」

「あなたは魔法少女?」

 いきなり、寺の中にいた女性から訊かれた。

「……え?」

 面を食らった。

 いきなりそんなことを訊かれても困る。

 ましてや、その女性の恰好は尋常じゃなかった。

 顔立ちは美女のそれなのだが、それ以上に和服をわざとはだけたような着込み方をしていて、変態か露出狂かと思ってしまう。

 まずまともな人じゃないというのが第一印象だ。

「………………」

 かなみは思わず一歩退く。

 普段だったら、こういう人に声を掛けられたら、回れ右するところなのだけど。

「あなたは魔法少女?」

 もう一度訊いてくる。

『そりゃ、魔法少女がいるんだから悪の秘密結社もいるよ』

 直前のマニィとの会話を思い出す。

(この人が、その悪の秘密結社……!)

 間違いなくそうだ、とカナミは確信する。

 こんな人と戦わなければならないのだと思うと、背筋に寒気が走る。

 明らかに尋常じゃない雰囲気をまとっていて、関わっていけないと理性が警告を発している。

(無理よ! 戦えるわけがない!)

 出来れば即刻この場から立ち去りたい。

 こいつから寺の奥にある仏像を守り抜けば十五万もの大金が貰えるそうだけど、そんなのどうだっていい。

「……いいえ」

 関わりたくないからそう答える。

 決して嘘をついたわけじゃないのに、嘘をついたような罪悪感がこみ上げてくる。

「そう」

 和服の女性は満足げに笑って、仏像へと歩を進める。

「いいの?」

 肩に乗ったマニィが問いかけてくる。

「いいって、何が?」

「仏像、盗られちゃうよ」

「でも、私にはどうすることもできないし……」

「君なら出来るよ、魔法少女なんだから」

「私は魔法少女なんかじゃない!」

 自分は普通の女の子だと主張する。

「だったら、大人しくしてなさい」

「――!」

 かなみはドキリとする。

 和服の女性が振り返ってこちらを見ている。

 妖艶な笑みはまるで妖怪を思わせる不気味なものだ。

「使い魔を連れてるから、どんな子かと思ったけど……別に普通だというんなら、さっさと帰った方がいいわよ。これ以上、踏み込めば生命はないわよ」

「う、く……」

 生命は無い。

 女性の言葉には殺気がともなっていて、とてつもない現実味を感じさせられた。

 一歩退く。

 やっぱり、これ以上関わっちゃいけないことなんだ。

 帰ろう。そして、今日のことは忘れよう。

 そうした方がいい、そうしよう。

「それじゃ、いただくわね」

 和服の女性は仏像へ手を伸ばす。


――あなたは魔法少女?

――あなたは魔法少女じゃないの?


 あるみや和服の女性の声が反芻される。

「私は……! 私は……!」

 踏み止まる。

 どうして、そんな行動に出てしまうのわからない。

 お金が欲しいから?

 悪を見過ごせないから?

 わからない。

 でも、戦わなくちゃと身体が動く。

「待ちなさい!」

 和服の女性はピタと止まる。

「なに?」

「盗みはいけないことなのよ!」

「そんなのわかってるわよ。だって、私は悪の秘密結社ネガサイドの一員なんだから」

 いっそ自慢げに答えてくる。

「彼女らは悪事をすることが生きがいなんだ。口で言ってやめるものじゃないよ」

 マニィが諫める。

「……そう、そうよね」

 そんな気がしていた。

 だんだん、この人とは初対面とは思えなくなってきた。

 もっと前から知っているかのように、彼女の行為や気持ちが理解できる。

 口で言っても、絶対に止められない。

 かといって、警察に通報しても通じない。

 だったら、どうしたらいいか。


――私が止めるしかない。


「ねぇ、マニィ?」

「なんだい?」

 そう結論に至った時、もう一度確認したかった。

「私って魔法少女なの?」

「うん、君は魔法少女だよ」

 即答であった。

 おかげですんなりと受け入れられた。

「マジカルワーク!」

 手に持っていたコインを宙へ舞い上げる。

 そのコインは、いつ持っていたかわからない。いつの間にか手にあって、それがあることが自然だった。

 光のヴェールに包まれ、黄色を基調とした衣装に身を纏う。

「愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!」

 自然と名乗り口上を上げる。

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