第63話 夢中! 闇の底に浮かぶ少女の夢! (Cパート)

「素晴らしい変身バンクだよ。でも、なんで借金?」

 マニィは首を傾げる。

「な、なんでかわからないけど、自然に出っちゃったっていうか……」

 多分、あるみが言っていたせいだろう。

「フフフ」

 和服の女性は心底楽しそうに笑う。

「やはりあなたも魔法少女だったのね。その方が張り合いがあるっていうものよ!」

「は、張り合い?」

「私は悪運の愛人・テンホー、今後ともよろしくね!」

「こ、今後があっても困るんだけど……」

 それがカナミの本音であった。

「そして、あなたの相手はこいつよ!」

 テンホーの手から黒い球体が出現する。

「それは……!?」

「物言わぬ物体に生命を吹き込み、怪人にする魔法・ダークマターよ!」

 テンホーはその手を掲げて、ダークマターを仏像へ投げ込む。


ゴオ!


 仏像は轟音を立てて、動き出す。

「う、嘘でしょ!?」

 カナミはあり得ない光景を目の当たりにして

 仏像が動き出す。

 しかも、仏とは思えない荒々しい形相をしており、敵対する者に恐怖を与える不動明王であった。

「く……!」

 当然、カナミもその威容に一歩退く。

 逃げ出したい。

 こんな化け物なんて相手に出来るはずがない。


ドン!


 拳が突き出される。

 その拳圧が弾丸のように飛んでくる。

「キャッ!!」

 カナミは咄嗟に横に飛んでかわす。


キシィィィン!!


 後ろの壁が大きくへこむ。

 それをかわさなければ、自分がその壁のようになっていたと物語っているかのようだった。

「な、なんで……!」

 なんで守るはずだった仏像に襲われなければならないのか。

 しかも、この仏像が人間じゃ到底勝ち目がないほどに強い。まさしく悪魔の怪人だ。

「こんなの勝てるはずないのに……! どうして、戦わなくちゃいけないの!?」

 カナミは誰にともなく問いかける。

 誰も答えられない。答えは自分の中にしかないのに。


ドン! ドン! ドン!


 パンチやキックから必死に逃げる。

 あれに一発でも当たったら、生命が無い。それだけに、カナミは必死に走る。

「逃げてばかりじゃ、勝てないよ」

 マニィが諫めてくる。

「勝てるわけないじゃない! 逃げるしかないのよ!!」

「いや、戦える。君は魔法少女なんだから」

「戦えるってどうやって!?」

 確かに身体は軽い。魔法少女に変身してから、百メートルを八秒で走れそうなぐらい快調だ。

 いつもの状態だったらとっくに捕まってやられていたに違いない。

 だけど、それだけだ。

 身体の調子がいいからって、怪人と戦えるものじゃない。

 今それを思い知らされている。

「戦うにしても、武器が必要だ」

「武器? キャッ!?」

 不動明王から放たれる拳を、飛び込んで間一髪かわす。

「あいたたた……」

 背中を打って、倒れた先にあったのはもう一体の仏像であった。

「あ……」

 その仏像が持っていた錫杖がカナミの眼に映る。

「これよ!」

 直感で決めた。

 カナミは魔法のステッキを思い描き、その手から形成される。

「す、すごい……!」

「それが君の魔法だよ」

 マニィにそう言われたことで、強く思えるようになる。――これが、自分の魔法なんだと。

 これで戦える。

 カナミはステッキを振りかざす。

 今手にしたばかりだというのにまるでずっと昔から持っていたかのように手に馴染み、どうすればこれで戦えるのかもわかる。

 ステッキを振ると、銃の弾丸みたいなものが先端から発射される。

 これが魔法弾。これで仏像の怪人も倒せる。


パチン!


 と、思っていたのだけど、仏像の怪人に当たるとパチンコ玉のような音を立ててあっさりと弾かれた。

「……は?」

 カナミは呆然とした。

 せっかく魔法少女になって、ステッキまで手にしたのに、それが怪人の前ではまったく意味を成さなかった。

 仏像の怪人はそのまま猛烈な勢いで突進してくる。

(逃げなく、ちゃ……!)

 我に返ったときには、もう遅かった。


ドスン!


 鈍い音が先にやってきた。

 直後に身体が浮き、息が急速に吐き出される。

「ガハッ!」


ドォン!


 壁に背中を思いっきり打ち付けられる。

「あ、く……!」

 痛い、苦しい。

 思いっきり殴られた。

 身体中が痛みに支配される。

 戦わなくちゃ、立ち上がらなくちゃ。

 そういった想いが痛みに支配されて、塗り潰される。

「なんで、私が……こんな目に……?」

 弱音を吐き出す。

 自分は普通の女の子だったはず。

 それなのに、今日いきなり魔法少女になって、怪人と戦わされて、こんな痛くて苦しい想いをしている。

 何のために。

 何のために、こんなことをしているのか。

 正義のためか、お金のためか。


――借金を返さないといけないものね


 あるみの言葉が脳裏をよぎる。

「しゃっ、きん……」

 まったく縁の無い言葉であった。

 お金の貸し借りなんて一度だってしたことがない。

 なのに、どうしてこんなにも頭に引っかかるのだろうか。

「ボーナスが、十五万……」

 それが手には入れば何かわかるのだろうか。

「く……!」

 カナミは痛みを抑えて立ち上がる。


バン!


 ステッキから魔法弾を発射する。


ゴォン!!


 今度の直撃は、弾かれることなく仏像の怪人は揺らぐ。

「威力が上がっている」

「ど、どうして?」

「君の中で恐怖や迷いがなくなってきてるんだろう」

 マニィにそう言われても、なんだかわからない。

「恐怖や迷いが無くなれば、魔法の威力が上がるのね……」

 だったら、やるべきうことは一つだ。

「だったら、思いっきりやるだけよ」

 黙っていたらやられる。

 やられたくないから戦う。

 迷っている暇なんかない。

「ていやッ!」

 カナミは思いっきり力を込めてステッキを振る。

 特大の魔法弾が発射される。

「ボーナス! ボーナス! ボーナス!」

 間髪入れず、どんどん魔法弾を発射する。

 魔法弾がどんどん命中して、爆煙が立ちこもる。

「ハァハァ……やった……」

 息切れして、膝に手を乗せる。


ドン!


 しかし、足音がする。

 魔法弾の直撃なんてものともしていない、力強い足音が。

「く……!」

 カナミは一歩退く。

「もう弾切れかい?」

「そ、そんなわけないじゃない……!」

 強がってみせるけど、力の限り撃ち放った魔法が通じなかった。

 どうすればいいのかわからない。

(もっと、強力な魔法が撃てれば……!)

 願うように、縋るように、ステッキを見つめる。

(夢の中で会った魔法少女……あなただったら、どうするの?)

 するとステッキがピカッと光る。

「……え?」

 カナミはステッキをかざしてみる。

 すると、ステッキは大砲へと変化する。

「こんな魔法、知らない……どうやったら……?」

 カナミは戸惑う。

 その間に、仏像は距離を詰めてきた。


ゴスン!


 今度は蹴りをまともに受けて、飛ばされる。

「く、くぅ……!」

 それでも、大砲のステッキは手放さなかった。

(こ、これは……逆転の為の、魔法なんだから……! でも……)

 大砲なのだけど、魔法弾みたいに撃てる気がしない。

 直感でわかる。

 この大砲を撃つためには膨大な魔力が必要なんだ。でも、今のカナミではそれが決定的に足りない。このままでは撃てない。

「どうすれば……どうすれば……撃てるの?」

 夢の中の魔法少女へ問いかける。

「全部、込める……?」

 それは頭の中から急に浮かんできた。

 昨日から感じている違和感。

 自分の中にもう一人自分がいるかのような感覚。

 決して、錯覚なんかじゃない

 窮地に陥った自分を助けてくれる唯一無二の存在。それが示してくれた答えは。

「大砲に全部込める……この痛みも、苦しさも、悔しさも! あー、やってやるわよ!!」

 魔力を惜しみなく注ぎ込む。

 怒り、痛み、苦しみ、悔しささえも全て大砲へ、その砲身の先にいる仏像へ向ける。

 いける。撃てる。

 そう感じた時、カナミは弾かれたように叫んだ。

「ボーナスキャノン、いけえぇぇぇッ!!」

 大砲から特大の砲弾が撃ち放たれる。

 いや、もう砲弾というより魔力の洪水であった。

 それは仏像を飲み込んで大爆発を起こした。

「危ないところだったわ」

 テンホーはその大爆発から逃れる。その表情は嬉々としていた。

「か、勝った……」

 カナミは魔力を使い果たしたとともに、体力も一緒に尽きて倒れ込む。

「見事、仕事完了だよ」

「た、大変だったわ……でも、これで仕事完了ってことは、十五万もらえるってことでしょ?」

 カナミは目を輝かせる。

「ゲンキンだね……確かにこの仕事の報酬は十五万だけど、それが君の手元に届くことは無くなったんだよ」

「……は?」

 目が点になる。

「ど、どうして……? 話が違うじゃない!?」

 十五万貰えるから魔法少女の仕事をしたのに。

 その為に、怪人にやられたし、痛くて苦しかった。

 勝ったはいいものの、殺されるかと思ったし、怖かった。

 その対価が十五万もの大金だったら、まあわかる。

 しかし、それがなくなったとあれば、これはまったくの徒労でしかない。それは自分の行為が全否定されたといってもいい。

「……君は、周囲の被害額を考えたことはあるかい?」

「え、被害額?」

「防衛対象の仏像の全損」

「は?」

「寺の講堂の破壊、壁のへこみ、屋根も修繕しないといけないね」

 カタカタと電卓のボタンを押す音が鳴りだす。

 その音は、カナミを心底不快にさせた。

「しめて、三百万。君が弁償しなくちゃいけない金額だよ」

「さ、さんびゃくまんッ!?」

 あまりに桁違いの金額に眩暈がしそうになった。

「じょ、冗談よね?」

「ボクは会計だよ。金額に関して冗談は言わないよ」

「三百万なんて、払えるわけないでしょ! どうすればいいのよ!?」

「簡単だよ。

――払えなければ背負えばいいんだよ」

 何を言われているのか、理解が遅れてやってくる。

「つまり、どういうこと?」

「つまり、借金だよ」

「しゃっ、きん……?」

 事ここに至って、あるみの言った意味がようやくわかったような気がする。


――借金を返さないといけないものね


 今から仏像を倒した大砲をあるみやマニィへぶつけたくなった。

「借金なんて冗談じゃないわよ!!」




 もがいてやる。あがいてやる。

 暗くて深い闇へ沈み続けていく中で、初めて手を伸ばす。

 上へ、光へ。

 上がりたい。上がらなくちゃいけない。

 パシィと、伸ばした手を掴む音がした。

 誰かが自分の手を掴んで、引っ張り上げようしてくれている。

 ああ、もう大丈夫だ。

 これで冷たい闇から抜け出せる。そう、安堵した。




 目を開けると、そこに灯りが差し込んできた。

「かなみ?」

 誰かが自分の名前を呼んでいる。

 意識が混濁しているせいで誰なのかわからない。

 ここは見慣れた自分の、アパートの部屋。布団にくるまわれている。

 身体が重い。身を起こすのもきつい。

 首だけを動かして、声のした方を向いて見てみる。

「かあ、さん……?」

 クルクルした金髪が灯りのように輝いている。それで母の涼美であることを認識した。

「かなみ!」

 母は飛び出してきて、思いっきり抱き締める。

「よかったぁ、起きてくれたぁ」

「か、母さん……く、苦しい……!」

 かなみは豊胸に頭を挟まれて、息も出来ない。

「たすけ、て……」

「あ~、かなみがオッパイオバケに殺されかけてるわ~」

 聞き覚えのある声がする。

「だ、だれ……?」

 ようやく、かなみは母から引き離され一息つく。そうして声の主を見てみる。

 そこには赤髪の女の子が仏頂面でこちらを見ていた。

「えぇっと、みあちゃん……?」

 かなみは確かめるように名前を呼ぶ。それがみあを苛立たせた。

「あんたね……寝ぼけてんじゃないわよ!?」

 いきなり怒鳴る。

「ご、ごめん……」

「みあさん、とっても心配してたんですよ。今日だって学校さぼって」

「バカ! 余計なこと言ってんじゃないわよ!」

「みあちゃん、紫織ちゃん……心配?」

 まだはっきり思い出せない。

 とても長い夢を見ていたような気がする。

「かなみさん!」

 青髪の女の子が自分に近づいてくる。

 そして、自分の顔を見るなり、すぐに安堵する。

「あ……!」

「目を覚ましたのね、よかった」

「……えっと、誰でしたっけ?」

 記憶がどうも曖昧になってしまい、顔と名前が一致していなかった。

「……え?」

 青髪の女の子の目が点になる。




「ごめんなさい! ごめんなさい!」

 完全に思い出してから、かなみは何度も翠華へ謝る。

「う、ううん、いいの……三日も眠ってたから、混乱しているのも無理ないから……」

 翠華はフォローしてくれる。

 だけど、言動は弱々しく、無理をしているのが一目でわかる。それを見て、かなみはどうしようも無いほど申し訳なく思ってしまう。

(なんで、あんなこと言っちゃったんだろう……)

 翠華の顔を忘れるわけがないのに。一瞬、誰だかわからなかった。

『あなた、マスコットは好き?』

『あの、あなたは……?』

 見知らぬ誰かとそんなやり取りをしていたのが脳裏をよぎったせいかもしれない。

「三日……? 私、三日も眠ってたの?」

「ええぇ、このままぁ起きないかと思ったわぁ」

 微笑む涼美の目にわずかにクマが見える。

 不眠不休で介抱してくれたということなのか。周りを見てみると、翠華やみあ、紫織から安堵の表情が色濃い。

 心配をかけて申し訳ないと思う一方で、疑問が浮かんでくる。

「どうして、三日も……?」

 そう言いながら、だんだん思い出してきた。

 自分が倒れる前、十二席選抜の三次試験。

 十二席のヘヴルと戦っている最中に、リュミィから力を借りて、神殺砲を撃ち続けた。

 魔力を大量に消耗したけど、あっという間に回復してまた撃てるようになった。あれが妖精の力だとしたら、絶大すぎる。

 無制限に使い続けられる魔力をもって、限界を超えた全力の神殺砲を撃った。

 一人じゃどうにもできなかった。

 リュミィの力はもちろん、翠華やみあや紫織、萌実まで全力を出し尽くした。

 あのヨロズまでも力を貸してくれて、共に立ち向かってくれた。

 そのおかげで勝てた。

 みんなが自分のもとに集まってくれたおかげで確信し、安堵した。

 そこから、記憶が無い。

 多分、張り詰めていた緊張から解き放たれて、一気に疲労が押し寄せてきたのだろう。

 かなりの無茶をしたと思う。普段なら二、三発撃つのが限界なはずの神殺砲を何十発と撃ち続けた。リュミィがいなかったら絶対に出来なかっただろうし、それでも限界を超えた無茶だったはずだと今なら思える。

「大金星だったわよ」

 あるみはそう言ってくれた。

「あなた達の力だったら、本当は十二席どころか支部長にもかなわなったはずだから」

「……はい、リュミィのおかげです」

 リュミィはかなみの布団の上で踊るように飛び跳ねている。

「妖精の力を存分に使ったんだから、その反動がやってきたのよ。

ま、三日ぐらいですんだからよかったけど、それでもまた使ったら生命の保証はないわよ」

 そう言われて硬直する。

 生命の保証はない。その実感は確かにあるけど、言葉ではっきりと突きつけられるのはきつい。

 かなみは息を呑む。

 死にたくないし、心配もかけたくない。

 またこんなことを繰り返しちゃいけない。

「そ、そうならないように、頑張ります」

 かなみにはそう返すしかできなかった。だけど、あるみはその返答で満足そうに笑みを浮かべる。

「頑張ってね」

 かなみの頭を撫でる。

「それはぁ、私の役目じゃないのぉ?」

「え、母さん……?」

 横から涼美が羨まし気に言ってくる。

「娘の頭を撫でたいのはぁ母親としてぇ当然のことよぉ」

「母さん、そういう性格だった?」

 どうにも記憶の中の母と一致しない。

「そういう性格になったのぉ」

「子煩悩になったものね」

 あるみはやれやれといった感じで退く。

「父さんがいた頃はそんなことなかったのに」

 かなみは言った後に気づく。

 父の話は母の前では禁句だったことを。

「――あの人の話をしないでね」

 ニコリと笑って告げた母の言葉に背筋が凍る。

「……は、はい」

 殺されるかもしれない。と、その時、かなみは恐怖した。

「涼美には禁句だったわね」

 これにはあるみも呆れるしかない。

(父さんの話するつもりなんてなかったのに……)

 脳裏に父の面影がよぎる。

 夢の中で会ったのだろうか。夢の内容が全然思い出せない。

(夢の中じゃ、私借金なんてしてなかった……)

 おぼろげながらそんな内容だった気がする。

「夢の方がよかった?」

 不意にあるみに訊かれる。

「………………」

 かなみは返答に困った。

 借金なんてない方がいい。父と母がいてくれた方がいい。平穏に学校生活を送れた方がいい。

 そんな想いが捨てきれずにいた。

(夢の方がよかったかもしれない、でも……)

 その想いを口にしようとした。

「かなみちゃん、起きたって聞いたわよ」

 アパートの戸が開いて、来葉と千歳が入ってくる。

「来葉さん、千歳さん?」

「かなみちゃんが起きたら、パーティするって。ケーキ買ってきたのよ」

 来葉は笑顔でケーキを見せる。

「え、パーティ……?」

「かなみちゃんが十二席の一人を倒したんだから、お祝いしないとね」

 千歳はオードブルセットをテーブルに乗せる。

「それ、お酒?」

 萌実が訊く。

「いいえ、ジュースよ。飲めないでしょ、あんた達も私達も」

「そりゃ、あんたは特にね」

「昔は御神酒をつまんでいたんだけどね。このカラダじゃ無理ね」

 千歳はため息をつく。

「かなみちゃん、身体の調子はどう?」

 来葉は心配そうに訊く。

「え、えっと……大丈夫、です……ちょっと身体は重いんですけど……」

「まあ、寝起きだものね。ご飯、食べられる?」


ギュルルル


 急に腹の虫が鳴る。

「あ……」

 かなみは赤面する。

 来葉や他の子達はクスリと笑う。

「三日も何も食べていなかったようなものね、食欲があるのは元気な証拠よ」

「は、はい……」

 かなみははずかしそうにテーブルの前に座る。

「あんたはそれでいいんじゃないの」

「み、みあちゃん……」

「ほら、主役はあんたなんだから音頭をとりなさいよ」

 そう言われて、ジュースのコップを渡される。

「そ、それじゃ……かんぱーい?」

「「「カンパーイ!」」」

 かなみは一口食べると、堰を切ったように次から次へと食べる。

「おいしーい!」

「相変わらずの食いっぷりね。まったく心配して損したわ」

「みあちゃん、やっぱり心配してくれてたんだ」

「……あんたが野垂れ死んだら、寝覚め悪いでしょ」

 みあはそっぽ向く。

「かなみさん、本当によかったわ」

 涙ぐむ翠華はかなみにチキンやサラダを盛りつけた取り皿を渡す。

「翠華さん……ありがとうございます!」

 自分の無事を喜んでくれる人がいる。

 こっちまで涙ぐみそうになる。


――夢の方がよかった?


 あるみの問いかけが脳裏をよぎる。

 夢の中のことははっきりと憶えていないけど、今目の前に広がっているこの光景とはまた違っていた。

 翠華やみあや紫織や萌実はいない。

 あるみや来葉や千歳もいない。

 母の涼美はいたと思うけど、父はいたと思う。

 夢の中で借金は無かったと思うし、部屋だってオンボロアパートじゃなくて前のマンションで三人で暮らすには十分な広さだった。

 現実と夢、どっちがよかったか、ともう一度比べてみる。


――今の方がいい


 今ならそう答えられる気がする。




「無事に戻ってよかったわね」

 千歳はあるみへ言う。

「ええ、頑張って引っ張り上げた甲斐があったわ。協力してくれてありがとうね」

「かなみちゃんのためだもの、お安い御用よ。

――だけど、あの娘はどこへ行ってたと思う?」

「さあ、ただの夢じゃなかったのだけは確かね」

 あるみはジュースを一口入れる。

「平行世界って知ってる?」

「別の可能性をもった別次元の世界ってことぐらいはね。

『もし』とか『あるいは』ってやつが現実になったっていうのかしらね」

「そう、例えば、

――『もし』かなみちゃんが借金を背負わされることが無かった可能性。そのかなみちゃんはどういう生活をしているか、どういう子に育つのかってね」

「わからない話ね。私にとって、今ここにいるあの娘達が全てだから」

「まあ、それも正解ね。でも、かなみちゃんは多分そういった世界に迷い込んだ。

強大すぎる魔力を使った反動で、意識が次元を飛び越えてしまったのよ」

「次元干渉……ある意味、魔法の究極系ね。行き着くところまで行き着いた先にある神様の力、ともいうべきものかしら」

「そうね。ただ、かなみさんがそこまで行き着くかはなんとも言えないけど……戻ってこれてよかったと思うわ」

 あるみは心底から安堵している。千歳はそれが物珍しくてたまらない。

「あの笑顔を見ているとね」

 そう言って、大人達はテーブルでケーキを眺めながら談笑する子供達を優しく見守った。



「これ、高いケーキじゃないですか!?」

「奮発してきたのよ」

「来葉ちゃんはぁ、儲けてるものねぇ」

「って、これ予約しても中々買えないやつじゃない!」

「す、すごいです……こねをつかったんですか?」

「ありがたくいただきます!」

「ホールまるごと食べるんじゃないわよ!」

「かなみさんの今の勢いだったらできそうね」

「そこまで食い意地はってないから!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る