第62話 選考! 閃く妖精の光が少女の闇を照らす! (Bパート)

 オフィスビルの近くにあるファミレス【ミートキャッスル】。洋風でカジュアルな店にこうして魔法少女達が食事や歓談で集まるのがおなじみになっている。

「三次試験、何が来ると思う?」

 話題はみあが切り出してきた。

「今までの傾向からしてろくなものじゃないってことだけはわかるわ」

 かなみは一次、二次のことを思い出して、苦い顔で言う。

「最悪、私達を取り囲んで袋叩きって言うこともありうるんじゃない」

 萌実は意地悪くそんなことを言ってくる。

「冗談に聞こえないわね」

 翠華は真剣に言う。

 実際第二試験のオリエンテーリングで取り囲まれた経験があるだけに、もう一回やられるということは十分にあり得る。

 紫織なんてその時のことを思い出してガクガク震える。

「なるべくみんなで固まった方がいいわ」

「フン、そんなのごめんだわ」

 かなみの意見に、萌実はそっぽ向く。

「あんたと協力するぐらいだったら、やられた方がマシよ」

「だったら、やられなさいよ」

 みあが言い返す。

「何よ?」

「協調性がないんだったら、かえって足手まといよ。一人で勝手にやって、勝手にやられればいいのよ、この前みたいに」

 ピキッと萌実のこめかみで何か切れたような音がした気がした。

「聞き捨てならないわね」

 萌実は薄ら笑いを浮かべて、みあをにらみつける。

「だったら、どうだっていうのよ?」

 さらにみあが挑発し返す。

 まさに火に油を注ぐような行為であった。

「あんた弱いんだからまたこの前みたいにやられるんじゃないの?」

 この前、萌実は妖精の力を得たヨロズに完敗した。

 ただ、あれは萌実が弱かったから負けたわけじゃない。妖精の力があまりにも強すぎたのだ。多分この場にいる五人のうちあれに勝てる魔法少女はいないだろう。

「みあちゃん、ちょっと言い過ぎよ」

 かなみは諫める。

「かなみはこいつの味方すんの?」

「え、それは……」

 思わぬとばっちりをくった。

「しらじらしい、私に味方なんてするつもりないくせに」

 萌実がぼやく。

 それでますます雰囲気が険悪になる。

「………………」

 誰ともなく無言になり、ますます空気が重たくなる。

「お待たせしました、ハンバーグとステーキです」

 こんなときに、ウエイトレスが空気を読まずにジュウジュウと音を立てる鉄板を二つを置いてくる。

「……これ、注文したの誰?」

 萌実は正気を疑うような調子で訊く。

「決まってるでしょ」

 みあが呆れたように答えて、かなみが苦笑する。

「……二つともいい?」

 遠慮気味に、遠慮の無い内容の発言をする。

「食べればいいじゃない」

 みあはフンと鼻を鳴らして言う。

「よく食べられるわね、呆れた食欲……」

 萌実も呆れる。

「かなみさんらしくていいわ」

「お腹が減っては戦はできないわよ」

「あんたの場合は借金返済でしょ」

 みあが指摘する。

「あはは、そうね」

 かなみは笑いながら肯定して、ハンバーグを頬張る。

「……なんか」

 みあはメニュー表をとる。

「見てると、こっちまでお腹すいてきたわ」

 そう言って、ハンバーグを注文する。

「はん、影響されちゃって」

 毒気を抜かれた萌実はぼやいてもう一つメニュー表をとる。

 そんな様子を見て、翠華と紫織は笑い合う。

「お待たせしました、チーズハンバーグです」

 そこへすかさずウエイトレスが追加の鉄板を持ってくる。

「はや!? たのんだばっかじゃない!? しかも、チーズって!?」

「あ、それ、私です……」

 紫織は控えめに手を上げる。

「いつの間に……?」

 翠華は驚いて訊く。

「かなみさんが注文してるときに……」

「あんた、ちゃっかりしてるわね」

 みあの一言に、紫織は恐縮する。

「普通に注文したつもりなんですが……」

「まあそんなことはいいわ、それよりチーズもいいわね」

 みあは紫織の前に置かれたチーズハンバーグをジロッと見る。

「あ、あの、交換しましょうか……?」

「そんなこと言ってないでしょ」

「でしたら、一口どうでしょうか?」

 紫織は一口切り分けて、みあに差し出す。

「ありがと」

「みあちゃん、こっちのステーキもどう?」

「え……かなみがあたしに?」

 みあは驚いて、固まる。

「そんなに驚くことないじゃない」

「だって、肉に飢えたかなみがあたしに恵むなんて」

「に、肉に飢えたって……」

「まあ、それは間違ってないわね」

「萌実まで!」

 意外にも萌実もみあの一言に同意する。

「かなみさんのことになると気が合うみたいですね」

「そ、そうね……」

 翠華はおだやかにはいられなかった。




「結局出たとこ勝負でやるしかないのよね」

 数時間、他愛のない話を交えて出た結論がみあのそれであった。

「そんなの話をする前からわかってることじゃない」

 萌実が嫌味を言う。

 こんなことで、雰囲気が悪くなってはかなみや翠華が仲裁に入ることの繰り返しが続いている。

(こんな調子で大丈夫かしら……?)

 かなみは密かに不安に思う。

 いや、かなみだけではなく、その場にいる全員がそんな不安を密かに抱えていた。だからこそ集まって不安をごまかそうとしていた。

 足を止めて、ビルを見上げてみる。

 とうとうここまで来てしまった。

 その場の五人は思った。

 そのビルとは、もちろんネガサイドの関東支部の拠点ビルだ。

「………………」

 無言で見上げている。

「……いこう」

 かなみがそう言って、先頭を切る。

「あんたに言われてなくても」

 萌実が悪態をつく。

 関東支部のオフィスは、相変わらず清潔感が整っていてすっかり見慣れてしまった感じがする。

「ようこそ、おいでくださいました。今日はどういったご用件ですか?」

 そして、お馴染みとなった営業スマイルが顔に張り付いた受付の女性が出迎えてくれる。

 かなみは一瞬固まったが、意を決して答える。

「……招待状を受け取りました」

 招待状を見せる。

「十二席の三次試験ですね。それではあちらのエレベーターから地下二百階に降りてください」

 それだけ聞けば十分であった。

 かなみ達は言われるままエレベーターに乗る。

 行先のボタンの欄の「1」のすぐ下に「B200」のボタンがあった。

「こんなの前にあった?」

 みあが訊く。

「わからない……」

 かなみもこの前に来た時の記憶を掘り起こしてみたけど、そこまで思い出せない。

「いちいち、エレベーターのボタンなんて気にしてられないでしょ」

 萌実の言うことももっともだと、かなみは思ったので「B200」のボタンを押す。

 エレベーターが下へと下がっていく。

(まるで地獄に向かってるみたい……)

 この前、涼美と来た時のことを思い出す。

 唐突に床が抜けて地下へと落とされたあの時の感覚を今このエレベーターで味わっているような気がする。

 階の表示を見てみると「1」と「B200」の間から変わらない。

 地下に降りているという感覚はあるものの、あとどのくらい続くのかわからない。

「……いつまで続くんのよ、これ」

 みあが耐えきれずに沈黙を破る。

「もう一分ぐらい降り続けているような気がするけど……」

「二百階ですしね。上に上がるよりも何倍も時間がかかるんじゃないですか?」

「うぅ、そんな気がする……」

 紫織の発言に、みんな同意する。

「ねえ? ひょっとして思うんだけど……」

「なんですか、翠華さん?」

「このエレベーター、本当に地獄に向かってるんじゃないかって考えちゃうの……」

「あ、それ、私も考えてます」

「かなみさんも?」

「地獄って地の底って言いますから……」

 かなみと翠華は互いの顔を見合わせる。

 緊張と恐怖でひきつった顔をしているとお互い思う。だけど、同じ考えでいる。それだけでいくらか恐怖が和らぐ。

「そもそも地獄ってどんなものなんでしょうか?」

 紫織は思いもよらない一言を口にする。

「どういうこと、紫織ちゃん?」

「あ、いえ……地獄って誰も見たことないじゃないですか。誰も見たことないんだからそこが本当の地獄かどうかわからないってことありませんか」

「なるほど……確かにそうね」

 かなみ達は感心する。

「そうね、地獄といえば三途の川とか閻魔大王とかそういうのがいるってきくけど」

「具体的にどういうのかまではわからないわよね」

「でも、かなみにとっては凄く怖いところじゃないの」

 みあはニヤリと笑って言う。

「ど、どうして……?」

「地獄はお化けや幽霊がそこら中にいるからね」

「きゃああぁぁぁぁぁぁッ!!」

 かなみは思わず悲鳴を上げる。

「それじゃ、この先にはおばけ、おばけ、おばけ!?」

 大いに慌てふためく。

「「「あはははははははッ!!」」」

 そして、大いに笑われる。

「そんなに慌てるとは思わなかったわ!!」

「わ、笑わないでよ、みんな!!」

「ご、ごめんなさい、かなみさん! でも、おかしくって!」

 翠華はこらえきれずにまた笑いだす。

「し、紫織ちゃんまで……」

「すみません……かなみさんらしくて、とても……」

 おとなしげな紫織までも腹を抱えている。

「あはははははははは、たかがおばけごときで! なんでそんなビビるのよ!!」

「あんたは笑うな!!」

 萌実にだけは睨んでみるが、蛙の面に水であった。


ガタン!!


 途端に、エレベーターが揺れる。

 目的地に到着したことを告げているかのようだ。

「………………」

 それで、笑い声は止まる。

 しかし、さっきまでの重苦しい雰囲気は嘘のように消えている。

(みあちゃんに感謝、かな……?)

 素直に口にできないのは、思いっきり自分を笑いものにされたせいかもしれない。

 エレベーターの先に広がっているのは夜よりも暗い暗闇。その先に何があるのかまったくわからない。

 でも、なんだか大丈夫な気がしてくる。

 一歩踏み出す。

 何事も無いただの一歩だ。

(うん、大丈夫……!)

 一歩入ったら、また一歩。歩みを進められる。

 自然と後ろにみんながついてきてくれる安心感がある。

 一分ほど進み続けた先に、急に光が灯る。

 地下とは思えないほどの光。まるで真昼の競技場にやってきたみたいだ。

 競技場。かなみ達は知っている野球場や陸上競技場みたいなものではなく、もっと古めかしい、歴史の教科書に出てくるような闘技場を連想させる場所だ。

 そして、その闘技場の床を歩いていると、実際に歴史に語られているような闘士になった気分だ。

(見世物にされているみたい……)

 かなみはその気分に忌避感を覚える。

 以前、そうやって衆人環視の中で怪人と戦わされた過去がある。思い出しくたない忌まわしいものだ。ここはそれを嫌がおうにも思い出させられる。

 それはここにもそんな魔法少女と怪人の戦いを楽しむような観客が所狭しと並んでいる。みんなおぞましい怪人ばかりだ。


ザワザワ……ザワザワ……


 怪人達が賑わっている。

 自分達に注目しているのが伝わってくる。

 いや、自分達だけではない。闘技場の舞台に集められた怪人達もそうだ。

「よお、また会ったな」

 怪人の一人が、かなみに声をかけてくる。

「ああ……」

 かなみは気まずそうに返事する。

 そいつはゲイタ、ワニのような怪人であった。以前、第二試験のパーティのときに声をかけられたことがある。

 いや、それより前にも因縁があった。

 実はゲイタの兄はダインといって、第一試験のときにやりとりをしていた。幾分か仲良くしてくれようとしたのだけど、そこは魔法少女と怪人の敵対関係。結果的にだまし討ちになってしまった。きまずいというのはそういうわけだ。

「あの第二試験を勝ち残るなんてさすがだな」

「そういうあんたも」

「へへ、俺は運がよかったんだ。ま、お互い頑張ろうぜ」

 ゲイタは陽気に笑いかける。

「あ……」

 かなみは一瞬戸惑った。

 敵対するはずの間柄だというのに、この怪人はやたら友好的だ。

「ええ……」

 ただそれだけ答えることしかできなかった。


ドスン!


 そこへ圧倒的な存在感を持った怪人がやってきた。

 頭は獅子、身体は熊、翼はコウモリ、尻尾は蛇の怪人……ヨロズだ。


キラン!


 そして、頭上には蝙蝠の羽を生やした妖精オプスが飛んでいる。

「――!」

 リュミィは嬉しくオプスへ飛び込む。

 リュミィとオプスは同じ時、同じ場所に生まれた妖精なのだから兄妹なのかもしれない。

「なんで、あんたが?」

「俺も招待されたからな」

 ヨロズはその巨体に不釣り合いなほど小さな招待状を見せてくる。

「なんで、第二試験のパーティにはいなかったのに?」

「選んだのは判真だ」

 判真。最高役員十二席の席長で、第二試験のときに現れたときにその姿を目にした。


『第二試験を合格した者達へ。これが諸君らが目指す最高役員十二席だ。ここにある空席の一座をどうか目指してほしい!』


 荘厳なる雰囲気をまとい、その場にいた全員に激を飛ばした。

 悪の秘密結社とはいえ、あれこそ頂点に立つ者といった印象だった。

 それこそ何を考えているのかわからない。ヨロズを三次試験に招待したのも何か考えがあってのことなのかもしれない。

「お前も選ばれた」

「勝手に選ばれただけよ。はた迷惑よ」

「嬉しい」

「………………」

 かなみは押し黙る。

 ヨロズから放たれた単純にしてストレートな一言。それがかなみには恐ろしく感じる。

「もし、お前と戦うことになったら……」

「やめて」

「そうなることを望んでいる」

「私は嫌よ」

 かなみは自分を見つめるヨロズを睨み返す。

「フフ」

 歓喜の笑い声を小さく上げてヨロズは背を向ける。

「………………」

 かなみはただその後ろ姿を見つめることしかできなかった。


キラン!


 リュミィが目の前に飛び込んでくる。

「オプスに会えて嬉しいの?」

 リュミィは宙を一回転する。それは肯定の意思表示だ。

「そう……」

 かなみはとてもそんな気持ちにはなれなかった。

 ヨロズ。二度戦ったけど、どちらもかろうじて勝ちを拾えただけの話。また戦うことになったら勝てるとは限らない。そんな強敵だ。

(今はオプスがいる……)

 ヨロズのもとへ現れたオプスはさっそくその妖精の力をヨロズへ惜しみなく与えた。その力は圧倒的でモモミをあっさりと倒した。多分、今自分も戦ったら同じ運命を辿るだろう。

 だから、戦いたくないし、会いたくない。


――嬉しい。

――もし、お前と戦うことになったら……

――そうなることを望んでいる


 かなみはちっとも嬉しくない。

 きっと二度の敗北の恨みを晴らすべく執念を燃やすだろう。

 この三次試験。どんな内容になるのかわからないけどヨロズと直接戦うことにならないことを願うばかりだ。




 この闘技場で最も見晴らしのいい、俗に言う貴賓席に判真は座していた。

 脇には、鬼の顔をした壊ゼル、百の目を持つ視百、死神の装束をした少女・グランサー、黒コートの女性・音速ジェンナがいる。

「錚々たる顔ぶれね」

 そこへあるみは入り込んでいく。並の怪人では圧殺されるような重圧の中を悠々と。

「来たか」

 判真はただそれだけを言う。

「ビップシートへの招待ありがとう」

 あるみのあとから来葉、涼美、千歳がやってくる。

「錚々たる顔ぶれはそちらも同じね」

 音速ジェンナは嬉々とした顔をする。

「出来ればぁ、また会いたくはなかったわねぇ」

 涼美は笑って応える。

「文字通り雁首揃えてきたというわけかね。面白い趣向だよ、フフ」

 グランサーも最高に愉快気に来葉へと語り掛けるように言う。

「最悪の悪趣味だと思うけどね」

 来葉は極力冷静を装って応える。

 もし、この場で事を構えるようなことがあれば勝利どころか生き残ることすら難しい。一瞬の予断も許されない中、せめて冷静に成り行きとこの先の未来を見つめなければならない。

「出来ればこの場でもう一度あの夜の続きをやりたいものだ」

 壊ゼルは腕を鳴らし、あるみへ向けて言う。

「あなたの上司がそれを許せばね」

 上司。席長の判真へ指す。

「………………」

 判真は沈黙している。

 ただその重苦しさから壊ゼルは気概がそがれたようだ。

「また別の機会にせよ」

 そして、視百が代弁する。

(まったく一歩間違えたら全面戦争だっていうのに……)

 千歳は冷静に徹しようと微笑みを浮かべているけど、内心ハラハラしていて気が気でならない。

 魔法人形は汗をかかない。そのことが幸いしている。もし、汗を出る機能があったら滝のように出ていることだろう。

 それだけ十二席のうち五人も同じ場にいる重圧は凄まじく、敵対している魔法少女がやってくるという一触即発の状態はあまりにも危ういバランスで成り立っているといっていい。

 その中でも平静を装っていられる魔法少女四人は怪人達の目からみても豪胆という他ない。

「それで、わざわざ世間話をするために私達をこっちに招待したの?」

 その中であるみは均衡を崩しかねないような一言を放つ。

「判真様がお前達をこの三次試験を観戦させてやろうというのだ」

 視百が慇懃に言う。

 ここで、あるみが憤慨して襲い掛かっても一向にかまわない。そういう言動だ。

 それでこの均衡が崩れても、十分に倒せる自信がある。

 魔法少女四人と十二席四人。

 どちらが勝つか予想すると、大抵の怪人は後者を選ぶだろう。

 それだけ十二席の戦力というのは圧倒的なのだ。

「ふうん」

 しかし、あるみはそんな十二席が四人いる重圧の中でも、悠々とそのビップシートに着く。

(さすがね、あるみ)

 来葉は心の中で称賛する。

 ここで戦いが起きることになったら、十中八九、自分は生き残れないだろう状況下であるみはみんなが生き残れることを信じて疑っていない。

 あるみがそのスタンスでいる限り、来葉もそれを信じるだけだ。

「私は今でもお前の首が欲しいのだがな」

 グランサーは自分の首をあでやかになぞりながら言う。

 それは死神の宣告のようなドス黒さであり、来葉の首筋をヒヤリとさせた。

「私は……この首を差し出すつもりはないわ」

「フフ、そうだろうな。

いきのいい獲物ほど狩りがいがある。死なないようにな」

 そう満足げにグランサーは言う。

「私はまた会えて嬉しい」

 音速ジェンナは涼美へ向けて言う。

「会いたくなかったぁ、って言ってるでしょぉ」

「また戦いたいものだが」

「戦いたくなぁい」

「判真の勅命とあらば、我慢せざるを得ない」

「だからぁ、戦いたくなぁいって言ってるでしょ」

 涼美は頑なにジェンナの呼びかけに否定する。

「あの二人、仲が良いのね」

「あるみ、どうやったらそう見えるのかしら?」

 来葉は呆れる。

「かなみちゃん達もついたみたいね」

「確かにぃ、この特等席ならぁよく見えるわねぇ」

 涼美はシートからかなみを眺める。

「あらぁ、あれは前に戦った怪人ねぇ」

「ヨロズね、彼も招待したのね。ん、何か話してるわね」

「どれどれぇ……」

 涼美は耳に手を当てる。

 シートと闘技場の距離があっても、涼美なら魔力で聴覚を少し強化するだけで会話を聞き分けられる。

「かなみぃ、モテモテねぇ」

「なんて会話してたのか、大体想像できるわね」

「愛の告白?」

 千歳の言葉に涼美はクスと笑う。

「それは無いわねぇ」

 涼美は断言する。


「――時間だ」


 判真は厳かな声で告げ、立ち上がる。

 たったそれだけの動作だというのに、会場全体の空気が重石のようにのしかかる。

 観衆の怪人達もそれにつられて、沈黙する。

「………………」

 誰もがみな固唾をのむ中、判真は天啓のように告げる。


「諸君、招待に応じよく集まってくれた!

これより、ネガサイド日本局最高役員十二席選抜第三次試験を開始する!!」


 雷鳴のように声は轟く。

(凄い迫力……!)

 かなみは思わずひれ伏しそうになる。

 第二試験のときもそうだったけど、十二席の席長ともなると神話に伝え聞くような神々を連想させるだけの威容を持っているような気がする。

 雷鳴のような声、それがもしこんな大多数の観衆や試験の怪人達ではなく、一個人である自分に向けられたのなら……

(雷に撃たれて生きてられないわよね……)

 そんなことを考えてしまう。

 戦うまでもなく即死だろう。そんなとんでもない怪人達と敵対しており、いつか戦う時がくることがゼロじゃないと考えるだけでも空恐ろしい。

 頼みの綱は、あるみ達だ。

(なんであんなところにいるのかしら……?)

 判真の方を見上げた時、そのすぐそばに座っていたあるみ達の姿を見つけた。

 今回は五人で試験に挑む者だとばかり思っていたけど、ここまで来てくれたのならば一緒に戦ってほしかった。

 あれではまるで怪人達と一緒になって自分達の戦いを見物しているかのようだ。とても気分のいいものじゃない。


「試験のルールは、たった一つ!」


 判真は、さらに告げる。


「これから現れるたった一人の怪人を諸君らが倒すこと!

倒した時点で生き残った者が合格である!!」


 判真の声だけで闘技場全体が揺れる。

「………………」

 揺れが収まった途端、場内は静まりかえる。

 しかし、それもほんの一瞬のこと。


オオォォォォォォッ!!


 観衆は歓声を上げる。

 十二席への大出世が具体的に示されたことで、興奮しているのだ。

「凄い歓声……」

 千歳は唖然とする。

「当然ね」

 あるみはそう言って、歓声に耳をすまして続ける。

「十二席というのは彼等にとって雲の上の存在。空を飛ぶ鳥が雲の上へ届く瞬間を見届けることができるかもしれない。あるいは自分もそれと同じように出来るかもしれない。いうなれば希望ね。負の感情から生まれた怪人達がそれを抱くのも奇妙な話だけど」

「あるいは、それは絶望かもしれないわね」

 来葉は眼鏡を立てて言う。判真の声と歓声からの動揺でずれた眼鏡を直すために。

「かなみぃ、大丈夫かしらねぇ」

 涼美は歓声などどうでもよく、あくまで闘技場で唖然としているかなみを心配する。




「一人の怪人を倒したら合格。単純でいいわね」

 萌実はあくまで余裕の態度で言う。それはあくまで表面だけの話だけど。

「つまり、ここにいる連中とは戦わないってことね」

 かなみは自然とヨロズへ視線を向ける。

 今回はあいつとの戦いじゃない。どんな怪人が出てくるのかわからないけど、その事実だけでホッとしてしまった。

「たった一人の怪人を倒せばいいってことだろ!」

「俺達全員でかかれば楽勝じゃねえか!」

「三次試験はいただきだぜ!!」

 闘技場の怪人達が息巻く。

「……楽観的ね」

 みあは呆れる。興奮の中で、一人冷静であった。

「ここには少なくとも百体以上の怪人はいるし、あたし達もいる。これだけの戦力をいっぺんに相手するってことは、いっぺんに相手できる力があるってことなのかもしれないのに

「みあちゃん、それはちょっと悲観的……とはいえないわね」

 翠華も同じように不安を抱く。

 全員でかかればあっさりと倒せて、楽にクリアできる。

 そんな単純な関門であのビップシートに居座っている十二席達に肩を並べるだけの存在になれるとは思えない。


「それでは試験を開始する!

諸君らが戦う怪人の入場である!!」


 判真の宣言と共に、その怪人は闘技場の中心に顕現する。


ズドォン!


 それが足をつけた瞬間、闘技場が揺れた。判真の声のように。

「あいつは……!」

 しかし、かなみはそれ以上に身を震わせた。

 その姿を見て、あるみさえも思わずシートから身を乗り出した。

「ヘヴル!」

 三次試験の関門として現れたのは最高役員十二席の一人・ヘヴル。かつてあるみが倒した四本腕の怪人であった。

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