第62話 選考! 閃く妖精の光が少女の闇を照らす! (Aパート)

 そこは何もない空間だった。

 いや、厳密に言うと一体の怪人がいたけど、その怪人は空気のように同化していた。

 その怪人は判真(ばんしん)。

 日本の最高役員十二席を束ねる席長で、ある怪人が現れるのを待っていた。

「来たか、無明」

 判真がそう言っても、そこには誰もいなかった。

 魔力や気配が一切感じない。判真でなければ気づかないほど隠密に長けた怪人がそこにいた。

「――――」

 魔力の変化による微弱な波が起きる。

 声を決して発しない無明の伝達法である。もっとも、普通の人間どころか並みの怪人ですら何も感じないものだ。

「そうか」

 判真はそれだけ言って首肯する。

「――――」

「ほう」

 判真は感嘆の声を上げる。




「あんたっていつも唐突よね」

 オフィスであるみはコーヒーをすする。

「自由に生きてるからねぇ」

 涼美はそれにゆったりと答える。

「しばらくこっちにいるつもりなの?」

「ええぇ、パスポートの再発行ができるまでねぇ」

 涼美は前回かなみと一緒にネガサイド関東支部の拠点へ行った時、うっかりパスポートを落としてしまった。

 そのため、本来の職場ともいえる外国へ渡れなくなった。そのせいで散々かなみに文句を言われたのだけど、結局パスポートが最発行されるまで日本に居着くことになってしまった。

「というのは口実でしょ?」

「ん?」

「もうちょっとこっちにいたいからって、わざと落としたんでしょ」

「さぁ、それはどうかしらぁ」

 涼美はとぼけるように言う。

「ま、いてくれた方が私にとっても都合がいいわ」

 あるみはそう言って一枚の封筒を出す。

「それはぁ、ネガサイドからの招待状ねぇ」

「あなたの分もあるわよ」

 あるみはもう一枚の封筒を涼美を渡す。

 涼美はその封筒を魔力を込めた指でなぞる。

 魔力を受けた封筒に文字が光が浮かび上がってくる。


『魔法少女スズミ殿

明晩、ネガサイド関東支部に来られたし

ネガサイド最高役員十二席席長・判真』


 涼美の指が判真をなぞったところで止まる。

「――これは来葉ちゃんにも届けられたの?」

 涼美は極めて真剣な面持ちで訊く。

「察しがいいわね」

「かなみの分も?」

「全員よ」

 あるみがそう答えて、重苦しい沈黙が流れる。

「……はぁ」

 そして、涼美はため息のような一息をつく。

「とんでもない厄介事ねぇ」

「そうね。だからこそあなたがいてくれると助かるのよ」

「ずるい。かなみが関わっているならぁ、助けざるを得ないじゃない」

「それは嘘ね。助けざるを得ないじゃなくて、助けたいでしょ」

「それはぁ、どうでしょうねぇ」

 涼美は封筒に置いた指を離し、胸元のポケットに封筒をしまう。

「まったく照れ屋なんだから」

「あるみちゃんの純粋さが羨ましいわ」

 涼美はそう言って、立ち上がりオフィスを出た。




 外回りで外出してきたかなみ達をあるみは一同に集めさせる。

 かなみ、翠華、みあ、紫織といつもの四人だけじゃなく千歳や萌実まで会議用のテーブルに集まっている。

 あるみがこうやって、みんなを集めているときは大抵真剣な話をする時だ。

「みんな、揃ったわね」

「あんたに揃えられたんでしょ」

 萌実が嫌味で言い返す。

「一体何の話ですか?」

 翠華は訊く。

「あなた達にネガサイドから招待状が来てるのよ」

「ネガサイドから!」

 あるみは六通もの封筒をテーブルへ置く。

「なるほどね」

「で、なんなのこれ?」

 千歳は感心し、萌実は面倒そうにそれぞれ封筒をとる。

「って、何も書いてないじゃない」

 みあが文句を言う。

「これはこうやって読むのよ」

 千歳はそう言って、封筒に魔力を込めた指でなぞる。すると文字が浮かび上がる。

「さすが、おばあちゃんの知恵袋っていうか」

「みあちゃん、一言余計よ」

 かなみは注意する。

「私は気にしないけどね」

「器が大きいですね」

 紫織は千歳に感心する。

 ともかく四人は千歳にならって、封筒をとって、魔力を込めた指でなぞってみる。


『魔法少女達に告ぐ

明晩、ネガサイド関東支部に来られたし。

そこで最高役員十二席選抜の三次試験を執り行う。

万全の体調を整えた上で、当日臨むように。

ネガサイド最高役員十二席席長・判真』


「十二席選抜、三次試験……」

 翠華は息を呑む。

「まさか、また付き合わされることになるなんてね」

 萌実はぼやく。

「っていうか、なんで私達がそれに招待されてるのよ? 私達は正義の魔法少女で、悪の秘密結社の試験と関係ないでしょ?」

 かなみは当然の疑問をあるみへ投げかける。


――最高役員十二席を決める選抜試験。


 すでに一次、二次と二度もかなみは巻き込まれている。

 それが今回の三次試験で三度目となる。過去二度、かなみはこの試験で十二席のいずれかと接敵している。

 支部長をも超える十二席の圧倒的な力を目の当たりにしたけど、幸いなことに戦いにはならなかった。もし、戦いになったら「戦い」と呼べるようなものには決してならないだろう。

 今まで運よく戦わずにすんだけど、もし今回の三次試験で戦うことになったら……と、思うと不安と恐怖が押し寄せてくる。

「参加したくないの?」

「当たり前でしょ」

 かなみはあっさりと答える。

「あたしもごめんよ」

 珍しくみあも同意する。

「あたしはあんたみたいな化け物じゃないからね。十二席とやりあったら命がいくつあっても足りないわよ」

「そうですよ、みあちゃんの言う通りですよ」

「じゃあ、かなみちゃんもみあちゃんも参加するつもりはないっていうの?」

 あるみが訊くと、かなみとみあは頷く。

「翠華ちゃんも紫織ちゃんも?」

 翠華と紫織は即答はしなかったけど、それだけで何が言いたいかあるみには十分伝わった。

「そう、参加したくないのね。しょうがないわね」

 やれやれといった面持ちで、あるみは言い継ぐ。

「でも、三次試験をすっぽかしたとなると、判真は面目を潰されたと刺客を送り込んでくるでしょうね。十二席選りすぐりの猛者達をね」

 十二席の面々を思い出して、かなみ達は身震いする。

 あんな物凄い連中が刺客として送り込まれたら、とてもひとたまりもない。

「十二席が刺客って……! そんなの冗談じゃないわよ!」

 かなみは反論する。

「それじゃ、強制参加じゃないですか!」

「実質そうね。悪の秘密結社らしいじゃないの」

「私からしてみれば社長もいい勝負ですよ」

 かなみは悪態をついても、あるみは気にする素振りも無く続ける。

「三次試験っていうからには、この前のオリエンテーションみたいな過酷なものが用意されているに違いないから用心しておくようにね」

「………………」

 そう言われて、かなみ達は招待状を見つめる。

「今日は解散ね」




 帰りの足取りの重いかなみ達をあるみは上から見守る。

「あれでちょっとはやる気になってくれるといいんだけどね」

 あるみはそう言って、コーヒーを一口すする。

「大丈夫よ、あの娘達強いから」

 千歳はそう言って、湯飲みに口をつける。

 身体は人形である千歳はお茶を飲むことは出来ないけど、せめて気分だけを味わいたいがための行為だ。

「そんなこと、わかってるわよ。

そうじゃなかったら、前回のオリエンテーションだって勝ち残れたりしてないんだから」

「それもそうね。

――それで、この私宛の招待状だけどなんで三次試験のことが書かれていないの?」

 千歳は魔力で文字が浮かび上がった招待状をあるみへ見せる。

「私のも書かれていなかったわ」

 あるみも同じようにチトセへ招待状を見せる。

「どうやら、私達には三次試験をやらせないみたいね」

「それはどういう意味かしら?」

「前のオリエンテーションで私達を標的にしていた。あれは余興に利用したってことなんだけど、

――私達を参加させたら余興にならない。そう判真は考えたんじゃないかしら?」

「まあ、考えられることね。でも、かなみちゃん達が余興に利用されるのはいいかしら?」

「かなみちゃん達が余興に利用されるだけの力しかなかったら、私も黙っていなかったけどね」

「ああ、そういうことね」

 それを聞いて、千歳は納得する。




「なんで、あんたがついてくるの?」

 かなみは振り返って、萌実に訊く。

「私の勝手でしょ」

 不愛想に答える。

「また気まぐれね」

 かなみはぼやく。

 普段、萌実はオフィスビルで寝泊まりしている。

 何もすることが無いから寝ていることが多いし、滅多に外に出ない。それが外に出るということは気まぐれというのが一番考えられることだ。特に三次試験への参加なんて言われた直後なのだから、外の風に吹かれてみたいと考えてもおかしくない。

(まさか……部屋までついてくる気じゃないでしょうね……ま、それもいっか……)

 かなみもまた気まぐれにそんなことを考えていた。

 まさか本当に部屋までついてくるなんて思いもしないで。

「ただいま」

「おっかえりぃー」

「おかえりなさい!」

 部屋に戻ると、涼美と沙鳴が出迎えてくれる。

「いつの間にか、にぎやかになったわね」

「あらぁ、お友達ぃ?」

 涼美は萌実の顔を覗き込む。

「あらぁ、あらぁあらぁ」

「な、なによ? 人の顔をジロジロ見て」

「フフ、なんでもないわよぉ」

 そう言って、涼美は背を向ける。

「むかつく女ね」

 涼美は銃を取り出す。

「ちょっとちょっと! 物騒なことはやめてよ!」

 かなみは諫める。

「なんですか? 本物そっくりですね、おもちゃにしてはよくできますね?」

 沙鳴は萌実の銃に興味津々に見つめる。

「あ、それは……」

 かなみは注意しようとした時、


バァン!


 萌実は天井へ発砲していた。

「ひ……!」

 沙鳴は驚いてしりもちをつく。

「本物なの、これ」

 萌実はニヤリと笑う。

「ちょっとおおおおッ!」

 かなみは大声を出す。

「ここ、私の部屋なんだから! 勝手に撃って! 勝手に壊さないで!」

「うるさいわね。まだ何も壊してないでしょ」

「ま、だ~~!?」

 つまり、これから壊すということでもあるかもしれない。

「まぁまぁ~二人ともぉ、落ち着いてぇ」

 涼美が止めに入る。

「そろそろご飯の支度するからぁ、萌実ちゃんを食べてきてねぇ」

「なんで、こいつの分も!?」

「さ、上がって上がって」

「フン、あんたむかつくわね」

 萌実は涼美へ銃口を向ける。

「よく言われるわぁ」

 涼美はそれを笑って受け流す。

「ささぁ、あがってあがってぇ」

「あ、ちょっと!」

 涼美は萌実の手を無理矢理引く。

「……凄い、です」

 沙鳴は呆然と見送る。

「母さん、いつもあんな調子だから」

 かなみは苦笑して、沙鳴へ言う。

「い、いえ、涼美様もそうなんですが、かなみ様も……!」

「え、私も?」

「あれ、本物じゃないですか。それを持ってる人と普通に接してくるなんて……」

「あ……」

 そう言われて、かなみは気づく。

 本物の銃を向けられる。この国で普通に生きていく分にはまったく縁の無い理不尽な暴力の象徴。アニメや漫画が見慣れているけど

 実際に目の当たりにすれば恐怖に心臓を鷲掴みにされる。

 それが普通の少女としての普通の反応。

 かなみにはそんな普通の反応が出来なかった。かなみにとって普通の反応は憤ることだった。

 それがどういうことなのか、かなみにはよくわからないけど違和感が確かにあった。

「かなみぃーちょっと手伝ってぇ」

「え、う、うん」

 涼美に呼ばれたことで、かなみは我に返る。

「四人分になるとぉ、さすがに手間がかかるからねぇ。野菜のぉ下ごしらえお願い」

「ねえ、母さん」

「なぁにぃ?」

「私、全然驚かなかった……怖くなかったの……」

「それでぇ?」

「……わからないの」

「だったらぁ、わからなくてぇいいんじゃないのぉ?」

「……え?」

 かなみはキョトンとする。

「悩んで進めないくらいだったらぁ、悩まないで進んだ方がいいわよぉ」

「母さんはお気楽ね……」

 ため息をつく。

「羨ましいわ」

 そして、ぼやく。

「というわけでぇ、今日はぁすき焼きにしたわぁ」

 どういうわけなのか、とテーブルを囲む涼美以外の三人は思った。

「お肉はたっぷり入れたからぁ」

「お、おお、大盤振る舞いですね!」

 鍋の上でグツグツ煮える肉に、沙鳴は声を震わせる。

「どこからそんなお金があったの!?」

 かなみはテーブルを乗り出して、涼美へ問い詰める。

「それはぁ、ひぃ・みぃ・つぅ」

「教えなさいよ!」

「いいけどぉ、お肉無くなるわよ」

「えぇ!?」

 両脇を見ると沙鳴と萌実がすでに箸を進めていた。

「うん、悪くないわね!」

「悪くないなんて失礼です! 最高です!」

 そんな調子でどんどん食べていくものなので、涼美のゆったりとした喋り方で回答を待っていたらあっという間になくなってしまう。

「私も食べるわよ! いただきます!」

 そんな三人の様子を見て、涼美は満足げに笑う。

「フフ、たぁんとおたべぇ」




 すき焼きは見事に完食した。

「ごちそうさま」

「最高でした、涼美様!」

 沙鳴は賛美する。

「なんで、こんな女を様付けするのよ?」

 萌実は疑問を口にする。

「あ~」

 それはかなみも訊いたことがある。

 その答えはとんでもなく恥ずかしいものだったので顔を背ける。

「かなみ様が借金姫で、涼美様が借金女王だからですよ!

お恥ずかしながら、私も同じ借金持ちなので尊敬と敬意を込めて、そう呼ばせていただいているんです!」

「ハハハハハハ! あほらしー! なんだそんなことね!!」

 かなみは恥ずかしくて手で顔を覆う。

「さてとぉ、お片付けしないとねぇ。萌実ちゃん、手伝ってぇ」

「はあ? なんで私が!?」

「いいからぁ、いいからぁ」

 萌実は強引に萌実の手を引く。

「あ、ちょっと!」

 その様子を見て、かなみは母の強引さに密かに感心する。

「凄いですね、涼美様」

「ある意味ね……」

 銃を持った萌実を従わせていることではなく、萌実の気まぐれな気性を無理矢理とはいえ従わせている方が、である。

「取り皿を洗っておいてぇ」

「なんで私が?」

「いいからやってぇ」

「フン!」

 萌実は渋々取り皿を洗い始める。

「フフゥ、楽しいわねぇ」

「どこがよ!?」




 結局、その晩、萌実はかなみの部屋で泊った。布団が余っていなかったから押し入れに入って強引に寝たようだ。朝起きたらいなくなっていた。

「行ってくるわね」

「いってらっしゃぁい」

 涼美はいつも通りの笑顔で手を振る。

 今日の夜に三次試験は行われる。それは過酷で辛いものになるのは確実だろう。

(まるで、テスト当日の心境ね)

 もちろん、学校のテストとは内容や難易度はまったく桁違いなのだけど、中学生のかなみとしてはそれが一番近い例えになった。

「なんだか今日がテストみたいな顔してるよ」

 理英にもそんなことを言われた。

 「うん、まあそんな感じ」と適当なことを言って返した。


キンコーンカンコーン


 そして、あっという間に放課後の鐘が鳴る。

(……今日は柏原と顔を合わさなかった)

 それだけでなんだかいいことがあるような気がする。


ヒラヒラ


 リュミィが楽しそうにカナミの頭上を舞う。

「あんたもそう思う?」

 リュミィは何も答えない。ただそれでもよかった。

 株式会社『魔法少女』

 そのオフィスビルに、気づいたら来ていた。

「休みにしておくから現地集合ね」

 あるみは最後にそう言っていた。

 その為、今日はあるみや鯖戸以外はいないはず。その二人さえ所用で出かけているから無人の可能性はある。

(マスコットはいるみたいだけど、あれは人じゃないし……)

 置き物のようなものとか、馬車馬のごとく働くものとか、まともに人とカウントできるものはいない。

 そのため、どうにも今のオフィスはやってきても入ってもいいものか、ためらってしまう。

 今日は休みにしておく。遠回しに今日は来るな、と言ってるようにもとれるし。

(入ろうかな、やめようかな……入ろうかな……?)

 入るの方にやや気持ちが傾きかけてくる。

「あ、かなみさん……」

 声をかけられる。

「翠華さん?」

「あんたも来てたの?」

「みあちゃん?」

 みあと紫織が一緒にやってくる。

「よっぽど暇人なのね」

「萌実まで! って、あんたに暇人って言われたくない!」

 オフィスビルの前で、魔法少女の五人は揃った。

「………………」

 その場に奇妙な沈黙が流れる。

 本来来なくてもいい場所に一人や二人ならず五人揃った奇妙な光景。

「……なんで、来たの?」

 最初にかなみが疑問を口にした。

「なんとなく」

 みあは投げやりに答える。

「習慣、だと思います」

 紫織は自己分析する。

「誰か来てると思って……」

 翠華は誰がとは言わずに答える。

「どこ来ようと勝手でしょ」

 萌実はそっぽ向く。

「私は……なんとなく、誰か来てると思って……」

 かなみは誰かと同じようなことを言う。

 多分、みんな同じ気持ちだと感じたから、そんなことを言った。

 自然と笑みがこぼれた。

「いこうよ」

 かなみは一言だけ言うと、みんな同意してくれた。




 その頃、オフィスビルでは、あるみ、来葉、涼美、千歳の四人が揃っていた。テーブルにはそれぞれ招待状を出している。

「かなみ達、行ったわぁ」

 耳を澄ましていた涼美は言う。

「結局、みんな来ちゃってたみたいね」

「どうせならあげてもよかったんじゃない」

 来葉はあるみへ言う。

「来ないでいいって言ったんだから、この方がいいわよ」

「厳しいわねぇ」

 涼美はやんわりと苦言を呈する。

「そうでもしないと強くなれないでしょ」

「それに、あるみはちゃんと信じてるわ。――あの娘達が自力で突破することをね」

 来葉があるみの意見を後押しする。

「そんなこと言って、いざとなったらいの一番に駆け付けるのがあるみでしょ」

 千歳の突っ込みに、あるみはフフッと笑みを浮かべる。

「あるみってぇ、そういうところあるわよねぇ」

 そう言われて涼美も納得する。

「やっぱり一番に駆け付けるのはあるみよね」

「一番速いからね」

 千歳に言われて、あるみは得意げに答える。

「一番頼もしいのもね」

 来葉はさらに後押しする。

「まったくあんた達も仲がいいわね」

 千歳は呆れるように言う。

「アツアツゥ」

「それはそうと、あなたはかなみとはどうなのよ?」

 あるみは涼美に訊く。

「普通に母娘やってるわよぉ」

 涼美は心底楽しそうに言う。

「まったく変われば変わるものね」

 あるみはやれやれといった面持ちだ。

「これでぇ、あの人の手がかりがわかればぁ、言うことないんだけどぉ」

「それについてはごめんなさい」

 来葉は謝る。

「来葉ちゃんが謝ることじゃないわぁ、あっちでもぉ手がかり探してるんだけどぉ、悔しいわねぇ」

 涼美は眉を顰め、だんだん声に怒気の色が濃くなってくる。

「まあ、あっちも必死で逃げてるってことでしょ」

「本気で雲隠れするとなるとさすがに世界は広いわ」

 来葉はため息気味に言う。

「それは何の話?」

 千歳はちょっとついていけない。

 涼美が言う「あの人」とか、雲がくれとかあまり耳慣れないやり取りであった。

「涼美?」

「いいわよぉ」

 あるみは確認をするように呼びかけ、涼美はこれをあっさり許可する。

 あっさりだったので、あるみはちょっと驚いた。

 そして、ひと呼吸おいてから話を切り出す。

「あの人っていうのはかなみちゃんのお父さんのことよ」

「ああ……」

 千歳は納得する。

 かなみの父親ということは、涼美の旦那ということになる。

 涼美が沈痛な面持ちになっていくのもわかる。未だ行方不明になっている家族なのだから。

「見つかっていないのね」

「完全に姿をくらましちゃってね。私の未来視は人探しに向いてなくてね。それで中々見つからないのよ」

「見つかったらぁ、――どう料理しようかしらね」

 背筋に寒気が走るような冷たい声で涼美は言う。

 この場にいるのが歴戦の魔法少女でなければゾクリと恐怖に震えていたことだろう。

「なるほど」

 それだけで千歳は納得する。

 これだけの憎しみを向けられたら、本気で逃げたくなる。

 おっとりしているだけに、感情をむき出しにした時が怖い。涼美はそういう女性なのだ。

「私や仔馬も情報は集めているんだけどね。もし、ネガサイドの手に落ちていたら」

「それだったらぁ取り戻すだけのことよぉ」

 涼美は口調こそ間延びしたものだけど、力強くそう口にする。

(取り戻す、それは……)

 あるみは密かに思う。

 涼美を知らない人間が聞いたら、それは旦那想い溢れる発言なのだけど良く知っている人間は逆の印象を受けた。

(この手で始末したいってことなのかしらね)

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