第54話 同類! 少女の類は借金持ちを呼ぶ? (Bパート)

 それから、かなみはずっと考えた。

 沙鳴の借金二千万。かなみの借金八億から比べてみれば大したことない金額だけど、それでも普通の十代女子からしてみればとても返済不可能であった。

(大穴なら一万が百万に……十万なら一千万に……)

 競馬で大穴を当てれば、確かに二千万は返済できるかもしれない。


――当たるわけねえだろ、そんなもん


 そんな考えがよぎる度に、黒服の男の一言が頭に蘇る。

 沙鳴の馬券は外れたら、借金はまた膨らむ。

 それで売り飛ばされる。そうなったら……


――さあ、そこまではお嬢ちゃんの想像に任せるぜ


 まずい。

 非常にまずい。

 でも、どうしたらいい。二千万なんて大金はそう簡単に用意できない。

 せめて、今日の負け分ぐらい支払えたら……

(そうだ、私が立て替えれば!)

 そんな考えも思い浮かんだが、すぐに『ダメだぁぁぁッ!』と頭を抱える。

(私も今ピンチなのよ! とても一万と五万立て替えるなんて無理よ! 第一立て替えたってその後の支払いはどうするのよ!? どっちみちジリ貧じゃない!)

 頭を机に沈めてうずくまる。

 どう考えても打開策が思い浮かばない。

(やっぱり、私に他人の借金をどうこうなんて無理なのよ……)

 そんな諦めモードに入りそうだった。

「かなみさん?」

「――!」

 いきなり呼ばれて身体を起き上がらせる。

「はい、なんでしょう!?」

「あ、いえ……別に用ってわけじゃないの。ただ何か凄く動きしてたから」

 翠華は戸惑いながら答える。

 そんなこと言われるとかなみは恥ずかしさで冷や汗をかいてしまう

「私、そんな動きしてました?」

「う、ううん……なんていうか椅子と机の上で大道芸が出来るんじゃないかってぐらい……」

「どういう動きですか!?」

 無我夢中すぎてまったく憶えていない。

「でも、かなみさんが借金で悩んでるっていうのはなんとなくわかったわ」

「私、借金で悩むと大道芸し始めるんですか……

――いや、それでお金もらえるかも!」

 かなみはかなり前向きであった。

「あの、かなみさん……それでなんだけど、もし悩みがあったら私にも打ち明けて欲しいなって」

「そんな、翠華さんに迷惑はかけられませんよ」

「ううん、迷惑じゃなくてね……

わ、私が……そ、そ、そうし、た、たいから……」

 声がどんどん小さくなり、後半はどもっていたせいでかなみはよく聞き取れなかった。

(翠華さん、私を元気づけようとしてくれてるのね)

 ただ、その気持ちは察することができた。

「だから、お昼を食べながら」

「お昼……?」

 かなみは時計を見る。

 今日は土曜。朝から働き詰めだったせいで気づかなかったが、既に十三時になりかけている。

「あー!!」

 かなみは大声を上げる。

「ど、どうしたの、かなみさん!?」

「午後から競馬のレースがああああッ!!」

「え、レース?」

「翠華さん、あとちょっとお願いしていいですか?」

「え、えぇ、いいけど……」

「ありがとうございます! 私行かなくちゃならないところあるんで!」

「え、ちょっと、かなみさん!」

 翠華がどういうことかと聞く前に、かなみは駆け出していってしまった。

「何があったのかしら?」

「競馬、ね……」

「みあちゃん、いつからいたの?」

「さっきからいたわよ。かなみが大道芸しはじめたあたりから」

 ああ、最初からねと翠華は思った。

「ごめんなさい、気づかなくて」

「そんなことより……あいつがいきなり飛び出していったことが気になるわ」

「あ、え、ええ、そうね……かなみさん、競馬とかレースとか言ってたけど」

「ギャンブルね」

「……え?」

「そんなの、ギャンブルに手を出したに決まってるじゃない」

 みあは断言する。

「そ、そんなの、かなみさんに限ってやるわけないわよ!」

「わからないわよ。競馬で大穴一発当てれば一気に借金を返済できるって考えて」

「確かに大穴なら……って、だとしても、ありえないわよ。かなみさんには――ギャンブルの才能がまったくないんだから!」

 今度は翠華が断言する。

 以前、仕事でカジノで行った時にかなみがスロットやポーカーで博打を打つ様を見た。そのあまりの運の無さも目の当たりにしている。それゆえの断言であった。

 そして、その時にもう一人カジノに同行していた者が聞き耳を立てていた。

「……あいつがギャンブルね」




 かなみは無我夢中に走って、沙鳴のアパートまで辿り着いた。

(来たところで何が出来るかわからないけど……)

 とにかくいてもたってもいられなかった。

 いざ、沙鳴の部屋に向かおうとした。


ドンドンドン!

ゴンゴンゴン!

ガシャン!


 けたたましい物音がする。

 沙鳴の部屋の前で扉をノックしたり、蹴ったりしている数人の男性の姿があった。

 どう見ても、堅気の人間ではない。黒服の男の同じ雰囲気を感じる。

「おーい! 山吹!! でてこーい!!」

「いるのはわかってるんだぞ!! でてこねえか!」

 ああ、借金取りの連中ね。かなみは一瞬で理解する。

 あの様子だと沙鳴は出てこれないだろうし、下手に近づいて絡まれても面倒だから収まるのを待つ。


ドンドンドン!

ゴンゴンゴン!

ガシャン!


「出てこい山吹!!」

「借りた金を返せ!!」

 などと繰り返すこと数分。

「………………」

 とうとう疲れが出始めたのか。これだけやっても沙鳴は出てこないと判断したのか、男達は「……ったく」とぼやきながら退散していく。

「いったみたいね」

「あんな借金取りが来るから出られなかったんだね」

 マニィがそう言うと最初にここに来た時にいくらチャイムを鳴らしても出なかったことを思い出す。

「話に聞いたことあるけど、凄まじいわね」

 文字取り、聞きしに勝るけたたましさだった。

「その割にはあんまりビビったりしてないね」

「うーん、やっぱり怪人と比べると迫力不足なのかもしれないわね」

 関東支部長のカリウスと相対した時、やこの前の最高役員十二席を目の当たりにした時、それらに比べると大したことないように感じてしまう。

「君って、大物になるんじゃないかな」

「そうかしら?」

 かなみはチャイムを鳴らす。


ピンポーン


 当然のことながら反応は無い。

 まあ、あの直後なんだから仕方がない。

「沙鳴! 私よ、かなみよ」

 とりあえず呼びかけてみる。


ドタ! バタバタバタバタ!!


 すると、凄まじい足音を立てて扉が開かれる。

「かなみ様! 来てくださったんですね!」

「え、ええ……」

 このかしこまった言い方に背筋にかゆいものを感じる。

「ささ、入ってください入ってください! 歓迎しますよ!」

「また水道水じゃないでしょうね?」

「フフフ、今回は一味違いますよ!」

 沙鳴は得意顔で言ってくる。

「へえ、何か水でも買ったの?」

「いえいえいえ、そうじゃありません」

 そんなやり取りをしながら、かなみはテーブルにつき、沙鳴は水の入った紙コップを出す。

「ささ、どうぞどうぞ」

「なんだか嫌な予感がするんだけど」

 それでも出されたものは口にしようとするのは、貧しさがそうさせる悲しき性(さが)であった。

「フフフ、これはなんと天然水なんですよ」

「え、そんなの買うお金どこにあったのよ」

「いえいえ、お金はかかっていません。何しろそこの川からくんだものですから」

「ぶー!!」

 かなみは再び水を吹き出す。

「ああ、貴重な天然水が!!」

「何が天然水よ! 川の水と飲んだらお腹壊すわよ!!」

「一応、きれいな場所で汲み上げたんですけど」

「せめてろ過とかしなさいよ!」

 もっともろ過しても飲みたいとは思わないが。

「すみません」

「まったく……それじゃ水を買うお金も無いみたいね」

「はい、お恥ずかしい話ですが……」

「客に川の水を飲ませようとする方が恥ずかしいと思うんだけど」

「アハハハハハハハ!!」

「わらってごまかさない!」

 かなみは真剣な目つきで言う。

「は、はい、すみません……」

「あんた、お金借りながら競馬やってるだってね?」

「え……?」

 沙鳴はキョトンする。

「やくざの人がそう話してくれたわ」

「あ、ああ……さすがですね。かなみ様、人望があるというか」

「そういうわけじゃないんだけどね。それで今度負けたらどうなるかって聞いてるの?」

「え、どうなるんですか……?」

 かなみは頭を抱える。

 沙鳴には危機感が足りてないのではないかと思ってしまう。なんだか自分が必死にあれやこれや考えているのがバカバカしくさえ思えてしまう。

(それでも、なんとかしなきゃ……)

 かなみは奮起して、沙鳴を見つめる。

「売り飛ばされるみたいなの」

「え……?」

「だから、何が何でも借金を返させるために身体を売り飛ばすって、そう言ってたわ」

「売り飛ばす……負けたら、ですか?」

「ええ、これ以上借金をしたらそうするって……」

「………………」

 沙鳴は青ざめた顔をして、何も言えずガクガクと震える。

「ど、どうしたの?」

 かなみが聞いてもずっとそのままであった。

「ま、まさか……」

 これ以上借金をしたら……

 今日の競馬で負けたら、その借金を増やしてしまう。

 つまり、今日の競馬で負けたら全てが終わるといってもいいということだ。

「全部負けました……」

 震える声で沙鳴は事実を告げた。

「ああ……」

 既に全てが終わったあとだったわけか。

「借金がまた増えました……当たったら一気に返済できたんですが……」

「当たるわけないじゃない、そんなもん」

 かなみは昨日黒服の男が言っていたことを口にする。

「そうやって借金を増やしていくからいつまでたっても無くならないのよ」

「だったら、どうすればいいんですか!?」

 沙鳴は激昂する。

「そうでもしないと返さないんですよ! 二千万ってそういう大金なんですよ!」

「そんなのわかってるわよ……でも、現実はそうはいかない」

「だから、夢を見るんじゃないんですか!」

「………………」

 そこまで言われて、かなみも言えない。


――自分の借金もどうにもならないのに、他人の借金をどうにかできるわけないでしょ


 自分で言ったことを改めて突きつけられる。


ゴンゴンゴン!


 突然、鳴り響いたけたたましいノック音に身体をビクッと震わせる。

「え、また取り立て!?」

「いつもなら一日一回のはずなんですが!」

 早くも身体を売り飛ばしにやってきたのか。

 いきなり黒服の男達が押し寄せてきて、どこかへと連れ去る。かなみも一度経験している悪夢であった。

「まずい。逃げなきゃ!」

「え、逃げるって?」

 沙鳴は呆然とする。

 いつもみたいにこのまま居留守を決め込めばやり過ごせると思っているのか。しかし、それはあまりにも楽観的すぎる。いつ扉を蹴破るか、大家から鍵を無理矢理借りて押し入ってくるかわからないのだ。


コンコン


 窓からノック音が聞こえる。

「え、窓から!?」

 部屋と窓から同時に攻め込んできたとなると本当に逃げ場所が無い。

「え……?」

 と思ったが、窓から入ってきたのが予想していた人間と違った。

「萌実?」

 かなみは窓を開ける。

「なんで、あんたがここに?」

「面白いことになってると思ってね。ささ、こっちよ」

「こっちって?」

「借金取りから逃げるんでしょ、入り口は包囲されてるんだからこっちから出るしかないでしょ」

「そりゃそうだけど……」

 萌実のことだから何か企んでいるかもしれないと思えてならない。

 特にこの状況だと一緒にいった先で借金取り達に取り囲まれてもおかしくない。

「どっちみちあいつら蹴破ってくるわよ」

「う……!」

 迷っている時間がもったいない。

「行き先はオフィスよ」

 かなみは行き先を宣言する。

 行き先さえ決めておけば自分が先導することができる。そうすれば、借金取り達に取り囲む場所に誘導されることはないだろう。

「オーケー」

 萌実はあっさりこれを承知した。




「……んで、ここに連れてきたわけか」

 みあは頬杖をついてそう言う。

「ま、まあ、ここなら借金取りも来ないから安全よね!」

 翠華はフォローを入れてくれる。

 しかし、その声色は上ずっており、明らかに戸惑っている

(そりゃいきなり借金持ちの子を連れてきたら驚くわよね)

 かなみはそう思った。

 一方一緒に来た沙鳴も同様に恐縮している。見知らぬオフィスに連れてこさせられたんだから当然だとも思った。

「ここヤクザの事務所みたいですね」


ガタッ!


 そうでもなかったみたいだ。

「だ、誰がヤクザよ!!」

 みあが怒鳴る。

「ひ、ヒィ! ごめんなさい!!」

 沙鳴は素直に謝る。

 少々意外なやり取りにかなみは思えた。

 みあがヤクザみたいな事務所と言われて真っ先に怒鳴ったこともそうだし、沙鳴がそれに気圧されて素直に謝ったこともそうだ。

 無理矢理押しかけたようでちょっと遠慮していたけど、今は正解だったなと思う。

「第一、借金取りならこの前来たじゃない」

「あ……」

 そういえば黒服の男はこないだ来たって言っていた。

 ここも安全とはいいきれないかもしれない。

「どうしよう、みあちゃん!?」

「あたしに聞かれてもどうしようもないわよ!」

 真っ先にみあを頼るあたりに、翠華は嫉妬を募らせる。

「かなみさん、私には頼ってくれないのかしら……?」

 とはいっても、借金絡みだと出来ることはそんなにないかもしれないが。

「それより、これからどうするの?」

 萌実は本題に切り込んでくる。

「まさかずっとここに寝泊まりさせるわけにはいかないでしょ?」

「ぐ……」

 ずっとここで寝泊まりしているみたいなあんたが言うな。とも思ったが、今はそんなことで言い争っている場合じゃない。

「と、とりあえず社長に相談してみたら?」

 翠華はとりあえず提案してみる。

「そうね、社長に話してみます」

「私に何を話すって?」

 唐突に社長がオフィスへ入ってくる。

「ギャァァァァァ、しゃ、社長!?」

「そんなおばけが出てきたいなリアクションしなくてもいいじゃない」

「あんたはおばけじゃなくてばけものでしょ」

 萌実は嫌味一つ言う。

「あんたがいるなんて珍しいわね」

 あるみは萌実に向かって言う。

「別に。ちょっと気が向いただけよ」

「それと、うちの社員じゃない子もいるわね」

 かなみはドキリとする。

 いうまでもなく沙鳴のことだ。

「………………」

 当の沙鳴は石のように固まっていた。

「あ、あの……沙鳴……?」

 かなみが呼びかけると、沙鳴は反射的に背筋をピンと伸ばす。

「あ、はい、なんでしょう、かなみ様!?」

「かなみ、さま……?」

 その敬称は二人のときでも照れくさかったが、オフィスの皆の前で余計に恥ずかしさが倍増した。

(ええい、恥ずかしがっている場合じゃない)

 などと、羞恥心を振り払って行動する。

「沙鳴、こちらは金型あるみ……この会社の社長よ」

「ど、どうも! 山吹沙鳴といいます! よ、よろしくお願いします!!」

「こちらこそ、よろしくね。金型あるみよ」

 あるみは微笑んで手を差し出す。そのあたりの余裕と落ち着きを感じさせるのは、さすがに大人であった。

「それで、かなみちゃん?」

「は、はい!」

「なんで、部外者をオフィスに入れてるのかしら?」

 かなみに冷や汗が流れる。顔こそ微笑んでいるが、それだけの圧力を感じさせる一言だった。

「ご、ごめんなさい! ここしか場所が思いつかなくて!」

「ペナルティとして、今から仕事に行ってもらうわよ」

「ええ、でも!」

「かなみ様、この人には絶対に逆らったらいけません。私の本能がそう告げています」

 沙鳴の一言に、かなみは言葉を失う。

「……本能って、……まあ、絶対に逆らったらいけないっていうのはいえてるけど……」

「タダ働きにはさせないわよ。ボーナスは六万ね」

「ちょ、ちょっと足りないじゃないですか!」

 かなみは不満を正直に言う。

「それぐらいでちょうどいいでしょ? ……この娘の負け分のこともあるだろうしね」

「……!」

 思っても見なかったあるみの一言にかなみは面を喰らう。

「な、なんで知ってるんですか?」

「この間来た男からね」

 黒服の男だ。

「あの人、余計なことを……」

 かなみはぼやくが、あるみはやれやれといった面持ちで言い継ぐ。

「とりあえず、それで当面は大丈夫になるでしょ」

「それはそうですが……」

「だったらぼやかないでさっさといきなさい。山吹沙鳴はこっちで預かっておくから」

 あるみが預かるというのなら安心できる。何しろやくざより遥かに強くて怖い怪人より強くて怖いのだから。

「わかりました」

 そこまで言われてはかなみも従うしかない。

「ああ、それ私も一緒に行くわ」

 萌実がいきなり申し出る。

「なんで、あんたが!?」

「面白そうだから」

「だからってついてこないでよ! 迷惑よ!」

「いいじゃない。どうせ六万の仕事なんでしょ」

「どうせっていうぐらいだったら来なくていいわよ! っていうか来ないで!」

「好きにしなさい」

 あるみはそれだけ言う。

「社長!」

 かなみは抗議するが、一度言ったことを撤回しないのがあるみだった。

 結局のところ、渋々了承するしかなかった。

『この人には絶対に逆らったらいけません。私の本能がそう告げています』




 今回の仕事先は、競馬場だった。

 競馬での負けの借金をチャラにするための仕事が競馬でするなんて因果なものだった。

「私、初めて来るわ」

 萌実が言う。

「私だってそうよ」

「そんなんで大丈夫なの?」

「大丈夫よ。なんとかするから」

「お手並み拝見ね、フフ」

 萌実は茶化すように言う。その物言いがかなみを苛つかせた。

(なんだって、ついてきたのよ!?)

 心中でも文句を漏らし、目的地へ向かう。

 今回は馬券を買うためにやってきたのではない。しかし、レースとは関係している。

『近頃レースがどうも荒れている』

 封筒に入っていた依頼書にそう書かれていた。

『調査の結果、怪人が動いていることがわかった。人を殺さず、傷つけず、競走馬の調子だけ狂わせる変わった怪人だ』

 本当に変わってる、と、かなみは思った。

 怪人は人を困らせる。というのが基本観念としてあるからだ。

 でも、その怪人は馬の調子を変化させてレースを荒れさせるのが目的らしい。

「ま、それで予想が狂って困る人もいるんでしょ」

 後ろから萌実が言ってくる。

「そういうものなの?」

 かなみは不機嫌顔で訊く。

「さあ。わからないんだったら、その怪人に訊いたら?」

 いかにもいい加減な返答であった。

 そうこうしているうちに、目的の装鞍所(そうあんじょ)に着いた。

 装鞍所というのは、これからレースに出走する馬が待機しており、そこで健康状態や調整をしている場所であり、早い話が控室みたいなものだというのがかなみの認識だった。

「……静かね」

 小屋で待機している馬のことを想って、静かになっているのならわかるが、それにしては話し声さえもまったく聞こえないのは不自然だった。

「もうすでに怪人が来てるわね」

 萌実がいち早くその気配に気づいたのか、銃を構える。変身する前からごく自然に持ち歩いていて不審がられないのだろうかとここまでの道中でかなみは思っていた。

「あら、かなみは気づいてないの?」

「そんなことわかってるわよ!」

 かなみはムキになって声を荒げる。

 怪人の気配はする。ただそれはあまりにもかすかだったため、自信をもって口にするのははばかられた。

 だけど、萌実は自信満々の様子だ。それだけ感知能力に差があるのか。あるいは元々ネガサイドにいたから、怪人の気配が読みやすいのか。

(ネガサイドにいた、ね……)

 かなみは萌実に対してある疑問を持っていた。

 萌実は何者なのだろうか。

 ネガサイドの怪人、というにはあまりにも人間らしいし、むしろ魔法少女に近い。そのあたりは本人が一切語らないし、かなみもそこから聞き出そうとは思えなかった。

 あるみなら何か知っていそうだったけど、煙に巻かれている。

(と、とと、今は沙鳴のために仕事仕事!)

 かなみは気持ちを切り替える。


バァン!!


 いきなり萌実は空になっていた馬小屋に向けて発砲する。

「ちょ!?」

 かなみが諫めようとしたが、その前にそこにいた影が動いた。

「いてて、いきなりやつがいるかよ!?」

 影は馬小屋から出てきて文句を言ってくる。

「うま……?」

 その怪人は、成りは黒いウェットスーツで完全にコソ泥のそれであったが、頭は馬頭であった。一瞬、被り物かと思うほどの作り物じみた馬頭であった。

「ああ、てめえら! 俺を始末しに来た魔法少女だな!!」

「ええ、そうよ」

 かなみに代わって、萌実が答える。

「く、くそ……! 馬の調子を狂わせて大穴が勝ちまくれば胴元は大損し、競馬全体が廃れさせることが目的だったのに!」

 呆れるほど壮大にして無謀な計画であった。

「そ、そんなことして何がしたいのよ!?」

「用済みになった馬共をこの俺、バトー様が従えて、日本を征服するにきまってるだろ!!」

「……は?」

 かなみの目が点になる。

「バレないように秘密裏に進めていたが、お前らのせいで台無しだ!」

 まくしたてるように馬頭の怪人・バトーは怒声を飛ばしてくるが、かなみは頭を抱えた。

「マニィ、私どこから突っ込んだらいいの?」

 珍しくマニィに対して弱音を漏らす。

 馬の調子に狂わせれば競馬は廃れるのか?

 日本中の馬を従わせることがこいつにはできるのか?

 よしんば馬を従わせることができたとして、それで日本制服が成せるのか?

 そもそも、秘密裏に進めているといっていたが、黒服の男やあるみの調査であっさりバレているのだけど……っと、突っ込みどころをあげるとキリがない。

「ええい、もういいわ! とにかくあんたの野望を阻止するために倒すわ!」

「突っ込み放棄したね」

 かなみは即座にコインを放り投げる。

「マジカルワークス!」

 コインから光が降り注ぎ、光のカーテンから黄色を基調とした衣装に身を包んだ魔法少女が現れる。

「愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!」

「暴虐と命運の銃士、魔法少女モモミ降誕!」

 そこへ便乗して、いつの間にか変身を完了させていたモモミが名乗りを上げる。

「くそ! こうなったらお前らを始末して計画再開だ!!」


バァン!


 気合を入れたバトーへモモミが銃弾を撃ち込む。

「あぎゃぁぁぁぁぁッ!?」

 右足を撃ち抜かれて、ドバァと出血し、悲鳴を上げる。


バァン! バァン! バァン!


 さらに、左足、両腕を次々と撃ち抜く。

「ぎゃぁぁぁぁ、いてえいてえ! いてええええええッ!!?」

 悲鳴を上げてのた打ち回る。

「……あいつ、めちゃくちゃ弱い?」

 出る幕を失ったカナミはそうコメントする。

 モモミの銃弾には特別魔力を込められているようには見えない。普通の銃弾にちょっとだけ魔力が加えられていて、ちょっとだけ威力がある程度でとても普通の怪人には有効打になるようなものではない。

 それがおおいに効いているということは……つまり、そういうことなのだろう。

「くそ、よくもやってくれたな! 俺の真の恐ろしさを味あわせてやるぜ!」

 バトーは鼻息荒く言うと、鼻から出る白い息がカナミとモモミの周囲を包み込む。

「なにこれ……!?」

「ああ、なんだか眠くなってきたわ……」

 モモミは眠気眼を抑えながら、フラフラとしはじめる。

「へへへ、俺の鼻息には催眠効果があるんだ。普通の人間ならすぐに眠っちまうし、レース直前の馬だったらこれで調子が狂うようになってるんだぜ」

「なるほどね……それでここの人達を眠らせて、馬の調子を狂わせたのね……」

「そうだぜ! お前も眠らせてから軽く捻ってやるぜ!!」

「……もういいわ」

 カナミは魔法弾を撃つ。

「あぎゃぁぁぁぁぁぁッ!!?」

 魔法弾が直撃したバトーは吹き飛び、一緒に鼻息も消えてなくなる。

「そんなつまらない攻撃にこれ以上付き合ってられないのよ」

「な、何故だ!? 俺の攻撃はいくら魔法少女だからってきかないはずがないんだ! 相方だってちゃんと聞いてるじゃねえか」

「グーグー」

 バトーが指差したようにモモミは立ったまま眠っていた。

「こんな眠気、学校の授業中に比べたら全然大したことないわよ」

「はあああッ!?」

 バトーは愕然とする。

「カナミはいつもその眠気に負けてるからね」

「毎日深夜まで仕事なんだからしょうがないでしょ」

 マニィとそんなやりとりをしているが、バトーは驚きのあまり耳に入らなかった。

「さて、それじゃとどめといきましょうか」

「ま、待ってくれええッ!」

「待たない」

 カナミは容赦なく告げてステッキを空へとかざす。

「神殺砲! ボーナスキャノン!!」

 ステッキから大砲へと変化し、砲弾を発射する。

「ギャァァァァッ!?」

 魔力の洪水ともいうべき砲弾があっという間に飲み込む。


バゴォォォォォォォォォォン!!


 そのまま空中へ花火のように爆散する。

「これで仕事完了ね」

「今回、特に容赦なかったね」

 カナミはすぐに変身を解く。

「ふわわわわん」

 モモミはあくびをして目覚める。

「あれ、もう終わったの?」

「あんた、本気で寝てたの?」

「まっさかー。あんたが眠っちゃってやられるところをみたかったのよ!」

 かなみは半目になって睨む。

 結局、彼女は何をしにやってきたのかわからなかった。あんまりわかりたいとも思えないが。

「社長には報告しておいたから、さあ帰ろう」

 マニィはそう言うと、憂鬱になる。

 山吹沙鳴に関する借金の問題と彼女のこれからをあるみに相談しなければならないのだから。

(でも、社長だったらきっとなんとかしてくれる。そんな気がするのよね……)

 唯一それだけが前向きになれることであった。




 朝けたたましい目覚まし時計の音で起こされて、二度寝の誘惑を振り切りながら学校へ出かける支度を整える。

「一昨日の怪人よりよっぽど強烈よ」

 などとぼやきながら制服に着替え、カバンを手に取る。朝食は残念ながら用意する時間もお金もなかった。

「あ、かなみ様!」

 アパートを出た先で、沙鳴も出かけようとしている姿があった。

「沙鳴もこれから仕事?」

「はい! あるみ様に紹介していただいたお仕事です!」

 沙鳴は活き活きと答える。

 あの後、沙鳴の負け分をかなみのボーナスで支払って、とりあえず沙鳴の身売りは先送りになったのだが、結局借金の二千万を完済しなければならない。

 そこで、あるみが借金の二千万を肩代わりし、無利子無担保で沙鳴がそれを返済するというかなみと同じ形をとることで解決した。

 とはいっても、沙鳴に魔法少女としての素質は無いらしく株式会社魔法少女で働かせることはできないため別の仕事を紹介した。

「しかし、かなみ様と同じアパートに引っ越させてもらって光栄です」

「あまり住み心地はいいと言えないんだけどね」

 かなみは苦笑する。

 住めば都と部屋自体は案外悪くないというのが正直なところだが照れくさくて口にできなかった。

「いえいえ、かなみ様は自分の借金があるにも関わらず私の負け分を立て替えてくれました! 私としては一生忘れることができない御恩です!」

「別に忘れてもいいわよ」

 この話の裏にはかなみがさらに自腹で一万立て替えたという苦い話がある。

『はい、土曜の第三レースを四番と七番の単勝に一万。第四レースに六番、八番、十一番の三連複で五万。それでお願いします』

 実はこのとき、第三レースを二枚買っていたのだ。

 そのため、『一万と五万』といっていたのは正しくは『一万が二つと五万』なのであった。

 かなみのボーナスの六万では当然足りず、足りなかった一万はかなみの自腹を切ったということだ。

(おかげで今月ずっとまともなご飯は望めないんだけどね)

 心の中でぼやいて、しかし、かなみはこれでよかったのだとどこかで満足していた。

「一緒に返済頑張りましょう」

「はい! 頑張ります!」

 結局、他人の借金をどうこうできるだけの力は自分にないのだから、他人に頑張るように促すことくらしかできないのだ。

「一生懸命働けば二千万ぐらいすぐに返済できますよ!」

 そう沙鳴が前向きに考えられるようになっただけでも収穫だった。

「そ、そうね、二千万ぐらいだったら……」

 ただ、かなみとしてはそうやって『八億に比べたら』二千万ぐらいと借金の比較対象にされるのは少しだけ辛かった。

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