第55話 降誕! 善悪の神秘を少女は目撃する (Aパート)
「ピクニックに行くわよ!」
あるみは唐突に言ってくる。
それもかなみ、翠華、みあ、紫織、萌実、千歳の六人を即席の会議席に召集をかけていきなりである。
「ピクニック、ですか?」
まだ社長のいきなりに慣れていない紫織はたじろぐ
「またいきなりですね」
みあはぼやく。とはいっても、この会社にとってはいつものことだ。
あるみがいきなり会議を開いて、無茶苦茶な社命を下す。毎回無茶振りに付き合わされる社員であるかなみはたまったものではないが。
それで今回はピクニックということだ。
「なんでピクニックなんですか?」
「ただの気分転換よ。」
「とかなんとか言って何か企んでるんでしょ?」
萌実は嫌味混じりに訊く。
「おやつは四百円までよ。それ以上は支給しないから」
あるみは無視して続ける。
「すくなッ!? 四百円で何が買えるってのよ!?」
「よ、四百円も支給してくれるんですか! これで生き抜けます!」
文句をたれるみあと目を輝かせるかなみ。色々な意味で対照的であった。
「出発は明日。みんな学校が終わったらすぐ集合ね。遅刻したら置いてくから♪」
そう言ってあるみはホワイトボードをしまう。一切書き込みをしなかったので何のためにわざわざ持ち出したのかわからない。
「以上、会議終わり! かいさーん!」
あるみはさっさとオフィスから出て行く。
「今から外回り?」
外はすっかり暗くなっており夜であった。今から出かけるなら帰るころには日付が変わってもおかしくない。
この社長は自分に対しても無茶振りを課しているのではないかと思ってしまう。
「あの人の仕事もかなり無茶苦茶よね」
かなみはぼやく。
「それをかなみさんが言う?」
翠華はそれを指摘する。
「え……?」
かなみはキョトンとする。
その後、仕事が終わり、課題という名目でかなみ達はコンビニへやってきた。
『明日のピクニックに持っていくためのおやつを買うこと』である。
「軍資金・四百円……!」
かなみは今回支給された四枚の百円玉を並べて見つめる。これだけで一日は過ごせるぐらいの大金だ。
「チョコも買える……スナックも買える……」
普段のかなみの収入からしてそういった物を買う余裕はない。
「四百円じゃまともなおやつが買えないわね……」
「みあちゃん!」
かなみは血走った形相でみあへと問い詰める。
「ここにあるお菓子は全部百円ぐらいだから単純計算で四つも買えるのよ! それがどれだけの贅沢なのか……! 贅沢なのか……!」
「ああ……」
はっきりいって、みあはドン引きしている。
「何も泣かなくてもいいじゃない」
「ああ、でも! 欲しいもの全部買えるだけの金額じゃないわね! 慎重に選ばなくちゃ!」
「そうね、予算に限りはあるんだから慎重に選ばないとね」
翠華はさらに一言を付け加える。
「――普通のピクニックとは思えないし、このおやつが貴重な食糧になりかねないし」
「………………」
翠華の一言に、かなみ達は絶句する。
あの社長が普通のピクニックを提案するはずがない。ピクニックと称してサバイバルのようなものを要求してきかねない。
「このおやつが生命線になりかねないわね」
「ひ、非常食ですか……」
紫織は緊張感をみなぎらせた目つきで、お菓子コーナーを見回す。
「じゃ、私はこれで」
そう言って萌実は、チョコのお菓子を五つ買ってさっさとすませた。
「即決ね……思いっきりいいわね」
翠華は感心する。
「うーん……」
みあは頭を悩ませる。
「みあちゃんもチョコ好きだよね?」
「な、なんで、知ってるのよ!?」
「だってこの間、行ったときそういうお菓子の袋とかがいっぱい捨ててあったじゃない!」
「う……」
「ほら、これとか!」
棒状のチョコ菓子を手に取ったり、
「これとか!」
ちょっと大きめなチョコクッキーを手に取ったり、
「これとか」
チョコのポテトチップスの袋……等々を手に取ったりして、見せる。
「うるさい! 第一それ全部買ってたらあっさり予算オーバーじゃない!」
「え……?」
頭の中で今手に取ってチョコの菓子類の合計を計算する。
「六十一円!?」
予算の四百どころか六百円をオーバーしている。
「計算早いですね、かなみさんさすがです」
「えへへ」
「毎日借金の計算でヒイヒイ言ってるだけでしょ」
「みあちゃん、ひどい! そりゃ毎日やりくりしてないと生き残れないから必死にやってるから……三桁の計算なら暗算でばっちりできるけど!」
かなみは涙混じりに語る。
「そ、そうなんですか……」
「三桁って……千円以上(よんけた)は全然もたないからできないのね」
「う……! 当たってるからつらい……」
みあからの容赦ない一言にかなみはその場にへたり込む。
千円(おさつ)は大金であった。
「で、でも三桁の暗算でも十分頼もしいわよ」
翠華はフォローを入れてくる。
「そ、そうですよね! あ、翠華さんはクッキーですか!?」
「ええ、よく仕事中に食べるし、これならみんなとわけることもできるしね」
「さすがです!」
(本当はかなみさんと一緒に食べたいから……)
「あ、あの……私も一枚わけてくれませんか!」
「もちろん!」
翠華は心の中で万歳して歓喜する。
「あんたは何買うの?」
そんな中で、みあは何かを手に取っている紫織に声をかける。
「飴とかラムネとか……」
「ふうん、まあ糖分補給は大事よね。あ、このコーラ飴とかいいわよ」
みあは勝手に紫織のカゴに入れる。
「あ、はい……」
「ふーん、みんな色々入れてるわね」
付き添いにやってきた千歳は感心する。
「千歳さんは何か買わないんですか」
かなみは訊く。
「私はこの体じゃ何も食べられないからね。みんなが楽しく何買うのか見てるだけで十分よ」
「とかいって、そこのクリームビスケットに興味津々じゃないですか」
「うー……」
千歳は唸る。
「この新食感って言葉に弱いのよね……どんな食感なのかしら、どんな味なのかしらって……世の中、おいしそうなものがどんどんでてきてつらいわ……」
「食べられる魔法人形を作ってもらうって話はどうなったんですか?」
「そんなの進んでないわよ。あるみったら私の話中々きかないし!」
「あははは、私も話聞いてもらえないですよ」
かなみと千歳は苦笑する。
「ところで、その人形の口の中に入れたらどうなるんですか?」
「お腹の中にどんどんたまっていってぱんぱんになるそうよ」
かなみはお腹がパンパンに膨らんだ千歳の姿を想像する。
「ぷー」
思わず吹き出す。
「かなみちゃん、今凄く失礼なこと考えたでしょ?」
「いえいえ! 千歳さんがプクーとなるなんて想像してませんから!」
「かなみちゃんって隠し事ができないが性格よね」
「あうう……」
千歳はニコリと笑う。
「バツとして私が選んだお菓子を買ってもらうわよ」
「ええッ!?」
かなみは悲鳴にも似た叫びを上げる。
翌日、かなみは授業が終わるなり、すぐにオフィスビルへ向かった。
すると、そこにはすでにみんな揃っていて、すぐ出発できるようになっていた。
今回のワゴン車の運転は鯖戸がするようだ。
(……よかった)
かなみ達はホッと胸をなでおろす。あるみだったら不必要にスピードを出して車酔い確実コースなのだから。
「出発進行ね」
ちなみにあるみは助手席で、後部に萌実、みあ、紫織、翠華が座り、荷台に千歳、かなみが乗る。
『かなみが一番荷台に乗り慣れている』
そんな理由で荷台になったのだが、かなみは猛烈に抗議してジャンケンをすることになった。――そのジャンケンが原因で荷台に乗せられることが多いことを忘れて。
「ガタンガタンゆれるー」
かなみは不満を前へ漏らす。
「千歳さんは平気なんですか?」
「ああ、私生きてた頃は荷馬車に忍び込んだりしてたことがあるからそれに比べたら快適よ」
結構たくましかった。
ワゴン車の荷台と荷馬車の荷台ってどっちが乗り心地が悪いのだろうか。
少なくともここより悪いんだったら是非乗りたくない、そう思うかなみであった。
「そ、そういえばなんですけど」
紫織が何かを思い出したようだ。
「どうしたの?」
「こうして皆さんでお出かけということはオフィスが空じゃないですか」
「空じゃないでしょ、マスコット達が今もあくせく働いているんだから」
みあの返しに紫織は納得がいったようだ。
「あ、そうでした……でも、スーシーさんの見張りはどうするんですか?」
「そのあたりは来葉に任せてあるわ」
あるみが代わりに答える。
「さすがにマスコットだけで幹部の見張りなんて荷が重いからね。来葉に依頼しておいたの」
「彼女、本当はボク達と一緒に行きたかったんじゃないのかい?」
「そうかしら?」
鯖戸からの指摘にあるみは首を傾げる。
「あれで結構寂しがりやだし、ピクニックって言われたら弁当とか用意したりものすごく楽しみにするタイプだよ」
かなみはそんな話し声を聞いて、来葉がピクニックで楽しそうにする姿を思い浮かべる。
確かに陽気とはいかないまでも、温和で明るい来葉のことだからピクニックを楽しみにしていそう。何よりも一緒にいたらそれだけで、かなみ自身も安心できて楽しそうだと思えた。
「なんで来葉さんも呼ばなかったんですか?」
かなみは責めるようにあるみへ問いかける。
「社員だけ連れて行くつもりだったのよ」
「来葉、今頃すねてるかもね。私だけおいてかれたって」
意外にも鯖戸がかなみの援護に回る。
「う……!」
あるみは珍しく狼狽える。
「この化け物もあの女にだけは弱いってわけね」
いいこと聞いたと言いたげに萌実はニヤリとする。
「メモするように言わないで」
「それで、その来葉を置いてきぼりにしてまでどこへ行くつもりなの?」
「みあちゃん、もうちょっと言葉を選んでね。はあ、来葉には何か埋め合わせのものを用意しておこうかしら……」
あるみはため息一つして、気持ちを切り替える。
「いいところよ。ちょっとした社会勉強も兼ねてるし」
そうして、ワゴン車を走らせること小一時間でその目的地についたらしい。
「あいたたた」
山道に揺られたせいで、身体の節々が痛む。
「かなみさん、大丈夫?」
翠華が心配する。
「はい、帰りも任せてください」
かなみは強がりで答える。
「帰りはさすがに……私が代ろうかしら……? それか、私が一緒に……」
そこまで提案して、翠華は顔を真っ赤にする。
荷台でかなみと密着することを考えると……とてもじゃないが正常でいられない。
「それで、ここどこなの?」
「山ン中」
みあの質問にあるみは存外に答える。
「みりゃわかるわよ!?」
「それで私達が向かう場所はこれから!」
あるみが指差した先に看板が立てられていた。
『この先、危険につき立ち入り禁止!』
あまりにも定番で、いっそ陳腐さすら感じる文言であった。
しかし、はっきりとこの先に危険があり、警告を示していた。
「……あれ、なんですか?」
「立ち入り禁止って書いてるわね」
かなみの問いかけに翠華は
「いや、みればわかるわよ」
「危険につきって、危険があるってことですよね?」
「そりゃ、危険が無かったらこんな看板つけないわよね」
みあがもっともなことを言う。
「熊とか狼とか出てくるんじゃ……」
紫織は恐怖で震える。
「熊みたいな怪人とか、狼みたいな怪人とか、って今まで戦ってきたし大丈夫でしょ」
「かなみさん、たくましいわね!?」
翠華はショックを受ける。
「それじゃ、地図を渡すからみんなこの目的地に向かうのよ」
かなみ達に地図が手渡される。
「って、これ衛星写真じゃないですか!?」
かなみは放り投げんばかりに抗議する。
「しかも、目的地ざつい」
さらにみあが率直に言う。
周囲の山を移した衛星写真に『目的地』と『現在位置』の赤い点がポンと打たれているだけなのだから、確かに雑としか言いようがない。
「この『目的地』には何があるんですか?」
かなみが訊く。
「それはついてからのお楽しみよ♪」
あるみは得意げに言う。
「そういうと思いましたよ」
「わかってるんならなんで訊いたのよ」
萌実はつまらなそうにぼやく。
「様式美、ってやつじゃない」
みあにそういわれて、「ああ、ワンパターンか」と萌実は納得する。
今回は二班に分かれて目的地へ向かう。
A班は、あるみ、かなみ、萌実。
B班は、千歳、紫織、みあ、水華。
ちなみに、鯖戸はワゴン車に留守番であった。
「これじゃ、来葉と変わらないじゃないか」
そう、ぼやいていた。
「あんたって案外人の不満買うことしてるのね」
そう萌実は悪態をつく。
「まあ、社長だからね。人の不満を買うのも仕事のうちってね」
「ボーナスがケチ臭いのもですか?」
「経理も仕事のうちね。そんなにしょっちゅう、かなみちゃんにばかりボーナスやってたら倒産よ」
「借金返せるんなら倒産も致し方ないかと思います」
「かなみちゃん、その思想は社員として危険よ。場合によっては解雇よ」
「か、勘弁してくださーい!」
かなみは泣きつく。
「あんた、本当にそいつと借金に弱いのね」
萌実は嘲笑する。
「社長に頭が上がらなくて、借金に首が回らないみたい」
「どっちも苦手なのよ。そもそも社長と借金が得意な人間なんているわけないでしょ!」
「いるわよ」
「ええッ!?」
「そんなに驚くことでもないでしょ」
あるみの一言に、かなみのみならず萌実も驚いている。
「一体それは誰なんですか!? 借金大好きな人なら心当たりあるけど社長が苦手じゃない人っているんですか!? それは人間なんですか!?」
「本人言ってやりたいわね。仔馬のことなんだけどね」
「ええ、部長ですか? ああ、でも、納得できます」
鯖戸なら借金とか好きそうだし、あるみとも上手くやっている印象だから納得した。
「それを本人に言ったらボーナスは無くなるかもね」
「うぅ……あの人のボーナスを天引きするのが大好きですから」
「いないからって言いたい放題ね」
「本人の前でも言ってるわよ!」
「アハハハ、面白い!」
萌実は腹を抱えて笑う。
かなみには何が彼女のツボになったのかわからない。
「とりあえず、あるみの言うとおりだったわね」
萌美はあるみを見上げて言う。
「ここにいれば退屈することはないわ。ネガサイドにいたころとは違うわ、あなたとその娘がよく刺激を提供してくれるわ」
「お気に召してよかったわ。あなたさえよかったらずっとうちの方にいてもいいのよ」
「………………」
かなみは黙って見守るしかなかった。
一触即発。
そういう雰囲気があるみと萌実の中で流れた。
あるみも萌実も一見しておちゃらけているように見えるがいざとなったら平気で銃弾を撃ち合ったり、斬り合いを演じたりすることができる。
そうできるのだ。
こんな山中なら人も建物も被害が及ばない。魔法少女達の恰好の戦場になる。今はその一歩手前だ。
「それはどうかしらね? 私は気まぐれだから、――いつあんた達の敵にまわるかわからないわよ」
かなみはその一言に身構える。
(やっぱり、萌実は敵!?)
仮とはいえ、株式会社魔法少女のインターンシップでやってきて、時たま同じ仕事をする。それは、仮とはいえ仲間といってもいい関係だと思っていた。
同じ会社にいて、同じ仕事をする。それは萌実本人がどうであれ仲間になれる存在だとわずかでも思えてきたのに。
それは錯覚だったと思い知られる。今の一言はそういうものだった。
「あら、そう」
しかし、あるみは反応はいたって平静だった。
「落ち着いているわね。あんたにとって裏切りは一番精神的ダメージになると思っていたんだけど」
「それはどうして?」
「見てればわかるわよ。あんたは心底から信じてる。仲間も社員もそこの結城かなみも、この私でさえもね。異常なまでの信頼、裏切るなんてこれっぽっちも思っちゃいない。その信頼を裏切ったら、あんたはどうするかってのが見ものなのよね」
萌実はさらに挑発する。
あるみは心底から自分達を信じてくれている。その信頼は時に無茶振りとなって現れるけど、基本的に心地よく、いつもここ一番のところで元気づけてくれる。
あるみが疑いもなく信じてくれている。それだけで力を分け与えてもらっているような気がする。
萌実はそれを逆手にとろうとしている。
「まあ、確かにそれは私にとっては一番の痛手ね。目の付け所はさすがね」
あるみはそう返す。まるで世間話をするかのように軽やかに。
萌美は気に食わない。もっと憤ったり、戸惑ってくれたりすることを期待していたのに。あっさりいなされている感覚だ。
まるで子供がどんないたずらをしても笑って受け流す親のようだ。
「いいの。信じている私に裏切られて! 平気なの!?」
萌実は問いかける。
「いつ敵になるか、わからないねえ……それって、――いつ味方に回るかもわからないってことでもあるのよね?」
「――!」
萌実は魔法の銃を具現化し、あるみへ向ける。
「……ありえないわ」
あるみへ向けた銃口を空へと掲げる。
バァン!
そして、空へ撃つ。
今の憤りを太陽へ訴えかけるように。
「……私は金型あるみ、貴様を殺す! 絶対に! 絶対に!」
空気を震わせるような低い声で唸るように萌実は言った。
「どうして?」
かなみはそう思い、疑問を口にせずにはいられなかった。
「どうして、萌実はそこまで……?」
魔法少女の仲間になることを拒むのか。
社長をそこまで憎んでいるのか。
「その答えは自分で探し出しなさい」
あるみはかなみの頭を撫でて答える。
「自分で?」
「あの娘が言ったでしょ。私はあなた達のこと信じてるから」
「………………」
背中を押してくれている。
頼もしくて暖かい言葉で後押しして、力をくれる。
だけど、この力を向ける先がどこかわからないから少し不安だ。
「達?」
しかし、一つだけ引っかかることがあった。
「かなみちゃんだけじゃなくて、あの娘も信じてるってことよ」
「きゃあ、ヘビ!?」
水華が悲鳴を上げる。
「え、どこどこ?」
みあがキョロキョロ辺りを見回す。
「ふん!」
千歳は手を振る。するとヘビが飛び上がる。
千歳の魔法の糸がヘビを絡め捕って、釣り上げたのだ。
「おおう、都会じゃまずお目にかかれないお蛇さんね」
千歳は懐かしい友達に再会したかのように語り掛ける。
「千歳さん、こ、怖くないんですか?」
紫織は震える声で訊く。
「うーん、全然。昔山の中でよく見かけたしね」
「自然育ちの野生児だったわね、そういえば」
以前、みあは千歳が生まれ育ったド田舎の村に行ったことがあるし、その山を歩き回ったこともある。
「ちょっと山奥の村で育っただけよ。野生児っていうのはサルとか熊とかに育てられたやつのことをいうのよ」
「まるでターザンね。ツルとかみたら、あーああ! って言いそうだわ」
みあは甲高い声を上げる。紫織はクスクスと笑う。
「みあさん、ちょっと楽しそうです」
「なんであたしが!?」
「そのたーざんっていうのが何なのか是非見てみたいわね」
千歳はニヤリと笑って迫る。
「な、ななな……!」
みあは狼狽える。
「ああ、ツルが必要なのよね、はい!」
千歳は魔法糸を束ねて、ツルのようなものを作り出す。
「これでやってみてよ」
「万能すぎるわよ、その魔法!? っていうか、やらない!!」
みあは駄々をこねて、逃げるように先へ走る。
「ああ、そっちは駄目よ」
千歳は忠告するが、みあはお構いなしに走る。
「――熊がいるから」
「ギャァァァァァァァァァァッ!?」
何も知らず夢中で走っていたみあは、いきなり遭遇して悲鳴を上げる。
「そういうことは先に言いなさい!」
「ごめんごめん、みあちゃんがあまりにも急いで先に行くから注意が難しくて……」
「熊がこっちに来ます!?」
紫織は大いに慌てる。みあが大熊から逃げて、千歳や紫織達の方へこちらにやってくるのだが、当然大熊もそちらへやってくる。
「せい!」
そこを変身をすませたスイカがレイピアで一突きして倒す。
「危なかったわね」
「いつの間に変身していたのよ?」
みあは当然といった面持ちで問いかける。
「みあちゃんが悲鳴を上げたあたりね。千歳さんが何か言いたそうだったから何か危険があるかと思って」
「……別に、好きであげたわけじゃないわよ!」
みあはそっぽむく。
「……でも、助かったわ」
「みあちゃんが素直にお礼を言うなんて」
変身を解いた翠華は驚嘆する。
「な、なんでそんなに驚くのよ! ただ助かったって言っただけじゃない!」
「雨降らないかしら……?」
翠華はわざとらしく空を見上げる。
「こういうときにそういう定番いいわよ!」
「山の天気は変わりやすいしね」
千歳が茶々を入れる。
「あ、あんた達ね……!」
みあはわなわなと拳を震わせる。
「一発殴らせろおおおおッ!」
「かなみちゃん、感じない?」
しばらく歩いていると、あるみが唐突に問いかけてくる。
「感じるって何をですか?」
「何かよ」
よくわからない返しをされて、かなみは首を傾げる。
「大気中の魔力ね」
萌実がかわって答える。
「まるで霧みたいに立ち込めてるわね」
「うーん、そうなの……」
かなみは目を凝らしてみる。
普段、魔力というものは目に見えない。
それは空気みたいに周囲に溶け込んでいて見分けがつかない。
強いていうなら、強い怪人や魔法少女となったとき、高密度の魔力が発散され、湯気みたいに見えることがあるし、それがさらに極まると炎のようにメラメラとなることもある。
だが、それはあくまで怪人や魔法少女といった強く魔力を持った存在があってのものだ。
「……煙、みたい」
ゆらゆらと風に揺られながらもういている、それは間違いなく魔力のそれだった。
色は薄い白で半透明。手に触れようとしたら消えてしまいそうなぐらい弱弱しい。
ただ周囲に怪人の気配はない。自然に発生した魔力のようだった。
「触ってみたら?」
あるみはそう言う。
「いいんですか?」
「別に減るもんじゃないしね。小川で水をすくうみたいな軽い気持ちでいいわよ」
そういわれてかなみはその一筋の魔力に触れてみる。
ピクッと触れた指先が震える。
ちょっとした静電気に近く、刺激を受けたような感じだけど、それだけだ。痺れや痛みは一切無い。
「変な感じ……?」
「その感覚を大事にしなさい。大気中の魔力を感じ取ることも強くなる為のステップなんだから」
「そうなんですか?」
「そう考えてた方が強くなれるってことよ」
「いい加減ね」
萌実は陰口を叩く。
「信じる信じないはあなた次第ってね。えいッ!」
あるみはその一筋の魔力を無造作につかみ取る。
「パクッ!」
「「ええッ!?」」
そのつかんだ魔力をそのまま口に放り込む。これには、かなみと萌実は揃って驚く。
「ま、魔力って食べられるんですか!?」
「言ったでしょ、小川で水をすくうようにって」
「小川の水ってお腹壊しませんか!?」
「いや、ツッコミいれるところそこじゃないでしょ。魔力は食べ物じゃないのよ!」
「空気みたいなものよね」
「そうそう」
萌実は珍しくあるみに同意する。
「でも、お腹減ってると空気食べることありますよね」
「空気は食糧じゃないでしょ!」
「まあ、仙人はカスミを食べているっていうでしょ。かなみちゃんもその領域に入りつつあるってことね」
「んなわけあるかー!」
「なるほど、それじゃこれは仙人になるための修行ってことなんですね」
かなみも一筋の魔力を掴んで、口に入り込む。
「あんたもやるんかい!」
「もぐもぐ……」
かなみは噛み応えがまったくない魔力(それ)をしっかり咀嚼して、ゴクリと飲み込む。
「味がまったくしませんね」
本当に空気を食べたときみたいだった。
「いや、そんな感想聞いてないから」
萌実は呆れる。
「仙人ってこんなもの食べて生きてきたんですか?」
「さあ、私も会ったことがないからわからないわね。あるいはもっと密度の濃い魔力の塊をカスミとして食べてきたのかもしれないし」
「もっと密度の濃い……それってどんな感じなんですか?」
「そうね……ここが何も混ざっていない小川の天然水だとすると、カルピスの原液ぐらいかしらね」
「それ、凄く甘そうですね。どこにいけばあるんですか?」
「そうね、ヒマラヤの高山とかアマゾンの密林とかね」
「日本じゃないんですか」
「日本でもないこともないけど富士山とか屋久杉とかそういう特別な場所とかじゃないと無理ね。それでも、ここは条件が整っている方よ」
「条件ってなんですか?」
「魔力から何かが生まれる条件よ」
「何かってなんですか?」
「色々ね。土地神とか精霊とか、――怪人とかね」
「………………」
かなみはその一言で気を引き締める。
そうすることで一筋程度見えた魔力が幾筋も折り重なって、萌実が言ったように霧が立ち込めているように感じる。
「先に進むわよ。もう少しで目的地につくから」
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