第54話 同類! 少女の類は借金持ちを呼ぶ? (Aパート)

「お待たせしました。当店特製フルーツパンケーキです」

 とある喫茶店のテーブルにウエイトレスはスイーツを一皿並べる。

「どうしたんだい。お嬢ちゃんが注文したんだろ?」

「う~」

 黒服の男の小憎たらしい物言いにかなみは唸った。

「俺は甘い物好きじゃねえけど、こいつは美味そうだぜ。いらないんだったら俺が食うぜ」

「キィ!」

 かなみは睨みを利かせる。

 どうみても堅気じゃない男に向かって、威嚇行為するなんて恐れ知らずの少女だ、と傍から見ている人は思っているだろう。

 おやつ時、学生は下校を始めている時間帯でかなみがオフィスへ向かっている最中に黒服の男に呼び止められた。かなみにとって黒服の男はかつて絶望のどん底に叩き落しかけた憎い男だ。

 借金のことは株式会社魔法少女の方でもってくれた為、この男とは借金主と借金取りという間柄ではないが、それでも気持ちの面では割り切れるものではない。

 何よりもこの男の人を小馬鹿にしたような態度はいけ好かないし、何か企んでいそうで油断できない。

 そんな黒服の男に呼び止められても、無視するだけと決めていたのだが、


「そこの喫茶店で話をしようじゃねえか」

「………………」

「パンケーキが美味いって評判なんだぜ」

 ピタと足を止める。それはかなみも興味をいだいていたことだからだ。

「ちょっと話したいんだが、金なら俺が持つぜ」


 そういうわけで、かなみは評判のパンケーキを奢ってもらえるということでのこのこついてきたわけだ。

(だって、仕方ないじゃない……)

 などと心の声で言い訳する。

 現在金欠で朝食は食べられず、昼食も購買のパン一枚しか食べておらず、奢りとあってはたとえ黒服の男からでも抗えない。

「本当に話だけ?」

「ああ」

「あとで代金を払えって言わない?」

「言わない」

「やくざなんて信用出来ないわね」

「おいおい、ここまで来て信用出来ないってのは無しだぜ。もう頼んで来ちまったんだから」

「……話ってなに?」

「ちょっとした世間話だって。お嬢ちゃん、最近調子どうよ?」

「別に。毎日学校と仕事で大変よ」

 かなみは投げやり気味に答えて、我慢できずにパンケーキを一口食べる。

 イチゴの甘酸っぱさとパンケーキのふわりとした食感が合わさって、評判通りおいしい。

「借金の方はどうなんだ?」

「ちゃんと返してるわよ。

でもね、いくら返しても返しても減らないのよ! っていうか、いつの間にか増えてることもあるし!」

 答えながらパンケーキを二口、三口と食べていく。

「ハハ、そいつは大変だな」

「それもこれもあんたのせいじゃないの?」

「いいや、それは濡れ衣だ。俺は借りた金を取り立てに来ただけだ。まあ、返させるために手段を選ばなかったのは本当だが」

「それのどこが濡れ衣っていうのよ!?」

「まあまあ、結果オーライじゃねえか」

 まったくハイエナみたいなんだから、と何食わぬ顔をしている黒服の男へ悪態をつきながらパンケーキを食べる。

「実際お嬢ちゃんはすげえと思うぜ」

「は……?」

 いきなりの賛美に嫌味かと思った。

「学校と仕事なんて普通両立できるもんじゃねえ。俺はやくざの金貸し一辺倒やってるが、それでも大変なもんなんだぜ」

「無理矢理両立させてるのよ」

「無理矢理でも難しいって。それもこれも借金を返すためだっていうんだから感心するぜ」

「何よ。急におだてはじめて?」

 これまでのやり取りと雰囲気から、素直に受け取れず胡散臭さだけ感じる。

「まあ、世間話するって言っただろう。ちょっとお嬢ちゃんに聞いて欲しい話があるんだ」

「ま、パンケーキの代金分くらいは……」

「へへ、お嬢ちゃんも義理ってのがわかってきたじゃねえか」

「あとでどうこういわれるのが嫌なだけよ」

「ごもっともだ」

「話って何?」

「俺は金貸しを生業にしてるからな。お嬢ちゃんみたいな借金持ちを山程見てきた」

「そういう人達から取り立てるのが仕事でしょ。そんでもって絶望の淵に叩き落とすのも含めて」

「まあその通りなんだが……そんな中で借金をまともに返そうとしているのは稀なんだよな。完済するやつはもっと少ないがな」

「何が言いたいの?」

「だからこそ返すために俺が腕を見せなくちゃならないんだ。へへ、これでも顔は売れてるんだぜ」

「ああ、自慢話ね」

「いや、世間話さ。そんな俺でも困った客がいてな、ちょいとお嬢ちゃんに会ってくれねえかと思って」

「えぇ、なんで私が?」

「なあに、他の人と借金について語り合うのもいいだろと思ってな」

「………………」

「困った奴だが、面白い奴だ。きっと嬢ちゃんとも気が合うだろうぜ」

 黒服の男はそう言って、一枚の紙を渡す。

「………………」

 かなみは言われるまま、紙に書かれた地図を見つめる。




 次の日は珍しい休日だった。

 下校しようとした時に鯖戸から急に電話が入ってきて、今日は「休んでいい」と言われた。

 突然の休日に何をしていいのかわからない。

 気づいたら、黒服の男から地図にあるアパートにまで来ていた。

『なあに、他の人と借金について語り合うのもいいだろと思ってな』

 頭の中で昨日の黒服の男の一言が頭に引っかかっていた。

「借金……借金、ね……」

 同じ借金持ちの人ってどんな心境なんだろうか。少し気になりだしてきた。

「まあ、いいんじゃないの」

 マニィはそう言っていた。

 どうせ、他にやることもないからというのも大きかった。

「ちょっとだけ、話すのもいいかなって……」

 そうして辿り着いた先にあったアパートは……

「オンボロ……」

 と思わずコメントを漏らすほどにオンボロであった。

「なんか前回もこんなアパートじゃなかったかしら……?」

「オンボロアパート巡りのパターンかもね」

「嫌よ、そんなパターン」

 何よりも自分のアパートが出発点というのが嫌だった。

「ここね」

 一階の【山吹(やまぶき)】という表札の前に立つ。


ピンポーン


 さっそくチャイムを鳴らしてみる。

「………………」

 しばらく待っても扉が開く気配は無い。

「留守?」

「ううん、多分いると思う」


ピンポーン


 もう一回鳴らしてみる。

「………………」

 やっぱり来ない。

「居留守ね」

「やけに自信があるね」

「私も借金取りがきたかもしれないって出ない時があるから」

「ああ、そうだね」

 マニィは納得する。

「居留守を使われると会えないけどどうするの?」

「そういうときはとっておきの方法があるの」

 かなみは自信満々に言って、チャイムを鳴らす。


ピンポーン


「すみませーん。隣に住んでいる結城ですけど、夕飯の煮物作りすぎちゃったんでお裾分けに来ましたけど留守ですかー?」

 大きめの声で呼びかける。

 マニィが「嘘つき……」とぼやくのが聞こえたが気にしない。


ドタドタドタ!!


 ものすごい勢いで玄関まで走ってくる足音が聞こえる。

「いますいますいます!」


ガチャン!


 あまりにも勢いよく扉が開いて、少女はやってくる。

「あ、れ……?」

 しかし、その勢いも水をかけられたかのように止まる。

「こんにちは、結城かなみです」

 かなみはニコリと笑顔で言う。




「何もありませんが」

 そう言いながら、彼女は紙コップをかなみに渡す。

「どうも。ってこれ水じゃない!」

 かなみは文句を言いながら水を口にする。

「水道水とそのあたりで拾った紙コップです」

「ぶ~!」

 かなみは口に含んだ水を吹き飛ばす。

「な、なんてもの! わたしてのませるのよ!?」

「ご、ごめんなさい……だから何もないって言ったじゃないですか!」

「何もないなら無理して出さなくていいわよ」

「はあ、そうですか……」

 かなみはこの少女、山吹沙鳴(やまぶきさな)の部屋を見回してみる。

 本当に何も無い。円形のテーブルに布団。あとは古新聞や古雑誌とゴミが少々入ったクズカゴぐらいしか見当たらない。台所の方に一応冷蔵庫はあるが客に水道水を出すぐらいなんだから、おそらく空だろう。

「ずいぶん、苦労してるのね」

「えへへ、そうなんですよ。借金がきつくてですね~今日は何も食べてないんですよ」


グウ~


 腹の虫が鳴る。

「……え?」

「これ、私の」

 かなみは赤面する。今日は何も食べてないのはかなみも同じであった。

「お仲間ですね! いやあ、会えて嬉しいです!」

「仲間っていうのかしら、こういうの……?」

「仲間意識を感じたらその瞬間に仲間ですよ! なんだか初めて会った気がしません! えっとなんて名前でしたっけ? かねのなるきさん?」

「結城かなみよ! どう聞き間違えたらそうなるのよ!?」

「すみません。どうにも人の名前を覚えるのが苦手なものでして。

私、山吹沙鳴といいます。どうかよろしくお願いします」

「結城かなみよ。今度は間違えて覚えないようにね」

「結城かなみ、ですね。覚えました。それでどこなんですか?」

「え、どこって?」

「煮物ですよ。お裾分けに来たんでしょ?」

「えぇ……まだ信じてたの!?」

 かなみは呆れる。なんて素直な人だと思った。

「信じる者は救われます! ……というより、信じなくても餓死にが待っているだけ、というのが本音なのですが、アハハハハハ!!」

「わ、笑い事じゃない気がするんだけど……」

「かなみさんだってそうじゃないんですか? 今日まともに食べてないとみえますが」

「……そ、そうだけど」

「それに借金もしてるんじゃないですか?」

「う……!」

 思ったよりも見る目はあるみたいだ。

(やっぱり腹の虫が聞かれたせいね)

 まさか借金までバレるとは思わなかったが。

「……よく、私が借金あるってわかったわね」

「他人の気がしませんでしたから。でも、私より小さいのに借金持ちで苦労してるんじゃないですか?」

 山吹沙鳴はかなみよりも身体は大きく、ショートカットの髪型にリスのような目が活発的な印象を感じる。一目見て高校生ぐらいという印象だ。

「そりゃ、苦労しているわよ。昼は学校、夜は仕事なんだから」

「へえ、学校通ってるんですか! 私なんてとても学費が払えなくてやめちゃったんですよ!」

「学校やめた!?」

 かなみにとっては信じられない話であった。

「はい。テストも赤点ばかりで卒業も厳しかったですから」

「そりゃそうね」

 どうみても成績優秀な生徒には見えない。

「かなみさんは勉強の方はどうなんですか?」

「最近、下がりっぱなしよ。まともに勉強なんてできるわけないでしょ」

「そりゃそうですね、アハハハ!」

 沙鳴は心底愉快そうに笑う。

「……やっぱり、他人の気がしません。私達借金苦労仲間ですね!」

「嫌なくくりの仲間ね」

「かなみさんは正直で素直なんですね」

「あんたには負けるけどね……」

「褒められたのは久しぶりです」

「これって褒め言葉だったのかしら?」

「私はそう思いましたよ」

「前向きね」

「借金を返すために後ろなんて向いていられませんから」

「そう、ね……」

 屈託なく言い切る沙鳴にちょっとだけ凄いと思った。

「それで、いくらなんですか……?」

「え、いくらって?」

「借金額ですよ。私達、借金主にとって一番大事なことじゃないですか?」

「大事なことなの……?」

「金額によって、借金主の格が決まるってもんですからね! かなみさんはいくらなんですか?」

「沙鳴さんはいくらなの?」

「よくぞきいてくれました!」

 沙鳴はドンと胸を叩いて言う。

「私の借金はなんと、二千万です!!」

「に、二千万……?」

「フフフ、驚いて声も出ないみたいですね! さあ、かなみさんの借金はおいくらなんですか!?」

「え、えぇっと……」

 かなみは自分の借金を言ってもいいのだろうか迷った。

「恥ずかしがることはありませんよ。二千万という借金のあとでは少々インパクトは欠けますが、まあ年下なのでその点は配慮いたします! さあ、おいくらですか?」

「は、はあ……」

 一体何の配慮なのだろうか。

「さあ! かなみさん、恥ずかしがらずに発表してください!!」

「……は、はあ」

 あまりの押しの強さにかなみは折れる。

(隠すものでもないけど……恥ずかしいし、二千万のあとじゃ……)

 かなみは八本の指を立てて見せる。

「おお!! 八百万ですか!? 私ほどじゃありませんが、かなみさんも結構苦労していますね」

 かなみはブンブンと首を振る。

「え、桁が違うってことですか? それって……え、八千万ですか!?」

 さらにブンブンと首を振る。

「え、それも違うって……ど、どういうことですか!?」

 かなみはため息をつく。観念して、本当の金額を言うことにした。

「……八億」

「………………」

 沙鳴は絶句した。

「………………」

 そして、石になったかのように固まる。

「あ、あの……」

 恐る恐るかなみは声をかけてみた。

「ハハァッ!?」

 それがきっかけになったのか、突如沙鳴は土下座する。

「えぇッ!?」

「これはしらぬこととはいえ、とんだ失礼を!!」

「ど、どういうこと!?」

「あなた様がそれだけの借金をお持ちとはつゆ知らず、尊大な態度をとってしまいお恥ずかしい限りです!」

「い、いきなり態度かわってどうしたの!?」

「金額によって借金主の格が決まると言ったではありませんか!?」

「それ、冗談じゃなかったの!?」

「かなみさん! いえ、かなみ様! あなた様はわたしなどでは及びもつかない借金の高みにおられる御方! 気安く接してしまい申し訳ありません」

「いやいやいやいや、高みなんてそんな大げさなものじゃないわ! っていうかむしろ下へ落ちているんだから!」

「むしろ下に突き抜けて天井ですよ!!」

「意味わかんなーい!」

 異様にテンションの高さにかなみは戸惑うばかりであった。

「いやー今日はなんだかいいことがありそうな気がしますね!」

「そ、そうかしら?」

 むしろ、これが良くないことが起こる前触れなんじゃないかとさえ思えてしまう。

「そうです! こういうときこそ大きく張るときですね!!」

「張る?」

「えぇっと、電話電話!」

 そう言って、沙鳴は時代がかった黒電話を取り出す。

(うちの部長と気が合いそうね)

 などと、かなみは思った。

 グイグイと勢いよく沙鳴はダイヤルを回す。

「どこにかけるの?」

「いいところです。もしもし?」

 沙鳴は受話器を取る。

「はい、山吹沙鳴です。はい、土曜の第三レースを四番と七番の単勝に一万。第四レースに六番、八番、十一番の三連複で五万。それでお願いします」


ガチャン


 流れるような動作で何かの手続きが完了したようだ。

「今、何してたの?」

「馬券ですよ」

「ば、けん……? それって、もしかして競馬?」

「もしかしなくても競馬ですよ」

 即ち賭博であった。

「………………」

 今度はかなみが絶句する番になった。

「ということは……今、一万と五万賭けたって言ったの?」

「はい、言いましたよ」

「……なんで!?」

 かなみにとって賭博にはいい想い出が無い。以前に大負けしたことがあるからだ。

「だって、そうしないと借金返せないじゃないですか」

「いやいやいや! 借金返すどころか増えるわよ!」

「当たれば返せますよ」

「当たらないから言ってるの!」

「当たればいいんじゃないですか」

「そんなに言うんだったら自信あるのね? 馬のこと詳しいのね」

「いいえ、全然詳しくありません」

「……え?」

「直感で選びました」

 沙鳴は堂々と言う。

「なにかんがえてんのおおおおおおおおッ!!」

 かなみは思わず絶叫する。

「……っていうか、何も考えてないのよね。直感って言うからには」

「いえいえ、ちゃんと考えてますよ。これに当たったら借金返せるなあって」

「それは取らぬ狸の皮算用っていうのよ。当たる保障なんてないでしょ」

「まあまあ、このオッズを見てくださいよ」

 沙鳴はそう言って、古新聞の一枚を手にとって、かなみに見せる。

「今買ったのが単勝と三連複です」

「それで?」

「ですから、オッズを見てくださいってば」

「えぇっと単勝は一.二倍……」

「それは一番人気。本命ですね」

「五倍……十倍……ひゃ、百倍!?」

「どうですか? 穴馬って奴ですよ、これが当たれば一万が百万に化けるってことですよ、凄いでしょ!?」

「お、驚いたわ……でも、そんなに簡単に当たらないんじゃないの」

「うーん、まあ、そうですね。勝てそうにない馬ってわけですからこれだけのオッズがつくわけですし」

「やっぱり簡単にいかないじゃないの。第一あんたが買ったのってこのレースじゃないでしょ」

「ええ、まあ、そうですね。でも当たれば何倍にもなりますよ。前にそれで百円が百万円になったこともありますし」

「ひゃ、百万!?」

 かなみにとって何ヶ月分の生活費になるだろうか。ともかくそれだけあれば餓死にすることはないと思えるような金額であった。

「夢ありますよね。特に今日はかなみ様と素敵な出会いを果たしたんですから絶対に当たりますって!」

「わ、私はそんな福の神じゃないわよ!」

 むしろ貧乏神ね、と、みあが言ってきそうな気がする。

「大丈夫ですよ! なんていってもかなみ様は借金女王ですから!」

「しゃ、借金女王?」

 なんともひどい二つ名だと思った。

「はい! 八億といったらもう女王といってもいい格ですよ」

「は、はは……でも、それにしても、女王はさすがに大げさよ」

「でしたら、借金姫というのはどうでしょうか? 可愛らしいかなみ様にぴったりかと思います」

「か、可愛らしい……」

 借金姫のことよりもそう言われたことの方に頭がいってしまった。

「決まりですね。借金姫かなみ様!」

「え……?」

 気づいたときには、沙鳴はもう乗り気であった。

「ま、また、変な称号つけられた……」

「今日は本当に良い日です。こういう日はパァーと行きたいところなんです!」

「あはははは、無理しなくてもいいわよ。お金ないんでしょ?」

「そりゃないですよ、さすがかなみ様、同じ借金主の財布事情はよく御存知で」

「まあ、お金が無いから借金してるわけだし、

……お金があったら借金に回してるしね」

「真理ですね」

「そんな大げさなものじゃないわよ」

 かなみはそんなことを言いながら窓の外を見てみる。

「日も暮れてきたし、私はこれで」

「えぇ、もっとゆっくりしていってください。何もないところですが」

「そろそろ夕飯の支度しないといけないのよ」

「ああ、それは大事ですね」

 かなみは立ち上がる。

「また来てくださいね。今度はお茶ぐらい用意しておきますから!」

「無理しなくていいわよ」

 そう言って、かなみは部屋を出た。

「……どう思う?」

 すぐにマニィが訊いてくる。

「うーん、ちょっと変わってるけど悪い人じゃないみたいよ」

「無難なコメントだね」

「ほ、ほっといてよ……」

「それにしても、借金姫か……ラビィのいい動画ネタができたね」

「へ、へんなネタ追加しないでよ」

 そうでなくても魔法少女の戦いを収めた動画はネットで色んな人が見ているのだから、魔法少女カナミの正体がバレていないとはいえ変な噂がたつのは嫌なものだ。

「でも、動画の再生数あがったら収入増えるよ」

「う……!」

 そこを突かれると痛かった。何よりも収入第一である。

「そうなると、あの子にも何かあげないとね」

「だから、変なネタ提供しないでって……」

 かなみはそう言いながら、自分に近づいてくる人の存在に気づく。

「何の用なわけ?」

「つれないな、嬢ちゃん……」

 黒服の男はニヤリと胡散臭く笑う。




「お待たせしました、オムライスです」

 ウエイトレスが出来上がったばかりで湯気沸き立つオムライスを持ってくる。

「……本当にまたそっちが持ってくれるんでしょうね?」

 かなみは念を押す。

「一食ぐらいケチくさいことしねえよ」

 一食ぐらい……それがこっちにとっては死活問題だというのに、とかなみは心の中でぼやく。

「まあいいわ。それで話って何?」

「どう思う?」

「どう思うって何が?」

「山吹沙鳴だよ。会ってきたんだろ?」

「ああ……って、なんであんたが知ってるのよ?」

「いや、たまたまお嬢ちゃんのオフィスにいったら今日は休みだっていうから、こっちに行ったかと思ってな。ビンゴだったわけだ」

「なんて都合のいい……」

 かなみにとっては災難としか言いようがなかった。

「それでどうだった? お嬢ちゃんと気が合うかと思ったんだがな」

「……別に。ちょっと変わってるけど悪い子じゃなかったわよ」

「無難なコメントだな」

 マニィと同じコメント。かなみはムッとなる。

「その様子だと気が合ったみたいだな」

「何が目的よ? 私とその沙鳴を会わせてさ」

「別に目的ってだいそれたわけじゃねえがな……あいつと借金の話したのか?」

「ええ、私も借金してるって言ったら色々話してくれたわ」

「そうか、やっぱり正解だったな」

「だから何が?」

「いや、こっちの話だ。それであいつがどうやって返そうとしてるのかも聞いたのか?」

「ええ、競馬みたいだったわ」

 クク、と黒服の男は笑う。そんなことまで話したのか、という意味が含まれている。

「真面目にコツコツと稼いで借金返してるお嬢ちゃんからしてみれば信じられない話だろ?」

「ま、まあ、ちょっとびっくりしたけど……当たればあっという間に返せるなって」

「ハハハハハハハ、お嬢ちゃんはおめでたいな!」

「な、何が?」

「――当たるわけねえだろ、そんなもん」

 いきなりドスの利いた返しに、かなみは言葉を失う。

「ま、何百回とやってたら何かの間違いで大穴が当たるかもしれねえが。そんなに甘くはねえよ」

「やっぱり、そうよね……」

「常識だ。第一そんなに簡単に当たるんだったらあいつはとっくの昔に完済してるよ」

「それもそうね。って、ちょっと待って。それじゃあの子の一万と五万は?」

「消えてなくなる。ギャンブルの摂理だろ」

「……摂理、というか無情ね……」

「ハハハ、ちげえねえ!」

 黒服の男は笑う。かなみにはそれが面白くなかった。

「うぅ……そうなると、あの娘の借金がまた増える……って、あれ?」

 と、そこまで言って違和感に気づく。

 脳裏に何もなかった沙鳴の部屋が浮かぶ。

「お嬢ちゃん、気づいたかい?」

「気づいたって何が?」

「その一万と五万はどこからひねり出したのか」

「あ……!」

 客に対して水道水を出すぐらい生活費を捻出するのに困ってる様子だった。そんな彼女にとって、一万と五万は超大金で、そう簡単に競馬で使えるようなものじゃないはず。

 にも関わらず、電話一本で賭けた。

「……実は、金庫にたっぷり貯金がある、とか?」

「甘いな。そんなお嬢ちゃんみたいに真面目にコツコツ貯金するタイプにみえたか」

「みえない……」

 かなみは即答した。

「つまり、あいつは金が無いのに博打を打ったってわけだ」

「そんなことできるの?」

「普通の競馬場じゃ無理だな」

「ということは普通の競馬じゃないってことね」

「ノミ屋ってやつだ」

「ノミ屋? 酒でも飲むの?」

「ハハハ、お嬢ちゃんは純粋だねえ!」

 おちょくられてムッとする。

「ノミ屋っていうのは簡単に言えば俺達みたいなヤクザが運営している競馬だよ」

「はぁ、あんた達って競馬場やってるの!?」

「ま、色々と事情があってな。そいつが俺達の収入源のひとつなんだ」

「競馬している人達のお金を吸い上げているわけね」

「人聞きが悪いな。ちゃんと当たった時は支払ってるぜ。大半の奴は負けてこっちの懐は潤うがな」

「きったなーい」

「そういう純粋なところ、嫌いじゃないぜ。だが、世の中にはそういうことをして食っていってる奴もいるんだ。あいつだってそうだ。普通の競馬場じゃ金が無いからって門前払いだがよ。ノミ屋はそういう事もできるんだ、金貸しとセットってわけだ」

「そういうことね! それで競馬から負けた人に借金を作らせて取り立てる! だからセットなわけね!」

「物分りがはやいな。つまりそういうわけだ。山吹沙鳴はそうやっていろんなノミ屋を渡り歩いて借金を積み重ねていっちまったわけだ。はじめは親から押し付けられた数百万だけだったはずなのにな」

「親から押し付けられた……?」

「ああ、そこまでは話していなかったんだな。そういうわけで、借金の経緯まで似てるってわけだ。だから気が合ったのかもな」

「………………」

 かなみが思い返してみる。

 確かに同じ借金持ちで、話は合った。いい友達になれると思った。でも、気が合ったのは同じ借金持ちというだけじゃない気がする。

「だから、お嬢ちゃんにはあいつを救えるかもなって思ったんだ」

「救う? どういうことよ?」

「あいつはもう崖っぷちだってことだ」

 黒服の男に、かなみはオムライスを食べる手を止める。

「高校中退の女子が無担保でそう何度も何百万も借りられるわけじゃねえ。あいつの借金は負けと金利で二千万に膨れ上がってる」

「……そこまで、わかってるのね」

「金貸しだからな、それぐらい調べてとかねえと商売にならねえんだよ。だが、それも限界だ」

「限界……」

「これ以上、負けたら売り飛ばすってわけだ」

「売り飛ばす……私みたいに?」

 かなみは睨みつける。

「ハハハ、そう睨みなよ。俺は現実を言ってるだけだ」

「売り飛ばしてどうするつもりなの?」

「さあ、そこまではお嬢ちゃんの想像に任せるぜ」

 どうせろくでもないことだと思った。

「私にどうしろっていうのよ?」

「別に。ただお嬢ちゃんならなんとかできそうな気がしてな」

「私と沙鳴じゃ事情が違いすぎるわ」

 かなみは立ち上がる。

「自分の借金もどうにもならないのに、他人の借金をどうにかできるわけないでしょ」

 そう言って、かなみは支払いを黒服の男に任せて店を出た。

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