第51話 饗宴! 夜を彩る少女と怪人のオリエンテーリング (Cパート)

 コソコソ、と声が聞こえてきそうなほどの忍び足で音もなくシオリは忍び足でD地点へ近づく。

(ここまで運良く怪人と遭遇せずに来ましたけど、このまま運良く遭遇しないといいんですが)

  D地点は廃ビルになっており、建物の中に入った途端、ネームプレートの光が灯る。

「こ、これで一ポイント獲得、ということでしょうか?」

「そうみたいね。ついでに閉じ込められたみたいね」

「え!?」

 アリィの一言に、シオリは思わず大きめの声を上げる。


ドゴオオオオオオオオオオオオン!!!


 しかし、その声は直後に轟いた轟音によって?き消える。

 廃ビルの中ではポイント目当てに集まった怪人達が所狭しと戦っている。

 自慢の怪力や魔法を駆使しての戦いが始まっている。まさに戦争といった具合だ。

「な、なんで……」

 いきなりこんな激しい戦いが目の前で繰り広げられてしまったのか。


グシャア!?


 殴れたり、撃たれたり、斬られたりした怪人の血や肉が目の前に飛び散る。

「ヒィ!」

 小さく悲鳴を上げてしまう。

 見る限り、たった今始めたばかりではないように見える。

 自分がビルに入った途端、いきなり大量の怪人が戦いを始めるとは到底思えない。

 でも、ビルに入るまで戦いの音や雰囲気は一切感じられなかった。

「グワアッ!」

「ゴルゥッ!」

 叫び声まで鼓膜を突き破らんばかりに張り上げている。こんな爆音が外にまで響かなかったとも考えられない。

「考えるのは後よ、早く逃げるのよ。三十六計逃げるに如かず!」

「は、はい!」

 シオリはアリィに言われるまま、入り口へ回れ右して出ようとする。

 ここにいる怪人達を倒して、ポイントを得る。そういった考えも無いわけではないが、そこまでの度胸は無かったので逃げることにした。


ゴツン!


 と、入り口からもう一歩外へ踏み込もうとしたところで、壁にぶつかったように弾きとばされる。

「いたッ!?」

 シオリは前のめりに思いっきり頭をぶつけたので、頭をおさえる。

「壁ね、来る者拒まず、出るものを許さずといったところかしら?」

「ど、どういうことですか?」

「つまり、入る時は何でも無いんだけど出る時は壁に変わる魔法の壁ね、しかも透明だからぶつかってみるまでわからないっていう厄介な代物ね」

「そ、そんな……それじゃあ、閉じ込められたってことじゃないですか?」

「そうね、困ったものね」

 つまり、暴れまくる怪人達の檻に閉じ込められた。


ギロリ


 そこへ、ゴツンと壁にぶつかった音が耳に入った怪人達が一斉にシオリへ殺気に満ちた視線を集中させる。

「魔法少女だ」

「あいつやれば五ポイントだろ」

「こんなところでチマチマやる必要もなくなるってもんだぜ」

 物騒な事を口々に言ってくる。

 気弱なシオリはそれだけで全身がガタガタ震えてくる。

「あ、あの……み、見逃してもらえませんか?」

 思わずそう申し出ると、怪人達は大笑いする。


ハハハハハハハハハハハハ!!


「見逃す? 見逃すってなんだ!?」

「この大チャンスか!? それは大馬鹿のすることだぜ!!」

「弱っちそうなお前を倒すだけで十二席入りだぜ! こんなおいしい話があるかってんだよ!?」

 シオリは泣きたくなってくる。

 この怪人達は、完全に自分を獲物と見定めており、見逃す気なんて毛頭ない。

 まるで人間扱いさせてもらえない。それも当然だ。彼等は悪の怪人であり、人間に対してかけるべき情けや良心なんて一切ないのだから。

 自分の置かれている絶対絶命の状況を改めて認識させられる。

「わ、私に勝っても十二席に入れると限りませんよ」

 精一杯の反論をしてみせた。

 すると、視線に含まれている殺気がより一層強くなったような気がする。

 「ヒィ……」と小さく悲鳴を漏らし、一歩退いてしまう。

「あぁ!? そんなわけあるかよ!」

「そういうことは倒されてから言うものだぜ!」

「言うものなのか、まあいい! どっちみちお前は俺がこの牙で斬り裂いてやるぜ」

「いいや、俺が!」

「俺が!」

「私が!」

 次から次へと怪人が名乗りを上げる。

「……アリィ、どうやったら逃げられますか?」

 シオリはもう泣き出す寸前であった。これだけの窮地にたった一人じゃどうしようもない。

 誰か助けてください。そう弱音を吐かずにはいられない心境であった。

「そうね、まずは出口をみつけないと……」

 アリィもかなり弱った様子であった。

「出口……」

 ふとシオリの目には怪人達の奥にある窓が見える。


――なんとかして、あそこから逃げ出せれば!


「ええい、早いものがちだ!」

「俺が! 俺が!」

「いいや、俺がぁぁぁぁぁッ!!」

 一人の怪人が絶叫しながら突撃してくる。

「わ、きゃあッ!?」

 シオリは反射的にマジカルバットを出現させ、撃ち返す。

「グワッ!?」

 怪人にジャストミートし、転がっていく。

「こいつ、たてつきやがった!」

「魔法少女のくせに!」

「五ポイント!」

「ちくしょうめ! 意外に手強いじゃねえか!」

 怪人達は歯ぎしりを上げたり、戸惑いの声を上げたり、様々な反応を示す。

「チャンスよ! 奴等、思わぬ反撃に戸惑ってるわ!!」

「え? え……?」

「鈍いわね! あそこに一気に飛び込みなさい!」

 そこまで言われてシオリはあの窓へ逃げ込めと言っていることに気づく。

「は、はい!」

 シオリは全速力で怪人達の隙間を縫って、出口の窓へ駆け抜ける。

「飛びなさい!」

「はい!」

 一気にヘッドスライディングする勢いで飛び込む。


ゴツン!!


 しかし、結果は入り口の時と同じでしかなかった。

 見えない窓ガラス、しかも強化ガラス並に固いところへ顔面を強打し、倒れ込む。

「あいたたた……」

「まさか、こっちにも透明の壁があるなんて思わなかったわ」

「それじゃ、どうしたらいいんでしょうか?」

「そんなの決まってるじゃない?」

「どうするんですか?」

 シオリはすがるようにアリィに訊く。

「逃げるのよ、上へ」

 アリィは上へ続く階段を目で指す。

「え……?」

 理解が追いつき、即座に階段を駆け上がる。

「待てぇぇぇぇッ!!」

「逃がすかぁぁぁぁッ!!」

 怪人達が猛牛のように追い立ててくる。

 二階、三階、四階とどんどん上がっていくが、怪人達の勢いは一切衰えることはない。

「ハァハァ……!」

 シオリは一気に走ったせいで息が切れていく。

「走りなさい! 追いつかれたら最後よ!」

 アリィの激のおかげで、シオリはムチを打たれたように走り出す。

 五階、六階と上がったところで、ある考えが脳裏をよぎる。

「ここから別のビルに飛び移れませんか?」

「無理でしょうね……多分、このビルの窓という窓が透明の壁になる魔法がかけられているわ」

「それだったらこのまま逃げても!」

 弱音を吐きそうになる。

『大丈夫よ』

「!?」

 どこからともなく声がする。

「チトセさん、来てくれたんですか?」

『いえ、まだそっちに向かってるところよ。あと三分ぐらいはかかるわね』

「さ、三分……?」

 それはシオリにとってとてつもなく長い時間に感じられた。

「グズグズしないで! とにかく今は屋上」

「屋上?」

 そこに何があるのかわからないが、アリィが言うのであれば目指そう。その想いのもと、シオリは階段を駆け上がる。

「逃げ切れると思うなぁぁぁぁッ!」

「どこまでも追いかけていってやるぅぅぅぅッ!」

 地鳴りのような足音と叫びに耳を塞ぎながら。

 この廃ビルは十階建てのようで、十階に辿り着いたところで、屋上へ開いた扉が目に入る。

「あそこに飛び込みなさい!」

「で、でも!」

 屋上といえど外。二度も外へ出ようとして、頭を思いきりぶつけたのだ。また痛い想いをするんじゃないかとためらってしまう。

「ためらってたらやられるわよ!」

「は、はい!」

「壁があるなら突破してみなさい! って、あるみなら言うわね」

 ああ、言いそうですね。と、シオリは思った。

「突破してみます。マジカルバット! フェンス直撃のエンタイトルツーベースッ!!

 透明の壁を突き破らんばかりにバットを突き出す。


フルン!?


「あ、あれ?」

 だが、バットは空を切ってその勢いのままに屋上を転がりまわる。

「あた、あたたたたた!?」

「何やってるの!?」

「だ、だって、アリィが突破しなさいって言いますから」

「まあ、臆病精神に火がついたんだからよかったじゃない」

 酷い言い様です、と、シオリは理不尽な物言いをする相方に対して泣きたくなってきた。

「ぼやってしてる場合じゃないわ! 敵もすぐに上がってくるんだから!」

「……は!」


ドンドンズドン!!


 轟音が響かせ、屋上へ上がってくる。

「おお、外だ!?」

「屋上なら出られたのか!?」

「こいつはとんだ収穫だぜ!」

「そいで、魔法少女はどこだ!?」

「あっちだ!」

 一人の怪人が指差す。

 シオリへ燃え滾った視線が注がれる。

「ハァハァ!」

「ようやく追い詰めたぜ!」

 階段を一気に上がったせいで、息遣いが荒い。

 そのせいでとてつもなく危険な雰囲気をはらんでいるような気がする。

「ち、チトセさん……まだですか?」

『あと一分よ、それまで持ち堪えて!』

「ま、まだ一分も……?」

 シオリは後ろへ一歩ずつ下がりながら、襲ってきませんように、と祈る。

「グオオオォォォォォォォッ!」

 一人の怪人が一目散に飛び込んできたことでその祈りは儚く裏切られることになる。

「キャァァァァァッ! 殺人ピッチャー返し!!」

 シオリは飛んできた怪人を怪人達の集団へと撃ち返すようにジャストミートさせる。

「グワオッッ!?」

 怪人は断末魔を上げて、身体はバラバラになり、飛び散る。


ピカッ


 その時、シオリのネームプレートに二つ目の光が灯る。

「あ……」

「これで二ポイントね! いっそのことあと三ポイントいただきましょうか!?」

「む、無理ですよ」

 シオリはなおも後ずさる。少しでも距離をとって、時間を稼ぎたい想いから来る行動だ。

「くそ、まさか返り討ちに合うなんて!」

「見ろよ、あいつの胸! もう二ポイントだぜ!」

「つまり俺達の中で三人やられたら、もうジエンドってわけか!」

「こいつは慎重になる必要があるかもな……」

 怪人達が少々弱腰になっているのを感じる。

 このままあと一分だけ襲いかかるのを躊躇してくれればいいのだが。

「んなもんいるかぁぁぁぁッ! お前らがいかないんなら、俺がいくぜぇぇぇぇぇぇッ!」

 血気にはやる豹の顔と熊の身体を持つ怪人が、その自慢の脚力でシオリへと一気に飛びかかる。

「いやぁ!」

 シオリは同じように、マジカルバットで撃ち返そうとする。


ブン!!


 しかし、そのスイングは怪人を捉えることはなかった。

「空振りだぜぇぇぇッ!」

 怪人は素早い方向転換で、シオリの正面から横に回り込む。


カキン


 しかし、バットのスイングの風圧にあてられて、床のタイルが抜けて怪人の頭に飛び込む。

「アデ!?」

 タイルに当たること自体は大したことなかったが、怪人のスピードが相当なものだったため、その衝撃で吹っ飛ぶ。

「ふぁ、ファールチップです……」

「くそ、ジャガグマがやられた!?」

「あんのやろう、これで三ポイントかよ!」

「え……?」

 シオリは胸のネームプレートを確認してみる。


ピカッ


 三つ目の光が灯っていた。

「え、えぇ!?」

 あんな攻撃で倒せるなんて思っていないことだけにシオリも驚かされた。

「ちくしょう、よくも!」

「こうなったらカラカランとジャガグマの仇討ちだ!!」

「よおし、こうなったら俺がやってやる!」

 筋肉隆々に丸メガネをつけたアンバランスな偉丈夫が名乗りを上げる。

「おお、ガリマッチョ!」

「どこがガリなのですか!?」

 シオリは思わずツッコミを入れる。

「はあ、どう見てもガリ勉だろが!?」

「メガネつけてるし」

「も、もしかして……メガネイコールガリ勉なんですか!?」

 あまりにもアナログなイメージでひどすぎると、シオリは文句を言う。

「どっちかっていうと、脳筋って言ったほうが……」

 ボソリと呟く。怪人は聞き入れてくれるはずがない。

「よっしゃ、このガリマッチョ様に任せろやァァァッ!!」

 謎の勢いのついたガリマッチョがシオリに襲いかかる。

「さ、サヨナラホームランです!!」

 シオリは無我夢中にバットを振り、打ち返そうとする。


ガシッ!


 しかし、ガリマッチョは溢れる筋肉でそれを受け止める。

「残念だったな、アウトだ」

「う、うぅッ!?」

「ついでに、ノックアウトだ!」

 腕力に物を言わせたパンチで、殴り飛ばされる。

「あ、あぐぅ……」

 シオリは痛みを抑えて、立ち上がる。

「ヒヒヒ、まだ立ち上がるかよ。意外と根性あるじゃねえか」

 ガリマッチョは不気味な笑い声を上げてくる。

「……根性なんてありません」

 シオリは見返す。

 筋肉隆々のガリマッチョを見ていると、何故か思い出してしまう。

 あのパーティの会場で、十二席の壊ゼルと対面したことを。


――一つ訊いていいか?

――他の魔法少女も君みたいに弱くて脆いものなのか?


 あの時は蛇に睨まれた蛙みたいだった。

 でも、ちょっとだけ睨み返してやった。

 今そこに立っている筋肉隆々の怪人ガリマッチョは、影だけはちょっと似ている。でも、そこから発せられる威圧感や存在感ははっきり言って雲泥の差だ。

 あれに比べたら、ガリマッチョなんて全然怖くない。

「でも、あなたには負けません。」

「ヒヒヒ、そうかよ。だったら負けろよ!」

 ガリマッチョはすぐに襲いかかろうとする。

「――ガッ!?」

 そこで、動きが止まる。

「間に合ったわね!」

「チトセさん!」

 空からチトセが屋上へ降りてくる。

「助かりました……もうダメかと思ったわ」

「これだけの数だとシオリちゃんは厳しいと思ってね。まあ、ここは任せなさい!」

 チトセの発言がこの上なく頼もしく聞こえる。

「なんで、身体が動かねえんだ……!?」

 ガリマッチョはミシミシと音を立てるだけで一歩も動くことができない。

「筋肉の千切れる音ね。珍しいもの聞かせてもらったわ」


ヒュンッ!


 次の瞬間、ガリマッチョはバラバラになった。

「ガリマッチョがやられた!?」

「あ、あいつがたった一撃で!?」

「なんて、恐ろしい魔法少女だ!」

 取り囲んでいた怪人達がたじろぐ。

「この中では相当強い怪人だったみたいね。臆病者の怪人ばかりで助かるわ。さ、逃げましょうかシオリちゃん」

「は、はい!」

 シオリは迷わずチトセの手を取る。すると、身体があっという間に宙へ浮き、夜空へと舞い上がる。

「し、しまった!」

「逃がすかよ!」

「追え追え!!」

 怪人達は叫びを上げ、シオリ達を追いかける。

「助かりました。って、飛んでますよね?」

「そうそう。雲に糸を引っ掛けてるのよ。この間、ミアちゃんに教えたんだけどシオリちゃんもどう?」

「い、いいえ、無理ですよ」

「無理って決めつけるのもよくないわ」

「バットじゃできませんよ」

「ああ、それはできないかもね」

「決めつけられました」

「まあまあ、出来るように考えておくことも大事よ」

 これでチトセは案外前向きであった。

「それで、他の人達は大丈夫なのでしょうか?」

「把握はしてるわよ。シオリちゃんが一番危なかったから駆けつけたのよ」

「ミアさんやカナミさんは凄い人ですから」

「それでも、こういう状況だと危ないわね。助けに行くか、安全を確保するか……悩ましいわね」

 そんなことを言いながら、チトセはシオリの方を見る。

「どうする、シオリちゃん?」

「ど、どうするって……?」

「シオリちゃんの考えを聞いてるの? シオリちゃんはどうする?」

「わ、私の考え……」

 シオリは考え込む。


バァァァァァァァァァァァン!!


 遠くの方の地上で花火のような轟音が響く。

「あれは……」

「かなみちゃんの神殺砲ね。苦戦しているみたいだけど」

「た、助けに行かなくていいんでしょうか?」

「それは、シオリちゃんが助けに行きたいってことでいいかしら?」

「え……?」

「シオリちゃんの判断に任せるってことよ。それで、どうする?」

「どうするって……」

 シオリは一瞬もう一度音のした方を見る。

「助けに、行きたいです……」

 自然とそう口にしていた。

 チトセはニコリと微笑む。

「よし、それじゃあ、助けに行くわよ!」

 魔法糸で雲を掴んで、とんでいく。

 上空から吊るされたかたちになっており、さながら特大のブランコのようでチトセに必死にしがみついているシオリからすると、それはジェットコースターに揺られているのと同じ状態であった。




「ハァハァ……」

 神殺砲を連発させたカナミはすっかり息を切らしていた。

「今ので仕留められればいいんだけど」

 マニィがそういう時は決まって嫌なことが起きる前触れであった。

「フフフ……」

 そのお約束に応えるかのように怪人達は爆煙の中から姿を現す。

「魔法少女の攻撃なんぞ、このウデタテ様には通用しないってわけだ」

 両手が大きな銀色の盾となっているイノシシの頭をした怪人が得意げに言ってくる。

「あいつが今の一撃を受け止めたみたいだね」

「そんなの言われなくてもわかってるわよ」

「あの盾は厄介だけど……盾なんだからそれ以上の攻撃をしたら破れる!」

「よし、弱気になってないね。だけど、敵がその攻撃を許してくれるとは思えない」

 マニィの声に応えるかのように怪人が左右から襲いかかってくる。

「このビートルビーの一突きを受けろ!」

「いいや、俺のアックスで仕留めてやる!」

 カナミは慌てて後退する。

「そんな痛いのごめんよ!」

 カナミは魔法弾を撃ち、応戦する。

「きくかよ!」

 ウデタテが前に出て魔法弾をその自慢の腕で受け止める。

「フフフ、豆鉄砲もいいとこだぜ」

「毎度言われてるね」

「うるさい!」

 マニィの余計な一言に、カナミは癇癪を起こす。

「最大出力で撃つ時間を稼げれば……」

 休む間もなく、ウデタテの陰に隠れた怪人達が襲いかかってくる。

 蜂の針を持ったカブトムシの怪人ビートルビー、ヒグマのような怪人のアックス、他にも腕に覚えのある怪人が我先にとカナミへと疾走する。

 ターゲットにされるカナミはたまったものではない。

「ああもう!」

 カナミは全力で駆け出して、怪人達の襲撃を振り切ろうとする。

「待てぇぇぇぇッ!」

「逃がすかぁぁぁぁッ!!」

 この戦いに出世がかかっている怪人達は必死に追いかける。

 胸のネームプレートに灯った二つの光が目印となってしまい、怪人達は決して見失うことはない。


――いっそのこと、残り二人倒せば諦めてくれるかも!


 そう思って放った神殺砲は防がれてしまった。

「さすがにあの十二席が開いたパーティに呼ばれただけのことはあるね」

「感心してる場合じゃないでしょ! こんな時にスイカさんやミアちゃんだったら」

 もっとスマートに解決できるんじゃないかと思ってしまう。

「私に任せれば無事解決よ!」

 頭上から力強い一言が降ってくる。

「ぐわ!」

 カナミへ襲いかかろとした怪人達の動きが止まる。

「チトセさん!」

「た、助けにきました」

「シオリちゃんも!」

 頼もしい援軍であった。

「魔法少女が三人!?」

「くそ、グズグズしているから!」

「にしても、なんで動けねえんだ!」

 チトセが魔法糸で拘束しているおかげで怪人達は動けない。

 しかし、糸はギシギシと音を立てて、逆にチトセの身体が引っ張られかける。

「とと、こいつらシオリちゃん達のところにいた怪人よりも手強いわね。あんまり長い時間かけられないけど、カナミちゃん、どうする?」

「決まってます!」

 カナミは即答し、ステッキへ魔力を充填させる。

「あの盾だけは倒します!」

「了解! あと五秒は動きを止めておくわ!」

「はい、お願いします!」

 カナミは元気良く答えて、充填を済ませようとする。

「一、ニの三で解放するわ! 三で発射してね!」

「はい!」

 そう言っているチトセの指はギシギシと今にも切れそうで、シオリは不安に駆られる。

「チトセ、大丈夫ですか?」

「大丈夫よ! 行くわよ、一!」

「ニ」

 テンポ良くカナミはその調子に合わせてカウントを取る。

「の三!!」

「ボーナスキャノン・アディション!!」

 怪人達の解放と同時に、カナミは神殺砲を最大出力で発射した。

「こんなもので!!」

 ウデタテは即座に盾を模した腕を前に出して防ごうとする。


ガガガガガ!!


 盾が大砲を受け止める。だが、そのあまりの大出力の前に威力を殺しきれず、後ずさっていく。

「くそ! くそ! くそおおおお!」

 ウデタテは歯を食いしばり、必死に足を踏ん張らせるが、それでも圧倒的な魔力の前に

徐々に盾はひび割れ、悲鳴をあげるかのように軋みあげる。

「くそ、俺の盾があああああッ!!」

 最後には精一杯の断末魔を上げて爆散する。

「ハァハァ……」

「おつかれ、これで三ポイントだね」

 カナミは自分のネームプレートを確認する。三つ目の光が灯っている。

「そう、これであと二ポイントね」

「うんうん、カナミちゃんもシオリちゃんもいい調子じゃない」

 そう言われて、カナミはシオリのネームプレートを見る。

「あ、シオリちゃんも三ポイントなのね」

「え、はい……」

「凄いわ! 私も三だからあと四倒せばもう襲われなくてすむわね!」

「四ね、厄介な盾を倒したんだからすぐに稼げるわよ」

 怪人達の方を見やると、ウデタテをやられたことで動揺が走っている。

「ウ、ウデタテがやられるとは……!」

「次にまたあんな魔法が来たら、お、俺達だって……!?」

「出世より生命が大事かもな、ははは」

「んなわけあるか!」

 そんな弱腰な意見も出てくる中、アックスを持ったヒグマのような怪人が前に出る。

「十二席の座は生命が百あったて掴めるかどうかのチャンスなんだぜ!」

 アックスを振るう。すると強風が巻き起こる。

「血気盛んね。カナミちゃん、もう一度やるわよ!」

「はい!」

 二人は掛け声を上げて、チトセは即座にヒグマを糸で巻き上げる。

「グウ! 負けるかあああああッ!!」

 ヒグマは必死の雄叫びを上げ、力づくで糸を断ち切る。

「うわ、凄い気迫ね」

 チトセが感心していると、ヒグマの頭上にシオリが飛んでいったのを見る。

「ヘッドスライディング打ちです!」

 大きく振りかぶったバットが思いっきりヒグマの頭に打ち下ろされる。

「グワアッ!?」

 ヒグマは仰け反り、アックスを地面に突き立てる。

「くそ、いてえじゃねえか!」

「し、仕留められませんでした」

「でも、今の一撃はかなり抜け目無かったわね」

「シオリちゃん、抜け駆けはずるいわよ!」

「ご、ごめんなさい!」

「抜け駆けはされる方が悪いんだよ」

 マニィがそう言うと、カナミは顔をひきつらせる。

「それもそうだけど……シオリちゃんに先に五ポイント取られるかもって思うと、つい……」

 漏れ出たカナミの本音に、さすがのマニィも少し呆れる。

「おい、みたか? あのヒグマの気迫」

「俺達も負けてられねえな!」

「ああ、ここで退いたら怪人の名折れだ!」

「やるぞ! 俺だって十二席にはいりてえんだ!」

 怪人達に活気が戻り、勢いづいてくる。

「まずいわね、活気づいてきたわね。怖じ気づいてくれたほうがやりやすかったのに」

「わ、私のせいでしょうか?」

 ヒグマを仕留められなかったからこうなったのでは、とシオリは思えてならなかった。

「シオリちゃんが悪いんじゃないわ」

 カナミはそうじゃないと促す。

「で、でも……」

「なんとかすることを考えるべきよ。あと四人倒せばいいんだから」

「はい。あ、でも、チトセさんの分もあるんじゃないのですか?」

「あ……」

 カナミはチトセの分にまで気が回っていなかった。

「私の分、忘れていたんじゃなくて?」

 チトセは目を細めて言ってくる。カナミは苦笑してごまかしかない。

「アハ、アハハハ、別に忘れていたんじゃなくて、チトセさんなら一人でなんとか出来るんじゃないかなって……」

「そういうの忘れてたって言うのよ。まったく、五人も倒せって無茶振りもいいところよね」

「でも、チトセさんならすぐですよ」

「――だといいんだけど」

 チトセは語気を強めて言う。それは遠回しに緊張感を持つように、というものだったが、カナミとシオリも察してステッキとバットをそれぞれ構える。

「できれば一体ずつ確実に仕留めたいけど!」

 怪人達は左右から矢継早に襲いかかってくる。

 しかも、どいつもこいつもガムシャラに突撃してくるものだからたまったものじゃない。

「えいッ!」

 シオリは反撃ざまにバットで殴りつける。

 怪人はたまらず後退するが、すぐ後ろにいた怪人が拳を繰り出してくる。

「キャッ!?」

「こんの!」

 カナミは魔法弾を連射して、怪人達を下がらせる。

「シオリちゃん、大丈夫?」

「は、はい……」

「ガムシャラって怖いわね。右も左も無くまっすぐやってくるんだから」

 チトセの物言いに、カナミも同意だった。

「神殺砲を撃つタイミングがありません。なんとかなりませんか?」

「無理ね、あれだけの数がいっぺんに勢いづいているんだからきついわ。せめて、この身体がちゃんとしていれば!」

 チトセは少しだけ悔しさを込めて言う。

「だったら、逃げましょう!」

 カナミの提案にチトセはニコリと笑う。

「そうね! いい判断よ!」

 そう言って、腕を振る。そうすることで怪人達を一斉に魔法糸で縛り上げて動きを止められる。

「く、動きが止まる!」

「こんなの、何回も通じるか!」

「ええい、振りほどいてやる!!」

 さすがに怪人達も慣れてきたせいで、対応も慣れたものだった。

「フン!!」

 一人の力自慢の怪人が力づくで無理矢理振りほどく。

「くッ! カナミちゃん、今よ!!」

「はい!」

 カナミは神殺砲を放つ。

「ボーナスキャノン!!」


バァァァァァァァン!!


 爆煙が巻き上がる。

「ちくしょう、何度もやられてたまるか!」

「ふん、こんなもの、目くらましだぜ!!」

 ビートルビーが針のような槍で、爆煙を振り払う。

「ん!?」

 そこに魔法少女の姿が無いものだから面を食らった。

「ちくしょう! 本当に目くらましだったのかよおおおおッ!」

 怪人達は悔しさを顕にし、周りの建物に八つ当たりする。

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