第51話 饗宴! 夜を彩る少女と怪人のオリエンテーリング (Aパート)

「意外なほどに揃いましたな」

 漆黒の空間に、視百は睥睨する。


最高役員十二席・判真、

禍津死神グランサー、

音速ジェンナ、

女郎姪


 全員招集をかけても、三人ほど集まればいい方の最高役員十二席が五人も揃っていることに只ならぬ空気を流れている。

「グランサー、どういった風の吹き回しですかな」

 視百は尋ねる。

「私が招集に応じるのがそんなにおかしいことか?」

 グランサーは嘲笑する。

「おかしいから訊いているのですがね」

 視百は年寄りのぼやきのように不満を漏らす。

「私が参加するよりもおかしい事態が既に起きているのだがな。十二席が未だ空席のまま、このままにしておくわけではなかろう」

「うむ、そういうわけで今回は招集をかけたわけですが……」


ゴオン!!


 視百がそう言って話を続けようとすると、轟音によって遮られる。

 轟音によって空間がガラスのような亀裂が走り、そこから光が漏れる。光から現れた筋肉隆々の偉丈夫。鬼神の如き男が堂々とやってきた。

「遅れてしまったか」

「お前まで来たか、壊(かい)ゼル」

 グランサーは物珍しげに言う。

「ここのところ、面白い動きが続いているみたいだからな。招集に応じて来てやったぜ」

「これで六人……十二席の半数が揃いましたね」

「へヴルが空席だと考えれば、それ以上ね」

 女郎姪も感心する。

「いや、まだもう一人いる」

 タキシードで着飾った白仮面の青年が現れる。

「皆様、お久しぶりです」

 丁寧にお辞儀する。

「白道化師か。お前まで来ていたのか」

「判真直々の勅命とあっては来ないわけにも行きませんからね」

 白道化師がそう言うと、十二席の面々の視線が判真に集中する。

「招集に勅命とは……珍しいですね」

「何か大役でも任せたかったのですね」

「大方、何か一芝居でも打たせようと腹か」

 ジェンナが言う。

「――選定試験だ」

 判真は厳かな口調で言う。

「なるほど、試験官役か。確かに適任かもしれんな」

「そいつは面白そうだな。俺も一枚噛んでもいいか?」

 壊ゼルは判真に申し出る。

「許可する」

 判真はこれを許可し、面々は感嘆の声を上げる。

「白道化師に壊ゼルか。これは面白そうだ、私も見物させてもらおうか」

 グランサーはそう言って、壊ゼルの方へ歩み寄る。

「よろしくお願いします、壊ゼル」

「ああ、よろしくな白道化師!」

 二人は陽気に笑顔を交わす。

 それに含まれている邪悪は恐ろしくドス黒く、怖気が走るものであったが。




「……深刻ね」

 来葉は暗い面持ちで告げる。

「あなたの未来視でも確定できないのね」

「ええ、こうなったら直接私も赴いて」

 あるみは手を出して、来葉を制する。

「それはダメよ。あなたの未来視でもわからない時は様子見、そう決めているでしょ」

「だ、だけど……」

 来葉はテーブルの方へ視線を移す。

 テーブルには八枚の封筒があり、それが悩みの種であった。

 差出人は『悪の秘密結社ネガサイド』と書かれており、今朝株式会社魔法少女宛てに届けられていた。

 宛名にはあるみ、かなみ、翠華、みあ、紫織、千歳、涼美、萌実が書かれている。

「涼美は外国だから、私が代理でいけるのよ」

「というか、律儀に七人で行くことも無いのよね。いざとなったら私一人ででも」

「一人で行かせない」

 来葉は睨みつける。

「………………」

 普段、真面目で穏やかな気性なだけにあるみもタジタジである。

「わかった、わかったわよ。とりあえず、かなみちゃん達と千歳は連れて行くわ」

「……私は?」

「留守番。これだけは譲れないわ」

「………………」

「………………」

 二人の睨み合いが続く。

 二人とも頑固者だから三分間ぐらい続いた。

「………はあ」

 先に折れたのは、来葉の方だった。

「わかったわ。その代わり、不吉な未来が視えたらすぐに駆けつけるから」

「ええ、いつもありがとう」

「いいのよ、好きでやってることだから」

「そろそろ、かなみちゃん達が来るわね」

 あるみは腕時計を見て言う。

「おはようございます」

 かなみがそう言って扉を開けて入ってくる。

「時間ぴったり」

「あ、来葉さんも来てるんですね」

「こんにちは」

「こんにちは。ということは、何かお仕事ですか?」

「ええ、そうよ」

 あるみはそう言って、かなみ宛ての封筒を差し出す。

「これは?」

「ネガサイドからのパーティの招待状よ」

 封筒を開ける。

 その一枚目の書面にはこう書かれていた。


『結城かなみ様


拝啓、拝啓 時下ますますご清祥のことと存じます

この度、弊社ネガサイドは繁栄を祈願したパーティを今夜開催致す事になりました。

お世話になりました皆様にも感謝の意を示したくこうして招待状を送付させていただきました。

大変ご多忙のことと存じますが、何卒ご参加下さいますようお願い申し上げます。


悪の秘密結社ネガサイド


 二枚目の書面にはホテルの場所が書かれた地図であった。あとは自分達の名前が書かれたネームプレートだ。

「見るからにやばいやつじゃないですか、これ!」

 一通り確認したかなみの第一声がこれだった。

「そうね、だから来葉にも相談したんだけど」

「不確定事象が多すぎて、口で説明できるほど簡単なものじゃなかったわね」

 来葉の説明が余計に不安を煽るものであった。

「だから、みんなが集まってきたら、――会議よ」

 あるみは少女のような輝く瞳で告げる。




 というわけで、翠華やみあ、紫織がオフィスにやってきたところで会議が開かれた。

「まっとうなパーティじゃなさそうね」

 最初に出てきた、みあの一言にみんな同意した。

「招待状は八枚あるんですね」

「ええ、来葉の」

「私の分まであるなんてね」

 千歳は会議用のテーブルの上をフラフラと飛んで言ってくる。

「戦争の時に暴れすぎたのが原因かしらね」

「マークされたのは事実ね。向こうの情報網を見くびらないほうがいいわよ」

 「はーい」と千歳は呑気に答える。

「それでこの招待状、どうするのよ?」

 みあが訊く。

「もちろん、招待には応じるわ。せっかくのパーティだしね」

「わ、罠かもしれないのにですか?」

 翠華の問いかけに対して、あるみは堂々と答える。

「罠だったら、それごと打ち砕く。あなた達の実力なら十分に出来ると思うわ」

「そ、そうでしょうか?」

 紫織は不安げに訊く。

「社長にそう言われたら出来る気がしてきますね」

「出来なけりゃ給料が出なくなるだけよ」

「それは困ります!」

 かなみは力強く言う。

「ボーナスはちゃんと出るんですよね?」

「さて……どうかしらね。ただパーティに招待されただけで、仕事の案件ってわけじゃないからね」

「そんな……」

「ただし、パーティへの参加は強制じゃないわ」

「え……?」

「嫌なら欠席してもいいてことよ。怪人のパーティだもの、気分が良いモノになるとは思えないし」

「じゃあ、欠席でもいいんですね?」

「かなみちゃんは欠席したいのね」

「当たり前ですよ、怪人のパーティなんて……この前の怪人集会だって怖くてたまらなかったんですから」

「ああ……あれは、ちょっと楽しかったわね」

 同行していたみあはその時のことを思い出して言う。

「みあちゃん、それマジで言ってるの?」

 出来れば二度と参加したくない、と感想をもったかなみからしてみれば信じられない発言であった。

「ええ、着ぐるみ着たり、バイクを走らせたり、暴走族みたいなことをしてアニメみたいだったじゃない」

「みあちゃん、あれが楽しいと思うのね……」

 みあの意外な一面を知ったような気がした。

「それじゃ、みあちゃんは参加ね。他は?」

 あるみはかなみ達を見回す。

「はいはい! 私も参加するわよ~!」

 千歳は思いっきり周囲を飛び回る。

「そういうと思って、あなた用の人形を用意させておいたわ」

「おお、ようやく修理が終わったのね! 張り切っていくわよ!」

「千歳さん、元気ですね……」

 かなみは感心する。

「まあ、千歳さんは幽霊だからかな」

「あら、かなみちゃん。それは聞き捨てならないわよ。私は幽霊である前に魔法少女なんだから」

 千歳はくるりと回ってテーブルの上に舞い降りる。

「久しぶりに私が活躍するわね。これはかなみちゃんも出席するしか無いでしょ?」

「え、私は欠席ですよ」

「は……?」

 千歳は信じられないといった顔をする。

「怪人のパーティなんて恐ろしい場所に好き好んで行きませんよ。今回はボーナスもないみたいですから」

「え? え? 報酬が無かったら、行かないの!? それでも魔法少女なの!?」

「私、魔法少女である前に借金持ちですから」

 かなみは極めて真剣な顔持ちで言う。

「胸張って言うことじゃないわね」

「ガク!」

 みあの一言がナイフのようにかなみの胸をえぐった。

「パーティはホテルの立食形式みたいね」

「……え!?」

 あるみは封筒に書かれている書類を見る。

「ここ高級ホテルだから、結構いいものが出るわね」

「えぇ!?」

 かなみは食いつく。

「かなみちゃん、もしかして今ピンチ?」

「いつだって大ピンチなんですよ~! タダ飯はいつでも大歓迎なんです!!」

「だったら、かなみちゃんは参加ね」

「……え?」

「もう決定だから、欠席したらキャンセル料いただくわよ」

「そ、そんなああああッ!!」

 横暴だとかなみは悲鳴を上げた。




 かなみは文句を言いながらも、レンタルのドレスに着替える。

「まったく、社長はいつも強引なんですから。最初から出席しなさいってそう言えばいいのに……」

「まあ、そのあたりは一応自由意志の尊重ってところなんじゃないのかしら?」

「難しい事言いますね、翠華さん。要は強制だけど一応出席するかどうかきいてあげるってことでしょ?」

「あはは……そうともいうわね」

 翠華は苦笑する。

「でも、こういう正装を用意していたってことはみんな出席するつもりだったんでしょうね」

 翠華はかなみのドレスを

「翠華さんもドレス似合うと思いますよ」

「私は……タキシードみたいだけどね」

「あ、そっか。翠華さん、この前のタキシード凄く似合ってましたからね!」

「え、そ、そう……? 似合ってた?」

「はい! エスコートお願いしますね」

「かなみさんをエスコート!?」

 翠華の脳裏に百合色の輝かしい光景が目に浮かぶ。

「パーティが楽しみね」




 夕日が落ちた頃、かなみ達はワゴン車に乗り込んでホテルへと向かう。

「さ、着いたわよ」

 あるみは真っ先に出る。

 純白のビスチュは、肩を露出し、豊満な胸を強調していて、とても魅力的な美女に映る。

「………………」

 かなみも思わず見とれてしまう。

「社長、キレイだからドレスもすっごいキレイですね」

 そう言って出てきたかなみは、黄色の控えめな輝きを放つパーティドレスで、控えめな印象を醸し出させている。美女とまではいかないまでも美少女といっても差し支えない。少なくとも翠華はそう思っている。

「そんなことないわよ、かなみさんにはかなみさんの良さがあるわよ」

 そう言った翠華はタキシードを着込んでおり、可憐さと凛々しさが両立している。

「ま、馬子にも衣装ってところじゃない」

「皆さん、とても似合っていてキレイだと思いますよ」

 みあと翠華はさすがに小学生なので、子供用のドレスなのだが、それぞれ魔法少女の衣装をイメージしてあしらったもののため、凄く似合っている。

「あんたも悪くないんじゃないの」

「そ、そうですか? 私なんて大したことないですよ」

「子供なんて大したことないぐらいでいいのよ」

 みあは紫織の手を引く。

 さすがに、パーティに場馴れしているみあは緊張したり、気負った様子もない。

 こんな立派なホテルを前にしても緊張は無いなんて。都会の一等地で立派に建っている紛うことなき高級ホテルだ。


――怪人達のパーティ


 そんな恐怖が走りそうな単語を思い出すが、それを抜きにしてもこんなところでのパーティなんて気後れしてしまう。

「す、翠華さんが頼りです……」

 かなみはすがるように翠華へと言う。

「え、えぇ?」

「素敵な翠華さんにエスコートしてもらえれば、ちょっとはマシに見えるじゃないですか」

「す、素敵!? ま、マシだなんて……そんな……!」

「というわけで、よろしくお願いします!」

 かなみは翠華の肩にもたれかかる。

「え、ひゃあッ!?」

 突然のことで、翠華は驚き、心臓が跳ね上がりそうになる。

「か、かなみさん!? 急にそんな……!」

 戸惑う翠華だったが、かなみはお構いなしに言う。

「このまま、お願いします」

「こ、このままなんて……」

「はいはい、騒いでないでさっさといくわよ」

 みあは置いていき、本当にさっさと行ってしまう。

「みあちゃん~」

 翠華は救いを求めるように手を出すが、誰も差し伸べるものはいなかった。

「あぁ……」

 しかし、ここで翠華の思考が切り替わる。

(でも、かなみさんのエスコートなんて、考えてみたら滅多にあることじゃない……! よ、よし、立派にかなみさんをエスコートしてみせれば!)

 翠華は思い切ってかなみの手を握り返してホテルへと向かう。

 とはいったものの、翠華もこんな高級ホテルのパーティに出席するのは初めてであった。




 ホテルの最上階のパーティルームでネガサイドの怪人達は集まっていた。

「………………」

 かなみ達は息を呑んだ。

 入り口までは気後れしてしまいそうなほど、清潔さと高潔さに満ち溢れたホテルだった。しかし、その入り口の扉をくぐった瞬間、別の緊張感に包まれていた。

 思わず寒気が走りそうなほどの恐ろしい怪人がパーティルームに並んでいる。

 それらの視線がかなみ達に一斉に降り注ぐ。

 角を生やし牙を光らせる怪人、高い天井に背が届きそうなほど巨大な怪人、黒い甲冑に身を包んだ怪人、見るからに恐ろしい怪人達がぞろぞろいる。

「……ふうん」

 あるみはその集中した視線を睥睨して、そそくさと横切っていく。

「……社長の肝に恐れ入るわ」

「ま、私は二度目だけどね」

 かなみとみあは以前、怪人の集会でこれと似たような顔ぶれを見たことがある。

「何度来てもなれませんから……」

 そう言ってかなみは翠華の肩にしがみつく。そのせいで、翠華の胸は高鳴りっぱなしであった。

(か、怪人のことなんてどうでもいい! かなみさんが私にしがみついてて!)

 翠華にとって今や並み居る怪人達はもはや眼中になかった。

「ようこそいらっしゃいました」

 白いタキシードを着込んだ少女が恭しく一礼する。

「招待状に応じて来たわ」

「恐れ入ります。我が主(あるじ)もお喜びになります」

「これはどうもご丁寧に。あなたは?」

「私は雪(せつ)。ただの従者です」

 雪は冷たささえも感じさせるほど透き通った声で言う。

「従者ね……んで、その主っていうのは誰?」

「最高役員十二席の一人・白道化師様です」

「――!」

 かなみ達は驚き、あるみも目を見開く程度には驚く。

「なるほどね、これだけの怪人を揃えているのだから支部長クラスだとは思っていたけど」

「それに、同じく最高役員十二席の一人・壊ゼル様も主催者に加わっています」

「壊ゼル!?」

 この名前にさすがのあるみも瞠目する。

「パーティの佳境にレクエリーションも用意しております。どうかお楽しみを」

 雪はまた一礼して、怪人達の雑踏へ入り込んでいく。

「不思議な子でしたね」

「ええ、魔力も半端じゃなかった。多分かなみちゃんといい勝負するかもね」

「そ、そんなに……すごいんですか!?」

「十二席の従者よ。ただの女の子でもただの怪人でもあるわけがないわ」

 あるみの言うことにとてつもない説得力を感じた。

「……ま、私ほどじゃなさそうだけど」

 萌実はそそくさと料理の場所へ行く。

「何よ、あの子……」

 珍しくオフィスを出たかと思えば、ぶっきらぼうな態度をとる。かなみにはそれがどうにも気に食わない。


ムシャムシャ


 熊ほどもある巨体の怪人が漫画のような骨付き肉をガブリと噛み付いている。

「す、すごい料理ね」

 翠華は呆気にとられた。まさに怪人の為の料理であった。あれは人間が食べるモノじゃないとしか思えない。せっかくの高級ホテルの食事という触れ込みだというのに、期待していたかなみの落胆を慰めるべきだと翠華は思った。

「お、おいしそう……」

 しかし、かなみの反応は予想外のものであった。

「え?」

「あんなに大きくておいしそうなお肉! どこにあるの!?」

 かなみは辺りを見回す。

「あそこ!」

 料理の一角を見つけて、かなみはそこへ一直線に向かう。怪人に囲まれているにも関わらず、というよりも眼中に無い様子だった。

「かなみさん……」

「よっぽど飢えてるのね。怪人よりもよっぽど野獣の目になってるじゃない」

 みあの発言に翠華は頷くことしか出来なかった。

「あ、でも、あの料理とか私達が食べても大丈夫なんでしょうか?」

 紫織は不安げに訊く。

「平気でしょうね、ああいうのは人間が食べても問題ないように出来てるから」

 萌実はそう言ってもう取り皿にたっぷりと料理を盛り付けていた。

「食事は基本的な魔力補給だからね」

 あるみも負けじと皿に料理をたっぷり盛っていた。

「かりに毒が入っていてもわけなく浄化できるでしょ」

「そ、それは社長だけですよ。それにこの前、死にかけたじゃないですか」

 この前というのは、戦争の真っ最中のことだ。あの時、あるみは敵の不意打ちで猛毒にかかった

 あれが、あるみの並外れた魔力があったからこそ事無き事を得たのだが、もし翠華や来葉が標的にされていたらと思うと……思い出しただけでも寒気が走る。

「私は遠慮しておきます」

 翠華は隅っ子で怪人達の目に止まらないよう避難した。弱気な紫織も同じだった。

「かなみちゃんがこの中じゃ一番たくましいぐらいね」

 あるみは、かなみは怪人がいようとお構いなしにホテルの料理を食いついていく、そんな姿勢を買う。

「あんたは別格だものね」

 萌実は嫌味ったらしく言う。

「そりゃね、社長ですから」

「社長だからって何でもできるってわけじゃないでしょ」

「私は社長で魔法少女だからね、あなたも真面目に働ければ」

「冗談じゃないわ。いいこと、あんたのそばにいるのは退屈しのぎと……あんたに勝つためだってこと、忘れないでよね」

「ええ、肝に命じるわよ」

「…………………」

 萌実はしばらく睨みつけた後、ため息をつく。

「必ず……」

 そう言いかけて、萌実は怪人の集団へと歩を薦める。

「私に勝つ、か……」

 あるみは感慨深くに萌実の発言を口にする。

「その前に、かなみちゃんに勝ってからね」

 一方のかなみはビフテキやスペアリブ、フォアグラやフカヒレ、大トロ……普段目にすることが無い和洋折中の高級料理にかなみの食欲は果てしなく増していった。

「……おいしい」

 せっかくのドレスで着飾ってもこれでは色気より食い気といっていい。

「お嬢ちゃん、いい食べっぷりだね」

 そんなかなみに興味を持つ怪人でも物好きなやつがいた。

「何よ?」

 至福の食事時を邪魔されて、かなみは文字通りご立腹であった。

「あんた、魔法少女だってね」

「そうだけど、それが何か?」

「いや、俺達のパーティに出席するなんて珍しくてな。どんなやつかと思ってな」

 そう言った怪人は、人間の身体に頭だけが魚といった、怪人というよりマスクを被ったプロレスラーといった方がしっくりくる怪人にしても奇妙な姿をした怪人であった。

「どんな奴も何も、私は普通よ」

「普通って……人間の普通ってそういうものか、なるほどな」

「そうそう……この大トロ、おいしい!」

「魚の俺の前で……よくそんなこと言えるな」

「だって、あんた、魚じゃなくて魚の怪人でしょ」

「お、おう……一応ギョギョっていうんだが」

 いまいち理屈が飲み込めないギョギョはともあれ感心する。

「お嬢ちゃん、強いんだな」

「ん、私全然強くなんて無いわよ。社長の方が全然化物だし」

「俺に言わせれば、お嬢ちゃんも十分化物に見えるぜ」

「……失礼しちゃうわね。サーモンおいしい!」

「いや、そういうところがだぜ!」

「何仲良く話し合ってんだ、ギョギョ」

 そこへワニ顔の怪人がノソノソとやってくる。

「……どこかで見たような……フライドチキンおいしい!」

「お! お前が噂の魔法少女か!」

「そうだけど、何の用?」

「いや、一言挨拶しておこうかと思ってな」

「挨拶? これトリュフっていうの、ちょっと微妙かも……」

「おい、人の話聞いているのか?」

「あんた、人じゃなくて怪人でしょ」

「いや、そりゃそうだが……って、なんだっていい、俺の話を聞け!」

「え……? このお肉、おいしい。なんてお肉かしら?」

「ワニ肉だ。ってそんなことどうでもいいだろ、俺の話を聞けよ!」

「話? 話って何?」

「お前、ダインって怪人知ってるか?」

「ダイン?」

 聞き覚えのある名前だった。どういう怪人だったのかまではわからないが。

「……俺はそのダインの弟のゲイタなんだがよ、そのダインが選抜試験で魔法少女にやられたみたいなんでな」

「……あ~」

 そこまで言われて、かなみは思い出した。

 この前の怪人の暴走集会で、バイクに乗れないかなみの世話を焼いてくれて、後ろに乗せてくれた、怪人にしては珍しい親切さで、あのとき、かなみは怪人の着ぐるみを着ていたので仲間だと認識されていた。そのため、騙しているような気まずさはあった。実際魔法少女に変身した時にバイクから蹴落としてぶんどったのだから騙し討ちだった。

「お前がそうなのか訊きたい? ダインって奴を知ってるか?」

 まさか、こんなパーティでその弟と出くわすとは思わなかったんで、かなみは対応に困った

「さ、さあ……」

 思わず適当に答える。

「そうか。もし知ってたら教えてくれよな」

 そう言って、ゲイタはあっさりと退いていく。

 知っていてても、敵なんだから言えるはずないじゃない、とかなみはもっともらしく思った。

「あいつも変わったやつだよな」

 ギョギョが言ってくる。

(あんたも相当変わってるんだけど……)

 そもそも、変わっていない怪人って誰だろうか。ふと、かなみは辺りを見渡してみる。

 ギョギョみたいな魚の頭だけを被った怪人、牛や豚の頭の怪人。その逆で、人の頭をしていて身体は馬、といった人面犬のような怪人までいる。

 他にも体毛に覆われた雪男みたいなモノとか、クラゲのように遊泳している、人の形をしない怪物ともいうべきモノとかまでいる。

 変わっていない怪人なんていなかった。

 かなみはそう結論づけて、食事を再開することにした。




「ああ、いたわね」

 萌実は一人で怪人の群衆にまぎれてある一人の怪人を見つけ出した。

「何か御用でしょうか?」

 その怪人とは、自分と同じくらいの少女の容姿をし、白いタキシードを着込んだ雪であった。

「別に用なんてないわ。ただあんたはどういう奴なのか、興味があってね」

「私は興味がありません」

「あんたのそういうことはどうでもいいの」

「勝手ですね。あなたのような方に話すことは何もありません」

「つっけんどんね。まあいいわ、あんたは白道化師の何なの?」

「私はただの白道化師様の従者です」

「従者ね……その割には、油断ならない眼をしているわね」

「生まれつきですから、とやかく言われる筋合いはありません」

「ま、いずれわかることだし、別にいいわ。それで白道化師と壊ゼルはこのパーティで何を企んでいるの?」

「それこそいずれわかることです。私には話す権限は与えられていませんので」

「ヘドが出る忠誠心ね。まあ、いいわ、いずれわかることならね」

「御用はお済みですか? なら、立ち去らせていただきます」

「ええ、色々と話し足りないけど、それはまたの機会にするわ。

――これ以上、話すと殺意が湧いてくるから」

「恐縮です。それでは」

 そう言って、雪は一礼して去っていく。

「本当に、眉間を撃ち抜きたくなるわね」




「かなみさん、どこに行ったのかしら?」

 翠華は高級料理を求めて怪人の群衆に紛れていったかなみを探していた。

「……無事だといいんだけど」

 見渡す限りの怪人ばかりで、身の毛もよだつ光景だ。もしも、この中の一匹がかなみに襲いかかっていたとしたら……そう考えるだけで身震いする。自分もそれと全く同じ状況になっているにも関わらず。

「ちゃんと、私がエスコートしないといけないのに……」

「翠華ちゃん、どうしたの?」

 千歳が声をかけてくる。

「千歳さん」

「かなみちゃんを探しているんでしょ?」

 千歳は新調してもらった魔法人形と共に和服をはためかせ、楽しげに訊く。まさに大和撫子といった面持ちで勾玉の宝石のようなきらびやかささえ感じさせるほど綺麗なのだが、今の翠華にとってはどうでもよかった。

「はい」

「フフ、それならこっちよ」

「え、分かるんですか?」

「かなみちゃんのドレスには私の魔法糸が編み込まれているから、たどっていけばすぐわかるわよ」

 とてつもなく頼もしい発言であった。

「案内お願いします」

「はいはい。かなみちゃんはこっちよ」

 千歳に先導されて、翠華は怪人の群衆へと飛び込むように入っていく。

 千歳はどんどん先に行ってしまうので見失わないで、前へ前へ進むだけで精一杯だった。時折、おぞましい容姿をした怪人が目に入るが、すぐに視線をそらす。

(かなみさん、かなみさん……!)

 魔法の呪文のように心の中で呟き続ける。

「あ、いたわ」

 千歳が言うと、翠華は前をしっかり見る。

 かなみはそこにいた。ドレスはちょっと着崩れているが、今はそんなこと重要ではない。右手にはフランスパン、左手にはローストビーフを突き刺したナイフを持っていて、両手に花ならぬ団子であった。

「かなみさん!」

「翠華さん!」

「怪我とかない? 襲われたりしなかった?」

「ありませんよ。お料理がとてもおいしいです。翠華さんも食べませんか」

 かなみはそう言って、フランスパンを一切れ差し出す。

「え、ええ……」

「これを乗せるそうですよ。なんていうんですかね、ちょうちょのサメって言ってたけど、知ってますか?」

「ちょうちょ、サメ……?」

「それってチョウザメのことじゃない?」

 千歳がそう言ってくれたおかげで、かなみは納得する。

「あ、そうですそうです! そう言ってました!」

「チョウザメ……? もしかして、キャビアっていうんじゃ?」

「え、キャビア!? それって高級の!?」

「ええ、そうね。少なくとも私は生きていた頃、食べたことないわね」

「すごいすごい! そんなのまであるんですね!」

「ええ……」

 無邪気にはしゃぐかなみに翠華は戸惑う。周りが怪人達であることを忘れてしまっている。

「食べましょう、食べましょう! せっかくのパーティなんですから、お腹いっぱい高級にならないと損ですよ」

「お、お腹いっぱい高級……?」

「えっと、このスプーンで乗せればいいんですね。」

 かなみは左手のローストビーフを食べて、キャビアの皿からスプーンを手に取る。

「おフランスでは、それをパンに乗せて食べるのが作法らしいわよ」

「ああ、それならテレビで見たことがあります。たしかこうやって――」

 翠華は手本を示すようにスプーンでキャビアをすくい、フランスパンに乗せてみる。

「こう食べる」

「おお!」

 かなみが憧れの眼差しを向ける。

「なるほど、そう食べるんですね。それじゃ」

 かなみは翠華のマネをして、食べてみせる。

「………………」

「どう、おいしい?」

「なんだか、不思議な味ですね……びみょーです」

 かなみの正直な感想に、翠華はクスリと笑った。

「高級だからっておいしいと限らないわよ」

「そういうものですかね。お腹が減ってたらなんでもおいしいですけどね」

「空腹は最高の調味料……そういう言葉もあるわ」

 千歳はそう言いながら、フランスパンにキャビアを乗せる。

「もっとも人形の私じゃ、食べれないけどね」

 口元まで近づけて残念そうに言う。

「社長に食べられる魔法人形を頼んだら?」

「ええ、そうするわ。かなみちゃんを見ているとうらやましくなるわ」

 千歳はまた無念そうにキャビアの乗ったフランスパンを見つめる。

 その仕草がかなみと同じくらい無邪気な子供みたいで、微笑ましかった。

 そのおかげでここが怪人達のパーティであることを一瞬忘れられた。

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