第50話 倒産!? 少女は経営に頭を悩ます? (Bパート)

 オフィスを出て、マイクロバスに乗り込んで目的地へ向かう。

「あの、社長、今回の仕事はどんなものなんですか?」

 着の身着のまま連れてこさせられたので、かなみは何も知らせていない。

 一体どういう仕事なのか。

 難しいのか、大変なのか、辛いのか、ボーナスはどのくらいか……そして、これが最後の仕事になってしまうのか……。

「………………」

 あるみはすぐには答えなかった。

 その沈黙が長く辛く感じてしまった。

(社長、何か答えてください……これが最後だなんて言わないでください……)

 かなみは願うようにあるみを見つめる。あるみの顔は前髪に隠れてよく見えない。

 やがてマイクロバスは赤信号で止まる。

「別に、大したものじゃないわ」

 あるみはあっさりと答える。

「今から行く工場に怪人が潜伏しているかも知れないから、その調査よ」

「ちょ、調査……それだけですか?」

「もちろん、見つけたら退治よ。どんな怪人が出てくるかわからないから危険だけど、その分ボーナスははずむわよ」

「は、はあ……」

 かなみは生返事を返す。

「どうしたの、元気ないわね?」

「い、いえ、なんでもありません。……ボーナスは楽しみですね、いくらくらいですか?」

 空元気を振り絞って答える。普段からかなみを知っている人間なら違和感を覚えるものだ。

「かなみちゃんは元気に借金を返していかないといけないからね。頑張りなさい」

「は、はい! あの……」

「何?」

 ここだ、と、かなみは思った。

「う、うちの経営って苦しいんですか?」

「どうしたの、急に?」

「い、いえ……私や母さんの借金を肩代わりしているから、その……どうなっているか気になりまして」

「かなみちゃん、経営に興味が出てきたのかと思ったけど」

「は、はい……うちって特殊じゃないですか?」

「まあ、確かに特殊だから気になるのはわかるわ。かなみちゃんさえよければ教えてもいいけど」

「お、教えてくれるんですか?」

「そろそろかなみちゃんが知ってもいい頃だと思ってね。この仕事をうまくやったらの話だけど」

 あるみは、うまくやったらと、このあとも仕事は続くかのように言ってくれる。

(それって、つまり……これが最後じゃないってこと……? 会社は潰れないってこと?)

 続けて、かなみは訊こうとした。

「あの、社長……?」

「――着いたわ」

 あるみはマイクロバスを止める。

「え、もうですか!?」

「案外近所に怪人はいるものよ」

 着いたのは、町工場であった。

 人の気配が感じられず、ひなびて寂れた感じがする。

「ここに怪人がいるんですか?

「いるかもしれないってことよ。ま、ここまで来て魔力の反応を感じないってことは、いたとしても大したことないわよ」

「そういうものなんですか……?」

 どうにも、かなみはその手の感知能力に今ひとつ自信がない。

「ま、入ってみましょうか?」

 あるみはガラガラとシャッターを開けて、工場の中へ入っていく。

「え、いいんですか!?」

「どうせ、誰もいないんだからいいのよ。さ、はやく来なさい」

 言われるがまま、かなみは入る。

 工場の中は灯りがないせいで薄暗く、止まった機械が今にも動き出しそうで不気味だった。

「……私はこっちで、かなみちゃんはあっちを探して」

「手分けして探すんですか……?」

 あるみは答える間もなく、先へ進んでしまう。

 一人残されたかなみはため息をつきながら、別方向へ向かう。

(おばけでも、でてこないかしら……?)

 かなみは不安になりながらも、周囲を見回す。

 動き出しそうな止まったベルトコンベア。何か出してきそうなプレス。

 人がいない工場というのはここまで不気味で、そして、寂しいものなのか。

(もし、会社が潰れたら、あのオフィスも……)

 ここと同じようになってしまうのか。

 こうして、人がいなくなって、お化けがいるような雰囲気を放つ場所に。

 いや、もうオフィスには既に幽霊がいるのだから、ある意味ここよりも不気味といってもいい。

「しゃちょう~~」

 心細くなって、あるみを呼んで見る。

「なになに?」

 あっさりと返事が返ってくる。

「こっちにはいないけど、そっちいた?」

「いませんよ……隠れているとも思えませんし、いないんじゃないんですか?」

「そうね、いないんじゃないの?」

「はあ?」

「奥の工場にも行ってみましょう。そっちに隠れているかもしれないから」

「………………」

 まだ続けるのかとかなみは心中で文句を漏らした。

 すぐにあるみがやってきて合流して、外に出る。

 外に出て、工場の奥へと行くともう一つ工場があった。

「ここにもいなかったら、引き上げね」

「……本当にいるんでしょうか?」

「さあ、どうでしょうね」

 あるみは思わせぶりに言う。

「いればいいけど、いなければそれはそれで都合がいいわ」

「なんでですか?」

「ここ、怪人がいるせいで人が寄り付かなくなっちゃったんだけど、いないってわかったら安心して人を入れられるわ」

「人を入れたら、どうするんですか?」

「そりゃ、工場なんだから働くに決まってるでしょ」

「え、じゃあ、ここ使えるんですか?」

「そうね。怪人さえいなくなればね」

「…………………」

「このまま、寂れて廃墟になるって思ったのかしら?」

 かなみは頷く。

「だって、ここ潰れたじゃないですか?」

「ええ、確かに潰れたわ。でもね、かなみちゃん……だからといって、ここが無くなってしまうとは限らないのよ」

「……言っていること、全然わかりません……」

 かなみが愚痴のように漏らすと、あるみは笑う。

「いずれわかるわよ。そのためにも怪人は倒さないといけないわ」

「――!」

 今度は感知能力が鈍いかなみでもわかるほどの強烈な魔力の波動を感じ取れた。

「マジカルワークス!」

 即座に変身を完了させる。

「愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!」

「白銀の女神、魔法少女アルミ降臨!」

 黄色と白銀の魔法少女が降り立つ。

 ギロリ、と、奥の工場から何かが光った。

 殺気のこもった目だ。

「ここは俺の縄張りだ、近づく奴は容赦なく切り刻むぞ、って言ってる目ね」

「や、やけに具体的ですね」

「目は口ほどに物を言うってね。わかりやすいじゃない。単純でわかりやすい奴ほど強いってこともあるけどね」

「え……?」

 嫌な一言を受けて、ヒュィッと何かが動いた。


ドスン!


 次いで、地震のごとき地鳴りが鳴り響く。

「わわ!?」

 カナミは体勢を崩しかける。

「敵の攻撃ですか!?」

「いえ、これは足音ね」

「足音!?」

 カナミは驚愕する。

 歩いただけでこれだけの地響きをたてる怪人だ。よほど強いに決まっている。

「静かに眠っていたのに、起こそうとしたのはどいつだ!」

 重石を思わせるブロックのような身体を持った赤塗の鉄骨怪人が現れた。

「このテツカイは……寝起きは相当悪いんで評判なんだぞ!」

 厳かな声、声というより太鼓のように身体の芯から震える打音といってもいい。

 かなりの強敵だと、カナミのこれまでの経験が告げている。だけど、いやだからこそ負けるものかと闘志が湧いてくる。

「ジャンバリック・ファミリア!」

 ステッキから鈴を飛ばして、テツカイの周囲を飛び回らせ、魔法弾を撃つ。


ババババババァン!!


 魔法弾の雨あられがテツカイを襲い、爆発とともに粉塵が巻き上がる。

「……こけおどしか、石のつぶての方がまだマシだぞ」

 テツカイはものともしない。

「――!」

 カナミは歯噛みして、ステッキの砲台へと変換させる。

「だったら、これでどうよ! 神殺砲、ボーナスキャノン!!」

 魔力の洪水ともいうべき、砲弾がテツカイを襲う。

「ぬううううううッ!」

 テツカイを歯を食いしばり、これを堪える。


バァァァァァァン!!


 地鳴りにも負けない爆音が響き渡る。

「今のはちょっとばかし驚いたぜ」

「うそ!?」

 鉄骨のような身体には傷一つついていない。

「恐ろしく頑丈ね。Aランクの怪人でもタダじゃすまない神殺砲の直撃を受けても傷一つつかないなんて」

「そうとも! 俺は関東一、いや、日本一頑丈な鋼鉄の怪人よ! そして、この身体をもってすれば!」

 テツカイは跳躍して、カナミへと飛びかかる。

 カナミとアルミは横に飛んで、これをかわす。


ズドォォォォォォン!!


 鋼鉄の重量感に違わない衝撃とともに地面が割れ、衝撃が爆風のように迸る。

「お前達を踏み潰すことなど簡単に出来る! というより、もう潰れてしまったか?」

「んなわけないでしょ!」

 カナミは激昂し、魔法弾を撃つ。

「なんだ、豆鉄砲か?」

 しかし、あっさりと弾かれる。

「それはこれを受けても同じこと言えるかしら!?」

「ぬうッ!」

 カナミは砲台を構えて姿を現す。傍らには魔力を整えた鈴を従えているかのように飛び回らせている。

「神殺砲・三連弾! イノ・シカ・チョウッ!」

 怒涛の勢いで砲弾が連続で撃ち込まれる。


ズドォン!


 一発目で足を揺るがし、


ズドォン!


 二発目で身体を浮かし、


ドォォォォォォン!!



 三発目で撃ち貫く!

「どうよ!?」

 カナミの激とともに、テツカイは地面をゴロンゴロン転がっていく。

「……――こいつはきいたぜ!」

 しかし、テツカイは立ち上がってくる。

「う、うそ……なんて頑丈なの!?」

「だから言っただろう、俺は日本一頑丈な鋼鉄の怪人だってよ!」

 テツカイはまた跳躍して、カナミへと襲いかかる。

 カナミは再び飛んでかわそうとするが、神殺砲三連弾の直後のせいで、一瞬飛び遅れる。

「キャァァァァッ!?」

 爆風を思いっきり浴びて、今度はカナミが地面を転がってしまう。

「そのまま、潰れちまえよ!」

 そう言って、間髪入れずテツカイはカナミを目掛けて飛び込んでくる。

「誰が……」

 カナミは倒れざまに、ステッキを構える。

「――潰れるものですか!」

 潰れる、その言葉に頭がきた。

 カナミの反骨心に火を付いてしまったのだ。

「プラマイゼロ・イレイザー!!」

 ステッキから放たれた魔法弾がテツカイを包み込む。

「おうわ!? なんだこれは!?」

 魔法弾の中に封じ込め、落下の衝撃をゼロにする。

 しかし、封じ込められるのは一瞬。神殺砲に耐え抜く頑強な身体だけあって、封じ込めた魔法弾も簡単に貫いてしまう。

「こんなもので、勝ったつもりになるなよ!」

 テツカイは吠える。

「勝ったつもりになる? 

――いいえ、勝ったのよ」

 アルミはテツカイの大きな頭に足をつけ、降り立つ。

「ぬぅ!?」

「ディストーションドライバー!!」

 脳天にドライバーを突き刺し、旋風を巻き起こす。旋風はどんどん大きくなり、止まること無く、テツカイの身体を砕きながら、突き進んでいく。

「や、やめろおおおおおおおおッ!!」

 テツカイは自分の身体が打ち砕かれる初めての経験を受け、悲鳴をあげる。

「やめない」

 アルミはあっさりと言い、そのまま真っ二つに貫く。




「思ったよりも強敵だったわね」

「はい……」

 かなみが苦戦していた怪人をあるみは軽々と倒してしまった。やはり、まだまだ力の差は歴然なのだと思い知らされる。

「でも、よく粘ったわ。カナミちゃん、確実に強くなってるわよ」

「あ……」

 あるみはかなみの頭を撫でる。

 その手は今怪人を倒したばかりであるにも関わらず、温かく心地よいものだった。

「……ありがとう、ございます」

「特に、潰れるものですか! って、叫びよかったわ。ああいう負けん気がかなみちゃんの強みね」

「――!」

 かなみは思い返してドキリとする。

 あの時、テツカイが潰れろ、なんて言うから思わず会社が潰れてしまうことを連想してしまったのだ。

 それで潰れるのは嫌だという気持ちが前面に押し出た。結果的にそれでピンチを切り抜けることが出来たのだが、後ろめたさが残ってしまった。

「さあて、怪人も倒したことだし、引き上げましょうか」

 あるみは意気揚々とワゴン車へと向かう。

「……あ、あの、社長?」

 かなみは呼び止める。

「ん、どうしたの?」

「………………」

 訊いていいものかどうか、まだ迷いがある。

 というよりも、潰れてしまうという事実を突きつけられるのが怖くてたまらない。

 でも、聞かないと始まらない。


――不景気なんかに魔法少女は負けない、なんてこと言いそう……


 翠華の言葉が脳裏をよぎる。

 もし、本当に潰れようとしているのなら、それに精一杯戦うのが、あるみのやり方なはずだ。

「会社が潰れるかもしれないって聞いたんですが?」

 意を決して、かなみはとうとうあるみに投げかけた。

「あはははははははは」

 それを聞いたあるみは大笑いする。

「ど、どうして笑うんですか?」

「いえいえ、かなみちゃんがうちの心配をしてくれてて嬉しくて、でも、バレバレだったし、いつ私にその話を訊いてくるか気になって。まあ、このタイミングしかないかと思ってね」

「ば、バレバレ……!?」

「まったくボクから君の行動は逐一社長に筒抜けだったの、忘れてるんだからね」

 マニィがぼやく。

「あんた、さっきからずっと黙ってると思ったら!」

「マスコットは余計なことは言わないものだよ」

「……ってことは、社長は最初から私がつけていたのもわかってたんですか?」

「そうね」

 あるみはあっさりと答える。

「まあ、不景気だからって心配させてしまったのは私の失態だけど。――ちゃんとペナルティはあるわよ」

「え、えぇ……!?」

 かなみはガクガクと震える。

「あ、あ、あの……どんなペナルティですか?」

「今日のボーナス、ゼロ」

「そ、そんなぁぁぁぁぁぁッ! ごめんなさい、ゆるしてくださぁぁぁぁいッ!」

 かなみの悲鳴が木霊する。




「……私の財布が先に潰れちゃいそうだわ」

 オフィスに戻ってきたかなみはみあ達へ愚痴る。

「かなみさんにとって、一番きついペナルティですね」

「ま、自業自得ね」

「ひ、ひどいよ。みあちゃんだって一緒に尾行したのに」

「元はといえば、かなみの取り越し苦労がはじまりでしょ」

「まだ取り越し苦労だと決まったわけじゃないわよ」

 かなみは一転して真剣な面持ちで言う。

「え、でも、社長が……」

「あとでちゃんと話をするって言って、社長室に行っちゃったわ」

「それはまあまだ嘘か本当か判断できないわね……あんたはどうなのよ?」

 みあはイノシシ型のマスコット・イシィに訊く。

「ハァハァ、そいつは言えねえな。戒厳令ってやつだ」

「言わないとぶつわよ」

「ハァハァ、そいつはご褒美だぜ」

 みあはため息をつく。

「こいつに何を言っても豚に真珠ね」

「みあさん、使い方違うと思います」

 紫織がツッコミを入れる。

「それにしても、社長がこもるなんて、やっぱり深刻な話なのかしら?」

「翠華さん……」

 そう言われるとかなみも不安になってくる。

 もし、本当にこの不景気で会社が潰れてしまうとしたら……不安は一向に消えてなくならない。


ガタン


 そこで、オフィスの扉が開く。

 かなみ達の視線が集中する中、やってきたのは意外な人物であった。

「やあ、みんな。久しぶりだね」

「親父!?」

 みあの父親・阿方彼方だ。

「みあさんのお父さん? なんでここに?」

「みあちゃんに会いたくてね」

 彼方は爽やかに答える。

「嘘ばっかり。本当に会いたいんだったら、とっとと仕事終わらせて帰ってくるでしょ」

「き、きついね……」

「社長だって大変ですのにね」

 かなみは同情する。

「かなみちゃん、まさかライバルである君からそんな同情を受けるとは……嬉しくもあるんだけど複雑だよ」

「ですから、何のライバルですか?」

 何故か、翠華までじぃーと睨みつけている。

「まあ、おふざけはこのくらいにして」

 みあは腕組みして言う。

「私はみあちゃんに関しては極めて真剣なんだけど」

「あ~そういうのがおふざけだって言ってるのよ」

「酷いな……かなみちゃん、どうかうちの娘とよろしくやってください」

「そりゃもう」

 みあちゃんに見捨てられたら、食事に困るからと密かに思うかなみであった。

「それで、何の用で来たわけ?」

「それがそちらの社長に呼び出されてね」

「あるみ社長に、ですか?」

 かなみや翠華は驚く。

 阿方彼方が社長を務めるアガルタ玩具は全国にその名が知れ渡るおもちゃ会社。それなのに、仮にも子会社といってもいい株式会社魔法少女の社長の呼び出しに応じる。

 ちょっと信じられない話であった。

「お二人って本当にどういう関係なんですか?」

「古い友人であり、ビジネスパートナーでもある。といったところだ」

「実は、不倫相手だったりして」

 みあの一言に、彼方はガクッとすっ転びかける。

「あるみがそういうことをしない女の子だってことは、君達もよく知ってるだろ」

「じゃあ、信用できるわね。親父よりも」

 あまりにもはっきり言うものだから、彼方は苦笑する。

「タハハハ、本当に厳しいね」

「でも、みあちゃん。楽しそう」

 かなみがフォローに入る。

「そう言ってくれただけでも来た甲斐があるってものだよ」

「それで、肝心のあるみはどうしたっていうのよ」


バァタン!


 みあはそう言うと、鼓膜を破らんばかりの扉の開閉音が響く。

「コーヒーを淹れてたのよ」

 あるみはそう言ってコーヒーカップの乗ったトレイを差し出す。

「砂糖はないのかい?」

「ないわよ」

 あるみはあっさりと言う。

「相変わらずのブラック党だね」

 そう言って、彼方は遠慮無くカップを取る。

 かなみ達の分まで淹れてくれていたので、受け取る。

「さて、さっそく本題に入りましょうか」

「なんで親父を呼び出したのよ? っていうか、あんた達、どういう関係なわけ?」

「だから古い友人だって言ってるだろ」

「ええ、ビジネスパートナーよ。今うちでやってる表向きの仕事の大半は彼方が発注してくれたものよ」

「そうだったんですか!?」

 かなみ達は驚く。ただ一人みあだけは納得しただけであったが。

「どおりで、うちの製品が時々送りつけられてくると思ったわよ」

「さすが我が娘だよ。薄々気づかれてるんじゃないかとは思ってたよ」

 全然気づかなかった、と思うかなみだった。

「それじゃ、毎日仕事があるのは、みあちゃんのお父さんのせいだったんですか?」

「おかげと言って欲しいんだけどね。まあ、持ちつ持たれつといったところだね」

「それで、不景気の影響でうちの会社を潰すんですか?」

 かなみの問いかけに、彼方は驚きコーヒーをこぼしそうになる。

「つ、潰すって? そんなわけないじゃないか」

「ないわけない?」

 かなみはキョトンとする。

「だから、かなみちゃんの思い過ごしよ」

「思い過ごし!?」

「まあ、会社が潰れるのは事実なんだけどね」

 あるみはそう言うと、かなみは困惑する。

「どっちなんですか?」

「まあまあ、落ち着いて。会社が潰れるって言っても、うちの子会社の一つさ」

「子会社?」

「そこがうちの仕事を発注してくれてたところでね。新しい発注先を手配してもらえるように話を進めてたところなのよ」

「それで、親父の秘書と会ってたのね」

 喫茶店の一幕がつながる。


――この件は私達の方でも残念に思っています


 秘書の一言。あれは子会社が倒産してしまったからこそ漏れたものだったのだろう。

「それじゃ、路頭に迷わないようにっていうのは?」

「ああ、彼女はちょっと大げさに言ってしまったせいだね」

「アガルタの子会社の倒産は、うちとしても痛手だけど路頭に迷うってのは大げさだったわよね。迷うのはあんたんとこの社員の方でしょ」

「いや……面目ない次第だよ」

 そのあたりは彼方も遺憾に思っているのか、どこか悔しそうに言ってるようにも聞こえた。

「ともあれ、君の会社への仕事が滞らないよう手配はしておいたよ」

「助かるわ。コーヒーしか出せないのが申し訳がないくらいなんだけど」

「構わないよ。こちらとしても取引先を失うのは極力さけたいところだしね」

(お、大人の会話……)

 あるみと彼方のやり取りを聞いて、かなみはそう感じた。

「あ、あの、それじゃ、会社はこれまどどおり仕事が出来るってことですか?」

「うん、そうだね」

 彼方はにこやかに言う。

「まあ、かなみちゃんにはこれまでどおり深夜まで働いてもらうことになるけどね」

「え……?」

 かなみは絶句する。

「うん、よかったね」

「………………」

「借金を返すためだしね。追加の発注もどんどんこなしてもらうわよ」

「う、嘘でしょ?」

 かなみの問いかけを無視して、あるみと彼方は仕事の話をしはじめる。

「あんたにとっては潰れた方がよかったかもね」

 みあは茶化してくる。

「……仕事、がんばろ」

 虚ろな目で、それだけの言葉を紡ぐので精一杯であった。

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