第50話 倒産!? 少女は経営に頭を悩ます? (Aパート)

 会社が潰れる。

 かなみはそんなことを考えたことが無かった。

 株式会社魔法少女は小規模ながらも、社長のあるみも課長の鯖戸も矢継早に仕事をとってきているから儲けはそれなりにあるイメージがある。ピンハネもされているし。

 何よりも、この会社が無くなったら他に行く宛が無い。

 行く宛が無くなったら、借金が返せなくなって……そこから先は考えたくなかった。それゆえに考えないようにしてきた。

「……会社が潰れるかもしれない」

 そんな危機に直面して初めて自分の身の振り方を考えさせられた。

「会社が潰れたら、どうしよう……」

 もう魔法少女として稼げない。

 借金を返済することはできない。でも、返済しなければならない。

 働いて返せないとなると、それ以外の方法でなければならない。

 きっと想像もつかないような恐ろしい目にあうだろうな。

 少なくとも、今みたいに毎日学校に行って、仕事に行って、魔法少女として怪人と戦って、日付が変わるぐらいまで働かされて、その繰り返しだ。

 あれ、今でも十分に恐ろしい目にあっているのではないだろうか。

 いやいや、これよりももっと恐ろしい目が待ち受けているに違いない。

「どうしたのよ、いきなり?」

 みあがかなみの呟きを聞いて声をかけてくる。

「あ、みあちゃん、どうしたの?」

「どうしたの、じゃないわよ。あんたが、会社が潰れるなんてトンチンカンなこと言ってきたんじゃない」

「と、トンチンカンって……」

「まあ、この時勢、会社が一つ潰れたって別に珍しくもなんともないけどね」

「えぇ!? やっぱりうちって、潰れるの!?」

「うちが潰れる? だからそれ、どういうことなの?」

 かなみは沈痛な面持ちで答える。

「社長と部長がそんな話をしてるの、聞いちゃったから……」

「変ね……」

 みあを顎に手を当てる。

「うちが赤字になったなんて話、聞いたこと無いんだけど」

「え、そうなの?」

「あるみと鯖戸って、結構やり手じゃない。一千万とか一億の案件ポンポンとってきてるし」

「た、確かに……」

 かなみも以前一億円のかかった案件を任されたことがある。その時の報酬は現金ではなかったが。

「その話、本当なの?」

 みあはもう一度訊いてくる。

「ええ、本当にそう話してたの?」

「怪しいわね……」

 みあは大仰に腕を組む。

「……本当かどうか確かめないと……」

「確かめるってどうやって?」

「そんなの決まってるじゃない、尾行よ」

 みあは得意げに言う。

(決まっているの、それは?)

 かなみは疑問に思ったが、みあはお構いなしだ。

「たしか、あるみはこれから出かける予定が入ってるから、そこをつけるわよ。何かわかるかもしれないし」

「え、えぇ……」

 みあはトントン拍子に段取りを組んでいく。こういう時はとても生き生きしている。

「かなみちゃん、みあちゃん、ちょっと出かけてくるから、留守お願いね!」

 そう廊下から声がしてくる。

 いきなりそんなことを大声で言われたらドキリとしてしまう。かなみは生返事で「はーい」と返す。

「さ、いくわよ」

 みあはニヤリと笑う。

 こうして、再びかなみとみあは再びあるみを尾行することになった。




 あるみに気付かれないように後ろをつけるのは難しい。

 今回、みあは双眼鏡を携帯して見失わないように遠目からつけるようにした。なんでそんなものを会社に持ち込んでいるのだろうか、とかなみは思ったが、あえて聞かないようにした。

「電車やバスに乗る気配はないわね」

「乗られたら、見失っちゃうからね」

 ある意味、そっちの方がかなみは助かる。

 こんなことバレたら、タダじゃすまない。あるみの怒りを買ってどういうことをされたのか、具体的によく覚えていないがとにかく酷いことをされたのは記憶に残っている。

 きっとあまりにも恐ろしいことをされて、思い出そうとしても頭が自己防衛のために遮断しているのだろう、とかなみは解釈している。

 そんなわけで、かなみは自分の身体が警告を発しているような気がしてならないのだ。

「みあちゃんは怖くないの?」

「怖い、何が?」

「だって、見つかったら罰を受けるのよ。この前、尾行がバレてどうなったか覚えてない」

「覚えてない」

 みあはきっぱり言う。

「あんたね、うちが潰れるかもしれないって、そっちの方が気にならないの?」

「うーん……それは気になるけど……」

 だからといって、こんな危険を冒してまで知りたいかと問われると微妙なところだ。

 みあはため息をつく。

「あんたね、うちで働けなくなったら借金はどうするのよ?」

「う……」

 もっともな問いかけだし、もっともそらしたい現実であった。

「あんたみたいな中学生が一人でまともに働けるとは思えないし」

「………………」

 みあちゃんだって、小学生なのに……と言い返したい気持ちをこらえる。それを言うと、そもそも株式会社魔法少女というものが特殊なのだ。

 自分のような普通の中学生やみあと紫織の小学生が働いているというだけでも非常識な会社なのに、魔法少女に変身して、それでボーナスまでもらっている。

 どういう仕組みで経営が成り立っているのかよくわからないし、深く考えたこともない。

 ただ、まっとうな仕組みで出来ているとは到底思えない。

 何度か暴力団と関わりのある仕事も引き受けたこともあるし、直接戦ったこともある。

(……よく今まで、生きてこれたわね)

 我ながら感心してしまう。

 魔法少女としてネガサイドの怪人と何度も何度も戦ってきたのに、こうして生きて働いていられる。

 それもこれも一人じゃないから、この会社にいるから、何もかもがうまくなっているような気がする。


――深刻ね、潰れるかもしれないかわよ


 あるみはそんなことを言っていた。

 偶然、かなみは耳にして衝撃を受けた。


「この不景気だ、仕方がないね」

「手立ては打ちたいわね」


 あるみと鯖戸の話し声に聞き耳を立てる。


「そのあたりは任せてくれ。君も君の伝手があるだろ」

「ええ、会社は潰れるかもしれないってなると大変ね」


 かなみは絶句した。


「かなみ、かなみ?」

 みあの呼びかけで我に返る。

「あ……」

「ぼうっとしちゃって、借金でも考えてたわけ?」

「ち、違うわよ。私だって年がら年中借金のこと考えているわけじゃないんだから」

「じゃあ、四六時中考えるのね」

「………………」

 それじゃ、同じ意味じゃないか。

「もう! さっさと行くわよ!」

 かなみは癇癪を起こして、あるみを追いかける。

「あ、ちょっと!」


――会社は潰れるかもしれないってなると大変ね


 あるみの言葉が、気にかかった。

 もし、もしも……会社が、株式会社魔法少女が無くなってしまったら……

 私はどうしたらいいのだろうか。




 結局あるみが来たのは、いつものモダンな喫茶店であった。

 そういえば、前に尾行したときも、あるみはここへやってきたな、と、かなみは奇妙な既視感を覚える。

「前、尾行した時は、社長がみあちゃんの本当のお母さんかもしれないのを突き止める為、だったわよね?」

「あ~思い出したくないけどね」

 みあは頭を抱える。やはり、嫌な思い出として記憶に残っているようだ。

「あ、コーヒー頼んだ」

 ウエイトレスがあるみのテーブルにコーヒーを置く。

「いつものやつね、ここのコーヒーおいしいし」

 かなみもコーヒーを頼む。

「あんたが払いなさいよ」

「えぇ!?」

「声が大きい。気づかれるわよ」

「だ、だって……」

 かなみにとってはコーヒー一杯でも痛い出費なのだ。

「しょ、しょうがないわね……ここのコーヒーおいしいし」

 かなみは渋々コーヒーをすする。

 今月の生活費は大丈夫だろうか。

「それにしても、誰を待っているのかしら?」

 みあは時折あるみへ視線を向ける。

 誰かと待ち合わせしているのは明白なのだが、果たして誰なのだろうか。

 以前


カランカラン


 喫茶店の来客を告げる扉のベルが鳴る。

「――!」

 かなみとみあは固まる。

 やってきたのは、みあの父親の女性秘書だった。

(これじゃ、あの時と同じじゃない!?)

 秘書は、あるみと相席し、何やら話し始めた。

「なんて話してるの?」

「うーん、わからない」

「あんたんとこの地獄耳の母親にコツでもきいとけばよかったわ」

「なんでそこで母さんが出てくるのよ?」

 とはいっても、母の涼美ならばこれぐらいの距離でも聞こえただろう。

「この件は私達の方でも残念に思っています」

 そう思ったら、急に秘書の声がよく聞こえるようになってきた。

 この件……果たして何のことだろうか。

「まあ、不景気だししょうがないわよ。それよりも今後のことを考えないといけないわ」

 あるみも珍しく深刻そうに言う。

(今後……やっぱり会社が潰れるから?)

 何気なく言った一言でもどうしてもそれを連想してしまう。

「ええ、こちらとしても打てる手は打っておきます。どうかあなた方が路頭に迷わないように人事を尽くします。」

「ちょっとやめなさいよ、縁起でもない」

 そのやり取りを聞いて、かなみは絶句した。




「ええ、会社が潰れる!?」

 オフィスに戻ったかなみは、デスクで書類点検をしていた翠華と紫織に相談する。

「それ、本当なの?」

「何かの間違いじゃないですか?」

「間違いじゃないんですって! 本当にこの耳で聞いたんですから!」

「あたしは全然聞こえなかったんだけど」

 みあはすねたように言う。

「でも、社長も鯖戸もどんどん仕事をとってきてるのよ。仕事が無くならないから会社が潰れないじゃないの?」

 翠華の意見はもっともであった。

「それは……不景気だそうです」

「ま、今が不景気なのは事実でしょうね。親父も業績が上がらないって頭悩ませてるし」

 そう言って、翠華は首をひねる。

「そりゃ、大企業は景気の影響を受けるって聞きますが、うちがそれくらいで潰れるとは思えませんよ」

「むしろ、不景気で燃え上がるのがうちの社長だと思いますけど」

 紫織の意見にみんな同意する。

「――不景気なんかに魔法少女は負けない、なんてこと言いそう……」

 かなみの発言にうんうんと頷く。

「そうなると、潰れるなんて考えられないわよね……かなみさん、何かの間違いじゃないの?」

「い、いえいえ、確かに聞いたんですってば! 私達が路頭に迷うかもって!」

「路頭に迷うのはかなみだけじゃないの?」

 みあの不意打ちともいえる一言に、かなみはずっこける。

「そ、そうでした……生活のため、借金のため、給料のため、働いているのは私だけでした……」

「給料はたしかに目当てだけどね」

「大金持ちのみあちゃんがそれを言う?」

 そもそも、お金に不自由の無いみあの給料の使い道って一体何なのだろう。

「あの……直接、社長に訊いた方がいいんじゃないんですか?」

 紫織の意見にかなみはため息をつく。

「そんなこと、怖くて出来ないわよ……」

 とうとう本音を漏らしてしまった。

 結局のところ、潰れるという事実が突きつけられるのが怖くてたまらないのだ。

 会社が潰れたら、路頭に迷うのはかなみだけ。

 一番困るのはかなみなのだ。

 この会社が無くなったら、借金を返すあてもなく今の生活すらままならなくなる。

 だからこそ、潰れるかどうか気になって仕方がないものの、本当は密かに潰れてほしくないと願っていた。

「……ここが無くなったら、私はどうしたらいいか……」

 沈痛な空気が流れる。

「ご、ごめんなさい。余計なことを訊いてしまって」

 紫織は思い切って謝る。

「……でも、気持ちはかなみさんと一緒です……私だって、ここが無くなったらどうしたらいいかわかりません……」

 翠華とみあは同意する。

「そうね、私もよ。みんながいるこの場所がとても大事よ」

「……あたしだって、ここがなくなってもいいなんて思ってないわよ」

 みあまで素直にそんな事を言うなんて珍しい。それだけに、かなみも嬉しかった。

「……みんな、気持ちは一緒なのね」

「はい」

「ええ」

「もちろん、借金のあるあんたが一番深刻なんだけどね」

「みあちゃん、酷い……」

 それでも、かなみを気遣っての発言なので傷つかなかった。

「……会社、無くなってほしくない……」

 とうとう本音が漏れた。

「はい、無くなってほしくありません」

「そうね」

「まだ無くなるって決まったわけじゃないでしょ。どうしてそう悲観的なのよ」

「みあちゃん……?」

 みあはかなみへと目を向ける。

「怖くて出来ないなんて言ってられないでしょ。生き死にがかかってるんだから、必死になりなさいよ!」

「は、はい!」

 みあの真剣さに、かなみは思わず丁寧に答える。

「必死になったら、あるみを問いただすのだって怖くないでしょ!?」

「はい! 必死になったら社長に訊くのだって怖くない! 必死になったら!」

 かなみは気合を入れる。

「私に何を訊くつもりなの?」

「「「しゃ、社長!?」」」」

 不意に背後からあるみがやってくる。

「そんなに驚くことないでしょ」

「い、いえ、驚きますって! いつ入ってきたんですか?」

「ついさっきよ」

「ビックリするから静かに入ってこないでください」

「いつもは派手な音を立ててこないでって、言ってるのに」

「時と場合によりけりですよ」

 かなみはすねる。

 会社のことを心配しているのが少しばかり馬鹿らしくなった。

「何をすねてるの?」

 さあ、と、翠華達はジェスチャーで返す。

「それよりも、かなみちゃん、仕事よ」

「え、こんな時に仕事ですか!?」

「こんな時? 何か切羽詰まった状況でもないでしょ?」

「そ、それはそうですが……」

「じゃ、行くわよ」

「え、もう行くんですか!?」

「ええ、善は急げっていうでしょ! ほら、はやく!」

「は、はい!」

 あるみに連れられるまま、オフィスを出る。

「大丈夫かしら……」

「ま、死にはしないでしょ」

「かなみさん、訊けると良いんですけど……」

 無理かもしれない、と、残された三人は思った。

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