第49話 郷愁! 糸が結ぶ縁は少女とかつての少女 (Bパート)

「お腹空いた……」

 学校の授業が終わってほうほうの体でオフィスに入った第一声がそれだった。

 昨日も釜須に野菜のスープを食べさせてもらったとはいえ、それだけで一日を凌げるほど人は省エネで生きられない。むしろ、今日一日よくもったほうだといえる。

 力尽きたかなみは机に突っ伏した。

「おはよう、って、うわあああ、死体!?」

 オフィスに入ってきたみあは本気で驚く。

「ひ、ひどいよ、みあちゃん……」

「生き返った!? ゾンビじゃない!」

「だから、死んでないって!?」

 かなみは意地でも起き上がって、みあへ抗議する。

「まったく、あんたは油断するとすぐに借金ゾンビになるわね」

「誰が借金ゾンビよ!?」

「んじゃ、借金ゴースト?」

「幽霊だよ、ゴーストって幽霊じゃない!?」

 どっちにしても、かなみの苦手なお化けの類であった。

「それにしても、今日は静かね」

「急に話題変えないでよ! それはそうと昨日は大変だったんだよ。二人は出張しちゃうし、紫織ちゃんは風邪引いちゃうし、部長も出かけちゃってるしで、萌美は寝てるしで、もう私一人で大変だったんだよ!」

「ああ、わかったわかった。ゾンビのくせにやけに元気ね」

「ゾンビじゃないって!」

 そう叫んだら、再び腹の虫が鳴り出した。

「み、みあちゃん、ごはん……」

「あたしはご飯じゃないっての。ご飯? またお金なくなったの?」

「母さんが色々使い込んでたせいよ」

「あの母さんね……確かに、後先考えずに色々使い込みそうな性格してるわ。大方、余ったお金を貯金するより借金返済にあてたってところでしょ」

 ズバリ、そのとおりであった。

「……みあちゃん、ってなんでそんなに鋭いの?」

「さあ、なんとなくで言ってるだけよ」

 そういう鋭さが感知能力にも影響しているのだろうか。

「それより、みあちゃん。仕事が終わったらご飯お願い」

「また? しょうがないわね……」

 みあは渋々ながら了解する。

「ありがとう! ようし、早く仕事終わらせてご飯食べるわよ!」

 かなみは手を叩いて喜ぶ。

「……単純ね」




 というわけで、鯖戸がいないおかげで余計な仕事も割り振られず、早上がりできた。

「ごはん、ごはん~♪」

 かなみはスキップ弾ませながらみあの高級マンションへと向かう。

「バカに上機嫌ね」

「かなみちゃんはあれくらい元気な方がらしくていいのよ」

 そんな様子を見て、みあと千歳は会話する。

「ってか、なんであんたもついてくるわけ!?」

「だって、事務所にいても退屈なのよね。みあちゃんの部屋も興味あるしね」

「上がり込む気なの!?」

「私とみあちゃんの仲じゃない。合体だってしたんだからもう他人とは言えないわ」

「あれはあんたが勝手にやったことでしょ! 二度と嫌なんだから!」

「そんなこと言わないで、私はとても楽しかったわよ!」

「あたしが! 不愉快なのよ!!」

 かなみが振り向くと、みあと千歳が言い争いをしている。

「二人とも仲がいいのね」

「君はそろそろメガネをかけた方がいいんじゃないかと思うよ」

「なんでよ?」

 そもそもメガネを買うお金はないのに、と、かなみはぼやく。

「やあ、かなみちゃんじゃないか」

 公園で空き缶拾いしていた釜須が声をかけてくる。

「あ、釜須さん!」

「今日は元気じゃないか?」

「はい。みあちゃんがごちそうしてくれるんです」

「みあちゃん?」

 かなみがみあの方へ向く。それにつられて釜須もみあを見る。

「……ごちそう、この子が?」

 みあがどう見ても小学生にしかみえないのに、「ごちそう」という言葉に違和感を覚えたのだろう。

「こうみえても、私の仕事の先輩なんですよ」

「先輩? はは、変わった仕事なんだな」

 確かに変わった仕事だ。

「……どんな仕事かは言えないけどね」

 千歳は耳打ちするが、普通の人間である釜須には声どころか姿すら認識できない。

「お……!」

 そのはずなのだが、釜須は千歳と目が合った。

「どうしたんですか?」

「いや、そのみあちゃんって子の隣に袴を着た女の子が見えるんだが……」

「え……?」

「この人、私が見えるの!?」

 千歳は驚くが、さすがに声まで届かなかったのか、釜須は受けごたえせずに目をこすってみる。

「いや、気のせいか……かなみちゃんが元気なら今日はスープはいらねえな」

「あ、……その節は、どうもお世話になりました」

「そんなにかしこまらないでいいぞ。ホームレスの俺よかちゃんと仕事してるかなみちゃんの方が偉いんだから」

「そ、そんなことありませんよ」

 困るかなみに対して釜須は笑う。

「ハハハ、またな」

 釜須は笑顔で去っていく。

「なんなの、あれ?」

「いい人なんだけど、ホームレスなのよ」

「なるほどね、あんたにピッタリな取り合わせね」

「どういう意味よ?」

 そのままの意味よ、とあっさり答えて、みあは釜須の背中を見る。

「でも、なんでそんな人に千歳が見えたのかしら?」

「魔法少女じゃないにしても、魔力が高い人はそこそこいるからね。そういった人には見えるかもしれないけど……でも、やっぱりそれだけじゃない気がするのよね」

「それだけじゃないってどういうことよ?」

「うーん、わからない!」

 千歳は宙で一回転して、頭がこんがらがっているのを表現する。かなり子供っぽい。

「どこかで見たことがあるって言ってましたよね、何か思い出せないんですか?」

「思い出せないから苦労してるのよ。見たというか、会ったというか……」

「どうせ年寄りのボケでしょ、付き合ってらんない!」

 そう言って、みあはさっさと行ってしまう。

「ちょっと待てみあちゃん! 置いてかないで!」

「うーん、もうちょっとで思い出せそうなんだけど……思い出せなーい」




カタカタカタカタカタカタ


 暗い倉庫の中で虎型のマスコット・トニィが小気味よくパソコンをタイプする。

「これが俺の調べた限りだ」

 印刷機からプリントアウトされた用紙をかなみは受け取る。

「ありがとう……それにしてもよくこんなに詳しく調べられたわね」

「それが俺の得意分野だからな。また何かあったら気軽に頼んでくれよ」

 トニィは得意満面の笑みで言う。

「とにかく助かったわ、ありがとうね」

「かなみちゃんがマスコットに頼み事をするなんて珍しいわね」

「うわあ、社長!?」

 急に背後に回られてびっくりする。

「いきなり、後ろから声をかけないでください」

「おばけかと思ったの?」

「はい」

 素直にそう返答すると、あるみは不満顔になる。

「まあ、この暗い倉庫じゃ無理もないわね。それで何を調べてたの?」

「釜須っていうホームレスの人なんですけど」

「ホームレス? かなみちゃん、とうとう家賃まで払えなくなったの?」

「そうなんですよ、今日もらった給料も全部借金で……って、違いますよ! 私がホームレスじゃなくて、ホームレスの人のことを調べてもらったんです!!」

「そんなこと、わかってるわよ。かなみちゃんもノリがいいんだから」

「……わかっててからかったんですか」

 今度はかなみが不満顔になる番であった。

「それだけじゃないわよ、新しい仕事よ」

「仕事? 魔法少女の、ですか?」

「ええ、この近くで怪人が徘徊しているみたいなの」

「怪人が? またネガサイドですか!?」

「いいえ、ネガサイドの仕業じゃないみたい。仔馬が言うには自然に生まれた怪人みたいなのよね」

 人に害を成す怪人には、大きく分けて二種類ある。

 一つは、悪の秘密結社ネガサイドの陰謀や悪巧みによって生み出された怪人。人の負の感情を無理矢理集めて怪人を生み出すところを、かなみも目の当たりしたことがある。その手法は強制労働という相当あくどいものだったが。

 もう一つは、大気中にある魔力が例えば台風や地震といった何かの拍子で混ざりあって自然に発生する怪人だ。今回はその後者の方らしい。

「野良犬みたいなものですか?」

「そうね、さしずめ野良怪人ってところよ」

 はた迷惑な野良犬だ、とかなみは思った。

「それを私が退治するってことですか?」

「ええ、引き受けてくれる?」

 そう言われても、断るといった選択肢はかなみには存在していない。

「ボーナスはいくらですか?」

「かなみちゃんがもう一ヶ月生きていけるぐらいね」

 それはつまり、今日もらったばかりの給料に借金返済と家賃で引かれた分ぐらいの金額ということだ。早い話が一、ニ万円程度だろう。

 その金額の低さもさることながら、そんな風に例えられたことで余計にげんなりしてしまう。

「もっと、なんとかなりませんか?」

「まあ、野良犬みたいなものだから緊急性は低いのよ。受けないなら、翠華ちゃんかみあちゃんにやってもらうけど、どうする?」

「いえ、喜んで引き受けます」

 結局のところ、給料が貰えたとはいえ財布の中身が常に心もとないかなみにとって、断るという選択肢はなかったのである。




「それで、なんで千歳さんまでついてくるんですか?」

 夜の小道を歩くかなみは文字通りフラフラついてくる千歳に訊く。

「だって、退屈だったし」

 まったくこの幽霊は自由気ままだ、と、かなみは心の中で文句を言う。

「今回は私一人で行く予定だったんでボーナスは分けてあげられませんよ」

「ああ、いいのいいの! ただの散歩のつもりだから」

「そんなこと言って、あとで請求してきても出しませんからね」

「それに、散歩でもしたら思い出せるかもしれないしね」

「……あの人のことですか?」

 かなみが訊くと千歳はうん、と頷く。

「…………うーん」

 かなみは悩む。

 トミィに調べてもらったことで、大方のことはわかった。

 でも、それをこの場で言っていいのか憚られた。

「どうしたの、かなみちゃん?」

 千歳がいきなり目の前に出てくる。

「うわあ!?」

 かなみは驚きのあまり、後ろにすっ転びかけた。

「びっくりさせないでください!」

「ごめんごめん、かなみちゃんがいきなり考え込みだしたからどうしたのかと思って」

「どうしたのかと思ったら、前に出てびっくりさせるのが幽霊なんですか?」

 千歳は、あははは、と楽しそうに笑う。別に冗談を言ったつもりはないのだが。

「まあね、かなみちゃんも幽霊になってみればわかるわよ」

「なってみるものでもないでしょ、幽霊って! なりたくもありませんし!」

「そうね、私も気づいたらなってたみたいなものだしね」

「……気づいたらって、」

 まったくもって笑えなかった。

「そろそろ、目撃情報があったっていう場所だよ」

 住宅街の入り組んだ小道だ。当然のことながら人の通りが少なく、騒ぎになっても人の目に触れることはあまりなさそうだ。

「こんなところを誰がどうやって見つけてくるのかしら?」

「うちの独自の情報網だよ」

 かなみの疑問に、マニィは答える。

「どんな独自よ……?」

 きっと、鳥を使ったり、犬を使ったり、といった非常識極まりないものだろう。


ガアァァァァァァァッ!!?


 そこへ男性の甲高い悲鳴が響き渡る。

 かなみ達の向かおうとしていた場所の方角だ。

 そこに怪物が現れたことがあるし、今夜も出る可能性が高いということなので、嫌な予感がよぎる。

「――!」

 かなみは走る。

 辿り着いた先にいたのは、犬に似たシルエットが男の肩へ噛み付いているところであった。

「やめなさい!」

 かなみは即座にそのシルエットを突き飛ばし、男から引き離した。

「か、かなみちゃんか……」

 男は釜須で、その場に崩れ落ちる。

「釜須さん!」

 肩の出血が酷い。すぐに病院に行かなければ生命に関わるかも知れない。

「その人の心配より怪人よ」

 千歳に促され、かなみは怪人の方へ見据える。怪人は二足歩行こそしているが、本当に犬によく似ていて、野良怪人という言葉がしっくりきてしまう。

「黒い野良犬みたいな怪人だから、ノラクロって呼ぶべきかな」

 などと、マニィは言ってくる。

「野良犬でも、野良怪人でも、なんでもいいからとっとと倒して釜須さんを助けないと!」

 かなみはコインを取り出し、宙へと投げる。

「マジカルワークス!」

 コインから降り注ぐ光のカーテンに包まれ、そこから黄色の魔法少女が闇夜に姿を現す。

「愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!」


グルルルゥゥ


 ノラクロは口の牙と共に闘争心を剥き出しにする。

「ジャンバリック・ファミリア!」

 ステッキの鈴を飛ばして、魔法弾を放つ。

「グギャァッ!?」

 ノラクロはたまらず悲鳴を上げながら、逃げる。

「逃さないわよ!」

 カナミはそれを追いかける。

 一方の千歳は釜須の容態を看る。

「出血はそこまで酷くないけど、早く傷口を塞ぐべきね」

 幽霊の状態でも魔法を使える。

 得意の魔法糸で応急処置ぐらいならばできるはず。

「ちと、せ……」

 釜須が目を開けて、うわ言のように呟いた。

「え……? 千歳?」

 千歳は突然自分の名前を呼ばれて驚く。

「むかし、田舎のじんじゃ、で、みた神様に、そっくりだ……」

「…………………」

「……ああ、そっか、俺を、ずっとみまもってくれたんか……」

「……えぇ」

 千歳はそれだけ答える。


グルルゥゥッ!


 そこへカナミから逃げてきたノラクロがこちら目掛けて飛び込んでくる。

「――うるさい」

 千歳は腕を一振りし、魔法糸でノラクロを絡め取る。


ガウガウガウガウッ!!


 ノラクロはもがき、なんとか魔法糸を牙で噛み切ってやろうとする。

「吠えるだけしか能がない野良犬ね。さっさと片付けるわよ

――カナミちゃん!」

 千歳の呼びかけに、カナミは応える。

「はい! 神殺砲! 」

 ステッキを砲台へと変える。

「ボーナスキャノン!!」

 そして、魔力の洪水ともいえる砲弾を放つ。


ギャアァァァァァァァッ!!


 ノラクロは飲み込まれ、爆散する。

「すみません、意外にすばしっこくて」

 カナミは駆け寄ってくる。

「今はそんなことどうだっていいわ! 栄太の傷口が深いからこの場で縫合しなくちゃならないわ!」

 千歳はかなり切羽詰った様子でカナミに言い寄ってくる。

「え、えぇ、はい!? ほーごう?」

 カナミは千歳の言っている意味がわからず、困惑する。

「というわけで、身体を借りるわよ」

「かりるぅッ!?」

 有無を言わさず、霊体の千歳はカナミの身体へと入り込む。

「ど、どうなってるの?」

 身体の自由がきかない。どうやら、乗り移った千歳が自分の手足を勝手に動かしているようだ。

『糸は出せる。みあちゃん程じゃないけどカナミちゃんの身体も相性いいみたいね』

 千歳の声が身体の内側から頭に直接響いてくる。

「私の身体、乗っ取ったんですか?」

『今は四の五の言ってる場合じゃない。早く助けないと!』

 カナミはそう言われて、倒れている釜須に目をやる。

 傷口が深く、血の気の引いた顔で、かなりまずい状態だというのは一目で分かる。

「どうすれば助かるんですか?」

『私が今からこの身体を使って、魔法糸で傷口を縫い合わせる。そうすれば助かるはずよ』

「わかりました。でしたら」

『フフ、素直ね。話が早くて助かるわ』

「助けるのは釜須さんの方でしょ」

『ごもっとも!』

 そう言って、カナミの手を一振りし、魔法糸を造り出す。

「身体、預けます! 必ず助けてください!」

『えぇ、もちろんよ!』

 千歳はカナミの身体を自在に扱い、器用に手で紡いだ魔法糸を使い、釜須の傷口を縫い合わせていく。

「ちとせ……まもりがみの、かみさま……」

「そうよ、あなたには私がついているから……絶対に死なせはしないわ!」

「そっか……だったら、俺も生きなくちゃな……」

「ええ、生きなさい!」

 千歳は力強く言葉を投げ、縫合を完了させる。

 そして、しばらくしてマニィが呼んだ救急車が駆けつけ、釜須は一命を取り留めた。




 それから程なくして、釜須は退院した。

 ノラクロに噛まれ、本来なら針を何本も必要とする傷口も、千歳の魔法糸によって傷跡すら残らず完璧に縫合されていた。何故、あれだけの出血を起こした傷があっさり治り、跡も残っていないのか、医者は不思議がっていたが。

「退院、おめでとうございます」

 川原の釜須のテントでかなみは祝いの言葉を贈る。

「おう、ありがとよ。しかし、野良犬に噛まれるとは俺もついてなかったぜ」

「はは、そうですね」

 それについては、かなみも同意せざるを得なかった。

 あの晩、ノラクロが現れる場所にたまたま空き缶拾いのために見廻っていて遭遇したのだから、本当に運が悪かったとしか言いようがない。

「でも、かなみちゃんが救急車を呼んでくれて助かったんだからそうそう捨てたもんじゃないぜ」

 そう言って笑う釜須に、かなみは黙っているのが悪い気がしてきた。

「釜須さんが助かってよかったです」

 ただそういうことしかできなかった。

「ああ、危うくまいかと子供のところにいくところだったぜ。……だけどな、守り神様が呼び止めてくれたんだ、生きなさいってそう俺に言ってくれたんだ」

「守り神様?」

「ああ、俺の田舎の神社にいるっていう神様のことなんだ。名前はたしか……千歳っていったかな。女の子の姿をした神様だっていう話なんだ。村のじいさん方はその神様を信じて敬ってたんだ」

「そうなんですか……千歳ですか……」

 かなみは背後の方にもう一人、そこにいるはずの少女に目をやる。

「なんでも、わしらが生きているのはその神様のおかげなんだって言ってしょっちゅう拝みに行くぐらいだからな、御利益もすごくあるんだろうな。

……俺も昔、会ったことがあったのをすっかり忘れたぜ」

「え、会ったことがあるんですか?」

「あ、いや、ガキの頃だ」

 釜須は照れくさそうに笑って言う。

「神社に行ったときに、たまに袴を着た女の子が空を飛んでいる姿が見えてな……友達や家族に言っても、信じてもらえなくてな、そのうち、俺も夢だったんじゃないかって忘れてたんだ」

「………………」

 それは間違いなく千歳だ。かなみは釜須の言っていることを信じられた。

「でもよ、その女の子があの夜、見えたんだけどな……俺をずっと守ってくれてたみたいなんだ、こんなバカな話、信じられないだろ?」

「……信じます!」

 おどけた調子で言ってくる釜須に対して、かなみは笑顔で素直に返す。

「え?」

「だって、その守り神のおかげで釜須さんは今ここに生きているんですから!」

「そ、そうか……そうだよな……その神様に、生きなさいって言われたら、頑張って生きるしかねえよな」

 釜須はそう言って立ち上がる。

「俺、田舎に帰るわ」

「……え?」

「田舎を出たのは、なんもなかったのが嫌だったからなんだ。だけど、今の俺だってなんもない。生きていくにはちょうどいいし、神様のいる神社だってある。むしろ、あそこだから俺は生きていける気がするんだ」

 言うが早いか、釜須はあっという間にテントを畳んで身支度を整えてしまう。

「は、早いですね」

「思い立ったが吉日っていうしな」

「せっかく知り合えたのに、もうお別れなんて……」

 あまりの突然のことに、かなみはついていけなかったが、名残惜しさだけがわずかずつ込み上げてきた。

「なあに、また会えるさ。今度俺の田舎に来るといい」

「行きます! 絶対に!」

 かなみは力強くそう答えると、釜須はニコリと笑った。




「人の縁ってわからないものね」

 千歳は空を仰いで言う。

「そうですね。まさか釜須さんの田舎が、千歳さんの故郷だったなんて」

 トミィに調べてもらってわかったことだ。

「そうね、私も忘れてたしね。なんだかあの神社、居心地が良かったからしばらくいたんだけど、その間に何人かの子供と会ってたのよ」

「その子供って、幽霊が……千歳さんが見えてたんですか?」

 千歳は頷く。

「多分、生まれつき魔力が高いとか素質のある子供じゃなかったと思うわ。ただ、私と魔力の波長っていうのかしらね? とにかく相性みたいなものがよかったから私の姿が見えてたんだと思う」

 そのあたりは、みあと千歳の合体による相性も関係しているのだろう。あの夜、かなみに乗り移った時、みあの時と比べると幾分か身体が重く、扱いづらかったらしい。

 千歳と釜須もそういった意味での魔力の相性は良かったらしい。

 だからこそ、釜須は子供の頃、千歳を見ることができて、あの夜、再会することができた。

「まさか小さかったあの村の子供が大きくなって、こんなところにいたなんて思わなかったわ」

「そうですよ。トミィからそれを聞かされた時、すっごく驚いたんですから!」

「私だって驚いたわよ。栄太から名前を呼ばれたときなんか心臓が止まるかと思ったんだから」

「千歳さん、心臓ないでしょ」

「あ、そうだったわね。なにせ幽霊だからね!」

 千歳は大笑いする。

「ところで、かなみちゃん? 今回のノラクロ退治のボーナス出たんでしょ、今夜はパァーといきましょうよ!」

「………………」

 かなみの表情が一気に沈み込む。

「あ、あれ? どうしたの、かなみちゃん? まさか、ボーナスが出なかったの?」

「……そのまさかですよ」

「どうして? ちゃんと退治したじゃない?」

「……釜須さんの入院費を肩代わりして、消えたんです」

「あ……」

 千歳は納得する。


グウ~


 まるでタイミングを見計らったかのように、腹の虫が鳴り出す。

「あ、そうだ! いっそ幽霊になれば、借金とおさらばできるわよ!」

「それが、釜須さんに生きなさいって言った人の言葉ですか!!?」

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