第44話 全壊! 地を割る衝撃が少女を砕く!? (Cパート)

 翌朝目覚めると、自分がいつの間にか眠っていたことに気づき、学校に行かなくちゃと準備をする。

 そうして、学校に行っていつも通りに授業を受ける。

 その間もずっと考えた。

――私らしい魔法。

 いくら考えてもわからないまま、放課後を迎えた。

「さ、仕事だ」

「わかってるわよ」

 マニィの無機質な呼びかけに、かなみは苛立った返事をする。

(翠華さんやみあちゃんはあれからどうなったんだろう)

 それは気がかりであった。

 本当なら学校なんて休んですぐにオフィスへ行って様子を見たかったのだが、マニィが「あるみから学校にちゃんと行かなかったらお仕置きする」と言われたので仕方なく登校した。

 しかし、その学校ももう終わって出勤してもいいはずだ。

 マニィが仕事へ呼びかけてきたのがその証拠だ。

「オフィスに行っていいのね?」

「もちろん」

 それを確認してから、かなみは勢い込んで校舎を出た。




「おはようございます」

 かなみはオフィスに入って挨拶をする。

 即座にかなみは翠華とみあを寝かせているソファーを見る。

「おはよう、かなみちゃん」

 そこにはあるみがいて、ソファーで静かに寝息を立てている二人の寝顔が見えた。

「社長、もしかして昨日からずっと看ていたんですか?」

「ん、社員を気遣うのは社長として当たり前でしょ」

 あるみは事も無げに言う。

 否定しないところを見ると、本当に昨晩から今日の放課後まで看ていたのだろう。その証拠が翠華とみあの安らかな寝顔だとかなみは思えた。

「二人はもう大丈夫なんですか?」

「大丈夫よ。それでも万が一があるかもしれないからこうして看ているんだけど」

「万が一って何ですか?」

 かなみはギョッとした顔つきで訊く。

「傷口の悪化ね」

「…‥え?」

「傷口が開いてまた出血になったらせっかく巻いた包帯が台無しになっちゃうもの」

「………………」

「安心した?」

「え、ええ……」

「それじゃ、コーヒー淹れてきて」

「あ、はい……」

 かなみは素直に従って、給湯室に向かう。

 そこにインスタントコーヒーとポッドがある。

(社長、本当に一瞬も目を離さず看ていてくれたのね)

 そうでなかったら、わざわざ自分に淹れさせようとはしない。あの人は無類のコーヒー好きで、いつも自分で泥のように濃くて苦いコーヒーを淹れているのだから。

「社長、コーヒーです」

「ありがとう」

 あるみはかなみの淹れたコーヒーを口に入れる。

「うーん、薄いわね」

「社長のが濃すぎるんです。これが普通です」

「ま、たまにはアメリカンもいいわね」

「ですから!」

 この人、たまに人の話を聞かないところがあると思った。……たまに、じゃなかった。

「それで、見つかった?」

「いえ、それがまだ……」

「焦ることはないわ。言ったでしょ、一晩で出来るとは思っていないって」

「そ、そうですか……」

「なんなら翠華ちゃんとみあちゃんの目が覚めたら聞いてみたら?」

「相談ですか……でもいつ頃、目を覚ますんですか?」

「多分、今夜ぐらいかしらね」

 思ったより早い。一時はもう目を覚まさないんじゃないかと心配になったのに。

「早いですね」

 それを聞いて安心できた。

 安心した途端、今夜はゆっくり二人と話をしたい衝動に駆られた。出来れば、オフィスでコーヒーを片手に一晩中。

「じゃあ、今日は仕事を早めに終わらせますね」

「頼んだわよ、今日は翠華ちゃんとみあちゃんの分もやってもらうから」

「……え?」

 この時、かなみはあるみのことを母親のように温かいものだと感じたが、評価を改めた。――やっぱり、この人は悪魔だと。

「い、いいですよ! 仕事のファイルください!」

「はいはい」

 あるみは側にある棚から仕事の資料を納めたファイルを出そうとする。

「――!」

 その時、あるみの表情が一変する。

「どうしたんですか?」

 かなみもその変わりように不安を覚える。しかし、あるみは一瞬、天井を見上げたと思ったらソファーに駆け寄る。

「かなみちゃん、伏せて!」

 それだけ言って、かなみは何がなんだかわからないまま、あるみがそう言うならと咄嗟に机の下に隠れた。


ドシャアアアアアアアアン!!


 突然、天井が崩れ落ちてきた。

 それは昨日も見た光景であった。

「サァァァァァンッ!」

 この咆哮は間違いなく奴であった。

「ククク……ナントモ壊シ甲斐の無イビルダナ」

 破腕は笑う。

 その鋼の豪腕には、昨晩のダメージは一切見られない。

 どういうわけか回復している。その事実にかなみは悔しさで歯噛みする。

 あれだけ攻撃して、翠華やみあが重傷を負ってまで追い詰めたのに。

「ククク……」

 破腕はそんなかなみを見つけて嘲笑する。

「見ツケタゾ……昨晩の借リを返シニキタゾ」

「借りですって!」

 かなみは机から飛び出す。

「私の方こそ! 翠華ちゃんやみあちゃんに酷い目にあわせた借りがあるんだから!」

「ホウ、怯エテイルモノだと思ッタガ威勢は衰エヌカ、結構!」

「何が結構よ! いきなりやってきて!」

 かなみは辺りを見回す。

「わああああッ! 私や翠華さんのデスクがメチャクチャァァァァッ!? これじゃ仕事出来ないわ!」

 仕事が出来ないということは、月給が貰えないということ。それは、かなみにとって最大のピンチであった。

 重ね重ね破腕が許せなくなった。

「ナラバカカッテコイ! オ前一人でドコマデ戦エルカ、見セテミロ!」

「く……!」

 そう言われてかなみは思い出す。昨晩は三人がかりでようやく両腕に深手を負わせただけ。実質的には負けている。

 それなのに、一人でだなんて。

「――何、いじけてるのよ」

 そう言って、ひょっこり萌実が現れる。

「萌実……?」

「うるさくて寝てられないわ」

「あんた、また寝てたの」

「そ、仕事なんて馬鹿らしくてやってられないし」

「~~~」

 かなみは歯噛みする。

「わ、私だって、好きでやってるわけじゃないのよ」

「まあまあ、ケンカするんだったら外でやりなさい」

 あるみが仲裁に入る。

「って、ここがもう外じゃないの」

 萌実は破腕によって突き破られた天井を見上げて言う。

「じゃあ、ここでケンカするしか無いわね」

「ケンカなんてしてる場合ですか!?」

 かなみはツッコミを入れる。

「わかってるならいいわ。じゃあ、二人で協力してあいつをぶっ飛ばすのよ」

「いや、なんでそういうことになるわけ?」

 萌実は不満そうに言う。かなみだって萌実と組むことには不満がある。

 絶対に負けられないというのに、コンビとして息が合うとは思えない萌実と組むなんて自殺行為にしか思えない。

「萌実と協力なんてできません」

「だったら、あいつには勝てないわね」

「う……!」

 痛いところをはっきりと突かれた。

「私はあなたと萌実なら勝てると思っているからそう言ってるのよ」

「そ、そうは思えませんが……」

「私も思えないわね。ま、私一人ならわからないけど」

 かなみは萌実の発言にムッとする。

「何よ、私が足手まといってこと?」

「ええ、そう聞こえなかった?」

「ムッ! だったら、私一人でやってやるわよ!」

「あ、それはダメね」

「なんでよ?」

「あんたを負かすのは私なのよ。あんな奴に先にボロ負けするなんて許さないわ」

「はあッ!?」

 なんて勝手な言い分だと、かなみは憤慨した。

 それじゃ、私一人じゃ破腕には勝てないと言っているのと同じじゃないか。

「アッタマきた! だったら一人でやってやるわよ!」

 かなみはコインを取り出す。

「変身シーンと名乗りは尺の都合でカットだよ」

 一瞬にして、魔法少女カナミに変身する。

「フンッ!」

 破腕はそんなやり取りに飽きたのか、変身したカナミに見向きもせず豪腕を床へと向ける。

「ニィィィィッ!」

 咆哮とともに豪腕を振り下ろす。


ドシャアアアアアアアアン!!


 三階の床を砕く抜いて、二階へと突入する。

「なるほど、中々の馬鹿力ね」

 いつの間にか変身していたモエミは感心する。

「落ち着いてる場合じゃないですよ、このままだとビルが壊され放題よ!」

 そこまで言って、カナミはあるみの方を見る。

 以前、このオフィスビルをぶっ壊された時、かなり怒り狂っていたのだから今回も相当ご立腹なのではないかと心配になったからだ。自分達に飛び火するんじゃないかと。

「あ~ちょっとコケにされた気分だわ」

 そう言ったあるみは笑っていた。

(ああ、これはもう爆発寸前だわ)

 背筋が凍るほどの笑みを見て、カナミはそう直感した。

「カナミちゃん、モエミちゃん」

「は、はい!」

「………………」

 さしものモエミもあるみの剣幕に沈黙するしか無かった。

「骨は私が拾ってあげるから、しっかりやりなさい」

 それはもうとてつもなく冷たい刃を突き立てられたかのような一言であった。

「はい、了解です!」

 カナミは恐怖のあまり脊髄反射で答える。

「……仕方ないわ」

 モエミも観念する。

「いくわよ、カナミ。どうせなら完膚なきまでに叩き潰すわよ」

「モエミ……」

 モエミからそんなことを言われたのは意外だった。

 だけど、不思議と悪い気はしなかった。

「ええ、翠華ちゃんとみあちゃんちゃんの仇もとらなくちゃいけないから!」




(……私も衰えたものだわ)

 魔法で編んだ糸があっさりと断ち切られたことで千歳はそう思わざるをえなかった。

 突然、三階の床を打ち砕いて二階の備品庫をあっさりと天井を殴り破ってきた。

 もちろん、これは怪人の仕業だということは千歳にはすぐわかった。そして、同時に幽霊である今の自分ではどうしようもない敵であることも。

 それでも、抵抗せずにはいられなかった。

「フン!」

 しかし、その抵抗も空しく、魔法の糸は怪人の豪腕を止めるどころか、あっさりと断ち切られる。

「うーん、身体があったらこんなことにはならなかったのに……」

「ソレは残念ナ事ダ」

 怪人・破腕は不敵に笑う。まるで身体があったところで勝つのは自分だと言わんばかりに。

「ああ、あなたね。私の可愛い娘達を傷つけたのは」

「ソウダ。モットモ傷ツイタのは俺も同ジダガナ」

「その割には昨日の今日で攻撃してくるなんて随分と大胆じゃない」

「ソウイウ命令ナノダ」

「命令って誰からの?」

「フンッ!」

 会話を打ち切るように破腕は千歳の糸をその豪腕で断ち切る。

「く……ッ!」

 幽霊になっても、苦しむことだってある。

 存在を維持しているための魔力を消耗することで、息を切らす。本来呼吸の必要がない幽霊だが、これは生きていた時のクセである。

「サテデハ、ツイテキテ貰オウカ」

 破腕はこの備品庫で囚われの身になっていたスーシーに語りかける。

「まったく、乱暴な出迎えですね。僕はあなたのような乱暴者は嫌いですよ」

 スーシーは露骨に嫌悪感を露わにする。

「嫌ッテクレテ結構。ソレヨリも俺にツイテキテモラオウカ」

「嫌です……といっても、無理矢理ついていくのでしょ?」

「無論」

 スーシーはため息をつく。

「あの人にも困ったものですね」

「デハ、ツイテコイ」

「――ですがね」

 スーシーは天井を仰いで言い継ぐ。

「ここの人達は、もっと困った方々揃いなんですよね」

「ヌゥッ!」

 破腕は危険を察知した。

「ジャンバリック・ファミリアッ!」

 破腕の頭上に鈴が飛び交い、魔法弾を雨あられと撃ち放ってくる。

「オオォォォォォォォォォッ!!」

 破腕はその豪腕で全ての魔法弾を防御する。

「――そこね、ボディがガラ空きよ」

 モエミは破腕が頭上に注意を向けていたのをいいことに、足元に潜り込んで必殺の弾丸を叩き込む。

「グフッ!?」

 破腕のカラダが浮く。

「うんうん、初めてにしてはいい連携攻撃だったわね」

 千歳は感心する。

「連携、冗談じゃありませんよ」

 カナミはそれを否定する。

「そうそう、私がいいとこ取りしただけなんだから」

「まるで泥棒ネズミだったわよ」

「ふん、言ってくれるじゃないの」

 カナミとモエミは睨み合う。

 これでは味方同士には見えない。

「ミスったら私が撃つわよ」

 カナミは警告する。

「そっちこそ、私の射線に立たないようにね」

 モエミは言い返す。

 そして、二人を敵を見据える。

「ホウ、オ前達が俺の相手をスルカ」

「そうよ! 今日は負けないんだから!」

「私は昨日負けてないけどね」

「面白イ、受ケテヤロウ!」

 破腕は手招きする。

「ジャンバリック・ファミリア!!」

 カナミは鈴を飛ばす。

 それにモエミはついていく。

「コウイウノをバカの一ツ憶エトイウノダナ!」

 破腕は砲弾を後ろに飛んでよける。

「まあ、あいつがバカなのは否定しないけどね」

 そう言ってモエミは飛び交う鈴の砲弾をかいくぐりながら、撃つ。


バァン! バァン! バァン!


 鈴の音と銃声がリズミカルに鳴り響く。

「コノヨウナ豆鉄砲何発クラッタトコロデ!」

「チィ、思ったより固いわね」

 モエミは舌打ちする。

「モエミ、どきなさい!」

「うっとおしいわね!」

 モエミはそう言いながらカナミの射線上から飛び乗って離れる。

「神殺砲!」

 この威力の怖さを知っているからだ。

「ボーナスキャノン!!」

 大砲が発射される。

「何ィッ!」

 これにはたまらず、破腕は吹き飛ばされる。ついでに備品庫は跡形も無く吹き飛んだ。

「あるみがあとで怒らないかしら?」

 千歳が背後から放った一言に、カナミはドキリとする。

(だ、大丈夫。骨は拾ってくれるって言ってくれたから……!)

 カナミは自分に言い聞かせる。

「ボヤボヤしてるんじゃないわよ」

 モエミの一言でカナミは再び戦いへ意識を向ける。

 破腕には、全力の神殺砲でも倒しきれなかった。ましてや今の一撃は並の怪人なら仕留められるが全力というには程遠い。これで倒せるとは思えない。

 そんな考えに呼応するかのように破腕は立ち上がる。

「今ノハ面白カッタ」

「やっぱり、一撃じゃ無理みたいね」

「なら、百連発よ!」

 モエミは飛び込む。

 モエミの銃弾はカナミの魔法弾に比べて威力が低い。その代わりに連射性は勝っている。

 一呼吸のうちに百発どころか千発放つことも可能である。

 しかし、今回の敵にその連射能力は通じなかった。

 何しろ豪腕の前では千連発も豆鉄砲かポップコーンにすぎなかった。

「あ~こりゃラチあかないわ」

 モエミはあまりの頑丈さに呆れる。

「だったら、これでどうよ!」

 モエミは銃を持ち変えて、大型ライフルを取り出す。

「ヌゥッ!」

 そこから弾丸が螺旋を描いて破腕に放たれる。

「ヤルナ、今ノハ小石ホドの価値がアッタゾ」

「だったら、大岩よ!」

 今度はミサイルランチャーに持ち替える。

「ミサイルビームってやつよ」

 ミサイルからビームが放たれる。

 どういう魔法よ、と、カナミは内心呆れる。

「フンッ!!」

 破腕はビームに向かって豪腕ぶつける。


ゴォォォォォン!!


 豪腕の衝撃によって、ビームがかき消される。

「ああ、これでもダメね!」

「でも、チャージの時間は稼がせてもらったわ!」

 カナミは神殺砲を構える。

 その背後に魔力の充填が整った鈴が飛び交っている。

「神殺砲・三連弾! イノ・シカ・チョウッ!」

 かけ声とともに、神殺砲の砲弾が三発連続で放たれる。

「オオォォォォォッ!」

 破腕はそれに対して豪腕をぶつける。

 右腕で一発目、左腕で二発目を相殺させる。

 しかし、三発目に対抗する腕はもう無かった。

「ゴブゥガッ!?」

 強烈なボディブローをぶちかまされたかのように、カラダをくの字に折り曲げてぶっ飛ぶ。

「これでとどめよ!!」

 さらにそこへアサルトライフルを構えたモエミが追撃をかける。


バァン!


 一際大きな弾丸が破腕の眼前で爆裂する。

 爆発でそのせいで二階の半分が吹き飛んでしまう。

「やることが無駄に派手ね」

「あんたほどじゃないわよ」

「あなた達、ちゃんと協力すればいい二人組になると思うんだけどね」

「ありえないわね」

「ええ、それには同感ね」

 モエミに同意されるのも気に食わないが、コンビで戦うのはこれっきりにしたいと、カナミは思った。

「――ま、でも、これで終わりじゃないとは思うけど」

「……え?」

 カナミはそこで思い出す。

 破腕は今まで戦ってきたどの怪人よりもしぶといということを。


ギリギリ!


 床に亀裂が走る。

 「しまった!」と気づいた時にはもう遅かった。


ドシャアアアアアアアアン!!


 床がせり上がり、豪腕の魔の手がカナミを掴む。

 ビルの床を打ち砕くほどの腕力を持った豪腕に握りしめられては、抵抗も意味が無い。

「くあッ!」

 カナミは全身を圧迫されて呼吸すらも出来ず、苦悶の顔を浮かべる。

「ククク、捕マエタゾ!」

 眼前に迫ってきた破腕の笑顔はどこまでも憎たらしかった。

(こんな奴に、翠華ちゃんやみあちゃんは……!)

 只の敵との戦いだったらこのまま押し潰されて、やられていたかもしれない。

 事実、未だ呼吸はかなわず、掴む腕からの脱出の糸口はまるで見えない

 このままだったら心は諦めなくても身体は先に壊されていた。

「コノママ握リ潰シテヤロウ!」

「――ッ!」

 腕に力が込められる。


バキメキメキ……


 きっと今聞こえているのは自分の身体が壊れ始めている音だろう。

 腕に握られている圧迫から息を吐き出し続けているせいで声が出せない。

 そのため、筋肉や骨が軋む音がやたら鮮明に聞こえる。

 だけど、ここで諦めるわけにはいかない。

「ふぁ……」

 ようやく出せた声で、わずかな言葉を紡ぐ。

 それは逆転の魔法であった。

「みりあッ!」

 カナミが飛ばしていた鈴を破腕の背後にまで引き寄せる。

「ヌゥッ!?」

 完全に勝ったものだと油断していた破腕は突然背後からの攻撃に面を食らう。

 チャンスだと、カナミは思った。

 自分を握りしめている豪腕の力が緩んだ。

 抜け出すならここしかない。

「ピンゾロの半!」

 親指を斬り落として脱出を試みる。

「オアアァァァァッ!!」

 しかし、それを黙って許さない破腕が執念を見せる。

 親指を斬り、そこから出来た隙間から脱出したところで片方の腕で、床へと叩き落される。

「ガハァッ!?」

 全身の骨にヒビが入ったかのような激痛が走る。

「フン! イィィィィィィチィィィィィィッ!!」

 真上に破腕が飛び降りてきたのが見える。

 そのまま豪腕を振り下ろして、止めを刺す気なのがわかる。

 このままだとあの一撃を受けて負けるだろう。

(それだけは嫌だッ!)

 身体は動かない。

 もう叩きつけられたダメージが大きすぎる。

 だから、あの豪腕はかわせない。負ける。

 そうならないために、どうすればいいか。


――動かずに倒すしかない!


「神殺砲!」

 カナミは上へと砲台を向ける

 敵は上から落ちてくる。立ち上がって照準を合わせる必要はない。

「ボーナスキャノンッ!!」

 カナミはありったけの魔力を解き放つ。

「ヌゥッ!」

 破腕にとって、これは思わぬ反撃であった。

 その証拠に完全に落下体勢に入っており、宙に舞っている今の状態ではこれをかわす手段はなかった。

「オオォォォォォォッ!!」

 砲弾をまともに浴びて、咆哮をあげる。

 ダメージを受けているというのももちろんあるが、それ以上にこのままやられてたまるものかと気合で踏みとどまっていた。

「――ッ!?」

 カナミは砲弾を撃ち尽くして、必死に身体を起こそうとする。

 しかし、間に合わなかった。


ドシャアアアアアッ!


 破腕がカナミの上に落下してきたのだ。

「ガハッ!」

「ククク……」

 破腕の勝ち誇った笑みが聞こえる。

「コノ勝負、俺ノ勝チのヨウダナ」

 破腕の顔が見える。仰向けに倒れてきたせいで目と目が合う。

 その顔を見たら、闘争心が掻き立てられた。

「ま、まだ……!」

「ヌゥッ!」

 破腕はそんなカナミを見て、危険を感じた。いや、恐怖したという方が正しい。

 身体はもう限界。魔力だって絞り尽くしたというのに、まだ戦えるというのか。

「神殺砲!」

 砲台に変える。

 まだ神殺砲を撃てるだけの魔力は残っている。

 カナミはそれを実感する。だったら、撃つしかない。

「マ、待テ! コノ距離で撃テバお前モ無事デハ済マナイゾ!」

「翠華ちゃんやみあちゃんを無事で済まさなかったお前が言うなぁッ!」

 構うことなく、カナミは神殺砲を撃つ。


ドゴオオオオン!!


 辺りが閃光に包まれる。




「まったく、少しは後先のこと考えなさいよ」

 萌美は床で横たわっているかなみを見て呆れて言う。

「確かに今回は無茶が過ぎたわね。」

 千歳も同意する。

「でも、ああでもしないとやられていたのも事実ね」

「まったく、これだからSランクの化け物は骨が折れるのよ」

 萌実を銃を片手で回して、おもちゃのように扱って言う。

「あなたもかなみちゃんもその領域に片足を突っ込んでるじゃなくて?」

「……まだまだよ」

「萌実ちゃんにしては謙虚ね」

「事実を言っているだけよ。私もこいつもまだ化け物の領域に達していない」

「そこへ行きたいの?」

「当たり前じゃない。私は元々化け物なんだから」

 萌実は自重するかのように言う。

「化け物じゃなくて魔法少女よ。あるみならそう言うと思うわ」

「……あんた、あいつに毒されてきてない?」

「フフ、そうかもね」

「……否定しろって、そこは」

 千歳が楽しそうにしているところを見て、萌実は面白くない顔をする。

 三階建てのオフィスビルは取り壊し中のビルのように吹きっさらしになっていた。

 それはもう酷い有様で、三階は完全に消滅。二階も半分以上が吹き飛び、一階の柱も壊れているのでどうやって支えているのかわからない状態であった。

 そんな吹きっさらしのビルに爽やかな風だけが吹く。

「ここを出ていく?」

 千歳は訊いた。

 ビルが無くなってしまったのだから、萌実がもうここに留まっている理由は無いのではないかと思っての問いかけだった。

「まさか」

 千歳の問いかけに萌実はあっさりと答える。

 それは千歳に意外なものであった。てっきり、出ていくものだと思っていたからだ。

「まさか。ここにいれば退屈はしないし、あんなもの見せられたらこいつと決着をつけないわけにはいかなくなったし」

「そう……」

 それを聞いて千歳は満足そうに微笑んだ。




 腕はもう上がらない。地面を引きずって歩かなければならなかった。

「グゥ……ウグゥ」

 呻き声を上げるだけで精一杯であった。

 ダメージは大きすぎる。

 帰還して、また回復してもらわなければ……

 あの御方の回復魔法さえあれば、この負傷など……

「――あなたに指示を出しているのは誰なのかしら?」

「――ッ!」

 破腕の目の前に、アルミが現れる。

「オ、オ前は……ッ!?」

「あなたのおかげでかなみちゃん達はまた一歩強くなったし、オフィスを好き勝手壊してくれたし」

「何を言ッテイル……?」

「――お礼をしたいって言ってるのよ」

「――ッ!」

 破腕は一歩後退る。

 気圧された。

 格の違いを正面から見せつけられた気分だ。

「アノ御方はコノ女には絶対手を出スナと言ッテイタガ……」

「だから……」

 アルミは一瞬のうちに破腕の背後に回り込む。

「――それが誰かって訊いてるのよ」

「――ッ!?」

 だらりと地面を引きずらせていた両腕が地に落ちる。

 今の動きは見えなかった。

 いつの間に、背後に回ったのか。いつの間に腕を斬り落としたのか、それも両腕とも。

 こうして、地面に転がった自分の自慢の両腕を見なければ実感しなかっただろう。


――金型あるみに手を出すな


 あの御方に言われたからしなかったのではなく、自分の本能が無意識のうちにあの女を避けていたのだと。

 だから、三階でこのあるみと対峙したとき、すぐに三階の床を砕いて二階に降りた。

 早くビルを壊したい衝動でそうしたと思っていたが、違っていた。

 本当は、あの女から逃げたくてたまらなかったのだ。

「オ、オ前……」

「答える気になった? それとも今度は足がいらない?」

「――答エルツモリは無イ……」

 破腕は死を覚悟した。

 どんな抵抗をしようが、無駄だと思い知った。

 たとえ、この万全な状態だったとしても、たとえ、両腕が無事だったとしても、――絶対に勝てない。

 ならば潔く死を選ぼう。

 どうせ、魔法少女達に敗北したあとだ。いつ最期を迎えてもおかしくない身なのだから。

「ふうん、あ、そう」

 しかし、アルミはそんな決意など興味無いと言いたげにドライバーを消す。

「何のツモリだ?」

「喋ってくれないならもういいわ。さっさとあの御方とやらのところに帰りなさい」

「良イノカ……コノ傷を治セバ、マタオ前達と戦ウ事にナルゾ?」

「――私の娘達が二度も負けると思う?」

 背筋が凍った。

 これが、恐怖というものなのだろうか。

 そういえば、あのカナミと戦った時にもそういったものを感じた。

 あの御方に謁見したときとはまた違う類のものだ。

 怪人というものは人を超えた存在であると思っていたが、

 その怪人さえも超える人、魔法少女という存在がいる。そう考えた方がいいかもしれない。

「……一ツダケ、答エヨウ」

「殊勝なことね」

「俺ガアノ御方と仰グモノは……最高役員十二席が一人・壊ゼル様ダ……」

「壊ゼル……」

「ソノ戦闘力は十二席最強……イヤ、日本一と俺ハ信ジテイル」

「大物ね」

 一言、あるみはそう言った。




「なんで、みんな私の部屋にいるんですか!?」

 意識が回復して帰宅についたかなみはその扉を開けて入ってみた。その第一声がこれであった。

「かなみさん、お邪魔してます」

「相変わらず汚いわね」

 翠華やみあが出迎えてくれる。

「翠華ちゃん、みあちゃん……」

 二人共、さっきまで重傷を負って意識を失っていたように見えない。いつもどおりの二人で、かなみは心底安心した。

 しかし、それはそれ、これはこれ、である。

「社長、これはどういうことですか?」

 奥に居座っているあるみに訊く。

「まあ、恒例ってやつで」

「会社を潰されたら、社員の部屋におしかけるのが恒例なんですか……?」

「だって、他の人の家に押しかけたら迷惑でしょ」

「私は迷惑です!」

 かなみが激昂すると、辺りに気まずい空気が流れる。

「あ、なんだか、すみません……」

 学校からやってきたばかりの紫織が謝る。

「中々風情があっていいですね」

 スーシーが楽しげな笑顔で言ってくる。

「なんであんたまでいるのよ!?」

「なんでって、僕は囚われの身ですから」

「よく言うわよ」

「って、うわあ千歳さん!?」

 幽霊の千歳が壁をすり抜けて現れる。ものすごく心臓に悪い。

「そんなに驚くこと無いのに」

「そりゃ驚きますよ。千歳さんまで来たんですか?」

「ええ、建物無くなっちゃったし、他に行くところはないもの……私、幽霊だから場所をとらないから」

「そういう問題じゃありません!」

「まあ、ビルが修繕されるまでの辛抱よ」

「それって、いつですか……?」

 かなみは恐る恐る訊いてみる。

 ビルはかなり壊されているから修繕というより一から建築することになるかもしれないし、そうなったら何ヶ月という期間になるのでは、かなみは心配になる。

「……気長に待ちましょう」

「ご、ごまかさないでください!」

 一ヶ月ぐらいですむといいな、と、かなみは願った。


コンコン!


 部屋の扉をノックする音がする。

「お客さん?」

「はいはい、私が出ます」

 かなみは立ち上がる。

「こんな時間に、誰かしら?」

 翠華が訊く。

「多分、隣のお兄ちゃんですよ。よく夕食おすそ分けに来てくれますから」

「へ、へえ、そうなの」

 何故か、翠華は不審な表情をして答える。

 しかし、かなみはそれに気づくこと無く、そのまま扉を開ける。

「――ッ!」

 かなみは驚いて、言葉を失う。

 扉の前に立っていたのは、隣のお兄ちゃんなどではなく、意外な人物だったからだ。

「――ただいまぁ」

 かなみの母・結城涼美が上品な微笑みを浮かべてそこに立っていた。

「か、母さん!? いつ帰国してきたの!?」

「ついさっきよぉ、かなみを驚かそうと思ってぇ」

「そういうサプライズはいいわよ……」

 もう十分驚かされているので、これ以上はもううんざりであった。

「フフ、かなみの元気な顔を見れてよかったわぁ。

――じゃあぁ、そういうことでぇ」

「え?」

 涼美は勝手に玄関にまで上がってくる。

 それはごく自然なことであった。

 何しろ、このアパートの部屋は、涼美にとっても我が家にあたる場所なのだから、自分の家に帰るのにわざわざ断りをいれる必要はない。

 ただ、今回ばかりはちょっと遠慮してほしかったと、かなみは思った。

「あ、涼美」

 あるみは部屋の奥から、涼美が上がってくるのが見えたらしい。

「あ、あるみぃもいたのねぇ。あ、翠華ちゃんもみあちゃんもぉ、紫織ちゃんもいるわねぇ……

あぁ、今日はぁ、みんなでパーティだったのかしらぁ?」

「………………」

 かなみには答える気力は残っていなかった。

 みんなでうちに押しかけてきて、こんなギュウギュウ詰めになっているなんて、どう説明していいかわからない。その上、この母親まで帰ってきたということは……

 もう、今夜は早く寝たかった。

 そして、全てが夢だったとわかって幸せになりたいと、かなみは心底思った。

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