第44話 全壊! 地を割る衝撃が少女を砕く!? (Bパート)

「ニィィィィッ!!」

 破腕は咆哮を上げて、三階の床を打ち破って二階へと降り立つ。

「奴等は何処へ行ッタカ」

 辺りを見回して、カナミ達の姿を探すが、見えない。

「気配も絶ッタカ、ソレトモ、逃ゲタカ……マア、イイダロウ。次の一撃で余興も終ワリダ」

 破腕はその豪腕を振り上げる。

 その時、豪腕に糸が巻き付く。

「ヌゥッ!!」

「ビッグワインダー!」

 横からヨーヨーが飛んでくる。

「小賢シイ」


バキィ!


 ヨーヨーはあっさりと打ち砕かれる。

 次の瞬間、破腕の頭上から巨大ヨーヨーを落下してくる。

「フン!」

 豪腕を振り上げ、巨大ヨーヨーも打ち砕かれる。

「ソコカ……!」

 破腕は壁を打ち破って、その先にいるミアに迫る。

「わかっていたけど……!」

 ミアは舌打ちする。

 自分が使える魔法の中で最大の攻撃力を誇る巨大ヨーヨーさえあっさりと破られた。

 それにどこから魔力の気配を隠していたはずの自分の位置を探り当てた野性的なカン。思っていたよりも厄介な敵だと認識させられる。

「想像以上の化け物……! だからって!」

 このまま、あっさりとやられるか、と気を吐く。

「サンダースネイク!」

 ミアは十本の指から十本のヨーヨーを放つ。

 それらは蛇のように稲妻の曲線を描くようにウネリながら破腕に襲いかかる。

「グッ!」

 十本のヨーヨーが曲線を描いて飛んでくる。

 これには破腕も迎撃することを諦め、防御の体勢に入る。


バチン!


 防御の体勢に入った破腕にヨーヨーは玩具のようでしかなかった。

「今のは面白カッタ」

 クククと、破腕は不敵には笑う。

「嫌になるわね……とっておきだったのに」

 まるで玩具のように扱われているような気分であった。

 実力に差があることをここまで悔しいと感じたことは無い。

「サア、次は何を見セテクレル?」

「これよッ!」

 ミアは背を向けて、また十本のヨーヨーを投げ入れる。

「何をシテイル?」

 破腕が問いかける。それだけ彼にとってミアの行動は理解しがたいものであった。

 何故、敵に背を向けて、反対方向へと攻撃魔法を放つ。

 そんなことをして、何の意味があるというのだ。


ピン!


 そんな破腕の疑問に答えるかのように、闇へと消えていったヨーヨーが光を放ち、こちらにやってくるのが見えてきた。

「ナッ!?」

 破腕は想像だにしなかったが、概ねミアの狙い通りであった。

 これはミアの新しい攻撃魔法だ。

 この魔法を使うためには準備が必要だ。

 まず、ミアの背後に糸を張り巡らせておく。

 次に、その糸に向かってヨーヨーを投げ入れる。すると、背後の糸がプロレスのロープのようにヨーヨーを受け止めて、その勢いを倍増させて返す、という仕組みだ。

「ヴァリアブル・リバウンド!」

 勢いが増したヨーヨーが破腕へとぶつけられる。

 反動に寄るパワーとスピードが倍増した十連発のヨーヨー。

「これでどうよ」

 ミアはとっておきを出した。

「ククク……」

 しかし、破腕は相変わらず不敵に笑う。

 そのカラダには致命傷どころかダメージを受けているような印象すら見えない。

「今のも面白カッタ」

「どんだけ化け物よ!」

 ミアは悪態をつく。

 神殺砲を弾かれたカナミの想いを痛感させられる。自分が工夫して、磨き抜いた魔法がことごとく通じない。

 こんな化け物と真正面からやり合わなくちゃならない自分の運命が呪いたくなる。

 いや、これも自業自得だ。あいつを倒せるのはカナミだけで、カナミのチャンスを作ることしか自分にはできない。だから、そうしている。

 でも、できればカナミみたいに敵を仕留められる魔法を身につけてこんな化け物を倒したかった。

(ああ、ダメダメ~。あきらめモードなんてらしくない)

 ミアはため息一つついて、自分に喝を入れる。

「サア、次は何ダ?」

「なめないでよね……とっておきがダメなら――」

 ミアはヨーヨーを取り出す。

「とっておきのとっておきよ!」

 ミアはヨーヨーを巨大にして投げ込む。

「何を今サラ、」

 破腕は少しガッカリしたように豪腕で向かってくるヨーヨーを打ち砕く。

「コンナ物を出サレテモ興冷メダ……」

「だったら、これでどうよ!?」

 破腕はミアの声がした方を見る。いや、見上げた。何故なら声は頭上からしたからだ。

 頭上を見上げると、自分がその腕でぶち抜いたため天井は無く夜空が広がっているはずであった。――それが見えなかった。

 破腕の視界にはミアが作り出した超巨大ヨーヨーで埋め尽くされていたからだ。

 ミアの狙いはこの超巨大ヨーヨーを破腕の上に落下させて押し潰すことであった。

「押し潰れろぉぉぉぉぉッ!!」

 超巨大ヨーヨーの上に立って、ミアは叫ぶ。

 身体中の魔力を掻き集めて、作った超巨大ヨーヨー。これなら倒せないまでも、ダメージを与えるぐらいなら出来るはずだ。いや、これで倒してみせる。

 ミアの叫びにはそんな気合がこもっていた。

「フンッ!」

 破腕は怯む事無く、拳を突き上げる。

 それはまさに宇宙へと向かう飛び立つロケットのごとき力強さと勢いを持った豪腕であった。


バカン!!


 そんな豪腕の前では、ミアのとっておきのとっておきである超巨大ヨーヨーでさえハリボテでしかなかった。

「あぁ……こりゃダメだわ……」

 超巨大ヨーヨーが砕かれたことで、足場を失ったミアはそのまま落下する。

 魔力をほぼ使い切ったことで、着地できる余力は残っていない。何より、ここで立ち上がったところでもう打つ手はない。そんな諦めがミアの立ち上がる気力を奪っていた。

「コレで終ワリカ」

 破腕は遊べなくなった玩具を見るかのようにミアを捉える。

 遊べない玩具は壊すしか無い。

 破腕にとってミアはその程度の存在でしかないのであった。そして、壊すことに何の躊躇いも持たない怪人でもあった。

 豪腕がミアへと向かって飛んでくる。

 今のミアにそれをかわす術は無い。

(ああ、こりゃ死んだわ……)

 ミアは悟った。


グシャァァァァァッ!!


 その時、血飛沫が舞う。

 それはミアの血ではなく、破腕の血であった。

「ヌゥッ!?」

 ここで初めて破腕は驚愕した。

 自分の腕が貫かれ、血飛沫が舞っている。

 信じられない。今までこんなダメージを受けたことは無かった。

 一体、何故、こんなことが起きている。

「ミアちゃんッ!」

 ミアは自分の呼ぶ声で目を開ける。

 死んだか、と思って観念して目を閉じていた。が、どうやら、生きているみたいだ。それも五体満足で。

 その理由はすぐにわかった。

「スイカ……」

 自分を呼んでくれたのはスイカだ。

 自分を救ってくれたのはスイカだ。

 スイカが破腕の背後から必殺の一突きを豪腕に突き刺したのだ。

「間に合ってよかった。ごめんね、遅くなって」

「遅いんだから」

 ミアは文句を言ってやった。

 そもそも、スイカが一撃でやられていなかったら自分一人でここまで苦労することはなかったのだ。

「無事なら早く合流してきなさいってのよ」

「ごめんね、結構ダメージがあって回復するのに時間かかっちゃって……」

 そう言ってみせたスイカの身体は震えていた。

 よく見ると、衣装に血が滲み、左腕は折れているんじゃないかってぐらい力無くぶら下がっており、足の方も青痣が浮かんでおり、立っているのがやっとの状態なのが一目でわかる。

「あんた、無茶したわね」

「ミアちゃんのピンチだと思ったから」

「な、何いってんのよ!? あんたが心配してるのはカナミの方でしょ」

「アハハハ、そうかもね」

 そこは否定してもよかったのに、ミアは密かに思った。

「ま、助かったわ」

「でも、これでも効果は無かったみたいね」

 すぐさま、ミアとスイカはその場から飛んで、離れる。

 破腕の豪腕によってその場の壁、床、天井、その全てが崩れ落ちる。

「面白イコトをシテクレタナ。我ガ豪腕を傷ツケルカ」

 破腕は笑う。

 心底楽しそうに、血を吹き出し続ける右腕を掲げて言う。

 その異様さはまさに化け物といっていい。きっとこのまま笑いながら、スイカとミアをその豪腕で押し潰すだろう。

「ミアちゃん、まだ戦える?」

「当たり前でしょ、ボロボロのあんたこそ大丈夫なの?」

 しかし、二人は屈しない。

 こんな化け物と戦うことは魔法少女にしか出来ない。

 二人にとってそれが何よりの誇りであった。

 ここで逃げ出すぐらいなら魔法少女になっていない。魔法少女になった自分の誇り、魔法少女になって得られた幸せを否定することになる。

 だから戦う。

 こんな化け物なんかに魔法少女である自分達を否定されないために。

「ノーブルスティンガーッ!」

 スイカは残った体力、精神力、そして魔力を振り絞って、渾身の突きを繰り出す。

「今度は通サナイッ!」

 破腕は両足を踏みしめ、左腕を前に出して防御の構えを取る。

 絶対にそのレイピアを折る。

 その気迫がこもっている。目の当たりにしたスイカも「これは通せない」と思ってしまう。

(でも、私が通せなくてもいい)

「サンダースネイク!」

 スイカの背後からヨーヨーが蛇のように曲線を描いて飛んでくる

「ヌゥッ!」

 それが左腕の防御をすり抜けて、破腕のカラダにそこかしこに打ち当たる。

「セィヤッ!」

 その隙にスイカは防御が緩んだ腹を突き刺す。

「グフッ!」

 腹を斬った。傷口は浅い。しかし、鋼のような獣毛を貫いて、出血させた事実が破腕に衝撃をもたらす。

「クゥッ!」

 しかし、その精神的な衝撃から回復するのが早いのはさすがに怪人としての闘争本能といったところか。即座に、反撃で豪腕を振り抜く。


――今、この状態でこんな攻撃を受けたら死ぬ


 そんな状況下が、スイカに極限の集中力をもたらし、一瞬だけ神速の身かわしを発揮させる。

「あのバカ……! ボロボロのくせにむちゃして!」

 負けじとミアはヨーヨーを振るう。

「Gヨーヨー!!」

 巨大ヨーヨーを渾身の一撃で投げ入れる。

 ヨーヨーは破腕の頭に打ち当たる。

「ゴフッ!」

 破腕の巨体は揺らぐ。

「ハァッ!」

 さらに、スイカはその隙を逃さないと言わんばかりにレイピアで腹を斬る。

 右腕を貫き、全身を殴打させ、腹を斬り、頭にヨーヨーをぶつけ、さらにまた腹を斬った。

 けれども、そのいずれもが破腕にとってはかすり傷程度に過ぎず、闘志に火をつけるだけであった。

 そして、完全に二人に注意を向けられることが、二人の狙いでもあった。

(これだけやっても、まったく堪えないなんて化け物なの……)

(ああ! もう悔しいけど、後は任せるしかないじゃない!)

 壁の奥から、一人の魔法少女の魔力が充実していくのが感じられた。

(最後は任せたわ――カナミさん!)

 スイカの祈りに呼応するかのように、カナミの一声が耳に響く。

「ボーナスキャノン・アディション!!」

 カナミの渾身の魔力を込めた一撃は壁なんて最初から無かったのように突き進む金色の光線は破腕を捉える。

「オオォォォォッ!!」

 完全に虚を突かれた破腕は咄嗟に左腕を光線の前に出す。

 それは怪人が持つ闘争本能か、あるいは動物的勘か。

 だが、確かにいえるのは、――その左腕は決して防御のために出したものではないということだ。

「コンナモノ、砕キ潰シテヤルッ!!」

 その豪腕を振り抜き、光線とぶつかる。


ゴォォォォォォォォッ!!


 二つの衝撃がぶつかり、辺りが光に包まれる。

 それはもう真夜中に太陽が出現したといっていい。そんな光の中でスイカ達は思った。

(なんて、まぶしくて……力強い……)

 目を閉じたくない。

 だけど、閉じずにはいられないほどの眩い輝き。

 その輝きを放つカナミに対して羨望の想いを抱いてしまう。




 破腕からビルに降り立ってわずか数分で、すっかり半壊してしまい、崩れ落ちてしまわないのが不思議なほどにまでになっていた。

 誰がどう見ても取り壊し中と思う様になってしまったビルにカナミ達は未だ立っていた。

「ハァハァ……」

 今の最大の一撃でほとんどの魔力を使い果たした。

 多分今まで撃った中でも最大の全力だった。

 連日の特訓に、怪人達の戦いを重ねてきた成果だ。

「まったく、相変わらずのバカ魔力ね」

「あはは、ミアちゃんがチャンスを作ってくれたおかげよ」

「感謝しなさいよ。お礼に一週間のおごりなんだから」

「え、そんな約束してないよ! 大体おごりだったらミアちゃんがしてくれる方じゃないの!?」

「なんであたしなのよ? あんな化け物と正面からやりあって隙を作るのにどんだけ苦労したと思ってるのよ!?」

「どれだけ苦労したの?」

 カナミは純粋な好奇心で訊く。

 あんな化け物と正面からどう戦って、どう隙を作ったか。どんな魔法を使ったのか、興味はある。

 ただそれだけの気持ちで言ったのだが、ミアにはそれが挑発に受け取れてしまった。

「上等よ! どんだけ苦労したか、その身をもって教えてやるわよ!」

「お、落ち着いてよ! 」

「大丈夫よ、ボコボコのギタギタにしてやるから!」

「全然大丈夫じゃない!」

「まったく、スイカだってどんだけ苦労したと思ってるのよ」

「え、スイカさんが!?」

 カナミはミアの肩を掴む。

「スイカさん、無事なの!? ボロボロだったんじゃないの、ねえどこ!? どこにいるの!?」

 カナミはミアの肩を大きく揺する。小柄のミアは泡を食うほどの勢いで揺すられる。

「お、落ち着きなさいって! あんたはもうちょっと落ち着きってものがね」

「ご、ごめん……」

 ミアに言われて、カナミは少しだけ落ち着く。

「それで、スイカさんは?」

「わからない。あんたの砲撃から逃げるのに必死だったから」

「……え?」

 そう答えられて、カナミは絶句する。

「もしかしたら、巻き込まれたのかもね」

「うぅ……」

 その可能性は十分にある。何しろ、最高の全力だったのだから。

「あんたがトドメさしたんじゃない?」

「やめてよ、ミアちゃん! 冗談に聞こえないから!」

 カナミは声を荒げる。

「ま、大丈夫でしょ」

「え?」

「この程度でくたばるような奴じゃないでしょ

「ま、まあ、スイカさんだったら……」

 大丈夫な気がするが、そこまで自信を持って答えられない。

「じゃ、さっさと帰りましょうか」

「えぇ……」

 それはいくらなんでも薄情じゃないかと思う。

「私、ちゃんと探すわ」

「……はあ、あんたも真面目ね。いいわ、私も探す。――助けられたし」

「ミアちゃん、いい娘!」

 カナミはミアの頭を撫でる。

「ああ、もう! 気安く触るな!」

 ミアは文句を言うが、その反応がまたなんとも愛おしい。

 しかし、そんなやり取りで顔が綻んだのも束の間であった。

「カナミ!」

 ミアはいきなりカナミに押す。

「み、ミアちゃん!?」

 いきなり押されたせいでカナミは理解が追いつかなかった。

「――ガッ!?」

 ミアの背中に瓦礫がぶつけられる。

 ミアの小さな身体が砕けたんじゃないかと一瞬思った。

「ゆ、油断したわ」

「ミアちゃん、大丈夫!?」

「あんたがボサッとしてるから……」

 ミアは文句を言っているが、返事を出来る元気はあっても、立ち上がるチカラは残っていないように見える。

「私をかばって……ごめん、ごめんね」

「それより、早く……」

 そこまで言って、ミアは倒れる。

「ミアちゃん!」

 カナミが助け起こそうとするが、意識を失っている。

(早く治療してもらわないと……!)

 そう思ったが、身体は硬直する。

 この瓦礫が飛んできたのは、飛ばしてきた奴がいる。そんなことをするのは――

「驚イタゾ……」

 鋼の豪腕を持つ獣・破腕であった。

 右腕は血を流し、左腕はあらぬ方に折れ曲がっており、どうやって瓦礫を投げ込んできたのがわからないが、とにかくまだまだやる気満々に見える。

「よくも……! よくもミアちゃんを……!」

 カナミは震える手でステッキを握りしめて勇む。

 もう魔力はほとんど残っていない。満身創痍の破腕だが、決定打を与えるような魔法は撃てないかもしれない。

 でも、だからって挫けるわけにはいかない。

 こいつのせいで、ミアはやられた。

 ミアは守ってくれた。まだ小学生で、あんな小さな身体なのに。

 自分が情けなくて、怒りが湧き上がる。

 この怒りをなんとしてでも奴にぶつけて倒さないと、カナミは自分が許せないだろう。

「一瞬、敗北を覚悟シタ……ククク、ヨモヤココマデ追イ詰メラレルトハナ……!」

「なにそれ、もう勝ったつもり?」

 カナミの憤慨に、破腕は笑う。

「ククク、確カニナ。コノヨウナ醜態、勝者の姿トハイエンナ」

「だったら、今すぐ這いつくばって負けを認めなさいよ!」

「ソレも良イナ……」

 そう言って破腕は背中を向ける。

「どういうつもり!?」

「コレデハ、オ前達にトドメを刺セルとは思エン……撤退スルダケの話ダ」

「な、何言ってるのよ?」

 トドメを刺せるとは思えん……カナミには破腕が本当に何を言っているのかわからなかった。

 だって、こっちはもうボロボロだし、ミアは意識を失っているからトドメを刺そうと思ったらいくらでも出来る。なのに、それを出来ないと言っているのだ。

 まだ自分はかろうじて戦えるけど、神殺砲を撃てるかどうかはわからない。

 どう見ても、こちらが圧倒的不利なのにどうして撤退しようとしているのか。

 そんなカナミの問いかけを無視し、破腕は満足げに笑う。どう見ても負けを認めて逃げていく怪人の姿ではない。

「ククク、マタ会オウ」

 そう言って、破腕は月に向かって飛び去る。

「………………」

 一人意識を保ったまま、取り残されたカナミはその場に膝をつく。

 敵は逃げていった。

 しかし、ボロボロなのはこっちの方で、負けたのは自分達だ。

「負けた……」

 口にしたことでその実感が否が応でも込み上げてくる。

「カナミ」

 マニィが呼びかけてくる。

「何よ?」

「悔しいのはわかるけど、それより今はもっと大事なことがあるんじゃないのか?」

「あ……」

 そう言われて、カナミは気がつく。

 意識不明のミアに、ボロボロのスイカが瓦礫に埋もれているかもしれない。

 この二人をなんとか出来るのは自分だけだ。

「そうね、落ち込んでる場合じゃない」

「その切替の早さと前向きさが君のいいところだよ」

 マニィに元気づけられるとは思わなかったが、悪い気はしなかった。

 ひとまず、カナミはミアを抱きかかえて、スイカを探した。

 敗北の悔しさを噛み締め、庇ってもらった不甲斐なさに涙するのはその後で十分だ。




「こりゃ、また手ひどくやられたわね」

 あるみはソファーに寝かした翠華とみあの様子を見て、そう言った。

 二人とも変身が解けても傷だらけのままで意識が回復しないので、かなみは二人を抱えてオフィスに戻ってきた。夜中で人目が少なかったが、途中からドギィが人気が少ない道を案内してくれたので騒ぎにならずにオフィスに辿り着けた。

「二人は……大丈夫なんですか?」

 かなみは心配でたまらず訊く。

「大丈夫よ。二人とも魔法少女だしね」

 あるみは笑顔で言う。

 彼女がそんな風に言うんだったら、大丈夫だという気がしてくる。

「ま、でも、今回はちょっと傷が酷いから、私が一肌脱ぐ必要があるけどね」

 そう言ってあるみは二人を見下ろす。

 みあは、背中に瓦礫をぶつけられたせいで、背中を中心にアザと血が滲んで見える。

 翠華は、瓦礫に埋もれていたのを見つけ出して、瓦礫をどけてなんとかここまで運んできたが、かなりの重傷であった。まず左腕は折れているし、足も青痣が浮かんでいてしばらく歩けないんじゃないかと心配になるほど。

 しかも、意識がない上に二人とも痛みで苦しみが顔に浮かんでいる。

 「う!」と呻く度に、かなみは胸が苦しくなる。

「まずは翠華ちゃんね」

 あるみは手をかざす。

 すると、手の先からドライバーが出現する。いつも魔法少女に変身した時に武器として使っているマジカルドライバーだ。

 それを翠華へと突き刺す。

 前に腕を折られた時もそうやって治してもらったのだが、実際にやられているのも見ているのも気分が悪い。もっと見せ方とか工夫して可愛く出来ないものなのだろうか。

「エーテルコネクト」

 翠華に突き刺したドライバーをそのまま回す。

 カチリという音とともに翠華の腕の骨折が治っていくのを確信できた。

「これで、折れた腕は元通りよ。あとは一日、二日休めばなんとかなるわ。もちろん、みあちゃんもね」

「……よかった」

 かなみはヘナヘナとへたり込む。

「かなみちゃんもお疲れ様。二人を抱えるのは大変だったでしょ」

「い、いえいえ、二人のためなら全然」

「ま、ボーナスは支払えないけどね」

「……やっぱりそうですか」

 そんな気がしたので、落胆は無かった。

 今回の仕事は、ビルを破壊する怪人を倒すことだ。ビルを破壊していた怪人・破腕は現れて戦ったが、結局倒すことは出来なかった。

 ボーナスが貰えないことよりも、その事実の方が重くのしかかった。

「二人とも私のせいで……」

 翠華は自分の魔法の威力を制御できずにただ全力で放ったせいで巻き込まれた。

 みあは自分が気づくのが遅れたせいで、庇ってもらった。

「悔しい?」

「そう、ですね……なんていうのかわかりませんけど……」

「ま、ゆっくり考えればいいわ」

「……え?」

 かなみは意外に思った。

 てっきりもっと厳しいことを言われるものとばかり思っていた。「クヨクヨするなんて魔法少女らしくない」とか「もっと強くなりなさい」とかそういった叱咤を受けると。

「今日は帰りなさい」

「え、でも……」

「二人なら私が看ておくから大丈夫よ」

「そ、それでも……」

 二人を置いて、このまま帰るのに躊躇いがあった。

「――あなたはここにいて何が出来るの?」

「――!」

 唐突にそれはナイフのように突き刺さった。

「な、何も……」

 かなみはあまりに悔しくてそれ以上言えなかった。

 出来ない。

 かなみには、あるみみたいに傷を治すような魔法は使えない。ただこうして看ているだけである。

 悔しくて歯がゆかった。

「う、うぅ……!」

 そんなかなみの肩にあるみは手をかける。

「悔しかったら、考えなさい。自分に何が出来るか」

「……は、はい」

「とはいっても、回復系の魔法を身に付けろってわけじゃないからね」

「ち、違うんですか?」

「味方を癒やすイメージできる?」

「う、うーん」

 言われてみれば、確かにそういったことをイメージしたことはない。

 なんというか、手を当てたら自然に治るとしかわからない。

「そのあたりは向き不向きがあるわね。私だって回復が得意な癒し系なわけじゃないし」

「それはまあ」

 あるみが癒し系というのは無理がありすぎる。

 どっちからというと何もかもを破壊してしまうようなイメージがつきまとってしまう。

「そうですけど、今翠華さんの腕を回復させたじゃないですか」

「ああ、これは回復魔法じゃないのよ」

「えッ!?」

 かなみは鳩に豆鉄砲が食らったかのような顔をする。

「え、あれ、翠華さんの骨折治しましたよね?」

「骨折治したからって回復とは限らないでしょ」

「え、ええ!?」

 わけがわからなくなる。

 骨折した腕を治したということは回復魔法ということじゃないのか。

「どういうことなんですか?」

「私の魔法の本質はね、分解と再構成なのよ。ドライバーってそういうイメージ、ない?」

「うーん、わかりません……」

 そう言われて、あるみは苦笑する。

「まあ、そうよね。私も言われた時はピンとこなかったし……ドライバーってさ、何に使うものだと思う?」

「回す、ですか?」

「ええ、そう。回してネジを取る。分解っていうのはそういうことや」

 そう言って、あるみはマジカルドライバーで机の小さなネジを解いてみせる。

 あんな大きなドライバーで器用なものだとかなみは思った。

「んで、これが再構成よ」

 ドライバーについたネジを再び机に回す。

「私のマジカルドライバーはこれをどんなものにも使えるわけ。今翠華ちゃんの骨をつなぎ合わせて骨折を治したの」

「ネジみたいにですか?」

「そう……本気を出せば、傷そのものを分解することも出来るわ」

「き、傷そのもの? な、なんでそれをやらないんですか?」

「強すぎるから制御が難しいのよ。下手をすると翠華ちゃんの存在そのものを消してしまう可能性だってあるのよ」

「そ、存在そのもの……」

 それは死ぬということなのか。

 いや、だったら殺してしまうとかそういうことを言うはずだから、もっと酷いことになるのでは、と思ってしまうし、あるみは殊更大げさに言うような人ではないということも知っている。

「どうやら、私の力が強すぎるせいで傷みたいな小さな事象を分解するのは逆に難しいらしいのよ。大きなドライバーだと小さなネジを外すことができないようにね。

机のネジを外して新しいものを取り替えようとして、机をバラバラにしちゃうって言えばイメージしやすいでしょ」

「………………」

 その話を聞いて、かなみは呆気に取られて言葉を失う。

 しかし、同時にゾッとする話だとも思った。もし、翠華が机で傷がネジだと置き換えると。

――机をバラバラにしちゃう。

 バラバラになった翠華なんて見たくない。もちろん、みあも。

「とにかく使い勝手は悪い魔法なのよ、これは。それでも、私はこれが一番合ってると思っているわ」

 それにはかなみも心の中で同意した。

 あるみとドライバー。魔法少女として戦っているイメージもあって、この二つの組み合わせはベストだと思うし、あるみがドライバー以外を使って戦うところもちょっと想像できない。

「だから、あなたも見つけなさい。自分の中で一番自分らしい魔法を」

「……私の中で私らしい?」

「一日、二日で見つけられることはできないと思うけど、それでも探し続けることはできるわ。じっくり考えなさい」

「……はい」




 かなみはアパートの部屋に帰るため、オフィスを出た。

 結局、ここにいても翠華とみあのために出来ることは何もない。

(私がもっとしっかりやれていれば……)

 もっと強くて、もっと凄い魔法が出来れば、あの二人はああして寝込むことは無かった。

「浮かない顔をしているわね、かなみちゃん」

「ち、千歳さん!?」

「そんなに驚くことないのに」

 千歳は少し困った顔をする。

 しかし、かなみからしてみればいきなり出てくる幽霊の千歳は本当に心臓に悪い。

「幽霊の千歳がいきなり出てくるから驚くんです」

「そう……驚かし甲斐があっていいと思うけど」

「それは千歳さんの理屈でしょ!」

「あ、元気出たじゃない」

「……!」

 なんだか乗せられているようで納得がいかない。

「そうそう、かなみちゃんは元気に借金返しているのが似合ってるんだから」

「そんなの嫌です!」

「まあ、落ち込んでる理由はわかってるんだけどね」

「知ってたんですか……」

「必死に翠華ちゃんとみあちゃんを運び込んでくるかなみちゃんを陰ながら応援してたのよ」

「あは、あははは……」

 かなみは乾いた笑いを上げるしかできなかった。

 応援されていたとはいえ、幽霊に陰から密かに忍び寄られていたと思うと背筋が凍る。

「私に身体があったら力になれたんだけど、ごめんね」

「……え?」

 急に謝られて、かなみは驚く。

「あ~、歯がゆいわ。早く新しいカラダ出来ないかしら」

「いえ、千歳さんが謝ることじゃ……」

「ああ、それは私の都合ね。私にカラダがあったら、翠華ちゃんやみあちゃんも怪我をさせなかったし、かなみちゃんが落ち込むこともなかった。そう考えると謝らずにはいられなかったのよ」

「………………」

 かなみは呆気にとられる。

 千歳が言っていることはまさに自分の気持ちと同じだったからである。

 自分に力があったら、もっと凄い魔法があったら……翠華やみあはあんな目にあわなかった。そう考えずにはいられない。

「――かなみちゃんも同じことを考えていたでしょ?」

「――!」

 いきなりの問いかけにかなみはドキリとさせられた。

「ど、どうして、わかったんですか?」

「フフ、若い娘の考えることなんてお見通しよ」

 またこの人は年寄り臭いことを、と思う。

「どうせあるみにも説教臭いこと言われたでしょ」

「ま、まあ……」

「じゃあ、私から言うことは何もないわね」

「あ……」

 ないんだ、と、かなみは意外に思った。

「私が説教する人間だと思う?」

「思いません」

「はっきり言ってくれるわね。まあ、助言ぐらいはしておこうかなって」

「助言、ですか?」

「かなみちゃん、今この世の終わりみたいな顔してるでしょ?」

「え、そんな顔してましたか?」

「ええ、いつもは借金で溺れ死にそうな顔してるけどね」

「……どんな顔ですか?」

 今度鏡を置いてじっくり自分の顔を見るべきなんじゃないかと思った。

「ま、どんな顔をしようが、本当にこの世が終わるわけじゃないから大丈夫よ」

「どういうことですか?」

「まだ取り返しがつくからって意味よ。かなみちゃんはまだ若いんだし、次上手くやればいいのよ」

「次、ですか……」

 そう言われて、かなみは少しだけ次はちゃんとやれるか不安になる。

「大丈夫、なんとかなるって! みんな生きてるんだから!」

「ち、千歳さんがそれを言うと重いですね……」

「あら、そうだったかしら? そんなつもりはなかったんだけど」

「あはは……千歳さんは無神経ですね」

「まあ、幽霊だから神経なんてないのよね、あはははは!」

 それは果たして笑っていいものなのだろうか。

「私が言いたいのはそれだけよ。生きている内はいくらでも取り返しがきくから」

「……本当に助言ですね」

「ん~なんだか説教臭い気はしちゃったけど」

「そんなことありません。ありがとうございます」

「かなみちゃん、素直よね。よかったら、今度は空の飛び方教えましょうか? 手取り足取り教えてあげるから」

 手取り足取り……その言葉に思わず身震いする。

 千歳の言うそれは取り憑くという意味ではないのだろうか、と考えてしまい、かなみは恐ろしくてたまらなくなる。

「け、結構です!」

 かなみはそう言って駆け出す。

「おやすみ~」

 千歳は笑顔で手を振って見送った。




 かなみはそのまま、アポートの部屋に帰った。

 その途端に疲労が襲い掛かってきて布団を敷き詰めて、すぐに寝ようとした。

 電気を消して、布団をかぶって、天井を見上げる。

 妙に気分が落ち着いて、今日のことを思い返すようになった。

 今日は色々あった。

 廃ビルで怪人と戦って、翠華とみあは重傷を負って、その二人を必死に運び込んであるみに治してもらった。

 翠華は自分の魔法に巻き込まれた。

 みあは自分を庇って敵の攻撃を受けた。

 二人とも自分のせいだ。もっとちゃんとやれていれば、と後悔に陥る。


――だから、あなたも見つけなさい。自分の中で一番自分らしい魔法を。

  一日、二日で見つけられることはできないと思うけど、それでも探し続けることはできるわ。じっくり考えなさい。


 あるみに言われた自分らしい魔法というのは何なのかわからない。

 ただ、闇雲にもっと強くて凄い魔法が出来たら、としか今は思えない。


――かなみちゃんはまだ若いんだし、次上手くやればいいのよ。

  生きている内はいくらでも取り返しがきくから。


 そんな自分を元気づけるために、千歳はそう助言してくれた。

 おかげでいくらか気が楽になれた。多分、こうして落ち着いた気分になれるのはそのおかげだろう。

「私の魔法……」

 かなみは呟いてみた。

 その後に思い出したのは、初めて魔法を使ったことだ。

 あの時の敵はたしか、仏像だった。そのときは、これが神や仏が与えた運命だと思った。

 だから否定した。

 こんな運命を与えるのが神や仏だというなら、くそくらえだと。

 それから神や仏に祈るようなことはやめて、無我夢中で戦い抜いた。

 あれが最初の戦いで、あれから自分の魔法は神殺砲という魔力の砲弾になった。それは間違っていなかったと今でも思う。

 ただ、今回みたいになったときに思うのはもっと別の魔法が使えたら……戦い以外にも使える魔法があったら、みんなの役に立てるのではないかという想いであった。

 例えば、傷や疲労を癒すような回復魔法。

 あれがあれば、翠華やみあの傷はすぐに治せた。そうすれば今も苦しみ続けることはなかった。


――自分の中で一番自分らしい魔法を。


 そして、再び脳裏をよぎるのがあるみの言葉であった。

 でも、だからって回復魔法を使うのが自分らしいとはどうしても思えない。

 では、何が自分らしいのか。

 どうしたら、取り返せるのか。

 自分の中で一番自分らしい魔法は何なのか。

 考え続けたが、答えは出ないまま、かなみは自然と目を伏せて眠りについた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る