第45話 夜会! 母と娘をつなぐ一条の光よ走れ! (Aパート)

 その者達は部屋の一画をそれぞれ陣取って座っていた。

 きっと本人達にとって陣取っているという自覚はないだろう。

 ただ彼らの圧倒的な存在感がそうさせているのだ。


死神のグランサー

百目の視百しびゃく

お局の女郎姪じょろうめい

破王はおう)・かいゼル

巨山きょざん不動大天ふどうたいてん

裁定王・判真ばんしん



「ようこそお集まりくださいました、最高役員十二席の皆様」

 視百は両手を広げて歓迎の意を示す。

 そして、その百の目で他の五人を見回す。

「十二席が六人揃うのはいつ以来か……」

 女郎姪は感慨深そうに言う。

「半数どころか互いに顔を見る機会すら滅多に無かったものね」

 グランサーは愉快そうに言う。

「………………」

 不動大天は巨体のまま、無言で佇んでいる。

「招集を無視しておいてよく言いいますな」

 それに対して視百は反論する。

「欠席の権利を行使したまでのことです」

「今回はそれを行使しないのですか?」

「権利はあくまで権利ですので」

 だんだん二人の間に不穏な空気が流れる。

 二人はその立場に見合った魔力を有しているため、この睨み合いだけで並の怪人なら圧殺されてもおかしくないほどのプレッシャーがあった。

「フフフ……この不和の空気がまた心地よいな」

 それをグランサーはさも愉快そうに眺めていた。

「やはり、我々が集まっても秩序ある会議など望めぬか」

「それは当然であろう。何しろ、我らは混沌より生まれたネガサイドであるからな、フフフ」

「それもまた良かろう」

 判真は腕を組む。

「さて、会議を始めよう」

「しかし、これは一体何の会議かな? 私は空席になった関東支部長を決めるものだと思っていたが」

 壊ゼルはこの中では至って真面目に会議の議題を問いかける。

「いいや、今回決めるのは同じく空席になっている最高役員十二席の座だ」

「――ッ!?」

 判真の一言に一同衝撃が走る。

「空席になっている十二席の座ですか?」

 真っ先に声を上げたのは視百であった。

「確かにそれは早急に決めなければならない難題ですが……」

 女郎姪は言葉を濁す。

「問題は誰を据えるのか?」

 壊ゼルは笑う。

「事と次第によってはネガサイド日本局もまた揺れるな」

 グランサーは楽しいことが始まったと言わんばかりに笑う。

「今の支部長から選ぶのですか? それとも十二席候補から選ぶのですか?」

 女郎姪は恭しく訊く。

 そんな中、判真は厳かに言う。

「――選定はこれより始める」




「ただいま……」

 かなみはか細い声でアパートの部屋の扉を開ける。

「おか……」


バタン!


 開けきる前に、かなみは扉を締めた。

「……ハァ」

 かなみはため息をつく。

 悪夢は再び現実になった。そう実感する前に現実から目をそらしたかった。

 えっと、何が起きたんだろうか。もう一度整理してみよう。

 まず怪人にオフィスビルを壊された。これは初めてのことではなく、二度目だ。

 だからこういう事態になるのも二度目だから慣れている。なんてことは全く無い。

 今回は萌美や母親である涼美もいるのだ。おかげで狭い部屋が余計に狭い。

「……ハァ」

 なんでこんなことになってしまったのか。

 今日という今日はあるみや鯖戸に抗議しなければ! と、かなみは決意を固めて部屋に入る。

「ただいま」

「おかえりぃ」

 涼美がにこやかに出迎えてくれる。

 そのせいで出鼻をくじかれた。

「……ただいま」

「おかえりぃ」

 なんて言っていいのかわからないのでもう一度同じことを言ってしまった。なのに、涼美は驚きも呆れもせず同じことを当たり前のように言ってくれた。

「……母さん」

「なぁにぃ?」

「部屋、狭くない?」

「そんなことないわよぉ、あるみといると久しぶりにお話できてぇ、楽しかったわぁ」

 そういえば、この二人は昔からの友人だって言っていたから積もる話も色々あるのだろう。その内容は少しだけ興味がある。

「どんな話をしたの?」

「かなみの借金とかぁ給料とかぁボーナスとかぁ」

「全部お金の話じゃない!」

 この母と話しても埒が開かない。

 それはもうわかりきっていたことなのに、ついついしてしまう。久しぶりだからかもしれない。

 そう思いながら自分の机に鞄を置く。

「おかえり。かなみちゃんにはさっそく仕事に出てもらうわ」

「え、さっそくですか?」

 奥で書類整理していたあるみからさっそく無茶ぶりが飛んでくる。

「……どういう仕事ですか?」

「お、やる気ね」

「この狭い部屋に長居するよりはマシですよ。それに借金がありますから」

 自分と母の分が、とかなみは心の中で付け加えた。

 かなみは八億もの借金を持っているが、それとは比べ物ならないぐらいの借金を涼美は背負っている。

 本当ならそれを返済するために海外を飛び回っているはずなのに、娘を驚かせるためだけに帰国してきたのだ。

「大丈夫よぉ、借金取りがやってきたらぁ私がなんとかするからぁ」

 と涼美は言っていたが、借金取りが来る時点で家計的には全然大丈夫じゃない。

 それをかなみは言ったがこの母には何を言ってもぬかに釘。微笑んで煙にまくだけであった。

「かなみちゃんも大変ね」

「社長のせいでもあるんですよ……」

 そもそも、この人が鶴の一声でこのアパートの部屋を仕事場にするなんて言い出さなければこんな手狭にならなかったのだから、文句を言わずにはいられなかった。……ちなみに、家賃は一切もってくれないと断言された。

「まあまあ、今回は涼美と一緒だから楽しいわよ」

「……え? 今なんて?」

「涼美と一緒に仕事してもらうわよ」

「わぁーい」

 後ろで涼美が大げさに喜ぶ。

「ちょ、ちょっとまってください! 母さんは社員じゃないでしょ!」

「だからボーナスは全額かなみちゃん一人に入るわよ。涼美はボランティアよ」

「タダ働きともいうわねぇ」

「母さん、それでいいの!?」

「たまにはボランティアもねぇ、いいと思うのよぉ」

「……母さん、借金の返し過ぎで頭がおかしくなったんじゃ」

「それはあんたにだけ言われたくないんじゃないの」

 いつの間にかやってきたみあが言ってくる。

「ああ、みあちゃんね! かなみがいつもお世話になってるわね」

「本当よ。いつもタダ飯食べに来てるし」

「ああ、それは本当にみあちゃんにはお世話になっています」

 かなみは思わず一礼する。

 みあがいなかったら間違いなく飢え死にしていると思う。

「感謝してるならボーナスよこしなさいよ」

「それだけは絶対ダメよ!」

「いいじゃない、日頃のお礼にボーナスぐらい」

「ボーナスぐらいって、私達の生命線なのよ!」

「かなみ、ごめん……」

 みあが謝りだすので、かなみは驚いた。

「あんたも親で苦労してるのね」

「どうしたの、みあちゃん!?」

「なんか、あんたの母さんからうちの親父と同じ空気がして……」

「え、みあちゃんのお父さんはちょっと変わってるけどいい人じゃない」

「やっぱりボーナスよこして、お母さん」

「いいわよぉ」

「やめてぇぇぇぇぇぇッ!!」

 かなみはみあと母の気まぐれに本気で止めに入った。

「楽しそうね、かなみちゃん」

「そうみえますか、社長」

「ええ、母娘の語らいってとても素敵よ」

 あるみがいつもとは違う感慨深げな顔をして言うので、かなみは返事に困った。

「それって気を遣ってくれたんですか?」

「ん、まあね。バレちゃった?」

「そりゃもう、あからさま過ぎますから」

 あるみは苦笑する。

「まあ、自覚はあるわ。

それより、そう言ってくれるということはこの仕事受けてくれるってこと?」

「内容とボーナス次第です」

「ああ、涼美さんと一緒に行くのはいいのね」

「まあ、母さんがいると心強いのは確かだし……」

「そう言われるとぉ、母さん嬉しいわぁ」

 涼美は両手を叩いて喜ぶ。なんだかその仕草は子供っぽい。

 実際は母は三十代のはずなのだが、にわかには信じられないぐらい顔立ちは若々しい。さすがに高校生というには無理があるが、大学生といわれたらほとんどの人は信じてしまうだろう。

 そういえば、あるみも若々しさで言えば同じ感じはする。

 二人が同年代というのは簡単に信じられるが、二人とも三十代だと信じられる人はいないんじゃないかと思う。

「涼美と一緒なら私も安心だしね、どんな仕事でも」

 どんな仕事でも、という言葉にかなみは緊張してしまう。

 この人がどんなといったらどんなものでも持ってきそう。死ぬ程つらいというのが比喩になってないし、骨が折れるなんて本当に折れかけたこともあったので冗談でも言えなくなった。

 それぐらい、あるみの無茶振りはきついし、ついつい恐怖してしまう。

「そんなにヤバイやつなんですか?」

「かなみちゃん一人だったらきっと五回は死ぬわね」

「母さん、頼りにさせてもらうわ!」

「っていうか、それマジにヤバイわね」

 さすがにみあもドン引きしていた。

「ちなみに報酬は五十万よ」

「五十ッ!?」

「凄いわねぇ、私の一日の稼ぎぐらいかしらぁ」

「母さん……それ感心してるの? 嫌味なの?」

 おそらく前者だと思う。余計に質が悪い。

「かなみ……今ほどあんたが赤の他人とは思えなかったことはないわ……」

「えぇ、みあちゃんとは家族みたいなものだと思ってたのに!」

「はあ!? あんたみたいな借金持ちの妹なんてごめんよ!」

「酷いわ! 第一なんで妹!?」

「そっかぁ、かなみのお姉ちゃんなら私の娘も同然ねぇ」

「か、母さんまで、悪ノリしないで……」

 かなみは早くも疲れだしてきた。

「あと二回は余計に死ぬわね、こりゃ……」

「社長も冗談でもそういうこと言わないでください」

「私が冗談でこんなこと言うと思う?」

「なお悪いです!」

「まあ、死なない程度に済ませるために涼美を連れて行かせるわけだしね」

「かなみのフォローは任せてぇ」

「母さんがこんなに心強いと思う日が来るなんて……」

「大丈夫なの、こんなんで?」

 みあは珍しく心配顔であるみに訊く。

「涼美がいるなら大丈夫よ、来葉の次に信頼してるから」

「そこは一番でいたいわねぇ、まあ、来葉ちゃんが相手なら仕方ないわねぇ」

 確かに、あるみと来葉の二人の間には他者を立ち入らせない絆のようなものを感じる時がある。

「――んで、今回はここに行ってもらうわ」

 あるみはそう言ってかなみに地図を渡す。

 地図に打たれた印が目的地なのだが……

「公民館?」

 それはここからさほど遠くない街の公民館であった。

「ここに何があるんですか?」

「かなみが七回死ぬほどのものがここにあるとはぁ、思えないけどぉ」

「母さん、それは忘れて!」

 しかし、そう言われたら余計に気になる。

「気になる?」

「気になります! それにここに行って何をすればいいんですか?」

「仕事は簡単よ。ここに行って中の様子をレポートにまとめればいい。映像を取ってこられれば、なおよしだけど」

「え……それだけ……?」

「撮影なら任せてぇ」

 涼美はどこからか持ち出したカメラを見せてくる。

「母さん、そのカメラどこから?」

「娘の可愛い瞬間は取り逃がせないのよねぇ」

「答えになってない……」

「涼美……私が言うのもなんだけど、あなたの天然パワーアップしていない?」

 これにはさすがのあるみも疑問を挟まずにはいられなかった。

「人は日々成長するものだからぁ」

「いや、その成長はダメでしょ!」

「凄い、社長にツッコミさせた」

「かなみ……あんたの母さん、凄い人なんじゃない?」

 みあも感心する。

「ん、まあまあまあ、カメラがあるなら安心ね。――無かったら、かなみちゃんに自腹で買わせるところだったけど」

「何、不吉なこと言ってるんですか社長!?」

「あ~やっぱり、この方がしっくりくるわ」

 みあはホッと一息つく。

「みあちゃん……人の一大事に落ち着いてくつろがないでよ」

「あんたの一大事ってみていて落ち着くんでしょ」

「私が落ち着かないんだよ!」

「ま、無駄話はこれくらいにしておいて」

「……無駄話だったんだ」

「んで、かなみちゃん? 本当にこの仕事受けるの?」

 急にあるみは真剣な面持ちで訊く。

「うーん、七回は死ぬんでしょ?」

「涼美がいるなら大丈夫でしょ」

「任せてぇ」

「母さん……」

「かなみのことは五回は守れるから」

「二回は死ぬってことぉ!?」

 かなみはだんだん不安になってきた。

「だいたい、かなみが七回も死ぬってやばいんじゃないの?」

「ええ、実際やばいのよ。本当なら私も出張っていきたいところなんだけど」

 あるみがやばいということは相当やばいということだ。

 私、本当に生きて帰られるのか。早くも後悔し始めてきた。

「それってまさか出るってことですか?」

「そう、出るのよ」

 かなみは恐れ慄く。

「――怪人が」

「え?」

 かなみは拍子抜けする。

 かなみが出ると聞いて連想したのはお化けだったので、無理もない。

「なんだ、怪人が出るなんていつものことじゃないですか……」

「ま、行ってみればわかるわ。涼美がついてるなら死ぬことはないでしょうから」

「だから、なんで不安を煽るようなことを言うんですか!?」

「何しろ、ただ怪人が出るってわけじゃないのよ」

「……え?」

「そこでパーティが開かれてるみたいなのよ」

 怪人とパーティ……どう考えても結びつきそうにない単語の組み合わせだが、なんとなくおぞましいものだとかなみは想像してしまった。

「それも五人や十人じゃなくて百人ぐらいのね」




「しかし、ここは落ち着くな」

 鯖戸は思いっきり畳の上に寝転ぶ。

「まるで一仕事を終えて帰ってきたサラリーマンね」

 あるみはそんな鯖戸の様子を見てそう言った。

「いや、実際そんなものだろ。これでもお偉方の交渉には肩をこらせているんだよ」

「あなたもすっかり歳ね。昔はそんなんじゃなかったのに」

「君が変わらないだけさ。その若々しさは時に羨ましくもあるよ」

「まだまだ現役のくせに……引退なんて宣言したら許さないからね」

「それはまだまだ頑張らないといけないな」

「頑張ってね♪」

 あるみは可愛らしく言ってみる。

「……君ってそういうキャラだったか?」

「うぅ、それを言われると辛いわね」

「ま、いいか。それより、かなみや涼美をあそこに行かせてよかったのか?」

「いいんじゃないの。たまにはゆっくりと母娘で語らうのも」

「そうじゃなくて! ちょっと危険すぎやしないかってことだよ」

「あなたが心配するなんて珍しいわね」

「いつもなら君がやるような仕事だからね」

「涼美がいるから大丈夫でしょ」

「僕は君ほど彼女を信頼していないよ」

 あるみの顔に一瞬緊張の色が浮かぶ。

「……まあ、信頼は涼美の問題だしね」

「ああ、ごめん。そりゃ親友の悪口言われたら気分悪いか」

「いいのよ。あなたのそういうはっきりしたところ、好きだから」

「……はあ」

 ため息をつく。

「それじゃ、はっきり言うけどさ」

「ん、何?」

「涼美に小じわができたんじゃない?」

 あるみはその一言を聞いてとてつもなく苦い顔で答える。

「あんた、それ本人の前に言ってみなさいよ。――血祭りだから」




「………………」

「………………」

 言いたいことはたくさんあった。

 話したいことはたくさんあった。……はずなのに、改めてゆっくり話せる時になると、言葉が出てこなくなる。母親相手に何でこうもかしこまらなくなったのか、と電車に揺られながらかなみは思う。

「何なのよ、あんた達。ちょっとは母娘らしく会話しなさいよ」

「みあちゃん! なんでついてきたの!?」

「パーティなんて面白そうだと思ってね。かなみが七回死ぬところも見てみたいし」

「ひ、酷いよみあちゃん! 私は一回しか死ねないし! というか、死にたくない!」

「ああぁ、みあちゃんはぁ、かなみのことが心配なのねぇ」

 涼美に一言言われて、みあはカァッと顔を赤くする。

「そんなわけないじゃない! なんであたしがこいつのことなんか!」

「みあちゃんが私のことを心配して」

「そこ、にやけるな!」

「ウフフ、仲のいい姉妹みたいね」

「だから、こんな妹お断りよ!」

「お断りだなんて酷い! っていうか、私の方が年上なんだからみあちゃんの方が妹でしょ!」

「あたしが面倒みないと飢え死にするくせに、どこが姉よ!」

「う、うぅ、そ、それは……」

 食事のことを言われると、強く言えなくなる。

「うんうん、好きな子の心をつかむにはぁ、胃袋って言うしねぇ」

「だから、そういうんじゃないって!」

「みあちゃんが私のこと好きなのは知ってるから」

「むかつくわね! 一ヶ月ぐらい出入り禁止させよっか?」

「あ……それは、困るから、ごめんなさい……」

 かなみは深々と頭を下げる。

「あははぁ、本当に仲がいいわねぇ」

「あんたも目がおかしいんじゃない? 口調も変だけど」

「うーん、こういう喋り方に慣れちゃってるからぁ」

「かなみも変だけど、あんたも結構変ね」

「私は母さんほど変じゃないから!」

「母さんほどぉ変じゃないってぇ……母さん、傷つくわぁ」

 涼美はわざとらしく泣き真似をする。

「そういうことするのが変っていうのよ」

「かなみ……あんたも親で苦労するのね」

「みあちゃんと気持ちが通じ合った気がする」

「うーん、愛ねぇ」

「き、気色悪いこと言わないで!」

「そこはやっぱり友情なのかしら?」

「なんかそれも違くない?」

「じゃあ、なんて言えばいいの?」

「うーん、うーん……」

 みあは両腕を組んで考える。

「……主従関係?」

「なんでそうなるの!?」

「なるほどぉ」

「母さんも納得しないで!」

 みあにも苦労させられているような気がしてきた。

「なんだか、母さんとみあちゃんの方が母娘みたいかも……」

 思わずぼやいて、涼美とみあは驚いたように顔を見合わせる。

「みあちゃんみたいな可愛い娘だったらぁ、大歓迎よぉ」

「ちょ、ちょっと、あたしはごめんよ! 変人が家族なんて!」

「大丈夫! 母さんはみあちゃんのお父さんといい勝負だから!」

「そういう問題じゃない!」

「ウフフ、賑やかでいいわねぇ」




 電車を降りて、目的地である公民館に歩いて向かう。

 今夜、公民館で怪人が集まってパーティが開かれる。当然、それなりの数の怪人が集まる。パーティというからには準備をしている怪人だっているかもしれない。

 怪人がいるなら、それなりの気配がするはずだ。、ましてや、それだけの怪人がいるなら駅を降りた瞬間から怪人の気配がしておかしくなかった。

 それがなかった。

「普通ね」

「普通ねぇ」

 かなみが言うと、涼美はオウム返ししてくる。

 大量、どころか一匹の怪人の気配も感じなかった。

「うーん、おかしいわね。全然気配が無いわ」

 感知能力に優れたみあですら感じない。

 いよいよもって、この街に怪人がいないことになってきた。

 だとしたら、本当にパーティは開かれるのだろうか。

「ガセ情報じゃないの?」

 かなみもそう思ってきた。

 ガセ情報なら、七回どころか一回も死ぬことはないが、ボーナスはゼロである。安心していいのかガッカリしていいのかわからない微妙な心境であった。

「本当にガセ情報ならいいんだけどねぇ」

「どういうこと?」

「パーティの時間が決まっていないからねぇ、これから来るところかもしれないしぃ」

「でも、母さん……もう夕方よ」

 かなみは落ちかけている夕日の方を見て言う。

 あと一時間もしないうちに、辺りは暗くなって夜になる。

「ひとまずぅ、公民館に行ってみましょうぅ」

「ま、話はそれからね」

 結局はみあの言うとおり、目的地の公民館に行ってみることになった。

「ところで、母さん。外国の仕事はどうなの?」

「ん、順調よぉ……」

「一日五十万……どんだけ稼いでるのよ。あんたも見習いなさいよ」

「そんなに……稼げないわよ。あのケチ部長のせいでボーナス中々貰えないし」

「確かに仔馬君はケチ臭いところがあるものねぇ、私も抗議しようかなぁ」

「お願い、母さん! ワラにもすがる想いなの!」

「私はぁ……ワラなんだぁ……」

 涼美はあからさまにやる気を無くした顔をする。

「ああ、ごめん! 母さんの抗議ってなんだか頼りないかと思ったけど、それでも味方が増えるのは頼もしいわねって思うけど」

「あんた、何気に本音が漏れてるわよ……」

「え……」

「頼りないのねぇ……」

「子供みたいにいじけてる」

「ごめーん!」

 かなみは謝っても、涼美が立ち直るのに時間がかかった。

 そんな話をしている内にあっという間に公民館についた。

「普通ね」

「普通ねぇ」

 ここでも駅と同じやり取りをしてしまった。

 そのぐらい怪人の気配を感じない。

 町内会の会合とかイベントとかで使われる時以外は無人なのもあって、怪人がこっそり集まるにはさぞ都合がいい場所なのだろう。……なのに怪人の気配が無い、本当に無人のようだ。

「……いえ」

「みあちゃん、何か気になることがあるの?」

「うん、ちょっとね……」

 みあはヨーヨーを取り出して垂らしてみる。

「へえぇ、ダウジングねぇ」

「前もそれでお宝見つけたわよね」

「しょぼいヤツだったけどね」

 みあはぼやく。

 以前、かなみが言うようにこのヨーヨーによるダウジング魔法を山奥で使って見事お宝の場所を当てることができた。しかし、肝心のそのお宝というのが、千歳の遺髪だったのだから、みあも不満たっぷりであった。

「今度はちゃんと見つけるわよ……怪人だけど」

 みあがそう言うと、ヨーヨーがキィンキィンと音を立てて揺れる。

「これは……!」

「ヨーヨーが揺れてる……これってどういうこと?」

「いるってことに決まってるじゃない、怪人が」

「やっぱりねぇ」

「いるって、この公民館の中に?」

 かなみが訊くとみあは頷く。

「そうね」

 みあはヨーヨーが揺れる回数を数える。

「一……ニ……三……四体、いるわね」

「四体……いつもなら多いって思うところなんだけど」

「パーティにしてはぁ、ちょっと寂しいわねぇ」

 かなみもそう思った。

 パーティというからには、十体や二十体ぐらいいるものと想像していたので、四体は少し寂しい。

「でも、今回は戦って倒すのが目的じゃないのよね」

 かなみはカメラを構える。

 今回の仕事は、公民館で開かれる予定の怪人のパーティの様子を見て、レポートに書くか、撮影してくることだ。そのため、今回は戦う必要は全く無い。

「とはいっても、結局戦いになるのよね」

「ふ、不吉なことを言わないでよ」

「毎回お約束のパターンじゃない」

「うぅ……」

 それは否定できなかった。

 何故か戦うことが目的じゃない仕事なのに、最終的に戦うことになるのがお約束になっている気がする。

「ま、まあ、戦いは避けるに越したことはないわ」

 戦いは好きなわけじゃないから、避けられるものなら避けたい。というのが、かなみの本音であった。

「どうする、かなみ?」

「ひとまず近くの店とか公園とかで隠れて様子を見て……」

 かなみは周囲を見る。

 回りは民家やアパートばかりで、とても隠れて様子を見れるような場所が見当たらない。

「……そんな場所がない」

 かなみはぼやく。

「こうなったら、あれしかないわね」

 みあが珍しく自分から提案してくる。

「あれって?」

「決まってるじゃない、忍び込むのよ」

「えぇ!?」

「声が大きいわよ、私達が来てるの気づかれたらどうするのよ」

「ああ、ごめん」

 かなみが反射的に口を塞ぐ。

「忍び込むかぁ、確かに面白いアイディアねぇ」

「母さんまで……」

「でも、かなみの母さんが忍び込むのは無理があるわね。目立つし」

 みあは涼美のふくよか過ぎると言ってもいい胸を見て言う。

「ひ、人の母さんのどこ見てるの!?」

 かなみは抗議すると、みあは今度はかなみの胸を見る。

「……厳しい現実」

「やめてよ!?」

「かなみはまだこれからだからぁ、成長期ってやつね」

「母さん……」

「あの食生活でこれから成長できるものなの?」

 みあにそう言われて、あるみは首を傾げる。

「……難しいわねぇ」

「母さん!!」

「よく食べてぇ、よく寝ればぁ、すくすく育つわぁ」

「まともなご飯は一食、睡眠時間は5時間あればいい方……」

「あとは遺伝よぉ」

「ああ、それならいけそうね」

「頼みの綱が母さんって……」

 頼りないとは想いつつ、その胸を見てると希望が込み上げてくるから、なんだか釈然としない。

「でもぉ、母さんが忍び込めないって言われるのはぁ、心外ねぇ」

「はあ、どういうこと?」

「こう見えてぇ、潜入調査はぁ、得意なのよぉ」

「と、得意って言われても……」

 その発言は娘のかなみでさえ半信半疑になるものであった。

 このおっとりとした性格な上に金髪で目立つ母が隠密性と機敏性が求められる潜入調査が得意だなんて到底思えない。

「それじゃ、お手並み拝見させてもらうわ」

「任せてぇ」

 涼美は親指をグッと立てる。

 その仕草にかなみは不安を覚えずにはいられなかった。

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