第40話 災難! 少女の最大の敵は大凶? (Aパート)

最高役員十二席ヘヴル・・・死亡

東北支部長応鬼・・・死亡


関東支部長カリウス・・・消息不明

中部支部長刀吉・・・消息不明


以上が我がネガサイド日本局の燦々たる現状であり、どうか六天王様。ご采配を。


・・・・・・・・・・


 果てしなく広がる漆黒の空間で、並べた男達の名前を上げて、顔に百の目を持つ怪人・視百しびゃくは報告を述べる。

「慎みなさい、視百」

 目を閉じた厳かな老女が窘める。

「むむ‥…」

 視百は百ある目のうち、半分の眉を潜めさせ、残りの半分で辺りを見回す。

 漆黒の空間に、他の支部長達が姿を現してくる。

「招集に遅れてすまなかったな!」

 四国部長・ヒバシラは大きな声を上げながらやってくる。

「………………」

 北海道支部長・極星は無言で空間に入り込んでくる。

「二人とも遅いで」

「遅刻! 遅刻!」

 と近畿支部長・マイデとハーンはあたかも最初からいたかのように言う。今来たばかりだというのに、なんなのだあの態度は、と視百は少しばかり呆れた。

「それもよいではありませんか」

 その心境を察したのか、九州支部長のいろかが語りかける。

「ここのところの招集でみな浮足立っていますので」

「お前達、一体誰のせいでこうなっていると思っているのだ?」

「さあ、愚かな支部長達など私達は同胞などとは思っていませんので」

 いろかは妖美な笑みを浮かべて言う。

「うむ、揃い始めたか」

 老女は集まった支部長達を見下ろして言う。


 四国支部長・ヒバシラ、北海道支部長・極星、近畿支部長・マイデとハーン、九州支部長・いろかの各地方の支部長が最高十二席の一人・女郎姪じょろうめいの招集に応じてこの空間にやってきた。

「まだ中国のチューソーが来てないが」

「よい。刻限も守れぬのであれば欠席も同然よ」

 女郎姪はそう言い切る。

「これは手厳しい」

 しかし、そんないろかは未だやってこないチューソーを嘲るかのように笑う。

「まあよい。それより本題はなんだ。空席になっている十二席ならいつでも座ってもよいのだが」

 極星はふてぶてしく言う。

「それも含めて判真ばんしんから話があるそうだ」

「判真……!」

 その名前を出された時、周囲に緊張が走る。


――揃ったか。


 まるでその時を計ったかのように甲冑にマントを羽織った荘厳な男を現れる。

 判真は最高十二席役員の中心に立つ法の守護神といわれており、この男が下した裁定は局長の六天王の同等の権利を有している。

 また、彼は人事権を持っており、支部長を誰にするかを決めている。

 いろかも支部長に任命された際に会ったことがあり、彼によってくだされたことを伝えられた。

 実質、六天王に次ぐ副局長といってもいい男が現れたということは、何かただならぬ裁定を下すのではないかと緊張する。

「判真様、他の十二席のものも招集しなくてよいのですか?」

 視百は心配になって訊く。

「いや、良い。グランサーのように気ままに振る舞うものも多いせいで、揃わぬことはわかっていたからな」

「それはまた寛大で」

 視百はただただ平伏する。

「では、今回の招集ではいかなる裁定をおくだすのですか?」

 女郎姪が訊く。

「うむ。今回の裁定は空席になっている関東支部長の座である」

「「「――!」」」

 支部長一同騒然とする。

 現状、支部長の間で格差は無く対等の立場にある。しかし、それはあくまで表面上の話であり、関東といえば日本の中心である。その関東の支部長の座というのはいうまでもなく、支部長の中心といった趣きがある。

 ゆえに、カリウスが関東支部長の座につくと決まった時は支部長達の間で激震が走った。

 当然、刀吉からは反感を買い、カリウスの方も憮然としていたため、対立構造がこの頃から出来ていたといってもいい。

 そのカリウスが消息を断って、空席になっていた関東支部長の座がどうなるか。

 新しく現れた怪人につかせるか、

 今いる支部長が代わりに座につくか、

 また最高役員十二席の下にいる役員候補につかせるか、いずれにしても穏やかに終わるとは到底思えない。

 そんな緊張が場を支配する雰囲気の中で、判真は告げる。

「しばらく空席とする」

「「「――!」」」

 緊張は衝撃へと代わり、驚きの声を漏らす者もいた。

「判真様、それは一体何故!?」

 視百は狼狽して、問いただす。

「何故も何もこれが我が裁定である」

「しかし、それでは納得のいかぬものも多くいます」

 女郎姪は各支部長を見回し、彼らの気持ちを代弁するかのように言う。

「決定事項だ。だが、異議を申し立てるのは構わない」

「異議ですと……!」

 ヒバシラは拳を握りしめて、怒声を上げる。

「関東は日本の中心! その支部を開け渡しておくなど、ネガサイド日本局の名折れ!」

「ヒバシラの言うとおりであるな」

 極星も同意する。

「無理にでも支部長をたてるべきか、もしくは我々の中から関東支部長に任命していただければ……!」

「せや、関東支部は有能な人材も多く、戦力も整えやすい。関東支部長の座、くれるっていうんなら是非欲しいところやで」

「カントー、天国!」

 マイデとハーンも同意し、視百のどこだかわからない眉間に皺を寄せる。

「判真様、何故そのような裁定を下したのか理由をお聞かせください」

 女郎姪が訊いても、判真は特に動じること無く厳かに答える。

「理由は一つ、適任者がいないことだ」

「適任者がいない……!?」

「我らが関東支部長の座に相応しくないということですさえかぁぁぁぁぁッ!!」

 ヒバシラは激昂する。

「そうだ」

「それは何故ですかぁッ!? カリウスごときに務められて、何故我らがその座に着けぬのかぁッ!!?」

「――魔法少女の存在ですね」

 いろかがそう言ったことで、ヒバシラの勢いが消える。

「応鬼もヘヴル様も、アルミという魔法少女に敗れたと聞きます。また、今回の戦争によって中部支部や関東支部の戦力の過半数はアルミ率いる魔法少女によってやられた、という情報も入っています」

「いろか、何故それほどの情報を?」

 視百はいろかが少々情報を知りすぎているのではないかと思い、訊く。

「部下に手配させて得た情報、ただそれだけです」

 いろかは不敵に笑い、答える。

「そうであるか」

 視百は止むを得ず、その言葉だけでこの場を収める。

 好き勝手に動き、腹の探り合いはネガサイドの常。疑念、疑心はしかる場をもって明るみにすればいいだけのこと。

 視百はそういった見通しに長けた男だ。だが、今はこの場で判真に事の審議を確かめるのが先決だ。

「……判真様、あなたは一体何を考えているのですか?」

「全ては六天王様のご意志だ」

「そこに判真様の意志は無いのですか?」

 女郎姪はニタリと粘りつくような笑みで問いかける。

「女郎姪殿、それはあまりにも失礼では」

 視百が言う。

「無礼は承知。この場で処断も覚悟の上の発言、と弁えておりますが」

「不問だ」

 判真がそう答えたことで、一旦場が静まる。

「関東支部の適任者がいない。ゆえに、空席とする。不服があるならば、申し立てよ。

――我こそが関東支部長に相応しいと思うものがいるならば名乗りを上げても構わない」

「………………」

 支部長一同は沈黙する。

「一つ質問よろしいでしょうか?」

 その中で、いろかは挙手する。

「良い」

「……もし、我々支部長の中で関東支部長に名乗り上げ、判真様が認めた場合、その者が元いた支部はどう致しますか?」

 それは他の支部長も気になっていたことだ。

 支部長には元々各支部という持ち場があり、関東支部長に任命されるのであれば、元の支部は空席になってしまう。あるいは、元の支部と関東支部を兼任で自由にできるのではないか。そんな期待もあった。

「好きにして良い。我が関東支部長の適任者がいると各支部長の中にいると判断すれば即座に任命し、兼任するなり、後継をたてるなり好きにして構わない」

 判真が答えたことのはまさしく期待したそれであった。

「「「――!」」」

 各支部長は驚愕とも歓喜ともとれる反応をする。

 そして、視百は頭を抱える。

――これはまた新しい火種が生まれてしまった、と。




 ピピピピピ。

 最大音量にしていた目覚ましのアラームで、いやがおうにも起こされる。

「かなみ、もう朝だ」

「わかってるわよ」

 マニィのモーニングコールを受けて、かなみは目覚ましのボタンを押して止める。

 顔を洗い、髪を整える。とはいっても、クシを軽く通しただけだ。これだけで整髪料を使ったかのように髪が整うのだから、不思議なものだ。

 それで寝間着代わりに使っているジャージを洗濯カゴに入れる。深夜に帰ったらコインランドリーで洗う予定だ。

 制服に袖を通す。

 昨晩帰りがけに寄ったコンビニで買っておいたロールパンを朝食に、と口に咥える。

「いってきます」

 もぬけの殻になった部屋に向かって言う。



「ターゲットLQ、外出を確認」

「目的地は学校」

「それまでにターゲットLQへ第一弾の攻撃を開始する」



 外を出たかなみを陽気な日差しが出迎えてくれる。

「今日もいい天気ね」

 寝不足や疲労でだるいはずなのに足取りが軽い。朝日のおかげで身体がリセットされたのかもしれない。

 何かきっといいことがある。そんな予感がする。

「そういう時に限って案外コケるものだよね」

 そこへマニィが水を差す。

「うっさいわね。誰がコケ」


ピュイ!


 目の前に何かがよぎった。

「え……?」

 かなみは壁に当たって跳ね返ってきたそれを見た。

――野球のボールだ。

「な、なんで、こんなものが……?」

 かなみは寒気が走った。あと数センチズレていたら顔面に直撃していた。

 そんなものがなんで飛んできたのか。

 かなみはボールが飛んできた方向を見る。キャッチボールをしているような人間は見えない。つまり、いきなり飛んできたのだ。

 わけがわからない。

「あ、当たらなかっただけ、まだついてるんじゃ……」


にゃー


 そう強がってみると、黒猫が目の前を横切る。

「ぎゃぁぁぁ、黒猫がぁぁぁッ!!」

 たまらず悲鳴を上げる。

「これは不吉だね」

「い、いえいえいえ、あれは迷信よ! 黒猫って可愛いじゃない! あ、あんな可愛い黒猫を見れただけついて」


ガシャン!!


 目の前に落ちてきたスパナがかなみを黙らせる。

「………………」

 さすがにこんなことが立て続けに起こるとなると、偶然が重なったとは思えない。

「不吉だね」

「呑気なこと言ってる場合じゃないわ! これってもしかして生命狙われてるんじゃないの!?」

「生命を狙う? 誰が?」

「誰かわからないけど! 誰かよ! そうじゃなかったらこんな……」


ペチャ!


 今度は頭に鳥の糞が落ちてくる。

「………………」

「ついてないね」

「ついてないわ」

 泣きたくなってきた。

 さっきまでの心の軽さが嘘のように重い。


ガルルルルル


 さらにそこへ吠え立てた野良犬が血走った目でこちらを見つめている。

「う、嘘でしょ……」

 思わずかなみは漏らす。

 というか、このご時勢に、こんな漫画やアニメで使い古されたような展開、あり得るはずが無い。

 そう、あの野良犬は自分を襲い掛かってくるはずなんて――


ワオーン!!


 あった。

 一直線にかなみへ向かって走ってくる。

 それはまるで一つの弾丸。

 暴力の塊と化した野獣に言い知れぬ恐怖を覚えた。

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 再び悲鳴を上げて一目散に逃げる。




「……おはよう」

 ほうほうの体で教室に辿り着いたかなみは貴子に挨拶する。

「かなみ、どうしたの?」

 ボロボロになったかなみを見て、理英は心配そうに訊く。

「な、なんでもない」

「ええ、なんだか、犬に追い掛け回された挙句、ぬかるみに足を取られて思いっきり転んで、たまたま通りがかった車に水をおもいっきりかけられたぐらいボロボロだよ」

「ぐ、具体的なたとえね、まるでさっきまで見てたみたい……」

「え、本当のことだったの?」

「う、ううん、そんなわけないわよ! そんな漫画みたいなことあるわけないじゃない!!」

 かなみは強く言って席に着く。


ガシャン


 イスに着いた途端、イスが崩れ落ちた。

「あたッ!?」

 思いっきり尻餅をついた。

「だ、大丈夫?」

「イスがいきなりこわれたのか」

「う、うぅ、なんでこんなことに……?」

 かなみは嘆く。

「かなみ、今日はついてない日なんじゃないの?」

「そ、そうかも……」

「そうか?」

 貴子は首を傾げる。

「貴子、何がおかしいの?」

「なんかいつものかなみじゃんと思って」

 かなみは「なんでよ!?」と悲鳴に似た疑問をぶつける。



「ターゲットLQの反応上々」

「上出来だ。経過を観察しつつ、現状を維持せよ」

「了解。このまま、任務を続行する」



「やっぱり、今日ついてない……」

 下校のために下駄箱で靴に履き替えると、かなみはぼやいた。

 授業中にウトウトしているところに先生にさされるし、階段からゴミ箱がおちてきてぶつけられる。

 校庭を散歩していたら園芸の放水に水をかけられる。ランチをどれにしようか悩んでいたら目の前で売り切れてしまう。

「確かについてないね、いつもは一つか二つ程度なのに」

「いや、それでも十分ついてないんじゃない?」

「それにしても少し不自然すぎる気がする」

「不自然ってどういうこと?」

「誰かが君を狙って、やったことなんじゃないか?」

「誰か?」

 かなみはマニィのその一言に一瞬絶句する。

「だ、誰かって誰よ?」

「さあ、わからない。生命を狙われる心当たりは?」

「あ、あるわけないじゃない。借金取りとかいるけど生命を狙うようなのはさすがにいないわよ……」

 そう強がってみても、不安はある。

「じゃあ、ネガサイドしかありえないな」

「ね、ネガサイド……」

 その名前が出ただけで、なんかこれまでのことが仕組まれていたことだとしても納得がいく。

 というか、あの悪の秘密結社が直接自分の生命を狙ってきても何の不思議でもなんでもないじゃないか。

 今まで一体いくつの怪人を葬ってきたのか数えられない。そいつらの復讐に来たとも考えられる。

 ここまで考えるとかなみは恐ろしくなってきた。

「今のところ、生命に関わるようなことは起きてないから問題ないか」

「そ、そういう問題じゃないでしょ! っていうか、起きたからじゃ遅いのよ!」

「じゃあ、反撃に出るかい?」

「そうね、反撃よ! やられる前にやってやろうじゃない!」

 かなみは周囲を見渡す。

「敵の気配がしない……」

「君は魔力感知に少々難があるみたいだ」

「うるさいわね。でも、困ったわ。相手はプロかしら?」

「プロの殺し屋か。そうなったら一度あるみに相談した方がよさそうだ」

「そ、そうね。社長だったら絶対返り討ちにしてくれるし」

 そうと決まったら、かなみは一目散にオフィスへ向かう。

 しかし、そこからの道は決して平坦なものではなかった。

 何故かレンガが飛んで来る。

 何故かカラスに追い掛け回される。

 突然木が目の前に倒れてきて、間一髪でかわした。

 ここまで連続で不幸がやってくるとさすがに狙われていると自覚せざるを得ない。というか、これはネガサイドの刺客からの攻撃としかもう思えない。

「や、やっと、着いた」

 ほうほうのていでオフィスに辿り着いたことで九死に一生を得た気がした。

 オフィスに入ると、あるみの姿を探す。

「い、いない……」

 社長のあるみは神出鬼没で、オフィスにいないことの方が多い。

 でも、こういうときはいてほしいと思う。

 あの破天荒で滅茶苦茶だけど、何でも解決してくれそうな性分は今は頼もしい限りなのに。

 しかし、いないとなれば仕方が無い。

 あるみの次に頼りになる人といえば、翠華だ。

 幸いにも翠華はオフィスにいて、その人柄もあって声もかけやすい。

「あの、翠華さん」

「か、かなみさんッ!?」

 翠華はかなみに気づくなり、飛び上がらんばかりに驚く。

「……え?」

「あ、いえ、なんでもないの……ちょ、ちょっと、倉庫に商品の在庫確認を……」

 と逃げるようにいなくなってしまう。

「翠華さん、どうかしたのかしら……」

 明らかに様子がおかしかった。なんだか避けられているのではないかという気さえする。

「あんたが戻ってきてからよ、おかしいのは」

 みあが後ろから口を挟む。

「戻ってきてから?」

「そ、あんたにクソ恥ずかしいこといったあとね、正確には」

「恥ずかしいこと? えっと、なんだったっけ?」

 みあはキョトンとする。

「お、憶えてないの?」

「うーん、あのとき、みんなから色々言われて、色々わけがわからなくなってね……翠華さんが私になんて言ったかよく憶えてないの」

「あんたって……」

 みあはため息をつく。

「でも、まあ憶えてないんだったら、その方が都合がいいかも」

「え、本当に翠華さん、なんて言ってたの?」

 かなみはみあにそう言われて不安になる。

「それぐらい自分で思い出しなさいよ」

「そ、そうね……」

「まったくちゃんとしなさいよ」

「ちゃんといってもね、みあちゃん。今日ね、いろんなことあって……そう! そうそう! 聞いてよ、みあちゃん!」

「何よ」

 また面倒事かとみあはだるそうに言う。

 それでも、ちゃんと聞いてくれるのだから、なんだかんだでみあも面倒見がいい。というか、たまに魔法少女の先輩らしいところを見せるものだから彼女がまだ九歳でかなみとは五年も年下だという事実を忘れそうになる。

「私、今日すごくついてないの」

「はあ?」

 みあは本当にかなみが何言っているのか信じられないと言った顔つきで唖然とする。

「え、何、どうしたの、みあちゃん?」

「えっと、何いってんのかわからなかったから……もっかい言って」

 かなみはちょっとごにょっとして伝わらなかったと思って反省し、今度ははっきり言おうとする。

「私、今日すっごくついてないの!」

「はあ?」

 みあはまったく同じリアクションを取る。

「みあちゃん、本当にどうしたの? 私の言ってることわからなかったの?」

「いや、それがね……なんて言っていいのか……あのねえ……」

 みあは呆れたように、ようやく頭の中に浮かんだ一言を即座にぶつける。

「――あんた、自分がついていると思ってたわけ? 借金持ちの分際で」

「ひどいよ、みあちゃん!!」

 かなみは泣きそうになった。

「そりゃさ、母さんの借金もあってさ……八億になっちゃったけど、それでも私だって一生懸命ね、頑張ってね……」

「ああ、何泣きそうになってんのよ! 悪かった、私が悪かったわ!」

 小学三年生の前で泣き出しそうになっている中学二年生。傍から見たらかなり奇妙な絵面だろう。

「んで、なんでついてないって思うわけ? 金運が無いのは相変わらずなんだし」

「みあちゃん、本当に酷いよ……」

 それでも、一度言い出した手前もあるので、かなみはかくかくしかじかと今朝から起こり続けている一連の不幸な出来事を話した。

「――というわけでね。って、みあちゃん、どこ行くの!?」

 みあはオフィスを出ようとする。

「あんたの不幸に巻き込まれるのはごめんよ!」

「そりゃないよ、勝手にいなくなったら許さないってあのとき言ってたのに!」

「あんた、しっかり覚えてるじゃない!」

 みあは赤面する。

 空港でかなみを引き止める時、勢いのあまり、とんでもなく恥ずかしいことを言ってしまったと激しく後悔する。

「ん~」

 みあは頭を抱えて茹だる。

「あ~、わかったわ」

「力になってくれるの?」

「しょうがないでしょ、とばっちりくらったらたまらないし」

 そう言って憎まれ口を叩きながらも、ちゃんと協力してくれるのだからみあは頼もしい。

(翠華さんと同じくらい頼りになるかも……)

「あんた、なんか失礼なこと考えてない?」

「ううん、そんなことないよ」

「とりあえず、情報収集ね」

「え、情報収集?」

 みあから思ってもいなかったことを提案されてかなみは面を喰らう。

「ネガサイドに詳しいやつ、いるでしょここに」

 そう言ってみあは下を指差す。その下の一階で拘束している人物のことを言っているのだろう。

「ああ~」

 今度はかなみが頭を抱える。

 はっきり言ってとてつもなく会いたくない奴だ。

「会わなきゃいけない?」

「生命かかってるんだからためらってる場合じゃないでしょ」

 みあの言うことはもっともだ。自分よりしっかりしていると思うこともある。

「わかったわよ」

 かなみはため息をつく。

 というわけで、彼を監禁している倉庫にやってきた。

「かなみ、おはよう」

「おはよう、千歳さん」

 ちなみにここの見張りは千歳がやっている。

 新しい魔法人形を作ってもらうまで外に出れないため、この男の監視をしてもらっている。

 その男とは、スーシー。小学生の愛らしい外見を台無しにする生意気な態度を取る少年である。いや、少年というのも本当のところは怪しい。何しろ、彼はネガサイド関東支部の幹部であり、支部長のカリウスの副官といってもいいほどの地位にいた男だ。

 少年のようでいて、かなみよりもずっと年上の可能性は高い。

「おはようございます、かなみさん」

「挨拶なんてどうでもいいわ。それより教えなさい」

「いきなり不躾ですね。もっとゆっくりと語らいましょうよ」

「あんたと語らうなんて冗談じゃないわ」

「それが冗談であって欲しいのですが」

 スーシーがそんなこと言ってくるものだから、かなみはだんだんイライラしてきた。

「どうやら本気みたいですね。で、僕に何が聞きたいんですか?」

「私の生命を狙ってきそうな殺し屋に心当たりない?」

「殺し屋……?」

 スーシーは少しだけ意外そうに言う。

「心当たりも何もネガサイドには殺し屋課というものがありましてね」

「殺し屋課!?」

「別におかしくないでしょ。ネガサイドは悪の秘密結社ですよ」

「いや、おかしいけど……」

 かなみはつくづくネガサイドというのは非常識な組織だと思い知らされる。

「ともかく、殺し屋は有り余るほどたくさんいましてね。残念ながら心当たりがありすぎるんですよ」

「……役立たず。っていうか、有り余るほどって何よ。そんなのに狙われたら……!」

「まあ、まず助からないでしょうね。向こうはプロフェッショナル揃いですから」

「冗談じゃないわ!」

 かなみは叫ぶ。

「殺し屋課なんてわけのわからない連中にやられるのなんて死んでもごめんよ!」

「フフ、いいですね。その気概こそかなみさんの魅力ですから」

「まあ、借金という強敵があとに控えているからね」

「マニィ、余計なこと言わないの!」

「借金もかなみさんの魅力ですからね」

「ふざけたこと言ってるじゃないわよ」

「そうよ、かなみちゃんの魅力はそれを返済するところなんだから」

「千歳さん、それフォローになってませんから」

「え、そうだった?」

「まあ、不憫なところもだね」

「ま、マニィまで……」

 かなみはまた泣きたくなった。




「なるほど、殺し屋ね」

 出張から戻ってきたあるみはかなみの話から聞いて、そう言う。

「そうなんですよ、社長。なんとかしてくださいよ」

 かなみはすがるように言う。

「スーシーにはあんな啖呵をきったのに……」

「まあ、確実でなんとかしてくれる方法があるなら、それにすがるのが人間というものじゃないかな」

 マニィがかなみのことを評する。

「確かに、かなみちゃんがターゲットにされたっていうんなら、黙っていられないわね」

「それじゃ、社長!」

「チカラになるわ」

「やったー!」

 かなみは飛び上がらんばかりに喜ぶ。あるみがチカラになってくれるのならこれはもう解決したも同然だと思えたからだ。

「ただし、かなみちゃんが解決させるのよ」

「……え?」

「私はあくまで手助けするだけだから」

「そ、そんな……」

「このぐらいのことは自分で解決できるようにならないとね。それに私は出来るって信じてるから」

「そ、そうですか……」

「いざとなったら、みあちゃんも力を貸してくれるから大丈夫よ」

「なんで、あたしまでッ!?」

 後ろできいていたみあは声を上げる。

「そうですね、みあちゃんが力を貸してくれるなら心強いです」

「だから、なんで決定事項なのよッ!」

「じゃ、そういうことで話を進めるとして」

「進めるなッ!」

「まあまあ、みあちゃん落ち着いて」

「だ、誰のせいでこうなってると思って!」

「私のせいでしょ、わかってるって」

「あ~……」

 みあはそう言われて、なんていいかわからなくなる。

「しょうがないわね、殺し屋を殺し返すなんて面白そうだから付き合ってあげる」

「ありがとう。みあちゃん」

「それじゃ、話は決まったわね」

 あるみは席を立つ。

「明日までには調べばつけておくわ。それまでにちゃんと生き残っておいてね」

「ふ、不吉なこと言わないでください!」

 かなみは身震いしながら答える。

「明日までか……とりあえず、今日はみあちゃんの家に」

「って、こないでよ! 私まで巻き添えくうじゃない!」

「ひ、ひどいよ! みあちゃんの家は高層マンションだから、私んちより安全でしょ!」

「マンションごと爆破されたら手のうちようがないじゃない」

「さ、さすがにそこまではされないと思うけど……」

「ああ、それはないわよ」

 オフィスを出ていこうとするあるみが背中を振り向いて言う。

「殺し屋って連中はターゲット一人だけを殺すように動くから、マンション爆破みたいなテロまがいのことはしないわ。プライドってやつね」

「へえ、そうなんですか。だったら、みあちゃんの家に泊めてもらったら安心ですね」

「みあちゃんもターゲットになってなければの話だけどね」


バタッ!


 あるみは不吉なことを言い残してオフィスを出て行った。

「………………」

 みあはなんて言いのかわからず、呆然としていた。

「よかったね、みあちゃん。これで一緒に寝られるね」

「はあッ!? なんでそうなるわけ!?」

「だって、一緒にターゲットにされてるんなら一緒に寝た方が安心でしょ。何よりご飯も食べられるし」

「あんた、それが一番の目的でしょうが!」

 みあは文句の声を張り上げる。

「ったく、でも、まああたしまでターゲットにされてるんなら、もうとっくに狙われてるはずでしょうからその心配はないわね」

「そういえば、オフィスに入ってからおかしなことは起きなくなったような……」

 かなみは思い返す。

「ここが本拠地みたいなものだから、下手に手を出すのはヤバイと考えたんじゃない。あたしだったらあるみにちょっかい出して怖い目にあいたくないし、」

「あははは、それは言えてるね」

 あるみに対してはまさしく命懸けのちょっかいだ。

「ひとまず、今日はここにいた方がいいってことね」

「そうね……じゃ、いつもの仕事やっておくか。とりあえず、この書類片付けておいてよ」

「りょーかい。ところでみあちゃん、デスクにあるそれって何?」

 かなみはみあのデスクの上に置かれている小包を指差して言う。

「ああ、これね。いつものよ、いつもの」

 定期的にみあ宛てに贈り物が届けられてくる。たいていはわけのわからないおもちゃとも日用品ともつかないものばかりだが、中々ユニークな物ばかりだとかなみは思う。

 それだけに今回はどんな物なのかなと興味はある。

「まったくよくあきもせずに送ってくるわ」

 文句を言いながら、みあは小包を開ける。


パカッ


 中に入っていたのは札束であった。しかも、一万円札が百枚ぐらい束になっているやつだ。

「……は?」

「ええぇぇぇぇぇぇぇッ!? 」

 かなみは思わず声を上げた。

 予想だにしなかった現金。しかも、大金なのだから尋常ではない雰囲気が漂っている。

「みあちゃん、これなになに!? どうなってるの、やばいやつじゃない!?」

 かなみは慌てふためく。

「うるさいわね、説明書をよく読みなさい」

「せ、説明書……? 札束に説明書?」

 意味がわからなかった。

「これ、入浴剤よ」

「え、ええッ!? 入浴剤ッ!?」

 ますますもって、意味がわからなかった。

「なんで、これが入浴剤なわけ? どうみても札束でしょ?」

「うるさいわね、説明書にそうかいてあるのよ」

「ちょっと、説明書見せて」

 かなみはみあから説明書を取り上げる。


『マネーバスロマン~漫画やアニメのような札束のお風呂に入ったかのような夢を味わえます!!~』


 そんなことが書かれていた。

「……これ、どういうこと?」

「書かれているまんまでしょ」

「札束の風呂って、あのお金持ちがやりそうなやつ?」

「そ、悪趣味なやつよ」

 バスタブいっぱいに敷き詰められたお風呂の中に入る。かなみはなぜか顔に¥マークをつけた男が全裸で入るところを想像してしまった。

 漫画やアニメでもそんなの見たこと無いし、本当にやるような奴がいるとは思えない。

「うーん、でも夢がありそう」

「ああ、あんたも趣味悪かったわ」

 みあは呆れる。

「今夜のお風呂に使ってみましょう」

「ってなんで、あたしんとこ泊まる勝手に決めてるわけ!?」

「だって、一緒にいた方が安心でしょ」

「ああ、もうわかったわ! その代わり、『地獄のゾンビヘヴン』を視るの付き合いなさいよ!!」

「それ、怖いやつじゃない、無理だよ無理無理!」

「いいから、付き合いなさい!」

「はあ……わかったわ……」

「さ、そうと決まったら仕事再開よ」

 みあは張り切って書類整理を始める。

 かなみは苦手のホラー映画を見せられることは観念して、というか今は考えないようにした。




 ちなみにこのやり取りを廊下で翠華は盗み聞いていた。

「よかったね、みあちゃん。これで一緒に寝られるね」

 そんなかなみの声がオフィスに戻ろうとしたら、聞こえてきたものだから穏やかにいられなかった。

(かなみさん、まさかみあちゃんのこと……!)

 前々から思っていたのだが、かなみとみあの仲が良すぎるのではないか。

 あの二人はオフィスでは先輩と後輩。プライベートでは姉妹のように仲睦まじい関係。それだけならまだいいのだが、それとはまた別の仲に発展しているのではないかとついつい危惧してしまう。

 不意にやってきたかなみの一言はその危惧を助長させるものだった。

「一緒に寝た方が安心でしょ。何よりご飯も食べられるし」

「あんた、それが一番の目的でしょうが!」

 壁越しに耳を澄ませているせいで会話は途切れ途切れだが、すっかりいつもの会話が繰り広げられているのがわかる。しかし、これはこれで羨ましく思ってしまう。

(……私もかなみさんとこれぐらい話せたらいいのに……)

 みあの遠慮のない気性も関係しているのか、かなみの方も遠慮無く話しているように感じる。

 それに比べて自分と話している時のかなみはどこか気を遣っているように思えてならない。中学生と高校生、一回り年齢が違うという間柄なのだから仕方が無い気がするけど、贅沢を言うのならもっと同い年の友達にぐらい気軽に話し合えたらいいのに、と翠華は思っている。

(そして、いずれ友達以上に……)

 そこまで考えて赤面してしまう。

 おかげで会話の内容がほとんど聞けなかった。

「今夜のお風呂に使ってみましょう」

 かなみの一言がハンマーのように突然打ち付けられる。

(お、お風呂……ッ!?)

 翠華は思わず声を上げそうになったのをこらえる。

 考え事をしている内にどんな会話が繰り広げられていたのか。

(いやいや、お風呂ぐらいだったら前にも何度か一緒に入ってるって言ってるし、いつものことよね!)

 それに前に温泉やお泊り会で一緒に入ったことならある。

 あの時のかなみは……とても綺麗だった。少女らしい華奢な身体の中に引き締まった腹に控え目ではない胸、思い出しただけでも頭から湯気が立ちそうだ。

(って、また考え事で……ッ!)

 翠華はすぐに気づいて、耳を澄ませ直す。

「――の付き合いなさいよ!!」

 みあの大きな声が聞こえる。

「付き合い、なさい……?」

 今度が声を漏らしてしまっていた。しかし、その声は小さく壁越しだったのでかなみ達の方には決して届かなかった。

(付き合いなさい、って……告白ッ!?)

 不意打ちにも程があるというものだ。

 いくら、みあはかなみのことを想っているにしても、親愛であって決して恋愛のものではないと思っていた。しかし、それは翠華の勝手な思い込みだったのではないか。

 むしろ、こう唐突に強引に告白して押し切るというのが、みあらしいといえばらしい。

(か、かか、かなみさんは、どう返事するの……ッ!?)

「それ、怖いやつじゃない、無理無理!」

 かなみの返事がすぐ聞こえてくる。

 怖いやつ、というのがどういう意味なのかよくわからないが、無理といったことで告白は断ったようだ。

(……よかった)

 とりあえず翠華は一安心する。

「いいから、付き合いなさい!」

 とここで、みあは食い下がる。

(みあちゃん、しつこいわね……)

 でも、かなみは一度断ったものをそう簡単に変えるような女の子じゃない。

(そんなにしつこくても、かなみさんはオーケーしないわ)

 翠華は安心して成り行きを見守った。

「はあ……わかったわ……」

 かなみは確かにそう言ったように聞こえた。

「…………………」

 翠華は絶句した。同時に思考停止した。

(ど、どど、どういうことぉぉぉッ!?)

 何故か喉が潰れたかのように声が出ず、心の中で絶叫した。

 その様子の一部始終を紫織は見ていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る