SS集01~04

01 スクラッチ



 その日、翠華とみあは出社前に顔を合わせた。

「こんにちは」

「………………」

 翠華は挨拶してみたが、みあは素っ気ない。いつものことなので気にしなかった。

 しかし、向かう先は一緒なので並んで歩く。

「………………」

「………………」

 空気が重い。なんとか声をかけたいのだが、話題が見当たらない。

(こんなとき、かなみさんがいてくれたら……)

 そう思わずにはいられない。

「あ、かなみだ」

「え!?」

 唐突のみあの一言に翠華は面を喰らう。

 そして、その視線の先に本当にいた。

「う~~」

 かなみはがっくりとうなだれていた。

「ど、どうしたの、かなみさん?」

「あ、翠華さん、みあちゃん!」

 かなみは顔を上げる。今にも泣きそうな顔をしている。

「うわあ、見るからに負け犬の顔してるわ」

 それにみあは容赦ない一言をぶつける。

「当たらないんです」

「当たらないって何が?」

「くじが~~」

 かなみは唸るように言う。しかし、涙声で言いながらも涙を流していないのはちょっとした不思議だと翠華は冷静に思った。

「ああ……」

 その一方で、かなみの前にある看板を見上げて納得する。

『スクラッチ宝くじ その場で当たる二百万のビッグチャンス!』

 確かにこのビッグチャンスをものに出来れば借金返済も一気に完了できる。

 しかし、現実はそんなに甘くない。

 こういったくじなんてのは簡単には出ない。何枚も買っては外れての繰り返しが関の山だ。

「もう十枚やっていますが、一枚もあたりません……」

 かなみはハズレくじと思われる紙束を握りしめて嘆きの声を上げる。

 しかし、それはわかっていてもこういった夢にすがらずにはいられないのだろう。

「かなみさん……」

 気持は痛いほどわかる。いや、本当にかなみほどの苦境に立たされていないからわかるなんて言うのはおこがましい。

(できることなら私がなんとかしてあげたい……いえ、なんとかしてみせないとッ!)

 翠華は決意する。

「私もやってみる!」

「翠華さん……?」

「当たったら、かなみさんにプレゼントするわね」

「あ、ありがとうございます」

「ウシシ、そういうことは当たってから言った方がいいぞ」

 鞄から口を挟んできたウシィを抑える。

「スクラッチくじ一枚ください」

 そして、握り締めた十円玉を買ったくじにこすりつける。

(やるわ、絶対に!)

 翠華はかつてないほど気合を入れて銀のテープをはがしていく。


――ハズレ


 しかし、結果はむなしいものだった。

 当たり前だ。気合で当たりを引けるならかなみは十枚連続でハズレを引いていない。

「か、かなみさん、ごめんなさい……」

 当たりをプレゼントすると豪語していてこの体たらく。穴があったら入りたい翠華であった。

「いいんです、翠華さん。そんな滅多に引けるものじゃないですものね」

「あ、当たった!」

 不意にみあが言ってきた。

「え、ええ~~!?」

 かなみと翠華は驚愕する。

 ちゃっかり、みあも買って削っていたのだ。

 そして、その結果は三等の二万円の大当たりであった。

「凄い、本当に当たってる……!」

「かなみと何度も来ているけど当たりを見たのは初めてだよ」

「どんだけ運無いのよ、あんた……」

 みあは呆れる。

 その顔に、大当たりを当てた喜びなんてまったく感じられない。

 社長令嬢のみあにとって二万円なんてはした金なのだろう。しかも、試しに買ってやってみた一枚、当たりなんて全く期待せずに出た結果がこれなのだから実感が薄いのも無理はない。

 しかし、かなみにとってはこの上なく羨ましい。

「かなみ、あんた今とてつもなく情けない顔してるわよ」

「だって、羨ましいだもん」

「そんなにこれがうらやましいわけ?」

「うらやましい……」

「欲しいの?」

「凄く欲しいです」

「なんで敬語なのよ」

「そう言ったらくれると思って……やさしいみあちゃんなら!」

「……だれがやさしいって?」

「みあちゃん」

 かなみはおくびにも出さず、はっきりと答える。

「~~~」

 それがみあの頭を抱えさせた。

「あんたってねー」

「あ~でも、それはみあちゃんが当てたものだからもらうってのもおかしいよね」

「そもそももらうもらえないって話してる時点で変なのよ」

「みあちゃん、きつい」

「まあ、あげないこともないけど」

「え!?」

 かなみはみあに顔を急接近させる。

「くれるってホント!?」

「え、ええ、いらないわよ。こんなはした金」

「二万がはした金って……みあちゃん、一度びんぼー味わったほうがいいよ」

「うるさいわね! いらないの!?」

「あーごめんごめん! いるいる! いります!」

「じゃ、はい」

 みあは本当にあっさりとかなみにスクラッチの当たりくじを渡す。

「ありがとう、みあちゃん!」

 かなみは涙を流してお礼を言う。

「今度、お風呂に入った時たっぷり身体洗ってあげるから」

「お、おふッ!?」

「はあ!? 何言ってんのよ!」

「だって、それしか私にできることないから!」

「~~!」

 みあはものすごい手の動きでかなみからくじを取り上げる。

「あー!」

「やっぱり返してもらうわ!」

 そう言って、みあはその場から逃げていく。

「あー待ってみあちゃん!」

 かなみはそれを必死に追う。

「………………」

 翠華は一人取り残されて呆気にとられていた。

「くじ……おふろ……からだ……」

 うわ言のように呟く翠華はその後、財布の中身が空になるまでスクラッチくじを引き続けた。


02 よだれ


 かなみは夜、一人きりになったオフィスで帳票の整理をしていた。

「昨日、緊急の仕事はいったせいで徹夜して、寝てないから、眠くて、眠くて、ああ眠くて……!」

 一人ブツブツつぶやいているが、こうでもしないと眠気に負けそうなので否応無しにやっているのだ。

「だいたい、あの鬼部長が悪魔なのよね……」

 そう言ってかなみは思い出す。

 ほんの数十分前に鯖戸はかなみに帳票の束を渡して、整理を依頼したのだ。

「これ、今日中にやっておいて。できなかったら給料2割カットだから」

 ニコリと悪魔の笑顔でそう言ってきたのだ。

 冗談のように聞こえるが、鯖戸はそういった権限をもっている上に本当にやりかねないから気を抜けない。

 というわけで、眠らずに淡々とやり続けないといけない。

 ただ、かなみは疲れていた。

「一枚、二枚……三枚、あれ、一枚足りないかな?」

 とここまで独り言で呟いて、またウトウトしだしてきた。

(ま、まずい……!)

 声に出してそれを言おうとしたが、声が出ないほど限界だった。




 翠華は疲れていた。

 まさか追加のサービス残業が唐突にやってくるとは思わなかったのだ。

 しかも、その内容が魔法少女に変身してレイピアをよく見せて欲しいというものだ。この会社では魔法少女のグッズを販売しているのだが、中でも翠華のレイピアは発注数はそれなりにあるらしい。

 聞いたところによると、単純に剣ということで魔法少女のグッズとは関係なしにカッコイイイメージがついているから、安定して売れているらしい。

 そこでさらなる売上向という名目でクオリティアップのために、翠華のレイピアをじっくり観察させて欲しいと依頼が入った。

 普通のレイピアだったら、これが現物を預けてすぐ終わるのだが、魔法で作り出したレイピアは自分の手から離れると光の塵になってしまう。

 これを防ぐために具現をイメージし続けなければならない。

 短期間ならともかく、一時間もそれをやらされるとは思わなかった。

 これがまた意外に疲れるのだ。あるみ曰くそれもまた修行なのだとか。

 ともかく、翠華は疲れていた。

 今日のところはもう帰って休もうと思い、オフィスに戻って荷物を取りに行く。

「あ、そういえば、かなみさんがまだいたんだった……」

 それを思い出しただけで心が弾む。

 今日はもう夜遅い。帰りの駅までかなみと一緒に歩くことを考えるとこの残業を悪くないと思える。

 オフィスの扉を開けて中に入る。

 そこでかなみの姿を探す。

 揺れる金髪が目に入ったことでかなみがまだ残っていて仕事をしていることに気づく

「かなみさん?」

 翠華はかなみを呼んでみた。

 しかし、返事が無い。

 様子がおかしいことに気づいた翠華はかなみの顔を覗き込んで見る。

(ね、寝ている……)

 そう、寝ているのだ。

 目を閉じ、すやすやと寝息を立てている。

(まあ、疲れてたみたいだからしょうがないわね……というか、かなみさんはもっと休みべきよ)

 かなみの過酷な労働状態に翠華はいつも心を痛めていた。

 学校が終わってから、深夜に及ぶこの労働。疲れないはずがない。いくら借金返済のためだからといってここまで身体を酷使していたらいつか倒れてしまう。

(せめて私にできるのは……)

 かなみが手につけている帳票を見る。

 おそらく今やっているのはこの帳票の整理だろう。これぐらいの手伝いならしていいと翠華は思う。

(あ……!)

 翠華は手を伸ばしたところで、気がつく。

 かなみの顔が近いのだ。

 純粋に手伝おうと思っただけなのに、この事実のせいで胸が騒ぐ。

(かなみさん、ここまで顔を近づけて気が付かないなんて……)

 おかげで胸の高鳴りが止められない。


すやすや


 かなみの寝息が耳に届く。

 そして、口からよだれがたれていることに気づく。

(ああ……!!)

 声が出そうになったのを必死で抑える。

 近い。近すぎるのだ。この距離だとうっかりそっちにそれただけで接触してしまいかねない。

 それがたまたま唇と唇になることだってありうるわけで……

(きゃああッ!)

 そこまで妄想して心の声で悲鳴を上げる。

 いやいやいや、それはダメだ。

 そんな事故みたいな形が初めてになってしまってはいけない。

 そう、理性で歯止めをかける。

 でも、でもせめて……


――そのよだれだけは拭き取るべきよ。


 それは妥協だった。

 寝込みを襲う度胸の無い翠華はせめてもの慰めにと決意した。

 スカートのポケットからハンカチをそっと取り出す。それでよだれを拭き取ろうとする。

(できる……できるはずよ……)

 翠華は自分に言い聞かせる。

 ハンカチを徐々にかなみの口に近づける。

 何故だろうか。

 普通によだれを吹くだけだと言うのに、かなみが寝ているというだけで何かいけないことをしているような気がしてくる。

 いいや、これはかなみのために行う行為であって決してやましいことではない。

 そう決していけないことなんかじゃないの。

 翠華は勇気を振り絞ってハンカチをかなみの唇へ近づける。


――ハッ


 ここで唐突にかなみは目を開けた。

「きゃあぁぁぁぁぁッ!!」

 たまらず翠華は悲鳴を上げた。

「……え?」

 これに面を食らったのはかなみであった。

 光の速さで翠華はデスクの下に引っ込む。

「す、翠華さん、どうしたんですか?」

「い、いえ、ちょっと地震が……」

「ああ、地震ですね」

 かなみはそれで納得してくれた。

 あ、危ないところだった。

 寝ているかなみにこっそりしようとしていたなんてしれたら……軽蔑されるかもしれない。

 そう考えると翠華はデスクの下でガクガクブルブル震えている。

「翠華さん、地震が怖いんですか?」

 かなみはそれに覗き込んでくる。

「大丈夫ですよ、もう地震は止んでますから」

 笑顔でそう言ってくれた。

 それを見て、翠華はその前のことなんて忘れて、ただただそれを見上げた。

 ちなみに帳票はまだやりかけのままであった。



03 仏像




カン! コン! カン コン!



 下から甲高い金属音が響いてくる。

「なにかしら?」

 オフィスで仕事が一段落ついたかなみは気になって、階段を降りてみた。

 時間はもう深夜で、灯りはオフィス以外は消してあるせいで暗い。


カン! コン! カン コン!


 そこへ妙に響き渡る金属音。

 もしや、幽霊の仕業かと一瞬肝を冷やす。

 しかし、ここは魔法少女達が集まる会社。

 今もマスコット達が休みなく働いていることだろうし、これもマスコットが何かを始めたところなんだろう。

 でも、何を始めたのか。

 金属を打ち付けているようなものだ。

 かなみは下の階の備品庫に入ってみる。

「ん?」

「あ、社長!」

 そこにいたのはあるみだった。

 その手にもっているのはノミとカナヅチで、この姿がまたサマになっていた。

「ああ、かなみちゃん」

「何してるんですか?」

「彫ってるのよ」

「彫ってるって何を?」

「仏像」

「は?」

 かなみは思わずマヌケな声を上げてしまう。

 確かにあるみを背中を見ると木材があって、何か彫ったような跡を見られる。

「社長って、そんなこともできるんですか?」

「そうよ。あなた、最初の依頼で壊した仏像を治したのは私なんだからね」

「え、えぇッ!?」

 ここで衝撃の事実を今が明らかになる。

「あれって確か高級品じゃなかったですか?」

「ええ、私だって国宝級の仏像は彫られるのよ」

 そう豪語されても本当にできそうなので、今更驚きはしなかった。

「たまにね、そういう依頼が入ってくるのよ」

「仏像彫って欲しいって依頼ですか?」

「ええ、あとは美術品かしらね。レプリカの作成とかね」

「へえ……本当に魔法少女の仕事なんですか、それ?」

「魔法よ。きちんと丹精込めて作られたものには魔法が宿るのよ」

「法具のことですか?」

「まあ、魔法少女が魔法を込めて作った物ならそれは法具になるわね」

「じゃあ、ご利益がありそうですね」

「いっとくけど、拝んでも金運は上がらないわよ」

「……え」

 かなみの顔に明らかに落胆の色が浮かぶ。

「まあ、せいぜい健やかに健康に暮らせるぐらいのご利益はあるように作るわ」

「健康にしておいていくらでも働かせるつもりなんですか!?」

「かなみちゃん、私は仏を作っているつもりなんだけど……」

 あるみは少しだけ呆れた。


カン! コン! カン コン!


 そのまま、かなみはあるみがノミをカナヅチで木材をけずっていくところを眺める。

 そうしていくうちに木材が人の顔の形になっていき、次第に仏の神々しい顔つきになる。

「凄いですね」

 思わずかなみはそう漏らした。

「大したことじゃないわ。ただいいものを彫りたいって想いを込めるだけよ」

「私にもできますか?」

「あ~どうかしらね~」

「そこはあなたにだってできるわよ、って言ってほしかったです」

「じゃ、できるんじゃない?」

「そんな適当に言わないでください」

「そんなこと言ったって、できないできないって言ってたら、できるものもできないでしょ!」


カン!


 あるみは勢い良くカナヅチでノミを打ち付ける。

「じゃあ、やってみてもいいですか?」

「あ~これはダメね。ここまでやって他の人にやらせると台無しになるから」

「じゃ、じゃあ、他のでさせてください」

「そうね……準備はしておくわ。

よっと!」


カン!


 あるみは勢い良く仏の顔を削り取った。

 かなみはちょっとだけその姿がかっこいいなと思った。


04 バッティングセンター


「かなみさん、翠華さん、ちょ、ちょっとお願いがあります」

 今日は早く業務が終わってかなみと翠華が揃ったところで紫織が話を持ちかけてきた。

「何かしら?」

「あ、あの……お願いがあります……」

「それはさっき聞いたけど……」

「お金の貸し借り以外ならなんでも言って!」

 かなみはなけなしの冗談を言って場をなごまそうとする。

「いえ、それは絶対にしませんから! かなみさんからお金の貸し借りなんて鬼畜の所業です!」

 紫織は大真面目に言ってくる。

「そ、そこまで言わなくても……」

 かなみは思わず泣けてきた。

「紫織ちゃんって、何気に容赦無いわね」

 翠華は感心しつつも、かなみに同情する。

「そ、それで紫織ちゃん……お願いって何かしら?」

「い、一緒に来て欲しいところがあるんです」


コン……スカ……スカ……コン……


 バットに当たったボールがものすごく情けない音を立ててコンコンと落ちていく。

「あ、当てるだけ……いいんじゃないの?」

 かなみは引きつった顔でフォローを入れる。

 バッティングセンターのバッターボックスに立った紫織はバットを当てた手を震わせる。

「じゃすとみーと、したいんですが……」

「ちょっとむずかしいわね……」

 翠華は正直に言う。

「う、うぅ……」

 紫織は泣きそうになる。

「ああ、泣かないで! 魔法少女に変身したら、ちゃんとジャストミートできてるから!」

「でも……芯にあたる感触をなかなか感じていないと思うんですよ」

「そうなの……? この前とか怪人の頭をぶっ叩いたときの感触とか凄いと思ったけど」

「ああ、あれはすごかったわよ。血飛沫がブシュウってなってて」

 翠華はその時のことを思い出して、青ざめる。

「そ、そんなつもりでやったわけじゃないですよ……」

「うん、まあ紫織ちゃんがそのつもりでやってたら怖すぎるし……」

「うぅ、そ、そうですが……」

「ああ、泣かないで! 私もやってみるから!」

 かなみはそう言ってバッターボックスに立つ。

「……え?」

 紫織一人だとバッティングセンターに来る勇気がないので、ついてきてもらっただけなのだが、まさかそんなことまでするとは紫織は思わなかった。

 周囲を見てみると、かなみ達以外は野球少年かスポーツをやっている筋肉質の男だったり、と確かに紫織ならずとも女子一人で行くには勇気がいる。

 とはいっても、バッターボックスに立てばかなみだって一人のバッターだ。

 敵はピッチングマシーンただ一人。いや一機か。

 来た球に対してかなみは迷いなくフルスイングする。


ブルン!!


 バットは空を切り、風を巻き起こす。ただそれだけだ。

「み、見事に……」

「空振りですね……」

「えぇい、まだよ!」


ブルン! ブルン! ブルン! ブルン!


 しかし、結果は変わらない。

 毎回フルスイングするものの、ボールに当たること無くバットは空を切り続ける。

「ハァハァ……」

「かなみさん、大丈夫?」

 翠華が心配する。

「ぜ、全然あたりません……!」

「あそこまで振って当たらないなんて……」

「でも、いい振りだったわよ」

「うぅ、翠華さん、ありがとうございます」

 かなみは泣く泣く礼を言う。

「でも、翠華さんは私と違っていいお手本を見せてくれますよね?」

「え?」

 かなみに突然機体の眼差しを受けて翠華は戸惑う。

「確かに翠華さんはできそうですね」

 ついでに紫織の期待も向けられる。

「えぇッ!?」

「がんばってくださいね、翠華さん!」

 かなみはそう言って翠華にバットを渡す。

「そ、そう言われても……」

 かなみの笑顔がまぶしいせいで、それ以上反論できなかった。

 とりあえずバッターボックスに立ってみる。

(私、野球なんてやったことないのに……!)

 そして、来たボールに向かってバットを振る。

「えいッ!」

 まったくのへっぴり腰で振ったバットは空を切る。

「………………」

 かなみ達は呆然とそれを見送る。

(く、うぅ~~~)

 がっかりしたかなみを見ると翠華は泣きたくなってくる。

 しかし、それでも容赦なく次のボールがやってくる。

「えいッ! えいッ! えいッ!」

 しかし、へっぴり腰のスイングはことごとく当たらず、すり抜けていく。

「ダメ……私には無理よ……」

 そのまま、地に足をつけそうなほど翠華は落ち込む。

「翠華さん、レイピアの要領でやればいけるんじゃないですか?」

 不意に来たかなみの助言に光射してきたみたいに感じる。

「そ、それよ!」

 翠華は再び立ち上がって構える。

 その構えは野球の打者ではなく、魔法少女のレイピアのようにバットを構える。

 そして、ボールがやってくる。

「やあッ!」

 バットの先端を突き出してボールに当てる。


ゴツン!


 しかし、ボールに当てた衝撃でバットは弾かれてしまう。

「~~~」

 翠華はなんとも言えない気持ちになってその場にうずくまる。

「あの女の人、変な打ち方してたな」

「あんなんで打てるわけないよな」

「でもちょっとかっこよかったぜ……あてるまでは」

 周りにいた野球少年から笑い声が漏れる。

「くう!」

 泣いた。

 今度こそ本当に泣いた。

 もう二度とバッティングセンターにいくものかと心に誓う翠華であった。

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