第31話 縁談! 少女の魔法が紡ぐ吉報の縁 (Aパート)

 コーヒーブレイク。それは激務の間に挟まれる一時の休息。

 あるみが仕事をする上で何よりも大切にしている時間でもあった。そんな時間に鯖戸や来葉以外の人間を招くのは滅多にない。

 かなみや翠華が呼ばれること自体は初めてであった。

「コーヒーがおいしいわね」

 カフェテラスのようなテーブルとイスについて、あるみは笑顔でそう言った。

 このテーブルとイスは備品倉庫から引っ張り出してきた物なのだが、しっかりと手入れされているため、カフェの雰囲気はちゃんと出ている。その上、日除けのためのパラソルまで設置している徹底ぶりである。ちなみにここは屋内なのでつける必要はまったくない。

 ここがオフィスビルの二階の空きスペースで、なんでそんなものを設置するのか謎だ。

 まあ、あるみのことだから雰囲気のためだけという馬鹿げた理由が返ってきそうだ。

「苦いです……」

 かなみはそのコーヒーを口にして不満を漏らす。

 最近はあるみがオフィスにコーヒーを取り揃えているせいでコーヒーをブラックで飲むことには慣れてきたのだが、それを差し引いてもあるみの入れるコーヒーは濃くて苦い。砂糖やミルクは当然のことながら無い。

「さすがにこれは……」

 翠華は一口入れただけで、カップをテーブルに入れておく。

「私の入れたコーヒーが飲めないっていうの?」

「す、すみません……」

「だ、大丈夫ですよ、社長。私が翠華さんの分も飲みますから」

「かなみさん……」

 翠華は感動で泣きそうになるが、涙をこらえる。

「まあ、そこまでは言ってないけどね」

「いい加減なこと言わないでくださいよ。心臓に悪いんですから」

「かなみちゃん、まだ若いんだからカフェインのとりすぎはよくないわよ」

「社長がそれを言いますか」

「社長は何を言っても許されるものよ」

 その言葉を聞いてかなみ達は身構える。

 つまり、どんな仕事を振っても許されるということにも解釈できる。

「それで、今回は何の仕事何ですか?」

 そこで早速かなみは訊いた。

「かなみちゃん、やる気満々ね」

「そりゃ、翠華さんとコンビを組めますからね!」

「え……?」

 かなみが張り切って言ったことに翠華は戸惑った。

「翠華ちゃんとのコンビ、嬉しそうね」

「翠華さんとのお仕事なら私が失敗しないかぎり絶対にボーナスをもらえますからね!」

「かなみさん……」

 翠華はこらえきれずに顔を背ける。

 意中のかなみにここまで信頼されるとは思わなかった。

 このまま行ってあわよくば憧れが恋心になる日は近いかもしれない。そんな夢まで抱いてしまいそうになるぐらい嬉しいことであった。

「でも、今回はコンビでやるわけじゃないのよね」

「ええ、そうなんですか!?」

「そんな……」

 翠華は大きく落胆した。

「そもそも、仕事って言って良いのかも怪しいところなんだけどね」

 あるみは顎に手を当てて、煮え切らない態度で言う。

 彼女がこんな風に振る舞うのは珍しい。

「ボーナスは出るんですか?」

「出るわよ」

「じゃあ、仕事です!」

 かなみははっきりと答える。

「かなみちゃんのそういう割り切り方、好きよ」

「私はどうかと思うのですが……」

「それでどんな仕事なんですか?」

「それがね、この仕事には人数と年齢に制限があるのよ」

「制限?」

 あるみは人差し指を立てる。

「――一人」

「私か翠華さんのどちらかですか」

「年齢制限は中学生以上ですか?」

「まあね。で、どっちがこの仕事を受けてくれるのかしら?」

 かなみと翠華は互いの顔を見合わせる。

「翠華さん、いいですか?」

「ええ」

 かなみの方は生活がかかっている。あるみから割り振られる仕事は命懸けのものが多いが、それだけに見返りも大きい。今のかなみなら大丈夫だろう。と翠華が思ってのことだろう。

「じゃあ、かなみちゃんが受けるってことでいいかしら?」

「はい!」

 あるみはそれを聞いて、胸元からノートファイルを出す。開くと青年の顔写真とプロフィールが書かれていた。

「佐々部良介ささべりょうすけ、年齢二十五歳、身長百六六センチ、体重五三キロ……芸能人ですか?」

 若さの中に精悍さを感じられる顔つきで、普通の人よりも風格がある。またイケメンといってもいい顔立ちにかなみに芸能人なのではないかといった印象を与えた。

「あなたのお見合いの相手よ」

「……え?」

 あるみが答えたその内容にかなみは言葉を失った。


パシャン


 翠華なんか手に掛けたカップを滑らせてコーヒーまでこぼしてしまう。

「ああ、コーヒーが!」

「せっかくの自前のテーブルクロスが台無しね」

「ご、ごめんなさい! でも、そんなことより、お見合いってどういうことですか!?」

 翠華は食い入るようにあるみにかかる。

「うちのお得意さんで、紹介してくれないかと頼まれてね。いい仕事を寄越してくれるから無下にできないのよ」

「ああ、だから私と翠華さんなんですね。みあちゃんや紫織ちゃんじゃダメですし」

「でしたら、社長が出ればいいじゃないですか」

「それがね、その佐々部良介の注文がね、女子高生じゃなきゃお見合いしないって言ってるのよ」

「余計問題ですよ!」

 そこまで言い返して翠華は気づく。

「って待ってください! かなみさんはまだ中学生ですよ!!」

「ああ、そこはギリごまかせると思うし」

「大丈夫じゃないですよ、バレたらどうするんですか!?」

「念の為、戸籍も捏造させておいたから大丈夫よ」

「そういう問題じゃないですよ……って、さらりととんでもないこと、やらないでください!」

 戸籍捏造って犯罪なのではないかと思う翠華だったが、まあ、ここでは日常茶飯事だからと深く考えないようにした。

「私、お見合いなんてできませんよ。お見合いしたら結婚を前提にお付き合いしないといけないんですよね?」

「常識的に考えればそうね」

「け、結婚!?」

 翠華がガタガタと震える。

(そ、そうよね……かなみさんだって男の子と恋愛して結婚するべきなのよね)

「適当に話しあわせて、断ればいいのよ。かなみちゃんに結婚はまだ早いと思うし」

「色々と無理がありますよ」

「借金とか年齢とか仕事とか借金とか……」

「さりげなく借金を二回言わないでください! ともかく私はお見合いに出ませんから!」

「わかったわ」

「え?」

 あっさりとわかってくれたことに逆にかなみは驚く。

「じゃあ、かなみちゃんには無理ね。翠華ちゃん、頼める?」

「え、は、はい……」

 翠華は二つ返事で返してしまった。

「え、ダメですよ、翠華さん!」

「かなみさん?」

「翠華さんには彼氏がちゃんといますからお見合いなんて、もってのほかです!」

「……ま、まだ、覚えていたのね、かなみさん」

 軽く泣けてきた。

 というか、さっきから何度泣きそうになっているのかわからない。

「翠華さん、私がやります。迷惑はかけられませんから!」

「あ、あのね……かなみさん、その気持ちは嬉しいんだけど……」

 翠華は誤解を解こうとするが、かなみの方にはもうやる気に火が点いてしまったみたいで止められない。

「じゃあ、かなみちゃん。よろしくね」

「はい、適当に話しあわせて断ります!」

「あ~、その佐々部さん、女子高生にしか興味無い変わった人だから頑張ってね」

 その一言に火が点いたやる気が水をかけられたかのように消えた。

「……え、女子高生にしか?」




 そして、お見合い当日はあっという間に訪れた。

 かなみはあるみと一緒に指定された店に道中であった。

「憂鬱です」

 かなみはため息をついた。

「そう言わないの。適当に話し合わせるだけでボーナスなんだからおいしい仕事です」

「そこがせめてもの救いなんですよね。でも、これからその変わった人と話をするのかと思うと……」

 かなみはまたため息をつく。

「しかも、それがお見合い相手だって言うじゃないですか! そんな人に女子高生だって嘘をつくなんて、すぐにバレますよ。私、嘘は得意じゃないんですよ」

「大丈夫だって。バレたらバレたで面白そうだし」

「こ、こっちは全然面白くないですから!」

「まあまあ、こういうときは楽しんだ者勝ちなんだから」

「社長は楽しそうで羨ましいです」

 そうしているうちに指定の店に着く。

 店。というよりどこからどうみても高級料亭で、明らかに自分のような女子中学生が入っていい場所に見えない。

「わあ~」

 かなみは思わず屋根まで見上げる。

 ふと自分の姿を確認してみる。普段着の制服姿で本当にいいのかと思えてくる。

「私、本当に入っていいんですか?」

「いいに決まってるじゃない。いい、お客様は神様なのよ」

「そういえば、社長は自称女神でしたね」

「あんたも天使なんだから、もっと堂々としていなさいよ」

「で、ですが」

 どうしても気後れはしてしまう。

「代金は向こう持ちなんだからタダ飯ありつけると思って大船に乗りなさいよ」

「女神の台詞っぽくありませんよ、それ」

「それだけ金持ちで気前がいいってことよ。その気になれば玉の輿じゃないの」

「え、え……?」

 その言葉に少しだけ心が揺れ動いた。

「冗談よ。まあ、会ってからでも遅くはないんじゃないの、早まるのは」

「べ、別に私は早まってません」

「だといいけど」

 あるみとかなみは料亭の中に入った。

 靴を脱いで外側の廊下で庭を見ながら歩く。

 手入れが行き届いた池や苔で彩られた庭はついつい視線を移してしまうほど美しい。


カラン


 ししおどしの音色がまた情緒を誘う。

「いいところですね」

 特に自分とは一生縁の無い場所に思える分、余計にこの情景に想いを馳せずにはいられない。

「こんな庭で出されるのだから御飯もさぞおいしいのでしょうね」

「社長には情緒というものがないんですか」

「情緒でお腹がふくれる?」

「そういう問題じゃ……」

 グウとタイミング良く腹の虫が鳴る。

「そりゃ、たしかに……お腹は、ふくれません……」

「フフ、かなみちゃん、正直ね!」

「うぅ……」

 本音を隠せないかなみは自分が唸るばかりであった。

「じゃあ、嘘もバレないようにしないとね。簀巻に固められて海に沈められちゃうかもしれないし」

「そ、そんなにやばい人なんですか!?」

「堅気じゃないってところだけは確かね」

 そう言われると頭に黒服の男を真っ先に思い浮かべる。

 いけ好かない上に、ろくでもない目にあわされたこともあっていいイメージはまったくない。

「よお、嬢ちゃん」

 かなみはずっこけた。その件の黒服の男が目の前にいたからだ。

「な、なんであんたがいるわけよ!?」

「それはこっちの台詞だって。女子高生が来るって言ってたのに、なんで嬢ちゃんなんだ?」

「そ、それは……ってなんで、お見合いのこと知ってるのよ!?」

「ああ、あんたの見合い相手はうちの若頭なんでね」

「ええッ!?」

 まともな人ではなかったが、まさか闇金の関係者だと思わなかった。

「あの社長……このお見合い、お断りできませんか?」

 かなみがそう提案するとあるみはかなみの腕を掴んで言った。

「ここまで来て逃げたらどうなるかわかってるんでしょうね?」

 ニコリと笑うあるみに背筋が凍った。

「ちゃんとボーナスもつくんだから、こんなおいしい話はないわよ」

「お、おいしい料理もたっぷりいただきます」

「あんたら、相変わらずなんだな」

 黒服の男は微笑ましく言う。

「しかし、こいつは見ものだな。嬢ちゃんとうちの若頭が見合いになるなんてな」

「こ、これも仕事だから!」

「こっちはそのつもりはまったくないんだけどね。まあ、俺としては破談になっても問題ないんだけどな」

「そんなこと言っちゃっていいの?」

 あるみが訊く。

「また次の見合い相手を探せばいいだけのことだからな」

「やっぱりあんたって最低ね」

 かなみは軽蔑の眼差しで見つめる。

「若頭には負けるぜ。そいつは会ってからのお楽しみだけどな」

「全然楽しみじゃないんだけど……」

「そう言うなって。俺はすげえ楽しみだぜ」

「あんたのことなんてどうだっていいのよ!」

 かなみは文句を言ってやる。この男にはこれぐらい言っても言い足りないと思っている。

 案の定、黒服の男は「ククク」と笑って受け流している。この笑いがたまらなく憎たらしい。

「立ち話はこれぐらいにして、行くわよ。相手はもう待っているんだから」

「そうそう、若はすげえ待ちくたびれてるぜ」

「あわわ……どうしましょう、いきなり簀巻にされて海に沈められないでしょうか?」

「大丈夫でしょ、海に沈められたぐらいじゃ死にゃしないわよ」

「そういう問題じゃなくて!」

「じゃあ、今のうちに水中でも呼吸できる魔法の練習でもしときなさいよ」

「もう沈められるのは確定なんですか!?」

「自分から言ってるんだからそうなんでしょ」

「そ、その時は助けてくださいよ……」

 かなみはすがるような目であるみを見上げる。

「じゃあ、ゴーグルとシュノーケルを持って助けてあげるわ」

「だから沈められないようにお願いします!」

 そのとき、水中でも呼吸ができる魔法を練習しておこうと割りと本気で思うかなみであった。

 そして、とうとう見合いの相手が待つ部屋の前に立ってしまう。このふすまの向こうにいるのかと思うと緊張で足がガクガク震えだす。

 組の若頭だとか、簀巻にして沈められるとか、そんなこと以前に見知らぬ男性とお見合いする。それだけでもうかなみは緊張してしまう。

「社長……やっぱり、逃げたいです」

「逃げてもいいけど、私が簀巻にするわよ」

 その返しを受けて、かなみは逃げられないと諦めをつける。

 物は考えようだ。今お見合いを逃げることを考えれば絶対に逃げられない社長から逃げることより遥かに楽だ。

「よし、やってやるわ」

 かなみは気合を入れて襖を開ける。

――黒服の男達がずらりと並んでいた。

 凄く逃げたくなった。

「待ちくたびれたよ」

 その中で一際若い男が声を上げる。

 写真の男。この人が佐々部良介という男だ。

 写真で見るより、堂々とした印象で正直かっこいい。十歳以上も年上で、見つめられるだけでもう緊張してしまう。

「あ、あの……」

「君が結城かなみか」

 名前を呼ばれただけでドキリとさせられる。

「は、はい! 結城かなみです! よろしくお願いします!」

 かなみはペコリと頭を下げる。

「俺が佐々部良介だ。今日はよろしく頼む」

「はい!」

「とにかく座ってくれ」

「はい!」

 かなみはそろそろと座る。

「うーん……思っていたより、子供っぽいな。とても十六歳には見えん」

 かなみはドキリと心臓が高鳴る。

「い、いえ……十六歳ですよ!」

「うーん、その制服はどこの高校だったか、わからないな。都心の制服は全てチェックしているつもりだったんだが」

「チェック、してるんですか?」

「一般教養だからな」

 良介はさらりと答えた。

――それ、一般教養なんですか?

 かなみは喉の奥まで出かかった言葉を飲み込んだ。

 なんだか、予想以上にヤバイ人なのかもしれない。若頭とか黒服の男を従えているとか、そんなことよりももっと根本的にヤバイ感じがこの男からしてきた。

「きょ、教養が深いんですね……」

「かなみは学校の成績の方は?」

(いきなり名前呼び?)

「ん、何か驚くことでも?」

「あ、いえ、いきなり名前で呼ばれたので」

「夫婦になるなら名前で呼ぶのは当たり前だろ」

「ふ、ふうふ!?」

「お見合いというのは結婚する予定の男女が会うものだろ?」

「そ、そうなんですか社長?」

 かなみはたまらずあるみに訊いた。

「私も詳しく知らないけどそういうものなんじゃないの。でも、会ったみないとわからないこともあるしね」

「は、話が違います!」

「どう話が違うのかな?」

「い、いえ……! まだ、私にはちょっと結婚は早すぎると思いまして」

「何言ってるんだ? 十六歳なら結婚は許される。それはつまり、十六歳から婚姻するに相応しい精神が備わっていることなのだぞ」

「は、はあ……」

 かなみに向けて言っているのだが、どうにも十六歳と嘘をついているせいで他人事に聞こえて仕方が無い。

「まあ、世間としても早すぎるというのが常識になっているが、俺はそれがどうしたと言いたい。当人達が適齢だと思えばそれでいいのではないかと」

「い、いい考えだと思いますよ」

「うん、君とは気が合いそうだ」

(合ったら困るんですけど!)

 隣であるみが笑いをこらえているのが見える。

 この人は他人事だと思って、とかなみは視線を送る。するとあるみは提案してくれる。

「さあさ、二人共。挨拶はすんだことだから、そろそろ自己紹介しましょう。名前と年齢と趣味、あと好きな人のタイプ!」

 もっともらしい提案だ。だけど、最後の好きな女性のタイプに嫌な予感がせずにはいられない。

「それもそうだ。じゃあ、俺からだな、

佐々部良介。二十五歳。山木組の若頭を務めている」

 その自己紹介を聞いて、かなみは鳥肌を立つ。やっぱりヤクザの人なんだ、と。

「趣味はドライブ、かな。バイクも車も両方好きだ。最近新車も買ったんだ」

「へえ、そうなんですか」

 やっぱり金持ちなんだなって印象をかなみは受けた。

「あとは雑誌のパズルとかを解くのが好きかな。いい頭の体操になるんだ。

最後に好きな女性のタイプだったかな。

うーん、色々あるけど最低条件が一つだけある」

 佐々部は溜め込んでから言った。

「――女子高生であることだ」

「は?」

 かなみは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

「俺は女子高生以外に興味は無い」

 佐々部はもう一度宣言する。あまりにも恥ずかしげもなく、かといって気取ったり、力を込めていたり、とそういった様子はまったくなく、ただ当たり前のことのように言ってきた。

 自分の名前を名乗って、年齢を言ったように、ごく自然に言った。それだけにかなみは恐ろしさを感じた。

「じょ、女子高生以外に興味はないんですか?」

 思わず訊いてしまった。

「そうだ。俺は女子高生しか恋愛対象として見ないし、女子高生としか結婚するつもりはない」

「な、なんでまた……?」

「簡単なことだ。少女と大人のバランスが奇跡のように成り立っているからだ。

女子中学生は、ガキ

女子大生は、ババア

それ以上もそれ以下も論外だ」

「………………」

 かなみは絶句した。

「まあ、中には君みたいな女子中学生のような幼い雰囲気を持った女子高生もいる。それは承知しているし、その程度は許容範囲だ」

 かなみにはその思考がついていけなかった。

 ヤバイ。この人は想像以上にヤバイ人だ。これ以上関わるとろくなことにはならないと本能が告げるぐらいヤバイ人だ。出来ることならそうそうに切り上げて、さっさと逃げ出したい。

 しかし、隣りにいる人もこれまた違うベクトルにだがヤバイ人なので、逃げられない。

「おっと、ついうっかりいつもの癖で品定めをしてしまった」

 いつもそんな、女子高生を品定めなんてしてるんですか? とかなみは言い返したかったが、この状況に嘆くあまり声も出せなくなっていた。

「まあ、君をすぐに帰すことはないってことだ」

(むしろ、門前払いさせてください!)

 かなみは切実に願ったが、どうやら佐々部のお眼鏡にかなってしまったようだ。逆にこの場で帰された方がどんなによかったことか。

――早く帰りたい。

 かなみは泣きたい衝動を必死に抑えて、精一杯の平常顔で取り繕う。

「俺の自己紹介は以上だ。次は君だ」

「は、はい……!」

 かなみは震えを抑え、自分に言い聞かせる。

――落ち着け、落ち着け。

 こんなことは何度も乗り切ってきたんだ。まだ命懸けの戦いじゃないだけマシじゃないか。

 一呼吸する。

「私は結城かなみ、十六歳です。趣味は、」

 と、ここで喉がつっかえる。

 自分の趣味ってなんだっけ? と、思い返してみるがわからない。

 ここ最近、借金返済の為に魔法少女としての仕事に没頭していたせいで趣味に割くような時間がとれなかった。そのため、趣味と呼べるものが無くなっていた。

――自分には趣味が無い。

 でも、何か答えなければならない。

 何かあるはずだ。趣味が無くたって趣味が呼べるようなものがあるはずだ。

 それを答えよう。

 借金返済? ううん、違う違う! そうじゃなくて、もっとこう何か他に言い様があるはずだ。

「私の趣味は節約です!」

 その言葉に、佐々部も面食らった。

「あはははははは!!」

 あるみはこらえきれずに笑ってしまう。

 かなみは赤面する。勢い余ってなんてことを言ってしまったのだろうか。

 でも、これで呆れてくれる方がいい。下手に無難なことを言って気に入られても困る。そう言い聞かせないと恥ずかしさでどうにかなりそうだ。

「フフフ」

 しかし、予想に反して佐々部は笑っていた。

「変わってるな。しかし、思っていたよりも大人な趣味だ、幼いと言ったのは少し改めた方がいいか」

(ええ!? 受けが良かったの、これ!?)

 かなみは心の中で嘆いた。

「それで、好きな人のタイプは?」

「え、えぇ?」

 それは本当に考えたことがなかった。

 男と付き合ったこともなければ男友達もいない。

 男と言われて思い浮かぶのは憎たらしい鯖戸とかスーシーの顔ばかりが思い浮かぶ。

 好きなタイプとは口が裂けても言えない二人だ。では、その好きなタイプとはと訊かれると返答に困る。

 何も思い浮かんでこない。

「や、優しい人が好きです」

 もっともらしい無難な答えを出した。

「普通だ」

 佐々部はつまらなさそうに言った。

「もっと変わった娘だと思ったんだが……まあ、子供っぽくていいか」

 でも、それほど悪い評価にならなかったようだ。

(ああ、なんだかこう勝手に点数付けされてるのって気分が悪いわね)

「やっぱり君は変わっているよ」

「え?」

 唐突に佐々部は言ってきた。

「君は一瞬だけだが、反抗的な視線を俺に送っているときがある」

「え、え……そんなつもりはありませんが」

「これまでのお見合いでも何度かそういう経験はあるからわかるんだ」

(こんなこと何度もやってるんですか)

「ただ君の場合は力強さが違う。これまでは動揺や緊張を抑えるための強がりに過ぎないが、君は怒りや反抗の方が強く出ている。俺の肩書きを知ったら恐れおののいて萎縮するのが普通なのにな」

(す、すごい観察されている……っていうか、私反抗的なんてそんなつもりないのに……)

「まあ、これはこれで新鮮でいいよ」

「……かなみちゃん、これはかなりの高ポイントじゃない?」

 あるみが耳打ちする。

 そう言われてかなみは汗が流れる。

「あ、あの……! りょ、料理はまだなんですか!?」

 かなみは慌てて思いもよらない一言を言ってしまう。

「ふふ、ここにきて料理の心配か。図太いというか腹が座っているというか」

「え、あ、あぁ……」

「まあ、俺もそろそろ腹が減ってきたことだしな。そろそろ来るだろう」

「それじゃ、あとは二人だけの時間ということで。私達は」

「そうだな」

 あるみと黒服の男は口裏を合わせたかのように揃って立ち上がる。

「え、あ、ちょっと!?」

「じゃあ、良介さん。うちの可愛い娘をよろしくね」

「嬢ちゃん、若頭と仲良くな」

 二人は示し合わせたかのように意気よく部屋を出て、それにつられて佐々部の取り巻きの黒服達も出て行った。

(え、えぇッ!? そんなこと言われても!?)

 かなみは大いに戸惑った。この男と二人っきりで何を話したら良いのかわからない。というより、早く切り上げて帰りたいのだ。ただの怪人ならこれまで戦ってきて慣れているから大丈夫だけど、こういった場でこういった男と二人っきりになるのにまったく免疫が無い。

「何を話したらいいかわからない。そういう顔をしているな」

「あ、あの……一つ訊いていいですか?」

「遠慮なく訊いて構わないが」

「じゃあ、訊きます。あの……佐々部さんは」

「良介でいい。夫婦になったら、名前で呼びあうのだから今のうちに慣れてもらわないと困る」

「ふ、ふうふ!?」

 そこまで話が飛躍していたとは思わなかった。とても、適当に話を合わせて断りにましたなんて言えない。かといってこのまま話が進むと本当にトントン拍子に結婚までいきそうで怖い。

「そ、それはともかくとして……良介さんは女子高生以外とは結婚しないと言いましたよね?」

「ああ、確かに言った」

「でも、女子高生って三年しかやっていられないじゃないですか。卒業したらどうするんですか?」

「離婚する」

 良介はあっさりと答える。

「え?」

「離婚する」

「えぇッ!?」

「当然だろ、女子高生で無くなった女に価値は無い」

「当然って!? そんな、そんなのってあんまりじゃないんですか!?」

「あんまりとは?」

「だって、せっかく結婚したのに三年で離婚だなんて可哀想すぎます!」

「君はまるで他人事のように言うんだな」

「え?」

「君もそうなるんだ。俺と結婚するのだから」

「えぇッ!? ちょ、ちょっと話が早すぎませんか!? 第一今日初めてあっただけなんですよ!?」

「見合いというのは結婚相手になるかもしれない相手を見定める場なんだ。俺は見定めたと思っている」

「えぇッ!?」

「君はいちいち驚きが大げさすぎる。まあ見ていて飽きなくていいが」

「――1ポイント加算」

 傍らにおいたポーチの中にいるマニィは小声で言った。

「あ、あの……そんなに簡単に結婚相手を決めちゃっていいんですか?」

「俺としては簡単に決めているつもりはないのだがな。よく言われるのだが、何をもって簡単に決めたのではないとわかってもらえるのかわからない」

 良介を顎に手をあてて考える。

「ですから、もっとじっくり時間をかけるんですよ。こうしてお話をしたり、もっと仲良くなればデートをしたりして、お互いを良くしってから、それでじっくり考えてから決めるんだと思います」

「ああ、そうだな。一般に結婚というとそのぐらい面倒な手順を踏まないといけない」

「面倒?」

「俺は面倒が嫌いなんだ。お見合いというのはそういう手順を省く最適な手段だと思っている」

「は、はあ……」

「そうして面倒なことを省いている内に組の若頭にまでなっていた」

「す、凄いですね」

「別に凄くない。当たり前にやっていたらなっていた、ただそれだけだ。

――ただ金は出来た、有り余るほどにな」

 かなみはその言葉を聞いて少しだけ震えた。

「おかげで、こういった場を設けられるほどにはなった。君にも出会えた」

 かなみの背筋に寒気が走った。

「1ポイント加算」

 マニィが小声で言う。

「で、でも、私はいきなり結婚は早すぎると思います」

「そうだな、相手の気持ちを尊重するのもまた夫婦というものだ」

「ですから、夫婦って!」

「ああ、料理がきたな」

(ご、ごまかされたー!)

 かなみは口を抑えて震える。

 しかし、料理が運ばれてくるとあまりにも美味しそうで腹の虫が鳴り出す。

「食べてもいいよ」

 佐々部が先に割り箸を割ってそう言った。

 それは食べても良いのだろうかと迷っていたかなみに対する気遣いであった。

「は、はい」

 かなみは許可してもらったという気になって、大手を振って割り箸を割る。

「いただきます!」

「飢えているんだな」

「――!?」

「俺のもとに来ればそんな不自由はしない。悪い話じゃないだろ」

 かなみの箸を持つ手が料理を掴んで止まる。

「食べ物でつるんですか?」

「それほど飢えているように見えたからね」

「……いただきます」

 かなみは前菜の野菜に手をつける。

「ご飯で結婚相手を決めるほど、ご飯に飢えていません」

「フフフ」

 佐々部は笑う。

「そんな風に切り返されたのは初めてだ」

「初めて? 何回もやってるんですか、お見合い?」

「これまで七回やっている……そのうち、二人は結婚した」

「え、ふ、二人!?」

「もちろん、彼女らとは高校を卒業と同時に離婚した。慰謝料もちゃんと払ったさ。子供はできなかったんで養育費はいらないけど」

「そ、そんな人いたんですか……?」

「ああ、いたよ。はじめは君みたいに驚いてたけど、すぐに打ち解けて、そこからすぐに婚姻届を出して夫婦になった」

「そ、そんな簡単に結婚したんですか」

「簡単なつもりはなかったけどさ。まあ、一般的に見ればそうなんだろうな」

「変わってますね」

「君も望むなら、この場で婚姻届にサインしてもらって構わない」

 そう言って佐々部はふところから書類を出す。

「ちょッ!?」

 かなみは衝撃のあまり、持っていた箸を畳の上に落としてしまう。

「それ、なんですか?」

「婚姻届だ。俺のサインはちゃんとしてある。あとは君の分だけだ」

「そうじゃなくて、なんでそんなものを出すんですか!?」

「別に……この場で夫婦になっても構わない。そう思ったから、出したんだ」

「私は構います!」

「そうか、残念だ」

 そう言って佐々部は婚姻届を引っ込めた。

「あ、あの……」

「また質問か?」

「はい」

「いいだろう、夫婦の間で隠し事はご法度だからな、答えられる限り答えよう」

 もう、この人の中では自分は妻なんだろうな。どうしてそこまでいきなり話が進んだのかと疑問に思いながら、かなみは訊く。

「私のどこを気に入ったんですか?」

「俺が女性を気に入る点はいくつかある。控えめだったり、おしとやかだったり、元気だったり、若々しさだったり……君の場合は少々幼いというところもあるが」

「それじゃ私を気に入るところはないじゃないですか?」

 今佐々部が言った中にかなみは自分が当てはまらないと思っている。

「いくつかあると言っただろ。君の場合、その率直さだ」

「そ、ちょく……?」

「君は思ったことをすぐに口にするし、その言葉に悪意を感じない。ただ純粋さがそこにある」

「………………」

「少しばかり眩しい。俺にはないものだから」

「そんな、こと、ないですよ……良介さんも、その……純粋だと思います」

「それは本心だな。嬉しいことだ、君といると落ち着くよ」

「落ち着きますか?」

「君は落ち着いていないからね。逆に落ち着ける」

「褒めてるんですか、それ?」

「これでも褒めているつもりだ。そう聞こえなかったのなら君の思考回路に問題がある」

「……いえ、あなたの方に問題があると思います」

「フフフ」

 佐々部は笑う。

「君は正直でいい。はっきり言って相性は悪くないと思う」

「私はいいとは思えません」

「なるほど……結婚して生活していくうちにそういった気持ちも改善されるだろう」

「改善しなくちゃいけないのは私の方なんですか?」

「そう思っているのなら改善すべきだ」

「は、はあ……」

 あなたが改善すべきなのでは、と言いたかったが、こじれそうなのでやめた。

「さ、気を取り直して食べようか」

 ここでようやく佐々部は箸を持って、料理に手を付け始める。それにつられてかなみも食べ始める。

(うーん、おいしいんだけど……)

 なんだかこの佐々部と顔を合わせていると、気が気でいられなくなる。

 しかし、それも最初の一品だけの話。料理が次から次へと来るうちに、すっかりいつもの調子になっていく。

「よく食べるな、ガツガツしているというか」

「ひゃいッ!?」

 そう指摘されることで、かなみは初めて気づいて箸を落としかける。

「食べている方が健康的でいいのだけど、おとなしく食べて行儀がいい方が好みなんだけど」

「あ、ああ、そうなんですか……」

 かなみとしてはマイナスな評価は嬉しいところなんだが、注意されている気がしていい気分になれない。

「気をつけます」

「いや、俺は感想を言っただけで注意したわけではない。君はそのままでいい」

「は、はあ……」

 そうは言われても、一度害した気分はそうそう元には戻らない。

(……疲れる)

 待望の食事なのに、しかも高級料亭の料理だというのに、最初に出てきた言葉がそれだった。

 食事ってもっとこう楽しいもののはずなのに、どうしてこんなに疲れてしまうのだろうか。慣れない高級料亭の雰囲気に、見合いの相手と対面で食事する、そういった気疲れのせいかもしれない。

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