第30話 参観! 魔法少女の親も魔法少女? (Bパート)

 今日の体育の種目はバレーボールだ。

 準備体操が終わると、チーム分けが行われる。

「またかなみと同じチームか」

「貴子と同じなら負けないわね」

 かなみと貴子は前回の授業でも同じチームになっている。

 その際にお互いどれだけの実力があるか把握しているし、頼もしい味方だと思う。

(バレーは嫌いじゃないけど、疲れるからあんまり本気になりたくないけど)

 かなみはそう思いながら、あるみへ視線を移す。

 ニコリ、とあるみは思う。


――絶対に勝ちなさい、負けは許さないから


 そう言っているように見えた。

(本気で勝たないとやばい!)

 かなみは鳥肌を立たせながら決意する。

「貴子!」

「ん?」

「絶対に勝ちましょう!」

「おう、当たり前だ。やるからには絶対に勝つぜ!」

 貴子の気合の入った返事がこの上なく頼もしい。貴子は魔力が無くて魔法は使えないけど、今の貴子は立派な魔法少女にかなみは見えた。


ドン!


 勢いの乗った貴子のスパイクが体育館中に響き渡る。

 次の瞬間にはボールが床に落ちる。

 得点はかなみ達のチームに入る。

「よし!」

「ナイスアタック!」

「かなみがボールを拾ってくれるからだよ」

「二人共、バレー部顔負けね」

 負けた方のチームにいた理英は感心する。

 貴子は女子の中で随一の体格と抜群の運動神経で何をやっても独壇場になる。

 正直、貴子と同じチームになっただけで「これで勝てる」と喜ぶ同級生がいるぐらいだ。

 それに加えて、かなみがいる。

 元々かなみは帰宅部だし、運動ができる方じゃないが、魔法少女になってから魔力を使わなくても身体能力はかなり上がっていた。

 なんというか、魔法を使わなくても魔法を使えた頃の身体の感触をある程度、身体が覚えてくれているみたいだ。

 おかげで体育のスポーツぐらいならそつなくこなせるようになっている。

 まあ、疲れるから普段は本気にならないが、今日は特別なので運動部顔負けの大活躍である。

「結城さんって、あんなにバレーできたっけ?」

「というより運動神経良すぎない、いつもは手を抜いてるってこと?」

 おかげでいらない注目を浴び始めている。

 そのため、二試合目は控えめにした。

 とりあえず貴子をアタッカーにしていれば負けることはない。

 自分はレシーブやトス役に徹していればいい。

「頼んだわよ、貴子!」

「任せろ!」

 勢いよく打たれたスパイクが敵のフィールドへ放り込まれる。

 これでまた勝利。次の最後の一試合に勝てば、かなみ達のチームの全勝ということになる。

(でも、勝てるかしら……?)

 かなみは不安になる。

 何しろ、次の相手になるチームにはバレー部所属の女子が三人もいる。

 その実力通り、かなみ達のチームと同様、連戦連勝。体育教師が適当に決めたとはいえ、明らかに戦力が偏っている。

 文句が出ないのは大半が所詮体育のお遊びだからということか。かなみ一人で文句を言ってもしょうがないし、「敵が強いならそれを倒してこそ魔法少女でしょ」とあるみなら言いかねない。

(魔法は使ってないのに……)

 それでも、勝てというのだから勝たなければならない。

「貴子! 絶対に勝つわよ!」

「おう! バレー部の連中に負けるかってんだ!」

 貴子の言葉に敵チームのバレー部が反応して睨んでくる。

(なんか偉そうに勝つ気でいるのよ)

(貴子は陸上部、かなみは帰宅部じゃないの)

(あたしらに勝てると思ってるわけ?)

 と言っているような気がする。

 しかし、そんなことはどうだっていい。こっちは命懸けなんだ。

 バレー部のメンツとかプライドとかそういったものをねじ伏せて勝たなければならないんだ。

「よおし、やってやるわ!」

 かなみは気合を入れる。

 試合開始のコールが鳴り響く。


ダン!


 試合はラリーの応酬であった。

 さすが本職のバレー部だけあって、貴子のスパイクもブロックやレシーブで防がれることもあるし、かなみでも拾えないスパイクを打ってくる。

 スコアは二三対二四で、バレー部チームがマッチポイントである。

 それでも、かなみと貴子のチームは善戦していたと言える。

 実質、三対二。しかも敵は本職という不利の中で戦っているのだ。

 周囲の評価としては、貴子とかなみが凄いと賞賛の嵐であった。

 対する敵チームは勝って当然、負ければ恥。というプレッシャーの中で戦っている。


――ようやくマッチポイント……これで決着をつけてやる。


 と、疲労困憊の顔で息巻いている。

 むしろ、追い詰められているのはバレー部の方なのではないか、と見る人もいる。

「もう一ポイントとられたら負けか……」

 貴子の顔が強張る。さすがに追い詰められて緊張しているようだ。

「大丈夫よ」

 かなみはそんな貴子に声をかける。

「余裕だな、かなみ。ピンチなのに」

「余裕なんてない。でも、こんなのピンチでもなんでもない!」

 かなみは力強く答える。


キンコーンカンコーン


 そこで授業終了のチャイムが鳴り渡る。

「……え?」

 かなみは呆然とする。

 正式な試合だったら時間制限は無かった。だが、これは授業だ。時間が何よりも優先される。

 それに勝ち負けなんて他の生徒からしてみれば、「いい勝負だった」「できれば最後まで見たかった」と惜しむ声こそあれ時間終了で引き分けというのが概ねの意見だ。

 しかし、かなみは違った。

 負けた。

 点数は二三対二十四で一点差で負けている。

 クラスの他の人全員が引き分けと言ったとしても、あるみが負けだと宣言すればそれは負けなのだ。

 そして、この状況は間違いなく彼女が負けだと言える状況になっている。だから負けなのだ。

(あうう……どんな罰ゲームが待ってるの……)

 かなみは恐る恐るあるみの方を見ようとした。でも、恐怖のあまり、あるみを見ることができない。

(このまま、逃げちゃおっかな……)

 でも、あるみ相手に逃げ切れる気がしないので途方に暮れる。

「おい、かなみ。何やってるんだ?」

 貴子が肩を叩く。

「授業が終わったんだから、早く戻ろうぜ」

「え、うん……」

 かなみは力無く答える。

「どうしたんだよ、そんなに負けたのがショックだったのか?」

「う、うん……」

「まあ、負けたからってクヨクヨするなよ、次があるってさ!」

 次があるって、ないかもしれないのよ。

 と言おうとしたが、気力もないので頷くだけであった。

「さっきの言葉、かっこよかったぞ」

「え……?」

「なんか、かなみってさ。ちょっと変わったような気がするな」

「変わった?」

「なんか、全国大会の修羅場をかいくぐってきたスゲエ奴みたいな感じが出てたぞ」

「あはは、気のせいじゃない?」

 あれ、貴子って全国大会に出たことあったかな、と首を傾げる。

 まあ、いいか。少し気が楽になったので教室に戻ることにする。

 しかし、体育館の出口で、あるみは立っていた。

「――!」

「そんなに怖がらなくてもいいのに」

「いえ、そんな無理ですよ!」

「かなみちゃん、負けちゃったものね」

 ギクッとかなみは全身を震わせる。

 やっぱり、授業時間だから終了して引き分けというのはあるみの前では通じないみたいだ。

「勝ったらご褒美あげようかと思ったのに」

「ご、ご褒美? なんですか、それ?」

「学食一食分」

 かなみにとっては食費が浮く貴重なご褒美であった。

「なんで、さっきに言ってくれなかったんですかー!」

「言わない方が面白いと思って」

「面白くないです! 言ってくれたら絶対に何が何でも勝ちに行きましたのに!」

「ああ、その方が面白かったかも」

 あるみは顎に手を当てる。

「死に物狂いで勝ちに行こうとするかなみちゃん、見てみたかった」

「……性格悪いですよ」

「ま、否定はしないわ。それより、早く着替えてきなさい、お昼にしたいから」




 それで、学食にかなみ、理英、貴子のいつもの三人に加えて、あるみが入って四人になる。

 ちなみに理英と貴子の母も来ていたのだが、午前の授業が終わる前に帰っていた。

 学食のランチを運び終わると緊張した面持ちでテーブルに座る。

 にわかに周囲の人から注目を浴びている。

 あるみから発せられる圧倒的な存在感に引き付けられているのだ。

「………………」

 理英や貴子も緊張している。特に、貴子に緊張することがあるんだ、というのが驚きの発見であった。

「そんなに緊張しなくてもいいわよ。うーん、こうしてランチ食べるのは何年振りかしら」

 あるみはそんなこと一切気にせず、楽しそうにランチの野菜炒め定食を食べる。

「あ、あの……初めまして、かなみのお母さん?」

「ああ、かなみちゃんがいつもお世話になってるわね。って、私はかなみちゃんのお母さんじゃないわ。ただの保護者よ」

「ほ、ほごしゃ……!?」

 そう言われて、理英は驚きはしたものの納得が言ったのかすぐに表情が落ち着いていく。

「そうなんですか……それは失礼しました」

「そんなにかしこまらなくてもいいのに」

「それじゃ、かなみのお姉さんみたいな感じですか?」

「えぇ、まあそんな感じね」

「って、違うわよ理英!」

 かなみが台を叩いて否定する。

「この人はそんな優しいものじゃないわ!!」

 言ってしまったと思うが、一旦堰を切ってしまった口は止められない。

「鬼よ、悪魔よ! いえ、それさえ優しいものよ! 魔王とか魔神とかそういう人なの!」

「へえ……」

「うんうん」

 理英はちょっと驚き、貴子はなぜか納得したかのように相槌を打つ。

「何も公衆の面前で堂々と言わなくてもいいのに……」

 あるみは怒るでもなく、呆れるでもなく、ただ平然とそう言うだけであった。

 かなみは本当に迂闊だったと後悔し始める。きっと後で体育館裏に呼び出されて八つ裂きだろうな、と少しだけ覚悟を固める。

「せめて天使とか女神とか言ってほしかったんだけど」

 本当に天使だったらこのランチぐらいおごって欲しかったんですけど!

 そう心の中で叫びたかったが、さすがにクラスメイトの手前、見栄というものがあるのでやめた。

「あの、あるみさん……?」

 貴子は緊張した面持ちであるみに呼びかけた。

(さん!? 貴子が社長をさん付け!?)

 かなみにとってそれはあまりにも衝撃的だった。

「ん、何かしら?」

「私を弟子にしてください!」

「は?」

「え〜!?」

 かなみと理英は驚きの声を上げる。

(た、貴子はいきなり何を言い出すのよ!?)

(あ〜でも、貴子ってそういう子だからね)

(でもよりによって社長になんて!)

 かなみは貴子に詰め寄る。

「ど、どういうつもりなの、貴子!?」

「どういうつもりって……言ったまんま、だけど」

「なんで、よりによってこの人に弟子入りしたいと思うわけ!? 死にたいの?」

「いや、死にたいわけじゃないけどさって……って、すごく失礼じゃないか、かなみ?」

「え、あ、あぁ……ごめんなさい、つい口がすべっちゃって……」

 かなみはちょっとだけ死を覚悟した。

「別にそれはいいんだけど」

 「いいんだ!?」と叫びそうになったところをかなみは口をつぐんだ。

「それより、どうして私の弟子になりたいと思ったの?」

「うーん、なんとなくです」

 かなみは呆気にとられた。

「何言ってるのよ、貴子。なんとなくで生命を捨てるバカがどこにいるってのよ」

「かなみ、なんだかあるみさんにすごく酷いこと言うよね」

 と理英は意外にもあるみの肩を持ち始める。

 確かに悪魔だとか魔王だとか、生命を捨てる気なのとか。普通に考えてみれば、保護者に対する物言いにしてはあまりにも酷い、と普通の人なら思うだろう。

 だが、このあるみは普通の人では断じて無いのだ。

 最強というより、最凶の魔法少女。

 どんな敵だろうと完膚なきまでに叩きのめし、味方には無理難題を吹っかける。

 敵に回そうが味方になろうとその末路は地獄と決まっている恐ろしい銀髪の魔法少女。

 それが、あるみなのだ。

 いくら酷く言っても、酷過ぎるなんてことはありえない。

「酷い、そんなことないわよ」

「そうそう、いつものことだものね」

 あるみは笑顔でそう言う。

 その笑顔というのがまた怖い。いつものこと、というのはいつも通り、地獄を見てもらうわよ。とも捉えられるからだ。

「あ〜なんだかその感じなんだよな」

「その感じって?」

 理英が訊く。

「なんていうか、絶対に逆らっちゃいけない感じがするんだよ。むしろ、この人に一生ついていくべきだって――」

「感じがするのね?」

 かなみが言葉を紡ぐ。

「うん、そんなとこ」

 貴子はあっさりと答える。

 でも、貴子の言うことは少しだけ共感できる。

 この人には一生逆らえない。いや、逆らってはいけないんだ、とかなみは心底思っている。

 それは動物の本能にも似ている。

 そういった意味で、貴子のカンは野性的であながち間違った判断ではない気がしてきた。

「というわけで、弟子にしてください」

「ええ、いいわよ」

「あっさりですね」

「来る者は拒まずが基本方針だからね」

「貴子、本当にいいの?」

 かなみは釘を刺す。

 出来ることならやめておいた方がいいと勧めたい。生命がいくつあっても足りないし、ボロ雑巾のようにこき使われるのは目に見えている。

 友達をそんな目に合うところは見たくないし、自分だけでいいとかなみは思う。

 でも、貴子の決意は堅そうだし、止めてあるみの不満を買うのも怖いのでもう一度確かめるだけで精一杯だった。

「本当にいいよ! 一生ついていくつもりだから!」

 笑顔で凄いこと言うな、とかなみは感心した。

「あはは、嬉しいわね。でも、私放任主義だけどいいの?」

「はい、私が師匠で呼ばせてもらうだけですから!」

 そういえば、貴子が敬語を使うのを初めて見た気がする。

 教師や先輩ですらタメ口なのに、初対面のあるみに対していきなり敬語を使うなんて。よっぽど、あるみのことが気に入ったのだろうか。それか、やはり動物的な本能で敬意を示せばならないと感じたのだろうか。

 よくわからないけど、友達の新しい一面を見るのは新鮮だった。




「貴子を弟子にしてどうするつもりですか?」

 食事を終えて、かなみとあるみは二人きりで廊下を歩く。

「うん、別にどうもしないわよ。言ったでしょ放任主義だって」

「放任主義、だったんですか……?」

「ええ、魔法少女じゃなかったらね」

「貴子は魔法少女になれないんですか?」

「うーん、素質はあるのよね」

 あるみの返事は意外なものだった。

 この学校に自分以外に魔法少女の素質がある人間がいるなんて思ってもみなかったのだ。

「貴子にあるんですか?」

「あるわ。今時珍しい動物的カンを持っていて全国大会に出れる程の身体能力。はっきり言って即戦力になりうるレベルだわ」

「そ、即戦力……」

 あるみがここまで人を褒めるのは珍しい。

 一生ついていくべき人だって言われたのがそんなに嬉しかったのだろうか。

「――でも、ダメなのよね」

「え?」

「あの娘は魔法少女になれないわ」

「ど、どうしてですか? 魔法少女になれる素質はあるんじゃないですか?」

「ああ、違うわ。私が言った素質っていうのは戦いの素質なのよ。魔法少女になれる素質とは別よ。彼女にはそれが決定的に足りないのよ」

「足りない……そもそも魔法少女になれる素質って何なんですか?」

 そもそも、自分だってどうして魔法少女になれたのかわからない。

 無理矢理借金をつけられて、仕事を与えられて、なし崩し的というかやけくそ気味というか、そんなよくわからない経緯で魔法少女になった。

 そのため、素質と言われてもピンとこない。

「魔法を信じることよ」

 そんな疑問を抱くかなみに対してあるみはあっさりと答える。

「魔法を、信じる……?」

「そう。あの娘、なんていうか魔法を信じてない感じがするのよね。まあ、あの年頃ならしょうがないんだけど」

「あの……私もその年頃なんですけど……」

「かなみちゃんは特別よ。借金してるし!」

「しゃ、借金は関係ないでしょ!」

 かなみは食ってかかる。

「でも、借金がなくなる魔法あったらいいなって思うでしょ?」

「そ、それは……」

 それは常に思っている。

「そういうのが大事なのよ」

「はあ?」

 あるみはそう言って背中を向けて前を歩く。

「ところで、本当に行くんですか?」

「ええ、せっかくの機会なんだし」

 かなみは戸惑った。

 というのもこれから向かう先が視聴覚室だからだ。

 昼休みに柏原は決まって視聴覚室にいる。そう本人が言っていたからだ。

 胡散臭い奴だけど、そのことに嘘はないとかなみは思っている。実際、何度か彼の後をつけて視聴覚室に入っているのを確認しているし、一度そこで戦ってもいる。

 今日も同じように昼休みは視聴覚室にいるだろう。

 でも、だからといってあるみをそこへ案内するのはなんだかまずい気がする。

 視聴覚室で二人が会うのはまずいと思う。

 一時間目の数学の授業で顔を合わせるのとはわけが違うのだ。あそこには教師や生徒もいないから思う存分魔法が使える。

(いや、社長が思う存分使っちゃったら視聴覚室どころか校舎すらなくなっちゃう!)

 そして、巻き添えを食うのは間違いなく一緒にいる自分だ。

 視聴覚室が近づくごとに緊張が走る。

「そういえば、社長は視聴覚室がどこにあるのか知ってるんですか?」

「知らないわよ」

「え?」

 かなみは唖然としている。

 だったら、どうして前を歩いているんだろう。ここはかなみが案内するところなんじゃないか。

 そして、全然違うところを案内して道草してあわよくば「あはは、お昼休み終わっちゃいましたね。教室に戻りましょう」でやり過ごそうと思っていたのだ。

「でも、あいつの魔力をこっちの方向に感じるのよね」

「ああ、探知能力ですね」

 かなみは納得して、密かな目論見が敗れ去ったことに落胆した。

 あるみの探知能力なら間違いない。

 つまり、柏原のいる視聴覚室にちゃんと向かっているということだ。

 もはや、柏原とあるみの対峙は避けられない。

(やばい! まずいよ、これ!)

 あるみを止めなくては! とは言っても、どうやって止めればいい?

 答えは出ないまま、とうとう視聴覚室に辿り着いてしまった。

(ああ、来ちゃったよ! ど、どど、どうしよう!?)

 かなみは大いに慌てて

「ここね」

 あるみはそう確信を持って言い、扉に手をかける。

「ま、待ってください!」

 かなみは必死に止める。

「どうしたの?」

「こ、ここはその……実は視聴覚室じゃないんです!」

「でも、ここの表札にちゃんと『視聴覚室』って書いてあるじゃない」

「こ、これは! 古いんですよ! 今は視聴室が別にあるんです!!」

「へえ、そうなの」


ガタン


 そこへ突然、視聴覚室の扉が開けられる。

「ああ、かなみさんじゃないですか」

 開けたのは柏原だった。

(なんてタイミングで開けてくるのよ、こいつ……)

 かなみは憎らしげな視線を送る。

「ああ、あなたも」

 柏原はあるみがいることにも気づく。

「よく来てくれました。ちょうど退屈していたところです」

「それはよかったわね。いい退屈しのぎになると思うわ」

 あるみは笑って答える。

(ああ、もうどうしようもない……)

 かなみは諦める。こうなったからにはどうしようもない。

 むしろ、あるみに嘘をついてしまったことが怖い。

(私、今日生きて帰れるかな……?)

「入ってもいいわよね?」

「もちろん。さ、どうぞ」

「行きましょうか、かなみちゃん」

 あるみはかなみの肩を叩く。

「は、はい……」

 かなみはとぼとぼと視聴覚室に入る。

 視聴覚室に入ると中は真っ暗でスクリーンで何かを上映しているみたいだ。

「ああ……」

 その『何か』がなんなのか確認すると、かなみは萎えた。

 スクリーンで上映していたわけじゃない。

『おやおや』

 スーシーと通話していたようだ。

 スクリーンから映し出された大きなスーシーの顔がどうにも小憎たらしい。

『これは珍しい来客ですね。お互い、かなみさんの学校には不干渉のつもりでいるものとばかり思っていたんですが』

 スーシーはあるみに向けてそう言った。

「先に破ったのはそっちでしょうが」

 あるみは呆れたように言い返す。

 不干渉……かなみにとって初めて耳にするやり取りであった。

『いえ、それはそこの不肖の弟が勝手にやったことです』

「それで自分は関係ないとシラを切るつもりなのかしら?」

「切りたいつもりなのですが……残念ながらまだ兄弟の縁は切れていないのでね」

 まだ、とスーシーは言った。ということはいずれ切るつもりなのだろうか。

 まあしかし、仮に柏原はスーシーの弟でなくなったとしてもいけ好かないことは変わりない。

「結局のところ、あなた達は兄弟なんでしょ」

『そうなりますね』

「不本意ながら」

 スーシーだけではなく、柏原の方も憎々しげにぼやく。

 前々から思っていたけど、この兄弟の仲はかなり悪いみたいだ。

『それで、わざわざ学校に押しかけてきて何の用ですか?』

「うーん、どっちかっていうとついでのつもりだったんだけどね」

『ボクがついで、ですか』

「あなたなんてついで問題無いでしょ」

『これだからあなたは嫌いなんですよ、あるみ』

 そう言ったスーシーは顔こそ笑っているものの、口では歯軋りしている。

「私もよ。あなたみたいなおじさんには興味ないのよ」

「おじ……?」

 かなみは疑問符を浮かべる。

「あるみさんみたいな少女もいればその逆も然りということですよ」

 柏原が補足してくれる。別にして欲しくなかったけど。

『まったく失礼千万ですね……是非ともこの手で始末したい人なんですけど』

「あなたには百年かかっても無理よ」

『でしょうね』

 スーシーはスクリーン越しでもわかるほど凄まじい殺気を放つ。

 ここからでも人を殺す魔法が放てるのではないか、そう思えてならない。

『ですから、これは単なる嫌がらせです』

 スーシーはそう言って手を挙げる。

 するとパリンとガラスが割れたような音が鳴り響く。


ドサッ!


 次の瞬間、スクリーンは消えて視聴覚室は完全な暗闇になる。

――いる。

 しかし、かなみは夜目が利くのでこの暗闇の中でも視聴覚室全体の変化に気づいた。

 あるみもまた魔力の流れによって敏感に変化を感じ取っていた。

 その変化というのが怪人の出現である。

 かなみからしてみれば「またか!」と言いたくなるような展開だ。

「シリンダス、ですか」

 柏原はその怪人をそう呼んだ。

「カンカンカンカンカン」

 ガラスが何かにぶつかるかのような高い音が鳴る。どうやら、それがこのシリンダスとかいう怪人の鳴き声のようだ。

 というか、この怪人……ガラスそのものじゃないか!

 その姿は理科室に置いてあるメスシリンダーそのものの寸胴に竹筒のような手足が生えたものであった。

 きっとダークマターという無機物を怪人に変える魔法をメスシリンダーにかけたに違いない。

「私の学校でなんてことしてるのよ!?」

 そう文句を言わずにはいられなかった。

「かなみちゃん、変身する?」

「もちろんです! マジカルワークス!!」

「今日は巻き気味に行くよ」

 マニィの言うとおり、あっという間にかなみとあるみの変身は完了する。

「愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!」

「白銀しろがねの女神、魔法少女アルミ降臨!」

 二人は並び立ってポーズを決める。

「カンカンカンカンカン」

 そんな悲鳴にも似た叫びをかき消すように、ガラスのような高い鳴き声が鳴り響く。

「あ〜うるさい!」

「カナミちゃん、落ち着いて!」

「これが落ち着いていられますか!?」

 カナミはとりあえず魔法弾を撃ってみる。

「あ……!」

 撃ってみた後に「しまった」とカナミは気づく。

 ここは戦うにはあまりにも狭い視聴覚室。狭いとどういうことが起きるかというと、戦いの被害を机や壁が被るのだ。そして、この戦いの衝撃に耐えられるほどこの建物は丈夫に出来ていない。

 丈夫に出来ていないから壊れる。壊れるということは治さなければならない。

 治すためにはお金がかかる。お金がかかるということはカナミが支払わなければならない。

(って、なんでそういう図式になるのよぉぉぉッ!!)

 と嘆きながら、アルミが決めたことだからと諦めていた。

 アルミが決めたことは絶対。

 だから、この魔法弾による被害はカナミが払うものなのだ。

(あ〜迂闊だった……)

 反省しても後の祭りだった。

(でも、弱めの魔法弾だったからよかった。あれなら大した被害も無さそうだし、あわよくば敵が受け止めて被害ゼロにしてくれるかも!)

 反省どころか、期待まで入ってきた。

 そんな後悔と期待を入り混じってきた視線でカナミは魔法弾の行方を見守る。

「カン!」

 その時、シリンダスは大きく身体を揺らす。

 すると、何か光る液体が飛び散って魔法弾にかかるのであった。


バゴーン!!


 凄まじい爆発が起きた。

 机やらテレビやら、何やらが吹き飛んでしまった。

「なんでぇ、こうなるのよぉッ!?」

 爆風で壁際まで吹き飛ばされたカナミは絶叫する。

 見事なまでに期待を裏切られた。というよりも敵を相手に期待をかけてしまうというのも間違っている気がするが。

「マニィ、被害額は?」

 アルミがカナミの肩にしがみついているマニィに訊いた。

「机一式にテレビ、その他機材に資料諸々……ざっと八十二万かな」

「うわあぁぁぁぁ、なんでそんなにすんのよ!?」

「まあ、それぐらいだったら問題ないかな」

「いえいえいいえ、大問題ですよ! 主に私の借金がカサ増しするじゃないですか!」

「大丈夫よ、四億の前じゃ八十万なんてはした金だから」

 この人は、笑顔でなんて恐ろしい事を言うのだろうか。

「それもそれで問題ですよ!」

「でも、今みたいなのを連発されたら八十万どころか八百万になるかもしれないわね」

「ぎゃあぁぁぁぁッ!!」

 カナミは悲鳴のあまり、我を忘れかける。

 魔法弾だとまた大爆発を起こして、今度こそ視聴覚室が崩壊してしまう。ゆえに、カナミは仕込みステッキで突撃する。

「カンカンカンカン!」

 シリンダスはまたガラスのような高い鳴き声を上げる。

 すると、また光る液体を飛び散らせる。


バゴーン!!


 また爆発が起きた。

 何も考えず突撃したカナミは爆発が直撃する。

「キャアッ!」

 飛ばされて壁に叩きつけられる。

「あいたたた」

「窓の方に飛ばされなくてよかったわね」

 飛ばされてたら窓ガラスを破って、弁償代が増してしまう。

「ふ、不幸中の幸いでした……」

 カナミは慌てて立ち上がる。

「でも、おかげでわかったわ。あの液体、ニトログリセリンよ」

「に、にとろぐるたみん?」

「ニトログリセリンよ。ま、簡単にいえばダイナマイトの原材料ね」

「ダイナマイト!? なんでそんなもの、ここ学校ですよ!?」

「化学薬品だからね、理科室の薬品と図書室の伝記が魔法で混ざれば出来てもおかしくないでしょ」

「いえいえ、意味がわかりませんよ!」

 なんでそんな組み合わせでダイナマイトの原材料が出来上がるのか、理解に苦しむ。

「作り上げた経緯なんてそんな大した問題じゃないわ。問題なのは、あいつが歩くダイナマイトってところよ」

「うぅ、そ、そうですね……」

「爆発する度に修繕費が」

「きゃあぁぁぁぁぁぁッ!!?」

 思わずカナミは悲鳴を上げる。

「ど、どど、どうしましょう!?」

「なんとかしてみなさいよ」

「無茶言わないでください、爆発を消すなんて社長にしか出来ないですよ!!」

「やってみなくちゃわからないでしょ、やってみなさい!」

「む、無茶ぶりッ!?」

「やらないと修繕費が」

「ええい、やってみせますよ!」

 カナミは突撃する。

「カンカンカンカン!!」

 シリンダスは再び赤い液体を飛ばす。

 爆発を消す。

 社長のように鮮やかなイメージを抱いて、出来ると心の中で念じる。

「出来る、出来る!」

 カナミは魔法弾を液体に浴びせる。


バゴーン!!


 再び爆発が発生する。

 しかし、その被害が周囲に及ぶことはなかった。

 カナミの放った魔法弾が爆発が拡散する直前に包み込み、爆発を消してしまったのだ。

「……え?」

 放ったカナミの方が驚きのあまり呆然としてしまう。

「おう、やればできるじゃない!」

「ええ、やってやったらできたんですかッ!?」

「あ、でも、前見ないと危ないわよ」

「え?」


バゴーン!!


 直後にもう一回爆発を起こしてカナミを吹き飛ばした。

「あぎゃぁッ!?」

「油断禁物、火がボウボウよ」

「火がボウボウなのは私の家計なんですけど!」

「あら、うまいこと言うわね。火の車なだけに」

「全然うまくないです!」

「ほら、油断してるとまたやばいわよ」

「えッ!?」

 また液体が飛びかかってくる。

「わああッ!?」

 この距離だと避けきれない。

 爆発が直撃する。


パリーン!


 その時、ガラスが割れて、巨大な金の鈴が飛び出してくる。

「え?」

 それがカナミの目の前で現れて、爆発を防ぐ壁になってくれた。


ガラガラドッシャーン!!


 周囲の壁が音を立てて崩れていく。

「え、え、ええぇぇッ!!?」

 カナミは突然の連続で驚きの声を上げる。

「っていうか、鈴ってなんですかぁ!?」

 アルミは確かドライバーのはずなので、アルミの仕業じゃない。

「あ〜そこでくるわけ?」

 アルミは呆れている。

 何が起きているのか、わからない。

 アルミは驚いても戸惑ってもいない。それが余計にカナミを混乱させた。


パリーン・ガシャーン!!


 混乱しているうちにシリンダスは鈴に潰されていた。


リンリン


 あとには鈴のやたら爽やかな音色が響いた。

「え、えぇぇッ!?」

 あっという間に現れて、あっという間に怪物を倒してしまった。

「誰なんですか?」

 カナミは辺りを見回す。

 すると金色に輝く長い長い髪を揺らして背中を向けて去ろうとしていた。

「…………………」

 カナミは綺麗な後ろ姿に見とれた。

「……あれ?」

 なんだか見覚えがあった。

「社長……あの人」

「知りたかったら、自分で追いかけてみなさい」

 それを聞いた次の瞬間、カナミは追いかけていた。

 知りたい、知らなければならない衝動にかられた。

「まったく、ひねくれているというか天然というか」

 アルミはしたり顔で独り言をいう。

「いや、私もいるから独り言にならないですけど」

 瓦礫に埋もれている柏原がッ不満気に言う。

「あなたなんて一人に入らないでしょ」




 カナミは走った。

 まだ自分の知らない魔法少女がいた。

 助けてもらったお礼がしたい。

 武器は鈴なのか聞いてみたい。

 それよりも何よりも知りたい。

 あの娘がどんな魔法少女なのか知りたい。こんな気持ちは初めてだ。

 その背中に見覚えがあったからだ。

「待って!」

 カナミは叫んだ。

 しかし、あの娘は待たなかった。

 あっという間に校庭を駆け抜けて姿を消してしまった。

 もう学校にはいない。そんな気がした。

「……誰だったんだろう?」

 カナミは立ち尽くして考える。

 長い金色の髪……自分と似ていた。どことなく見覚えがあった。

 それにこの追いかけていく感覚、前にも似たような経験をした気がする。

 追いかけて追いついたと思ったらすぐにその背中が見えなくなってしまうこの感覚。

 悩んで考えても答えが出なかった。




 六時間目が終わった。

 視聴覚室で大爆発が起きたというのに、何事も無かったかのように授業は進行した。保護者付きで。

 あるみはしっかり最後の六時間目までいて、かなみを見守っていた。

 おかげで、かなみは一時も休まることなく、疲れ果ててしまった。

「お、終わった……」

 カナミは倒れこむように机に伏せる。

 寝たい、このまま朝まで寝てしまいたい。

「かなみちゃん、仕事よ」

 しかし、そんなことをあるみが許すはずがなかった。

「も、もう少しだけ休ませてください……!」

「怪人と戦って疲れているのはわかるけど、あれボーナス出ないから今日も仕事頑張らないと」

「が、頑張ります!」

 かなみは飛び起きた。

「あ、師匠とかなみちゃん、お帰りですか!」

 そこへ貴子がやってくる。

「ええ、せっかくの授業参観だもの。一緒に帰らないとね」

「……それはちょっと授業参観とは違うような」

「では、ご一緒します! 一緒に帰りましょう」

「貴子、キャラ変わってない?」

「いえ、そんなことありませんよ。自分、もともとこういう性分ですから」

「私にまで敬語使わなくていいわよ!」

「あ、そうだった。一緒だったからついつい、かなみなんかに敬語は必要ないよな」

「なんかって酷い!」

「いや、遠慮いらないって意味だよ。私とかなみは親友だからな」

「し、親友……」

 素直にそう言ってくれたことがたまらなく嬉しい。

 そんなやり取りを見て、あるみは微笑む。

「いいわよ、一緒に帰りましょう」

「やったー!」

 貴子は飛び上がって喜ぶ。

 あるみはその様子を見て少しだけ申し訳無さそうに呟く。

「――校門までね」

 帰りの廊下をかなみ、あるみ、貴子の三人で歩く。

 奇妙な気分だ。

 いつもは貴子とも帰らないで、一人だというのに今日は三人だ。

「一緒に帰るっていいわね」

「………………」

 かなみは黙る。

 今の状況や心境をどう言葉にしていいかわからない。

「毎日でもしてもいいわね」

「ま、毎日はさすがに……」

「うん、そうね。みあちゃんや翠華とも一緒に」

「それもいいですけど……そういうことじゃないんですよ……」

「二人でなんの話をされているんですか?」

「だから貴子、やめなって敬語使うのはあんたのキャラじゃないでしょ」

「師匠の前で、タメ口はきけません!」

「まあ、やめろとは言わないわ。好きになさい」

「はい! 好きにさせてもらいます!」

(強いモノに従うのは動物的本能なのかしら?)

 そういえば、前にも自分とあるみでそういうやり取りをしたような気がする。

(なんか社長の前じゃ敬語使わないと、ってなるのよね)

 出会ったばかりの頃を思い出して、かなみはしみじみ思う。

 そうこうしているうちに下駄箱を抜けて、あっという間に校門に着く。

「それでは師匠、また会う日までお達者で!」

「貴子、本当にどうしたの……?」

 貴子の様子がおかしくなったことが本当に心配になってきた。だけど、

「ええ、あなたも元気でね」

 まあ、あるみが上機嫌ならいいか、と現金にかなみは思うのであった。

「あの娘、とっても素直ね」

「貴子のことですか? いつもはあんな娘じゃないんですけど……」

「かなみちゃんもあれくらい素直だといいのにね」

「わ、私は素直ですよ!」

「本当に?」

「ほ、本当ですってば!」

「だったら、今日私が来た感想を教えて欲しいわね」

「え……?」

 かなみは言葉を詰まらせる。

「どうだった?」

「そ、それは……」

 正直言って、困惑したし、戸惑ったし、慌てたし、で凄く迷惑だった。

 でも、そんなこと言ったらあるみは不機嫌になって、ヘタをしたら怒ってとんでもない目に合わされるかもしれない。

「フフフ」

 あるみは笑う。

「かなみちゃん、わかりやすいわ! 本当に素直で好きよ、そういうところ!」

「え、そ、そうですか……?」

「からかい甲斐があるってやつね。毎日でも授業参観したくなってきたわ」

「ま、毎日はやめてください!」

 かなみは反射的に反論する。

 というか、毎日も来られたら本当に身が持たないし、学校だっていつ崩壊するかわかったものじゃない。

 今日だって、視聴覚室が吹き飛んでしまった。

「ああ、あれどうなっちゃんですか!?」

 普通なら大騒ぎで授業も中断してしまうところだったはずなのに、平然と次の授業が始まっていた。

「かなみちゃんに請求書が行くわ」

「ええぇ〜!?」

 かなみは頭を抱える。

「あ、あれ、いくらするんですか!? さっき八十万とか言ってましたよね!? そこから思いっきりぶっ壊れましたから、何百万いくんですか!? そんなの払えませんよ!」

 かなみは身振り手振りして必死に言い訳する。

「ですから、本当に払えないんで勘弁してください!」

 こうなったら、土下座しかないと言わんばかりの勢いで両膝をつく。

「ええ、勘弁してあげるわ」

「……え?」

 かなみは間の抜けた声を上げてしまう。

「フフフ、やっぱりかなみちゃん、からかい甲斐があるわね」

「え、え、え?」

「請求書は来ないわよ」

「どうしてですか? 視聴覚室、ぶっ壊れちゃったじゃないですか」

「あれ、治したわよ」

 あるみはしれっと答える。

「………………」

 かなみがあるみのそのあまりにも簡潔な内容から、どういうことなのか理解するのに一瞬の沈黙を要した。

「社長が魔法使ったんですか?」

「ええ、空間補填の魔法を使ったのよ」

「空間補填?」

「要するに、壊れたモノとかバラバラになったものとかを治す魔法ね」

「す、すごい、です……」

 改めてあるみの凄まじさを知らされた気分だ。

 この人は何でもできる。まさしく夢に描いた魔法少女の人なんだと思わされる。

「どうやったら、そんなことできるんですか?」

「信じること」

 あるみはあっさりと答える

「出来ないとか無理だとかそういった考えを全部捨てて魔法を信じることよ。何でも出来るってね」

「それが魔法少女の素質なんですか?」

「そうよ。かなみちゃんは素質があるからね」

 その言葉を今なら信じられる気がする。さっき、爆発を消してみせた魔法が出来たみたいに。

「じゃあ、私やってみます! それができたら修繕費の請求がなくなりますからね!」

「その考えは個人的に好ましくないけど……できるように頑張りなさい」

 そう言って、あるみはかなみの頭を撫でた。

「……社長の手って、暖かくて大きいです」

「魔法少女だからね」

「なんだかお母さんみたいです」

「社長って言いなさいよ、――私はかなみちゃんのお母さんになれないんだから」

 あるみはぶっきらぼうに言って、それから顔を見せなかった。

「そうですね、やっぱり社長は社長がいいですね!」

 かなみは笑顔でそう言う。

「そうよ、私は社長で魔法少女なんだから」

 あるみはかなみに元気づけるように言った。でも、本当は自分に言い聞かせるように言ったようにも感じた。

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