第24話 轟音! ほとばしる銃火と爆炎が少女達の玩具 (Bパート)

 工場の端に立てつけられた食堂。

 しかし、今はもうすぐ夕方という時間ということなのか、人はかなみ達しかいない。

「さて、本題に入ろうか」

 席につくなり、彼方は意味深に言う。

「さっさと切り出しなさいよ」

「お父さんの依頼って何なんですか?」

「今朝ネガサイドから脅迫状が届いたんだ」

「ネガサイドからッ!?」

 かなみが驚くと彼方は真剣な眼差しで言う。

「内容は今夜にうちのおもちゃ工場を乗っ取るというものなんだ」

「はあ、また乗っ取られるのッ!?」

 みあもこれには憤慨した。

「これで何度目よッ!?」

 三度目である。

 これまで店を乗っ取られたり、工場からおもちゃを取られたり、している。

「どうにも悪の組織に狙われやすい性質たちみたいなんだ」

「嫌な性質ですね……」

「あんたが金に困るのよりはマシかもね」

「みあちゃん、ひどい!」

「ううむ、それは看過できない性質だね」

「お父さんもひどいですよ!」

 かなみは大いに嘆く。

「まあ、それはいいとして」

 「いいんですかッ!?」とかなみは心の中でまた嘆く。

「三度目ともなるとそろそろ信用問題に関わりかねないからね。なんとしてでも、阻止してもらいたいからあるみちゃんに依頼したわけだよ」

「信用問題といいますか……今までよく信用が落ちませんでしたよね……」

 かなみはこれまでのことを思い出す。

 一度目は直営店を占拠されて、そこに置かれている巨大ロボットのオブジェクトが暴れて、かなみの神殺砲で、とはいえ壁を大穴を空けてしまった。

 二度目はおもちゃ工場から新商品のおもちゃを大量に盗み出されて、真夜中とはいえ街中で大暴れした。

 前者は全部強盗のせいにしてしまい、後者は暴れたおもちゃが新商品だったのでアガルタ玩具製ということを隠蔽することで事無きことを得た。

「親父って要領だけはいいのよね」

「まあ、それが無くっちゃ社長なんてやってられないからね。って、だけっていうのは酷いな、みあちゃん!」

「そうだよ、みあちゃんへの愛もすごいんだから」

「かなみちゃん……君とはいい強敵ともになれそうだ」

 彼方は不敵に笑う。

「だから……言ってる意味がわからないんですけど……」

「まあ、それはともかくとして……」

 ともかく、とするんだ。とかなみはツッコミを入れたくなったが、ここでそうするとドツボにハマってしまうような気がしたのでやめた。

「私としてはもう二度とネガサイドのいいようにされるわけにはいかないからね」

「私…‥?」

「親父は仕事とプレイベートはこーしこんどうをしないためにね」

 いや、滅茶苦茶公私混同してると思うんだけど。と喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。

「というわけで、かなみちゃん、みあちゃん。よろしく頼むよ」

 至って温和に、しかし、はっきりと力強さのこもった声で言う。

「はい、任せてください! その代わりといっちゃなんですけど、ボーナスの方、奮発していただけるとありがたいんですが…‥」

「そこでピシッと言えたらいい流れだったのに」

「まあ、かなみちゃんらしいというか、そういうところがみあちゃんも好きなんだよね」

「だ、誰が!」

 みあは顔を赤く染めて否定する。

――随分と和気あいあいとしてるじゃないの

 そこへ食堂にいないはずの四人目の声がする。

 何の前触れもなくしかしごく自然に、少女はかなみの背後に立っていた。

「――!」

 危険を察知したかなみは即座に動く。

 まずテーブルに足をかけ、飛び越えて、反対側の方へと着地する。

「萌実!」

 そこに立っていた少女の姿を確認する。

「いい反応じゃない。すぐに動かなかったら撃ち殺してあげようかと思ったけど」

 萌実は拳銃を指先でブンブンと振り回しながら言う。

 拳銃は本物で、少女がおもちゃのように扱っていいものではない。しかし、萌実にとってそれはおもちゃも同然であった。


カチ!


 無造作に引き金が弾かれる。

 しかし、弾は出ることが無かった。

「ミスショット! 運がいいじゃないの、いや悪いのかしらね。今おとなしくしていたら一発は外れて確実に私の懐ふところに入れたのにね!」

 アハハハハ、と萌実は笑う。

「なんなの、このキチガイ女?」

「狂ってるのよ、まっとうな育ちをしていなかったから」

 かなみは哀れみの視線を向ける。

「ああ、あんたが借金でまっとうな生活できなくて狂ったみたいにね」

 みあはかなみに哀れみの視線を向ける。

「そう、みんな借金のせいで……って違うわよ! 私、狂ってなんかいないわよ!」

「狂ったやつは自分から狂ってるなんて言わないわ」

「その点、私は自分が狂ってるなんて全然思ってないわ」

「あら、気が合いそうじゃないわクソピンク」

「ええ、気が合いそうだわションベンレッド」

 みあと萌実は激しく睨み合う。

「いやあ」

 そこへ彼方が割り込んでくる。

「娘が誰とお付き合いするか、それは本人の意志を尊重するものであってとやかく言うつもりはないけど、これだけは父親としてはっきり言いたい。

――彼女と関わらない方がいいよ、みあちゃん」

 彼方がここまではっきりと敵意の視線を向けるのをかなみは初めて見た。

 しかし、萌実はそれを微笑んで叩き伏せる。

「あら、そこの借金まみれの女とのお付き合いはいいのかしら?」

 その問いかけに対して彼方はメガネをクイッとかけ直して答える。

「私はただの金持ちじゃない、社長だよ。

金を持っていてもダメな人間はいっぱい見てきたさ。

反対に金が無くてもいい人間もね。

かなみちゃんは金を借りてもいてもいい人間だけどね」

「でも、こういう見方もできるんじゃないかしら?

いい人間だから金がある。

ダメな人間だから金が無い」

「うん、確かにそういう見方もできるね」

「お父さん!」

「親父、あんな奴の肩を持つの?」

「まあ、聞きなさい。みあちゃん、いくら彼女が悪だからといってその全てが間違っているわけじゃないんだよ。

僕の言うことが正しい。

彼女のういうことが正しい。

大事なのはどちらが正しいのか、判断することだよ。

みあちゃんはどっちが正しいと思うのかい?」

「どっちも正しいと思いたくないわね。でも、あえて選ぶならあのむかつくクソピンクの方ね」

「そんな……」

 彼方は肩を落とす。

「アハハハ、傑作じゃない。スーシーのクソガキはかなみの方に見所があるっていうけど、あんたの方がよっぽど向いてるんじゃないの!」

「それは嬉しいけどね、いくら積まれたって願い下げよ!」

「一億でも?」

「そんな端金で動くほど安くないわよ」

「一億……端金……」

 かなみはみあの価値観に密かに疑問を抱く。

「うんうん、僕の教育の賜物だね」

「どんな教育してるんですか。おかげで素直になれなくなってるじゃないですか」

 かなみは文句を言う。

「うぅ……痛いところ突いてくるじゃないか。確かに昔はちょっと厳しすぎたかもしれないけど……」

「そんな思い出話はどうでもいいでしょ! さっさとあの女、ぶっとばすわよ!」

「あ、ああ、そうね!」

 かなみとみあはコインを構える。

「マジカルワークス!」

 宙を舞うコインから光が降り注ぎ、二人を包み込む。

「愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!」

「勇気と遊戯の勇士、魔法少女ミア登場!」

「暴虐と命運の銃士、魔法少女モモミ降誕!」

 赤と黄色の魔法少女の登場に混じって桃色の魔法少女が姿を現す。

「って、なんであんたが混じってるのよ!?」

「一応これでもちゃんとした魔法少女なのよね。口上をあげるのは当然のことよ」

「あんたが魔法少女、ふざけんじゃないわよ!」

「悪の組織に魔法少女がいちゃいけないことはないわ」

 モモミは自信満々に言い切る。

 ミアは歯噛みする。それは正論であった。

 魔法少女だからといって、必ずしも正義とは限らない。

 時には悪に染まったもの、どちらとも言えない中立といえる存在もいる。

 モモミは前者であるといった。

 それはカナミ達の敵であるという明確な意思表示。

 もっとも、こんな奴を味方だとかなみは認められないのもまた事実であるのだが。

「そのへんはあんたんとこの社長の訊いてみたら? 面白い話が聞けるわよ」

「やめておくわ。どうせ煙に巻かれるのが目に見えているから、それよりも!」

 カナミはステッキをモモミに向ける。モモミがカナミへ銃を向けるかのように。

「あんたのいいようにはさせないわ!」

「いいわね、そういうの! 私好みの展開よ!」

 モモミが応え、撃鉄を起こす。


ズドゥン!!


 銃声が鳴り響く。

 それは、戦いの幕開けを報せる号砲。

 この場にいた人間が同時に動く。

「頼むから、あんまり壊さないでくれよ」

 彼方は即座にテーブルの下を這ってこの場を退散する。

 なんて素早く、人間離れした匍匐前進よ、とそれを目撃したミアは思ったが、すぐにモモミの方へと意識を傾ける。

 あたり一面、銃弾と魔法弾とヨーヨーが飛び交う。

 モモミの銃弾は、最も早く最も数が多く、その数は千を超える。

 カナミの魔法弾は、銃弾に劣るものの威力では勝り、百の弾が狙い撃つ。

 ミアのヨーヨーは、数こそ一瞬のうちに十と少ないものの、最も破壊力のある攻撃であった。

 三者三様の攻撃が食堂を破壊し尽くす。

 彼方は去り際に一応釘を刺しおいたが、完全に無駄だったようだ。

「やるじゃないの! これだけ撃ち込んでおいて一発も当たらないなんて!」

 モモミは賞賛する。

 しかし、彼女のことだからそれは同時に皮肉でもあった。カナミの方もこれだけ魔法弾を撃っているのに一発も当たっていないのだから。


ズドォン!!


 埓が開かない、と言わんばかりにモモミは一際大きな銃声を鳴り響かせる。

 それは同時に第一ラウンド終了のゴングにも聞こえた。

 事実、三人は示し合わせたわけでもなくその銃声を聞いて、攻撃の手を止めた。

「ここじゃ、ちょっとばかし狭いからね、外に出ましょうか。それとも――」

 モモミは妖しく笑う。

「――ここを外にしましょうか!」

「させないわよ!」

 ミアは即座にヨーヨーを投げつける。

「はッ!」

 モモミは笑ってそのヨーヨーを銃弾で叩き落とす。

「そんなに父親のモノが壊されるのが嫌か、勇気と遊戯の勇士ッ!?」

「別に嫌ってわけじゃないわ。ただ、あんたの機嫌が良くなるのが気に障るだけよ!」

「それは結構ね。私もあんた達の笑顔を見ているだけで虫唾が走るわ」

 そうしてモモミは歪んだ笑顔をカナミ達に見せつける。


ズドォン!


 銃声が大きく鳴り響く。

 その音が消えた直後に、食堂の棟が崩れ落ちる。

「ああ、また請求される!?」

 落ちてくる屋根を魔法弾で撃ち落としてカナミは嘆く。

「そんなもの、全部あいつに支払わせなさい!」

「絶対、ふんじばってひざまずかせてやるわ!」

 かなみは気合を入れなおす。

 残ったのは、食堂の瓦礫と残骸だ。

 前に見たオフィスの残骸と同じだ。そこにあったという痕跡だけが残った殺風景な景色。その場にカナミ達は立っている。

「いいわね、そういう啖呵! 嫌いじゃないわ、今のあんたは嫌いだけどね、カナミ!」

「私もよ、モモミ!」


ゴォォォォォォォォォン!!


 カナミの魔法弾、モモミの銃弾がぶつかり合う。

 爆風は瓦礫を吹き飛ばし、爆炎に包まれ残骸を燃やし尽くす。

 その中心に立つカナミとモモミはそれぞれ見据える。

「いくわよ、借金女! はずれくじを引き続けなさいな!」

「あたりくじはあんたがいいわ! ロシアンルーレットのあたりをねえッ!」

 第二ラウンドの幕開けであった。

 ときにまっすぐ、ときにまがり、ときにおちて、魔法弾と銃弾が縦横無尽に飛び回る!

「ていやッ!」

 わずかな間隙を縫って、カナミは飛び込んでモモミへ接近する。

「仕込みステッキ『ピンゾロの半』!!」


キィィン!!


 ステッキに仕込まれた刃は黒鉄の銃身に阻まれる。

「やるじゃない!」

「そっちこそ!」

 モモミが吠え、カナミが応じる。


キィン! キィン! キィン!


 幾度となく刃をモモミへと投じる。

 しかし、全てが銃身によって防がれる。


ズドォン!


 反撃ざまにモモミが撃ち込んでくる。

 弾は見える。

 かわせない速さじゃない。

 しかし、無視できるほどの脅威でもない。

 当たりどころが悪ければ一撃でやられる。

 そんな恐怖が無条件にカナミを支配し、大きく仰け反らせる。

「――怖いの?」

 その恐怖をモモミは察知し、嘲るように挑発する。

「誰が!」

 カナミは負けじと踏み込む。

 しかし、その行為さえも恐怖によって縛られた行動であった。

 恐怖を押さえ込むための恐怖による攻撃。

 それをモモミは見透かしていた。


ズドォン!!


 ステッキが弾かれ、宙を舞う。

 武器を失ったカナミはモモミの敵ではなく的でしかなかった。

「く……!」

 カナミはステッキへと手を伸ばす。

 しかし、それを易々と取らせるようなモモミではなかった。

 まず、右手を! 次に左手を!

 ステッキを取らせないためだけの必要最小限の、かすり傷を負わせるためだけの攻撃。

「く、くぅ……!」

 宙を舞ったステッキはカランコランと鈴の音を立てて転がる。

 そして、突きつけられる銃。

 逃げられない、さっきまで散々かわしてきたのに、今というときに限ってはまったくかわせる気がしない。

 自分には武器が無い。

 恐怖で硬直している。

 モモミが本気で狙いをつけている。

 それらの不利な要素があわさって今が絶体絶命の窮地だと実感させられる。

「さーて、毎度お馴染みのロロロロシアンルーレットよ! 外れを引くか、当たりを引くか!」

 モモミは上機嫌に撃鉄を起こす。

「さっきは外れだったみたいだけど……」

「次は当たりかしら……? 結果は神のみぞ知るってね!」

「あんたが神なんて、ちゃんちゃらおかしいわね」

「これでも信心深いのよね! 神殺しを謳うあんたとは気が合いそうにないけどね!」

 モモミは引き金に指を添える。

 しかし、引かれることはなかった。

 糸が、モモミを捕らえて絡めたのだ。

 これはミアのヨーヨーだ。

「そういうのってね、引かなきゃ当たりも外れもないのよね!」

「は、あんたのこと、忘れていたわ!」

 モモミは両手の銃を捨てて、指をパチンと鳴らす。

 するとモモミの胸元からダークマターが現れる。

 これはネガサイドが得意とする魔法。生命の無い物体を魔獣へと造り変えるダークマター。

「おもちゃと戯れなさいな、遊戯の勇士!」

 ダークマターは工場へと光の速さで飛んでいく。


キィィン!!


 一瞬のあとにミアへ歯車のようなものが飛んでくる。

「うわっちッ!?」

 ミアはすんでのところでかわす。

「こ、これは……『ガジェット少年テム』のギアパーツじゃないの!」

 赤・黄・青の三色のギアが宙を舞う。

「ダスクレッド! ボルトイエロー! ウィングブルー!」

 当然ミアはそれらのアイテムがなんなのか、どう使われる理解していた。

 ダスクレッドはその鋭い刃を燃やしてチェーンソーのようにミアに襲いかかる。

「ってただの体当たりじゃないの!」

 ミアはかわしながら文句を言う。

 しかし、攻撃は続く。ボルトイエローは電撃を放ち、ウィングブルーは水を発射する。

「違う違う! そんなこと使うためにギアパーツはあるんじゃないのよ! あんた、さてはアニメ見てないのね!」

「だってそんなもの見てられないし!」

 その一言を聞いたミアは目をカッと見開く。

「あんたはあたしを怒らせたぁッ!」

 大好きなアニメを冒涜するような悪事。

 これほどまでに徹底的に叩き潰さなければならないと奮い立たされたのは初めてだ。

「絶対に絶対、ぶっ潰す! こんなこと許してたまるかってのよッ!」

 ミアはアッパーカットを繰り出す。

「ライジングストローク!」

 ヨーヨーがものすごい勢いで空へと舞い上がり、ウィングブルーを叩き落とす。

「ひとーつ!」

 ミアは高らかに言う。そして残った獲物へ向かって睨みつける。

「あとふたつ!」

 それはさながら全力で獲物を仕留める猟犬の目であった。

「何がそんなに腹立たしいのかしら?」

 モモミにはわからなかった。ミアがそこまで怒っているのか。

 もちろんカナミにもわからなかった。が、これはチャンスであった。

 モモミの注意がミアにそれた一瞬。その一瞬で落ちたステッキへ転がり込んだ。

「せせましいことね」

「一瞬でも逃したら生命取りなのよね!」

「その判断は正しいわよ。でも、その行為はよろしくないわ!」

 モモミは一発撃つ。カナミはそれに応じる。

 それが第三ラウンド開始の合図であった。

「ジャンバリック・ファミリアッ!」

 輪っかの鈴がカナミの周囲を飛び交い、ビームを放つ。

 輪っかから何十発発射され、モモミに負けていた手数が互角になった。

「その魔法は知ってるわ!」

 モモミは撃ち合いをやめて、魔法弾とビームをかいくぐり、距離を取る。

 しかも工場の棟を背にしているせいで迂闊に攻撃が出来ない。

「卑怯よ!」

「卑怯が悪の常道だからね!」

 飛び道具は封じられた。それなら接近戦で戦うしかない。

 そうなるとさっきの二の舞になるのは目に見えている。

「どうしたの、こないの?」

 いけるはずがない。カナミはモモミからの銃弾を防ぐのには精一杯である。

「あの卑怯者をどうやったら倒せるのよ!?」

「被害を気にしなければいいのよ!」

「気にするわよ! これ以上借金増えたらどうするのよ!」

「あんたが破滅するだけの話じゃない!」

「破滅なんてね、だけですむわけないでしょうがッ!」

 カナミの頭に血が上ってきた。

 こうなったら、なんとしてもあの小生意気なピンクをぶっ飛ばしてその鼻を明かさなければならない。

「待て、そんな安い挑発に乗るな」

 肩に乗ったマニィが制止する。

「乗るでしょ、安物女なんだから」

「誰が安物よぉ!」

 しかし、カナミはどうにも挑発に乗りやすいタイプであった。

「ダメだ……思うツボだ」

 マニィは呟いた。だが、カナミの耳には届かなかった。

「仕込みステッキ『ピンゾロの半』!!」

 必殺の太刀でモモミへと斬り込む。

 しかし、これはモモミにとっては来るとわかっていたもの。

 来るとわかっているのなら簡単に対応できる。

 真正面から斬り込んでくるのだからそこに射線を集中させればいい。

「ハードボード・シールド!」

 カナミは前に赤と緑で彩られた円形の盾を出現させる。

 これで百発以上の銃弾を防いで、突進する。

「おりゃあッ!!」

 ついに刃が届く距離までやってきてモモミへ一太刀浴びせかかる。

「甘いッ!」

 しかし、それはモモミには予想できた一撃。

 銃を掲げて、あっさり防ぐことができるモノに過ぎない。


――はずだった。


「――ッ!?」

 真っ二つになった黒鉄の銃が宙を舞う。

「魔法の鉄鋼製だったのに!」

 これにはモモミも驚愕せざるを得なかった。残ったもう一丁の銃で反撃することさえ忘れて。

「まだよ!」

 続けてカナミはもう一太刀入れる。

「させるかってのよッ!」

 モモミは銃に両手をそえて、太刀を防ぐ。


キィィィィン!!


 甲高い金属音が鳴り響く。

 お互いの距離も近い。少し手を伸ばしただけ互いの顔に届く距離。お互いがお互いの顔しか見えない、そんな中で視線をかわして、その間に文字通りの火花を散らす。

「ちょっと見くびっていたわ!」

 モモミは少しばかり考えを改める。

「あんたを見くびっていたことなんてなかったわ」

 カナミは覚えている。

 アルミとまともに戦えていた。

 その時点で、カナミにとってモモミはどんなにむかつく存在であろうと、油断できない、全力で当たらなければならない存在であると。

「あんた、あたし達のところに来る気ないわけ?」

「あるわけないでしょ!」

「どうして?」

「あんたが気に食わないからよ!」

「よかった、あたしもよ。あんたが気に食わなくてたまらない!」

 モモミは臼歯をむき出しにした笑顔を見せる。

 極上の獲物を見つけた猟犬のそれであった。

「大っきらい! 殺したい!」

「殺したくないんだけどね、私も大嫌いよぉッ!」

 二人の声に呼応するかのように火花が花火のように炸裂し、閃光が包む。


ドン!!


 再び二人は距離を取る。

 しかし、それでも一足飛びで刃が交わる程度の距離であった。

「いい、いいわよ! 今のあなた、すごくいいわよカナミ!」

「テンション高いね」

 マニィが呆れるようにカナミへ耳打ちする。


ドゴォン!!


 そこへボルトイエローを破壊したミアがやってくる。

「さあて、残りはあんただけよ!」

 三体のギアパーツを倒しても怒りが収まらないミアはモモミを見据える。

「あんたもいいじゃない、気に入ったわ。大嫌いよあんた達」

 モモミはミアを見てそう言った。

「なにイカれてのよ、このクソピンク!」

「ミアちゃん、そういう言葉はこいつには通じないわ」

「そうね、カナミには借金って言葉しか通じないみたいにね」

「そ、そういうことは今関係ないんじゃないかな」

「褒めてるのよ、借金で通じるだけマシだって」

 それ褒めてるのかな、と疑問を浮かべるカナミであった。

「ま、今日のところはこれぐらいにしときましょうか」

「あんた、逃げるつもり?」

「私、これでも忙しいのよね。もっと楽しみたいのだけどね」

 モモミは時間を惜しむかのように遠くを見やる。

「冗談、このまま逃がすと思ったら大間違いよ」

 ミアはヨーヨーを構える。

 好きなおもちゃを汚されて、相当ご立腹のようだ。

「でも、あんた達はあの歯車、放っておいて大丈夫なのかしら?」

 モモミの言葉とともに工場の方から爆音が上がる。

「まさか三つだけ怪人にしたと思った?」

 モモミはニヤリと嘲り笑う。

「ま、残りは工場壊すって命令に忠実だから早くしないと請求料が大変なことになるわよ」

「ああ、もうッ!」

 モモミの嫌味にカナミは癇癪を起こす。

「そういうの聞けてすごくよかったわ、じゃあね」

 モモミはそう言って笑顔で去っていく。

「まったくとんでもないもんやってくれるわね!」

 ミアは工場の方へ向かう。

「一体残らずぶっ壊してやるわ!」

「わああああ、壊すな壊すな! 請求が請求が性急にぃぃッ!」

 ミアは怒り心頭、カナミは錯乱状態。

 まともな戦いができるはずがなかった。




 結局、工場は半壊になってしまった。

「ごめんなさい! すみません! 申し訳ありません! お許し下さい! もうしません!  お詫びいたします!」

 かなみは思いつく限りの謝罪の言葉を土下座しながら口にした。

「まあまあ、かなみちゃん。顔を上げてよ」

 彼方は優しく言う。

「かなみちゃんもみあちゃんも頑張ってくれたおかげで半壊で済んだことだし、僕は感謝してるよ」

「それじゃあ……」

 かなみは涙で濡らした顔を上げる。

「うん、請求は依頼料から引いておく安心していいよ」

 とてつもなく爽やかな笑顔で告げる。

 この顔で「君が好きだ」と愛の告白でもしようものなら大抵の女性は恋に落ちるだろう。

 しかし、かなみは再び顔を伏せる。

 ときめいたからではない。告げられた死刑宣告にも似た返答に絶望したからだ。

「あ~親父そういうとこシビアだから」

「うぅ、助けてみあちゃん」

「むーり、助けたら借金うつるでしょ」

「そんな、人をウイルスみたいに……!」

 かなみはみあにすがりつく。

「うーん、いい光景だね。写真にとっておこう!」

 彼方はその様子を見てニコリと微笑み、カメラを構える。

「って、そのカメラいつから持ってたのよ!」

「子供はそういうこと気にしなくていいんだよ」

「気にするわ! 

っていうかとるな! こんなみっともないの!」

「みあちゃんからもお父さんに頼んでよ! このままじゃ私借金がまた増えちゃう!」

「そんなこと言ってもどうにもならないわよ! つーかとるな! クソ親父とるな!」

「そうだ、その写真を売ればいくらか借金の足しになる! さあ、お父さん、どんどんとってください!」

「いや、あたしを売り飛ばそうとするなぁぁぁッ! つーか親父もいいアイディアだねって顔してるんじゃないわよ!」

 後日、かなみは鯖戸から正式に給料の減額を宣言され、みあのアルバムに一枚、写真が増えたのであった。

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