第24話 轟音! ほとばしる銃火と爆炎が少女達の玩具 (Aパート)

 逞しい鉄の腕は大木をなぎ払い、柔軟にできた獣の足は車よりも速く、剛毛な毛で覆われた身体は銃弾をも弾く。

 悪の秘密結社が作り上げた怪人の驚異は、警察の手におえるようなものではない。

 ゆえに退治するには正義の味方が必要である。

「ギアチェーンジ!!」

 体内に仕込まれた機械仕掛けの歯車が回り出す。

 それは人間から機械の身体へと変化する合図。

 悪を根絶やしにする願いを一身に纏い、戦いに身を投じるための姿であった。

「ギアデッカー参上!」




 颯爽と登場する特撮のヒーローを見ていたかなみは、

「みあちゃん、好きだよね……」

と傍らに座っているみあに言ってやる。

「べ、別に好きってわけじゃないわ! ただテレビでやっているから見ているだけよ!!」

 別にテレビを見なければいいのに、と思ったがそれを言って問い詰める気にはなれなかった。

「ソニックケイデンス!」

 テレビの向こう側で高速回転キックが炸裂する。

 爆音上げて、火花を散らす。

 その様はド派手で、思わず目を引く。

「このキック、使うとスカートがめくれるわね……」

 みあがそう呟いた。

 こういったヒーローの技を自分が使うことへ考えているのは魔法少女らしいというか、みあらしいというか。

「でも、かなみならできるかも……」

「私も無理だから!」

「いくら積んだらやるわけ?」

「じゅ、十万……」

 そこで真剣に考えて答えてしまうのが悲しい習性であった。

「オヤジなら本気で十万積みそうだけど……」

「う、うーん……」

 それならやってもいいかな、と思ってしまう。

 自分の魔法で出来るか出来ないかはこの際置いておく。

 『機械刑事ギアデッカー』

 日曜の朝から中学生と小学生の女の子が特撮を見ながらなんて会話をしているんだと思わなくない。

 しかし、これが想像以上に凝っていて見応えがあるものだから悪い気がしない。

 特に主人公が何日も徹夜で張り込みしながらアンパンと牛乳を食べるシーンは自分と重ねずにはいられない。

 とはいっても、戦闘シーンももちろん見応えはあった。

 みあの部屋に泊まって、朝起きたらみあが見ていたのでつられてみてしまった。

 みあはよくごまかすが、どうやらみあはアニメや特撮が大好きらしい。特に男の子向けのロボットものやアクションたっぷりの特撮をよく見ている。

「ところで、このあとやる『衣装乙女オトメリル』っていうのも見るつもり」

「よ、よく知ってるじゃない……?」

 みあは当分テレビの前から離れるつもりはなさそうだ。

 こんなにゆっくりしていられるのは久しぶりだ。

「いや、寝過ごしてしまったか」

 リビングにやってきたみあの父・彼方かなたは苦笑いした。

「おはようございます」

「おはよう。みあちゃんは相変わらず休みの日は早起きだね」

「あははは、私はゆっくりしたかったんですけどね」

「そうそう、休みの日はゆっくりしてるのがいいよ」

「まったくその通りです」

「なにいってんの!? 平日の朝、寝坊しても遅刻するぐらいですむけど日曜はテレビを見逃しちゃうのよ!」 

 みあは大いに力説する。

「遅刻するぐらいって……」

「たははは、そりゃ重大だね」

「かなみ、あんたも見るのよ!」

「ええッ!?」

「魔法少女の戦い、参考にして強くなるのよ!」

「え、そ、そういうことなら……」

 かなみはみあの隣に座って見てみる。

 しかし、改めて見てみあの家のテレビは大きい。

 映画並みといっていいぐらい高画質で、くっきり見える。

 このテレビ、いくらで買えるんだろう。

 給料何ヶ月分かな。

 まあ、今の状態だとまともにテレビを見ることさえできないのだから宝の持ち腐れになるのは目に見えている。なんて、今やっているアニメそっちのけで考えていた。

「この攻撃、使えないかしら?」

 テレビの少女が大きく手を広げるとフリルがはためき、風が巻き上がり、嵐になる。

「私達じゃ、無理なんじゃない?」

「ヨーヨーの回転で竜巻を作るっていうのはどうよ?」

「そんなこと、できるの!?」

「魔法に不可能はない、っていつも社長がいってるでしょ」

 みあはヨーヨーを投げる真似をしてみせる。

「うんうん、建設的な会話だ。さすが我が娘だよ」

「そこは父親として喜ぶところなんですね」

「か、勘違いしないで! あたしはこうやって魔法少女の戦いを研究するために見ているだけよ。別にアニメとか特撮とか好きじゃないんだから!」

「うんうん、わかってるよ。ベッドの下にあるディスクも全部資料なんでしょ」

「ちょ、なんであれを知ってるわけ!?」

「ははは、父親が娘のことを把握するのは、至極当然の常識ではないか」

「かっこよく言ってようは、のぞき見たんでしょ!」

「その行為もまた自然の摂理というやつだ」

「じゃあ、ここであんたをぶち殺すのも当然の成り行きってやつよね!」

「ははは、まだ十歳の娘を犯罪者にするわけにはいかないな」

 そう言って彼方は逃げ去っていく。

「ほほう、それじゃあんたが書斎の奥で大事にとってあるディスクを割っても文句は言えないってわけね」

 彼方はビクッと静止する。

「ごめんなさい。もうしませんからそれだけ勘弁してください」

 そして、一瞬でみあの目の前に現れて土下座する。

(うわあ、大企業の社長が土下座って…‥)

「かなみちゃん……大の大人が土下座なんて情けないと思ってると思っているだろう?」

「え、はい!?」

 突然の振りにかなみは思わず返事してしまう。

「しかし、なあ! 社長といえども時には譲れない地位や誇りのためにあえて恥を忍んで泥をすすらなければならないものなのだよ!」

 彼方の言っていることは理解できる。

 しかし、彼の言うその時というのが、今とは到底思えないかなみであった。


ドン!


 そんな彼方の下げた頭にみあは容赦なく足を踏んづけた。

「ぶべッ!?」

「み、みあちゃん!?」

「そんな土下座で許されると思ってるのか、クソ親父!」

 およそ十歳の少女から発せられたとは思えないドスの利いた声とともに見下す。

 傍から見ていたかなみでさえ思わず身震いする。

「土下座なんて一文の値打ちのないものやられても、こっちの怒りは引っ込みゃしないのよ! オラ、出すもん出してやから詫びなさい!」


ドスン! ドスン! ドスン!


 一回、二回、三回、と容赦なくみあは踏みつけていく。

 その姿にかなみはガクガクとしながらも止めなくてはと良心の呵責がこみ上げる。

「み、みあちゃん……そろそろやめてあげたら……」

 しかし、その声はみあに届いてもきくわけがなかった。

 そうこうしているうちに、彼方の伏せている頭の周りの床が血に染まっていく。

「こ、これで勘弁してください……」

「ふん、今日はこれぐらいで勘弁してあげるから。次やったら生命はないものと思いなさい!」

 そう言ってみあは足をどける。

「……はあ」

 ようやく足がどけられて、彼方は顔を上げる。

 すると、鼻血で顔を真っ赤に染めつつも、微笑みを絶やさない彼方の壮絶な顔があった。

「さあ、気を取り直して朝食にしようか」

「どの口が言うのよ」

「あはは、逞しいお父さんだね」

 かなみはもう苦笑いするしかなかった。




「ってことがあったんですよ」

「みあさんのお父さんってすごく個性的なんですね」

 オフィスで休日の朝の一時を紫織と翠華に話したら、二人共苦笑した。

「でも、みあちゃんは……かなみさんに、よく泊まっているのよね……」

 翠華はか細く呟く。

「どうしたんですか、翠華さん」

「あ、いえ、なんでもないわ!」

 翠華は手をパタパタ振るわせる。

「ね、ねえ、かなみさん……みあちゃんの家にたまに泊まってるの?」

「え、うん、みあちゃんが泊まってけって、強引に言うから」

「みあさん、そういうところありますよね」

「そ、それで、おいしい料理とふかふかのベッドにつられてのこのこついていってるということなのね」

「す、翠華さん、そういう言い方は……確かにそうなんですけど……」

「なるほど、みあさんはふかふかですものね」

「え……!?」

 翠華に衝撃が走る。

「か、かか、かなみさん……! みあちゃんと一緒のベッドで寝てるの!?」

「え、あ、はい……! みあちゃんの部屋のベッドが大きくて二人入っても大丈夫だから!」

 かなみは大きく狼狽する。

 やましいことは何もないはずなのに、どうして翠華に迫るとこんなにも焦らされるんだろう。

「まるで浮気を迫られている甲斐性無しの彼氏みたいですね」

「紫織ちゃん、何言ってるの!?」

 そこへひと仕事終えたみあがやってくる。

「はあ、疲れたわ……なんか、お菓子ない?」

「あの~みあさん、今来るのは非常にまずいと思うんです……」

「え、なんで?」

 と訊いたみあだったが、かなみに迫る翠華を見て納得する。

「あ~そういうわけね」

 と、みあは黙って戻ろうとする。

「あ! みあちゃん待って!」

 かなみに気づかれて、みあは硬直する。

 ああ、これはもう手遅れだ。

 幼いながらも、みあはそう悟った。

「みあちゃんからも説明してよ!

翠華さんが中々わかってもらえなくて!」

「あんたでダメならあたしも無理よ。第一めんどくさいし」

「そ、そうね……みあちゃんからも詳しく聞いた方がいいわね!」

「あたしを巻き込むなッ!」

「こ、これは……修羅場というやつですか……」

「紫織ちゃん、なんだか誤解してないかな?」

 かなみは苦笑した。

 その後、みあは翠華から質問攻めされた。

「もう絶対……あいつ、泊めない……」

 髪をボサボサにして疲れきったみあがそう呟いた時には、さすがにかなみは焦った。そして、みあはまた疲れた。

 何しろ、かなみにとっては死活問題であった。

 そんな折、ドカンと音を立ててあるみがオフィスに入ってきた。

 もうすっかり慣れた物音だ。

 だが、妙に懐かしささえ感じるようになってきた。

 とはいえ、彼女自身が入ってきたのを条件反射で身を隠したくなるのはもう習慣なのでどうしようもない。

「かなみちゃん、仕事を持ってきたわよ!」

 しかし、今回は例外であったようだ。

「仕事ですか!」

 かなみはすぐにあるみに寄った。

「あ~、あとみあちゃんもね」

 つまり、今回はかなみとみあのペアで仕事を取り組む。

「なんであたしまで……」

 みあは気だるげにあるみの方へ寄る。

「それで、今回の仕事ってなんですかッ!?」

 かなみは即座に食いつく。

「まあ、落ち着きなさいなって。今回の依頼はみあちゃんのお父さんからだからね」

「はあ、親父が!?」

「そういえば、みあちゃんのお父さんって私達が魔法少女だって普通に知ってるんですね?」

「業務の都合でね。まあ、古い知り合いってこともけどね」

「古いって、どのくらいですか?」

「それは企業秘密よ。相手が大企業になると口も固くせざるを得ないからね」

「大企業ってそんな闇抱えてるの、みあちゃんの会社って?」

「人聞きの悪いこといわないで!」

 みあの父親は全国に様々な子供向けの玩具を展開しているアガルタ玩具の社長。当然、みあも社長令嬢というわけなのだが、社長が多忙のせいで滅多に家に帰ってこられない。

 この前はタイミングよくかなみが泊まっているときに仕事の方も一区切りついたから帰ってこられたみたいだ。

 そんな彼とみあの関係はみあ本人は否定しているものの良好に思えた。

 いい親子だな、かなみが羨ましくなるぐらいであった。

「企業秘密なのにペラペラしゃべるような奴よ。あんな口が社長やってるなんて信じられないぐらいにね」

「あはは、私は社長とみあちゃんのお父さんしか知らないからよくわからないけど」

 少なくともあるみの方は軽率とは無縁の雰囲気に思えた。

「まあ、それはおいといて……依頼の話はね」

「あたし、やめてもいいかしら?」

「ふうん、気が乗らないの?」

「親父からの依頼っていうのがね……」

 みあは気に食わないようだ。

「だったら、私が頑張りますからそのぶん、二人分のボーナスを私にください!」

 それを聞いて、みあはムッとした。

「いいわ。聞くだけ聞いてあげるわ」

「どうしたの、みあちゃん」

「べっつにー」

 みあはかなみからそっぽ向いた。

 何が気に障ったのか、かなみには想像もついていない。

 みあ自身も、まさか自分を必要とせず一人で依頼を受けようとしているかなみが気に食わないといった苛立ちの正体にきづいてなく、ただ何となくイラッときただけの理由であった。

「依頼内容は、簡単に言ってしまえばアガルタ玩具の下請けの工場の防衛ね」

「防衛?」

「下請けの工場って何よ?」

「あなたなら想像がついてるんじゃなくて?」

「そういうもったいぶった言い方は嫌いよ。はっきり言って」

「単に説明が面倒なだけよ」

「そこはちゃんとしてくださいよ」

 かなみのぼやきを無視してあるみは続ける。

「おもちゃの生産工場よ」

「そういうことね」

「え、どういうこと?」

 察しが悪いわね、と言いたげにみあはため息をつく。

「前にネガサイドが新製品のおもちゃをダークマターで操って街中を大暴れしたことあったでしょ」

「ああ!」

 みあに言われて思い出す。

 突然夜中にネガサイドがアガルタ玩具で大量生産された新製品のロボットが大挙して現れて、最後にはそのロボットが一斉に集まって合体して、ビームの一斉発射でビル街を薙ぎ倒していった、そんな出来事が以前あったのだ。

「あのときは本当に死ぬかと思ったわ」

 かなみはその時の惨状を思い出して、自分って案外悪運強いんだなと感慨にふける。

「また、操られた暴れだしたら今度こそ信用ガタ落ちよ」

「そうか、みあちゃんにとっては死活問題だよね」

 かなみはあの高級アパートを追い出され、夜逃げのように夜の街を泣く泣く歩くみあとその父親の姿を思い浮かべた。

「あんた、今すっごくむかつく想像したでしょ?」

 それをみあは鋭く見抜く。

「してないしてない!」

「まあ、そんなわけだからネガサイドのいいようにやられないようにね。みあちゃんの夜逃げがかかっていることだし」

「はい! みあちゃんを路頭に迷わせることだけはさせません!」

「かかってないから!」

 みあは否定する。

 その間、あるみはマニィに封筒を食べさせる。

「さ、道案内は任せてくれ」

「行きましょ、みあちゃん」

「ええ……」

 かなみに手を引かれるみあは恥ずかしげであった。

 そんな様子を翠華は見て思う。

「かなみさんって年下が好きなのかしら?」

「ウシシ、年齢の差は努力じゃ埋められないぜ」

 翠華は落ち込んで、この日はまともに仕事が手につかなくなった。




 おもちゃ工場にやってきた。

 入口の検問を通るところで警備員に呼び止められる。

「阿方みあよ。話聞いてないの?」

 みあが平然と返したことで警備員は確認をとる。

「ひょっとして君が……まてよ、その顔は……」

「お父さんの名前は?」

「阿方彼方」

 みあはうんざりするような顔でその名前を言った。

「ああ、あなたがみあさんですか」

「みあちゃんを知っているんですか!?」

「そりゃ、阿方社長が来るたびに娘の写真を見せて自慢していますからね」

「あの親父……なんて恥ずかしいことしてんのよ」

 みあは怒りで震えた。

「みあちゃん、落ち着いてね。それだけ、みあちゃんが可愛いってことなんだよ」

「あ、社長のIDカードにも一緒に映ってますから社員は全員覚えていますよ」

 火に油が注がれた

「ぶっころす」

「ああ、みあちゃん落ち着いて!」

「おとおりください」

 警備員は無表情で言ったので、かなみはこの人は面倒を避けたなと思った。

「あんの親父……! 帰ったらぶち殺してやる」

「ああ、今夜はみあちゃん家に泊まれない」

 元から泊まるつもりはなかったのだが、今日は絶対によからぬことが起きる気したので、あのマンションには近づきたくなかった。

「でも、みあちゃん……そんなにお父さんに愛されて、羨ましいかな」

「あんた、自分の写真を胸につけて会社中を歩き回る父親が欲しい?」

「え、うーん……」

 かなみは想像してみる。

 あの父親の胸にかなみの写真を貼って歩くのはありえないが、あまり愉快な絵面ではなかった。

「うーん……」

 かなみは重苦しく頭を抱える。

「ね、イヤでしょ?」

「みあちゃん……お父さんから写真をとりあえず取り上げるべきね」

「取り上げるぐらいじゃあきたらないわよ! ビリビリ破りさいてつきかえしてやるわ!」

 みあは怒りの炎を燃え上がらせる。




「やあ、みあちゃん。待ってたよ」

 そして、工場に入るやいなや数秒後に彼方が出迎えてくれる。

 ピッチリとしたスーツに首元からたれるIDカード。そして、それと一緒にはねる娘のみあの愛らしい笑顔の写真が見える。

「なんで、お父さんがここに!?」

 驚くかなみ。しかし、隣にいたみあは即座に行動を移す。

「うおらぁッ!」

 ヨーヨーを投げ飛ばす。

 魔法で出したものではない、実際に隠し持っていたヨーヨーで。

「ごふッ!?」

 ものの見事に眉間に命中し、彼方は後方に飛ぶ。

「よっし、会心の一撃!」

 みあはガッツポーズをとる。

「み、みあちゃん、なにやってんのッ!? っていうかそのヨーヨー、なにッ!?」

「自分の獲物ぐらいいつも持ってなくちゃ魔法少女とはいえないわよ!」

「ええ、そうなの!? 私、仕込み杖でフツーに銃刀法違反なんだけど!

「あたしも錫杖持ってる中学生はイヤよ。なんか線香臭そうだし」

「みあちゃん、ひどい!?」

「僕はひどくないのかな?」

 彼方は即座に立ち上がる。

 その顔は額が割られて血が滴り落ちているのに顔は笑っている。正直怖い。

「ひどいな、みあちゃん。せっかく来てくれた娘を出迎えたのに、挨拶代わりにヨーヨーをくれるなんてね」

「どの面下げて言ってんのよ。その口、二度ときけないようにしてやるわ!」

「ストープ! みあちゃん、その歳で犯罪者になっちゃだめー!」

「大丈夫よ、九歳なら情状酌量の余地が十分にあるから」

 みあの瞳が妖しく輝く。

「いや、ちょっとそのリアルな話はやめて!」

「ふむふむ、父親として娘を犯罪者にするわけにはいかない」

「あなたが元凶であり、被害者なんですけど……」

「いや、この二人といると君の新しい芸風を切り開けそうだね」

「あんたは黙ってなさい!」

 かなみの肩の上に現れたマニィをはたき落とす。

「っていうか、あんた出てきて大丈夫なの!?」

「うん、彼方とは顔見知りだからね」

「ああ、そういえば社長がそんなこと言ってたわね」

「うん、おたくの社長とは古い付き合いだからね」

「社長の人脈ってすごい謎よね……」

「訊いても企業秘密ではぐらかされるわよね」

「いやあ、彼女はとても魅力的な女性だよね」

 彼方は照れ笑う。

「そういえば、みあちゃん……前にみあちゃんが社長の隠し子なんじゃないかって話あったわよね?」

「忘れなさいよ。そういうの」

 みあは顔を真っ赤にして言う。

 今にして思えば恥ずかしい勘違いなのであった。

「いや、みあちゃんのお母さんはもっと可愛い人だったよ」

「うわあ、聞いていたのッ!?」

「お父さん、さりげに地獄耳なんですね」

「現代は情報社会。耳聡く無ければ生き残れないのさ」

「かっこつけても、盗み聞きが悪趣味なことにかわりないわ」

「うーん、みあちゃん容赦ないね」

「それより、みあちゃんのお母さんってどんな人だったんですか?」

 かなみは純粋にそこに興味があった。

「それはまた今度にしようか。今は仕事中だしね、また泊まりにきたとき、じっくりたっぷり聞かせてあげるよ」

「かなみ……あんた、なんてこと言ってくれちゃってるのよ」

 みあが恨めしげに睨んでくる。

「え、どういうこと……?」

 かなみは今自分が踏んではいけないものを踏んでしまったことに気づいていなかった。




「さあ、ここが我が社が誇る看板商品の生産工場だよ!」

「おおッ! アルヒ君とミーアちゃんだぁッ!」

 かなみは大いにはしゃぐ。

 アルヒ君とミーアちゃんはかなみが幼少時代の頃から好きな男女ペアの人形で、アガルタ玩具の代表的な商品であり、今もなお子供達に親しまれている。

「かなみちゃんはアルヒ君とミーアちゃんが好きなのかな?」

「はい、好きです!」

「いい歳して人形ではしゃぐなんて恥ずかしくないの?」

 みあは嫌味たっぷりの笑顔で言ってくる。

「でも、みあちゃんの部屋にもいくつか置いてあったよね、ホントは好きなんでしょ?」

 しかし、気持ちが高揚しており、なおかつみあの事をよく知っている。

「うん、僕がプレゼントした二組とは別に三組買い足してるみたいだしね」

「なんでそんなこと知ってんのよおおッ!」

 みあは蹴り飛ばす。

「みあちゃんのことで僕が知らないことは無いよ」

「すごい親ばかですね」

 かなみが思わず引いてしまうほど、彼方から凄みを感じた。

「じゃあ、かなみと一緒にお風呂に入った回数とどっちが多いのかな?」

「むむッ!?」

 みあにそう言い返されて彼方は歯噛みする。

「あの、みあちゃん、そういうこと言うと、まずい気がするんだけど……」

 そしてかなみの悪い予感が当たったことを示すかのように彼方が睨んでくる。

「かなみちゃん、どうも君とは宿命のライバルになれそうだね」

「えぇッ!? なんのですか!? っていうか、すっごくお断りしたいんですけどッ!」

「かなみ、あきらめなさい。親父はしつこいから、わかるでしょ?」

「みあちゃん、どうしてくれるの……ッ!」

「まあ、とりあえずみあちゃんがさびしくてベッドをぬらして高級シーツを台無しにしてしまったのを知っているのは僕だけだからね」

 彼方がわけのわからない自慢を始める。

「そんなこと言わんくていいわ、クソおやじぃぃッ!」

 みあは彼方の腹に思いっきり拳を打ち付ける。

「ぐほッ! 我が娘ながら見事なボディブロー……さてはインテリアで置いておいたサンドバックで特訓していたな」

「なんてものをインテリアにしてるんですかッ!?」

 かなみは思わず突っ込みを入れる。

「あれ、でも……サンドバックになんてありましたっけ?」

 冷静に考えてみると、見覚えが無かった。

「僕の寝室においてあるんだけど……みあちゃんはこっそり入ってるみたいでね」

「な、ななな、なんでそんなことわかるのよッ!?」

 みあは大きく狼狽する。

「だから言ったろう。みあちゃんのことで僕が知らないことはないって」

 彼方は得意げに高らかに宣言する

「そして君に負けるつもりは毛頭ないよ、かなみちゃん」

「私を巻き込まないでください」

 かなみは疲れた。




「あ、あれ、『ガジェット少年テム』のギアパーツじゃないですかー!」

「おや、知っているのかい?」

「この前、みあちゃんと一緒に見ましたから」

 ちなみにギアパーツというのは、アニメの中で少年テムが使用する超科学の結晶であり、見た目は歯車のようなものである。

「む、それはうらやましいことで」

 どううらやましがられているのか、かなみにはよくわからなかった。

 アニメ自体はそこそこ面白かったものの、二十六話分を一気に見せられてかなり疲れたし、休日一日つぶれてしまった。

「僕なんか特撮の可憐ライダーを初代から一気見につき合わせたことがあるけどね」

「何に付き合わせてるんですか、お父さん」

「あれはいい迷惑だったわよ……まあ、悪くなかったけどね」

 ああ、それで可憐ライダーのフィギュアとか部屋にあるのねとかなみは密かに思った。

「しかし、見学コースはこれで最後だね」

「まさか、ここで工場見学ツアーに入るとは思いませんでしたよ」

「うん、せっかくみあちゃんが来てくれたからね。社長業ほっぽり出してやってきたんだよ」

「ほっぽり出してちゃダメでしょ!」

「それは冗談だよ。これも業務の一環なんだよ」

「お父さんが言うと冗談に聞こえませんよ」

「ああ、今のは寒気が走ったわ」

 みあは彼方を避けてかなみに身を寄せる。

「むう、さすがは僕のライバルだ」

「だから、何のライバルですか……」

 かなみはまた疲れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る