第23話 窃盗! 少女の手並みは糸紡ぎ (Bパート)

「え?」

 かなみはドキリとさせられた。

 今まさに翠華と口論しているときにやってきて、それでは話したかったのは翠華とのことだなんて。

 まるでさっきまでの様子を見ていたかのようだ。

 そういえば、千歳は感知能力に長けていたはず。そんな千歳がお客を見逃すようなことをするなんてありえないといってもいい。

――ひょっとして。

「ねえ、翠華ちゃんはどうなの?」

「ど、どうって言われても…‥」

「あの娘、なんだか思いつめてたみたいだから……」

「あ、うぅ……」

 かなみは答えに戸惑った。

「ひょっとしたら、原因はかなみちゃんにあるのかなって思ってね」

「え?」

 ずばり、その通りだ。

 やはり、この人は自分達を見張っていたのではないか。

「かなみちゃんの借金のことで、思いつめて」

「そ、そんなに気を使わなくてもいいと思うんですけど……」

「気を使うなっていうのも無理な話なのよね」

「ど、どうしてですか?」

「あんたね……あれだけ一緒にいて、仲間が抱えている問題を悩まないとでも思ってるの?」

「う……」

 言われてみればその通りであった。

「特にかなみちゃんの借金問題は会社の中で一番、でぃーぷな問題だからね」

「う!」

 かなみは刺を突き刺すような発言の連続でひざをつきかけた。

「それで、翠華ちゃんはどうなのよ?」

「それが……翠華さんが自分の給料を私の借金返済にあててくれ、って言ってきて……」

「はあ~」

 千歳はチラリと翠華を見てみる。

「あるみが言っていたけど、いつかこうなるんじゃないかって……」

「え、社長が!?」

「でもって、あんたが断ることも折り込み済みだったみたい」

「あうぅ……社長にはお見通しだったのね」

 そこまでかなみは気づく。

「それだったら、私がどうやって断るのかも話したんじゃないの?」

「残念ながらそこまで聞いてないわ」

「――使えないわね」

「かなみちゃん、そういうことは思っていても――」

「はうッ!?」

 かなみの手が勝手に動く。

「いうものじゃないわよ」

 千歳が指を軽く動かしただけでかなみは関節をきめられたかのように動かされる。

「あぐぐッ!?」

「次言ったら折るわよ?」

「ごめんなさい、ごめんなさい!」

 千歳は指を下ろす。

 千歳は糸を操る魔法少女。見えない糸を自由自在に操作して、かなみの腕を無理矢理動かすのは造作もない。

 派手さはない、地味に恐ろしい魔法だとかなみは思い知らされた。

 しかし、この人の場合、それ以上に怖いところは別にあるような気がする。

「それで、かなみちゃんは受け取らないつもりなのね?」

「は、はい……」

「どうして?」

「だって、あれは翠華がかなみのために用意したものよ」

「でも、お金をもらうのはちょっと違う気がするのよね……」

「違うってどこが?」

「うーん、うーん……」

 かなみは頭を抱える。

「あ、お客さんがいなくなっちゃったわよ」

「――え!?」

 かなみは振り向く。確かにさっきまでお客の姿がいない。

「そんなバカな、ありえないわ!?」

「ちょっとよそ見している間にどっかいくのなんてよくあることじゃない」

「そういう問題じゃないわ。

 週間少年シャンプー、ヨンデー、メガジン、スコーピオン……これらを全部立ち読みするにはもっともっと時間が必要なはずよ!」

「えぇっとなにそれ?」

「千歳さん、知らないの!? コンビニの立ち読みっていったらこれを読破するのが常識よ」

「あと、りろんとか、なかおちとか、キラリとかも読むわね」

「そ、そうなの? 漫画とかよく知らないんだけど面白い?」

「面白いから読むに決まってるでしょ」

「でも、お客さんはそれを読まずに帰ったというわけね」

「うーん、ありえないわね……」

 かなみが両手を組んで考える。

「お!」

 千歳が急に右手を挙げる。

「獲物が糸に引っかかった!」

「どういうことですか?」


オエウイアー!


 怪物の鳴き声が外の方からする。

 かなみ達は慌てて、外に出る。

 するとさっきのお客が空中に制止しており、苦しそうに怪物のような鳴き声を上げている。

「こ、これは……!?」

 お客はまるで蜘蛛の糸の巣には引っかかった虫のようにもがいている。

「さっき入ったときに、簡単に出られないように糸を張り巡らせておいたのよ」

「そんなことしてたんですか?」

 翠華は驚くとともに感心する。

「でも、それってあの人が普通のお客だったら危なかったよね?」

「そんなこと、私が考えていないとでも思ったわけ?」

 千歳は得意げに言う。

「この糸は悪意にだけ反応する。つまり、糸に絡まったこいつこそ今回の万引き犯ってわけね」

「でも、私達何も盗られていないはずだけど……」

「ええ、ずっと見張っていましたし、」

 翠華はそう言いながらコンビニの中のスナック菓子のコーナーを見てみる。

 しかし、そこにあるはずのスナック菓子達が綺麗さっぱりなくなっていた。

「ええぇぇぇぇッ!?」

「いつの間に、盗っていったんですか!?」

 かなみと翠華は驚愕する。

「正直、私もよく見えなかったわ。近年まれに見る光速の使い手ということね」

 あの千歳まで感心させた、とあっては、このどこからどうみてもどこにでもいるような青年のお客に畏怖を感じずにはいられない。

「ススス、俺はスピードだけが取り柄だからな」

 青年はおよそ見た目に似つかわしくない低い、怪物らしい唸り声をあげる。

「そのスピードを封じられちゃもうどうしようもならねえ」

 青年は悔しさを滲ませながらも、意外にも観念したかのように大人しくなる。

「じゃ、解決ね」

 千歳は指をフルフルと動かす。

 すると、青年は腕と足はロープに縛られたかのように、両手足を揃えさせられて、下ろされる。

「これで一件落着ね」

 千歳はニヤリと笑う。

 そこでかなみは気づく。

「あれ? 私達の今回の仕事ってこれだけ!?」

「そう、みたいね……」

「それじゃ、今回は千歳さん一人いればよかったじゃない!」

 言われて翠華は気づく。

「あ、ええ、そうね……」

 しかし、翠華としてはかなみとふたりっきりになれたので充分幸せと言えるので文句は無かった。

 ただ、かなみに給料を渡し損ねたのは心残りといえば心残りなのだが。

「あのね、あんた達考えてみなさいよ。私が、こんびにでばいとなんてできると思う?」

「ああ、そうよね!」

 かなみは合点がいったのか、手を叩く。

「千歳さんはおばけでおばあちゃんだから、バイトなんて出来るわけないわよね」

「――!」

 それは事実なのだが、千歳の怒りに激しく触れるようなものであった。

「な・る・ほ・ど、かなみちゃんは腕や足の一本はボキボキいっちゃってもいいっていうのね」

「あ……」

 それでかなみは失言したと気づく。

 しかし、遅かった。

 既に体の手足の自由を奪われていた。

「ご、ごご、ごめんなさい! ついつい本当のこと言っちゃうんだけど、千歳さんのことはおばあちゃんだなんて思っていませんから!」

「え、なーに? おばあちゃん、耳が遠いから全然聞こえないわ」

 千歳なりの死刑宣告であった。

 翠華は密かに合掌した。


ポキポキ!


 それは、スナック菓子というか煎餅が割れるような爽快な音だった。




「とまあ愉快なことはさておいて……」

 千歳はさらりと流した。

「全然愉快じゃない!」

 かなみは思うように動かなくなった腕を振り回す勢いで言う。

「こいつの目的を聞き出さなくちゃね」

 そう言って千歳はまるで荷物をまとめたダンボールのように魔法の糸でがんじがらめにされた怪物の青年を見下ろす。

「ぬくぐぐぐ……! そう簡単に秘密を話すと思うか?」

「ええ、話すとは思えないわね。それなら、さっきのかなみちゃんのような目にあってもらうだけのことよ」

「――ぐ!」

 青年は顔を歪める。

 青年には千歳がどう映ったのだろうか。きっと、機嫌を損ねれば味方にも酷い目を合わせる非道な魔法少女に見えただろう。ましてや敵である自分の尋問にはどう

「って、私ダシにされてる!?」

「そう、みたいね」

 翠華は苦笑いを浮かべる。

「わかった、話そう……」

 青年は観念する。

「そうそう、素直なのが一番よ」

 千歳はニコリと笑う。


ポキ!


「うぎゃあぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 足を折り曲げられた青年は悲鳴をあげる。

「もう一本の足を折られたくなかったら、嘘をつかないようにね」

「あ、あ、は、はい!」

 青年は痛みに震えながら返事する。

「お、鬼よ……」

 その裏でかなみと翠華は恐怖に震えた。

「まず、盗んだ物はどこにやったの?」

 千歳の疑問はもっともだ。

 スナック菓子のコーナーの一角が丸々盗んだのだ。

 当然ビニール袋の一つや二つで収まるような量ではない。どうみても丸腰の青年が隠し持っているようには見えない。

「どこにもなにも俺が持ってるぜ」

 青年は当たり前のように答える。

「持っているようにはとても見えないけど」

「そりゃ口の中に入れてるからな」

「はあッ!?」

 かなみと翠華は思わず素っ頓狂な声をあげる。

「まさか、全部食べちゃったわけ!?」

「食べるわけねえだろ、食いもんだぞ!」

「いや、食いもんは食べるもんでしょ」

「ネガサイドにそんな常識は通用しないってわけね。とにかく出しさない!」

 千歳がそう言うと青年は顔を歪める

「わかったよ」

 青年は口を大きく開け、


オエウイアー!


 奇妙な雄叫び声をあげ、菓子の袋を吐き出す。

「うげッ!?」

 そのあまりの異様な出し方に三人は揃って引く。


オエウイアー!

オエウイアー!

オエウイアー!


 青年が雄叫びをあげるたびに、口から菓子の袋をドンドン吐き出していく。

「あ、す、翠華さん……」

「かなみさん、言わなくてもいいたいことはわかるわ。

ああいうのを見たら食欲なんて無くなるわよね」

「いえ――あれ、すごく食べたいです」

「えぇッ!?」

 どうやらかなみにとって彼の気味の悪い出し方より食い気が勝っていたようだ。

「でも、小さいことは気にしないかなみさんも素敵よ」

「いや、これ小さいことなのかしら……」

 さすがの千歳もこれには首を傾げずにはいられなかった。


オエウイアー!

オエウイアー!

オエウイアー!


 そういう会話をしながらも青年は律儀にスナック菓子の袋を吐き出し続けて、とうとう山を築き上げてしまった。

「なるほど、こうやって商品を身体の中に隠し持っていたのか」

 いつの間にか外に出てきたマニィが勝手に納得する。

「あんた、いつからいたの?」

「そんなことより、彼の恐るべき能力だ」

「ぷはー重かったぜ」

 全てを文字通り吐き出して、青年は一息つく。

「これだけの量を一瞬にして体内に取り込む早業……おそらく君が今まで戦った怪物の中でもダントツのスピードを誇るだろう」

「確かに、言われてみれば……」

 かなみは彼が商品を口の中に入れる姿を目にしていない。

 これだけのスナック菓子を口に入れるには相当な時間がかかるはずだ。それをかなみや翠華に一切気づかれることなく一瞬でやってのけている。

 いくらスピードがあっても文字通り光のように速くなければできない芸当だ。

 千歳があまりにもあっさり捕まえてしまっただけに見落としていたが、彼はかなり手強い怪物なんだろう。

「でも、こうして捕まえたんだから一件落着ってわけね」

「――それはどうかな」

 青年はニヤリと笑う。

「どうにも腹まわりがきつくてな。おかげでちょっとばかし糸がゆるんだぜ」

「えぇ、どこの腹まわりがきついってのよ!?」

 かなみが疑問を口にしたのも束の間、青年は立ち上がり、その姿を異形の怪物へと変える。

 鍛え抜かれ、ムダが削ぎ落とされた両足、ぜい肉が一切見当たらない細身でありながらも筋肉が凝縮された獣の身体。まさしくネガサイドの怪物であった。

「この俺、狼速なにわのルフードを舐めるんじゃねえぞ」

「狼速なにわのルフードッ!?」

「知ってるの、かなみさん?」

 かなみは一度ネガサイドに身を寄せていた。

 その間に、彼の情報や噂話を耳にしていても不思議ではない。

「なんで浪速なのに、標準語喋ってるの!?」

 しかし、かなみは彼のことを一切知らず、驚いたのはその一点だけであった。

「そこ!? 気にしているのはそこなの、かなみさんッ!?」

「ウシシシ、らしいといえばらしいな」

 これまた一瞬でやってきたウシィは翠華の肩の上で呟く。

「ええい、俺が標準語なのはどうでもいい! 名づけてくれたカリウス様のため、是が非でもこの任務達成してやる!」

「カリウス!?」

「そうよ、俺はネガサイド日本関東支部長カリウス様の直属の怪物よ!」

「その直属の怪物がどうしてこんな万引きやってるわけよ!?」

「知ったことか! カリウス様から受けた任務はどんな内容だろうと達成するんだ!」

 ルフードがそう言うと、つむじ風が巻き上がり、姿が消える。

「消えた!?」

「あまりにもスピードが速すぎて見えなかったわ」

「な、なんてスピードなの!?」

 千歳があまりにもあっさりと捕まえてしまったので侮っていたが、

 そのスピードは凄まじいものがあった。

「とにかく変身しないと始まらないわね」

 かなみ達はコインを取り出す。

「「マジカルワークス」」

 黄、青、緑、三色の光に包まれて三人の魔法少女が降臨する。

「愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!」

「青百合の戦士、魔法少女スイカ推参!」

「鋼の絆の紡ぎ手、魔法少女チトセ参戦!」

 しかし、名乗りを上げてそれを受けるべき敵の姿は無かった。

「あいつはどこに消えたのよ!?」

 せっかくの名乗りを虚しい風でさらりと流された怒りを千歳は募らせる。

「もうとっくに逃げてたんじゃないの?」

 あれだけ速い動きをするのだから、逃げ切るのも一瞬で済むし、もう姿が見えないところをみるともう逃げ去ったかもしれない。

「いや、そうとも限らないわよ、かなみさん?」

「え、どうしてですか?」

「あいつ、カリウスから受けた任務だって言ってたわ。だったら、このスナック菓子を意地でも持って帰ろうとするわ」

 そう言ってスイカは、スナック菓子の山を指差す。

「なるほどね。是が非でもこの任務を達成してやるって言っていたからくるかもしれないわね」

「気づくのが遅いぜ!」

 どこからともなく声が聞こえた瞬間、スナック菓子の袋の山が一つ消えた。

「はやいッ!?」

「一瞬、それどころじゃなく刹那の早業ね」

「感心してる場合ですか!」

「縛糸ばくし!」

 チトセは手を振って糸の結界を張ろうとする。

「同じ手をくうか!」


バシィイ!


 チトセの右手がはじかれ、スナック菓子の一山が消え去る。

 一瞬の早業であった。

 チトセの手をはじいて、スナック菓子の一山を食べて、逃げ去る。

 これを強化した魔法少女の動体視力でさえも追えない。

「自慢するだけあってすごいスピードね。どこぞの偉そうな鬼よりは速いじゃない」

「この調子だと全部とられちゃいますよ」

「そこをなんとかするのがスイカちゃんでしょ」

「え、私ッ!?」

 まさか自分に振られるとは思わなかったので、面を食らう。

「スピードならあんたも結構行けるでしょ、意地見せなさいな」

「意地見せろって言われても……」

「スイカさん、頑張ってください」

「わかったわ、頑張ってみる!」

 と勢いで言ってみたが、実際どうすればいいのかスイカにはわからない。

「ウシシ、ここは俺の出番だな!」

「ウシィ?」

 いつのまにか肩に乗り出してきたウシィが得意げに言う。

「あなたに何ができるの!?」

 余計な一言ばかり言うしか能がないウシ型のマスコット・ウシィ。この状況で何ができるのか、スイカは知らない。

「ウシシ、こういうときにしか出番ないかもだからな」

「そんな能力があったの?」

「ちょいと耳を貸せ」

 ウシィはスイカの耳にゴニョゴニョと囁く。

「わかったわ、任せるわ」

「作戦は決まったか? どんな作戦があったとしても俺は止められないぜ!」

 それを話し終わるまで律儀に待っていたルフード。話している間にスナック菓子を全部持ち去っていくこともできたはずなのに。

「ウシシ、そいつは俺の特技を見てからにしろよ!」

 ウシィの特技ってなんだろう。スイカさえも知らないようだし、あまり接していないカナミにわかるはずもなかった。

「カナミさん、耳をふさいで!」

「え?」

 既に耳を塞いだスイカに突然言われて反応できなかった。

 それが明暗を分けた。

 ウシィは大きく息を吸い込んで、


ウ~~~~~~~~


 とてつもなく低音の唸り声をあげる。

「~~~!!」

 大気を震わせるような凄まじさで、耳から入っても三半規管を揺さぶり腹を抉るような音響であった。

「グフッ!?」

 それはルフードにとってダメージは大きかったようだ。

 動きが止まり、耳を抑えて、腹を抱えながらスナック菓子の近くにいた。

「今よ、ノーブルスティンガー!」

 その隙を逃さず、スイカのレイピアがルフードの腹を貫く。


オエウイアー!


 ルフードはスナック菓子をもの凄い勢いで吐き出しながら、断末魔を上げて消滅する。

「やった……」

 スイカは安堵の一息をつく。

「は、はりほれー」

 爆発にも等しい爆音をまともに受けたカナミはフラフラする。

「な、なんてもの、やってくれるのよ……!」

 チトセでさえも体をフラつかせている。

「え、チトセさん人形だから平気なんじゃないんですか?」

「魂を揺さぶられたのよ……」

「ウシシ、そいつは褒め言葉だぜサンキュー」




 それからルフードが吐き出したスナック菓子を、嫌々ながら店内に戻していく。

 一山、二山運ぶたびに、あのルフードの口から吐き出したものだと思うと、よだれとか汚いものがついてないか、嫌になる気分を抑えて運び続けた。

 しかし、このスナック菓子。思いのほか、綺麗に保たれていて普通にお菓子の袋を陳列しているみたいだった。

「それにしても、あんたの役割がスピーカーだったなんてね」

 かなみは恨めしそうにウシィを睨んで言う。

「ウシシ、ホントなら俺の声なんかじゃなくて翠華嬢のありったけの想いをぶつけて欲しかったんだが、それは今回は見送りだぜ」

「翠華さんのありったけの想い……?」

「か、勝手なことを言わないで!」

 翠華はウシィの口を塞ぐ。


バリィ!


 おかげで両手で抱えていたスナック菓子を落としてしまい、中身が悲惨なことになった。

「ご、ごめんなさい!」

「大丈夫ですか、翠華さん?」

「え、えぇ! でも、この子が余計なことばかり言うから困るわ」

「そうですよね、私もマニィがいっつも一言多いからイライラしちゃうんですよ」

「かなみさん……」

 かなみと今同じ気持ちを共有できている。それだけで満たされた気分になりそうな翠華であった。

「なんだっていいけど……」

 千歳が指をクイッと動かすたびに、スナック菓子が宙を浮き、商品棚に運ばれていく。

 便利な糸だな、とかなみは羨ましくそれを見ていた。

「早く自分の気持ちに素直になりなさいよ。

――手遅れになる前にね」

 それはかなみと翠華、どちらに向けて言ったのかわからない。ひょっとしたら独り言かもしれないし、ただの気まぐれで適当な事を言っただけかもしれない。

 ただ、それを聞いた翠華がトゲが胸にささったかのように手で胸元を抑えるのであった。




 それから一時間ぐらいかけてスナック菓子の一角を元に戻した。

 商品のチェックはというと、普段の業務で慣れているのでそれほど苦ではなかった。

 しかし、二度もルフードの口に入れて吐き戻した物を売り物として成立するのか、甚だ疑問だが、まあ見た目に変化や違和感が無ければ問題ないだろう。

「あとは時間が来るまで店番ね」

 時計を見るともうそろそろ約束の時間になりそうであった。

 何にしても、目標の連続万引き犯の怪物を倒すことができたのだから、特別ボーナスは期待できるだろう。

「ボーナス……」

 何気なく呟くと同時に、翠華の視線に気づく。

 忘れていた。

 千歳の来店だの、万引き犯だの、カリウス直属の怪物だのの騒ぎのせいで今まで片隅に追いやっていた問題が表面化してしまったということだ。

 ちなみに千歳はというと、スナック菓子の後片付けが終わったらさっさと帰ってしまった。

 つまり、店内は再びふたりっきりに戻ってしまったということだ。

「かなみさん……」

 翠華は意を決して名前を呼んだ。

「は、はい!?」

「ご、ごめんなさい……驚かせてしまって……」

「そ、そんな、驚いたのは私が悪いんですし……」

 お互いに謝り合うことでますます気まずいことになってしまう。

「………………」

「………………」

 お互い沈黙してしまって気まずい雰囲気にますます陥ってしまった。

「――あの!」

 しかし、このままではいけない、と。

 意を決して声を出したのは、やはりかなみが先であった。

「やっぱり、すみませんが……お、お金は受け取れません……!」

 たどたどしく、はにかみながらもちゃんと言い切る。

「……やっぱりそうよね、かなみさんは」

 翠華はため息をつく。

 かなみが持っている借金という苦しみ、それを分かち合いたい。

 でも、かなみはそんなことを望んでいない。

 わかっていた。

 わかっていた上で、申し出た。

 そこから先はわがままだったのかもしれない。

「わかったわ……その代わり、必要になったらいつでも言って」

「いつだって必要なんですけどね……」

 かなみは苦笑する。

 それにつられて翠華も笑ってしまう。




「ボーナスが出ないってどういうことですかッ!?」

 翠華が鯖戸は直訴した。

 本来、こういう報告を受けて抗議するのはかなみの役目であり、義務の一つでもあった。

 なのに、今回はかなみの代わりに翠華が抗議してくれた。

 これにはかなみも驚かされた。

 翠華からしてみれば、借金返済を直接助けることを断られたのだから、こうしてボーナス支給をなんとしてでも出来るようにしなければならない、と使命感に燃えての行動であった。

「ああ、店長が被害を出したのだから報酬は出せないとのことだ」

「被害って、私達はそんなもの出してませんよ!」

 今回はいつものようにかなみは魔法弾を連射したり、大破壊を招く神殺砲も使わなかった。

 ゆえに、被害と呼べるようなものは皆無で、特別ボーナスが丸々入るはずだ。

「スナック菓子、一度盗まれたそうだね」


――ギクッ!


 翠華とかなみは肩を震わせる。

「でも、取り戻しました!」

 翠華は盗まれたことを認め、反論する。

「でも、ねえ。一度吐き出されたものを商品として取り扱うわけにはいかないってのが店長の意見なんだ」

「なんで店長がそんなこと知ってるんですか?」

 店長は既に帰っていて、その場にはいなかったはず。

「それはあとで監視カメラで確認したそうだ」

「あ……」

 そうなっては言い逃れはできない。

 一度吐き出された物を元の商品棚に戻したぐらいでよかったのか、疑問があったところなので、言い返すこともできない。

「ごめんなさい、かなみさん。私が不甲斐ないせいで」

「いいえ、翠華さんのせいじゃありません」

「……代わりといってはなんだけど……」

 鯖戸はやや目を細めてから続けて言う。

「その被害にあったスナック菓子が丸々送られてくるそうだ」

「えぇッ!?」

「丸々って、相当な量ですよね……」

 なにしろ、コンビニの一角全部のスナック菓子である。

 一週間かかっても食べきれる量ではない。

「特別ボーナスほどじゃないけど、責任持って処分しろよ」

「やったー!」

 かなみは大いに喜んだ。

 スナック菓子とはいえ、かなみにとって貴重な食糧。

 これでしばらくお腹を空かせなくてすむ。

 そう思うとある意味、現金支給より嬉しい特別ボーナスであった。

「翠華さん、今夜はパーティしましょう! パーティ!」

「パーティ……?」

「はい! みあちゃんと紫織ちゃんも呼んで盛り上がりましょう!」

 既に盛り上がりまくっているかなみを見ていると翠華まで嬉しくなってきた。

「それ、いいわね……」

 そこで翠華は思った。

 借金や苦しみは分かち合えないけど、嬉しさ、楽しさ、幸せなら分かち合えるのだと。

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