第23話 窃盗! 少女の手並みは糸紡ぎ (Aパート)
弾、弾、弾、弾、弾、弾……!
スイカの周りを恐ろしいほど飛び交う魔法弾の雨あられ。
それらが容赦なくスイカへと襲い掛かってくる。
「ストリッシャー!」
二刀のレイピアで百を超える連続突きを繰り出す。
魔法弾はスイカの突きを受けると、魔法弾は風船のようにパンと割れる。
しかし、突き落とした魔法弾は百を越えても、二百には届かない。
「ぐう、がはッ!?」
鉄球をぶつけられたような激痛が走る。
しかも、それらが全身のいたるところにぶつけられる。
たまらず、地面を転がり込んで難を逃れる。と、逃れたと思ったらその先にも魔法弾の雨あられが待ち受けていた。
「まだまだ甘いわね」
それは死刑宣告に聞こえた。
「翠華さん、翠華さん?」
呼びかけてくる声がした。
「あ、あら……?」
声の主はかなみだった。
いつの間に、隣に座っていたのだろうか。
「珍しいですね、翠華さんが居眠りって」
「居眠りって……ああ!」
そこで翠華は気づく。
いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
「あれ、夢だったのね」
ついこの間まで行われていたあるみの地獄の特訓。
毎日毎晩、連日連夜続いた極限まで身体を虐め抜いた。
それというのも全てはかなみを取り戻すためであった。
かなみがネガサイドと契約を交わされたのは、元はといえば自分と紫織の安全が取引材料として使われたからだ。
いくらネガサイドの関東支部長に不意を打たれたとはいえ、あっさりやられてしまった。
不甲斐ないを通り越して情けない。
大好きな魔法少女を守るために自分は魔法少女になったというのに、守るどころか守られてしまうなんて。
そんな絶望で塞ぎ込んでいたとき、あるみが声をかけてくれた。
「盗とられたんなら、盗とり返せばいい」
単純なことであった。
翠華が奮起するにはその一言で十分だった。
しかし、今の実力ではまたいつ不意打ちを食らって人質にされるかわかったものではない。そこであるみが特訓をつけてくれた。
みあはみあで、千歳から特別な特訓を受けていたらしい。
どんな特訓なのかはわからないが、オフィスでかなりぐったりしているところを見ると、自分と同じぐらい過酷なんだろう。
「今日こそかなみを盗り返してやるわ……」
そんなみあの声をさすがに毎日とはいかないまでもしょっちゅう聞いていた。
同じ気持ちで戦っているんだと思うとがんばれた。
今度こそ……今度こそかなみを守れるような強い魔法少女になってやるんだ。
そして、その結果が隣で笑顔でいてくれるかなみであった。
「もしかして疲れてるんですか?」
しかし、その笑顔が曇る。
「う、ううん……そういうわけじゃないの。ただ今日はいい天気だから」
「いい天気ですか……」
かなみは窓の方に目をやる。時間は十時。真夜中で晴れか曇りかもわからないこの空模様を果たして「いい天気」と言っていいのか疑問を抱いてしまう。
「そ、そうですね……」
しかし、先輩想いのかなみは否定せずに曖昧な返事でお茶を濁すのであった。
それにつけても、さっき言ったように翠華が居眠りをするなど珍しいどころか初めてのことでだった。
何か事情があるのか、それとも、疲れが溜まっているのか。
無性にかなみは心配になる。
「翠華さん、疲れていませんか?」
「いいえ、全然疲れていないわ」
と、本当に疲れていてもそう答えるのが翠華だということをかなみはよく知っていた。
「翠華さんの分の仕事、私がやりますよ」
「ええ!?」
「翠華さんはゆっくり休んでください。私が頑張りますから!」
「か、かなみさんは頑張らなくていいのよ」
「どうしてですか?」
勢いで思わず、あらぬ返事をしてしまったことを翠華は後悔した。
「か、かなみさんは借金とか大変だから」
「しゃ、借金、ですか……」
それは言われると弱いかなみであった。
「それじゃ、なおさら私は頑張らないといけないですね!」
しかし、すぐ開き直ってしまうのもかなみであった。
「だから、そうじゃないのよ!!」
「え、ど、どういうことですか?」
「かなみさんは頑張らなくていいのよ。無理して身体壊したら元も子もないんだし」
「大丈夫ですよ、心配いらないですから」
「うーん、かなみさん……倒れるまで大丈夫ですっていいそうだから余計に心配だわ」
「あははは、すみません」
かなみは苦笑して謝る。
「むしろ、私が頑張らないといけないのよね」
翠華は真剣な顔をして商品のデータを入力する。
「よし、これで今日の分は終了ね!」
「相変わらず手際いいですね」
そんな翠華に憧れの視線を向けるかなみ。
「私も早く仕事終わらせないと! それで魔法少女の仕事もやらないと!」
「だから、かなみさん。無理はしないで」
こんな調子だと自分の方が心配でどうにかなりそうだ。
なんとか、かなみが無理をしないで借金を返済する方法はないものだろうか。
考えてみたが、何も思いつかない。
「君達二人に仕事を用意した」
そこへ唐突に鯖戸がやってきて、急に言い渡してきた。
「ええ、本当ですかッ!?」
かなみは目を輝かせる。
「ま、待ってください! かなみさんに無理をさせるわけにはいきません、ここは私一人で引き受けます」
「え、翠華さん何言ってるんですか!?」
翠華の提案にかなみは戸惑う。
「私なら大丈夫です! っていうか、仕事しないとボーナスもらえませんから!」
「いいえ、かなみさん。ボーナスならあなたにあげるわ。だからあなたはしっかり休んで」
「そんな! 翠華さんを働かせて自分だけ休むわけにはいきません! ボーナスも受け取れません!」
「かなみさん……」
頑張り屋なのはかなみのみ魅力なのだが、それで無理をして倒れて欲しくない。
どうして、翠華の提案を素直に聞き入れてくれないのだろうか。
「いや、盛り上がってくれているところ悪いんだけど……」
鯖戸は面倒そうに言う。
「この仕事は二人で受けてもらうことになってるんだ」
「え、どういうことですか?」
鯖戸は仕事内容を説明し始める。
「いらっしゃいませー♪」
深夜のコンビニで小気味いい店員の声が聞こえる。
「はあ、なんだってこんなことに……?」
かなみはため息をつく。
コンビニ店員の制服を着込んでいて、レジ台に立っている。その姿は誰がどうみても立派な店員であった。
「かなみさん、やっぱり私一人で引き受けた方がよかったんじゃ?」
「いいえ、そんなことないわ。これも将来バイトをするために必要な経験ですから!」
「かなみさん、この上まだ働こうとする気なの!?」
翠華は驚愕する。
ただでさえ、学校と仕事、魔法少女の戦い、借金返済その全てを成り立たせようとして苦しんでいるというのに、さらにバイトまでしようというのだから無茶も甚だしい。
「借金を返済するために必要なんです。あと生活とか」
「かなみさん、相当苦しんでいるのね」
目の下のクマがその惨憺たる生活を物語っているようだ。
「私がかなみさんの分まで頑張る!」
「す、翠華さん、私も頑張りますから……」
しかし、深夜のコンビニにそう客がいるわけでもなく、さっき来たばかりで雑誌を立ち読みし始めている青年がただ一人いるだけであった。
だけど、警戒しなければならない。
あの青年が何か怪しげなことをしないとも限らない。
あるいは、今回の仕事内容のターゲットである可能性も否めない。
今回の仕事――謎の連続万引き事件の解決であった。
なんでも、ここのところ街中のコンビニから急に商品が山のように消えてしまうといった事件が発生しているらしい。
「ただの万引きじゃないの?」
かなみはそう言ってみたが、鯖戸はすぐに否定する。
「ただの万引きが店員の目を盗んでスナック菓子コーナーをまるごと持って盗めると思うかい?」
「ま、まるごと!?」
「それだけあれば何ヶ月生活できるってのよ……!」
「かなみさん、スナックばかり食べまくっていると身体に悪いわよ」
「いや、そういうことは言ってるわけじゃないんだ」
鯖戸は仕切り直す。
「ここ数日連続して街のいたるコンビニで食品を中心に大量に盗み出される事件が相次いで起こっているんだ」
「連続して起こってるって……」
「それは警察が調査するような話じゃないんですか?」
翠華の疑問はもっともであった。
単なる万引きなら魔法少女じゃなくて一般的に警察の出番だ。
「いや、それがどうにもネガサイドの仕業みたいなんだ」
「ええ!? どうしてそうなるわけよ?」
「さっきも言ったが、店員に一切気づかれず大量の食品を盗み出している。
この手口はちょっと普通の人間では考えられないからな」
「だからって、なんでもかんでもネガサイドの仕業にするっていうのもどうかと思うんだけど……」
「まあ、ネガサイドでないのならそれはそれでいいよ。
ただ、もしこれがネガサイドの仕業なら対処して欲しいんだ」
「どうやってですか?」
「夜通しの一日バイトだよ」
「はあッ!?」
「明日は土曜だから問題ないだろう」
「ダメよ! 私はともかく翠華さんが夜通しなんかしたら美容に障るわ!」
「いえ、かなみさんの健康の方が危ないわ」
二人で庇い合いをはじめると鯖戸はため息をつく。
「ああ、二人共この仕事を受けないんだったら、みあと紫織に頼むか」
「小学生にバイトさせるなんてひとでなしかッ!?」
かなみの物言いに鯖戸はまたため息をつく。
「なにをいまさら……」
「ひとでなし!」
「いやそっちじゃなくてだな……まあいい、この依頼を受けるということでいいんだな?」
「当たり前です! 私一人で頑張ります!」
「ちょっと、かなみさん! それはダメよ!」
というわけで、本当はかなみ一人でやりたかったのだが、翠華が止めるものだから結局二人で仕事を請け負うことで落ち着いた。
そのあとはとんとん拍子で話は進んだ。
虎型のマスコット・トニィがたてたらしい予測を元に、一足先に事件が起こるであろうコンビニにやってきた。
そこに入るなり、店長が待ちかねた顔で出迎えてくれた。
「話は聞いているよ、着替えはこっちに用意してあるから」
たったそれだけ言ってかなみと翠華を奥の従業員室に入れさせられる。
そこに誰が仕立てたのか、サイズピッタリの制服が二着用意されていた。
「話が早く助かりますね」
この手回しの良さにかなみは順応し、制服を手に取る。
「か、かか、かなみさん、一緒に着替えるの!?」
翠華がやけに狼狽しているのがかなみには理解できなかった。
「え、そうですけど……いけませんでした?
「そ、そそ、そういうわけじゃないのよ。た、ただ、心の準備が……」
「こころのじゅんび?」
「ううん! こっちのことだから気にしないで!」
「は、はい、わかりました……」
どうして翠華がそんなに慌てているのか、かなみには理解できなかった。
もちろん着替えている最中、翠華はずっと視線を逸らしていたのにもかなみは気付いていたが、その理由まではわからなかった。
かくして、どこからどうみても立派なコンビニ店員の二人がレジに立ったことで店長は満足げに「あとは任せた」と言って去っていったのだ。
あまりの手際の良さに店長はネガサイドの回し者なのではないか、と疑ったぐらいだ。
それから一時間……
時間はもう深夜一時。
万引き犯どころかお客も一人もいない。
こういう時に一体をすればいいのかわからない。
店番だから、ただじっとしているだけ
今やってきた一人目のお客が万引き犯でないか。
かなみと翠華は目を配らせて警戒する。
しかし、その客は立ち読みが一通り終えると、特に怪しい素振りを見せることなく商品を手に取る。
ポテトチップスとコーラ……
かなみにとってはとても魅力的な組み合わせだ。
翠華がレジ打ちをやってくれて、会計を済ませるとお客はすぐに出て行った。
「こういうこと、あまりやったことないから緊張するわね」
「今度は私がやってもいいですか?」
「かなみさんは休んでていいわ。お客さんもしばらく来ないみたいだし」
「だ、ダメですよ、翠華さん。私だけ休むわけにはいきません」
「そうだわ。何か夜食を用意しましょう。かなみさん、何も食べてないんでしょ?」
翠華は両手を合わせて提案する。
夜食……今は空腹なのは事実。しかも、まだまだ万引き犯が出る気配はない。腹ごしらえも仕事の内といってもいいんだし、少しぐらいなら……
いやいや! かなみは頭をブンブン振る。
「ダメです。私一人だけ休むわけにはいきません」
「うーん、困ったわね。かなみさんには無理して欲しくないんだけど……」
「私、そんなに無理をしてるように見えますか?」
かなみは不安げに訊く。
「え……」
そう訊かれて翠華は困った。
正直に答えると落ち込むかもしれない。かといって嘘を言うわけにもいかない。
「かなみさん、疲れてない?」
「全然、疲れていませんけど」
そう答えたかなみの顔にはどうしても疲労の色が見える。
だけど、はっきりそうとは言えない。
休まない、と言ったらかなみは頑として休まないことはわかっていた。
「わかったわ。私も休憩するから……一緒に休みましょう」
そこで思いついたのは、一緒に休憩することであった。
「は、はい……」
これにはさすがのかなみも断れなかった。
従業員室にあったパスタとサラダ。
夜食用に、と店長が用意してくれたものだろう。それにポッドで温められていたお茶もある。
用意してくれたのだから遠慮なく使わせてもらおう、と翠華はかなみの前に持ってきた。
「あ、ありがとうございます……」
ぎこちなくお礼を言うかなみ。
口ではまだ頑張れると言っていたが、本音は休みたかった。それを口には出せず、気恥ずかしさとともに態度に出てしまったのだろう。
しかも、目の前に料理を出されたら、空腹のかなみは喉をならさずにはいられない。
「い、いいんですか……?」
「もちろん」
翠華がそう答えたことで、かなみは一気に頬張る。
「いただきます!」
一口、口に入れるともう止まらなかった。
「おいしいです」
「フフ、よかった」
満足そうに食べるかなみを見て、翠華も安堵した。
客はまだまだ来る気配が無い。
もう少し、この幸せな時間は続きそうだ、と翠華は思った。
腹も膨れてきて、うとうとしはじめてきた。
時間は深夜二時。
いつもなら特に眠っている時間だ。かなみはもちろんのことも、翠華も。
「かなみさん、少し休みましょう」
「え、でも……」
「交代で眠りましょう。さすがに私もキツイから……」
「あはは、そうですね……」
かなみはから笑いする。
しかし、キツイのは翠華も同じだというのなら、なおさら休むわけにはいかなかった。
「先に翠華さんが休んでください。私は後でいいですから」
「そういうわけにはいかないわ。かなみさん、先に休んで」
「翠華さんが……」
「かなみさんが…‥」
それは休憩の譲り合いであった。
しかも、どちらも朝まで寝かせおこうという腹積もりだった。しかし、考えることが一緒のせいでどちらも自分だけが休むわけにはいかない、といった戦いになっていた。
ガタン!
自動ドアが開く。
お客がやってきたのだ。
「………………」
お客の前で休憩の話をするわけにはもいかず、二人揃って黙り込む。
気まずい沈黙。
もし、このお客がいなくなったらどうするか。
かなみのことだから、休んでほしいといっても絶対にきかないだろうし、かといって自分から休むわけにはいかない。
困り果てた翠華はポケットに手を突っ込んでみる。
どうして、こんなものを入れてしまったのか……
着替えの時に入れてしまったのだろう。
ちょうどいい機会かもしれない。
翠華は意を決して言ってみる。
「かなみさん、前々から言おうと思ってたけど……」
翠華は真剣な眼差しでかなみを見つめて封筒を渡す。
「これは?」
かなみはうけとって、その感触を確かめてみる。
それが何なのかわかる前に、翠華が言う。
「私の給料もいくらか借金返済の足しにして欲しいの」
封筒を開けると一万円札の束が出てきた。
「どぴえッ!?」
かなみは驚きのあまり、封筒を放り投げかけた。
「す、すすす、翠華さん、こ、こここ、こんなものは受け取れませんよ!」
かなみは大慌てで翠華に封筒を返す。
「どうして?」
「私の借金地獄生活に巻き込むわけにはいきませんから!」
「でも、かなみさんを地獄に落ちて苦しんでいるのを見ていられなくて……」
「だからって、翠華さんからお金をもらうわけには……」
「それに、かなみさんが四億の借金を背負うことになったのも……私のせいでもあるんだから!」
翠華は思い切って言ってしまう。
「………………」
かなみは呆気にとられてしまって、翠華もどうしたらいいのかわからなくなってしまう。
――こんなはずじゃなかった。
いつでもかなみに手渡せるようにポケットの中に偲ばせていた。
お客の前でマスコットは喋っては困るということで従業員室で待機している。
二人で働いている今がチャンスだと思った。
これをかなみに手渡して、自分の中のわだかまりをときたかった。
かなみの借金が四億五千万になった理由。
それはかなみが自分や紫織を守るために、ネガサイドと契約してしまったことから始まった。
つまり、かなみが背負うことになった借金は自分の借金でもある。
だから、これは自分が支払わなければならない借金の一部に過ぎない。
それなのに、どうしてかなみは受け取ってくれないのだろうか。
ガタン!
そこへお客がやってくる。
「いらっしゃ……」
かなみの声が途中で途切れる。
そのお客というのは見知った顔であったからだ。
「ちゃんと働いているかい?」
千歳は緑色の糸でできた髪をなびかせて、レジにやってくる。
「千歳さん、なんで?」
千歳は今、精巧にできた人形へ憑依して魔法の糸を操りながら現世を好き勝手歩き回っている。
「こんびに、ってやつに一度行ってみたったかのよね。
かなみと翠華が一日、ばいとしてるって聞いたからちょうどいい機会だと思ってさ。
視察ってやつよ」
千歳はウインクする。
その仕草は本物の人間みたいで、とても人形のように見えない。
しかし、かなみと翠華が気にしていたのはそういうことではなかった。
「一度、行ってみたかったって……」
「別に、コンビニってどこにもありますよね」
翠華は苦笑いで答える。
「昔はどこにでもなかったものなのよ。まあ、それは口実で、あんた達の姿見てからかってやろうってのが本音よ」
「性格わっる!? 早く成仏してください!」
「まだまだ成仏するわけにはいかないのよね」
いたずらっ子たっぷりの笑顔で千歳はかなみに迫る。
「ひ!」とかなみは小さく悲鳴を上げて翠華に擦り寄る。その仕草にドキリとしたが、かなみは気づいていない。
(かなみさん、相変わらず千歳さんが苦手なのよね)
今は人間とほとんど変わらない姿をしているが、初対面からしばらく幽霊の姿で浮遊している印象が強すぎたせいだろう。
「それにしても、これがレジってやつ。これでお金の計算してくれるなんて便利になったものよね」
「そう、ですね……」
物珍しげにレジを眺めながらかなみに語りかける。
「ねえ、商品のこと教えてよ。見たことのないものばっかりなんだから」
「だ、ダメよ! まだ仕事中なんだから!」
「大丈夫でしょ、客が一人もいないんだから」
「え……」
千歳が何気なく言った一言に凍りつく。
そこで思い出したのだ。今このコンビニにお客が一人いたことを。
しかし、千歳は「一人もいない」と言った。
お客が出て行ったわけじゃない。
となると、どこかに消えたのではないか。
かなみは店内を見回してみる。
「――いない!」
千歳が言ったように客の姿が見当たらない。
「私、見てきます!」
レジから見えない死角に入ってしまったのかと思い、かなみは確認してみる。
かなみは店内を隅々まで見てまわろうとした。すると、奥の雑誌で立ち読みしているお客の青年の姿があった。
「はあ~なんだ、いるじゃない」
かなみはホッと肩をなでおろした。
「あ、客がいたのね。気付かなかったわ」
背後からやってきた千歳にビクッと肩を震わせた。
「ひ、人騒がせないこと言わないでよ」
「あ~あれってお客っていうの?」
「いやいや、いくらなんでもお客かそうでないかぐらい、わかるでしょ」
「こんびには初めてだからよくわからないのよね。それであのお客、ずっと本を読んでるけど、ああやって立ち読みしているのはいいの?」
「ああ、あれはいいのよ。別に私達がどうこういう問題じゃないし」
「ふうん……昔は注意ぐらいはしたのにね」
「注意して寄り付かなかったら、私達の責任になるからね。そのへん、私にもよくわからないけど」
「ま、いいか。おかげでかなみちゃんと話せそうだし」
「話すって何を?」
「翠華ちゃんのことよ」
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