第20話 倒壊! 崩れゆくは少女の絆!(Bパート)

 巨大な斧はバラバラに切り裂かれる。

「何故、斧が切れる……?」

 鋼で出来ており、しかも魔力が通っていた。

 砕かれるならまだわかる。いくら強靭な刃だろうが、それ以上の衝撃をもってすれば破壊される。

 ありえることではないが、考えられないことではない。

 そして、魔法での戦いはそのありえないことが平気で起きる戦場である。

 ゆえに、全ての考えられることは全て起こり得る心構えで戦う。

 しかし、鎧武者は思う。

 斧が切れるなんてことはありうるのだろうか。

 折れるわけではなく、砕かれるわけでもなく、切れた。

 そして、次の瞬間には自分も鎧ごと切れていた。

「な、なぜ……」

 自分がやられたことよりも斧が切れたことの方がわからなかった。

「キリキリ舞。いやあ、相変わらずよく切れるわね私の糸!」

 チトセは上機嫌に踊る。

 その光景に、怪物達は畏怖を抱き、立ち尽くしてしまう。

「あなた、強いじゃない」

 アルミさえも感心する。

「まだ本調子じゃないけどね。久しぶりの身体にまだなじんでないみたいだし」

「まあ、でもすぐ慣れるでしょ」

「んー、時間の問題ね。とりあえずここにいる奴ら全滅させるまでね」

 チトセはまったくの臆さず答える。

「ふっざけるなぁぁッ!」

 六枚の翼を生やした虎の怪物は激昂する。

「それではわしらが肩慣らしのスパーリングのようなものか」

 12本の触手を生やした老人の風体の怪物も怒りをにじませた口調で言う。

「お、ぴったりな言い回しね」

 アルミは完全に彼らをおちょくった言い方であった。

「冗談じゃねえぞ」

 虎の怪物は吼える。

「我らは泣く子も黙るネガサイド日本支部の幹部であるぞ!」

 鋼鉄の怪物は名乗りを上げる。

「北陸支部第四幹部・廻る砲台機人ギャランピィ」

「中部支部第三幹部・張り子の翼手コオウガ!」

「近畿支部第ニ幹部・触手老獪シュロン」

 鋼鉄の怪物に続いて、虎、老人がそれぞれ勇ましく名乗り上げる。

「はいはい、数分後に退場するのにご苦労様ね」

「ぐおおおおおおッ!」

 虎のコオウガは三度吼える。

 六枚の翼を羽ばたかせ、高速で移動する。

 音を置き去りにしてしまうほどの速度で、

 普通の人間なら目にも留まらぬ速さで何が起きたのか、理解する前に首が地面に転がっているだろう。

 普通の人間ならばの話だが。

「タイガースラッシュ!」

 翼が刀のように鋭くしなり、アルミの首や腕をズタズタに切り裂かんと襲いかかる。

「ぬぅッ!?」

 しかし、ドライバーに阻まれてしまう。

「ああ、ごめん。数秒後に訂正するわ」

「こんなバカなぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 コオウガが叫んだ次の瞬間、ドライバーは腹に突き刺さり、身体はバラバラに引き裂かれる。

 後に残ったのは、宙を舞う六枚の翼だけになった。

「コオウガまでもこうもあっさりとッ!」

「こうなれば一時退却しなければ!」

「臆したか、シュロン! 今関東支部で何が起きているのか、わかっているのか!」

「敵襲、それもかつてないと危機と聞き及んでいる」

「そうだ、ゆえに我らは全国各地から駆けつけたのではないか! ここで我らが退けば取り返しのつかない損害を出すことになるのだぞ!」

「だが、その気負いだけでどうにかなる相手ではないぞ」

 怪物二体は口論しているところをアルミとチトセはじっくりと眺めていた。

「思ったより歯ごたえなかったわね。それとも私が強すぎるのかしら?」

「それもあるけど、所詮は幹部クラス。もっと大物が釣れると思ったんだけどね」

「大物ってどれぐらい?」

 チトセが訊き、アルミが答えようとした。

 その時、大地が震えた。


ゴン! ゴン! ゴン!


 巨大な足音、しかし、現れたのは人の姿形をした『鬼』であった。

「貴様らか、我の行く手を阻む魔女は!」

 厳かな口調で言い放つ。

 その声に宿る威圧だけで並び立つ高層ビルを押し倒さんばかりの勢いを感じた。

「お、応鬼おうき様ッ!」

 コオウガは慌てふためき、ひざまずく。

「これは応鬼様。あなた様まで馳せ参じるとは」

「それだけ事態は急を要しているのだ。事実、各支部の幹部達が一捻りで倒されている。ならば幹部程度では打開できぬということだ」

 応鬼と呼ばれた男が一言発する度にギャランピィとシュロンの全身が震える。

 背丈こそ二メートルだが、それを遥かに超える圧倒的な存在感と圧迫感がある。

 一般人ならそれだけで押し潰されてしまうだろう。声なんてかけられようものなら、途端に吹き荒れる台風の暴風を浴びたかのごとく飛ばされる。

 しかし、今この場に立っているのは一般人などではなく魔法少女。

「釣れたじゃない、大物」

 チトセは笑ってその威圧を受け流す。

「よかったわーこのままじゃあまりにも歯ごたえなさすぎて張り合いがなかったところなのよ」

 アルミはむしろ安心する。

「まあ、あの娘達も頑張ってることだしね」

「そうよね。だから私達も頑張らないといけないんだけど、頑張りようのある敵が出てこないと無理なのよね」

 二人はまるで場違いに呑気に会話している。

 それはこれだけの敵を前にしても切り抜けてしまう自信があるからだ。

「なるほど、貴様らにしてみれば我は頑張ればどうにかなる程度の敵というわけか」

 応鬼は静かに怒りを込めて言う。

「倒す前に名前ぐらいは聞いてあげようかって思わせる風格は感じるわね」

 チトセはあからさまに挑発する。

 すると応鬼の周囲を取り巻く空気がバチバチと火花を発生したかのような音が鳴る。

「よかろう。その尊大なる態度に免じて名乗ってやろうか

――我は応鬼。四国支部最高司令長官を担っている」

「支部長クラスね。なるほど道理で空気が違うわけね、んで何の用なわけ?」

「当然。貴様らのような分を弁えぬ小娘を蹴散らすためよ」

 それを聞いて、アルミとチトセの顔は明るくなる。

「小娘って言われたのは何年ぶりかしらね」

「十年……いえ、五十年振りかもしれないわね。――めでたいわ!」

 チトセは手をパンパンと叩く。

「ふむ、この応鬼。生を受けて数百年。それに比べればたかだか三十年、六十年など赤子も同然」

「うわ、長生きなのね。そういえばよく見ると顔にシワがあるような……」

「私は魔法人形だからそういうのとは無縁なのよね」

 チトセは自慢げにポーズまでとる。

「そのような軽口を聞かれたのもまたいつ以来か。思い起こせばそのような軽口を聞いてくれた奴は百年前の戦争で死んで久しい。あの頃はまだ……」

「昔語りはじめるんかい、このジジイ」

「お茶でも用意しておいた方がよかったんじゃない。故郷にいいお茶っ葉があってね」

 そう言ってチトセは遠くの方を見やる。

「お前ら、俺達のことを忘れていやしねえか!」

 ギャランピィがスピーカーで吼える。

「ああ、そういえばいたわね、あなた達」

 「忘れていました」と言わんばかりにアルミは答える。

「こう見えても大阪にその人ありと言われておったのだがな」

 シュロンは寂しげにぼやく。

「存在感って飲み込まれるものなのよね」

 アルミはしみじみ言う。

「しかし、それもまた生きていればこそだ」

 応鬼は再び声に力が宿る。

「ここで消える者に存在感など一切関係無い!」

 腕を振りかざすと、そこに身の丈ほどある棍棒が現れる。

砕鋼さいこう!」

 棍棒を地上へと振り下ろす。

 道路がアスファルトをえぐり、衝撃波は津波のごとくアルミ達へ押し寄せる。

 アルミ達はあっさりとかわす。

 すぐに反撃するために距離を詰める。

「ぬうッ!」

 応鬼は一声上げ、棍棒を振り上げる。

「マジカル☆ドライバー!」

 アルミは構わず、ドライバーを突き出す。


バシィィィィン!!


 ドライバーと棍棒が激突する。

「おおぉぉぉぉぉッ!?」

 応鬼は感嘆の声を上げる。

 棍棒が粉々に砕けてしまったからだ。

「どうよ!?」

「まだだッ!」

 応鬼は吠え、片手でもう一本の棍棒を生成し、アルミへ襲いかかる。

「でいッ!」

 アルミはそれに対応し、ドライバーを突き出す。


バシィィィィィン!!


 しかし、結果は同じく砕ける。

「おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

 応鬼は咆哮する。

 その振動だけで、間近にいたアルミはバラバラに引き裂かれる勢いなのだが、アルミはニヤリと笑ってドライバーを突き出す。


バシィィィィィン!!


 応鬼は棍棒を魔力で生成し、応戦する。

 アルミはそれをドライバーで砕く。

 時間にしてわずか一秒程度のことなのだが、十回、二十回と繰り返される。

「これなら、ヘヴルの方が強かったわよ」

「当たり前だ! ヘヴルは最高役員十二席に連なる男だ!! 支部長の俺では及びもつかない!!」

「ああ、そんなこと言っていたわね!」

「その物言い、まさか貴様がッ!」

 その問いかけにアルミは答えず、ドライバーを応鬼に突き刺す。

「ぐぅおッ!」

「そうね、倒したわ」

 アルミはドライバーを捻る。

 しかし、応鬼の身体はバラバラにならず、血を流すだけであった。

「ぐぅぅぅッ!」

 応鬼は無理矢理ドライバーを引き抜く。

「やるじゃない!」

「これでも支部長の意地はあるのだッ!」

 ドライバーごとアルミを持ち上げ、投げつける。

「って、ととととッ!」

 投げ飛ばされたアルミは空中で姿勢を直して、トンと綺麗に着地する。

「大丈夫なの?」

「これぐらい大丈夫よ。まあ、支部長ぐらいなんだからこれぐらいはやってくれないとね」

「納得がいかん!」

 応鬼は棍棒で地上を叩き、その振動だけで周囲の電柱が倒れる。

「確かに貴様は強い! しかし、ヘヴルはもっと強かったはずだ!」

「その理屈はおかしいわね。私はヘヴルに勝ったんだから、私の方が強いはずでしょ」

「いいや! 今の貴様では仮に我を倒すことをできるとしても、ヘヴルを倒すことはできないはずだ!」

 アルミはフッと笑う。

「そうね、確かに今の私じゃ倒せなかったわね……

――今の私なら、ね」

 二言目を強く言う。

 それだけで応鬼を上回る威圧感でその場にいた怪物達は震え上がる。

「アルミ、今するつもりか?」

 肩に乗ったリリィが囁く。

「いいえ、しないわ。する必要もないしね」

 十二のマスコットに供給した魔力を元に戻すことでアルミは今とは比べ物にならないほどの戦闘力をもって敵を殲滅することができる。

 しかし、これはあくまで切り札。

 今使うと高層ビルにいるカナミ達のサポートが行えない上に、彼女達の位置を把握することが出来なくなる。マスコット達はアルミの発信機でもある。

 だから、それをやめるわけにはいかないという理由は、一応はある。

「今の力でなんとかできるし、こっちにはチトセがいるしね」

「私にあてにしてもらっているのは嬉しいけどね」

 チトセは握りこぶしを作ってみる。

「まだ本調子には程遠いのよね」

 魔法人形がまだ使いこなせていないのか。

 長年意志と魔力だけの幽霊状態を続けているのだから、現実に体として使える

「ハンデがあるものだからそこまで期待していないわ」

「期待しないで、言いたかったのに……人から言われるとなんだか苛つくわね」

「そう思うんだったら、ちゃんと期待通りに動いてよ」

「――ええ、期待通りにね」

 チトセは渋々ながら答える。

 文句を言ったところで、力を十分に発揮できない現状は変わらないのだから、アルミから言われたとおりにアルミの期待通りに動くように務めるしか無い。

「貴様等、俺達のことを忘れてやしねえかッ!?」

 ギャランピィは空へドンと大砲を撃ちこんで自分の存在を主張する。

「我らとてネガサイド日本支部幹部に連なる幹部であるぞ」

 老人シュロンは厳かに言う。

「あなた達のこと、忘れてた」

 アルミは本気でしれっと言う。

 その途端、シュロンとギャランピィは怒りで魔力を漲らせる。

「そこまで侮られるとは!」

 ギャランピィは腕である砲身を、

「ならば我らの実力を見せなければならないな!」

 シュロンの十二本の触手を一斉に向ける。

「シュート!」

「しょくしゅーとッ!」

 ギャランピィが砲弾を撃ちこみ、その直後に、シュロンが触手が矢のように放たれる。

「おとなしく引っ込んでなさい、三下!」

 チトセは魔法の糸で網を前方に形成して、砲弾を受け止め、跳ね返す。

「なッ!?」

 ギャランピィは驚き、そのまま返ってきた砲弾の直撃を受ける。

 次いでチトセの方へやってきた触手には糸を絡めとる。

「ぐうぅッ! わしの触手が」

 シュロンは悔しそうに言い、解こうと必死に触手を動かすが、チトセの糸にがっちりと捕まっており、身動きが取れなくなってしまっていた。

「どっせぇいッ!!」

 チトセが気合の一声を入れて腕を振り上げると、シュロンの身体が浮き、放り投げられる。

 投げられた先には応鬼がいる。

「ぬぅッ!」

 応鬼が棍棒を振ると、シュロンは文字通り糸が切れた人形のように投げられた勢いが削がれ、応鬼の手前に落ちる。

「こ、これは、かたじけない……」

「敵は手練ゆえに、怒りに身を任せては思う壺だ」

「うむ、わしが迂闊でした」

 シュロンは立ち上がる。

「ここは我一人で十分。お前達は支部の方へ向かえ」

「承知した」

 渾身の砲撃を撃ち返され、ボロボロになったギャランピィは頷く。

「おっと、そうさせないために私達がいるんだからね」

「そうか、やはりお前達の役目は我らの迎撃をするとともに足止めも担っているのか!」

 応鬼は納得する。

「そのとおりよ。ま、気づかれたからってどうってことはないけどね」

 アルミは余裕を持って答える。

「ほざいたなッ!」

 ギャランピィは足であるキャタピラーを唸らせる。

「気づいたからには、貴様らの思い通りには」

 シュロンは触手を髪のようになびかせ、疾走する。

「って、気づいたの、あなた達じゃないでしょ」

 アルミのツッコミと共に、二体の動きが止まる。

「ぬぅッ!」

「こ、これは、どういうことだぁッ!?」

「――愚かな」

 慌てふためく二人を応鬼は冷ややかに見つめる。

「飛んで火に入る夏の虫ってやつね」

 アルミはドライバーを構える。

「お、応鬼様ぁぁぁッ!!」

「お、おたすけを!」

 身動きが取れなくなった二体は、応鬼に必死で助けを求める。

「二度目はない、一度だけだ」

 応鬼は見捨てる。

 次の瞬間にはもうアルミのドライバーが既にギャランピィの身体に突き刺さっていた。

「マジカル☆ドライバー! ダブル・デモリッション!!」

 それから一息つくまもなくシュロンの身体にドライバーを刺す。


バシャァァァァァンッ!!


 二体は断末魔を上げることもなく、身体が派手にバラバラに飛び散る。

「さて、残るはあなただけね」

「我一人入れば十分事足りる。貴様らも、貴様らの仲間から襲撃を受けている関東支部の危機もな」

 応鬼は二つの棍棒を地面に立てる。

 それだけで彼から百メートル以内にいる人が転倒するほどの地震が起きる。

「それはちょっと過小評価過ぎるんじゃない? 言っておくけど強いわよ、私達のは」

「それに私達を突破できるっていうのも吹かしすぎね。死ぬわよ、あんた」

 そう言いながら二人は戦闘態勢に入る。

「いや、我一人で十分だな」

 応鬼は魔力を漲らせる。

「――いや、十二分といってもいいな」

 応鬼は棍棒を両手に持って二人へ襲いかかる。


ゴォン!


 応鬼の二つの棍棒をアルミはドライバーで受け止める。

 凄まじい轟音と暴風が巻き起こる。

「くぅッ!」

 アルミの顔から余裕が消える。

 さっきまで激突の度に砕けていた棍棒が砕けない。

 どんなモノ――たとえ鉄だろうが、ダイヤモンドだろうが、怪物だろうが分解できるマジカル☆ドライバーだが、分解しにくいモノがある。それは魔力によって強固に形成されたモノだ。

 今応鬼から放たれる棍棒は、さっきのそれはとは比べ物にならないほどの魔力が注がれている。

「どうだ!」

「どうもしないわよ!」

 アルミは棍棒に当てていたドライバーを捻る。

 すると、棍棒が砕ける。

 例えるなら、紙をハサミできるときに大量に重ねられると切れにくくなるが、そこにさらに力を込めると切れる。

 それと同じようにアルミの魔力をドライバーへ込める量を調節することで強固なモノであろうが、打ち壊す。

「そうくるか、ぬぅッ!!」

 応鬼はもうひとつの棍棒をアルミへ向けて振りぬく。

 しかし、棍棒はアルミの手前で止まる。

 止まるだけで台風のごとく突風が巻き起こるがアルミにとってはそよ風同然であった。

「させないわよ」

 棍棒を止めたのはチトセの糸であった。

「ちぃッ!」

 応鬼は舌打ちし、棍棒を捨てて後退する。

 直後に宙を舞った棍棒が爆発する。

 巻き起こった爆煙からアルミが飛び出す。

「やってくれるじゃない!」

「もとよりこんなもので倒せるとは思っていない!」

 応鬼は棍棒を魔法で生成し、ドライバーを迎え撃つ。

「これで倒すつもりだぁッ!」

 応鬼は吼え、渾身の力を持って棍棒を振り下ろす。

 その風圧だけで地面が抉れるほどの凄まじい勢いに、アルミは負けずドライバーを突き出す。

「ディストーションドライバー!」

 空間そのものを分解してあらゆる魔力や衝撃を遮断してしまう完全無欠の防御。それは応鬼の渾身の一撃でさえ例外ではなく、棍棒がドライバーによる空間の分解に耐え切れず、あるみに届くこと無く砕け散る。

「まだだぁッ!」

 応鬼は怯むこと無く、もうひとつ棍棒を生成して振り下ろす。

「――ッ!」

 ニ撃目がくることまでは予想しきれずに、まともに攻撃を受けて吹き飛ぶ。

「やはり、今の貴様程度ではヘヴルには及ばない」

 応鬼は勝ち誇った顔で言う。

「――だからっていい気になりすぎなんじゃない?」

 しかし、アルミは空中で体制を整えて着地し、言い返す。

「ぬぅ!?」

 そう言われて応鬼は気づく。

 応鬼の周囲に目を凝らさないと見えないほどの細い糸が張り巡らされている。

「貴様、人形がぁッ!」

 応鬼は怒声を得意顔になっているチトセに向ける。

「正面切っての殴り合いは苦手だけど、こういう搦め手だったらね」

 チトセは手をかざし、握り締める。

 すると糸に電流が走る。

糸電龍絶しでんりゅうぜつ!」

「ぐわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 電流を浴びた応鬼は膝をつく。

「まだよ、糸切羅刹いときりらせつ!」

 張り巡らせた糸が応鬼の右腕が幾重にも絡みとり、切り落とす。

「おぅお、腕がッ!」

 応鬼が切り落とされた腕に気を取られた。

 その一瞬のすきをついて、ドライバーを応鬼の胸を突き刺す。

「デモリッション・スクリュー!」

「ぬぐうううッ!!」

 回転するドライバーとともに応鬼は身体がバラバラになりそうな感覚に襲われる。実際、ここで気を抜けば幹部達と同じ末路を辿るに違いない。

「負けられるか! このネガサイド日本四国支部長・応鬼、小娘ごときにやられてたまるかッ!」

 応鬼は残った片腕でドライバーを掴み、回転を止めようとする。

「――ッ!」

 血をまき散らしながら、命がけの意地を応鬼は見せ、回転を止める。

「やるじゃない!」

 アルミは笑顔で答えるが、張り付いている。

「負けるものかぁぁぁッ!」

 そして、渾身の力を持って拳を振りぬく。


――だが、アルミには届かなかった。


 黒色の釘が何本も突き刺さる。

「ゴフッ!」

 応鬼は血を吐き、よろめく。

「――あなたの負けよ」

 その瞳には漆黒のドレスを身に纏った魔法少女の姿があった。

 心臓に黒金に輝く釘が撃ち放たれる。

黒金くろがねくさび!」

 そしてアルミのドライバーが白銀に眩い輝きを放ち、応鬼の心臓へと突き刺さった楔を撃ち抜く。

白銀しろがねつい!」

「こんなバカなぁぁぁぁぁッ!!」

 心臓を貫かれ、胸に大穴を開けられた応鬼は断末魔と共に噴水のような血しぶきを上げて、倒れる。

「大物といっても、やられ方は小物と一緒ね」

 アルミは不敵に笑う。

「ま、消えれば誰だって同じよ」

「それは私達も同じ事が言えるわ」

 漆黒の魔法少女はアルミの隣に立ち、言葉を添える。

「いいタイミングで来てくれたわね、クルハ。そういう未来が視えたの?」

「視なくてもわかるわ。あなたのことならね」

「おかげで助かったわ。あなたには助けられてばっかりね」

「いいえ、私にはあなたがいることが救いだから」

「もしもし?」

「ああ、チトセまだいたの?」

 アルミは思い出したかのように振り向く。

「勝手に二人だけの世界にはいらないでよ。

――敵はまだいるんだから」

 チトセが言うと周囲に影が伸びる。

 それは人だったり、鳥だったり、獣だったり、様々な形をしていた。

「あの応鬼がやられるとは!」

「よもやそれほどの一大事になっていようとは!」

「応鬼様の仇は必ずとる!」

 影から怪物達は口々に怨嗟の声をアルミ達にぶつける。

「アルミ、視えたわ。敵はまだまだやってくるわ。雑魚から大物まで大小様々な塩梅よ」

「ろくでもない未来ね」

「大漁でいいことじゃない。カナミちゃん達が頑張ってることだし、私達がさばってられないでしょ」

「ええ、そうね。本当ならカナミちゃんを手伝いたいところなんだけど」

「身体が一つしかないって不便よね」

 チトセはしみじみ言う。

「貴様ら、何を呑気に会話している!」

「まあまあ、遺言ぐらい残すゆとりは与えてやっても良いだろう」

「なるほど、我らの寛大さに感謝せよ。脆弱なる魔法少女達よ!」

 口々に好き勝手言う怪人達に、アルミはため息を言う。

「それはこっちが言いたかったセリフなのよね、わからないかしら」

「遺言も残せずに散っていた怪人も糸でバラバラになったのもさっきいたことだし」

「ちょっと待って、あんたその時にいなかったわよね。なんでそんなこと知ってるの?」

 チトセの疑問にクルハは答えなかった。




 長い廊下。

 もう一時間ぐらい歩き続けているような気がする。

「もう大丈夫よ」

 これまで抱きかかえられていたミアもすっかり回復して歩いていた。

 ただいくら魔法少女の魔力でダメージによる回復が早いからといって完治したわけではなく、足取りはやや重い。

 小さな背丈もあいまって、狭い歩幅にカナミは合わせてやる。

「あいつら、どこにいってんのよもう」

 ミアのこの文句もまだ三回。

 いつもの調子ならもう十回は言ってもおかしくないのに、やはりまだ元気が戻っていないのだろう。

「でも、本当にスイカさん達はこっちに行ったの?」

「間違いないわよ。第一一本道なんだから間違いようがないでしょ」

 ミアの言うとおり、ここまで廊下に分かれ道や別の部屋への入り口といったものが一切無かった。

 別の道をいくとは考えられない。

 だったらやはりこの道をまっすぐ進んだ。

 でも、それにしてもあのか弱いシオリが高校生のスイカを抱えてそこまで速く遠くまで行けるとは思えない。

 そのはずなのに、なんで追いつけないのだろう。

 ここは悪の秘密結社ネガサイドの本拠地。

 グズグズしていたら、自分達もシオリ達も壊滅させるという目的を果たせないどころか、生きて帰ることすらかなわなくなる。

 焦りばかりが募る。

 今すぐ走っていけば追いつけるかもしれないけど、

 カナミもミアほどではないが、魔力の消耗が激しい。

 神殺砲二発も立て続けに撃ったし、その前にも柱を倒すために一発撃っている。

 合計三発。あと一発か二発撃ったら魔力が底尽きるため、出来るだけ、魔力を温存することもそうだが、体力もいざというときのためにとっておきたい。

 だからこそ今は歩く。早くシオリ達と合流出来るよう祈りながら。

「――ッ!」

 カナミとミアの足が止まる。

 ただならぬ気配を感じた。

 急に喉元にナイフを突きつけられたかのような感覚。

 そんな気配を後ろから感じたと思った瞬間に、前からも同じ気配を感じた。

 気配が二つと言うよりも、気配が一瞬のうちに後ろから前に移動したようだ。


バァン!!


 銃声が聞こえた。

――撃たれた

 と、カナミ達は錯覚してよろめいた。

「――なッ!」

 今の瞬間、胸を撃ち抜かれて死んだと思い込みかけた。

「なるほど」

 目の前には黒い影が立っていた。

 茶色のロングコートを着こみ、テンガロンハットで素顔を隠した長身の男。

 片手で大きくて長い猟銃を持っている。さっきの銃声はこの猟銃からかに思えた。

「な、何者よ、あんた?」

 ミアは震える声で問いかけた。

 正直それが無かったらカナミは何も聞けずにやられていたかもしれない。

「私はカリウス。この関東支部の支部長を務めている」

「し、しぶ……」

 つまり、このビルの中で一番偉いやつということか。

「諸君らの目的が私の首だということなのだろうが、それは叶わない夢だ」

「何を勝手に……」

「では、何故戦おうとしない?」

「――ッ!」

 言われて気がつく。

 ここでこの支部長さえ倒してしまえば、目的は果たせる。

 しかし、それをしようとは戦おうとしなかった。というより、戦おうと思わなかった。

 このカリウスから発せられる不気味さに恐怖したからだ。

 何よりも、カリウスがその気になれば自分達は撃ち殺されている。

 そんな確信があり、手が出せないのであった。

――手を出せばやられる。

 これはもう勝てる勝てない以前の問題だ。

 逃げようという考えも思い浮かんだが、すぐにこの男からは逃げられないという考えにかき消された。

「わかってるのだろう、このまま戦えば死ぬ。死にたくないのだろう」

 カリウスが一言一言発せられる度に全身が震える。

 喉元にナイフを突きつけられているようなものだと感じていたが、それは違った。

 この男の言葉は胸元にまで届く。弾丸であった。

 今はわざと外しているから、胸の心臓にまで届かないが、もしこの男がその気になれば――。

 言葉の弾丸は胸の心臓ごと貫いてくるだろう。

「――俺が怖いか?」

「……………………」

 その問いかけに何も答えられなかった。

「俺と戦うのが怖いなら、敵対することはやめればいい」

 この一言でカナミは理解してしまった。

 敵対することをやめる。つまり、彼らが悪で自分達が正義ならどうしても敵対することになってしまう。

 だったら、敵対することをやめるにはどうすればいいのか。

 簡単なことだ。自分達が正義ではなく悪の側につけば敵対することはない。

 そこまで考えるとカリウスが言いたいことがわかってしまう。

――この男は勧誘している

 カリウスがスーシーの上司ということを考えれば、さほど不思議ではないように思える。

 どうして大物の支部長までもが自分達を勧誘してくるのかわからない。

 もしかしたら、悪の秘密結社にはとりあえず魔法少女を勧誘するという慣習があるのかもしれない。

 それにしてもちょっと限度があるんじゃないか。

「どうして? 私をそんなに入れたがるの?」

「君がそれを知る必要はない」

「企業秘密ってこと?」

「そうだ」

 納得がいかない。

 ここまで自分が悪の秘密結社に必要とされる理由がわからない。

 わからないから知りたいのに、こいつらは知りたい。その理由次第によっては少しだけ揺れるかもしれない。だけど、それを知らせてくれないのであれば、沸き起こる感情はただひとつ――拒絶だ。

「だったら、意地でもあんた達の仲間にならないわよ」

 カナミは精一杯の意地を見せる。

 本当は怖くてたまらない。

 でも、ここで意地を見せないと負けてしまう。

「これでもそんなことが言えるか?」

 カリウスはフッと笑った気がする。

 カナミのなけなしの意地と覚悟を一笑に付した。

 それだけでカナミの全身を支配している恐怖が胸の奥に引っ込みそうなほどの怒りがわいてきそうだ。

 しかし、次の瞬間にはそのわずかばかり出てきた怒りが引っ込んでしまう。

――スイカとミアは男の傍らに現れたからだ。

 しかし、二人共意識を失っているからか倒れ伏して微動だにしない。

「二人に何をしたの!?」

「眠らせただけだ。だが、君が従わなければ――」

 カリウスは足元にあるスイカの頭に向けて銃口を向ける。

「――ッ!」

 あそこから銃弾を撃たれればひとたまりもない。

 カリウスはもう引き金に指をかけている。少しでも力を入れるだけでスイカの頭は吹き飛ぶ。

「私とてこれは本意ではないが」

「だったらやめなさいよ」

「目的のために手段は選んでいられないのでね。で、君はどうする?」

「く!」

「君はこの仲間を助けるという目的のために、手段を選ぶのかい?」

「くぅぅぅッ!」

 カナミは歯噛みする。

 スイカとシオリをなんとしてでも助けたい。

 でも、今助けられる手段がない。

 カリウスを倒すのは難しい。この一瞬のやりとりだけでも格の違いというものを感じてしまう。

 ましてや、こっちが攻撃しようとするだけでカリウスはスイカを始末できる。

 どうしたらいい。

 答えはカリウスから提示されている。

「時間は無い、早く答えないと取り返しのつかないことになる」


ギリィ


 引き金を引く寸前まで指に力を込める。

「ま、待って!」

 こうするしかない。もう手段を選んでいられない。

「もし、もし……私があんた達の仲間になったら、スイカさん達を助けてくれるの?」

「カナミ!」

「助けよう」

 カリウスはあっさりと言った。

 まるで、捕まえた虫をあっさりと逃がすかのように軽い調子だ。

「し、信用できないわね……騙すなんてあんた達のよくやることじゃない」

「そう警戒するのもわかる。だから、これを用意した」

 カリウスの手から一枚の紙が出現する。

 それをカナミへ手首のスナップで投げ渡す。

「こ、これは?」

「契約書だ」

 書かれたことに印をすることで必ずその事柄に従わなければならない。

 契約書にはそんな強制力があると、アルミから聞いたことがある。

 そんな契約書にはこう書かれていた。


『私結城かなみは悪の秘密結社ネガサイドに下記の条件を要求致します。

 要求を受け入れていただければ、私は生涯ネガサイドへ所属致します。

 条件というのは三つあります。

・青木翠華と秋本紫織、無事解放すること。

・毎月の給金と私に正当に支払うこと。

・最低限の生命の保証を約束すること。


 御社が条件を満たしてくれると保証してくれた時点で、

 私、結城かなみは本日をもって悪の秘密結社ネガサイドに所属します。

 以上の契約は本紙がある限り有効であります。

  悪の秘密結社ネガサイド日本関東支部長カリウス 印

                  結城 かなみ 印』


 どんなおぞましい内容になっているのかと思ったが、内容は至って普通というか、これはカナミが普通に要求しそうなことだった。

 見ると、カリウスの承認印は既に押されている。

 つまり、彼はこの三つの条件に従うということである。

 給金や生命の保証はされているし、何よりもスイカとシオリの生命は保証されている。

 もし、これを破いて捨てようものなら、即座に自分達は全滅させられるだろう。

――この契約書に印を押すしかない。

 不本意だが、これしかみんなが生き残る道はひとつしかない。

「そんなのに、従うことなんかないわ」

「ミアちゃん……?」

 ミアはヨーヨーを構える。

 だが、ミアは震えている。ミアだって怖くてたまらないのだ。

 それでも仲間の危機に、カナミが悪の秘密結社に行こうとしている事態に耐え切れず、勇気を振り絞っている。

 その姿勢に、カナミは身を引き裂かれるような申し訳なさがこみ上げてくる。

 しかし、それを飲み込まなくてはならない。

 今、手を出したら間違いなくスイカとシオリの生命は無くなるし、自分どころかミアまで守りきれる自信もまったくない。

 みんなが助かるにはこれしかない。

――契約書に印を押すしかない。

「ごめんね、ミアちゃん……これしか方法は無いみたいだから……」

「カナミ、何言ってるのよ? 諦めてんじゃないわよ」

「私だって、諦めたくないけど……諦めないとスイカさんとシオリちゃんは助けられないから」

「――ッ!」

 ミアは黙る。

 カナミの言っていることが理解できるからだ。

「で、どうするのかい?」

 カリウスが問いかけてくる。

 その一言の直後にスイカを撃ち抜く。

 そんな最後通告のように聞こえた。

「……わかったわ」

 決意とためらいの入り混じった返事をする。

 他に方法はない。

 誰も失いたくない。

 スイカもシオリもミアも……そして、方法はもうこれしかない。

 だったら、やるしかないんだ。

「……カナミ」

 肩に乗ったマニィが降りる。

「ごめん、マニィ」

「いや、僕の方こそ。力になれなくてすまない」

 彼が謝るのは珍しい。それだけにこの事態がどうしようもないものだと認識させられた。

「そうよ、これしか方法がないから……」

 カナミはそう言い聞かせて

――契約書に印を押す。

 魔力でインクを再現し、印の欄にカナミの拇印がつく。

「契約成立だ」

 カリウスは満足気にそう言うと、辺りの景色が歪む。

「な、何?」

「柱を失ったこのビルをもたない。崩壊するのが必定」

「ほ、ほうかい!?」

 しかし、崩れるというより感じはしない。

 テレビの映像にノイズが走るような、そんな感じが視界を埋め尽くしているようなものだ。

「か、カナミィ!」

 そんな中でミアはカナミの名前を叫んだ。

 視界が歪んだ廊下の景色ばかりで他の人間の姿が確認できない。

 だけど、側にいたカナミが遠くへ行ってしまう感覚だけはわかる。

 どうしようもならない、どうしようもできない。

 ミアは悔しさのあまり、ヨーヨーを放り投げた。

 そのヨーヨーは空しく歪む景色の中に溶け込み、消えていった


 後悔はある。

 本当にこれでよかったのか、と。

 多分よくないと思う。

 でも、こうするしかなかったと言い聞かせる。

 申し訳ないと思いつつ、カナミは思い出す。

 クルハが渡してくれた書類にはこう書かれていた。


――そこで提案されたことをかなみは『イエス』と答えなければならない


 クルハはこんな未来をみていたのだろうか。

 だったら教えて欲しかったかな、と少しは思う。

 でも、結局こうなってしまったのだから後の祭りだとと思う。

 歪む景色の中、カリウスの姿だけははっきりと見える。

 側にいたはずのミアや彼の足元にいたスイカとシオリの姿はもうどこにもない。

 これでもう彼女達とは顔は合わせられない。

 残念で仕方が無い。

 目に熱いものがこみ上げてくる。

 でも、泣きたくない。泣いたら負けだ。

 気持ちだけは負けたくない。

 絶対に負けない。

 そんな想いで悲しみと悔しさを塗りつぶす。肩の軽いことによる寂しささえも。

 反骨心でカリウスを見返してやると、景色は正常に戻る。

 空が見えた。ここは外のようだ。

 周りのビル郡からしてここはさっきまで入っていたビルの場所に立っているみたいだ。

 だが、ビルの姿かたちはもうどこにもない。

 綺麗さっぱり消えてしまったようだ。

 そこにミア達の姿はない。

 正直ほっとした。

 しかし、代わりにネガサイドの幹部達三人が立っていた。

 彼らはカナミを歓迎するかのようにカナミの周囲を取り囲んだ。

 そしてカリウスは勝ち誇った口調で告げる。

「ようこそ、ネガサイドへ」

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