第20話 倒壊! 崩れゆくは少女の絆!(Aパート)

「しかしねえ、これでよかったの?」

 千歳は楽しげに宙を舞う。

「よかったからこうしているんでしょ」

 あるみが答える。

「あの娘達にはちょっと酷だったんじゃないの?」

「そんなことないわ。ちょっと過小評価しすぎなんじゃない」

「あなたが過大評価してるんだと思うんだけどね」

 あるみと千歳は睨み合う。

 ここは路上の真ん中。普通ならここの交差点を行き交う人がいて、奇異の視線を向けられているところだ

 何しろ、千歳は幽霊で、魔法少女になれるほどとはいかないまでも、それなりに魔力を持っている人間ならちゃんと見える。俗にいう霊感が高いといわれる人がそうなのであるが、そんなの普通の人間の中でも何万に一人いるかどうかなところだ。

 しかし、今は普通の状態ではなかった。

 人の気配はなく、鎮まりかえっている。

 辺り一帯はゴーストタウンと化して人っ子一人いない。

 そのため、文字通り盛大に一人芝居しているようにしかみえない。

「まあ、こっちはこっちで大事な役目があるんだからしょうがないでしょ」

「そんな役割ね。私も手伝って上げましょうか?」

「手伝いがいる相手ならね」

 あるみがそう言うと敵は現れる。

「おう、関東支部の一大事ってきいて駆けつけてみたんだがな!」

 大男。それも肌が灰色で見るからに人間ではないことが一目でわかる怪物である。

「てめえが敵ってわけか、ゴルァ!」

「そうね。ただし、あなたが私の敵かどうかは別の話よ」

「そいつはどういう意味だぁッ!?」

 アルミは即座に変身する。

「グワフゥッ!」

 そして大男は吹き飛ばされる。

 何が起きたのか理解できない。

「私にあなたの敵が務まるかって話よ」

 そう言ってアルミはドライバーを突き刺す。

「バッハァッ! お、俺はぁぁぁッ! 東北支部幹部のぉぉッ!」

 名乗る前に、アルミはドライバーを一回しして、大男はバラバラになる。

 飛び散った身体は灰になり、跡形もなく風に溶けて消える。

白銀しろがねの女神、魔法少女アルミ降臨!」

 そして、艶やかに白銀の光に満ちた魔法少女アルミが堂々と名乗りを上げる。

「あやつを、一瞬にして葬り去るとは!」

 大きな六枚の翼を生やした虎の怪物が現れる。

「やはり、白銀の魔法少女……噂に聞いていたが……」

 12本の触手を生やした老人の風体の怪物が空から降りてくる。

「聞きしに勝る魔力よな……」

 巨大な斧を持った鎧武者の怪物がドンと大地を揺らして登場する。

「しかし、我らが力を合わせれば恐れるに足りん!」

 足がキャタピラー、両腕が銃身の鋼鉄の身体を持った怪物がけたたましい音を上げてやってくる。

「各支部の幹部達ね。額首揃えてよくやってきたわね」

 それを聞いて虎の怪物が目を血走らせる。

「最高役員幹部十二席のヘヴル様がやられたとあって、我々も総力をもって迎え撃つつもりであったがな」

「何故か六天王りくてんおう様は何も答えなかった……ゆえに我々は独自の判断で動いた」

 触手の老人は淡々と言う。

「その六天王とかっていうヤツの判断は正しいよ」

 それに答えたのは千歳だった。

「何奴!」

 鎧武者は千歳へ敵意を向ける。

「その風体……亡霊か」

「あんたに言われると、不思議な気分ね」

 鎧武者も見方によっては亡霊に見えなくもない。

「かなりの力を持っているようだが、我らの障害と成り得るほどではないようだな」

「へえ……!」

 千歳は目頭をピクピクさせる。

「本当に障害にならないかどうか確かめてみる?」

「たかが亡霊ごときに何ができるというか」

「こういうことができるのよ!」

 千歳がそう言うとアルミの背中から巨大な箱が舞い上がる。

「――!」

「糸仕掛けの魔法人形!」

 箱から開けて人形が現れる。

 人間と見間違えるほど精巧にできた美少女。しかも衣装はヒラヒラと鮮やかな緑の衣装を身にまとっている。

「なんだこりゃ!?」

 虎の怪物が仰天する。

「機械仕掛けならぬ糸仕掛け……」

 機械の怪物が腕の銃口を向ける。

「知り合いの人形師に特注したのよ。かなり高かったんだから」

 アルミはぼやく。

「もちろん、代金分はきっちり働くわよ!」

「ほざけ!」

 機械の怪物は腕から銃弾を発射する。

念糸壁ねんしへき!」

 撃ち出された銃弾を、魔法の糸が絡みとる。

「鋼の絆の紡ぎ手、魔法少女チトセ参戦!」

 アルミが生まれるよりも前に魔法少女として戦い、その生涯を全うした緑髪の魔法少女が再びこの世に生を受けた。

「おお、中々いいじゃないこの身体! 気に入ったわ!」

 魔法の糸で指を動かしてみる。

 魔法の糸はそもそも目に見えないほど細いため、普通に女の子が指慣らしをしているようにしか見えない。

「それが新しい肉体であるか」

 鎧武者は斧を構える。

「ええ、やっぱり身体はいいわね。この魔力を受け止めてくれる器がないものだから今まであんまりできなかったけど!」

 チトセは目が輝く。それはガラスで出来た目に映るはずのない、闘志の色であった。

「むうッ!」

 怪物達は気圧されて思わず一歩退く。

「久しぶりに戦いましょうか!」



 カナミは迷っていた。

 ここがどこなのか。スイカ達は無事なのだろうか。合流はできるのか。

 それらの不安が判断を鈍らせる。

 幸いにも敵はその不安で迷っている内にも待っていてくれている。

「ボク達と一緒に働きませんか?」

 繰り返される言葉。

 もう何回目なんだろう。これを聞いたのは。

「ボクはあなたが返事してくれるまでずっと待つつもりです」

 スーシーはそう言って微笑む。

「ずっとっていつまでよ?」

「いつまででもです。一時間でも一日でも一年でも」

 小憎たらしい笑顔で答える。

「あんた、いくつよ?」

「歳のことは企業秘密なもので言えないんですよ」

「私の周りってそう言う人が多いのよね」

「流行ってるんですよ」

「流行っているのかしら?」

「知りません」

「無責任ね」

「悪の秘密結社ですから」

 カナミはこのまま魔法弾を撃ちたい衝動に駆られた。

 しかし、下手に戦いになったら危険は大きい。同じ幹部のカンセーと戦ったことがあるが、シオリがいなかったらやられていたかもしれない。このスーシーにも同じぐらいの実力があると見ていいのかもしれない。それどころか、カンセーよりも強いかもしれない。

 それにスーシーはここがどこなのか、把握しているようだ。地の利は向こうにある。

 完全に自分が不利な状況で、負けるのは目に見えているのだから迂闊に仕掛けられない。

「攻撃はしてこないんですね……」

 スーシーもそれがわかっていて、カナミに見下した笑みを浮かべる。

「いいですよ、じっくり考えてもらえればいくらでも待ちますから」

 そう、今は待つべきだ。

 スイカやミアが動いてくれればチャンスが回ってくるかもしれない。



「逃がすかよ!」

「ここがお前たちの墓場だからな!」

 Y字の通路がそれぞれ柱の怪物に阻まれる。

「こうなったらやるしかないわね!」

 ミアはヨーヨーを持つ。

「ダメよ、ミアちゃん。私達だけじゃあいつらは倒せないわ!」

「だったらどうするのよ。逃げまわってたらこのザマじゃない!」

「あ、あの……言い争いしてる場合じゃ……ないと、思うんですけど……」

 シオリの言葉で一旦落ち着く。

「とにかく囲まれているんだから、どこか一点突破しないと押しつぶされるわよ」

「そうね。私がスキを作るから二人はその間に脱出するのよ」

「しくじるんじゃないわよ」

 スイカはレイピアを構える。そのまま直進して突撃する。

「ノーブルスティンガー!」

 しかし、スイカのレイピアはいとも容易く受け止められる。

「おう、この程度じゃ俺は揺らがないぜ!」

 そして弾かれる。

「ウガッ!」

 地面に伏せるスイカ。

「ああ、もう使えないわね!」

 ミアはヨーヨーを柱の怪物に当てる。

「豆鉄砲か、こいつは?」

 柱の怪物は防御するまでもヨーヨーを弾く。

「えぇい、この石頭が!」

「どのあたりが頭なんですか?」

「そんなことどうだっていいわよ!」

「石頭などと一緒にしてもらっては困るな!」

 柱の怪物三体が堂々と吠える。

「お前達はトウをぶっ飛ばしやがって!」

「トウの仇だ! ただじゃおかねえからな!」

「俺達柱の重みで押し潰されやがれ!」

 三体が口々に言う。

「だぁー! うるさい、だいたいあんたらの一体をぶっ飛ばしたのはカナミでしょ! 私達を恨むのはお門違いよ!」

「まあ、私達も戦ったからお門違いって程じゃないんだけど」

「あんた、どっちの味方よ」

 ミアはスイカをギッと睨む。

「えぇいー、そんなことはどうだっていいんだ!」

「お前達のうちの誰がトウを倒したがか問題じゃない!」

「お前達がトウを倒したことが問題なんだ!」

 三体はそれぞれドシドシとビルを揺らしながら一歩一歩近づいてくる。

「どうするの?」

「どうしましょう?」

 ミアとシオリはスイカに言う。

「そ、そうね……」

 スイカも弱った。

 攻撃は通じない、このままだと確実にやられる。

 こんな敵を前にしてどうすればいいのか……

 カナミさんなら……カナミさんならこんな時にどうするのか。

――やれるだけやりましょうよ!

 頭の中にいたカナミはこう言ってくれた。

 きっとそう言う。

 だったら、そうするしかない。

「もう一度、一点突破やってみましょう」

「で、でも……」

「でも、それしか方法がないならそうするしか……」

「待ちなさい! 一点突破なら一つ思いついたことがあるわ」

「思いついたこと?」

 ミアはシオリとスイカに耳打ちする。

「む、ムチャじゃない!?」

「ただ闇雲に無駄撃ちするよりはいいでしょ!」

「わ、私にそんなこと、できるんでしょうか?」

「できるかどうかじゃなくてやるしかないのよ!」

「は、はい……! やってみます」

「あとはあんたよ、スイカ!」

「シオリちゃんが頑張るなら、私が頑張らないわけにはいかないでしょ!」

 スイカは精一杯の虚勢を張った笑顔で答える。

「覚悟は決まったか!」

「決まっていようが、関係ねえ!」

「このまま押し潰してやる!」

「そうはいかないわよ!」

 ミアがそう答えると、シオリはバットを大きく振りかぶる。

「弾丸ライナー、いきます!」

 シオリがバットを振った。

 そのバットにスイカが乗る。

「シオリ、お願いね!」

「は、はい、お願いされます!」

 シオリはバットを振りぬく。

 それに、スイカは撃ちだされたロケットのごとく一直線に柱の怪物へ向かう。

「ノーブルスティンガー!!」

 柱の怪物は受け止める体勢に入る。

「ぬおぉぉぉぉぉッ!! そんなもの受け止めてやるぜぇッ!」

 スイカと怪物が激突する。

「ぐうおぉぉぉぉッ!!」

 怪物は勢いに圧されながらも踏みとどまる。

「足りない! 足りない足りない! この柱を踏み倒してえなら衝撃が足りないぜ!」

「そ、そんな!」

「ああもう! どんな硬さしてんのよ!」

「ま、まだよ! もう一押し!」

 スイカは吼える。

 負けられない。ここでこいつを倒さないと、カナミを守れるような強い魔法少女になれない。

「ぬぅッ!」

 柱が揺らぐ。

 一旦よろめいたらもうその勢いは殺せない。

「ぎぃぃぃやぁぁぁぁぁッッ!!」

 柱は貫かれ、粉々に砕け散る。

「おお、ナン!」

「トウに続いてナンまでも!」

 残った二体の柱は大いに嘆く。

「どんなもんよ、おそれいったか!」

「ミ、ミアさんは何もしていませんよね?」

「いいのよ。あたしが倒していなくても、大事なのはあたし"達"が倒したことなんだから」

「……今のは社長っぽいわね」

 ぐったりと力尽きたスイカはつぶやく。

「って、あんたへたばってる場合じゃないでしょ!」

 ミアはスイカを蹴っ飛ばす勢いで文句を言う。

「む、無茶言わないで。もう力が入らなくて」

「あんたがいなかったら、どうやってあいつら倒すのよ!?」

「その前にカナミさんを……」

「ああ、そうね。あいつならなんとかしてくれるでしょ!」

「ミアさん、なんだかんだ言ってカナミさんを頼りにしてるんですね」

 シオリの発言にミアは頬を染める。


ゴゴゴゴゴゴ


 次の瞬間、ビルが揺れる。

「え、な、なに!?」

「……こ、これは!」

 一体目の柱を倒した時と同じ現象であった。

「おおう! ナンまでもが倒されたばっかりに!」

「またビルが崩れちまう!」

 二体の柱が何を言っているのか理解できなかった。

 またビルが崩れる? 

 またということは一回目のときにビルが崩れたということか。

――だったら、どうしてまだ自分達はビルの中にいる?

 ビルが崩れたのなら、その後に立っているのはビルの外のはずなのに。


ガガガガガガ!!


 そうこうしているうちに、崩れた天井が落ちてくる。

 視界一面が闇に包まれる。

 痛くなく、辛くなく、ただ暗くなるだけ。



「地震?」

 真っ暗闇の中、足場が少し揺れる。

 どこかで波打つ音が聞こえる。

「いいえ、これは崩壊です」

「崩壊?、」

「あなたの仲間がボク達のビルの柱を崩したせいですよ」

「柱ってあの怪物のこと?」

「そう。このビルを支えている柱の怪物達だよ」

「支えているってあいつら、好き勝手動いてるじゃない?」

 とてもビルを支えているようには見えなかったが、その頑丈さは今までの敵と比べても桁違いであった。

「確かにビルが支える柱は動いています。ですが、柱が動かないとは限らないんです?」

「ど、どういうこと!?」

「彼らは存在しているというだけでビルを支えるという魔力の性質を持った特殊な怪物ということです」

「そんな特殊ってあり!?」

「なんでもありだから悪の秘密結社なんですよ」

「本当にとんでもないやつらね。できれば敵に回したくなかったわ」

「だったら味方になりませんか。これほど頼もしい味方は他にいませんよ」

「でも、絶対に敵に回したくない人がいるからね」

「ああ、それは少し納得です」

 お互いの脳裏にドライバーを振りかざす銀髪の魔法少女が浮かんだ。

「あんなのと戦うぐらいだったらお金いらない」

「生命いのちあっての物種。生命いのちこそ最大の財産というわけですか」

「そういうあんたはどうしてもあんなのと戦わないといけないわ」

「この歳になると立場やしがらみというものが出来て、思うように動けなくなるものなんですよ」

 どうみても少年の容姿でしかないスーシーが言うと違和感がある。しかし、彼が悪の秘密結社の幹部となると、何やら秘密があると思えて不思議と違和感が消える。

「あんた、一体いくつよ?」

 とはいっても、それはそれで。お約束として疑問を口にしなければならないのがカナミの性であった。

「企業秘密ですよ」

 スーシーは笑ってそう言うが、次の瞬間にキリッとした顔つきになる。

「ともかくこれで悠長に待っていられなくなりましたね」

「どういうこと!?」


ゴゴゴゴゴゴゴゴ!


 揺れる。

 魔法少女として新体操選手よりも優れたバランス感覚を持ったカナミですらぐらつくほどの大きな揺れだ。

「二つの柱が消え、残った柱は二つ……」

 スーシーはそう言って闇へと姿を消す。

「あ、ちょ、ちょっとッ!」

 カナミはスーシーを追いかける。

 まともに立っていられない中、意地と根性とちょっとした好奇心で走った。


バシャバシャ!


 走っている途中、水の中に入った。

 靴が浸かる程度だから、それほど気にならず、おもいっきり水を蹴飛ばしながら走る。

「うん、やっぱり君はこの方が似合っているね」

「この方ってどの方よ?」

「地下水系魔法少女」

 マニィの言葉に耳を傾けた自分がバカだった。とはいっても肩に乗っているのだから否応なしに耳に入ってくるのだが。


『秘密の抜け道。ネガサイドの間でも秘密裏に使っている地下水路から侵入する』


 来羽の書類にはそう書かれていた。

 今、蹴飛ばしている水で路が出来ているようなものだし、マニィが言うようにここは地下水路かもしれない。

 暗いし、ジメジメしているし、むしろ地下以外に考えられない。

「だったら、上に向かって撃ち抜けば外に出られるんじゃないの!」

「気持ちが上向きになってきたじゃないか」

「まあ、そうでなくちゃやってられないからね」

 カナミは頭上に向かって神殺砲を掲げる。

「ボーナスキャノンッ!!」



「追い詰めたぜ!」

「挟み撃ちだぜ!」

 今度は一本道の廊下で前と後ろからそれぞれ柱の怪物にスイカ達は追い詰められる。

「トウとナンがやられたが、このザイと!」

「ボクが貴様らを倒してやる!」

 既にスイカは力尽きており、ミアとシオリだけでは力不足だ。

「ど、どど、どうしましょう?」

「どうしようにも……あたし達だけじゃあいつらを倒せないわ。あたしがなんとか隙を作るからその間に逃げなさい」

「え、ええッ! そんなことできませんよ!」

「いい、このままじゃ全滅するのよ! あんたがこいつを背負って逃げればそれだけあたしだって動きやすくなるんだから!」

「い、いい……いいんですか?」

「あたしがいいって言ってるんだからいいのよ! 早くその青いの背負いなさい!」

「は、はい!」

 シオリはスイカを背負う。

「ごめんね、情けない先輩で」

「そ、そんなことありませんよ……」

「さ、いくわよ!」

 ミアはヨーヨーを構える。

「Gヨーヨー!」

 ヨーヨーは巨大化し、柱の怪物へ襲いかかる。

「ぬうッ!」

 しかし、柱の怪物は簡単に巨大ヨーヨーを受け止める。

「この程度か!」

「やっぱり通用しないのね!」

 わかっていたが、それで悔しくないわけがない。

 自分の魔法が通じない。ミアは歯噛みして次の一手を打つ。

「バーニング・ウォーク!」

 燃えるヨーヨーが五本、一斉に柱の怪物へ迫る。

「あちぃッ!?」

 意外にもこれは効果あったみたいだ。

 柱の怪物はよろめく。

「今よ!」

「はい」

 シオリは自分よりも大きなスイカを腕で抱えて走る。

「ベーススライディング!」

 投手から投げられるボールよりも早いスライディングで柱の怪物の二本の足の間を駆け抜ける。

「し、しまった!」

 失敗に気づいた怪物は振り向き、二人を追おうとする。

「させないわ、Gヨーヨー!」

 巨大ヨーヨーをぶつけて気をそらそうとする

「おっと」

 それに気づいた怪物はヨーヨーをあっさりと投げ返す。

「――!」

 巨大ヨーヨーをぶつけられ、ミアの小さな身体は宙を舞う。

「まあ、先にお前から潰せばいいだけか」

 反対側にいる柱の怪物は自分の方へ飛んできたミアへ拳をぶつける。

 拳とはいってもミアの身体を覆うほどの大きさである。

 一発まともにくらえば全身打撲は免れない衝撃をまともに受けて、床を一回二回と勢い良く転がる。

「アハ……ケフ……」

 腹にたまった空気を吐き出す。

 その中に色々混ざっているが気にしちゃいけない。

「こうなったらお前だけでも押し潰してやるぜ!」

「小さいからすぐにペシャンコだぜ!」

「誰が小さいって!」

 ミアはヨーヨーを投げつける。

 精一杯の意地とありったけの闘志とともに。

「まだ抵抗するか」

「無駄な抵抗だぜ。この程度で柱は揺らがないぜ!」

 柱の怪物が言った通り、ミアのヨーヨーを物ともせず弾いてしまう。

「こんにゃろー!」

 それでもミアは大量のヨーヨーを叩きつける。

「ぬうんッ!」

 しかし、柱の怪物はことごとくヨーヨーを叩き落とす。

「貴様一人で何ができる!?」

「このまま押し潰されてしまえ!」

「冗談じゃないわよ! これぐらいで潰れてたらね、借金の海に沈んでいるあいつを笑えないのよ!」

 ミアは巨大ヨーヨーにありったけの魔力を込める。

「Gヨーヨー・グランドワールド!」

 凄まじい回転を誇る巨大ヨーヨーは光の弾丸となって、柱の怪物へと撃ち込まれる。

「ぬうぅッ!?」

 これには怪物もたまらず揺らぐ。

「これ以上、やらせるか!」

 背後からやってきたもう一体の柱の怪物がミアを殴りつける。

「ガァッ!」

 後ろにまで神経が回っていなかったミアはまともに拳を受けて、再び床を転がる。

「クゥゥゥ……」

 もう立ち上がれない。

 巨大ヨーヨーと拳のダメージで魔力が尽きてしまった。意識を保っているだけで十分だ。

「もう、ダメ……」

 ミアは弱音を吐いた。

 いつ以来だろう。こんなにもはっきりと声に出して弱音を言ったのは。

 前に父親に叱られた時に、泣いた時かもしれない。

 初めて魔法少女になって、怪物と戦った時に負けそうになった時かもしれない。

 思い出そうとしても思い出せないし、別に思い出せたとしても状況は変わらない。

 ああ、なんでそんなどうでもいいこと思い出そうとしているんだろう。

 もうここで終わりだからか。

 いや、そんなはずはないと思いたい。

 漫画やアニメとかだとここで主人公や助っ人が都合よく助けに入ってくれるけど、これは漫画やアニメじゃないから都合よく助けが来てくれないことをミアは知っている。

 やっぱりここで終わるんだ。

 あっけなかったな。あたしがいなくなったらみんなどう思うんだろう。

 親父は泣くんだろうか。かなみは必ず泣くだろうな。

 あいつは涙脆いから、この間も感動するアニメのディスクを渡して見せたらわんわん泣いたし。

 うん、絶対に泣くわね。

 そうじゃなかったら承知しない。

 化けて脅かしてやってもいい。あいつ、お化け苦手だからメチャクチャ驚くに決まってる。

 そうしたら、あたしは思いっきり笑ってやろう。

 ようし、決めた。

「あはは」

 急におかしくなって笑い出した。

 なんで、こんな今際の際であいつのことを考えているんだろう。

 馬鹿みたい。

 あんな借金持ちで貧乏ったらしくて惨めったらしい年上の後輩を、どうしてここまで気にかけてしまうんだろう。

――私達が家族みたいなものだから!

 そう言ってくれたのはあいつだけだった。

 そう言われてあたしはこう思ってしまった。

――家族がいないやつに家族って言われても、そいつらの代わりにしか思われていないってことなのよ!

 あいつは両親の代わりにあたしを家族だと言ってくれた。そう思ったら嬉しいと思えなかった。

 でも、本当は嬉しかった。

 だって、他にそう言ってくれる人がいなかったから。

――今度、あいつに会ったらちゃんと返事しないと。


ドォォォン!!


 轟音が鳴り響く。

「バカなァァァァッ!!」

 次に遠くで怪物の断末魔らしき叫びが響いた。

 何が起きたのかわからない。

 朦朧とする意識の中で黄色が見えた。

 不恰好でどこかくすんでいて、全然美しくない。

 でも、綺麗だと思った。

「ミアちゃん!!」

 黄色の魔法少女はこちらに走り寄ってくる。

「なんだ、カナミじゃない……」

「大丈夫? 立てる?」

「たてるわけないでしょ」

 ミアがそう言うと、カナミはすぐに抱きかかえる。

「ちょ、ちょっと?」

「立てないんでしょ。こうするしかないじゃない」

「そ、そうだけど……」

 なんだかわからないけど、恥ずかしい。

「おろして」

「え?」

「ちゃ、ちゃんと立てるからおろして!」

「でも、さっきたてないって」

「今立てるから!」


ドン!

ドン! ドン! ドン! ドン!


 背後から柱の怪物が四股を踏んでいる。

「よくもよくも! よくもよくもよくもよくもよくもよくも、ボク以外の全員をぶっ飛ばしやがったなッ! 許さないぞ許さねえ許しゃしねえ! しねえぇぇぇぇッ!!」

 怒り狂った最後の柱の怪物はカナミ達へ突進する。

「ミアちゃん、本当に立てる?」

「本当だってば!」

 カナミはミアを降ろす。

 そして、すぐに振り向きステッキを砲台へ変える。

「神殺砲! ボーナスキャノン!!」

 膨大な魔力が砲台へと注ぎ込まれ、発射される。


ドォォォォォォン!


「バカなァァァァッ!!」

 さっき飛ばされた怪物とまったく同じ断末魔を上げて、最後の怪物は消えた。

 全ての柱の怪物が消えて、辺りが静寂に包まれる。

「あたし、あんたのお母さんになれないから」

「え、どういうこと?」

「――家族よ」

 それだけはカナミに言っておきたかった。

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