第19話 決断! 少女の行く手にあるは成功の未来か?(Bパート)

「だいたい把握したわ」

 書類をあっという間に目を通し、そう言った。

「は、速すぎませんか!?」

 かなみは驚きを隠せなかった。

 全部読むのに一分とかかっていない。ちょっとした本ぐらいの厚さがあるから魔法でも無い限り、そんな短時間では無理だ。

「速読術を使ったのよ」

「速読術、そんなこともできるんですか?」

「来羽から毎回こんなもの渡されていたら、自然とね……身についたのよ」

 毎回ってどれだけなんだろう。聞いた感じ、一年や二年ぐらいのものじゃない。

 あるみと来羽……実際にこの二人が会ったところをあまりみたこと無いけど、その僅かな邂逅のうちに確かな絆を感じた。

「おかげでネットサーフィンが捗るのよね、あははは」

「せっかく身につけたスキルで何やってるんですか?」

「まあ、なんにせよ。これで腹は決まったわ」

「どういうことですか?」

 来羽から受け取った書類。その中には数々の未来が書かれている。

 一体どんな未来があるのだろうか。かなみは不安で怖くて結局読めなかった。

「まあ、みんなが集まるまで待ちましょうか」

 そう言って、あるみは雑魚寝する。

 昨日もそうやって寝ていたが、風邪は引かないのだろうか。

 まあ、彼女は病気とは無縁なのだろうが。

――魔法少女は病気をしないものよ

 そう嘯いているのが簡単に想像できる。

 金型あるみは本当に強い人だ。自分の十倍程度の強さだって言っていたけど、百倍以上だって言われた方が納得がいく。

 どうやったら追いつけるんだろう?

 そこまで考えて、かなみは無造作に置かれた書類へと手を伸ばす。

 これを読めばヒントぐらいはわかるかもしれない。

 これを読んだ先にある未来……一体何が待ち受けているのか。

 考えるだけで不安と恐怖でいっぱいになる。

 もしも、嫌な未来だったら、それがどうしようもできない事態なら……

 かなみは手を引っ込める。

「はあ、弱いわね、私は……」

 ため息をつく。

「そんなことないわ」

「わッ!?」

 唐突に声がして、かなみは思わず驚く。

 だが、それはすぐに聞き覚えのあるものだと気づく。

「翠華さん、いつ来たんですか!?」

「ごめんなさい、驚かせるつもりなかったんだけど」

「いえいえ、どう考えても驚かせるつもりだったじゃないですか!」

「ちゃんとノックしたんだけど、返事がなかったから勝手に入っちゃったの。ごめんなさい」

 翠華は頭を下げる。

「あ、いえいえ、驚いた私も悪かったんです」

「許してくれるの?」

「いらっしゃい、翠華さん。来てくれて嬉しいですよ」

 かなみはせめてもの笑顔でそう言った。

 翠華はキョトンとした。心なしか顔が赤くなっている。熱でもあるのかと心配になる。

「…………う、嬉しいの、本当に?」

「はい……社長と二人きりは不安ですから」

「あ、そうだったわね」

 翠華は苦笑いする。雑魚寝しているあるみの存在を今初めて気づいたようだ。

「二人きりとは酷いな」

 ラビィが不機嫌顔で言う。

「私達だっているのにね」

 トリィもパタパタと翼をはためかせる。

「ああ、ごめんなさい。でもあなた達はマスコットだし」

 人としてはみなしていない。あくまでペットみたいなものだった。

 ただ言葉が通じるだけで、どうにも人間のように思えてしまう。

「僕らは空気を読んで、あえて黙っていたんだ」

 確かにさっき、かなみが書類に手を伸ばした時、物音一つ立てなかった。

 無駄に空気を読むスキルだけは長けているのかもしれない。本当に空気を読んでいるのかどうか、主がアルミとわかった今は怪しいものだが。

「ねえ、あなた達って本当に社長から作られたの?」

「ああ、本当だよ」

「ウシシシ、まあモデルになった奴はいるが基本はあるみが性格付けさせられたんだぜ」

「え、じゃあ、こいつのこの嫌味な性格は社長がつけたの?」

 かなみの言うこいつとはもちろん肩に乗ったマニィだ。

「不本意ながら」

「うう、もっといい子にしてほしかったよ」

「僕ももっと可愛いげのある魔法少女と組みたかったよ」

「ウシシシ、どっちもどっちだぜ」

「お似合いだと思うわ、二人とも」

 翠華はその様子に羨ましそうに眺める。

 マニィみたいに、もっと遠慮無く言い合えるような仲にかなみとなりたい、本気でそう思っているからだ。

「まったく相変わらずのオンボロね」

「おじゃまします」

 と、ここでみあと紫織の二人が入ってくる。

「いらっしゃい、みあちゃん、紫織ちゃん」

「狭い、汚い、臭いの三重苦の部屋ね」

「いきなり酷いよ、みあちゃん!」

「みあさんはかなみさんのことは悪く言ってませんから大丈夫ですよ」

「あ、そういえば……」

「かなみが貧乏、貧乏、貧乏の三重苦なのは今更だしね」

「余計に酷いよ! っていうか、それって三重苦なの!? 確かに苦しんでるけど!」

「かなみさんは貧乏ですけどいい人ですから大丈夫ですよ」

「紫織ちゃん……そういうのが余計に傷つくんだよ」

 かなみは紫織の頭を撫でながら涙をこらえる。

「っるさいわね……」

 あるみがそう言うと、全員反射的に口を閉じる。

「まあ、よく寝たからいい目覚ましになったけど」

「え、まだ十分も経ってませんよね!?」

「十分(じゅっぷん)ありゃ十分(じゅうぶん)よ」

「それってシャレですか?」

「そう、面白いでしょ?」

「……………………」

 みんなは沈黙で否定する。

「え、とっておきのシャレだったのに」

「なんだかおっさんくさい……おばさんなのに」

「みあちゃん、一言余計だよ!」

「ふうん、おっさんくさいのは認めるんだ、かなみちゃん」

 あるみは口では軽い口調だが、目は笑っていなかった。

「あ、いえ、そういうわけじゃありませんけど!」

「弁解しなくていいのよ。どうせ聞かないから」

「ええ、た、たすけて……」

 かなみは盛大にお仕置きされるのであった。



「さあて、みんな揃ったところで今度の仕事の説明はじめるわよ~♪」

 あるみはパンパンと叩く。

「そのホワイトボードはどこから出してくるんですか?」

 お仕置きされてボロボロになったかなみはそれでも自分の部屋の事だから、とめげずに突っ込みを入れる。

 ホワイトボードから一瞬の早業で部屋へ入れているのだが、それがどこから運んできて、どうやって狭い出入り口から入れているのか、疑問は尽きない。

 たとえ疑問が解消されても、またあるみは新しい疑問を持ってくるだろう。

「わざわざ、みんな集めたんだからよっぽどの大事(おおごと)なんでしょ」

 みあがそう言うとあるみはニヤリと笑う。

「ええ、今までとは比べ物にならないものよ」

「比べ物にって……報酬はどのくらいなんですか?」

 かなみの問題はそこであった。

「報酬はまあ、あとのお楽しみってことで♪」

「楽しみにしていますよ!」

「かなみって本当に報酬になると目が輝くわね」

「かなみさんらしくていいわ」

 翠華はそんなかなみを惚れ惚れとしている。

「なんとかは盲目とは聞きますが……」

「なんとかって何よ?」

「ともかく、ここが正念場なんだからみんな張り切って行くのよ!」

 ホワイトボードを割らんばかりにパパンと叩く。

「それで、仕事内容はなんですか?」

「ネガサイドの東京支部をぶっ潰す」

 あるみは驚くほどあっさりとそう答える。

 しかも、それだけで何をしようとするか察しがついた。

「ようはやられたからやり返すんですよね」

「そうよ、その通りよ」

 単純な話であった。

「ひとんちぶっ壊しておいてタダですむと思ったら大間違いよ。そのことをたっぷり思い知らせてやるわ!」

「社長、燃えてますね」

 味方だというのにかなみは身震いした。

 この人だけは敵に回したらいけない。というか、この人、戦いになると妙にいきいきしているような気がする。

「熱すぎるからこっちまで火傷しないように気をつけないとね」

 翠華の言うとおりだった。

「まあ、連中の居場所も規模もわかってるし、大事だけどやりやすいものよ」

 規模まではわからないが、かなみ達も一度連中のビルに乗り込んだことがある。

「むしろ、そこまでわかっててなんで今まで攻めなかったのよ?」

 みあはこういう聞きづらいことを聞いてくれるから助かる。

 あるみは腕組みをして答える。

「事情があるのよ。攻めたくても攻めれない事情がね」

「でも、今回は攻めるんですよね?」

「やむにやまれぬ事情ができちゃったからね」

「魔法少女の戦う動機が怨恨っていうのも酷い話よね」

「えんこん、みあさん……難しい言葉、使うんだね……」

「ま、みあちゃんのいうことにも一理あるけど、きまっちゃったものはしょうがないでしょ」

「しょうがないですか、これ?」

 かなみはそんな疑問を口にせずにはいられない。

「あと、今回は来羽から事前に未来を予測してもらったわ」

「それってそういう未来だったんですか」

 かなみはあるみの持っている書類を指さす。

 そういうことなら、読んでおいた方がよかったかもしれないと後悔する。

 こんな大事で戦うのだから、成功するのかどうか知っておいたほうがよかった。それが失敗する未来だったら、どうしようと慌てふためくのが目に見えているが。

「ちなみに成功率も算出してもらったわ。……八パーセントらしいわよ」

 やっぱり読まなかった方がよかったかも。



 今日はやけに風が強く感じる。

 これはこれから強大な敵に立ち向かうかなみ達への向かい風かもしれない。

「本当はビルの隙間風なんだけどね」

「みあちゃん、変なことに詳しいね」

「これでも社長令嬢だからね」

 何故かこういうことになるとみあは少しご機嫌だ。

「悪の秘密結社って、どういうビルにいるんですか?」

 そう言った紫織の顔は不安に満ちていた。

「紫織ちゃんは初めてなのよね」

 以前、乗り込んた時はかなみ、翠華、みあの三人だった。

 今思うとよく悪の秘密結社の本拠地に乗り込もうとしたものだ。しかも正面玄関から堂々と、受付を通して、だ。

 あの時の自分の度胸がかなりあったんだな、かなみは思いを馳せる。

「普通よ、フツー。あれだったら親の建てたビルの方がよっぽど悪の根城っぽいわよ」

「あのおじさんの会社も気になるけど……確かに普通に高いビルだったのよね」

「はあ、普通に高いビルですか」

 紫織は周囲を見回してみる。

 おあつらえ向きにこの辺りは高層ビル街で、かなみの言う『普通に高いビル』が並んでいる。

「あれよ」

 翠華はビルを指差す。

「え、どれですか?」

 紫織はその指先を見ても、どれだけわからない。それだけ代わり映えしない立派なビルが立ち並んでいるのだ。

「あ、ここまで来てしまいましたか……」

 かなみは憂鬱になる。

 敵の本拠地に攻めこむなんて無謀な大仕事。

 その上、勝率八パーセントなんて言われたら、余計に戦意が萎える。

(大体、八パーセントって低すぎるのよ。十回やっても一回も成功しないってことじゃない)

 しかも、それがあるみが参加しないということで計算された勝率なのだ。

――私は参加しない。

 そう言われた時、一瞬理解が遅れた。

 理解した時、同時に納得した。

 だから、成功率がこんなにも低いのだ、と。あるみが参加して八パーセントという低さならかなり絶望的で無謀な仕事ということになる。

 というか、自分達は生きて帰れる気がしない。

「どうして、社長は参加しないんですか!?」

 即座にかなみは返した。

 逆に言えば、あるみが参加すれば成功率は一気に跳ね上がるのだ。八パーセントどころか八十パーセントになってもおかしくないぐらいに。

「私には他にやらなくちゃならないことがあるから」

 あるみはそう言って書類を二枚渡す。

――成功率の高いヤツと低いヤツが二枚あるわ。好きな方を選びなさい

 あるみはそう言って、有無を言わさず部屋を出て行く。

 相変わらず強引な人だ。

 しかし、一度決まった仕事はやらなくてはならない。

 報酬はどれだけなのか少し気になるところだが社長はきっちり支払ってくれるだろう。

「借金返済と給料ボーナスの為に頑張ってねえ」

 蛍光灯の周りを浮遊する千歳が突然声をかけてくる。

「いたんですか?」

「私はずっとここにいるよ。なんだかこっちの方が居心地いいし」

「す、住み着かないでくださいね」

 幽霊が苦手なかなみにとって本物の幽霊が住み着くのは心良い話じゃなかった。

「考えておくね」

 ああ、これは住み着くんだなとかなみはため息をついた。

「ともかく……!」

 気を取り直して二枚の書類を見る。

 成功率が高いモノと低いモノの二枚……あるみは好きな方を選びなさいっと言っていたけど。

「これ、どうしよう?」

 とりあえず、翠華やみあに訊いてみる。

「どうしようって言われても……」

「普通に考えたら高い方を選ぶべきなんだけど……」

 翠華にそう言われてかなみはため息をつく。

「あの人、普通じゃないから」

 本当に成功率が高いのか、低いのかわからない。

 ひょっとしたら、どっちも低いかもしれない。どっちを選んでも失敗するかもしれない。そう考えると開けるのが怖くなってくる。

「とりあえず両方見てみたらどうでしょうか?」

 紫織の提案がする。

「そうね」

 そうだ、そうすればよかったんだ。

 どちらが本当に成功するものなんか、成功する、しないもまず見てみないとわからない。

 まずは一枚目。成功率が低いといっていたモノからだ。


『秘密の抜け道。ネガサイドの間でも秘密裏に使っている地下水路から侵入する』


 そしてもう一枚の方の成功率が高い方を見る。


『正面突破。前回と同じように玄関から入っていき、幹部の出迎えを受ける。

そこで提案されたことをかなみは『イエス』と答えなければならない』


「……どうでしょうか?」

 かなみは翠華に訊いてみる。

「うーん、抜け道の方が成功率が高そうだけど……」

「なんでこっちの方が低いのよ? 大体なんで敵にもしられてない水路を知ってるわけよ?」

「それはたしかにそうだけど」

 みあ達は来羽の魔法を知らない。

 未来を視るということは、今は無い情報まで引き出せてしまうこと。

 おそらく来羽は自分達がネガサイドのビルに殴り込みをかける。その他にも正面突破や抜け道を使う以外にもたくさんの方法を試した結果の未来を視たのだろう。

 同じ仕事、戦いの未来を、違うやり方を試していく過程で知り得た数多の情報がこの書類やあるみが持っていた他の書類に詰め込まれているのだろう。

「来羽さんはいろんな情報は持ってるから」

「うーん、うさんくさいけど……あるみが信頼してるなら、まあ間違いないでしょ?」

「ええ、間違いないわ」

 それに関しては断言してもいい。

「でも、だったら、この抜け道を使った方がいいんじゃない?」

「そうね。でも……」

「でも、何よ? 信用できる情報なんでしょ?」

 信じられる。

 信じられる情報なんだが、腑に落ちない気がした。

 こっちを選んで本当にいいのか?

「抜け道の方が成功率が低いって書いてありましたよね?」

「ええ、そうなのよね」

 それだけじゃない。

 もう一つ、成功率が高い方の書類に書き記されている。


――そこで提案されたことをかなみは『イエス』と答えなければならない


 こちらを選びなさい。

 来羽やあるみはそう言っているように感じて仕方が無い。

「正面突破か」

 みあは首を傾げる。

「確かに、かなみが大砲一発撃てば、抜け道使うより手っ取り早く簡単でしょ」

「そんな乱暴なやり方でいいのかな?」

「悪の秘密結社なんだから、情け容赦無用でしょ」

「アハハ、そうだね」

 かなみは笑う。なんだかそう言われるといつもなら腹が少し立つが、今回は何故か胸のつっかえが少しだけとれてすっきりしてしまった。

「なんだか、それが一番成功する気がしてきた」

「えぇ、かなみさん。あんな街中で撃ったらまずいわよ」

「ああ、翠華さん。冗談ですってば」

 かなみは慌てる翠華をなだめる。

「いくらなんでも街中で最大出力で撃ったら、まずいのはわかってますし。それに私は戦わないと最大出力は出せませんから」

「そうなのよね。エンジンつかないとヘボヘボなのよね」

「みあちゃん、私は自動車じゃないのよ」

「突っ込むところはそこなのかしら……?」

 翠華は苦笑いする。

「でも、かなみさんが最大で撃てないんだったらどうやって成功させるんですか?」

「紫織ちゃん……私はビル破壊魔じゃないのよ」

 確かに威力はあるという自負があるのだが、そこまでアテにされても困るし、そうそう破壊ばっかしてもいられない。ボーナスの査定に響くことだし。

「え、でも、この前ビルみたいに大きなロボットを倒したじゃありませんか」

「あ、それは……」

 言い逃れの出来ない事実であった。あれのせいで紫織はかなみのことを破壊する人と認識してしまったらしい。

「あれはみんなが力を合わせたから勝てたのよ。一人じゃとても敵わなかったし」

「そうなんですか……」

「もちろん、紫織ちゃんも協力してくれたからだよ」

「わ、私もですか?」

 紫織を元気づけるかなみ。

「あいつ、いい先輩してるじゃない」

「かなみさんの人徳なんでしょうね。私達もそれで助けられてるし」

「あたしはあいつに助けられたことなんて……」

 そのとき、みあはこれまでのことを反射的に思い返した。

 今までのことを考えたら「ない」なんて、みあは言えなかった。

「助かったことはあったわ」

「そうでしょ」

 何故か翠華は得意げに言う。

「あんた、かなみを褒めるとなんでそんなに嬉しがるわけ」

「え、え、それは……」

「物好きなのね」

「え、ええ、そうよ。物好きなの!」

 本当に自分は物好きなのだなと思う。

 あの娘に対して好意を向けている。だけど、今他の女の子と親しげにしていても、湧き上がるのは温かいものであった。

 やっぱり、そうさせているのが彼女の人徳なのかもしれない。

「あ、見えてきたよ!」

 かなみは大きく指を差す。

 その仕草はまるで子供みたいであった。

「あれなんですか……」

 そう言った紫織の声は震えていた。

 緊張している。かなみだって一度入ったビルとはいえ、悪の秘密結社の本拠地なのだから、緊張しないわけがない。

「攻めこんで勝てる確率は八パーセント」

 八パーセント……十回やっても一回も失敗しない。

 もう何度も心の中で繰り返した。

 ああ、でもやるしかない。

 その度に自分に言い聞かせた。

 見上げるとそこにネガサイドの本拠地である高層ビルがあった。

 おおよそ悪の秘密結社といった暗いイメージとは結びつかない立派で堂々とした佇まい。

「あの……本当にここ、なんですか?」

 初めて来る紫織が疑問を口にするのも無理はない。

 かなみ達も二度目になるのだが、やっぱり何かの間違いじゃないのかって思いたくなる。

(まあ、何かの間違いしでかしてないと、悪の秘密結社がこんなビル建てられないか……)

 そう無理矢理納得させるしかない。

「んで、正面突破って手はずなんだけど」


『正面突破。前回と同じように玄関から入っていき、幹部の出迎えを受ける。』


 書類にまた目を通す。

「出迎えってなんなのかしら?」

 翠華の顔が険しくなる。

 出迎えと普通にきくと何やら期待の一つでもしてしまうようなものだが、悪の秘密結社の出迎えとなると何やら不穏なものを感じる。

「幹部の出迎え……」

 ネガサイドの幹部というと、露出狂のハイテンションな女、マイペースな男、いやみったらしい笑顔を浮かべている少年の三人が思い浮かぶ。

「ろくな出迎えが期待できるメンバーじゃないわね」

 三人の意見は一致していた。三幹部のことを知らない紫織だけはこのやり取りについていけなかったが。

「まあ、でもこの書類の通りにやれば上手くかもしれないんでしょ」

「ええ、来羽さんの未来が視える魔法なんですから」

「私としてはかなみさんがそう信じているから来羽さんを信じる気になれるんだけどね」

「ありがとうございます。そう言ってもらえるととても嬉しいです」

 翠華の顔が赤くなる。

「それでも、成功率八パーセント。分が悪いギャンブルにもほどがあるわよ」

「で、でも、皆さんが力を合わせたらできる気がします」

「……紫織ちゃん」

 かなみは嬉しかった。

 他の誰かが自分と同じ気持でいてくれたことがたまらなく安心を憶えた。

「ところで誰が先頭に立ちましょうか?」

「かなみでいいんじゃない? 今回、かなみがリーダーっぽいし」

「ええ、っぽいかなッ!?」

「そうね、かなみさんがリーダーでいいと思うわ」

「す、翠華さんまで……!」

 翠華がリーダーに相応しいと思っていたのだが、その翠華がまさか自分の方がいいと言うなんて。

「かなみさんがリーダーで私もいいと思います」

「紫織まで言ってるんだから、これで満場一致ね」

「みあちゃん……その満場の中に私はいないんだね……」

「だってあんたに発言権なんてないでしょ、お金もないし」

「そういうのってお金で買えるものじゃないよね!?」

 かなみの虚しい叫びが響く。



 結局、かなみがリーダーということで先頭を切ることになった。

「何か御用ですか?」

 受付のお姉さんは相変わらず満面の営業スマイルである。

 あの人は敵である自分達をやってくることにどう思っているのか、少し気になった。

「私達、魔法少女の使いです」

 前回とまったく同じ名乗りを受付にする。

「………………」

 しかし、前回のように笑顔を崩すことなく、無言でかなみ達を見つめる。

 これはこれで怖い。

「少々お待ちください」

 そう言って、受付のお姉さんは電話に手を伸ばさず、カチンと何かのボタンが押される音がした。

「はい?」

 嫌な予感がした。

――警報装置

 そんな言葉が脳裏をよぎる。よく漫画やドラマで銀行強盗が押し寄せた時に見かけるような警察を呼び出すボタン。それを彼女は押したのではないか。

(いやいや、ここ悪の秘密結社だし!)

 と、心の中で突っ込みを返す。

 するとシャッターはドンと出入り口へ降りる。

「閉じ込められた!?」

「罠にはまったってこと!?」

 かなみ達は受付のお姉さんに視線を集中させる。

 しかし、お姉さんは涼しい顔でこう言う。

「皆様をお待ちしていました。心より歓迎致します」

 歓迎。悪の組織の一員が発するとこれほど不穏に聞こえる言葉はないだろう。

 その期待に応えるかのようにザザッと怪人が四体現れる。

「一気に四体も!?」

「このビルを支える支柱怪人(しちゅうかいじん)です」

「シチュー? ちょ、ちょっとおいしそうね」

「かなみ、よだれたれてるわよ」

 みあに指摘されて、よだれを吹く。というか、そんなものはたれてなんかいなかった。

「と、ともかく! これが歓迎だっていうんなら望むところよ!」

 かなみ達はそれぞれコインを取り出す。

「「「「マジカルワークス!!」」」」

 四色の光とともに色とりどりの四人の魔法少女が現れる。

「愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!」

「青百合の戦士、魔法少女スイカ推参!」

「勇気と遊戯の勇士、魔法少女ミア登場!」

「平和と癒しの使者シオリ登場」

 四人はそれぞれ四体の柱のような怪人に相対する。

「今回は尺が足りなくなるからあっという間に倒した方がいいよ」

「わかってるわよ! 仕込みステッキ・ピンゾロの半!」

「ノーブルスティンガー!」

「ビッグワインダー!」

「アイアン☆バット!」

 カナミは仕込みステッキで斬り込み、スイカがレイピアで貫かんと刺しだし、ミアは巨大ヨーヨーを投げつけ、シオリはバットをフルスイングさせる。

 四人はそれぞれの柱に向かってそれぞれの必殺技を放つ。


ゴツン!!


 が、聞こえてくるのは鐘をついたような音が鳴り響く。

「「「「「この程度で我ら支柱、揺るぎはしない!!」」」」

 四人の声がそれぞれ重なり、反響する。

「あー、うるさい! っていうか、硬すぎよ!」

 カナミは仕込みステッキを納めて元の錫杖ステッキに戻す。

「当然です。このビルの10万トンを支える柱なので、その程度の魔法ではビクともしません」

 受付のお姉さんは営業スマイルで解説する。心なしか、どこか満足気な感じはする。

「じゅ、十万トンって……」

「かなり硬いってことね。ちょっとやそっとじゃ倒せなさそうね」

「大丈夫です、こっちにはカナミさんがいますから!」

 シオリは自信を持って言う。

「ちょ、ちょっとシオリちゃん」

「そうね、カナミさんなら」

「ビルの一つや二つぶっ飛ばすバカ魔力ならなんとかなるでしょ」

 期待がカナミに集中する。

「え、えぇ!?」

 カナミは戸惑う。

「やはり鍵を握っているのはあなたですか」

 受付のお姉さんまでもカナミに注目する。

 まずい。非常に嫌な予感がする。

 その予感に応えるかのように、支柱のカナミ達を取り囲む。

「やってください、トウザイナンボク!」

「トウザイナンボク、それがこいつらの名前なのね」

「めっちゃまんまじゃない」

 ミアは突っ込みを入れる。

「俺がトウ」「俺がザイ」「俺がナン」「俺がボク」

 四体がそれぞれ名乗り上げる。

「そんなもん言われてもどうでもいいわ! 」

 カナミはバッサリと切り捨てる。

「お、お前ら、自分達はちゃんと名乗り上げておいて!」

「俺達には名乗らせないというのか!」

「不公平だ!」

「なんたる非道! なんたる傲慢!」

 柱達は怒りで身体中を真っ赤になる。

「えぇ、そこ怒るところなの?」

「私達が名乗り上げるのはお約束。っていうか、あんた達のもいれたら、尺がたらんくなるでしょ!」

「み、みあちゃん、そういう問題なのかな?」

「大体お前らはいい気になりすぎなんだ」

「俺達だって主役をやってもいいじゃねえか!」

「四人組なのは俺達も同じなんだからな!」

「そうだ、今日から俺達が主人公だ!」

 四人は矢継早に好き勝手言ってくる。

「これは主人公の座も危ないな」

 肩に乗ったマニィがつぶやく。

「そんなの知ったこっちゃないわよ。だけどああまで言われると無性に腹が立つわ」

 カナミはステッキを支柱達に向ける。

「ジャンバリック・ファミリア!」

 ステッキの輪が外れ、輪から何十発のビームが撃ち出される。

「今よ、みんな! 各個撃破よ!」

「わかったわ!」

 まずスイカがトウに向かって仕掛ける。

「ストリッシャーモード!」

 二本のレイピアで目にも止まらぬ連続突きを繰り出す。


キンキンキンキン!


 しかし、刃が欠けてしまうような硬い感触と音を残すだけであった。

「バーニング・ウォーク」

 燃え上がるヨーヨーがトウへと襲いかかる。

「火の用心っていうんだ!」

 しかし、トウはそんなヨーヨーすらも難なく受け止めて鎮火される。

「地獄の千本ノック、いきます!」

 魔法の玉を目にも留まらぬ速さで次々と撃ち出す。

「ボールの一番の友達は壁だぜ!」

 そう言って柱であるトウは全ての弾を受け止める。

「ぜ、全部受け止めるなんて!」

「どうした、それでおしまいか! 大したことねえな、ハハハハハ!」

 トウは高笑いする。

「今から大したものをぶちこんでやるわよ!」

 カナミは自信を持って言い放つ。

「な、なに! ――って!」

 トウは絶句する。

 目の前に莫大な魔力が蓄えられた砲台が見えたからだ。

 三人の攻撃は囮であった。本当の目的はカナミが魔力を充填する時間を稼ぐこと。

「神殺砲!」

「こ、これが噂に聞くぅ!?」

「ボーナスキャノン!」

 間髪入れずにカナミは撃ち出す。

「こ、こんなぁぁバカなァァァァァァッ!!」

 さすがに神殺砲による魔力の洪水とも言える巨大な砲撃に耐え切れず、シャッターをも突破して、遥か彼方へぶっ飛ばされる。

「おお、トウ!」

「トウがやられた!」

「これでは俺達はザイナンボクになっちまう!」

 残った三体の支柱は大いに嘆く。

「どうでもいいわよ、そんなこと!」

 カナミはバッサリと斬り捨てる。

「おのれ! おのれおのれおのれおのれ!」

「こうなったら我らだけで!」

「トウの仇を討つぞ!」

「「「えいえいおー!」」」

 三体は気合を入れる。

「うわ、暑苦しい……」

「それにしても、カナミさん凄いですよ」

「ええ……たしかにそうね。私達三人で歯が立たなかったのを一撃で倒してしまうなんて……」

 スイカはカナミを見る。

 一撃を撃ち終えても、戦いが続く。

 そんな状況のためか、カナミは気を緩めず凛として佇んでいる。

 強くなっている。あれだけの魔力を放出して、なおも疲れが見えないのだから以前よりも確実に強くなっている。おそらく自分やみあよりも強くなっている。

 それでも、あるみ社長の方が十倍強いのだが。逆を言えばかなみは社長の十分の一レベルにまで達している。そして、彼女はまだまだ伸びる。

 揺らめく金色の髪とフリルの衣装を見てスイカは綺麗だと思った。

 そして、その強さに自分が必要ないものだと思うと悔しさがこみ上げてくる。

――私が守る必要がない

 密かにスイカはレイピアを握り締める。

「我ら悪の秘密結社ネガサイド関東支部本拠点高層ビルが誇る支柱のうち一体がこうも簡単に倒されるとは予想外でした」

 受付のお姉さんは笑顔のまま喋る。

「ですが、そんなことをしてどうなるか知りませんよ」

 ニコリと笑う彼女の姿がどうにも不気味であった。

「どうなるか知らないってどうなるっていうのよ!?」

「考えてみて下さい。この支柱達はこれまでこの一階からビルを支えていたんですよ」

「そりゃ柱だから支えるわよね」

 カナミはお姉さんが何を言っているのかわからない。

「わからないですか?」

 どこか小馬鹿にしているようなお姉さん。

「わからないわよ!」

「まって、カナミさん。あの人はこれまでビルを支えていたって言ったわよね」

「ええ、言いましたけど」

「あら、お気づきましたか」


ガガガガガガ!!


 お姉さんがそう言うと、轟音が響く。

「え、ええ、どういうことなんですかーー!?」

「簡単な話ですよ。ビルを支える柱が無くなったビルは崩れるのが常識です」

 天井が勢い良く落ちてくる。あまりにもいきなりのことで逃げようがなかった。

「そんな常識あるわけないでしょぉぉぉぉッ!!」




ピタピタピタ……


 どこかで水滴が落ちるような音がした。

「う、うぅ……」

 カナミは目を開けて、辺りを見回す。

「ここは?」

 辺り真っ暗でどこなのかわからない。

「やっと目が覚めたかい」

「マニィ、ここは?」

「ボクにもわからない」

「他のみんなは?」

「わからない」

「わからないってそればっかりじゃない」

「仕方ないじゃないか、わからないんだから」

「……それもそうね」

 カナミは起き上がる。

「まずみんなの無事を確かめないと」

 それにしてもここがどこなのかわからない。あのあと、天井が落ちてきてからの記憶が無い。そこで気を失ってしまったようだ。


ピタピタピタ……


 また水滴が落ちる音がする。

「ひょっとして……ここは!」

 天井が落ちてきた、水滴の音、そしてあの書類の一文……

「そのとおりです」

 答えてもいないのに、どこからともなく声がする。

「誰!?」

「ボクですよ、忘れてしまったんですか?」

 この声に聞き覚えがあった。

「スーシー!」

「ちゃんと憶えていてくれたんですが、嬉しいですよ」

 ちっとも嬉しくないくせに……と、カナミは心の中で吐き捨てる。

「お久しぶりですね、カナミさん」

 スーシーはカナミの前に現れる。

「出来ればもう会いたくなかったけどね」

「連れないこと言わないで下さい、悲しくなりますから」

「ちっとも悲しくないくせに」

「どうして僕の気持ちが伝わらないんですか?」

「あんたが本当の気持ちを出さないからよ」

「それはごもっともです。ですが、ボクのかなみさんに対する気持ちは変わりません」

「な、何よ急に」

「カナミさんは」

「そっちの話!?」

「君もその気があったなんて意外だよ」

「う、うるさい! そんなわけないでしょ!」

 そう言うとスーシーは指をパチンとさせる。

 マニィはその衝撃でカナミの肩から飛ばされる。

「マニィ!」

「邪魔な使い魔には消えて欲しいんだ」

「なにするつもりなの!?」

「君と話がしたいんだ。今日という今日は僕のお誘いを受けてもらうよ」

 カナミは思わず一歩後退る。

 スーシーの雰囲気。いつもと違うような気がする。

 何よりもこの誘いを受けたくない。しかし、受けなければならない気がする。

 そういう気にさせたのはやはり来羽の書類の一文だ。

――――そこで提案されたことをかなみは『イエス』と答えなければならない。

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