第21話 流転! 少女が戦うべきは自分の心! (Aパート)

 暗い。

 視界が暗いけど、夜目が利くおかげで歩けないわけじゃない。

 本当に暗いのは自分の顔だろう。

 今私がどんな顔してるって聞いたら、十人が十人暗い顔してるって答えると思う。

 その理由は、これから行うことにある。

 一歩一歩暗い廊下を歩く。

 照明をつければ少しはマシになるんじゃないかと思う。でも、それはどうでもいい。

 どうでもいいことを考えるのは、これから行うことから目を背けたいから。

 でも、どうしようもない

「――時間だ」

 いつからそこにいたのかわからない。

 多分自分がここに来るより前からそこに影は立っていた。

 ひょろ長い男であった。身体は少女の上に細身であるかなみよりも細い。

 顔はわからない。

 真っ黒な仮面をつけた不気味な男だ。

「いけ」

 男は最小限の言葉を発し、かなみに戦いを促す。

「わかってるわよ」

 かなみはやけくそに答える。

「……マジカルワークス」

 そして、ボソリとつぶやくように言う。

 少女を魔法少女へと変身させる魔法の言葉。

 闇を照らす黄金の光――のはずが、今は本当にくすんだ黄色の木漏れ日でしかなかった。

 そんな黄色の魔法少女カナミが降り立ったのは円形の闘技場。

 観客席に人らしき気配はいくつもあるが、薄暗いせいで確認できない。

 しかし、その正体を知りたいとは思わないし、どうでもいい。

 目の前に立っている怪物をただ倒すことさえ出来ればそれでいいのだから。

 怪物は獅子の如き立髪とキバを持ち、力強い四足の足取りで闘技場に立つ。

 またこんな怪物と戦うのか、とカナミは気だるげに見つめる。

 しかし、獅子の怪物はその金の目にカナミを獲物として捉える。


カァァァン!!


 どこかで戦いの始まりを告げるゴングが鳴り響く。

 こうなったからには呆けていては命取りにつながる。

 即座にカナミはステッキを振りかざす。

 まずは挨拶代わりの魔法弾。

 これが通じるなら大技を使う必要は無い。

 ここに来て初めての一戦目はこれであっさり倒してしまって拍子抜けしてしまったのも今では懐かしい。

「ガォォォォォォンッ!!」

 獅子の怪物は雄叫びを上げ、魔法弾をかわす。

 やはり、甘くない。

 初めは通用していたこの魔法弾も今じゃ目眩まし程度の役にしか立たない。

 通じないなら他に手を変えればいい。

 錫杖につけられた鈴が外れ、カナミの周囲を飛び回る。

「――いけ」

 カナミの一声で、鈴は獅子の怪物へ向かう。

「ジャンバリック・ファミリア!」

 鈴から一斉に魔法弾が発射される。

 全方位からの魔法弾の雨あられが獅子の怪物へと襲いかかる。

「グォォッ!?」

 これにはたまらず、獅子の怪物は跳躍して難を流れる。

「神殺砲!」

 その時にはもうカナミはステッキを砲台へと変化させていた。

「ボーナスキャノンッ!」

 空中で体勢を整えることすらかなわない獅子の怪物に避ける術は無かった。


ドォォォン!!


 魔力の砲弾に飲み込まれた獅子の怪物は断末魔を上げること無く天井にまでぶつけられ、爆散する。


おお!

おお!

おお!


 観客席からどよめきが上がる。

 しかし、カナミはその声援に応えることなく闘技場を後にする。

 一秒でも早くこの場からいなくなりたい。

 この闘技場の空気は好きじゃない。

 暗くてジメッとしている上に得体のしれない視線に晒された中で怪物と戦う。

 長くいると気がおかしくなりそうになる。

「ご苦労」

 またあのひょろ長い男が現れて労いの言葉とともに札束を差し出す。

 かなみはそれをパシィとはたくように奪い取る。

 しかし、これはかなみに支払われるべき正当な給与ファイトマネーであった。



――モンスターコロシアム

 ネガサイドが作り上げた数々の怪物を戦闘力を試す場として用意され、またネガサイドと繋がりのある裏社会の人間達が観戦する図式になっていた。

 怪物同士との戦いによって怪物をランク付けしていくことがこの闘技場の目的であるが、観客による賭け試合の場としてもネガサイドの有益な収入源となっており、一夜で億単位の金が動くことも珍しくない

 それも円ではなく、ドルであったり、元であったり、ユーロであったりと国籍は問われない。

 というよりも世界中に点在しているらしいことをかなみは最近知った。

 何しろ飛行機で移動することもあったからだ。

 飛行機に乗るイコール海外というのも、貧乏のかなみらしい考えだが、昔よく両親の海外出張で飛行機に乗っていると聞いていたからそういう考えになったのかもしれない。

 こんな形で海外にいくことになっても嬉しくない。

 何しろずっと監禁されていてとてもじゃないが観光旅行の気分に浸れないし、浸りたいとも思わなかった。

 ネガサイドに連れて来られてからずっとこのモンスターコロシアムで、戦って戦ってまた戦っての繰り返し。その度に報酬をひょろ長い男から渡される。

 最初こそ驚きこそしたが、すぐにこんなものが何の価値もない紙束なのではないかと思うようになった。

「よお、嬢ちゃん」

 廊下を歩いていると意外な男が顔を見せる。

「あなたは!」

「おお、まだそういう顔が出来るんだな。見れただけでも十分だぜ」

 黒服の男はそう言ってカナミの神経を逆なでする。

「何の用?」

「そう怖い顔しなさんなって。借金取りがやることって言ったら取り立て以外に何があるっていうんだ?」

「ああ、そうだったわね」

 かなみは札束を差し出す。

「こりゃ羽振りがいいじゃないか」

「お金なんて今は意味が無いわ」

「お、そりゃどういうこった?」

 かなみは応えること無くそっぽ向き、歩いて行く。

「おい、待ってくれよ」



 結局、黒服の男は今のかなみの寝床までついてきた。

 別に拒否する理由はこれといってなかったから入れてみた。以前の自分が見たら「信じられない」と声高で叫ぶだろうが、今は心境やら立場やらが変化したせいだろう。

「ここが今の嬢ちゃんの住まいか?」

 寝床といっても以前のアパートのように雨露をしのげればいいとった風情ではなく、ホテルの一室のように清潔が保たれており、生活するために必要な家具は一通り揃っている。

「キッチンにベッド、シャワールームねえ、中々いい部屋じゃないか」

 黒服の男は部屋を値踏みするかのように見まわってそう言う。

「まぁた変な男、連れてきたわね」

 ベッドから愉快げに少女の声がする。

「先客がいたのかい?」

「私は客じゃないわ。れっきとしたこの部屋の住人よおじさん」

 そう言って同居人の百地萌実ももちももみは笑いかける。

「ああ、ここは相部屋だったってわけかい?」

「まあ、そんなところね」

 萌実は桃色の髪をかく。

「こんなしみたれった顔してる女と一緒だなんて嫌で嫌でしょうがないけどね」

 萌実は笑ってかなみを見下す。

「できるんなら今すぐこいつで撃ち殺したいのよさ」

 言いながら、いつの間にやら手にした拳銃をかなみに向ける。

「手クセが悪い嬢ちゃんだ」

 黒服の男の笑顔が引きつる。

「したいならすればいいじゃない」

 かなみは吐き捨てるように言い返す。

「あははははは!」

 それを聞いて萌地は笑い出して拳銃の引き金を引く。

 銃弾はかなみの髪をかすめる。

「私に殺される価値があるとでも思ってるのか? 鏡見てから出直しな!」

 萌実は拳銃を回しながら、シャワールームに入っていく。

「なんともまあ個性的な嬢ちゃんだ」

「もう慣れたわ、騒がしいだけ気が滅入らなくてすむわ」

「……嬢ちゃん、あんたも変わったな」

「疲れてるだけよ」

 かなみは冷蔵庫から天然水のペットボトルを取り出す。

「そのあたりのこと、聞きたいんだけどな」

「商売替えしたの?」

「いや、別に記者になったわけじゃない。ちょっとした個人的な興味さ」

 かなみはコップを二つ用意してテーブルに置く。

「嬢ちゃんの取立人が俺になったのは知ってるよな?」

 かなみは頷く。

 そういえばそんなことを関東支部長のカリウスから聞いたような気がする。

 株式会社『魔法少女』のオフィスビルを破壊した時、どうやってかはわからないが、かなみの借用書が盗み出した。

 その為、かなみの借金はネガサイドが持つことになった。

 ネガサイドの一員となったかなみを拘束するためなのか、わからない。

 ともかくかなみはこれまでと同じように借金を返済しなければらならない。

 ただ、返済の仕方に問題があった。

 悪の秘密結社ネガサイドに所属するということは、その働きが悪事の一環であることは間違いない。

 いくら、借金返済のためだからといって、かなみは悪事に働かない。

 仮に出来たとしても、それは十分な働きとはいえるものではない。

 魔法少女としての正義の道を歩んできたかなみの性質は、そう簡単に変わるものではない。

 そこでかなみに言い渡された仕事がさっきのモンスターコロシアムでの戦いであった。

 ネガサイドからしてみれば怪物の試験運用が出来る。

 かなみは魔法少女としてこれまでと同じように戦い続ける。

 お互いにとって利益の出る、いい話であった。

 試合は二、三日に一回、たまに連日で行われることもあるが、この部屋で一日三食、睡眠だってちゃんととれている。

『魔法少女』にいたときのような学校に行ってから深夜まで魔法少女として労働するようなことはなくなった。

「嬢ちゃん、学校はどうしたんだい?」

「行ってない」

「いつから?」

「……憶えてない」

 かなみはこっちに来てから何日目になるか数えていない。

 もう何ヶ月もここにいるような気がするし、実際いるのかもしれない。

「まあ、大体事情はわかった。

嬢ちゃん、こっちに来てから羽振りもよさそうだしな」

「あんまり使った憶えがないんだけど……」

「まあ、外に出なかったら使うこともねえか」

 ここに来てから外に出たのはコロシアムを移動する時ぐらい。実際ここにはほぼ軟禁状態であり、外出許可の申請が通らなければ外に出れない。しかも出れたとしても監視つきである。

 そこまでして外に出る気にもなれない。

 テンホー達、ネガサイドの幹部とは何度か顔合わせることはあるが、それ以外の外部の人間とは連絡は出来ない。

「ねえねえ、おじさん? 借金って何?」

 いつの間にやら萌実がシャワールームから出てきて、タオルを羽織り、黒服の男によりかかっていた。

「ああ、それならそこの嬢ちゃんが教えてくれるぜ」

「かなみに訊いたけど教えてくれなかったら、きぃてるの~」

「そっか。そりゃそうだな」

 黒服の男はほくそ笑む。

 その仕草がかなみの神経を逆なでさせた。

「おりょりょ、かなみちゃん、ちょっとはいい顔になったじゃない?」

 萌実はかなみに顔を接近し、おちょくり笑う。

「一銭ぐらいの値打ちは出てきたじゃない、どっちにしても二束三文だけどね! あはははははは!」

「こっちの嬢ちゃんはいつもこんな調子かい?」

「ええ、いつもこんなバカ言ってくるわ」

「中々愉快で楽しい嬢ちゃんじゃないか」

「ありがとね。お礼に銃弾一発いかがかしら?」

 萌実は陽気に言って、またどこからか取り出してきた拳銃を黒服の男に向ける。

「遠慮しておくよ。頼むからそんなもん向けないでくれ」

 黒服の男は冷や汗を流す。

「冗談よ。おじさん、弾の一発の値打ちもなさそうだしね」

「きっついこと言ってくれるね。まあ、そのとおりなんだけどな」

「よくわかってるじゃない」

「んで、嬢ちゃんの値打ちってのはどのくらいあるんだ?」

「ん~なんで、そんなこと訊くのかな?」

「ここにいるってことは嬢ちゃんは銃弾一発よりも値打ちがあるってことだろ? ん~マガジンぐらいはあるのかい?」

「知らない。私の値打ちは私が決めることじゃないからね」

 萌実は拳銃のシリンダーを回し、銃身をこめかみを向ける。


カチッ!


 引き金を引くが、弾が撃ち出されることはなかった。

「あはははははははは!!」

 萌実は笑いながら踊る。

「少なくとも運命は一発分の値打ちはつけてくれたみたいね」

「ああ、そうみたいだな」

 黒服の男は苦笑いする。

「嬢ちゃん、とんでもない嬢ちゃんと同居してるんだな」

「ただの鉄砲娘よ、騒がしいだけのね」

 かなみはコップの水を飲む。



 長く果てしない廊下。

 先が全く見えずどこまで続いているかもわからない。

「お待ちしておりました」

 スーシーはどこからかやってきて、これまたどこからかやってきた来客を出迎える。

「久しぶりね、坊や。少し背が大きくなったんじゃない?」

 来客は艶のある声で返事する。

 膝まで伸びた鮮やかな赤髪が顔を覆い隠しているが、トップスから溢れるばかりの胸と引き締まった身体つきから女性であることがわかる。

「そんなことありませんよ。成長期はとっくの昔に過ぎてますから」

「まったく可愛げのない坊やね。無駄に歳だけくって愛らしさをそのままに、憎たらしさだけ増量していくんだから」

「そっちこそ。地位と態度と胸は常に増量中ですか

――ネガサイド日本九州支部、副支部長いろかさん」

 顔は見えないが、ニヤリと笑ったのがわかる。

「副はとってもらえると嬉しいのだけどね」

 その返しにさすがのスーシーも戸惑う。

「いつの間に出世したんですか?」

「ついこの前よ。ベアギスのやつはどこかに雲隠れしちまったから繰り上がりでね」

「おめでとうございます。心から祝福します」

「心から思っていないくせによく言うわよ。まあ、言葉だけ受け取っておくわ」

「それではこちらへ」

 スーシーはいろかを案内する。

 その先に長椅子のテーブルがある会議室。

 その席に座っている男達は空気を震撼させる雰囲気を放っている。

「いろか、遅いな」

 厳かな口調で話しかけてきたのは、金色に輝くがシルエットは人の影をした怪人、北海道支部長・極星ごくせい。

「厚化粧に時間をかけ過ぎだぜ! もっともせっかくの化粧も髪で見えなくなっているがな!」

 高笑いであざけるのはネズミの顔した筋肉質の偉丈夫、中国支部長・チューソー。

「応鬼がやられたというのに、お前達呑気であるな」

 鋼の椅子に座り、全身が真っ赤に燃えている発火怪人、四国支部長・ヒバシラ。

「故に某それがしらは駆けつけてこうして会議の場を設けているのではないか?」

 椅子の上で座禅を組み、刀を携える和服衣装の男、中部支部長・刀吉とうきち。

「……火急の用件と駆けつけてみたがそんな事態になっていたとはな」

 闇に溶けこむように黒子の男がボソリとつぶやく。

『あんた、何も知らなさすぎるでー』

 そして黒子の右腕にあるやすっぽい女とも男ともつかない不恰好な人形がカタカタと一人でに喋り出す。

 この黒子こそ、近畿支部長・マイデとハーンであった。ちなみに黒子がハーンで、人形がマイデと呼ばれている。

「これで東北支部の応鬼を除いた全国各地の支部長が勢揃いしましたね」

 スーシーは会議の椅子に座った支部長達を見回して言う。

「小僧、主が進行するのか?」

 刀吉は不満気に訊く。

「はい、カリウス様から仰せつかっていますから」

 スーシーは悪びれもせず答える。

「気に入らんな」

 ヒバシラは目の前で火花を散らさせて、不満を顕にする。

 不満の矛先は何喰わぬ顔で居座っている関東支部長・カリウスであった。

「俺達、全国各支部長は対等の立場のものであるはずなのに、貴様は我らを取り仕切ろうとしている!」

「私は取り仕切るつもりはない。ただ会議の主催する立場として」

「主催? この会議は六天王様が我らを招集したと聞いているがどういうことだ?」

「おいでまっせー!」

 黒子のマイデと人形のハーンが疑問を投げかける。

「簡単な仕組みさ。私が主催し、六天王に招集を依頼させた」

「貴様、六天王様を使い走りにつかったのか!?」

 極星はテーブルを砕く勢いで叩く。

「使えるものはなんだって使う、というのが私の流儀でね」

「なるほど、悪党らしいわね」

 フフッ、といろかは笑う。

「それで招集をかけた六天王様はどこにいついらっしゃるのかしら?」

 いろかはわざとらしく見回している。

「まさか、欠席ということないでしょうね?」

「その心配は無用だよ。何故ならはじめから六天王は出席する予定はないのだからな」

「なんだと!」

 再び極星はテーブルを叩く。

「六天王様が会議に出席しないだと!」

「それでは貴様、我らを集めるためだけにわざわざ六天王様を使ったというのか?」

 刀吉は刀に手をかけ、今にも斬りかかりそうな剣幕でカリウスに問いかける。

「わざわざ六天王に出席してもらうまでもないと判断しただけのことだよ」

 カリウスは冷静に切り返して、自分に集中している殺気を受け流す。

「それでは聞かせてもらいましょうか。六天王様の名を使い、我らを招集し、六天王様を出席させないこの会議の議題を」

「きかせろーきかせろー」

 マイデとハーンがそう言うと、カリウスは顔だけスーシーに目を向ける。それが彼らで取り決められている合図だからだ。

 合図を受けたスーシーは一礼する。

「それでは始めさせてもらいます。

――全国各支部長会を」



 かなみは夜中に呼び出された。

 取り付けられている電話から合成音声で、「夜十時にロビーに来い。来なければ違約金が発生し払ってもらう」と言われた。

 別に無視しても構わないが、違約金が発生すると言われれば従わざるをえない。

「なんでついてくるのよ?」

 夜の廊下を歩いているのはかなみ一人ではなかった。

「べっつにー、ただこっちに行こうかなって思っただけよ」

 萌実もついてきていた。

 うっとうしいのだが、部屋に返そうとするとそれまた面倒なので一回訊くだけにしておいた。

 こんなのをつれてきて大丈夫なのだろうか。いや、大丈夫だろう。一人で来いとは言ってなかったし。

 かなみは少しだけ前向きに考えてみた。

 ロビー――それはこの建物の一階にある受付で、整った顔立ちのお姉さん達が二四時間立っているとの話だが、実際のところどうなっているのか、かなみにはよくわからない。あるいは本当にあのお姉さん達は二四時間寝ないで立ち続けているかもしれない。彼女達が実は怪物だったら、の話だが。

 そんなことを考えつつ、ロビーにあるソファーに腰掛ける。

 ちょうど約束の九時になった。

「だーれーがくるのかしらー♪」

 萌実は足をルンルン振って出入り口である鋼鉄製の扉に目を向ける。


ガタン!!


 仰々しい音を立てて鋼鉄製の扉が開く。

 ここに来てあまり出歩くことはなかったが、かなみは初めて見た。

――あの扉って開くものなんだ。

 てっきり開かずの扉か何かと思っていたが、ちゃんと出入り口として機能しているようだ。

 そして、入ってきたのは見覚えのある女性だった。

 豊満な身体を魅せつけるかのように和服をはだけさせてやってくるその様は「露出狂」といってもいい女性・テンホーであった。

「久しぶりね、金髪の魔法少女張ちゃん」

「二度と会いたくなかったんだけどね」

 テンホーはフンと鼻を鳴らして、かなみの対面のソファーに座る。

「まあ、あんた達には私らの本拠地ホームを潰された借りがあってここで利子をつけて返して貰いたい気分なんだけどね」

「そういえば、あんた達は私達がビルを攻撃した時、いなかったけど何してたのよ?」

 かなみが訊くと、テンホーは舌打ちして答える。

「上からの命令で出張してたのよ。しかも交通費は自腹よ」

「い、意外と世知辛いのね……」

 これにはかなみも思わず同情してしまった。

「そうなのよ、あんたにもこの辛さがわかるかい?」

「うん、手当がつかない。私の場合、交通費は全額支給だったけど」

「やっぱり私らは敵対しあう運命なのね」

 テンホーはふんぞり返る。

「ふふふふ、愉快な二人ね。お似合いじゃない」

 そのやり取りを見て楽しげに笑う萌実。

「おや、その娘は……!」

 テンホーは少しだけ驚く。

「初めまして、悪運の愛人さん」

「私の通り名を憶えていてくれるとは光栄だね」

 何やら二人共含みのある言い方で互いを見つめる。

 萌実がネガサイドにとってどんな人材なのか、かなみは知らない。

 魔法少女である自分と同じような扱いを受けている時点で普通の女の子であることぐらいだ。

 スーシーと同じ幹部かもしれない、と思ったが、何か違うような気がする。

 彼女から感じられる雰囲気や今のテンホーの接し方からして同じ立場のようにも見えない。

「と、今日はあんたに挨拶しにきたんじゃなかったよ」

 そう言ってテンホーはかなみの方を見る。

「――結城かなみ」

 改めて思い出すと、彼女に面と向かって名前を呼ばれるのはこれが初めてだ。

「あんた、最近コロシアムでうちらが造り出した怪物と戦っているそうじゃないか」

「ええ、それがどうかしたの?」

「あんた、ランクってものを知ってるかい?」

「ランク?」

 初耳だった。

「怪物の強さのことよ。知らなかったの~?」

 萌実のバカにした発言がかなみの神経を逆なでさせる。

「知らなかったし、知りたくもなかったわよ。あんた達の事情なんて」

「言うじゃない。でも、今はこうして私らの側にいるんだから嫌でも知ることになっていくのよ」

 フフッとテンホーはいやらしく笑う。

「いい? 私らは怪物を能力や強さでランク付けしているのよ」

「よくある話ね」

「今まであんたが戦ってきたのはCランク。昨日ちょうどBランクと戦って倒したわね」

「そうなの。CとかBとかあったなんて知らなかったわ」

 ということは今まで戦ってきた怪物達にもランクがあったのだろうか。

 あんなにも苦戦して倒した怪物はどんなランク付けされていたのだろうか。少し気になった。

「ちょっと待って。CとかBとかあるならその上のAもあることよね?」

 かなみの気づきにテンホーはニヤリとする。

「フフッ、Aランクなら私達と同格ってことよ。もっとも、その上にSランクってものがあるんだけどね。それでここからが本題よ

――次のあんたの対戦相手はSランクの怪物よ」

「――ッ!」

 これには、かなみも驚く。

「え、Sランク……」

 とはいっても、いきなりSランクと言われてもピンとこない。

「えぇっと、それって、つまりあんたよりも格上ってことなの?」

「悔しいけど、まあそういうことね」

 テンホーは苦い顔をして答える。

「なんだって、私がそんな凄いのと戦わないといけないの」

 かなみは苦々しげに言う。

 しかし、理由を考えれば簡単なことだ。元々はかなみはネガサイドの敵だし、今までも数えるのも忘れるほどの怪物を倒してきた。

 信用は出来ないのはもちろんのこと、始末さえ企んでいるかもしれない。

 Sランク。話を聞くと今まで戦ってきたテンホーよりも強いという。

 勝つ見込みはほとんどない、と考えてもいい。

 あの闘技場は裏社会の人間達が見物料と高いレートの賭博で多額の金が動いていると聞いている。

 自分を見世物にした挙句、Sランクの怪物の性能テストをした上に始末する。

 ここまで考えるとネガサイドからしてこれほど都合のいい話はない。

「さあね、私はあんたにこれを伝えるだけの仕事を仰せつかっただけですし」

「つまり、パシリってことなのね」

 かなみのはっきりした物言いにテンホーは目を吊り上げる。

「結城かなみ……前々から気に入らないと思っていたのよね」

「それじゃ、私を始末する?」

「上からの命令とあれば、ね」

「悪の秘密結社といっても、しがないサラリーマン稼業じゃないの」

「拳闘士紛いの魔法少女だって同類みたいなものじゃないかしら」

「あはははははは、楽しい罵り合いね!」

 端から見物している萌実は大笑いする。

「……………………」

「……………………」

 そんな萌実をよそにかなみとテンホーのにらみ合いは続く。

「はあ~」

 しかし、テンホーのため息で均衡が崩れる。

「やめておくわ。今のあんたじゃ負ける気がしないし」

「どういうことよ?」

「あんた、気づかないの?」

 テンホーは鋭い目つきで言い放つ。

「今のあんたには力強さを感じないのよ」

「力強さ?」

「前のあんたは爆発寸前の魔力を持っているような状態だったけど、今は鎮火した爆弾みたいに怖くないわ」

「言っている意味がわからないんだけど……」

「わからないんだったら、死ぬしか無いわね」

 テンホーは立ち去ろうとする。

「言っておくけど私が負ける気がしないんだから、Sランクの怪物には絶対に勝てないわ」

 最後までかなみは彼女が言った言葉を理解することが出来なかった。



「まったく、応鬼がやられたときいて飛んできてみれば、見せられるのは小娘と怪物のショーときたか」

 極星は明らかな文句を会議に参加している全員に聞こえるよう漏らす。

「そうおっしゃらずにこれもまた面白いショーではありますよ」

 スーシーは笑って言う。ショーということは否定しないようだ。

「そうだな。我らはこんなものを見て入れられるほど暇ではないのだがな」

「時間の無駄! 時間の無駄!」

 マイデとハーンも文句を言う。

「果たして本当に時間の無駄かどうか」

 ここでカリウスは口を開く。

 それだけで会議の参加者が全員、彼に目を向ける。

「何かあるって言いたいの?」

 まず、いろかが訊く。

「何もなければわざわざ集めた意味が無い」

 カリウスはあっさりと答える。

「その何かっていうのが何なんだよ!?」

 チューソーは顔を真っ赤にする。

「それをわざわざ言わなければわからない面子でもあるまい」

「――!」

 カリウスの挑発めいた発言に一同は殺気立つ。

「なるほど、貴様は我らをこけにして楽しんでいるというわけか」

「さて、そう解釈するのも君の勝手だよ、刀吉」

「よかろう」

 刀吉の姿が消え、次の瞬間にはカリウスのすぐ傍らに現れる。彼の喉元に刀の切っ先を突きつけて。

「この刀吉をこけにしたその首で贖ってもらおうか」

「待て、刀吉!」

 ヒバシラが声を上げると熱風が巻き起こる。

「ここでカリウスの首を討ち取るようなことをしでかしたのでは六天王様への背信行為になる」

「あら、意外に冷静ね。この中で一番熱くなっているのはあなたかと思ったのに」

 常に燃え上がっているヒバシラに対していろかは皮肉を言う。

「いやはや、ヒバシラの言うとおりだ」

「はいしーん、はんたーい」

 マイデとハーンは笑いながら、刀吉に向かって視線を送る。

――その刀を鞘に収めな、と。

「いや、そうとも限らんと思うがな」

 極星は立ち上がる。

「このような不届き者が関東支部長としてこの支部長会に列席していることが背信行為となるのではないか?」

「その意見に同意するぜぇッ!」

 チューソーが立ち上がる。

(これは割れましたね)

 スーシーは微笑みを浮かぶ、その内心は穏やかではなかった。

 卓上を囲んで、

右にチューソー、刀吉、極星。

左にヒバシラ、マイデとハーン、いろか。

 カリウスの処遇をめぐって二つの勢力が出来上がってしまった。

 しかし、これ自体はカリウスの目論見通りであった。

(むしろ、この場にいる全支部長を敵に回しても構わない。そういう腹づもりなのだから、つくづく豪胆な御方だ)

 スーシーは感心するばかりだ。

「カリウス、貴様の言い分はなんだ?」

 そこでヒバシラは渦中のカリウスに問いかける。

「……私の意見は変わらない」

 ヒバシラの全身の火が勢いを増して燃え上がる。

「ま、そこまで言うのなら見届けさせてもらおうかしら、ね」

 いろかは嘆息して席に着く。

「いろか、貴様このような奴の戯言に耳を貸すというのか?」

 刀吉が問いかける。

「この男がここまで押し通そうとしているのよ。その何かを見届けるのも面白いんじゃないかしら?」

「ただそれがつまらぬものであったときはどうする?」

「そのときはカリウスは責任をとって処刑すればよいだけの話や」

「そんときはそんときー♪」

「……………………」

 カリウスはそれに対して返事はしない。

 それは沈黙の肯定であることを示していた。

「うむ、よかろう」

「極星……!」

 刀吉は極星にも斬りかかんばかりの剣幕で見据える。

「まあ落ち着け。ここでカリウスを手打ちにしたところで六天王様にどう申し開きをする?」

「呼びつけられた上につまらぬものを見せようとした腹いせであった、と?」

「ぬう!」

 ヒバシラの声に、刀吉はたじろぐ。

 それはヒバシラが言っていることが正しいことを刀吉もわかっているからだ。

 カリウスはまだこの会議の議題を提示しただけで、その内容の有無はまだ明示されていない。

 そんな状態でカリウスを手打ちにしたところで、腹いせと判断されても仕方が無い。

 そうなっては自分も処断の対処になりうる。

――仮にもこいつは六天王様に贔屓されているみたいだからな。

 そうでなければ、いくら関東支部長という立場があるとはいえ、日本どころかアジアで最高の地位に立つ六天王が全国各地の各支部長に招集をかけるわけがない。

 そこまで考えると、これは自分に分が悪いという気さえしてきた。

 確固たる証拠がないまま糾弾したら、六天王の処断の対象になるのはむしろ自分の方ではないのか。

 悔しかった。

 しかし、そこは中部という一支部の長おさを務めるものとしての意地で周囲に悟られないよう、元の自分に座り込む。

「貴様の処断は、その見世物を見届けるまで待ってやろう」

 ありったけの悔しさを腹のうちに納めてそれだけ言ってやった。

「その期待に必ず答えよう」

 カリウスは皮肉を言ってやると、再び刀吉を始めとする各支部長がカリウスへ向けて殺気を走らせる。

 しかし、今は我慢。耐える時だ。

 この悔しさは後で。このつまらぬものであろう見世物を鑑賞し終えた時だ。

 その時こそ、このようなものを見せるためだけにわざわざ我々を招集し、愚弄した罪をその生命で償う時だと手打ちにしてくれる。

 そうなってくると今から始まるこの見世物も中々愉快に思えてきた。

 終わったその時にこのにっくき男をこの刀で斬り殺せるのだから。

――果たして本当に彼の思惑通りに事が運ぶのだろうか。

 刀吉の態度、そしてそこから発せられる魔力の流れからその心情を読み取ったいろかは疑念を抱いた。

 カリウスは関東支部長。

 この場にいる支部長達は対等ではあるものの、それはあくまで表向きの話。

 実際、関東は日本の中心であり、もっとも力のある者がその座に座るともいわれている。

 この場合の力というのは単なる魔力による戦闘力だけではなく、知略に富んでいるともいえる。

 そんな男がわざわざ六天王という最高権力の力を使ってまで自分達を呼び出した上で、少女と怪物の戦いという見世物を出してきておいて、こんな展開を予想していなかったのだろうか。

 いや、もしも関東支部長という地位が、自分と同格かそれ以上の座なら、そこに居座る男がその程度の器であるはずがない。

 となると、この見世物に何らかの仕掛けがあると見て間違いない。

フフフ……

 自然と笑みがこぼれた。

 楽しい。予想もできない何かが待ち受けているこの状況が楽しくたまらない。

 こうでなくては、わざわざ蹴落としてまで九州支部長という座に着いた意味が無い。

 お望み通り見届けてやろうではないか。

 溢れる胸の高鳴りを抑え、いろかはスクリーンに向かった刮目した。


――酔狂な方々だ。


 屈辱、殺気、高揚、動揺……各々の思惑が満ちたこの場を見渡し、スーシーはほくそ笑んだ。

 その嘲笑は上司であるはずのカリウスにまで及んでいた。

 自分の地位とコネを最大限にまで利用して、わざわざ自分を追い詰めている。これを酔狂といわずしてなんという。

 自分なら絶対にやらない。

 しかし、やってみたいとは思う。何しろ、全国に名だたるネガサイドの支部長達がこぞって手の平の上で踊ってくれるのだから、これほど愉快なことはない。

 ただ、その先に待っているのが破滅かもしれないと思うと、やる気にはなれない。

 それをこのカリウスという男は躊躇なく実行しているのだから、本当に頭が上がらない。

 だが、このまま破滅を向かえるのであればただの道化。

――見せてもらいますよ、カリウス支部長。そして……

 彼の嘲笑の対象はスクリーンに映る魔法少女にも及んだ。

――あなたにも期待していますよ、カナミさん。《ルビを入力…》

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