第17話 芸術! 平和と癒しの新魔法少女 (Aパート)
「……本当にいいのかい?」
薄暗い部屋で、それは神妙な面持ちで問いかけた。
「しょうがないじゃない」
かなみは観念して答える。
「一度承認したら後戻りできんぞ?」
問いかける者は念を押す。
「いいったらいいわよ!」
かなみはやけくそ気味に答える。
「フフフ、いいだろう。それでははじめよう!」
「く……!」
かなみは悔しさを滲ませる。
「なにしてるの、かなみさん!?」
「翠華さん!?」
突然入ってきた翠華に、かなみは驚かされる。
「あ、あれ……?」
翠華は辺りを見回す。
部屋が薄暗いのを差し引いても、かなみ以外の人間を確認できない。というより部屋にはかなみ一人しかいなかった。
「わ、私はたまたまかなみさんが誰かと話が聞こえたから……」
「あ、それは俺だ」
「え……?」
翠華が目を見やったダンボールの上に彼は立っていた。
イノシシのぬいぐるみをしたマスコットであった。
「あなたは初めて見るわね」
「イシィだぞ。いつもはここで作業をしている」
「作業ってなんの?」
「グッズのサンプル製作だ」
そう言われてみて、周りを見てみる。
この部屋は大小様々なダンボールが積み上げられていて、そこからはみ出て見えるのは確かに見覚えのあるグッズばかりであった。
「なるほど……あれってあなたが作っていたのね」
「翠華さんも知らなかったんですか?」
「どこかに発注かけていると思っていたのよ。部長、そういうコネがありそうだから」
「……怪しいところばかりですよね」
なんだか鯖戸のコネというだけで嫌な予感がしてしまう。
これは彼の普段からの胡散臭さからきているせいかもしれない。もっとも実際に怪しいところというからの電話やら手紙やらが後が耐えないので実績はちゃんとあるということだ。
「まあ、俺が作っているのを部長が売り込んでいるのだから、間違っているわけではない」
「あ、そうなんだ。っていうか、まっとうな企業じゃないわよね、それ?」
「そこは俺のあずかり知らぬところ。俺はただ作るだけだ」
「それで、何を作るつもりでいたの?」
「……それはその……」
かなみは恥ずかしげな態度をとってはっきり答えない。
かなみがそういう態度をとるものだから、翠華はよからぬモノを想像してしまう。
(……え、もしかして年齢制限に引っかかるようなモノ……十八以上はダメ、とかそういうマズイもの……!?)
翠華は十六歳であった。
ちなみにこれまで販売してきたかなみのステッキやアクセサリーといったグッズは全て自腹で購入してきた。
(でも、かなみさんの為にも……絶対に買うわ、どんなことをしてでも……!)
その収益の一部はかなみの臨時収入となっているので一応は借金返済の手助けになっている。
かなみの為なら力になりたい。しかし、それが彼女の貞操と純潔に関わるのなら間違っているし、止めなければならない。
「……ダメよ、かなみさん」
「え?」
「かなみさんはもっと自分を大事にして! いくら借金で首が回らなくてにっちもさっちもいかなくなっても、プライドだけは持って」
「す、翠華さん……? 何を言ってるんですか?」
かなみは翠華の言っている意味が全然理解できなかった。
それを翠華は説得が通じていないと誤解してしまった。
――拉致があかない……!
意を決して翠華はストレートに言ってみる。
「いくら、収入がいいからって……アダルトビ○オに手を染めたらダメよ!」
「あ、あ……アダルト○デオ!?」
「かなみさんは可愛いし、魔法少女モノは需要がそれなりにあるから、大ヒットすれば一気に完済も夢じゃないけど、そのために身体を売るのは絶対にダメよ!」
「あ、あの、翠華さん……ち、違うんです。た、確かに、そういうのを撮ってみないかって鯖戸から言われたこともありましたけど」
「やっぱりあったの!?」
「い、いえ、冗談ですよ、多分……!」
「そ、そう……あとで部長に問いたださなくちゃ……」
「ウシシシ、こりゃ血の雨がふるかもな」
「血の雨!? あの……翠華さん、私のために怒ってくれるのは嬉しいんですけども……」
「かなみさん、安心して! かなみさんの貞操は絶対に私が守ってみせるから!」
そう言った翠華の表情は鬼気迫るものであり、かなみは思わず「ひ!」と怯える。
「あ、ありがとうございます……」
しかし、ここで言わないと何かとんでもないことになりそうだという危機感がかなみに言う勇気を与えた。
「そ、そうじゃないくてですね……ち、違うんです!」
「違うって何が?」
「わ、私……そういったモノを撮るわけじゃありませんから!」
「え……」
そう言われて翠華の顔に憑き物が落ちたかのようにオーラが消え、ポカンとする。
「交渉していたのは……ふぃ、フィギュアのことなんです」
「ふぃ、フィギュア……?」
「前から話はあって……断ってきたんですが、なんていうか……心境の変化と言いますか、出してもいいんじゃないかと思うようになりました」
「そ、そういうことだったのね」
「でも、翠華さんの言う事もちょっとわかります。やっぱりフィギュアでも自分を売るのはよくありませんよね?」
「え……?」
「イシィ、やっぱりこの話は無かったことにしましょう」
「ちょ、ちょっと待て! 一度決まった話を無しにするなんてそりゃないぜ!」
「ごめん、気が変わっちゃったの」
「気が変わっちゃったの、じゃねえ! その気にさせておいて無責任だぜ!」
そう言って、イシィは入り口の扉の前に飛び込む。
「お前の気が変わるまでここは通さんぜ!」
「通さんぜって、そこにいられちゃ私達出られないじゃない!」
「おう! 出さないって言ったつもりだぜ、俺は!」
「あうう……」
面倒なことになった、とかなみは思った。
「どうしましょう、翠華さん?」
「かなみさん……」
翠華は神妙な面持ちでかなみを見る。
「やっぱり、やるべきよ」
「え……?」
「かなみさんは可愛いから絶対に売れるから」
「え、でも、翠華さんはよくないって……」
「それは私の誤解だったのよ……」
「うーん」
確かに誤解していた。
「でも、フィギュアなら健全だし、ロイヤリティ次第ならかなりの額も返済できるわよ」
「そ、そうですか?」
(……少なくとも、私は5体は買うわ)
既に売約先がいるので、かなみは安泰が約束されているのであった。
「え、うーん、翠華さんがそこまで保証してくれるなら……いいかもしれません」
「そ、そう……本当にいいのね」
「……はい」
こうして、かなみのフィギュアは売り出されることになった。
「ちなみにサンプルって、どうやって作るの?」
「え、えぇっと、それは……」
「まずは採寸を図る必要がある」
イシィが張り切って代弁する。
「さ、採寸……?」
「うむ、身体のサイズをしっかり把握しておかなければ正確で精密なフィギュアはできん」
「それが恥ずかしいんですよ……」
「え……しっかり把握って……つまり……」
翠華はその様子を見て、既視感を覚える。
そういえば、洋服屋で採寸を図るような巻き尺がイシィの足元にある。
「あ……わ、わた、私、出て行ってるから安心して!」
翠華は察して顔を真っ赤にする。
「なんで、翠華さんが?」
かなみには翠華の態度がわからなかった。
つまり身体のスリーサイズを測るために服を脱ぐのだが、性別が男っぽいイシィはともかく女の子の翠華は別にこの場にいても何の問題はないとかなみは思った。
問題があるとすれば、翠華の気持ちなのだが。
「誤解をしているようだから、言っておくが俺達マスコットに性別はないのだぞ」
「だからって、割り切れないわよ」
それにどうみても男っぽいし、と勝手に決めつけるかなみであった。
「しかし、これも業務だと思って諦めるのだな」
「うぅ……」
いつもなら「私が決めたことじゃない!」と反論しているところだが、さすがに今回ばかりは一度は自分も賛成したことなので言い返せない。
ここはイシィの言うとおり、おとなしく従おう。
「……あ、あの、やっぱり、私、出て行ったほうがいいでしょ?」
「ですから、翠華さんまで出ていかなくてもいいですよ」
「え……?」
恥ずかしがりながら引き止めるかなみに、翠華は唖然とした。
――もしかして、かなみさん……?
そのせいで、翠華はあらぬ方向に妄想してしまう。
(わ、私に気があるんじゃ……それとも、それとも、私に身体を見せたいのかしら……?)
顔が真っ赤になるに加え、蒸気まで噴き出してきた。
「す、翠華さん……?」
かなみはその態度に戸惑う。
「え、えぇ……大丈夫よ!」
翠華は精一杯の平静さを装う。
「そ、そうですか……やっぱり一人だと心細いので一緒にいて欲しいです……」
「――ッ!?」
翠華の理性が吹っ飛びそうな発言であった。
「か、かかか、かなみさんがそういうのなら……わ、わた、わたし、頑張る!」
「あ、ありがとうございます」
翠華の狼狽ぶりに、かなみは思わずお礼を言ってしまう。
ちなみに何を頑張るのかはまったくわからない。
「なんでもいいが、早く始めるぞ」
「……は、はい」
かなみはせっつかれて、服を脱ぐ。
結局、翠華は耐え切れずに途中で退室した。
「ということがあったんだけど……」
「前々から思ってたけど、あんた達ってほんとにバカよね」
「ば、バカって言い方ないでしょ」
「バカだからバカって言っただけよ。ってゆうか、意味不明よ」
確かに、みあの言うとおりであった。
翠華がどうして、あんなにも狼狽していたのかわからないし、理由を聞いても話してくれなかった。
「時々、翠華さんがわからなくなる時があるのよね?」
「あんた、それマジで言ってんの?」
「……マジって?」
「はあ、こりゃ翠華も大変ね」
「みあちゃんが翠華さんのこと、心配するの珍しいね」
「はあ!? あたしがいつあんな女の心配したっていうのよ!?」
「いつも私の心配ばかりしてくれるのにね」
「話聞きなさいよ! っていうか、あんたの心配もしてない!」
「えぇ、みあちゃん、いつも私のクマとかおなかの減り具合とか心配してくるじゃない?」
「そ、それは……!」
みあは勢い良く顔をプイッとする。
「あんたが危なっかしいからよ! 足引っ張られたらこっちだってたまらないもの!」
「はいはい」
かなみは「私にはわかってるから」と笑顔で答える。
「……あ、あの……」
「何かしら、紫織ちゃん?」
――紫織
一泊二日……事情があって一日延長した出張で帰ってきたらいた少女。
みあの陰に隠れて最初は気づかなかった。鯖戸が紹介してくれたことでかなみは気づいた。改めてみると、みあよりも少し身体が大きいように感じる。
まあ、みあより一つ年上だから当たり前かと思う。
初対面のときは身を縮こませていたせいで小さく見えて、みあが妹を連れてきたのではないかと思ったから年上と言われて驚いた。
それで任務上の都合で連れて来られたかと思っていたのに、研修という形できていることに余計驚かされた。
研修社員ってことだけど、一応後輩になるのかな、とかなみは思う。
みあは妹みたいなものだけど、入社が自分よりも早いから先輩だし、翠華は高校二年生で言わずもがな。
初めての後輩――頭の中で単語を思い浮かべてもピンとこない。そんな彼女が自分に何の用だろう。
「……部長が、呼んでいました」
「あ、そう……」
拍子抜けしたというより、突っ込みを入れたい気分だった。
――すぐ近くにいるじゃん!
ここは株式会社魔法少女のオフィス。狭いオフィスビルの三階を使っていて大声を出さなくてもオフィスの隅から隅まで聞こえる。
ちなみに、今かなみと鯖戸はそれぞれ自分のデスクにいて、多少距離はあるものの普通に名前を呼ぶだけで聞こえるような近さであった。
わざわざ、紫織を言伝役に使わなくても呼べばいいだけなのに。
なんでこんな面倒なことを? と思ったけど、たまに鯖戸のやることや考えることはわからない時がある。
深く考えても馬鹿らしいので素直に呼びかけに応じよう。
「ありがとね」
「は、はい……」
かなみにお礼を言われて紫織は顔を赤らめる。
「で、何の用?」
「仕事だよ。はい、これ」
鯖戸はアタッシュケースをかなみに渡す。
「今度はどこに運べっていうの?」
「地図も同封しておいた」
「そういうところは用意がいいのね」
「仕事だから」
「ところでさ、一つ訊いていい?」
「君が聞いてもいい内容だったら、答えられるけど」
「なんで、毎回こんなアタッシュケースで運ばなくちゃいけないの?」
「それだけ大事なモノだからだよ。なんでそんなことを?」
「重くて運ぶのが大変だからよ。それに、これ運んでる時って必ず敵に襲われる気がするし」
かなみはぼやき始める。
「あれなのよ。いかにも大事なもの運んでますよって感じが出ちゃってるから敵も襲いたくなるのよ」
「まあ、そういう考えもあるな」
「だから、このアタッシュケースで運ぶのやめない?」
「やめない」
鯖戸はあっさりと答える。
かなみは知っている。鯖戸が「ノー」と言ったら何をどう言っても覆ることがないことを。
「はい、わかりました。あとこの中身は無いの?」
「ん、質問はひとつじゃなかったのか?」
「訊きたいことと質問は別よ」
「なるほど」
「これの中身って何?」
かなみはアタッシュケースをポンと叩く。
「君のフィギュア」
「……は?」
かなみは一瞬ポカンとする。
「正確にはサンプルだけど」
「え、えぇっと、ちょっとまって。なんでそんなものを運ぶのよ!?」
「君のフィギュアを守るんだから君が適任だろ」
「あ、いや、そういうことじゃなくて……」
「成功報酬は君のフィギュアのロイヤリティを引き上げるということで決まってるんだけど」
「それって売り上げ次第ってことじゃないの」
「売れればかなりの収入を見込めるんだけどね」
「売れれば、だけどね……」
かなみはそこまで売れる気がしない。
そもそも魔法少女の戦いを動画としてインターネットサイトに上げているけど、
それだって再生数はそこそこといったところだし、ステッキの売り上げも一応は売れているものの、かなみの臨時収入はおこづかいの領域を出ない。
そんな状態でフィギュアを出しても売れるとはとても思えない。
「ロイヤリティアップより現金五万の方がいいかな」
「そりゃまあね……」
「それなら百体ぐらい売れれば元がとれるじゃないか」
「何体売り出すつもりよ!? っていうか、一体売れる毎にえぇっと、えっと……」
「五百円、君の収入になるってことだね」
肩に乗っている一応会計士のマニィが答える。
「そう! 五百円ってちょっと高すぎじゃない!?」
「まあ、モデル料みたいなものだから」
「へえ、モデルって儲かるんだ……」
そう呟いた時、脳裏にこの前の翠華の言葉を思い出す。
――いくら、収入がいいからって……アダルトビ○オに手を染めたらダメよ!
フンフン! ちょっとでも考えたかなみは大きく首を振って否定する。
「じゃあ、現金五万と売り上げの十パーセント……どっちをとる?」
「う、うーん……」
五万は魅力的な提案であった。
百体も売れるとは思えないし、確実に収入が入るという点でこちらを選ぶべきだ。
しかし、そっちへ踏み切れないのは鯖戸がわざわざ選択肢を用意したという点だ。
いつもならわざわざそんなこと言わずに現金五万を提示してくるはずなのに。しかも、売り上げの十パーセントという現金五万と釣り合いがとれるか怪しい条件。
いや、釣り合いがとれているのかもしれない。かなみが知らなくて鯖戸が知っているような売れる見込みというものがあって、実は売り上げの十パーセントの方がお得かもしれない。
「……ちょっと保留でいい?」
「うーん、それはいいけど。制限時間は二時間だよ」
「え……二時間……?」
「もし二時間経っても決まらなかったら僕が独断で決める」
「絶対決めるわ」
かなみは即答した。
鯖戸に任せると絶対に損な方向に話を持っていかれる。
いや、この話を持ちかけられている時点でもう損な方向に半ば片足をつけているのかもしれない。
「それと今回は紫織も同行して欲しいんだ」
「紫織ちゃんも?」
「彼女も少しは経験しておくといいかもと思ってね」
「それとやっぱり危ないこと?」
「まあ、君がいれば大丈夫だろう」
「……はあ」
かなみは不安と不満のため息を漏らす。
紫織と同行するのが面倒というわけではない。むしろゆっくり二人で話せるいい機会もしれないと思っているぐらいだ。
不安なのは鯖戸の言う「経験」というのが、ろくでもないことが起きるのが前提なのだ。つまり、やっぱりこのアタッシュケースを持っていると敵から狙われてしまうのだから、もっと目立たないモノに変えればいいのに、思わずに入られなかった。
「よ、よよ、よろしくお願いします」
そんな不安を察してか紫織が歩み寄ってきてたどたどしく頭を下げてくる。
「あ、うん、よろしくね」
「は、ははい」
「そんなに緊張しなくてもいいわよ」
「そ、そんな、き、緊張なんて、してませんよ……」
そう言っていることが緊張している証拠なのだが、とかなみは思った。
「あ、いい忘れてたことがあった」
「まだ何かあるの?」
「紫織ちゃんにマスコットをつけることが決まってね」
「また、ろくでもないやつをつけるの」
「ろくでもないと言うな。これでも足りない人手を補ってくれる貴重な人材だ」
「これでも、というのが心外だけどね」
方に乗っているマニィはぼやくが、かなみは無視する。
「それで紫織ちゃんにはどんなマスコットがつくの? この子、気が弱いから親切なマスコットにしてあげてよ」
「は、はい……すみません……」
「別に謝らなくてもいいのよ」
「うん、彼女だ」
鯖戸がそう言うと一匹のマスコットが部長のデスクに上がってきた
「私があなた、秋本紫織さんにつくことになったマスコット、羊のアリィよ」
メガネをかけたキリッっとした眼差しを持った羊のマスコット。毛がモコモコしていて触ったら気持ちよさそうだというのがかなみの第一印象であった。
「よ、よよよ……」
「よろしくお願いね。私は気の弱い子が嫌いなの。私のパートナーならもっとシャキッとしてほしいわね」
「は、はい、すみません……」
「まったく、こんなんじゃ先が思いやられるわね」
「キツイ言い方をするマスコットね。なんだってこんなマスコットにしたの?」
「社長が決めたことだからね。僕達がとやかく言うことじゃないよ」
「社長……何考えてるのかしら?」
かなみの不安はこうして大きくなるのであった。
「………………」
「………………」
移動中のバスの中で、かなみと紫織は無言であった。
(……やっぱり、こっちから話切りださなくちゃいけないか)
紫織が何か言ってくれるのを待っていたが、それではずっと黙り込んだままになってしまう。
「紫織ちゃんはどうして会社に来たの?」
「き、来たって言うより、連れて来られたんです……」
「みあちゃんに?」
「は、はい……みあさんです……」
「みあちゃんと仕事で会ったの?」
「はい……みあさんがうちの学校に来て……」
紫織はみあと会って会社に来るまでの成り行きを話してくれた。そのことで、紫織がいじめにあっていたことも。
それに紫織がネガサイドにその才能を狙われていることも。
「じゃあ、紫織ちゃんも魔法少女に変身できるの?」
「い、いえ、できません……」
「え、そうなの?」
それは意外だった。かなみはもう紫織は変身出来るものだと思っていた。
「……私、変身したことありませんから」
「あ、そっか……うーん……」
そういえば、とかなみは思い出してみる。
魔法少女になってから初めての仕事。
正確に言えば、仕事を引き受けてから魔法少女になったのだ。
あの時はただ成り行きに身を任せてやってみたら変身出来てしまった。
思い返してみるとムチャクチャな話だ。当時を思い返してみると、よっぽど切羽詰まって追い詰められていたのだろう。
何しろ、いきなり帰ってくるはずの両親がいなくて、黒服の男達が家に押しかけてきて、両親が背負った一億円もの借金を払うように迫られて、拉致されて……
その後、自分はどうなる予定だったのか、想像もしたくない。
とにかく、すんでのところで鯖戸が駆けつけてきて仕事を言い渡された。それで行った先で、敵が現れて……変身しろとせかされた。
それで変身した。
そこまで考えて、翠華とみあの初めての変身はどうだったんだろう、と思う。
さすがにそんな唐突な成り行きで変身するのは自分ぐらいのものだ。
「私も変身したことないけど、変身できたよ」
「え……?」
「あのね、私ね。借金しちゃって、返すために今仕事してるのよ」
「あ、みあさんから聞きました。借金してパン一個も買えない生活してるって……」
「あはは、みあちゃん酷いな。さすがにパン一個ぐらい買えるよ」
二個、三個はきついけど、心の中で付け加える。
「まあ、とにかくそれで初めて仕事をした時、いきなり変身するよう言われたのよ。このマニィにね」
肩に乗っているマニィを差す。
「それで変身、出来たんですか?」
「ええ、なんか出来ちゃったのよ」
「……す、凄いですね」
「凄くないわよ。紫織ちゃんもやってみたら出来るよ」
「や、やってみたら……」
「コインは貰ってるんでしょ?」
「は、はい……ここにあります……」
紫織はポケットから魔法少女のロゴが入ったコインを出す。
「言ってみたら案外もう変身できるんじゃない?」
そう言うと紫織は首を振る。
「む、無理ですよ……私になんか出来るわけがありません……」
「うーん、そんなことないと思うんだけどな……」
それはやっぱり自分があっさり変身出来たからなのかなと思ってしまう。
魔法少女の才能……それがなんなのか、わからない。
ただ自分達は変身して戦う力がある。それは他の人には無いモノだって言われているけど実感は無い。
「とりあえず、機会があったらやってみたらどう? ダメだったらダメな時に考えましょう……」
「………………」
「ごめんね。私いい加減だからこういうことしか言えなくて」
「い、いいえ……かなみさん、すごく前向きなんだって思いまして……」
「前向き……全然そんなことないよ……前向きって、社長みたいな人を言うんだよ」
というより、あの人は前しか向いていないような気がする。
「それもそうですね……」
「じゃあ、この後、やってみるかい?」
「……え?」
マニィがそう言って、紫織を戸惑わせる。
「あんた、突然何言ってるの?」
「いや、この後、変身するような事態が起きそうな気がして」
「何、その嫌な予感……」
しかも、絶対に当たりそうな気がするやつだ。
「そもそもね、魔法少女の変身というのは一話に一回必ずするものなのよ」
そこへアリィが話に加わる。
「今がその一話の中のエピソードであってね、まだ前半のAパートだからその危険が起きることはないけど、もうまもなく終わって後半のBパートが始まって……」
「な、何のはないですか、いったい……?」
戸惑う紫織とは対象的にかなみの対応は冷ややかであった。
「無視した方がいいわよ」
「は、はい……?」
「まともに相手してたら疲れるだけよ」
「そうなんですか……」
そんなことを言っている内にバスが目的地まで着いた。
「………………」
「………………」
バスを降りてからもう少し歩く。
「あ、あの……」
「何?」
意外なことに紫織の方から話を切り出してきた。
「本当に変身するようなことが起きるんでしょうか?」
車中にマニィとアリィが口走ったことだ。
よほど、気になっていんただろう。まあ、戦いになれば身を危険にさらされるのだから当たり前か。
「………………」
「そんなわけない」とかなみは答えたかったが、そうとは限らない。
こんな大げさなアタッシュケースを持たされたとき、必ず襲われている気がする。
「……起きるかもしれないわね」
そう言っておいた方がいい。
警戒しておけば、本当に敵に襲われるようなことになっても対処は出来る。
怖いのは無警戒でいること。それで不意打ちを受けて、ケースを盗られたら報酬がもらえないばかりか罰金で取られてしまう。そんなことには絶対にならないよう気をつけるべきだとかなみは心がけている。
「………………」
ただ、紫織にはそんな事情は無い。
無駄に不安を煽って、怯えさせってしまったのではないか。答え方は間違えたかな、とかなみは悩む。
「――ここだ」
などと考えている内に目的地に着いてしまった。
「あ、れ……?」
かなみは唖然とする。
おかしい。いつもならここに辿り着く前に怪人が出てきて、襲い掛かってくるはずなのに。
「……きちゃいましたね」
紫織も気まずい。
起きるかもしれないといっておきながら何も起きなかったのだから。
「ま、まあ何も起きなかったらよかったわね」
そう言っておくことしか出来なかった。
さて、その肝心の目的地なのだが、とても都心とは思えないくらい年季を感じる木造の家屋。
「……ボロ」
かなみは思わず漏らした。
今にも崩れ落ちそうであった。というか地震が来たら一発で倒壊するのではないか。よく今まで保っていたものだと感心までしてしまう。
「とにかく入ってみてくれ」
「く、崩れない……」
「大丈夫だ。見かけより頑丈にできている」
ここはマニィの言葉を信じよう。
かなみは戸板を開けて中に入る。
「……ダレダ―!」
奥の方から声がする。
次の瞬間、奥から一人の男がやってくる。
「……え?」
その男を見て素っ頓狂な声を上げる。
「お!」
そして男は歓喜の声を上げる。
この男、見覚えがあった。
黒いタンクトップとトレーナーのズボンを着てスポーツ青年といった出で立ちだが、顔は茶色のテンガロンハットを深くかぶっているせいで見えない。
「オーハハッハハハアハハッハッハ!!」
男は耳をつんざくようなハイテンションの笑い声を上げる。
「カンセー!」
そうこの男、悪の秘密結社ネガサイドの幹部・カンセーであった。
嫌な予感というのは、当たらなかったと安堵した時に当たるものだとかなみは思った。
「ここであうとは、百年目だな!」
「意味分かんないわよ。だいたい会ったのはこの間の旅行振りじゃない!」
「おっと、そうだったな! まあ、何にしてもめでたいぜ!」
「どこがめでたいのよ!」
「厄日だからな」
「意味わかんない! 大体なんであんたがここにいるのよ!?」
「仕事でな。ここにいる男を捕まえてボスのところに連れ出すように言われてるんだ」
「ボス……?」
「おっと、これは企業秘密だったぜ!」
「随分軽い秘密なのね」
「そうでもねえぜ。こういうことを漏らすと指一本切られるんだぜ」
「指一本ってヤクザじゃない!」
「ああ、でも、一日経つとまた生えてくるからそうでもねえか」
「生えるの!?」
「お前は生えねえのか?」
「生えるわけないでしょ! トカゲじゃあるまいし!」
「俺はトカゲみたいなものだからな。そっか人間って不便だな、ククク!」
「何がおかしいっていうのよ?」
「別におかしくねえよ。それより久しぶりに会ったんだ、ここで戦おうじゃねえか!」
どうして久しぶりに会うとそうなるのか。かなみには理解できなかった。
「おら、さっさと変身しやがれ!」
「言われなくてもやってやるわよ! でも、ここじゃ狭いから場所を変えましょ」
「おう、そいつはいいアイディアだぜ!」
カンセーの気持ちいい二つ返事で、かなみは安堵する。
こんな狭い場所で戦ったら、間違いなく家屋は倒壊してしまう。そうなったら、いくらボロでも修繕費でまたボーナスが引かれる。そうならなくてよかった。
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