第17話 芸術! 平和と癒しの新魔法少女 (Bパート)

 かなみ達は場所を変えて、これまた都心で珍しい何もない原っぱの空き地に移動した。ここなら周囲の被害を心配する必要が無いうってつけの場所だ。

「ここなら遠慮しなくていいぜ!」

「それはこっちの台詞よ。何が目的か知らないけど、返り討ちにしてやるわ」

 かなみはコインを宙に上げる。

「マジカルワークス」

 コインから降り注ぐ光に包まれて、黄色を基調としたフリルを着込んだ魔法少女カナミが姿を現す。

「愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!」

 おなじみの口上と共にポーズを決める。

「か、かっこいい……」

 その姿を見て、端から見ていた紫織は思わず呟く。

「へ、毎度おなじみってやつだな」

「何よ、習慣なんだからしょうがないでしょ」

 かなみは言い返す。

「大体、あんただってまたダークマターで怪人出してくるでしょ!」

「ところがどっこい! 今回は俺が直々に相手してやるぜ!」

「あんたが……?」

 意外な発言であった。

 今まで、ネガサイドはダークマターで生み出した怪人を戦わせて幹部は高みの見物というのがセオリーだった。それが今回は直接戦うということは……何か事情があるのだろう。

 それをかなみなりに推測してみる。

「もしかして、あんた……リストラ候補にあがってるの?」

「おぐわ!?」

 カンセーは奇妙な声で返答する。

「馬鹿言ってるんじゃねえ! 悪の秘密結社っていうのは一度入ったら抜けられねえようになってるんだよ」

「ああ、そうなの。てっきり、失敗続きだから追い詰められてるのかなって思って」

「俺は失敗なんてしてねえよ。ただこのところ査定が厳しくなってきるんだよ」

「給料いくらなのよ?」

「やめとけ。世の中知らねえ方がいいことがあるんだぜ」

 もしも、ここで高給だったら、かなみは本気で羨んだだろう。もっとも、いくら金を積まれたところで入社はするつもりはないが。

「っと、無駄口はここまでにして。一勝負といこうか! いっとくが、俺は戦いになったら強いぜ」

 そう言われてかなみは戦闘態勢になる。

 大丈夫。今回も一人だが、ホッコーを倒した実績もあるし、レベルも上がっている実感もある。

「私だって強くなってるんだから!」

「そいつは結構だぜ」

 カンセーはそう言って、魔法で銃を出す。

「え!?」


バァン!!


 かなみがそれを認識した次の瞬間、銃から弾が撃ち出される。

 かなみの身体がよろめく。

「かなみさん!?」

 紫織は悲鳴を上げる。

「俺の早撃ちは天下一品だ。こいつで仕留められなかった獲物はいないぜ」

「それじゃ、私が第一号ってことになるわね」

「なに!?」

 かなみは倒れなかった。

 眉間に向かってレーザーのような速さで一直線に向かっていった。当たれば即KOで、避けられるものではなかった。

 ならば方法はひとつしかない。魔力を額に集中させて防御に回した。

 カンセーが撃ってくると認識してから、反射でやってみたらできた。

 何故か頭に飛んでくるという直感が働いた。というよりも頭を撃ちぬかれたらやばいということで反射で動いたといってもいいかもしれない。

(社長にしごかれていなかったら、危なかった……)

 かなみは冷や汗たっぷり流す。

 コンマ一秒でも反応が遅れたら、あの世行きだった。

 つくづくあの地獄の特訓が身を助けているのだと思える。などとしみじみ考えながら、敵を見据える。

 カンセー……今まで何度か会ってきたけど、直接戦うのはこれが初めて。

 今の一撃を見る限り、戦闘スタイルは自分と同じ魔法弾を撃ち出す射撃タイプ。ただし、威力を重視する自分と違って、速度や正確さに重点が置かれているように感じる。

――正直苦手なタイプだ。

 わかりやすくていいのだが、魔法弾を撃ち出す前に撃たれてしまう。攻撃では常に先手をとられて、防御の後手に回るのがつらい。

「ま、一発で終わらなかったのはよかったぜ。せっかくの俺の出番がこれでおしまいになっちまうからな」

「どうせ、今回でおしまいじゃない」

「そいつはどうかな」

 カンセーは両手から魔法で銃を出現させる。

「こいつが、俺の真骨頂・百発百撃ちだ!」

「ひゃ、百!?」

 カナミがたじろいだ瞬間、カンセーは両手の銃から大量の弾は撃ち出す。

 その数はは百……を優に超えていた。

 とはいっても、一瞬の出来事なものだからカナミの目には百ぐらいの弾が襲ってくるぐらいの認識しか出来なかった。

「ハードボード・シールド!」

 カナミは前に赤と緑で彩られた円形の盾を出現させる。

 百発以上の弾をそれで受け止める。やはり、速度を重視しているせいか、威力は低く、難なく全弾受け止めた。

「まだまだだぜ! 一千発花火!」

 カンセーはクルクルと回りだし、四方八方に弾を飛ばす。

 しかし、その無数に飛び散った弾はかなみに向かって集束していく。右から左から上から下から、無数の弾が襲い掛かってくる。

 カナミの盾は前方しか防御できず、防ぎ切ることが出来ない。

「ぐ!」

 結果、数十発の弾を受けることになる。

 しかし、立てなくなるほどではなかった。

「今度はこっちの番よ!」

 すぐさま、反撃に転ずる。

 カンセーほどではないが、大量の魔法弾を撃ち出す。

「遅い!」

 カンセーはそれを素早いステップで次々と魔法弾をかわしていく。

 しかし、カナミはそんなことを承知の上で切り込んでいく。

「仕込みステッキ・ピンゾロの半!」


キィィィィィン!!


 仕込みステッキの太刀をカンセーは銃身で受け止める。

「いいぜ、そうこなくっちゃなぁッ!!」

 もうひとつの銃をかなみに向ける。

「――!」

 カナミは即座に銃先からかわす。

 撃たれるのがわかっているなら、先に動けばよけることが出来る。

 かわすことと同時に、反撃に移る。

 魔法弾と仕込みステッキによる二段攻撃。それをカンセーは銃身では受けきれず、右腕で受け止める。

「ぬぅッ!!」

 右腕を負傷して、後退する。

 これで二丁拳銃による乱発も半減した。

「ククク……!」

 にも関わらず、カンセーは笑っていた。

「ハハハハハッハハッハハハ!」

「何がおかしいの!?」

「なあに、ちょいとばかしなめていたと思ってな。どーにも本気の出し方を忘れちまっていたのかもしれねえ」

「本気?」

 そのたった一言でカナミの緊張が走る。

「さてと、エンジンかけていくかぁッ!」

 カンセーはテンガロンハットをとる。

 そこには今まで隠れていた、緑髪で彫りの深い顔が現れた。

「リフレクトカーテン!」

 空き地の周囲を光がドーム状に覆う。

「ふん!」

 カンセーが銃を乱射させる。

 先程に比べてスピードが無いため、あっさり避けられた。


カン! カン! カン!


 しかし、避けた弾が背後からまた襲い掛かってくる。

「ガッ!」

 弾が当たり、よろめく。

「なんで、避けたはずの弾が……!?」

「それがこの結界の力だぜ。弾を全部反射させるんだぜ! 弾が当たるまで進む続けるってわけだぜ!」

「な、ムチャクチャよ! 第一それだったらあんたも無事じゃすまないでしょ!」

「なあに、全部かわせばいいだけの話だぜ!」

「それがムチャクチャっていうのよ!」

「ムチャかどうか、やってみるぜ! おりゃぁ百発百撃ち!」

 カンセーはまた明らかに百発以上の銃弾をカナミに向かって撃つ。

「ハードボード・シールド!」

 カナミの赤と緑の丸いボードでその銃弾を弾く。

 しかし、弾かれた銃弾はドームの壁に当たり、反射する。しかも、反射の仕方がまばらで、どこに当たってどこに飛んでいくかまったくの予測がつかない。

「あたッ!?」

 それがカナミに当たる。

 銃弾なんて当たれば重傷は免れないが、そこは魔法少女のコスチュームが鎧の役目を果たしてくれているおかげで

 ただ、それでも銃弾が小石に変わったぐらいだから痛いことに変わりない。しかも、それが何十発も受けたら、重傷に至ることはなくても、意識は途切れそうになる。

「いたい、いたたたッ!」

 まったく予想のつかない反射をする銃弾に次第に対応しきれず、全身に浴びるように受け続ける。

(でも、これだけ銃弾が飛び回っていたら、あいつの方も無事じゃすまないんじゃないの……?)

 そう思って、カンセーの方を見てみる。

 しかし、結果はそうではなかった。なんと、カンセーは自分に向かってくる弾丸を全てかわしきっているのだ。全方位から襲い掛かってくる何十発にも及ぶ弾丸を。派手に動かず、最小限に身体をくねらせるだけで全部避けている。

(――私も、あいつみたいに動けば、……)

 カナミも彼を見習って動いてみる。

 足を振り、手を振り――優雅に、踊るようにすれば上手く……

「いたいッ! いたいいたいたいッ!?」

 出来るわけがなかった。

 やはり、付け焼刃の見よう見まねで都合よく解決するほど戦いは甘くない。

「カナミさん……」

 一方、空き地の隅で戦いを見守っていた紫織はカンセーが結界を展開させた時、その外に立っていたため、巻き込まれずにすんだ。そのせいで、結界の中の様子が見えない。

 ただ、カナミの悲鳴だけが耳に届くせいで、紫織の不安は増すばかりであった。

「彼女が心配?」

 肩に乗っているアリィが語りかけてくる。

「は、はい……」

 紫織は怯えた声で答える。

 カナミと会って間もないし、話したことも今日がほとんど初めてであった。

 それでも、自分に優しく接してくれたと思うし、良い人だという印象もある。

 助けられるなら助けたい。でも、助けられない。

 自分は戦えないから。何の役にも立たないから。

「心配なら助けなさいよ」

 アリィはきっぱり言う。そんなこと、できるはずないのに……

「た、助けられませんよ……」

「助けようともしないのに、助けられないなんて言わないの」

「……で、でも……!」

「彼女が言っていたことを思い出しなさい」

「カナミさんが、言っていたこと……?」

「あなたは魔法少女に変身できない。でも、それは変身したことがないだけのことよ」

 アリィの言葉が引き金になってカナミの言葉が思い出される。


――言ってみたら案外もう変身できるんじゃない?


「私にもできるんでしょうか……?」

 その時、返した事と同じ言葉を呟いてしまう。


――とりあえず、機会があったらやってみたらどう? ダメだったらダメな時に考えましょう……


「ダメだったら……ダメなときに……」

 その言葉が後押ししてくれたような気がした。

「やるだけやってみなさい。ダメでも誰も責めたりしないし、出来たら儲けものぐらいの気持ちでやりなさい」

「はい」

 ここに来て紫織は明確な意志を持って返事が出来た気がした。

 コインを取り出して、力一杯へ上へ投げてみる。

「ま、マジカル、わ、わーくす……!」

 なれない言葉をどもりながらも言ってみる。

 すると、宙を舞うコインから光が降り注ぎ、紫織の身体を包んでいく。

「平和と癒しの使者シオリ登場」

 控えめに前口上で名乗りを上げて紫色を基調としたワンピースのようなフリルの衣装を纏ったシオリが登場する。

「で、できました……」

 予想外の変身成功に控えめに喜ぶ。

「ほらほら、ボサボサとしないの。せっかく初めての変身で気合入ったバンクをノーカットで使ってあげたのよ。これがしばらくしたら、他の魔法少女の子と一緒くたにされて尺の都合でカットされるんだからね。というわけだから今回の初変身がどれだけ重要なことかわかっていただけたかしら。それだけこっちもつかみをとるのに必死なんだから、あんたも頑張りなさい」

「え、え……!?」

 まくしたてられるアリィにシオリは言っている意味もほとんどわからず、ただ戸惑うしかなかった。

 変身したからといって、気の弱さが変わるわけではなかった。

「とにかく、変身は成功したんだからあんたは戦えるってことよ」

「で、でも、戦うってどうすれば……?」

「まずはあの結界をなんとかしないと助けようがないわね。というわけで武器が必要ね。拳でなんとかしてもいいけど、魔法少女がパンチで敵をぶっ飛ばすっていうのもどうかと思うのよ。まあ、でも最近そういうニーズもあるって話だから、まったくないわけじゃないのよね。ああ、でもあんたのキャラじゃないわね、あんたはどっちかっていうと後方支援のキャラってイメージね、それをあえて覆して格闘技やるっていうのも一種のギャップがあってもいいかもしれないけど」

「わ、わかりました……!」

 シオリは強く言って、アリィの声を遮る。

 このままだと延々と喋り続けそうだったので、なんとかして止めないと思っての行動であった。

「私、やってみます……!」

 シオリはすぐそばに落ちていたある物を拾って、結界の前にかざす。

「そ、それは……!」

 アリィが驚いているうちにシオリは物に魔力を込める。

 やったことはないけど、イメージしてみる。

 ミアがやってみせたように、スイカがやったように、カナミがしたように……これを使う自分をイメージする。すると、身体は自然に動く。

 初めてだというのに、まるでこれが何年もしてきた習慣のようにその物を、魔法の道具として用いて、シオリは自分の思い描く魔法を叫ぶ。

「アイアン☆バット!」

 シオリのフルスイングが結界に激突する。


パリン!


 ガラスが割れたような音が鳴る。

 直後に白い結界に亀裂が走り、パリパリとヒビが入っていく。そのヒビが全面に達するとカラカラと結界が音を立てて崩れていく。

「ば、バカな!? 何がおきやがったんだ、こんちくしょう!?」

 結界が崩れたことでカンセーは動揺する。

 それはカナミも同じことであった。しかし、これはカナミにとっては都合の良い事だったので、カンセーほどの動揺は無かった。

「シオリちゃん……?」

 そのおかげで、カナミはすぐに変身したシオリを発見して状況を察した。

(やったわね、おめでとう)

 心の声で彼女を祝福する。

 そして、今は戦いの真っ最中であり、本当の祝福は後にしておこうと思ってのことであった。

「このチャンス、絶対に無駄にしない!」

 そう、チャンスなのだ。

 カンセーは結界を破られて今までにないくらい動揺している。

 今なら神殺砲が当てられる気がする。正直さっきまでの動きを見せられて、当たる気がまったくしなかった。

 だけど、動揺している今ならいけるかもしれない。

「神殺砲!」

 カナミはステッキに魔力を注いで大砲へと変化させる。

「ボーナスキャノン発射!」

 彼を動揺から回復させる時間を与えないために、あっという間に発射する。

「うおッ!?」

 カンセーはようやく神殺砲の発射に気づいた。

 しかし、その時にはもう遅かった。避けようとしても、高速で押し寄せてくる魔力の洪水からはもう逃げられない。

「があああああああッ!!」

 カンセーは雄叫びを上げながら飲まれていき、空の彼方へと吹っ飛ばされる。

「はあ、勝った……」

 カナミは一息つく。

「すごかったです、カナミさん!」

「あなたもね、シオリちゃん。変身できたじゃない、でも……」

 カナミは落ち着いたことで疑問に浮かんだことを早速訊く。

 それはシオリが手に持っている武器であった。

「……なんで、バットなの?」

「え、あ、これは……たまたま、そこにあったから……」

 シオリはバットの落ちていた場所を見て、カナミの視線をそらす。

「そ、そうなんだ……?」

 おそらくは誰かが落としたか、捨てた物だろう。

 そんな物に魔法を使ってよかったのだろうか。

「な、なんだか、強そうでしたから、これにしてみました……」

 確かに強そうではあるが、カナミからしてみればそれはどうみても男の子が使う物というイメージが強くて、とてもじゃないが魔法少女が戦いに使うようなイメージが思い浮かばない。

 まあ、ドライバーといった工具まで使う魔法少女がいるのだからいいのかもしれない。

 何よりも、自分だって魔法少女に変身した直後、すぐ目についた錫杖をモチーフにしたステッキを今でも武器にしている。

 あまり、余計なことを言わずに自分に合っていると感じる物を使わせたほうがいいだろう、とあえて何も言わないことにした。

「何にしても、おめでとうシオリちゃん」

「は、はい……ありがとう、ございます……」

 後回しにしてしまった祝福の言葉を今するカナミであった。

 ここまで素直に祝福されたことの無かったシオリにとってカナミの笑顔はとてもまぶしかった。



「……んで、結局」

 かなみはため息をつく。

「あいつの狙いって何だったのかしらね?」

「君がそれを訊かずに倒してしまうからいけないんだよ」

「だって、問答無用でバトルって流れだったじゃない」

「問答くらいなら彼は聞いてくれそうだったよ」

「うーん、そうだったかな……?」

 なんとも言えない感じであった。

 彼はテンホーほど話しの通じない敵でもないし、スーシーのような秘密主義で徹底している素振りもなさそうだったから、訊いてみればあっさりと答えてくれるかもしれない。

 しかし、案外秘密はしっかり守るほうかもしれないし、そうでないかもしれない。

 わからない。答えてくれるかどうか、正直五分五分といったところだ。

「ところで、あそこってなんなの?」

「鯖戸が言うには、アトリエのようだ」

「アトリエ?」

「工房だね」

「そう言われてもわからないわよ」

「まあ、行けばわかるよ」

 結局そうなるのか。

 そういえば何か大事なことを忘れているような気がする。

 なんだったか、思い出せない。

 そうこうしているうちにさっきのいたボロの家屋に着いた。

「ごめんくださーい」

 と言いながら、入ってみる。

 呼び鈴が無いのだからこうする他、仕方ない。

「こういうのって、不法侵入になるんじゃ……?」

「人がそこに住んでいたらね」

「人がいなくても不法だよ」

「あんた、珍しく突っ込んできたわね」

 しかし、こっちにはちゃんとした用事がある。

「誰かいませんか?」

 かなみは奥へ呼びかけてみる。


……………………


 何も返事が返ってこない。

「誰もいないのかな?」

 としれっとかなみは奥へと上がり込む。

「あ、ああ……かなみさん……」

 紫織は止めようとした。

 勝手に上がり込んで、もし人がいたら怒鳴られてしまう。

 そうなったらまずいですよ、と言いたかったが、言えないままかなみはどんどん先へ行く。

 仕方がないから、紫織も後についていく。

「お!」


むぐぐ……


 呻き声が聞こえる。

 その声の主は、すぐに見つかった。

「……………………」

 かなみは絶句した。

 声の主の男は、ロープに縛り上げられて、手足がバキバキにおれんばかりに無理な体勢をさせられているのであった。

 丁寧にさるぐつわまでつけられているせいで彼の悲鳴は漏れずに呻き声を上げている。

 しかも、背景には数百にも及ぶ美少女、美少年の人形が羅列していて、彼はその人形達の仲間だと主張しているように見えていた。

「な、なんなのこれ……」

 そう訊かれても、紫織も答えようがなかった。

「わ、わかりません……」

「だよね、わけわかんないし」

 とりあえず、さるぐつわを外した方がいいか。

 話はそれからだ。彼が何者で、これは一体どういうことなのか。口がきけないとどうにもならない。

「……でも」

 それで本当にいいのだろうか。

 なんだか、これは外していけないような気がする。

 外してしまったら、取り返しのつかない何かが起きるような気がしてならない。


おうぐ……


 しかし、彼がどんどん青ざめてきた。

 このまま、そんな体勢を続けているとそれこそ取り返しのつかないことになりかねない。

「よし、助けましょう。話はそれからよ」

 かなみは意を決して彼を縛るロープを取り外す。



「助かりました。もう少しで天国へいくところでしたよ」

 彼は陽気にそう言って、かなみに礼を言う。

「いや、身体の柔らかさには自信があったのですが、人間には限界があるものなんですね」

「は、はあ……どうして、あんなことになっていたんですか?」

「それがですね」

「ネガサイドの連中に襲われたんですか?」

「いや、そういうわけじゃ無いんです」

「……え?」

「あれは僕が頼んだことなんですよ」

「はあ?」

 かなみは困惑した。

 ネガサイドの……カンセーに襲われたのならわかる。ロープで拘束されて脅迫されていたというのが一番妥当な線なのだから。しかし、彼から頼んだというのはどういうことだかわからない。

「あ、あの……言っている意味がよくわからないんですけど……」

「自分からされたかった、ということですか……」

「紫織ちゃん、何言ってるの?」

「そう! その通りなんですよ!」

「はあ?」

 ますますかなみは困惑した。

「私が彼に頼んだんです。ところで彼はどこにいるんですか?」

 男はキョロキョロと見回して、カンセーを探す。しかし、彼はかなみが倒してしまい、もうここにはいない。

「あ、あの……頼んだって、どういうことなんですか……」

「それは、彼が取引を持ちかけたからですよ」

「取引?」

「僕が彼の会社に協力する代わりに、僕の頼みをひとつきいてくれるというものです」

「会社に協力? ネガサイドに、ですか?」

「はい……そんな会社名でしたね」

「あの……あなたは一体何者なんですか?」

「ああ、紹介が遅れましたね。僕は一方方人ひとかたかたひと、人形師です」

「人形師……」

 そう言われて、この部屋の人形の多さに納得する。

「方人は、世界でも指折りの人形師なんだよ」

「あんた、知ってるなら教えなさいよ」

「やあ、マニィ。久し振りですね。相変わらず、どういった仕組みで動いているのか気になるよ」

「この人、マニィを知ってるの?」

「はい、あるみさんに何度か見せてもらいましたからね。そこのアリィと一緒に」

「アリィもなんですか……」

「二度と会いたくなかったけどね。そもそも、彼は世界屈指の天才でありながら、人形のことしか興味が無い変人なのよ。だから、人付き合いも全然出来ずに、こんなアトリエにこもっているの。そのせいで、誰にも知られない一人ぼっちなのよ。そこをあるみ社長が目をつけて、いい取引相手になってくれたものだから生活が出来ているようなものなのよ」

「ストップストップ! まったくスキあらば喋りまくるのね、あんた」

 だけど、おかげで事のあらましはだいたいわかった。

「そこのマニィやアリィとはたまに会わせてもらっています。それが彼女の依頼を受ける取引の条件でしたから」

「でも、あんたは私のパートナーだったじゃないの?」

「うん、だから君が寝ている時にたまに会いに行ってたんだよ。僕達マスコットは二十四時間営業で動き続けられるからね」

「ふうん、意外と働き者なのね」

「今まで彼女が見せてくれたのは十二匹です。どれも素晴らしい出来でしたよ」

「十二……あんた達、一体何匹いるのよ?」

「十二だよ。彼の協力を取り付けるために、社長は全員彼に披露したんだよ」

 十二。マニィ、ウシィ、ホミィ、アリィ、イシィ、リリィ、ドギィ、ラビィ、サキィ、トニィ、トリィ……かなみが今まで出会ったマスコットは十一匹。会社にはまだ一匹がいるということになる。

 今日初めて会ったばかりのアリィがこの調子なのだからきっとろくでもない奴に違いないと思うかなみであった。

「随分と大盤振る舞いしたのね」

「それだけ彼はいい案件だったということだよ。安値だったし」

「それが一番理由なんでしょ。それで……それはわかったけど、どうしてロープで縛ってくれなんて取引の条件にしたんですか?」

 かなみは本題に戻す。

「ああ、それなんですけど実はここ最近、創作が煮詰まっていましてね。どうすれば理想のポージングが完成するのかわからなくなってきまして……」

「は、はあ……」

 ここまでの話は理解できた。

 創作に躓くのは、芸術家にはよくあることだ。しかし、それがロープで縛られることとどう結びつくのか、ますますわからなくなった。

「そこで思いついたのです。私自身が人形になってみれば、人形の気持ちがわかるかもしれないと」

「に、人形の気持ち!?」

「そのために、私は人形になってみることにしました。ですが、それは一人では出来ません。そこで彼に頼んだのです」

「ど、どど、どういうことなんですか!?」

 かなみにはわからなかった。

 どうしてそういう考えに至るのか、どうしてよりにもよってネガサイドに頼むのか。

 変人……アリィは彼のことをそう言ったが、それで納得がいった。

「ロープで縛ってみて、理想のポージングを実演してみたが、ダメだった。やはり人は人形にはなれないみたいだ」

「当たり前です」

 思わずかなみは突っ込んだ。

「ま、おかげでいいイマジネーションが湧いてきましたよ。僕は彼に協力することにしました」

「協力って……ネガサイドにですか? やめたほうがいいですよ、あいつらは悪の秘密結社なんですよ」

「それは関係ありませんよ。僕にとって人形が作ってそれを世の中に広められれば、正義でも悪でもどうだっていいんです」

「そ、そうですか……」

 かなみはそう答えることしかできなかった。

「こういう性格なんだよ、彼は」

「ところで、君達は僕に何の用ですか? あるみさんからの使いですか?」

「は、はい……方人さんにこれを渡すように言われて……」

 そう言ってかなみは方人にアタッシュケースを渡す。

 ひとまずこれで仕事は果たした。しかし、それだけでは終わらないような気がした。

「ああ、やっぱりいいですね!」

 方人はケースを開けて感嘆の声を上げる。

 その中身は魔法少女カナミのフィギュアのサンプルであった。

「ああ、思い出した!」

 かなみはポンと叩く。

 何か忘れているような気がしていた。それが今、思い出した。

 確か鯖戸から持ちかけられていた二つの報酬。今すぐ五万円を貰えるか、フィギュアの売り上げの十パーセントを貰えるか。どちらをとるか、二つに一つの選択。しかも二時間以内に決めなければならないものだった。

「うーん……」

 正直まだ決めあぐねていた。

「あの……」

「何ですか?」

「人方さんって、有名な人形師なんですよね?」

「有名というわけじゃありませんけど、腕には自信ありますよ」

「だったら、教えてください。このフィギュア、売れると思いますか?」

「……え、これがですか?」

「そうです。私のボーナスがかかってるんです」

 かなみは必死に食いつく。

「ふむ、売れるか、どうかですか……」

 しかし、人方はボーナスには興味を示さず、フィギュアを見回す。

 それこそ、舐め回すようにじっくりと上下左右三百六十度じっくりと。

 モデルになったかなみからしてみれば背筋が冷えるような気持ちの悪いものであったが、これもボーナスのためだと我慢した。

「……わかりません」

「はい?」

「確かにこのフィギュアは出来はいいと思います。容姿もいいですし、造形も悪くありません。しかし僕にわかるのはそれだけです」

「と、言いますと?」

「売り上げはフィギュアの出来だけで売れるわけではありません。消費者のニーズ、流行、価格設定、広告……様々な要素が絡みありますからね。僕はあくまで出来の良いフィギュアを作るだけしか能がありません。それが売れるかまでは僕の興味をひくところではありません」

「は、はあ、そうですか……」

 かなみは落ち込む。

 出来が良いと言われたということは、モデルになった自分を褒めてくれたことなのに全然嬉しくない。

 問題は売れるかどうか。自分の収入にどう影響してくるかなのだ。

「でも、売れるように最大限クオリティを引き上げることはできますよ」

「ほ、本当ですか!?」

 かなみは飛び上がらんばかりの勢いで人方に食いつく。

「はい」

 人方はその形相にまったく動ずること無く笑顔で答える。

「ただし、あなたが協力してくれればの話ですが」

「私の協力?」

「はい……見たところ、このフィギュアのモデルになったのはあなたみたいですね」

「は、はい、そうですけど……」

 かなみは驚いた。

 魔法少女に変身すると衣装が変わると同時に、正体を隠蔽するような魔法にかかる。

 それは要するに顔立ちは同じなのに同一人物に見えなくなるといったもので、知り合いが友人が見ても魔法少女カナミが結城かなみであることに気づかないといった具合になる。

 これはどういうわけか、フィギュアのサンプルにもかかっているはずだ。イシィもそう言っていた。

 なのに、人方は見抜いた。

 この人、魔法でも使っているのではないかと思ってしまう。

「だったら、話は簡単だ。君が素晴らしいポージングをしてくれれば、僕はそれをフィギュアにしてみせる。そうすれば売り上げは倍増するはずだけど、どうかな?」

「え、えぇ……」

 正直ありがたい申し出だった。

 このフィギュアが売れるか、モデルが自分のせいもあっていまいち自信が持てなかった。しかし、天才人形師の人方が協力してくれるのなら確信が持てそうだ。


――これは売れる、と。


 ただひとつ懸念材料がある。

 それは彼が変人だということだ。

 人形を作るために人形になってみる、なんて言い出すような男なのだから、どんな協力をさせられるのか想像がつかない。

 その結果、取り返しのつかないことになったら……


――かなみさん、自分を大事にして


 脳裏に翠華の言葉がよぎる。

(ま、まさかね……)

 かなみはそんなはずがないと言い聞かせる。

「あ、あの……人方さん。一つ確認したいんですけど……」

「何でしょうか?」

「私はどんな協力をすればいいんでしょうか? エッチなことは絶対にしませんからね」

「ああ、大丈夫ですよ。君がこの衣装で一番かわいいポーズをとってもらうだけですから」

「そ、それだけですか?」

「はい」

 人方は爽やかに答える。

 その笑顔に嘘はない、とかなみは確信が持てた。

 つまり、ポーズを取るだけで売れるフィギュアが出来るわけだ。

(いける! いけるわ!)

 かなみの心の中でゴーサインを出した。

 そうと決まればすぐに鯖戸に連絡。かなみはすぐにマニィから携帯電話を取り上げて発信する。

「そろそろ来る頃だと思ったよ」

「報酬の件、答えは決まったわ」

「うん、そうだな。答えはもう決まっているものな」

「え、もう決まってるってどういうこと?」

「タイムリミットだ。時間をみてみたまえ」

「え……?」

 そう言われてかなみは部屋の壁時計を見てみる。


――もし二時間経っても決まらなかったら僕が独断で決める


 悪夢のような言葉であった。しかも、それは正夢になる方向のものだ。

「二時間、経った……」

「はい、経ってます……」

 紫織は残酷に告げた。

 どうして、彼女がこのタイミングで言うのかわからないが、とにかく絶妙だった。

 かなみはガクッと思いっきり肩を落とす。

「まあまあ、そう気を落とさず」

「あの……鯖戸? 一応訊いておくけど、売り上げの十パーセントもらえるって話しよね?」

「何言ってるんだ? 五万の方に決まってるじゃないか」

 ガタンと膝をつく。

 甘かった。この男はかなみが得するように方向に動くなんてありえなかったんだ。なのに一縷の期待を込めてしまったのが馬鹿らしくて仕方なかった。

「ちなみに、彼に制作を依頼したフィギュアはクオリティが高いものだからよく売れるんだよ。今回のかなみちゃんのフィギュアなら数百万の売り上げは見込める」

「ええ~ッ!?」

 数百万の売り上げがあるなら、十パーセントで数十万はもらえる。

 つまり、報酬の五万なんて比べ物にならない。十パーセントをとった方が遥かに得だ。

「なんで、そんなことをわざわざ言うのよ? 素直に五万円渡せばよかったじゃない?」

 そうすれば、一応五万の報酬は貰ったと喜ぶことは出来た。

 しかし、彼はそうさせなかった。底意地の悪い鯖戸らしい仕打ちであった。

 かなみは恨みのこもった問いかけは電話が切れてしまったことで届くことはなかった。

「~~~~~~!!」

 なんとも言えない悔しさがこみ上げてくる。

 端から見ていた紫織が一歩引くぐらい、激しく唸り声を上げる。

「――あの」

 こんな時に、空気を読まず人方はかなみに話しかける。

「さっき、お話ししていたポージングの件なんですが……」

「え、えぇ、そんな話してしまったけ?」

「ええ、してましたよ。ですから、たっぷり協力してもらいますよ」

 笑顔で迫る人方に、かなみは言い知れぬ恐怖と後悔がこみ上げてくる。

「なんでこうなるのよ……」

 そんな様子を見て、紫織は呟く。

「かなみさんって、不憫ですね」

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