第16話 決闘! 少女の希望は黄金の輝き! (Bパート)

 まだ朝日が昇ったばかりの早朝。

 水平線と陽の光が重なり、現実と夢の境界が曖昧になっている時間だということを象徴しているかのよう。

 そんな時間だからこそ夢の象徴でもある魔法少女の戦いに相応しいのかもしれない。

「なーんて思っちゃったりしないかしら?」

「……結構詩人なんですね、社長」

 海岸沿いに歩くかなみはそう答えた。

「早起きだから、かしら……どうにも眠くてしょうがないからそういうことを考えるのよね」

「よくわかりません、そういう理屈」

 とはいっても、早起きで眠いということは同意であった。

 こうして、海岸を一歩一歩歩いて行ってようやく頭が冴えてくるといった具合だ。

 どうして、こんな時間を指定したのだろう。まあ、人目が無いからやりやすいというのは利点ではあるのだが。

「さあ、見えてきたわよ」

「――はい」

 かなみは引き締める。

 見据えた先に見える黄金の光。朝日に照らされて、なお一層輝きを増す光。

 敵なのに美しいとさえ思えるそのシルエットなのだが、一歩ずつ距離をつめるごとにはっきりと見えてしまう怪物の風貌のせいで、目を奪われる光景から目を逸らしたくなる姿に様変わりする。

「ようやく来たわね」

 ホッコ―は金色の歯を光らせて悪の怪物らしい邪悪な笑みでかなみ達を迎える。

「ええ、そっちも早起きで感心ね」

「怪物に眠りは必要ないのよ」

 そうなんだ、とかなみは密かに羨む。

「この時が待ち遠しくて待ち遠しくてね、燃えたぎってるのよ!」

 ホッコ―から炎がメラメラと燃えているように見える。いや、実際で魔法で燃やしているのかもしれない。そうとしか思えないぐらいの執念を感じる。

 それを見て、かなみはこの場を逃げてあるみに全部任せたい気持ちになる。

「あ、あの……」

「うちのかなみちゃんだってあんたをぶっ飛ばせるのを楽しみに待ってたわよ」

「しゃ、社長!」

 あるみの発言はまさに火に油を注ぎこむような行為であった。

「おんどりゃぁぁぁ、いい気になってんじゃないわよ!」

「うわあ、口調変わってる!?」

「まあ、あんたなんて敵じゃないわ。すぐに仲間のところにおくってやるわよ。

――って、かなみちゃんは思ってるだろうけどね」

「だから挑発しないで下さい!」

「おみゃー、おみゃーだけはどつきまわしにしばきたおして地獄送りにしてやるぎゃーす!」

「というわけで、向こうは殺る気満々よ」

「誰のせいですか!?」

「あれぐらいやる気になった敵を倒すの、最高に気持ちいいわよ」

「私がやられるってことは考えてないんですか」

「――考えてないわよ」

「え?」

「私はやられるためにあなたを特訓つけたわけじゃないしね」

「……社長」

「あとね、どんなにやられても最後に勝てばいいのよ!」

「やっぱりやられるじゃないですか!」

「やられてもいいわよ、負けなければ」

「………………」

 その自信に満ちたあるみの言葉が胸に響いた。

「勝って帰りましょう」

「――はい」

 そう返事をした時、二人は笑顔を交わしていた。

「さあ、行くわよ!」

 かなみの身体は朝日の光と一体化して、一瞬にして魔法少女カナミへと変身を遂げる。

 金色の魔法少女は黄金に輝く。

「そんなの眩しくなんかないわ、ねえ、シャッチー……」

 長年の習慣なのだろうか。

 今は無き相棒の名を語りかける。そして、彼がもういないことを彼女は改めて認識させられる。

 それはホッコーの怒りを最高潮に達する行為。

「絶対に許さない!」

「負けるもんかぁ!」

 カナミは始めに魔法弾を撃ち出す。

「こんなもの!」

 ホッコーはヒレを魔法弾にぶつけて、かき消す。

「まだまだ!」

 カナミは怯むこと無く撃ち続ける。

 威力を上げる。そうすると一発撃っただけで力が抜けていく。

 息切れしそうになる。全力で走っているとあっという間に疲れる、その感覚だ。

「こんにゃろがぁぁッ!!」

 しかし、威力があるおかげでホッコ―は魔法弾を受ける度に身体が揺らぐ。前は全くものともしなかったのに。

「まだまだまだまだまだまだッ!!」

 かなみは連呼する。

 辛くてもきつくても言う。

「負けるもんかぁッ!」

 魔法弾を撃ち続けられる魔法の言葉。

 それを言えるということは、まだやれる。まだ撃てる。

「ええいッ! しつこいわね!」

 ホッコーは根負けして地中へ潜って逃げる。

「くッ……!」

 かなみは手に膝を置く。

 限界まで走りきった後な感じだが、いちいち休んでいられない。

(地面からの攻撃……社長が教えてくれたようにやれば!)

 これもあるみが講じててくれた対策通りだった。

 ホッコーは地面からの奇襲攻撃を得意としていた。

(見えないところからの攻撃……相手がどこにいるか耳を頼りにしても地面の下だと何も聞こえない……いつ、どんなタイミングで攻撃がくるか読めない……)

 あるみからの助言を心の中で反芻する。

(だったら、感じる…………魔力の動きを感じて、動きを掴む!)

 かなみはじっとしてその場に立ち尽くす。

 余計な力を入れず、リラックスした状態であった。

 時間にして一秒程度のことだが、昨日のあるみの容赦の無い魔法弾の乱射に比べれば、十分敵は悠長だった。

(――いける!)

 敵の魔力の動きがつかめた。

 あるみの攻撃よりも大きく力強いエネルギーの塊のようなモノの接近を察知した。

 それだけ敵の攻撃は強大であるが、来るとわかっていれば対処は出来る。

「どっせいッ!」

 ホッコ―が地中からヒレを突き出してきた。

 しかし、それよりも一瞬早くカナミは動いてかわした。

「出来た!」

「にゃにぃッ!?」

「うん、上出来よ!」

 観戦しているあるみも称賛の声を上げる。

「だったら、これでどうよ!」

 再びホッコ―は地中に潜る。

 一度で終わるとは限らない。それももちろんわかっていたことだ。


――なんでこんなに撃ってくるんですか!?


 昨日の特訓でカナミが発した泣き言だった。

 助言通りに魔力の動きを掴む感覚を身体で覚えることはできた。おかげで一発ぐらいなら読みきって完全にかわすことはできるようになった。

 それでもあるみは絶え間なく地中から魔法弾を撃ち続けた。

 それらをかわしきれずに、何度も何度も魔法弾は身体をぶつけられた。

 痛くて苦しくて、辛い。

 かなみは十分じゃないかと思った。これ以上頑張ったんだからもういいんじゃないか。

「敵は一人なんですよ。こんなに撃つ必要ないじゃないですか!」

「敵は一人でも攻撃がひとつは限らないわよ」

「でも、それでもこんなに撃ってきませんよ」

「そうね……確かにあいつはそんなタイプじゃ無かったわ」

「だったら!」

「その代わり、確実にかわさなくちゃやられる攻撃をしてくるやつだったわ」

「――!」

「考えなかった? 今の攻撃が仮にバスケットボールとでもいうべきかしら……まあ、当たれば痛いわね。でも敵は鉄球を投げてきたらどうなるか……骨が折れるか、内蔵もやられるかもしれないわね……他にもナイフってこともありうるわね、斬られて出血したらまずいわね、当たりどころが悪かったわ死ぬわよ」

「……………………」

 ゾッとする話をあるみはする。

「一度戦ったあなたならわかるでしょ? 敵が何なのか、そんな易しいものじゃなかったでしょ?」

「……はい」

 敵は黄金でしかもダイヤモンドより硬い。そう嘯いていたけど、本当かどうかわからない。しかし、それを信じてしまいかけるほどの硬さはある。

 金属バットよりも遥かに危険な凶器。思い返して改めて認識させられる。

「そんなのに、殴られたい?」

「い、嫌です……」

「嫌よね、怖いわよね? その気持ちを大事になさい」

 そして、あるみとの特訓は続いた。

 あるみの言葉で吹っ切れたのか、恐怖に煽られたのか、まではわからないが、二発、三発と徐々にだが、見切れる数が増えていった。

 おかげで動じなくなった。

 敵が鉄球だろうが、ナイフだろうが、金属バットだろうが、一つ。バスケットボールの雨に比べたらかわすのは簡単だと。

(ようはあたらなければいいのよ)

 カナミはそう言い聞かせて、ホッコ―の地中からの奇襲攻撃を見極めてかわす。

「こんの! こんの! こんの!」

 攻撃が当たらず、ホッコ―は闇雲に攻撃し続ける。

 攻撃の速度は上がっているものの、動きが散漫で読みやすい。

 しかし、あるみとの特訓で何十発という魔法弾の雨あられをかわせるようにならなければ、ほとんど当たっていた。

 一発でも当たって動きを止めれば、たちまちホッコ―の猛攻の餌食になっていただろう。

(社長はこれを見越して、私にあんな特訓を……!)

 それがわかったところで感謝するのは後。負けてしまえば後悔しか残らない。

 カナミの心はだんだんと戦う魔法少女に染まってくる。

「ええい、こうなったら!」

 業を煮やしたホッコ―はヒレだけを地中から出す。

「ノコギリケッターッ!」


ウィィィィィィン!!


 けたたましい音と砂埃を上げてカナミに襲いかかる。

「――ッ!?」

 カナミは飛び上がってかわす。

 しかし、ヒレのノコギリは猛スピードで追いかけてくる。

(ああ、まさか社長の言ったことが当たるなんて)

 その様子を見て、なんとも言えない心境になった。


――あいつは地面にもぐったらサメみたいにヒレ出して襲いかかってくるわよ!


 魔法弾の特訓の後、休憩を入れている時にあるみはこんなことを言ってきた。

「そうなんですか」

「うん、そうに違いないわ」

 あるみはあまりにも自信満々に言ってくる。

 しかし、カナミが憶えている限り、ホッコ―はそんな攻撃をしてきたことはない。

「でも、前の戦いの時はしませんでしたよ」

「今回はしてくると思うのよ」

「なんでそんなことがわかるんですか?」

「カンよ」

「カン、ですか……」

「なにその信用出来ないって言いたい顔は?」

「いえ……カンなんて当たるかどうかわからないじゃないですか」

「いいえ、このカンは当たるわよ」

「どうしてですか?」

「このカンは絶対に当たるってカンよ!」

 そう言われてますますカナミは不信の目を向ける。

「なんだって、そんなに信用できないっていうのよ? まあいいわ、頭に留めておくだけで」



 こんなことになるんだったら、もっと真面目に聞いて対策があれば教えてもらうべきだったと後悔する。が、それはもう手遅れだとカナミは早目に諦めをつける。

(敵がその手で来るんなら……!)

 対策は用意していないなら、今練ればいい。

 高速で移動するけたたたましいノコギリのようなヒレ。半分以上はまだ地中にいて反撃は難しい。

――難しいならやらない!

 カナミはステッキを空へと掲げる。

「セブンスコール!!」

 巨大な魔法弾が撃ち上げられる。

 その魔法弾が花火のように炸裂し、雨のように地上へ降り注ぐ。

「ほぁふッ!?」

 いきなり攻撃を当てられて、ホッコ―は面を食らって動きを止める。

「さすがに以前の切り裂きカミキリのようにはいかないか」

 前にこれを使った時、切り裂きカミキリを一撃で仕留めることが出来た。

 しかし、今回のホッコーはカミキリ以上に頑丈であり、この技は敵に魔法弾をぶつけることだけに特化した魔法なのだ。だから、この威力の魔法弾では敵に倒せない。

 カナミにもそれはわかっているからこそ、すぐ次の行動に出た。

「仕込みステッキ・ピンゾロの半!」

 急接近して、仕込みステッキの斬撃をヒレに入れる。

「ぎゃああああッ!!」

 ヒレを切断する、とはまでいかなかったが、ホッコ―に確かなダメージを与えられた。

 ホッコーはたまらず地上へ出る。

「よくも、よくもやってくれたわね! 生命の次に大事なヒレに傷を入れてくれた礼は必ずしてやるわ!」

 ホッコーは真っ赤にして怒りをあらわにする。

「こうなったら奥の手よ!」

 ホッコ―は天高く飛び上がる。

「え、ちょ、ちょッ!?」

 カナミは魔力で視力を強化して空を見上げる。

 それでもなおホッコ―を太陽と重なり、黄金の輝きで目が眩み捉えきれない。

 一秒ほど経ってようやくホッコ―が太陽よりも大きくなった時、とてつもない速度がカナミに迫っていることがわかった。

――避けないとやばい!

 カナミの本能がそう危険信号を鳴らした。

 即座にその場から離れようとした。

――無駄

 しかし、同時にその行為が意味を成さないことをも本能は察していた。


ドォォォォン!


 隕石の落下にも似た衝撃が海岸に落ちた。

 砂浜から巻き上げられた砂は膨大で、辺り一帯に撒き散る。

 落下した中心にはクレーターといってもいい穴が出来上がり、その衝撃の強さを物語っていた。

「名付けて、シャチハタンプ!」

 ホッコーは穴の中心に立ち、満足気にそう告げる。

「ゲホッ! ゲホッ!」

 カナミは直撃こそ避けたものの、衝撃で巻き上がった砂の洪水に巻き込まれてたまらず転がってしまった。

「なんて、ムチャクチャな攻撃よ。おかげで砂まるけじゃない……」

 しかし、その威力は本物でカナミの身体に確かなダメージを与えていた。

 今度来たらかわせるかどうかわからない。

――もし、あんなの直撃したら……

 嫌な想像をする。

 その衝撃に押し潰されて、見るも無残にペシャンコになっている自分の姿。

 きっと、とても潰れたトマトのように血をまき散らして死ぬんだろう。

 想像したくない。しかし、想像してしまう。

 そして、想像すると思わずにはいられない。

――そんなの絶対に嫌だ。

 だったら、どうするか。

「今のあんたの姿の方がよっぽどお似合いよ」

「……どういう、意味よ?」

「ちっぽけで弱いあんたに黄金は相応しくないってことよ。そのくすんでみすぼらしい黄色があんたにぴったりなのよ」

 そう言われて自分の姿を確認してみる。

 自分は黄色。衣装も黄色で、輝けば金色になる。

 今日の自分は黄金色になっていたと思う。

 輝いていた。自分の戦う意志が、想いが、魔力になって包んでくれて、それが黄金の輝きになっていた、と思う。

 しかし、今はその輝きも巻き上げられた砂の洪水を浴びせられて、くすんだ黄色になってしまっている。

 だけど、不思議と怒りも悔しさも湧いてこない。

 どうしてだろうか。

 その答えはすぐに出た。

「それがどうしたっていうのよ!?」

「なに?」

「確かに私に黄金は相応しくない……こんな借金まみれで、惨めでみすぼらしい私が黄金なわけないじゃない。そうよ、私にはこのくすんだ黄色の方がお似合いよ!」

「な!? くすんでいる方がいいって、どうかしてるわ!」

「そうね、私はどうかしているかも……だけど、私がくすんだ黄色だからって黄金のあなたに負けたわけじゃない!」

「ぬぐぐぐぐッ!!」

 それを聞いて、ホッコーは悔しさをにじませた歯ぎしりをする。

 憎む仇敵が敗北を突きつけた。これで勝ったと誇った。

 輝く黄金色である自分はくすんだ黄色になったあんなヤツに負けるはずがない。ゆえにこの勝負は自分の圧勝だと歓喜した。

 しかし、ヤツはそう考えていなかった。

 負けていない。むしろくすんだ黄色を誇り、黄金色に劣等感を抱くことは一切無かった。

 これには優越感に浸りきっていたホッコーに言い知れぬ屈辱を抱かせたのだ。

「だったら、だったら……あたしのシャッチーはあんたのようなみすぼらしい黄色にやられたっていうのぉぉぉぉッ!!」

 ホッコ―の咆哮が鳴り響く。

「私が黄金だからってなんだって言うのよ。そんなの金貨にもならないし、一文にもならないのよ」

「ほおおおおお! 絶対にあんたを押し潰してやるわ!」

 ホッコ―は絶叫しながらまた飛び上がった。

 さすがに今のダメージで同じ技をぶつけられたら、かわせる保証は無い。

――だったら、かわさなくてもいい!

 カナミはステッキを天に向かって掲げる。

「神殺砲!」

 ステッキは砲台へと変化する。

 目標は空へと舞い上がったホッコ―。狙いをつける必要は無い。

 何故なら今ホッコーはカナミの真上にいるからだ。

 このまま、上へ上へと意識を集中させればいい。ただそれだけに集中する。そうしなければホッコ―は倒せない。

「いっけぇぇぇ、ボーナスキャノン!!」

 魔力が凝縮された光線が空へと舞い上がる。

 さながら、空よりも高く宇宙を目指すロケットのように雄々しい撃ち上げであった。

「ぎょおぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」

 ホッコ―は面を喰らった。

 だが、この技は必ず相手を殺す。ただそれだけに意識を傾けて落下するモノであるから、何が来ようが関係ない。

 そう意識を切り替えた。ゆえに神殺しの砲弾を受けようが関係無い、とどまることを知らず地上へと直進し続ける。

「う、ぐうぅぅぅぅッ!!」

 とどまることを知らない勢いがカナミにも伝わってくる。

 ただそれでも魔力を注ぎ込み神殺しの砲弾を地上から放出し続ける。

 しかし、それだけではダメだ。今のままの魔力じゃ負ける。

 負けたら、そこで終わり。

 今まで頑張ってきたこと、辛かったこと、苦しいこと。その全てが無駄であった、と証明すること。

 それだけは死んでも嫌だ。

 たとえ、くすんだ黄色が相応しくても……

――くすみ続けたこれまでの自分を否定されるのだけは我慢ならない!

「だって、私は負けなかったから! 負けたくなかったから!」

 カナミは一気に魔力を放出する。

「ボーナス・アディションッ!」

 限界を超えたさらなる全力の放出。

 砂にまみれ、泥につかり、借金におぼれて、色あせてしまった黄金。

 だけど、もがいた。あがき続けたその先にある輝き。

「いっけぇぇぇぇッ!!」

 それは黄金をも超える閃光となる。

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 駆け上がる金色の閃光は、舞い降りる黄金を撃ち砕き、さらなら空の先へと突き進む。



「か、勝った……」

 勝利を確信したカナミの変身が解け、両膝をつく。

 ある限りの全魔力を放出した。全力を使い果たしての勝利だった。

「よくやったわね、かなみちゃん」

 あるみが労いの言葉を与える。

「しゃ、社長……」

「絶対あなたが勝つって信じてたわ」

 あるみの言葉が本物であった。

 もしも、かなみが負けるかもしれないって少しでも思っていたら、手助けをしていた。

 あるみはそういう人間だった。普段は一切容赦が無いけど、本当に危なかったら助けてくれる。

 今回、かなみは本当に危ないところだった。全力以上の魔力を使わなければ勝てなかった。しかし、あるみは助けなかった。かなみが勝つと信じていたからこそだ。

「……ありがとうございます」

 嬉しかった。

 信じてくれることがこんなにも嬉しいこととは思わなかった。

 そして、その信じてくれたことに応えられたことも。

「お礼を言うのはこっちよ。ありがとね、私も十年は若返った気分よ」

「社長が十年若返ったらみあちゃんより可愛いんでしょうね……」

「あら、言うじゃない、フフフ……」

 二人は笑顔を交わす。

「楽しそうだね。実に不愉快だよ」

 しかし、そこに水を差す輩が現れる。

 ヘヴルだ。昨晩の浴衣姿と、うって変わって黒服のスーツだ。

 中性的に整った顔立ちで男性からも女性からも好意をもたれるのだが、六本の腕を持つ異様な姿であった。

「なに、せっかくの勝利に水を差すつもり?」

「まさか。水ならそこに吐いて捨てるほどあるじゃないか」

「確かに吐き出したくなるようなしょっぱい海水だけどさ。んで、何の用なわけ」

「おっと。そう殺気立てるのはやめてくれないか。俺は君と戦うつもりは毛頭ない」

「よく言うわね。あんな金メッキの化け魚をけしかけておいて」

「けしかけるのは得意なんだけど、直接戦うのは好きじゃないんだ」

「苦手ってわけじゃないのね。見た限り私が今まで出会ってきた中でも十本の指に入るとは思うけどね」

「十本か……今までどんなのと戦ってきたらそんな台詞が言えるんだ、この化け物め」

「化け物はそっちでしょうが」

「いや、これでも本物の化け物を知っているつもりだ」

「本物の化け物ねえ、それがあなた達の言う神ってやつ?」

「そこまでは言えないな。ま、今日はほんの挨拶だ」

 ヘヴルは名刺を投げ、あるみとかなみは受け取る。

「では、またの機会に」

 ヘヴルはそう言って姿を消す。

「同化の魔法……それも変幻自在ってわけね」

「社長……」

 かなみは受け取った名刺とあるみの態度から不安を覚える。

「ま、上には上がいるってわけね。ただ頂上てっぺんは見えてるつもりよ」

 そう言ってあるみは名刺を胸の内にしまう。

「頂上てっぺん……」

「あなたにとっての頂上てっぺんは私よ」

「まるで富士山みたいに高いんですね」

 そう言ったあるみは本当にどこまでも高く、そして美しく見えた。

「ええ、頑張って登りきりなさい」

 登れるのだろうか。不安は無かった。

 登れるだろう。ただ安心はあった。

 だってこの差し伸べてくれた手が踏み出す一歩を与えてくれるから。

「……はい」

 手を出すと必ず返してくれる強くも優しい手。

 あるみはかなみの手を引く。

 力を使い果たしたかなみをあるみは優しく抱きかかえる。

「さあ、帰りましょうか」

 そう言ってくれたことでかなみは実感する。

 帰る。

 そう帰るんだ。

 翠華とみあがいて、あるみがいる。ついでに鯖戸もいる。

 みんながいる株式会社魔法少女のオフィスへ。

「――はい」

 この旅でかなみはひとつの決意を手に入れた。

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