第16話 決闘! 少女の希望は黄金の輝き! (Aパート)
結局、今回の目的は何だったのか。
仕事は果たすことはできなかった。
あの人にはちゃんとした目的があって、それを果たした。
根拠は無い。ただそう思えてならない。あの人の満足げな顔を見る度に。
だけど、私は全然満足できない。
――だって、私は目的を果たせなかったのだから。
「かなみちゃん、何か食べたいモノない?」
あるみは優しく問いかける。
「……ありません」
しかし、かなみは沈んだままであった。
「別にお金のことは気にしなくていいわよ」
それはつまり、あるみがご飯を買ってあげるという意味だ。かなみにもそれはちゃんとわかっている。
普段なら考えられないサービスなのだが、
それでも今のかなみは心動かされなかった。
「いえ、今は何も食べたくありません……」
あるみはそれだけ聞いたら笑って駅のホームを出る。
帰りの新幹線の中で、かなみは一人取り残されていた。
今回かなみはあるみと共に初めて泊まり込みの出張に出た。どんな仕事をするのか、不安しか無かった。
そして、現地に着いて仕事を言い渡された。
内容は古い金印の法具の回収。
この法具で誓約書に印を押すとどんな内容であっても、人を従わせることができる。一言聞いただけでその効力の恐ろしさが伝わった。
そんな恐ろしいものがネガサイドの手に渡してはいけない。かなみは使命感にとらわれ、必死で探し歩いた。
しかし、結局見つからなかった。そればかりか思いもがけず、消息不明だった父と再会した。
会って言いたかったこと、聞きたかったことはたくさんあった。でも、父は何も聞いてくれなかったし、言ってもくれなかった。
――言えば……俺の生命が無いからな……
それだけ父は教えてくれた。
その言葉に衝撃を受けた。それだけ聞いたらもう何も訊けなくなった。
――かなみ……お前はお前の戦いをするんだ
そう言い残して、またどこかへと消えていった。
いつもこうして取り残されていく気がする。いつまでそんなことを続けていけばいいのか。
「珍しいことがあるものだ。君がタダ飯を拒否するなんて」
「少し黙っててよ」
「……本気で落ち込んでるんだね」
「考えてたのよ」
そう言われてマニィはかなみの肩から下りる。
「父さん、何も教えてくれなかった。昔からそうだった、よくごまかして何も教えてくれない人だった」
「秘密主義か……子供からしてみたら気分のいいものじゃない」
「人のこと、言えないくせに」
「ボクの場合、秘密を喋ることができない制約があるからね」
「制約?」
「マスコットはひらたくいえば、使い魔だからね。誰かからの魔力供給が無ければ生きられないんだよ」
「え、ちょっと、どういうことそれ? 初耳なんだけど」
「今まで話せなかったからね。制約の一部が解除されたからこうして喋れるようになったんだ」
「制約って、誰がそんなの決めてるのよ?」
「……それは言えない」
「言えないのも制約のせいなの?」
「そういうことだよ。こうして制約が解除されたのもそれをボクに課している人が話してもいいと判断したから、としか言えないけどね」
「わかったわ。あんたも面倒なのね」
「やれやれ……」
「なんで、そこでため息?」
「君に同情されると調子が狂う」
「はあ、なんでそうなるわけよ!?」
「そうそう、そうやって文句をぶつけてくれたほうがいい」
「あんた、もしかしてウシィと同じくらい危ないヤツなんじゃない?」
むしろ、普段隠している分だけウシィよりも質たちが悪いかもしれない。
「それは心外だね」
「どう心外なのよ?」
「ボクは君が元気になってもらうために計算しているだけだから・。
おかげでちょっとは調子が戻っただろ?」
「………………」
かなみはそう言われて少し考えてみる。
確かに少し気分は軽くなった。
「べ、別に私は調子が落ちてたわけじゃないし!」
「それだけ言えれば大丈夫かな。ほらあるみが戻ってきた」
「あ……」
顔を上げるとそこにあるみは立っていた。
なんとなく気まずい感じがした。さっきはあんなにも落ち込んでいたくせに、と思われても仕方ない気がした。
「――来なさい」
そんなかなみの悪い予感が的中したかのように、あるみはいきなりかなみの手をとって引っ張り上げる。
「え、え?」
「すぐに降りるわよ」
有無を言わさず、かなみを車内から降ろす。
その直後、新幹線は発車して次の駅へと向かう。
「ど、どうしたんですか、いきなり?」
「駅のホームいったら、こんなのがはりだされていたのよ」
そう言って、あるみはかなみに一枚の用紙を渡す。
「こ、これは……!?」
そこには『果たし状』とデカデカと書かれていた。
『魔法少女カナミへ
貴様に倒されたシャッチーの仇を討つため
貴様に一対一の決闘を申し込む
無敵の黄金双魚おうごんそうぎょホッコーより
』
「な、なんなの、これ……?」
「見ての通りよ」
「見ての通りって、つまり、私決闘を挑まれたってことですか!?」
「そういうことね。しかも、御丁寧に日時と場所まで指定してあるわ」
「日時、場所……?」
その下に追記の形で記されていた。
明日の日の出の時刻……この駅の街の海岸……であった。
「あの、社長……?」
「何かしら?」
「明日って、何月何日の明日って意味なんでしょうか?」
「さあ、わからないわ。明日は明日なんでしょ」
「……………………」
かなみは腑に落ちなかった。
「ま、とにかく今日のところは帰れないでしょうね」
「え、また泊まりですか?」
「そんなにウチが恋しい?」
「いえ、そういうわけじゃありませんけど……」
正直言ってバカらしいとかなみは思った。
ホッコ―という敵を相手をしなければならないというのもあるし、そんな『いつの明日』かもわからない決闘を受ける気にもなれない。
「あんたの気持ちが乗るのを敵は待っちゃくれないわよ」
そんなかなみの気持ちを汲み取ってあるみは無理矢理手を引く。
「え、ちょ……!」
「まあ、今のあなたじゃ勝ち目なんてまったくないだろうけどね」
そういったあるみの声はいつにも増して冷たかった。
「ど、どういうことですか?」
「知りたかったら来なさい」
そう言ってあるみはかなみの手を引っ張って駅を出た。
かなみが連れて来られたのは、だだっ広いグラウンドであった。
「さあ、変身してかかってきなさい!」
あるみはそう言って戦闘態勢をとる。
それは即座に変身して、ドライバーを構えていたということだ。
「い、いきなり……なんなんですか?」
「あなたじゃあの金ピカ魚には勝てないってことを教えてあげるのよ」
「わ、私は勝てます!」
「前戦った時、歯が立たなかったじゃない?」
以前かなみは一人でシャッチーとホッコ―の二人を相手にしてまったく歯が立たず、あるみが駆けつけなかったらやられていた。
「あ、あれは二対一だったからです!」
「同じよ、一対一でも勝てなかったわ」
「そんなことありません!」
「そんなことあるのよ。教えてあげるから早くかかってきなさい」
「――!」
かなみは憤りを感じた。しかし、あるみは口調こそ軽いもののいい加減なことで変身をするような性格ではないことをかなみは知っている。
「や、やりますよ!」
かなみはコインを空へと舞い上げる。
「マジカルワークス!」
コインから降り注ぐ光のベールに包まれて、金色の魔法少女カナミが姿を現す。
「愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!」
「さて、始めましょうか。まずは私に撃ちこんでみなさい!」
「え……いいんですか?」
「いいわよ、どうせあなたのへなちょこ弾なんて痛くも痒くもないんだから」
「む……!」
あからさまな挑発であった。しかし、単純なカナミはムキになる。
「へなちょこですって!
カナミはステッキへ魔力を注ぎ込む。
「とりゃー!」
魔法弾の連射をアルミへ撃ち込む。
「フン!」
アルミはそれを避ける素振りもみせず、棒立ちのまま魔法弾の連射を受けきる。
「う……」
わかっていたことだ。
こんな魔法弾なんかアルミには一切通じないということを。以前、アルミは神殺砲の直撃を片手の火傷に済ませていた。それだけ実力に差がある。
だから、こんな攻撃じゃ意味が無い。
「前の戦いのときもこの攻撃はあいつらに通じなかったわね」
「あ……」
そうだった。シャッチーとホッコーにはこの魔法弾は通じなかった。
「威力に気を割いていないから、連射にばかり気を取られているからこんなへなちょこ弾になるのよ」
「そ、そんなこと、ありません!」
「だったら、気合入れてきなさいよ!」
「は、はい!」
カナミはもう一度ステッキに魔力を注ぎ込む。
「ていやー!」
数は少ないものの、その分だけ威力を絞り込んだ渾身の一撃であった。
「フン!」
さっきと同じようにアルミは魔法弾を棒立ちのまま全て受けきる。
「今のはちょっと痛かったわよ」
「本当、ですか?」
さっきと同じようにケロッとしているため、痛かったのかどうかカナミの方からではまったくわからない。
「本当よ。さっきのが蚊に刺されたぐらいなら、今のはアリに噛まれたぐらいの痛さだったわよ」
「大した違いないじゃないですか!」
「そう怒らないで。
今は量より質なんだから。量もいつかは必要になるけど、それを両立できるほど器用じゃないしね」
「どうせ、私は不器用ですから!」
「そうすねないの。威力は十分あるんだから」
「でも、社長の平気な顔を見てると自信無くしますよ」
「私は平気な顔してるのが仕事みたいなものだからね」
「どういう仕事ですか、それ……」
「まあ、色々辛いことがあるのよ。こっちには」
「社長にも辛いことがあるんですか?」
「まるで、私が悩みなく毎日生きているみたいじゃないの」
「はい……」
「………………」
アルミは少し苦い顔をして、カナミを睨む。それを見てカナミはまずいと思った。
「そう……じゃあ、今度ゆっくり話した方がいいわね」
しかし、意外にもアルミの反応は冷静なものであった。
「さて、じゃあ、第二弾といきましょうか?」
「だ、第二弾……?」
アルミはドライバーを高らかに掲げて地面へと振り下ろす。
ドスン!
砂柱が上がる。
その次の瞬間に別の場所から同じような砂柱がもう一つ上がる。
「地中からの攻撃ね」
「地中?」
嫌なことを思い出した。
シャッチーとホッコーは地中からの攻撃を得意としていた。
不意に足元から襲いかかる予測不能な攻撃。思い出しただけでも身震いするものであった。
「じゃあ、今から私がどんどん撃ち出すから全部かわしてみなさい」
「え、そんな無茶な!?」
「無茶でもやってみなさい。一発でも当たったらアウトなんだから!」
アルミはそう言って、また地面に向かってドライバーを突き出す。
カナミのすぐ足元の地面から魔法弾が飛び上がってくる。
「キャッ!?」
「ほらほら、ちゃんとかわしなさい!」
次々とカナミの足元の地面から魔法弾が飛び出してくる。
見えない地面からの攻撃。しかも、それが何発も襲い掛かってくるのだからたまったものじゃない。
地面から来るとわかった瞬間に避ける。ほぼカンに頼った避け方であった。
「ゴフッ!?」
当然何十発という魔法弾にカン一つで避けきれるはずも無く何発も直撃した。
「くぅ……!」
一発受けて、気を抜いただけでも容赦なく襲い掛かってくる。
何発も受けて、そのダメージに耐えかねて膝をつくとアルミは魔法弾を撃つのを止めた。
「あいたたた……」
ホテルの温泉につかりながら、かなみは苦痛にあえでいた。
あれからもあるみの地獄のシゴキは続いて、すっかり全身打撲であった。
「まったく、社長……容赦ないんだから……」
魔力による回復が無かったら、明日はまったく動けなくなっていただろう。
そうすれば、社長が自分の代わりにホッコ―からの決闘を受けてくれるのかな、とか都合のいいことまで考えてしまう。
「あぁ、もう、いっつぅ……」
普段ならお湯につかれる、嬉しい機会だというのに打撲にしみるため、あまりありがたくなかった。
しかし、まみれにまみれきった汗と泥を落とさないとやってられなかった。
変身を解いても、砂埃を浴び続けていたせいで、こういった温泉につかなければ落とせないほどについていた。
――いつもなら変身を解いたら綺麗サッパリになってるのにな。
変身を解く際に、衣装が光になって消えるとともに泥や汚れも無くなっているのに、今回はよっぽど酷かったのだろうか。服の上から下から砂まみれで、まるでスポーツ帰りみたいであった。実際、大運動した後なのだからそうなんだけど。
「こんなんで明日戦えるのかしら?」
不安を口にする。
いや、そもそも明日で合っているのだろうか? あれがひょっとしたら明日の明日かもしれないし、その次の明日かもしれない。というより、本当にホッコーが海岸で待ち構えているのだろうか。
なんだか一度疑い出したら、全部が全部デタラメに思えてならない。
(っていうか、バカ正直に決闘を受けなくてもいいんじゃないの。そもそも一対一で戦わなくてもいいんだし)
だんだん話が都合のいい方向へと転がりだしてきた。
(でも、それを社長に言ったら却下するのよね)
あるみは一対一で決闘を受けるつもりでいる。そうでなかったら、今日こんな猛特訓をつけるはずがない。
「どうして、こんな面倒なことに……」
かなみはため息をつく。
ガラガラ
そこへ見覚えのある特徴的なシルエットの人物(?)が温泉に入ってくる。
「中々いいお湯だぎゃー」
「……………………」
かなみは絶句した。
(お、落ち着け……前にもこんなことがあったから、こういうことはよくあるのよ。たまたま泊まったホテルの先で、たまたまこの時間に温泉に入ってきただけ……!)
かなみは内心の動揺を抑えながらあくまで平静に今入ってきた人物(?)に気づかれないよう、温泉につかった。
(だから、ここで決闘なんて事態になったら絶対やばい……! 周囲の被害とか、賠償金とか、マジでやばい!……!)
かなみの焦りに焦っていたが、幸か不幸かここは温泉の為、そういった汗は全部洗い流してくれた。
(よし、出よう! あの金ピカ魚に気づかれる前に!)
一大決心のもとに、かなみはひっそりと温泉を出る。
「ちょっと待ちなさい」
ビクッと身体を震わせる。
「あんた、どこかで会った気がするけど!」
「はひッ!? そ、そんなわけないじゃありませんか!?」
「本当かい?」
ホッコ―はいきなり前に出てきて、かなみの顔を覗き込む。
「あ……!?」
「お?」
バレた、とかなみは思った。
「おんぎゃああああッ!!」
途端にホッコ―は規制を上げて、温泉に飛び込んだ。
「え、え……?」
かなみはあまりの奇行に呆然と立ち尽くした。
「ぎゃおぉぉぉ、ほぎゃあぉぉぉぉ、あしぇええぇぇぇぇッッ!」
一通り奇声を発してホッコーはかなみを見つめる。
「こんなところで会えるなんて思っても見なかったわ」
(わ、私も……思わなかったし)
「これぞ、神の巡り合わせね。我らが神に感謝する」
「あんたらの神って、邪神じゃないの?」
「その通り、禍々しくも偉大なる神よ」
(どんな神なのかしら? 想像したくもないわね……)
「ここで会ったのなら、この場で決着をつけたいところだけど、決闘は明日だからね」
そう言ってホッコ―は温泉につかる。
(あら、意外に律儀なのかしら……?)
そう思ったところで、ある程度冷静になれた。
そこで疑問を訊いておこうという思考に切り替わった。
「あの、訊いておきたいことがあるんだけど」
「なに?」
「果たし状にあった『決闘は明日』って……」
「ええ、明日よ。明日にこの怒りを全部ぶつけてやるわ!」
ホッコ―は怒りのあまり、温泉の中なのに沸騰しかねないほど煮えたぎっていた。
(ああ、やっぱり明日なのね……)
かなみはさっきまで都合のいい考えを捨てた。
「っていうか、なんで私を狙うわけ?」
「そりゃもちろん……シャッチーの仇討ちに決まってるでしょ、ねえ、シャッチー?」
ホッコ―は誰もいないはずの方へ向かって語りかける。
その動作があまりにも自然であったこと、この仕草に見覚えがあったせいで、かなみは恐怖を覚えた。
「………………」
「………………」
気まずい沈黙が流れた。
ホッコ―の入っている温泉の湯気の量が凄まじい勢いになっているように見えた。
「ああ、シャッチー! どうして、あんたがいなくなってしまったのよ!」
シャッチーは狂ったように暴れだして、ヒレをバタつかせる。
(ああ、早くここから出たい。そんでもって、決闘からも逃げたい!)
かなみは早くも出入り口の戸板に手を伸ばす。
ガラガラ
そこへ入ってきたのは、あるみであった。
「あら?」
「あ、れ……?」
この瞬間、のぼせるまでこの温泉から出られない。かなみの直感はそう告げていた。
結局、かなみはあるみと一緒にホッコ―の入っている温泉の湯に入ることになった。
あるみがそうしようと言ったわけでもなく、無言の成り行きからであった。
「しかし、よく私達の行き先に先回りできたわね」
「苦労したわよ。あんた達がどの駅で降りるかわからないから全部の駅に果たし状を貼っておいたのよ」
(……バカじゃないの、こいつ!)
かなみは喉まで出かかった言葉を心の内に飲み込んだ。
「随分早い移動手段を持ってるのね」
「これは私らだけが持つ超高速車ケッタマシンをもってすれば造作もないことよ」
「超高速車、けった、ましん……?」
「ああ、自転車のことね」
あるみはすんなりと納得する。
「自転車!?」
「方言よ。ま、確かにケッタマシンならそのぐらいはできるわよね」
「いえいえいえいえ、できませんよ!」
いくら速いからって所詮自転車である。新幹線が時速百何十キロという単位で走っているか、この人達はわかっていないのだろうか。
「確かに軟弱な自転車なら、自動車にも劣る。だけど、私が乗っているのはケッタマシンよ!」
「いや、だから自転車よね、それ?」
「まあ、どんなケッタマシンか興味あるところだけど。大事なのは今戦うべき敵がここにいる、ということよ」
ああ、そういう挑発はやめてください。とかなみは思い、ここで戦いにならないか、ハラハラした。
「あんたともこうして同じ湯に入れるなんてね……神の巡り合わせに感謝だよ!」
(邪神のね……私にとっては疫病神よ……)
かなみは心の中でぼやく。
「そうね。こんな偶然、神様が仕組んだとしか思えないものね」
「あの方の言うとおりにして本当に正解だったわ」
「あの方……あなたにも上司がいるのかしら?」
「そうよ。ついさっき、上司になったばかりの方がいるのよ」
「ついさっき……?」
「ミュフフフ!」
不意に天井から腕が六本ある女性とも男性ともとれる中性的な顔立ちをした浴衣の人間が降りてくる。
「ミュフフフ……」
黙っていればそれなりに整っていてどちらからもモテるはずなのに、その歪んだ笑顔で台無しにしていた。
「あんた、いつからそこにいたの?」
「来たのはついさきほど、俺は物体を通り抜ける魔法を持っているのでな」
「物体を……?」
「お見せしよう」
そう言って彼は温泉の壁をすり抜けていく。
「え、え……!?」
そしてすぐに戻ってくる。
「ご覧のとおり」
「面白い魔法を使うのね」
「まあ、このような手品の一つでも無ければやっていけぬ組織であるゆえにな」
「ネガサイドやめて、こっちにこない? 給料安くするからさ」
「そこ安くしたら来ませんよ!」
「遠慮しておく。愛と正義のためなど吐き気がしてたまらん」
(私は借金返済のためだけど……)
「それよりも、貴様は私達の会社に入らないか?」
「え、私……?」
こういった勧誘はスーシーから受けているが、他の幹部からも、まして温泉中に受けるとは思わなかった。
「貴様には適正がある。悪に染まり上がり、悪逆の限りを尽くす適正がね」
「そんなのあるわけないでしょ。お断りよ」
「私だって、こんなヤツが同僚だなんて死んでもごめんだぎゃ!」
「そのときは仲良く殺しあえばいい」
「そんな殺伐とした職場なんてごめんよ」
今のこき使われる職場も大概なのだが、それよりはいいようだ。
「まあ、断られるのは想定している。今までそう言ってあっさりついてきたまともな人間はいなかった」
「私がまともじゃないみたいな言い方ね……!」
完全に心外であった。
「まあまあ、落ち着きなさい。その怒りは明日の決闘に備えてためておきなさい」
それをあるみが落ち着いて諭す。この人も敵の幹部と怪物を前にして堂々としたものである。この状況からでも楽勝に切り抜けられる自信に満ちているといっていい。実際、楽勝なのかもしれないが。
「そうだ。本当ならお前もまとめてシャッチーの仇討ちをしたいところなのよ!」
「それは望むところよ」
できれば今からでも二対一にでもして欲しいとかなみは思った。
「しかし、ヘヴル様の指示でお前には手出しができない」
「そうだ。貴様に下手に手出しはしない指示が降りているnでな」
「ああ、そういうことね。触らぬ魔法少女に祟りなしってね」
「そういうことだ」
「なんだか意味が違う気がしますが」
かなみは密かに突っ込みを入れるが相手にされることはなかった。
「ともかく正式に果たし状を出し、正々堂々と一対一で戦えば、貴様の入る余地はないだろ」
「確かに、一対一での正々堂々の戦いなら私は手出ししないわ。そんな無粋な真似をする野暮じゃないし」
「ふん、手段を選んで戦わなければならない。正義というのはかくも肩身の狭い立場だな」
ヘヴルはあるみを完全に見下した笑みを浮かべて勝ち誇る。
「そうね、確かに肩身は狭いわね。ま、肩こりをするような歳でもないから苦にはならないけど……」
社長って三十路なのよね……かなみは呟いた。
「でも、勘違いしないでよ?」
しかし、あるみは立ち上がって宣言する。
「――別に、私がいなくてもあんなヤツ、うちのかなみ一人で十分勝てるのよ」
「あ、あんなヤツ、だとおッ!!」
ホッコーは憤慨して、ヒレをバタバタさせて水しぶきを上げる。
「それともう一つ教えてあげるわ。手段を選べるのは強者の特権よ。形振り構わないのは、あなた達が弱いからよ」
「ふむ、憶えておこう」
ヘヴルは笑みを消して真剣な面持ちで答える。
それを聞いて、あるみは満足したかのように浴場を出る。
かなみはその後を追って逃げるように出て行く。
一人でこの場に取り残されるととてつもなく危ないと身の危険を感じての行動であった。
その証拠に去り際にホッコ―は凄まじくこちらを睨みつけていた。今にも襲い掛かるんじゃないかと不安するぐらいの剣幕だったが、どうやらヘヴルの指示をちゃんと守っているのか、ここで戦うような真似をしないつもりらしい。
正直助かったとかなみは思っている。戦いにならなくてよかったという想いもさることながら、屋内でホッコーとおもいっきり戦ったらその被害は尋常じゃない。
そうなったら返済するべき借金が倍増しかねない。かなみにとってはそれが何よりの強敵だ。
――せめて、被害額の請求がこなければ……!
そう思わずにはいられない。
あるみに相談してみよう。何か解決策はあるかもしれない。
――私を信じなさいって、私があなたを信じているように!
あの時のあるみの力強い言葉がかなみの脳裏をよぎる。
「大丈夫、必ず上手くいく! 信じてる!」
そう自分に言い聞かせてホテルの部屋に戻る。
今回も一部屋でとっている。先に浴場を出て行ったあるみはもう部屋に戻っているはず。
かなみはその部屋に戻る。出来るだけ自然を装って。
「あら、もう戻ってきたの?」
「そりゃあんなところに長くいられませんから」
「まあ安全な場所とは言いがたいしね」
もし浴場で戦うことになったら、なんてことをこの人は考えてなかったのか。
いや、そこまでは脳天気な性格はしていない。かなみはそのことを知っている。
「ま、ゆっくりしましょう……じっくり休んでおかないと魔力は回復しないし」
「……はい」
かなみはベッドに座る。
「……………………」
あの話を切り出そうとした途端、あるみをじっくり見て言葉を失った。
湯上りのためか、あるみの身体が火照っているように見える。それだけでなく浴衣の露出も相まって、その豊満な胸と尻が見え隠れする。
(……大人の身体)
そう思わずにはいられない。
そういえば、あるみの変身した後の衣装も、上半身は下着同然のフリルに作業着のようなジャケットを羽織ってるだけ。
あんなの自分のプロポーションに絶対の自信が無ければできない衣装だ。当然かなみは絶対にできないと思っている。
しかし、現実にあるみはその大胆な衣装を着こなしていて、それがまたどうしようもなく似合っている。
(やっぱり社長は大人の女性ってことなのかしら……?)
外見は若々しい。とても三十歳に見えないし、実はみあが嫌味でサバ読んだりしているのではないかと思うことだってある。
見た目は十八歳っぽいけど纏っている雰囲気のせいでそれ以上に見えることだってある。
でも、かなみからしてみれば翠華だってたまに大人っぽく見えて高校生に見えない時がある。ようはそういうもののせいであるみの外見年齢がマヒしてしまっている。
「――どうしたの?」
「え、え……?」
そんなことを考えていて、いきなり声をかけられると戸惑う。
今の彼女は女の子であるかなみでさえ胸を高鳴らせる魅力を感じる。
「ちょっと、聞きたいことがあります」
「何かしら?」
「社長は本当に三十歳なんですか?」
思い切って訊いてみた。
「ああ、そのことね」
あるみは苦笑する。
「それは本当よ。私は紛れもなく三十歳。まあ、身体の成長は止まってるけどね」
「と、止まってる?」
「そういう魔法なのよ。というか、私の持ってる莫大な魔力の作用でね、常にベストコンディションになるよう調整されるのよ」
「そんなことがあるんですか」
「魔力っていうのは人の想いや願いを形にしてくれるものだからね。私の場合、ずっと少女でいたいって想いが叶っているってことよ」
「社長にそういう想いがあったんですか?」
「美しいまま、可愛いままでいたい、女の子なら誰でも持ってる願望でしょ」
「そ、それはそうですね」
「どうして、そんなことを?」
「……え?」
かなみは弱った。今のあるみの少女のあどけなさと大人の色気を持ち合わせた姿を見て、疑問に思って訊いた。
なんて言えない。が、そもそもどうしてそんなことを思うようになったのか。
「なんとなく訊けば、答えてくれるような気がしたからです」
「……そう」
あるみはその答えに満足したようだ。
「私も、そうね。答えてもいいと思ったから答えたのよ」
「……え?」
その言葉に聞き覚えがあった。
――こうして制約が解除されたのもそれをボクに課している人が話してもいいと判断したから、としか言えないけどね
マニィが言っていたあの言葉。
それが今のあるみの返事と重なって聞こえた。
「あ、あの……?」
「さ、もう寝ましょう」
そう言ってあるみはさっさとベッドに入った。
「え、あ……?」
かなみは訊こうとしたけど、そんな体勢に入ると訊けなくなった。
「………………」
疑問はまだ残る。
でも、話してくれる。
――私も、そうね。答えてもいいと思ったから答えたのよ
そう答えてくれたから。
この機会を逃しても、また次がある。
今ならそう信じられる。
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