第15話 来校! 学び舎で育む少女達の友情 (Bパート)
「ここにはないわね」
阿方みあはとりあえず玄関の上履き入れの間やら廊下の掃除用具のロッカーを探してみたがそこには無かった。
経験上、軽いイタズラのつもりでやっているはずだから玄関から遠くない場所に置かれていると思っていたのだが違ったようだ。
「うーん、そうなると外かしら……?」
外。靴が無ければ行けないような場所に隠している。
底意地の悪い考え方で、みあは思わず青筋を立ててしまう。
「何か他に心当たり無いの?」
とはいっても、外だとどこを探していいのかわからない。手がかりがあったらそっちを探してみた方が断然早い。
「うーん、うーん……わからない……あ、でも理科室とか備品室とかは隠しやすいかも……」
「そっちは今閉じてるんじゃないの?」
「理科室はわからないけど……備品室は全然使われないから誰も閉めないよ……」
(ぶ、不用心ね……)
かくいうみあも住んでいる高級マンションはオートロックだからカギをかけたことはない。それで部屋の中は一人だからカギは一切かけない。それをかなみに注意されてようやく最近になって意識しだしたところだ。
「そう、わかったわ……じゃ、そっちに行ってみるわ」
「え、うん……」
「案内しなさい」
「うん……」
紫織は渋々みあを案内する。
「ね、ねえ……?」
「え?」
「あ、うん、……なんでも、ない……」
「はっきりしなさいよ! そんな態度されてなんでもないわけないじゃない」
「え……うん……」
「うん、じゃないわよ! 言いたいことがあるなら言いなさいよ!」
「………………」
紫織はそう言われて悩んだ末に答える。
「みあさんも……おんなじこと、されたことあるの……?」
「ああ、それね……」
みあは思わず苦い顔をする。嫌なことを思い出させた。
「――あるわよ、あったわよ」
「………………」
紫織は無言で「やっぱり」という顔をする。
「だからどうだっていうのよ。あたしはもう気にしてないわ」
「……え?」
「もうすんだことだしね」
それは偽り無きみあの本音であった。
みあはいじめにいたずらを重ねられたため、怒りが爆発して大げんかになった。
男の子顔負けのけんかであったが、この時みあは鉛筆や定規を武器のように使って同級生達を倒していった。
これが後に目覚める魔法少女としての力なのであったが、当時のみあは特別意識すること無く自然に使いこなし、それらを武器として使うのが当たり前のようであった。
おかげで、父親は縁のあったあるみにみあを紹介して現在に至った。
はじめのうちは迷惑な話だと思ったが、今は悪くないと思える。少なくとも退屈はしていないし、この魔法少女の力を使うのは結構面白いことだと思っているからだ。
だから、昔の話をされても嫌なことを思い出したと苦い顔になっても、すぐ遠い過去のことだと流せるようになった。
「だから、あんたも気にしてないことね。どうせあとでくだらなかったって思うんだから」
「そ、そうかな……?」
「そうよ。どうせだったらやりかえしてみなさいよ」
「そ、そんなこと……」
「ま、できないわよね」
みあはため息をついて、らしくなかったと自己嫌悪する。
そうこうしているうちに開けっ放しの備品室につく。
使われていない机や椅子が雑多に置かれている。しかも、バラバラになった掃除用具まで撒き散らかされていて備品室というより……
「なにこの物置き……っていうか、ゴミすてば!?」
「みんな、そういうのよ……」
「たしかにここなら隠すにはもってこいよね……」
みあはこれは骨が折れそうだと思った。
(まあ、でも魔法を使えばなんとか……)
ここで最近使いこなせるようになってきた探知魔法がもってこいだと思った。
(ん……でも、あれって魔力のあるモノしか探知できなかったっけ……面倒ね、とりあえずためしてみるか)
みあはヨーヨーを垂らしてみる。
「みあさん、それ……」
さすがにそれをみて紫織は不審に思って訊いてみる。
「まあ、気にしないで」
「でも、それって学校に持ってきたらいけないものじゃ……?」
「固い事気にしないの……」
みあがそう答えるとヨーヨーはカタカタ揺れる。
「まさかのビンゴ……」
みあは喜んでいいのか、呆れていいのか微妙な顔をする。
いや、これも魔法が成長していることなのか。
(でも、これって魔力を探知しちゃったってこと? ってことは、ここにスーシーが……!)
みあは当初の目的を思い出す。
(まあ、たしかによくないことを企むには、ここ雰囲気あるわよね)
そう考えると、ここをもうちょっと探してみる気になった。
(しょうがない……一秒でも早く出たいけど……)
みあは机と椅子の間に入っていく。
探知した方向を頼りに、小さな身体を巧みに動かして奥へと入っていく。
「みあさん、大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。ちょっとしたジャングルジムよこれ」
何気にみあは楽しんでいた。
「紫織も来たら? 靴、この中にあるかもしれないわよ」
「え、え、でも……」
紫織はこの中に入る気が起きなかった。
「そんな弱気じゃ見つかるものも見つからないわよ」
「うーん……」
紫織は意を決して入ってみる。
だが、紫織の身体はみあと比べて大きいため思い通りに奥へと進めない。
「あ、やっぱりダメ……」
「うーん……身体が大きいんじゃ入れないわね」
「私、みあさんみたいに小さくないから」
「し、失礼ね! あたしはこれから大きくなるんだから!」
「あ、ご、ごめんなさい……」
「うー……絶対大きくなってやる……」
「ハァハァ、お嬢はお嬢のままでいいんだぜ」
「うるさい!」
みあは紫織が見えないのをいいことにホミィを奥へと放り投げた。
「ありがとう、ございます」
「バカなこと言ってないで、そっちにはあった?」
「ないぜ、どこへいってもホコリマルケだぜ……」
「あんた、二度とあたしの肩に乗らないでね」
「え、なんで!? まさか放置プレイかお嬢!? いつの間にそんなことを?」
「なわけないでしょ! ホコリマルケのあんたなんか肩に乗せたくないだけよ!」
「くぅ……それは、ようするにだな……綺麗になったら肩に乗せてもいいってことか?」
「二度とって言ったのが聞こえなかったの?」
「『馬の耳に念仏』って言葉知ってるかいお嬢?」
「言ってもきかない馬は念仏を耳にちゃんと聞かせてブチ殺しておくって意味でしょ?」
「そんな物騒な意味じゃねえええ!? ま、でもお嬢ならブチ殺されてもいいかもしれねえな」
「――死ね」
「ひぃぃぃ、その豚を見る冷たい視線がたまらないぜ!」
「はあ、あんたの相手なんかしてられないわ……」
みあはそう言いながら机と椅子をくぐり抜けて椅子の奥に辿り着く。そこだけ周りが椅子に囲まれていて妙に開かれている空間になっていた。
「いいわね、ここ」
周りは机と椅子に囲まれていて圧迫感が勝るはずなのに、何故かここにはなんとも言えない開放感があった。
「でも、よくない魔力を感じるのもここなのよね?」
みあは警戒を強めて魔力の発信源を探ってみる。
「やれやれ……こんなに早く嗅ぎつけられるとは思いませんでしたよ」
いきなり天井から少年の声がする。
この声には聞き覚えがある。口調は丁寧なもののねっとりとしたしつこさがあり、人を見下したかのような不快感を催す喋り方。
「あんた!」
みあは天井を見上げると、そこにはスーシーがコウモリのように天井から逆さ吊りになって見下していた。
「まったく、人が小学生を楽しんでいるときに邪魔をするものじゃありませんよ。あなただって魔法少女の前に小学生なんですからもう少し子供らしくしたらどうですか?」
「子供のあんたに言われたくないわよ!」
「大人なら言われたいのですか?」
「大人にも言われたくないわよ!」
「結局誰からもそういうこと言われたくないということですね」
「う、うーん、ややしいこと言ってないで早く降りてきなさいよ!」
「子供の相手をするつもりはありません」
「あんただって子供じゃないの!」
「僕は小学生ですよ」
「どこが違うっていうのよ!」
「さて、今回はこれと戦ってもらいますか?」
「話ききなさい!」
みあが文句を言うのも一切聞かずに、スーシーは入口の方へと飛び去る。
「ってちょっと待ちなさいよ! そっちには!」
入口の方にはまだ紫織がいたはずだ。彼と引き会わせるわけにはいかない。
「紫織、すぐに出さない!」
「え……?」
紫織の驚く声が聞こえた。もうすでに彼女の目の前にスーシーが現れたのだろうか。椅子に遮られてみあには何も見えない。
「ええい、まどろっこしいわね!」
ここなら紫織からも見えないはずだから変身しても問題ないだろうと判断し、コインを舞い上げる。
「マジカルワークス!」
赤色の光に辺り一帯が包み込まれる。
その光が消えた時、燃えるような赤い衣装をまとった魔法少女が姿を現す。
「勇気と遊戯の勇士、魔法少女ミア登場!」
ミアはかっこよくポーズを決める。
しかし、今は一大事。即座にポーズを解いてヨーヨーを出す。
「ビッグワインダー!!」
魔法で巨大化したヨーヨーを横薙ぎして椅子を弾き飛ばす。
「強引ですね、乱暴は嫌いですよ。暴力は大好きですが」
「わけのわからないことを言ってないで紫織から離れなさいよ!」
「もちろん」
「え?」
スーシーはそう言ってあっさり引き下がる。
「ちょ、ちょっと!」
ミアは追いかけて廊下に出てみる。だが、スーシーの姿はどこにもなかった上に外に出てしまった形跡もなかった。
「ハァハァ、逃しちまったな……」
「うるさい!」
ミアは追いかけようとした。窓ガラスを壊したり、教室の扉を開ける音はしなかったから普通に玄関から出て行ったのだから追いかければ見つかるはず。
「ミアちゃん、待って!」
「え!?」
「待って」と言われて思わず足を止める。
「何なのよ、もう翠華!」
振り向くとそこには教師姿の翠華が立っていた。
「あなた、どうして変身してるの?」
「そりゃスーシーが出てきたからに決まってるでしょ?」
「スーシーが?」
「あんた、見なかった?」
「魔力を感じたから急いできたんだけど……」
「見ていないわけなのね、使えないわね」
ミアのため息に翠華は少しムッとした。
「……スーシーに出くわしたらすぐに事を構えないって話だったんでしょ。それをいきなり変身して――」
「ああ、もういいわ! 偉そうにしないで!」
「わ、私は別に偉そうになんか……!」
「もういいわ! 変身は解くから、もういいわ!」
ミアは魔法少女の衣装を解いて、普段着の姿に戻る。
「……………………」
この話題を無理矢理打ち切られて、翠華は釈然としなかったがこれ以上こじれるのが嫌だったので黙った。
「青井先生……どうしたんですか?」
そこで藍川がやってくる。ミアの変身解除が見られていないか一瞬身構えたが、特に驚いた様子もないからそんなことはないだろう。
「あ、いえ、なんでもありません……」
「はあ……いきなり走りだして驚きましたよ」
そう言って藍川はみあの存在に気づく。
「あら、まだ帰っていなかったの?」
「う、うん……」
「でも、あなた……見たこと無い子ね、名前は? クラスは?」
「え……?」
みあと翠華はドキッとした。
「阿方みあよ、3年2組よ」
(――みあちゃん!)
翠華は心の中で叫んだ。偽名を使わない本名と適当にクラスを言うとバレるかもしれない。
「阿方……そんな子、うちにいたかしら……?」
藍川は首を傾げる。
翠華の心配したとおり、『阿方』という珍しさと『あ』から始まる印象に残りやすさから、さらに怪しまれそうになった。
(え、ええ、とこういうときは、どうしたら……?)
翠華は慌てた。対象的にみあは落ち着いていた。別にここでバレてもそんな問題じゃなくて別に逃げてやり過ごせばいいだけのこと程度の問題と捉えていた。
「みあさん……」
いいタイミングで紫織がやってくる。
「な、何があったんですか?」
「え、うん、なんでもないわ……」
「ところでみあさん、さっきの女の子だけど……」
「え、えぇッ!?」
ここでみあは初めて動揺した。
今会ったばかりのこの先生に対してはとぼけるだけでやり過ごせるとたかをくくっていたが、変身したミアを目撃した紫織はちょっとどうごまかしたらいいかわからない。
「あ、あたあた、あたしは見ていないけど!」
「え、見てなかったの……? 備品室から出てきたからてっきりみあさんと会ったかと思ったんだけど……」
「え、うん……! あたしには何が起きたのかさっぱりわからなかったよ~」
みあは適当に笑顔を作ってごまかす。
そういったところは子供らしくて可愛いと翠華は思うのだが、さっき悪態をつかれたことで素直にそう思えなかった。
「あなた、4年1組の秋本さんね」
「え、はい……」
「知ってるんですか、藍川先生?」
「えぇ……よく一人でいるのを見かけますから」
(だからって自分の組以外の生徒の顔を憶えてるものなのかしら……? というより、藍川先生って何組の担任だったかしら?)
翠華はそんな初歩的なことを聞き忘れていたことに気づく。
「あの……藍川先生って何組の担任なんですか?」
「え、わ、私は5年2組を受け持っていますが……」
(やっぱり全然違う組だった……)
「あなた、やっぱり一人なのね……」
「え、あ、はい……」
「ねえ、先生?」
みあはここで藍川に語りかける。
「あんた、紫織のこと見てたみたいだけど、じゃあ、この娘がいじめられてるの、知ってんの?」
「え……?」
見かけない子供からの思いもよらない発言に藍川は面を食らう。
「やめて、みあさん!」
紫織のこれまでで一番大きな声で遮る。
「わ、私は別に……いじめてなんて、いませんから……!」
「……………………」
しかし、藍川は口をつむぐ。
その険しい顔つきからして何か察しているようだった。
「あの、藍川先生……?」
「あ、はい、そうでしたね……」
そこで藍川はごまかすように翠華の方に顔を向ける。
「まだ案内の途中でしたね。さ、こちらへ――」
「それはいいですから、この娘達の話を聞いてあげて下さい」
「え……?」
思ってみなかった翠華からの提案に藍川は途方に暮れる。
「え、でも、ですが……!」
「この娘……紫織はいじめられてるのよ! 靴、隠されたから帰れなくなってるのよ!」
「そ、そうなの、秋本さん?」
「……………………」
紫織はただ黙っていて否定しなかった。
「靴、無いの、秋本さん?」
「……………………」
「黙っていたらわからないわよ。ちゃんと答えて」
藍川は真剣な顔つきで紫織に迫る。いや、真剣というより焦りが見える。だからこそ、気の弱い紫織は怖くてたまらないのだろう。
「ちょっと、そんな問い詰めたら怖がるでしょ!」
それを察したみあが藍川を止める。
「え?」
「もうちょっと落ち着いて訊けないの?」
(あなたに言われたくないわね…………)
翠華は密かに思った。しかし、みあの言うことは正しいから口に出して言わなかった。
「……ご、ごめんなさい……」
そこで初めて藍川は、紫織を問い詰めて追い詰めていることに気づく。
「……………………」
しかし、紫織は黙り込んだまま塞ぎこんでしまった。これでは聞き出せそうにない。
「ひとまず……落ち着きましょうか」
翠華は紫織を連れてその場から離れる。
「え、ちょっと……!」
みあが引き止めようとするが、翠華は目で合図を送って制止する。
(ここは私に任せて)
なんとなくだが、それに逆らうのはよくないと思った。
でなければ、みあは翠華の言う事は聞かなかった。イラつくけど、脳裏にかなみの言葉がよぎったからかもしれない。
――翠華さんは判断いいから困ったときは頼りになるのよ
まあ、確かにそういった節もあるとみあも納得してしまった。
「あの……」
そこで自分は別の問題を押し付けられたとみあは気づいた。
(あの、あおばな~~!)
みあは心の中で叫んだ。
「あ、あの……」
「ごめんなさいね、うちの娘が迷惑かけちゃって……」
「うちの娘?」
うちの娘とは言うまでもなくみあのことであった。
ただ紫織からしてみれば翠華は見知らぬ大人の女性であり、みあとの関係なんて想像もつかなかった。
「あ、うん、なんでもないわ……」
「もしかして、みあさんの……」
「え、え、みあちゃんとは何も関係ないけど……!」
「みあちゃん……やっぱりみあさんのお母さんなんですか?」
翠華は思わず凍りついた。
「お、おか、おか……!? あさささ、ん……?」
その予想もつかなかった言葉に翠華は呂律が回らなくなる。
「あ、違っていましたか?」
「ももも、もちろん、違うわよ……!」
翠華は出来うる限りの落ち着いた大人の対応で応える。
「す、すす、すみません……」
ただその動揺は紫織に筒抜けであった。
「ウシシシ、大人っぽいとは言われたが、まさか子持ちに見えるなんてよ……」
「そ、そんなことないわよ……! ほら、このスーツのせいよ!」
とはいっても、翠華の負ったダメージは大きかった。
(これでも、高校生なのに……そんなに老けて見えるのかしら……)
となると、かなみの目にも年上の女の子と言うよりも大人の女性と見られているかもしれない。
そうなると自分にもっと気軽に接してくれないのもある程度頷ける。
(大人ってだけで遠慮しちゃうものね……)
まさかそんなことで距離を置かれているとは信じたくない。かなみが帰ってきたら訊いてみよう、そう翠華は決意する。
(それはそれとして――)
そうなると、自分の前で色々話してもらうのは難しい。いっそのこと、高校生だと打ち明ければいいかもしれない。
(ああ、でも小学生からしてみたら高校生も大人か)
翠華はすぐに却下する。
(こうなったら正攻法でやってみるか)
今日はスーツを着て大人らしい化粧をしているせいか、少し強気になっているかもしれない。
「謝らなくてもいいわよ、そういう冗談好きだから」
翠華は出来る限り落ち着いた微笑みを顔に貼り付ける。
「じょ、冗談……」
そんなつもりじゃなかったんだけど……そんな声が聞こえてきそうだった。正直なのはいいけど、それはそれで余計に傷つくのよね、と翠華は密かに思った。
「それでね、みあちゃんから話を聞いたんだけど……」
「やっぱり、みあさんとはお知り合いなんですか」
「ええ、まあそうなんだけど……」
「さっき言い争いしてるのが見えて……」
(ああ、あれ見られてたんだ)
別に知り合いということは隠しているわけじゃないのだが、おおっぴらに言うとあやしまれるかもしれないからあまり気分がいいものではなかった。
「それでみあさんのお母さんかと思ったのね」
「は、はい……すみません……」
「あの……私とみあちゃんって似てるのかしら?」
「え……?」
紫織はそれを聞かれてとても困った顔をして泳がせる。
どう答えたらいいのかわからないし、かといって何か答えなければと思ってしまい困っているのだ。
「ご、ごめんね、変なこと訊いて……」
翠華は察して声をかける。
「い、いえ……みあさんともさっき会ったばかりだから、その……答えられなくて……」
「い、いいのよ……私達、似てないから……」
「あ、そんなこと、ないと思います……」
「無理しなくてもいいわよ。別に似てなくてもいいんだから」
「あ、いえ、そういうわけじゃなくて、ですね……あなたは、なんだか似ています」
「私とみあちゃんと、が?」
紫織は頷く。
「ど、どんなところが?」
「……私に、優しくしてくれるところが……」
紫織は恥ずかしながらもはっきりと言ってくれる。
「そ、そうかしら……私、優しくなんて無いのに……」
「……………………」
紫織は顔を真っ赤にしてうつむく。
よっぽどの勇気を振り絞って言ってくれたのだろう。その仕草に翠華は思わずドキリとした。
(この娘、可愛い……もし、この娘が魔法少女だったら……)
翠華は頭の上でイメージしてみる。
フリルのついた可愛らしい衣装に身を包んで、でも、それを恥じらういじらしい態度がたまらない。
(かなみさんの次ぐらいに似合うかもしれないわ)
あくまでも翠華にとってはかなみが一番であった。
「秋本さん、だったかしら? あなた、もっと自分に自信を持ってもいいわよ」
「え……?」
「そうしていると、可愛いんだから」
「え、か、かわいい、ですか……?」
そんなことを言われたの、生まれて初めてという反応であった。
「ええ……みあちゃんを見習って……っていうのはさすがに無理よね」
「む、むりです……」
「あはは、そうよね」
結局振り出しに戻ってしまった。
「遅い! 何やってんのよ!」
そこへみあは文句たれながらやってくる。
「みあちゃん、藍川先生は?」
「しつこいから、おいてきた!」
「おいてきたって……」
やることが滅茶苦茶だと翠華は思った。
「それより、あんた? 紫織に変なこと訊いてない?」
「私は別に何も……」
「みあさん……さっきので怪我とかしてませんか?」
「あたしは大丈夫だけど、紫織は? おかしなことされなかった?」
「わ、わたしも、だいじょうぶ、です……」
「本当? どこか本当におかしなところない?」
「う、ううん……」
「みあちゃん、紫織ちゃんが困ってるわよ」
「何かあってからじゃ遅いのよ」
みあの言う事ももっともであったが、それで紫織を動揺させては元も子もない。
「な、何かってどういうことなんですか?」
翠華の心配どおり、紫織は不安がっている。
「な、なんでもないのよ、紫織ちゃん……みあちゃん、ちょっと心配性だから」
「そ、そうなんですか?」
紫織はみあの方に訊いてみる。
「べ、別に、あたしは、心配性、なんかじゃないわ……!」
「凄く心配してるでしょ?」
「は、はい、そうですね……」
「なんでそうなるのよ!?」
翠華と紫織は笑う。
みあ一人だけ釈然としないものの、空気は大分和やかになった。
「なんでもいいけど、スーシーのことがあるからボヤボヤしていられないわよ」
「そうね、彼の事だからまた何か企んでいるの確実だけど」
「問題はそのなにか、なのよ……」
「小学校で企むことといえば、なにかしら?」
「そんなのわかるわけないじゃない」
「スーシーはどこに言ったかわかる?」
「わからないわよ、あっという間に逃げてったんだもん。あ、でも!」
みあは何かに気がついてヨーヨーを垂らしてみる。
「それって、かなみさんが言ってた……」
「そう、魔力ダウジング。これで魔力を探知するのよ」
便利だと翠華は思い、自分にも出来ないものか、今度試してみようという気になった。
そんなことを考えている一瞬の内に、ヨーヨーはある方向に向かって揺れ始める。
「紫織、こっちの方向には何があるの?」
「え、えぇっと……高学年の校舎です」
「なるほど、そっちに向かっていったのかもしれないわね」
「じゃ、さっそく追うわよ」
「――んで、なんで紫織までついてきてるの?」
「え、あ、あの……」
不意に問いかけられて、紫織は慌てる。
(普通についてきたから、気づかなかった……)
翠華が思っているのがみあにとっての正直なところで、みあはふとした拍子に気づいたのがすぐに口に出たのだ。
「わ、わかりません、ただ、なんとなく……」
「別に無理に付き合わなくてもいいのよ。帰ってもいいのよ」
「あ、でも、わたしは……」
「バカ! 紫織は靴隠されてるから帰れないのよ」
「あ……そ、そうだったわね、ごめんなさい」
翠華は心ない発言をしてしまったと反省する。
「い、いえ……」
今いる中学年校舎と高学年校舎をつなぐ渡り廊下を歩いていく。
「それにしても、スーシーはこの学校で何をやろうとしているのかしら?」
「そんなのわかるわけないじゃない」
「普通に学校通ってるとは思えないけど」
「そんなの当たり前じゃない。あいつ色々魔力の痕跡とか残してそうだし、何か企んでるわよ、絶対」
「問題はそれが何なのかってところなのよね……」
「あんたって弱気ね。あいつが何を企んだって、さっさとぶっ潰せば関係ないでしょ」
「なんて短絡的なの……そんなに簡単にいくわけないでしょ」
「うるさいわね、あんたが考え過ぎなのよ」
「あ、あの……ケンカは……」
「ううん、違うの秋本さん。これはケンカじゃないのよ」
「そうそう……この女がちょっと生意気なだけよ」
「あの、どうみても……」
「ケンカじゃないわ!」
みあはそれっきりそっぽ向いて先に行ってしまう。
「あ……」
「気にしなくていいわ、秋本さんのせいじゃないから」
翠華はそう言って励ます。
(うーん、私は変なこと言ったせいよね……大人気なかったというか、私の方が歳上なのに……)
こんな時、かなみがいてくれたらと思わずにいられない。
かなみだったらどうするだろう。自分よりも上手くみあと接して、御機嫌にしてくれるんだろう。
(かなみさんがいてくれたら……)
結局そういうところはかなみが頼りというか、かなみがいなくてはありえない。
(それじゃ、元の木阿弥……いけないわね、なんとかしないと!)
とはいっても、具体的に何をすればいいのかわからない。
かなみはあくまで自然体でみあと接していたような……だったら、もう少し自分も気取らずに自然体でいられたらみあと上手くやっていけるのだろうか。
そんなことを考えている内に高学年校舎
「さて、もう一回調べてみるか」
しかし、みあはヨーヨーを垂らすこと無く、突然走りだす。
「みあちゃん、どうしたの!?」
「あんた、わからないの?! ダウジングしなくてもわかるでしょ、この魔力!」
「え……?」
翠華は集中力を高めて魔力を探る。
すると、確かにみあの言う通り上の階から微弱ながらも確かな魔力の反応を感じた。
(みあちゃん、これを感知したの……? 感知能力が優れてるから? それとも、私が注意を怠っていたから?)
紫織は突然走りだした二人に遅れた。どうせなら、このまま追いつかれずに自体を解決できたらいい、翠華は思った。
翠華とみあは上の階の教室に入る。するとそこには一人の女生徒とスーシーがいた。
「追いつかれましたか。もうちょっと時間がかかるものと思いましたが」
スーシーは感心したかのように微笑みを浮かべて言う。
「これは一体どういうことなの!?」
「勧誘ですよ」
「勧誘ってその子を?」
「……………………」
女生徒は虚ろな目をみあ達に向けるが、言葉を発しなかった。というよりも、特に何の感情も示していない。
「その子に何をしたの!?」
「何もしていません……つもりだったのですが」
翠華の問いかけにスーシーは含みのある言い方で答える。
「つまり、何かしたってことね」
「結果的にはそうなりますね。もっと時間をかけてじっくり事を進めるつもりだったのですが」
「そんなこと聞いてないわ! とにかくあんた達の思い通りにさせないわ」
みあと翠華はコインを使って変身する。
「ウシシシ、二回目だから変身シーンはカットだぜ」
「え、私はまだ一回目なのに!?」
「ウシシシ、こまけえことはいいんだぜ」
というわけで、おなじみの名乗りはカットされたが、物語は滞りなく進む。
「仕方ありません、ダークマター」
スーシーはそう言って手のひらから黒い玉を出す。
その黒い玉は女生徒の身体にまとわりつき、彼女を異形の怪物へと姿を変える。
「え、え、え……!?」
ここでようやく追いついてきた紫織が見たのは、信じがたい光景であった。
テレビでしか見たことが無い魔法少女が二人もいて、それと戦う怪物までいる。アニメの世界に迷い込んでしまったのではないかと錯覚してしまう。
ゴォッ!
怪物の短い叫びを上げる。
怪物の身体は、机の板が胴体で、鉄製の手足が二十本あり、それらが複雑に絡み合っている。カキカキと金属音を鳴らして数本の足がミアとスイカに襲いかかる。
「え……?」
その中の一本が紫織に襲いかかる。
「何やってんのよ、もう!」
ミアはヨーヨーを引っ掛けてその足を止める。
「早くにげ――!」
言おうとした瞬間、引っ掛けたヨーヨーから振り回される。
「あぐッ!」
整理された教室の机と椅子にミアは放り投げられる。
「あ、え……!」
何が起きたか、理解が追いつかない紫織はただあたふたすることしかできなかった。
「大丈夫ですよ、あなたに危害を加えるつもりはりませんから」
そう言っていつの間にかスーシーは彼女の目の前に迫っていた。
「喜島、君……?」
ただ紫織にとって、スーシーはただの同級生であり、どうして彼がこんなところにいるのかただただ混乱する材料でしかなかった。
「いい子ですね。素直なのはいいことですよ」
「あ、あの……?」
「本当ならもっとじっくり僕のことを知って欲しかったのですが、こうなってしまっては不本意ですがね」
スーシーは紫織の肩に手をかける。
紫織は身震いする。その手はあまりにも得体が知れなく、かつ自分をこの場から逃さないと意志がこもっていた。そうなってしまうと、もうスーシーが同級生の男の子としては見れず、怪物と同じ生き物のように感じる。
「い、いや……!」
「嫌がることはありませんよ」
スーシーは優しく言い放つ。思わず耳を傾けてしまいそうな甘さをもって。
「嫌がってるじゃないのッ!」
スーシーの腕にミアのヨーヨーが引っ掛けられる。
「……悪い子ですね」
スーシーは苦い顔して、半分机と椅子に埋もれているミアを見下す。
「どっちが!」
「お互いです」
スーシーはヨーヨーの糸を切る。
即座にミアは両手からヨーヨーを繰り出す。
「Gヨーヨー!」
「小癪ですよ」
スーシーは両手で振り払う。
「せいッ!」
ミアはさらに巨大ヨーヨーを振り下ろす。
「安直ですね」
しかし、スーシーはそれを軽々と受け止める。
「うるさい!」
ミアは癇癪を起こすが、スーシーはドス黒い笑顔で受け流す。
「――そして直情ですか」
ドスッ!
ミアの脇腹から肩を怪物の鉄の足が打つ。
ミアにとって怪物は視界に入っておらず、意識は完全にスーシーの方に向いていたため、無防備なまま攻撃を受けてしまった。
「ガハッ!」
身体の軽いミアは踏みとどまることができず、再び机と椅子の残骸へと吹っ飛ぶ。
「みあさん……?」
「ほう、これは驚きました」
「ひ……!」
「君は変身した彼女を『阿方みあ』と認識できるのですか」
「え……?」
「ああ、こんなこと言ってもわかりませんよね。
――では、これはどうですか? 彼女は誰ですか?」
スーシーは机と椅子に埋もれてうずくまっているミアを差して、紫織に訊く。
「え、だ、だれと、言われましても……」
「正直に答えてくれればいいのですよ」
怯える紫織は、ミアを凝視する。
「み、みあ、さん……」
「なるほど」
納得したところで、スーシーにレイピアが突き掛かる。
「いいところで邪魔を」
「あなた、一体何を企んでいるの!?」
レイピアをスーシーの手で受け止められても、スイカは問いかけた。
「それはもう僕はこれでも人事を担っていますからね」
「じ、人事……?」
「彼女は優秀な幹部候補生ですよ」
「幹部候補生……? そんな、まだ子供でしょ!」
「子供だからですよ。子供のうちから育て上げれば素質は開花させやすいのですよ」
「そんな勝手な理由で子供を悪の道に走らせて――!」
「あなた方に言われたくありませんね」
スイカは絶句する。
「ど、どういうこと?」
「いえ、ただ個人的な癇癪です。気にしないでください」
スーシーはそう言って手を振りかざすと怪物がスイカに襲いかかる。
「やれやれ、どうにもあなた方を見ていると無性に苛立ちますね。僕の精神衛生のためにさっさと消えてもらいましょう」
「そんな都合で消えてやれるか!」
ミアは机の残骸から飛び出してヨーヨーを繰り出す。
「しつこいですね。あと暑苦しいですよ」
「あんたこそ紫織の前から消えなさい!」
執拗なヨーヨーの攻撃にたまらず、スーシーは紫織の前から退散する。
「み、みあさん……」
「あんたもここから早く逃げなさい! 関わるとロクなことに、
――って、なんで私だってわかったの!?」
変身した際、魔法少女の衣装としてまとったため、みあとミアの区別がつかないようになっている。魔力を使って見なければ、彼女達を同一人物だと認識できない。つまり、一般人にはみあとミアは別人に見えるはず。
「だ、だって、みあさんは、みあさん、だから……」
「ええい、そういうわけじゃないわ!」
「え、ええ……?」
「あたしはミアよ! みあじゃないわ!」
「え、ど、どういうことですか?」
別人だと言いはるミア。同じ人だと言いはる紫織。二人に温度差があった。
「どういうことって……あんた、あたしがわかるわけ?」
「……はい」
「――おわかりいただけましたか?」
突然、スーシーはミア達の目の前に現れる。
「彼女――秋本紫織さんは素晴らしい素質を持った子なんですよ」
「どうして、紫織なの?」
「原因は紫織さんが置かれていた境遇ですね」
「境遇って……いじめられていたこと? それが何の関係があるっていうのよ?」
「魔力というのは、心や想いの力が元になっています。強い想いはそのまま強い魔法になるんですよ」
「そんなの知ってるわよ! 紫織がそんなに強くないわよ」
「出会って幾分足らずのあなたに何がわかるっていうんですか?」
「う……!」
「心の強さなんてものはあなた方のように外へと迸り続ける方々もいれば、内に溜め続ける者もいます。僕にとっては後者はとても好ましいものなんですよ」
「内に溜め続ける……?」
「あなたにもわかりやすく言いますとね。いじめている人間は常に外へと心を拡散させてしまいます。それでは魔力は生み出せません。しかし、いじめられている人間は逆に内へと心を溜め続けていきます。その心はどんどん強くなり、やがて魔力と呼べる力になっていくんですよ」
「なんですって……! じゃあ、あなたの目的はそういった人間」
「察しが早くていいですね。あなたに対する評価を改めておきますか」
「それってあたしのことバカにしてるってことぉ!?」
「やはり察しがいいですね」
「こんのやろーッ!!」
ミアはヨーヨーをスーシーに向かって振り回す。
「これだけ接近しているとヨーヨーは使いづらいでしょ?」
「――!」
スーシーの爪が剣のように伸びる。
スゥインッ!!
ミアはかろうじてかわす。
しかし、スーシーはすかさず追撃をかける。
「つぅッ!?」
放り投げれた爪の剣数本がミアの衣装を壁へと突き刺す。
「う~!」
ミアは唸り声を上げるが、これでは身動きができない。
「どうですか? 紫織さん、あなたもこのように力を振るってみたくはありませんか?」
「え、え……?」
「あなたをバカにし、見下している人を見返すことができますよ」
紫織はその問いかけにただ戸惑うことしかできなかった。
「やり返したくはないのですか? あなたならできますよ」
「わ、わたしなんて……できない、から……」
「そういう言い方はよくありません。御覧なさい」
スーシーは今まさにスイカと戦っている怪物を指して言う。
「彼女も元はあなたと同じようにいじめられていたんですよ」
「え……?」
「彼女は五年生なんですがね、おかげでいい素材になってくれました」
「わ、わた……」
「このままではあなたも彼女みたいになりますよ」
「そ、そんなわけ……」
「ない、と彼女も言っていましたよ。三年生の時も四年生の時もね」
「え……!?」
「このままではあなたも彼女の二の舞になりますよ」
「……………………」
紫織は黙りこむ。
迷っているのだ。スーシーの言葉に煽られて不安が増大している。
だけど、それでも彼の言葉の全てを信じていいのか、まだ判断できていない。
「でも、あなたはそうなりませんよ。僕のいうことを聞けば」
彼の声、言葉はすうっと抵抗なく入ってくる。
甘くゼリーのようにとろけるように全てを委ねていいように思えてしまうほどに。
「わ、わたし……」
いいの。別に悩まなくてもいいの。彼のその言葉だけを聞いていれば。
「そんなの、なるに決まってるじゃないの!」
スーシーの頭にヨーヨーがぶつけられる。
「ゴホッ!?」
スーシーはよろめき、頭をおさえる。
ミアは衣装を無理矢理引きちぎって、ヨーヨーを投げつけたのだ。
「やってくれますね、忌々しいですよ」
「さっさと紫織の前から消えなさい!」
「そうはいきませんよ。僕の人事部としての沽券に関わりますからね」
「あんたの沽券なんて知ったこっちゃないわ」
「自分勝手ですね」
「どっちが!」
ミアはヨーヨーをスーシーの腹にぶつける。
「油断、しましたね……!」
「さあ、観念しなさい」
「その言葉は彼女をなんとかしてから言ってくださいよ」
ミアに怪物の鋼鉄の足が襲いかかる。それをミアは紫織を抱えながらかわす。
「大丈夫?」
「は、はい……!」
「あいつに何か吹きこまれたでしょ?」
「あ、はい……」
「あいつに耳を傾けちゃダメよ。そうなったら、アレみたいになるから」
ミアは怪物を指して言う。
それを聞いて紫織は現実に引き戻されたような気がする。
「あいつはどんなにいいことを言おうとしても、結局は悪いやつだからいいように利用することしか考えていないのよ」
「そ、そんな、わけ……」
「多分、怪物された子もあんたと同じこと言われたと思うわ。その結果があのザマなんだろうけどね」
「……………………」
そういうことを言われると一気に怖くなってくる。どうしてあんな言葉に耳を傾けてしまったのだろうと後悔の念さえこみ上げてくる。
「人のことなんかあてにしちゃダメよ。自分で決めなさいよ!」
「え、で、でも……!」
「あのバカの言葉を信じるか、あたしの言葉を信じるか! あんたの意志で決めるのよ!」
「わ、私で決める……?」
「どんなに惨めったらしくて、ひもじい想いしていても、頑張ってるヤツをあたしは知ってる!」
「え……?」
「あいつはね、どんなに酷い目にあっても負けなかった。あんなヤツの見せかけだけの言葉にはね」
「それは心外ですね。僕は本気で君のために言ってるのに」
「決めるのはあんたよ、紫織!」
「わた、私は……!」
力を振り絞った。ただ一言言うだけだというのに、全身の力を使う。きっと今までこんなにも勇気を出したことはなかっただろう。それだけにこの一言はどんなにか細くて弱くても確かな想いのこもった力強さがあった。
「みあさんを信じます……!」
「――これは、意外ですね!」
この返答にスーシーは思わず顔を歪ませる。不愉快極まりないと言いたげな表情だ。
「何もかもがあんたの思い通りにならないってことよ」
「あなたがたのせいですよ。もっとじっくりたっぷり彼女にこの力の素晴らしさを教えて差し上げるつもりだったのですからね」
「そんなの、紫織は望んでいないわ! 無理矢理悪の道に引きこませるようなことして、恥を知りなさい!」
「十分良心的だったと思うんですがね」
「悪が良心を語り出したらおしまいね」
「ごもっともです。よくわかっているじゃないですか」
スーシーは笑顔を取り戻す。
「吐き気をもよおすほど気が合いますね」
「ほんとにね、あんたが敵じゃなかったらぶんなぐりたかったぐらいだわ」
「残念です。出来れば固く手と手を握り合って、潰してあげたかったです」
スーシーは指をパチンと鳴らす。すると怪物は叫び声を上げる。
「彼女があなた方を踏みつぶしてくれるでしょう!」
「スイカ、なにやってんのよ!? こんなヤツ一体に何手こずってんのよ!?」
「わかってるけど、こいつかなり強いのよ」
「もう、しょうがないわね!」
ミアはヨーヨーを構える。
「Gヨーヨー!」
巨大なヨーヨーを怪物にぶつける。
「ストリッシャーモード!」
両手のレイピアを持ったスイカは光速の突き出しで数本の鉄の足を斬り捨てていく。
「やればできるじゃない!」
「あなたもね。カナミさんには負けるけど」
「あんなバカ魔力と比べられても困るんだけど」
ミアはそう言って、ヨーヨーを怪物の足に次々と巻きつける。
「じゃあ、私も負けていられないわね」
スイカはレイピアを一本に戻して構える。
怪物を一撃で仕留めるための必殺の構えであった。ミアが動きを封じてくれているおかげでじっくり魔力を溜めることが出来る。
「いくわよ、ノーブル・スティンガー!」
渾身の一突きで怪物を仕留めると、怪物からダークマターが抜けて魔法が消える。すると、怪物から少女へと姿が戻る。
「ま、中途半端な怪物ではこれが限界ですか」
そう言ってすうっとスーシーは姿を消す。
「なるほど、強力な魔力を持ちうる子供を探しだしてスカウトする。それが彼の狙いだったというわけですか」
鯖戸は忌々しげに翠華が提出した報告用紙を読んで、所感を述べた。
「まったく彼ららしいやり方だよ。あるみが聞いたら即分解モノだよ」
「あの……それで」
「彼が目をつけている学校は一つじゃないってことだろ、このレポートに書いてあるじゃないか」
「はい、すぐに調査した方がいいのではないでしょうか?」
「いや、その件については僕の方でも調査はしている」
「そうなんですか」
「彼とは多少の因縁があるからね」
そう言った鯖戸の顔は憎しみと懐かしさが入り混じったなんともいえない顔になっていた。
翠華はそれ以上聞きたかったが、言及はしなかった。鯖戸はこうなると必要以上話してくれないことを知っているからだ。
「あ、そうそう……」
自分のデスクに戻ろうとした翠華を、鯖戸は思い出したかのように、
「みあが連れてきた子なんだけど」
「わ、わたし、ですか……」
「紫織がなんだっていうのよ?」
紫織はみあに連れられて、会社のオフィスにやってきていた。
「素質がある子を連れてくるのはいいけど、彼女は戦いには向いてないように見える」
「それはそうだけど。でも、放っておくわけにはいかないでしょ」
またスーシーに狙われるかもしれない、そう危惧したみあの行動であった。
「とりあえず、社長が帰ってきてから決めることだけどね」
「だったら、今グダグダ言ってもしょうがないじゃない」
「まあ、そうなんだけど……一応君の考えも聞いておきたくてね」
鯖戸はそう言って、紫織を見る。
「え……?」
「事情はみあから聞いてるけど、ここで君をかくまってもいいけどまた今回みたいなことに巻き込まれるんだけど、それでもいいのかい?」
「そ、それは……」
「強制はしないよ、君が決めるんだ」
「……………………」
紫織はその問いかけに、少し怯むもののその目は確かに鯖戸を見据えていた。
「お、お願いします。ここにいさせてください」
「うん、それが聞きたかったんだ」
鯖戸は満足げに言う。そんな鯖戸を見て翠華は人が悪いと思った。
「詳しい仕事とか戦い方は」
「随分優しいじゃない。かなみの時なんかいきなり仕事振ってたくせに」
「彼女とは境遇が大分違うからね」
「まあそうね」
「みあさん、その、かなみさんという人を話す時、楽しそうです」
「はあ、そんなわけないじゃない!」
「ハァハァ、これもまたお嬢の照れ隠しだぜ、たまらん」
「あんたは黙ってなさい!」
「え、人形が喋った!?」
「ああ、そういうところからも説明しなくちゃならないのか」
「そういうことなら私に任せて下さい」
「ああ、それならみあに任せた方がいいだろう。案外世話焼きだからね」
「そ、そうかしら……?」
「君の場合だと下心が無きにしもあらずだからね」
「そ、そんなわけないじゃないですか!」
「ウシシシ、そりゃかなみ一筋だからな」
「ウシィ、あなたも一言多いわよ」
「あ、翠華さんも人形を持ってるんですか?」
「一応、彼女達には一体ずつ与えているんだよ」
「そうなんですか……」
「君にもいずれつけることになるよ」
「ほ、本当ですか?」
鯖戸の提案で紫織は嬉しげな笑顔になる。
「優しいじゃない」
みあは不満気に言う。
「僕は女性に優しく接しているつもりなんだけどね」
「そういうこと口にするから胡散臭いのよ」
「なるほど、参考にするよ」
とはいっても、それを改めるつもりは鯖戸には無いように見える。
「ひとまず、今日のところはこれで解散だな」
「あら、報酬はないんですか?」
翠華は思い出したかのように言う。
「後日、口座に振り込んでおくよ」
「このまま払われないかと不安になりました」
「ちょっと、君もかなみに随分と影響されてきているな」
鯖戸は少し苦い顔でそう言うと翠華は喜色満面の笑みを浮かべる。
「はい、恋は人を変えますから」
その様子を見てみあはため息をつく。
「――あんたってあいつ以外のことになるとすっごくまともになるのよね」
「みあちゃん……初めて褒められた気がするわ」
「べ、別に褒めたわけじゃないわ。ただ思ったことを言っただけよ」
みあはそっぽ向く。
「……やれやれ」
鯖戸はぼやいて、二人のやり取りを微笑ましく見守る。
「――彼女の希望もまだまだ前途多難だな」
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