第13話 調査! 少女に課せられし謎への探求 (Bパート)
「親父が再婚、なんて考えたことがないわけじゃないのよ」
あるみを追いかけていく中、みあはふと呟いた。
「そりゃ、大企業の社長だからいつまでも未亡人もないよね。でも、今までしてこなかったのはそれだけみあちゃんのお母さんを愛していたってことじゃないの。前ずっとお母さん一筋だったって言ってたし」
「うん……」
「お父さんが社長と再婚するかもって考えたの?」
「うん……それとさっきの秘書なんじゃないかってもね」
「ええ、さっきの秘書さん!?」
それはまた新しい疑惑が浮上したものだとかなみは思った。というか、これ以上面倒事も勘弁して欲しいというのが正直なところだ。
「あいつ、昔から親父と一緒で、よく仕事とかでも二人っきりになってるらしいからね。家にも招待したことが何度もあったし」
「それでお父さんから『新しいお母さんだよ』って紹介されたの」
「それはない!」
みあは強く否定する。
その様子を見て、かなみは冗談が過ぎたと反省する。
「みあちゃん、ごめん」
「別に……私もそんな気がしたし……でも、結局そういうことはなかったわ」
「うーん、わからなくなってきたよ」
かなみは首を傾げる。
「借金しかノウが無い頭で考えてもわかるわけないでしょ」
「みあちゃん、ひどい!」
「本当のことでしょ。悔しかったらたまには私にご飯おごりなさいよ」
「う、それはキツイ……!」
かなみは頭を抱えて悩みだす。
「あ! 社長、入ったわ!」
「え、どこどこ!?」
みあは走って、ビルとビルの間まで隙間の階段を見る。
あるみはその階段の下に降りていったのだが、かなみ達はどうしてこんなところに地下への階段が、と疑問符をつけずにはいられないほど、不自然さと怪しげな雰囲気を放っていた。
「なに? このいかにもヤバヤバな雰囲気の階段……!」
「あんたにぴったりでしょ、アンダーグランド系魔法少女?」
「わ、私は正統派だよ!」
「でも、借金してるやつのどこが正統だっていうのよ?」
「う……言い返す言葉が無い」
「というわけで、あんた先に行きなさい」
「い、嫌だよ。みあちゃん先に行ってよ」
「食事代、コーヒー代」
みあは呪文のように囁く。
「け、経費じゃなかったの……?」
「世の中、そんなに甘くない」
「み、みあちゃんは子供なんだから甘くてもいいんだよ」
「――残念、私は大人だから」
悪戯っ子の悪い笑みを浮かべて、かなみに迫る。
「し、仕方ない……」
かなみは観念して階段を降りる。
なんだか地獄へと続いているような気がして、一段降りるだけでも勇気がいる。
(というか、ここで社長に見つかったら本当に地獄送りにされるんじゃないか……!)
どうやら、地獄よりも社長の怒りに触れる恐怖の方が強かったようだ。
(でも、食事代とかコーヒー代とかみあちゃんにも恩があるし……)
義理とのせめぎあいの中で一段ずつ降りていく。
降りた先にあったのは薄暗い照明に照らされた倉庫のようなスペースと扉。
扉には『安地組』と書かれている。
よくわからないけど、とてつもなく危険な予感がその名前から感じられた。
「何か聞こえないかな……」
かなみは扉に耳を押し当てて中の様子を探る。
「ちょっと!」
みあはかなみを無理矢理引きずって両脇にあるダンボールの方へ隠れる。
「どうしたの?」
「誰か来てるのよ……!」
「誰かって誰!?」
「わかんないから誰かなのよ!」
みあが緊張した面持ちでそう答えるとドカドカと乱暴な足音が聞こえてくる。しかも一つや二つじゃない。
ドタドタドタ!
降りてきた人影を『誰か』を認識する前にそいつらは扉を蹴破った!
「か、カチコミ!?」
「やっぱりヤクザなのね」
「社長、大丈夫かな」
「大丈夫よ」
そわそわするかなみと対象的にみあは大分落ち着いていた。
「ヤクザのカチコミぐらいでどうこうなるような人でもないでしょ」
バババババババン!!
銃声がけたたましく鳴り響く。
「み、みあちゃん、撃ちあいだよ!?」
「慌てないの。あんただってあれぐらいやってるでしょ?」
「あれは魔法だから! でも、あれ本物の銃だよ!」
ドカーン!
鼓膜が破れそうな爆音と共に入口の扉が吹き飛んで、爆煙が巻き上がる。
「ば、バズーカ!? みあちゃん、これ戦争だよせんそうッ!」
「あんた、毎回あれより凄いの撃ってるんだから慌てないの」
「えぇ!?」
「艦載砲よ。あれの方がよっぽど危なくて危険よ」
「神殺砲だよ! でも、いくら社長が強くてもバズーカとか使われたら危ないよ。多分不意打ちだったからまだ変身できてないかもしれないよ」
「うーん」
ここでみあは初めて危機を感じた。
確かに変身すればあるみは無敵だが、変身していない生身はあくまで普通の人間だから銃で撃たれたら死ぬし、バズーカで爆死も十分有り得る。
「みあちゃん、助けにいこう!」
「はあ!? あんた、そんなことしたら私達のことバレるのよ」
「でも、ピンチで助けなかったらもっと取り返しのつかないことになるよ!」
「……で、でも、ここで助けても、バツが受けるのよ。それでもいいの?」
「社長を助けられなかったら、バツもうけようがないよ!」
かなみは迷いなく言い返すと、みあは諦めたかのようにため息をつく。
その次の瞬間に扉の向こうから黒い霧が立ち込める。爆煙をも飲み込む黒い霧にかなみ達は見覚えがあった。
「これって、ダークマターじゃない!?」
「ああ、あいつらが使ってる魔法ね」
あいつらというのは言うまでもなく悪の秘密結社ネガサイドの連中のことであった。
ダークマターは無生物に魔力を与えて怪人にして、自分の意のままに操るという魔法を使うと現れる黒い気体状の玉だ。
「それじゃ、さっきの連中は! ネガサイドの手先ね!」
そうとわかれば中にいるのは怪人に間違いない。
ウォォォォォン!
猛獣のような遠吠えまで聞こえてくる。
「みあちゃん!」
ここまで事態になったら、一刻の猶予もない。
「ああもう、しょうがないわね!」
みあは諦めてコインを出す。
「マジカルワークス!」
即座に変身する。
「愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!」
「勇気と遊戯の勇士、魔法少女ミア登場!」
名乗り口上も早々に済ませて、二人は扉の向こうへ飛び込む。
「あら、あんた達来てたの?」
アルミが涼しい顔で二人を出迎える。その先にはバラバラになった怪人の残骸らしき手足が散乱しており、そこかしこに黒服の男達が横たわっている。
一見すると戦争の惨状のようになっているが、アルミ以外まともに立っている人間(怪人も含めて)が誰もいないということは事態はもう終息したのだとわかる。
というか、二人にとってそんなことはどうでもよかった。
「え、もう終わったの! 怪人倒しちゃったんですか!?」
「もしかして、私達が変身している間にカタつけちゃったってこと……? アハハ、バカらしい……」
ミアの諦めきった笑いがかなみも伝染する。
「アハハハ、さすが社長です」
「フフフ、褒めてもボーナスは出ないわよ。あ、制裁は出るかもしれないけどね」
カナミとミアは全身から震え上がった。
尾行がバレたのだから、制裁は免れない。
「あ、あの……ですね、社長!」
それでも、悪あがきせずにはいられないのは魔法少女の……いや、人間の性さがかもしれない。
「わ、わた私達はお茶して偶然通りかかっただけなんですよ!」
「そ、そう、そそ! 私がカナミにおごってあげてね!」
「ああ、そう。私が待ち合わせにしていた喫茶で偶然二人がコーヒー飲みにきたっていうのね?」
「そうなんですよ! 偶然社長がいてですね!」
「バカ! 喫茶の方はまだごまかせたのに!」
「フフ、ミアちゃん、それは自分からバラしてくれたのかしら?」
「あ……!」
ミアは慌てて手で口を塞ぐが、もう手遅れだった。
「ミアちゃん、正直なのはいいことだけど、口が軽いのはよくないことよ」
アルミはいつになく優しくミアに諭す。
二人にはわかっている。その優しさはこれから下される制裁までの予備動作。言うなれば今優しい分だけ反動がこれからの制裁にくるということである。
「――で、私の何が知りたいのかしら? 二人とも?」
その数秒後に、二人の悲鳴が地の底から木霊した。
その後、オフィスに戻るまでの記憶が無かった。
何が起きて、どうやってオフィスまで戻ったか、思い出そうとすると気分が悪くなるから思い出さない方がいいのだとかなみ達は納得した。
「それで、私の何を知りたかったわけ?」
「……え、そ、それは、ですね……」
かなみはみあに視線をやる。
「……い、言えるわけないじゃない……!」
みあはそっぽ向く。
「ありゃ、これは奥の手を使うしか無いわね」
「お、奥の手……」
かなみはその言葉を聞いただけで身震いする。恐怖が身体の芯にまで叩きこまれてしまったようだ。
「――!」
みあも同じように震えたのだが、それでも歯を食いしばって喉から出掛かった言葉を飲み込む。
「う、脅しに屈しないとは……強くなったわね。母さん、嬉しいわ」
「はあ!?」
「ええ!? 社長がみあちゃんのお母さんだったの!?」
「バカかなみ、何余計なこと言ってんのよ!?」
みあはそこで思わず口を挟む。
「フムフム♪ そういうことね」
あるみは鼻歌を口ずさみながら、察する。
「……あ」
「冗談のつもりだったんだけどねー」
「冗談って、どっから?」
「脅しに屈しない辺りから」
「全部じゃない!」
「っていうか本当に母さんなんですか、社長!?」
かなみは食い下がる。
この場合、社長に対する恐怖より好奇心の方が勝ってしまう。
「うん、まあ……それはね……」
あるみは一転して、腕を組んで真剣な面持ちになる。
こういう時のあるみは本当に真剣に真面目なことしか言わない。たまに、真顔で冗談とか言うけど、今は言わない、はず。
「みあちゃんのお父さんの名誉のために言っておくけど、私には子供なんていないわよ」
「それ、本当なの?」
「ええ、だいたいこの歳で九歳の娘がいるとかありえないでしょ?」
「三十路ならありえるでしょ」
「実年齢じゃなくて心の若さの問題よ」
「ちなみに精神年齢は?」
「ピチピチのティーンエイジャーよ」
あるみはおくびも出さない。
「聞いたかなみはバカだわ」
みあは呆れて言う。
「私はバカじゃないよ! ただこういうのって聞かなきゃ野暮でしょ!」
「なんなの、その価値観……?」
「うんうん、かなみちゃんも大分わかってきたじゃない!」
あるみは満足気に頷く。
「って、そんなことはどうだっていいのよ! どうでもいいわ!」
「うーん、みあちゃんにはもうちょっと教育が必要ね」
「って、そうやって母親面ははおやづらするから誤解したんでしょ!」
「い、いや、そんなつもりはまったくないだけどね……なんていうか、年の功?」
「あんた、さっきティーンエイジャーって言ったばっかじゃない!」
「あははは、そういうところは成長してるのね」
「だ・か・ら!」
あるみは笑ってごまかす。
そんな姿がかなみには微笑ましく、親子でもいいんじゃないかと思った。
「というわけで!」
話が一段落ついたところで、あるみはドンとデスクを叩く。
この人、何かを言う度にデスクを思いっきり叩くものだから、いつかデスクが壊れるんじゃないかと思ってしまう。というか、今の社長デスクは何台目なのだろうかとも気になる。
「今日私をつけ回したペナルティはどうしてくれようかしら?」
「ええ!? もう十分受けたじゃないですか!」
「あれはただのうさ晴らしだからね」
「うさ晴らしであんな暴力ふるっていいんですか!?」
「魔法少女だから許されるのよ」
「魔法少女だから許されないと思うのですが」
もうこの人は魔法少女を免罪符か何かと勘違いしているんじゃないかとかなみは時々思う。
「まあ、でも、これはペナルティというより辞令って言ってもいいわね」
「辞令?」
なんだか少し暴力的な響きは薄らいだが、騙されてはいけないと気を引き締める。
「かなみちゃん、あなたは私と一緒に出張についてきてもらうわよ」
「出張!?」
そういえば、あるみは時々オフィスを開けて遠出して、時には外国にも行ったりしていると聞いているけど、実際どこへ行って何をしているのかまでは把握していない。それについていくなんて思いもしなかった。
何か恐くもあり、旅行みたいで楽しみでもあるのが正直なところだが、目下かなみが一番気になるのは……
「ちなみに出張費は?」
「経費でおちるわ」
「どこまでもついていきます!」
「はあ、地獄まで付き合わされるわよ! 片道切符でもいいの!?」
「あ、それはいくら積まれても……勘弁してほしいわ」
「そんな遠くへはいかないわよ。ちゃんと国内だから!」
「……っていうか、地獄って遠い近いの問題なのかしら?」
「そういう問題でもないと思うんだけど……」
しかし、国内で出張か。海外に行けるのかと少し期待したが、まあ現実そんなものだと思った。
「出張に行くのはかなみだけ? 私は?」
「みあちゃんはお留守番ね。行くのは私とかなみちゃんだけよ」
「それじゃ、みあちゃんのペナルティは無しなんですか!?」
「だから、辞令って言ったじゃないの」
「本当に辞令なんですね……で、出発はいつなんですか?」
「明日よ。泊まりになるから着替えとお金の用意よろしくね」
「どっちも無いのは知ってるくせに……」
かなみは大きくため息をつく。
今かなみには私服と言えるものは数着しかない。
そのため、洗濯代の節約と着替えの時間を惜しむ目的で、制服で出社している。
とっておきの私服を用意するべきか、それともいつもどおりの制服でいくべきか、かなみは悩んだ。
お金はいくら持って行こうか……それは考えるだけ無駄なことはよくわかっているだけにそっちの方に気を取られた。
「親父が再婚、なんて考えたことがないわけじゃないのよ」
あるみを追いかけていく中、みあはふと呟いた。
「そりゃ、大企業の社長だからいつまでも未亡人もないよね。でも、今までしてこなかったのはそれだけみあちゃんのお母さんを愛していたってことじゃないの。前ずっとお母さん一筋だったって言ってたし」
「うん……」
「お父さんが社長と再婚するかもって考えたの?」
「うん……それとさっきの秘書なんじゃないかってもね」
「ええ、さっきの秘書さん!?」
それはまた新しい疑惑が浮上したものだとかなみは思った。というか、これ以上面倒事も勘弁して欲しいというのが正直なところだ。
「あいつ、昔から親父と一緒で、よく仕事とかでも二人っきりになってるらしいからね。家にも招待したことが何度もあったし」
「それでお父さんから『新しいお母さんだよ』って紹介されたの」
「それはない!」
みあは強く否定する。
その様子を見て、かなみは冗談が過ぎたと反省する。
「みあちゃん、ごめん」
「別に……私もそんな気がしたし……でも、結局そういうことはなかったわ」
「うーん、わからなくなってきたよ」
かなみは首を傾げる。
「借金しかノウが無い頭で考えてもわかるわけないでしょ」
「みあちゃん、ひどい!」
「本当のことでしょ。悔しかったらたまには私にご飯おごりなさいよ」
「う、それはキツイ……!」
かなみは頭を抱えて悩みだす。
「あ! 社長、入ったわ!」
「え、どこどこ!?」
みあは走って、ビルとビルの間まで隙間の階段を見る。
あるみはその階段の下に降りていったのだが、かなみ達はどうしてこんなところに地下への階段が、と疑問符をつけずにはいられないほど、不自然さと怪しげな雰囲気を放っていた。
「なに? このいかにもヤバヤバな雰囲気の階段……!」
「あんたにぴったりでしょ、アンダーグランド系魔法少女?」
「わ、私は正統派だよ!」
「でも、借金してるやつのどこが正統だっていうのよ?」
「う……言い返す言葉が無い」
「というわけで、あんた先に行きなさい」
「い、嫌だよ。みあちゃん先に行ってよ」
「食事代、コーヒー代」
みあは呪文のように囁く。
「け、経費じゃなかったの……?」
「世の中、そんなに甘くない」
「み、みあちゃんは子供なんだから甘くてもいいんだよ」
「――残念、私は大人だから」
悪戯っ子の悪い笑みを浮かべて、かなみに迫る。
「し、仕方ない……」
かなみは観念して階段を降りる。
なんだか地獄へと続いているような気がして、一段降りるだけでも勇気がいる。
(というか、ここで社長に見つかったら本当に地獄送りにされるんじゃないか……!)
どうやら、地獄よりも社長の怒りに触れる恐怖の方が強かったようだ。
(でも、食事代とかコーヒー代とかみあちゃんにも恩があるし……)
義理とのせめぎあいの中で一段ずつ降りていく。
降りた先にあったのは薄暗い照明に照らされた倉庫のようなスペースと扉。
扉には『安地組』と書かれている。
よくわからないけど、とてつもなく危険な予感がその名前から感じられた。
「何か聞こえないかな……」
かなみは扉に耳を押し当てて中の様子を探る。
「ちょっと!」
みあはかなみを無理矢理引きずって両脇にあるダンボールの方へ隠れる。
「どうしたの?」
「誰か来てるのよ……!」
「誰かって誰!?」
「わかんないから誰かなのよ!」
みあが緊張した面持ちでそう答えるとドカドカと乱暴な足音が聞こえてくる。しかも一つや二つじゃない。
ドタドタドタ!
降りてきた人影を『誰か』を認識する前にそいつらは扉を蹴破った!
「か、カチコミ!?」
「やっぱりヤクザなのね」
「社長、大丈夫かな」
「大丈夫よ」
そわそわするかなみと対象的にみあは大分落ち着いていた。
「ヤクザのカチコミぐらいでどうこうなるような人でもないでしょ」
バババババババン!!
銃声がけたたましく鳴り響く。
「み、みあちゃん、撃ちあいだよ!?」
「慌てないの。あんただってあれぐらいやってるでしょ?」
「あれは魔法だから! でも、あれ本物の銃だよ!」
ドカーン!
鼓膜が破れそうな爆音と共に入口の扉が吹き飛んで、爆煙が巻き上がる。
「ば、バズーカ!? みあちゃん、これ戦争だよせんそうッ!」
「あんた、毎回あれより凄いの撃ってるんだから慌てないの」
「えぇ!?」
「艦載砲よ。あれの方がよっぽど危なくて危険よ」
「神殺砲だよ! でも、いくら社長が強くてもバズーカとか使われたら危ないよ。多分不意打ちだったからまだ変身できてないかもしれないよ」
「うーん」
ここでみあは初めて危機を感じた。
確かに変身すればあるみは無敵だが、変身していない生身はあくまで普通の人間だから銃で撃たれたら死ぬし、バズーカで爆死も十分有り得る。
「みあちゃん、助けにいこう!」
「はあ!? あんた、そんなことしたら私達のことバレるのよ」
「でも、ピンチで助けなかったらもっと取り返しのつかないことになるよ!」
「……で、でも、ここで助けても、バツが受けるのよ。それでもいいの?」
「社長を助けられなかったら、バツもうけようがないよ!」
かなみは迷いなく言い返すと、みあは諦めたかのようにため息をつく。
その次の瞬間に扉の向こうから黒い霧が立ち込める。爆煙をも飲み込む黒い霧にかなみ達は見覚えがあった。
「これって、ダークマターじゃない!?」
「ああ、あいつらが使ってる魔法ね」
あいつらというのは言うまでもなく悪の秘密結社ネガサイドの連中のことであった。
ダークマターは無生物に魔力を与えて怪人にして、自分の意のままに操るという魔法を使うと現れる黒い気体状の玉だ。
「それじゃ、さっきの連中は! ネガサイドの手先ね!」
そうとわかれば中にいるのは怪人に間違いない。
ウォォォォォン!
猛獣のような遠吠えまで聞こえてくる。
「みあちゃん!」
ここまで事態になったら、一刻の猶予もない。
「ああもう、しょうがないわね!」
みあは諦めてコインを出す。
「マジカルワークス!」
即座に変身する。
「愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!」
「勇気と遊戯の勇士、魔法少女ミア登場!」
名乗り口上も早々に済ませて、二人は扉の向こうへ飛び込む。
「あら、あんた達来てたの?」
アルミが涼しい顔で二人を出迎える。その先にはバラバラになった怪人の残骸らしき手足が散乱しており、そこかしこに黒服の男達が横たわっている。
一見すると戦争の惨状のようになっているが、アルミ以外まともに立っている人間(怪人も含めて)が誰もいないということは事態はもう終息したのだとわかる。
というか、二人にとってそんなことはどうでもよかった。
「え、もう終わったの! 怪人倒しちゃったんですか!?」
「もしかして、私達が変身している間にカタつけちゃったってこと……? アハハ、バカらしい……」
ミアの諦めきった笑いがかなみも伝染する。
「アハハハ、さすが社長です」
「フフフ、褒めてもボーナスは出ないわよ。あ、制裁は出るかもしれないけどね」
カナミとミアは全身から震え上がった。
尾行がバレたのだから、制裁は免れない。
「あ、あの……ですね、社長!」
それでも、悪あがきせずにはいられないのは魔法少女の……いや、人間の性さがかもしれない。
「わ、わた私達はお茶して偶然通りかかっただけなんですよ!」
「そ、そう、そそ! 私がカナミにおごってあげてね!」
「ああ、そう。私が待ち合わせにしていた喫茶で偶然二人がコーヒー飲みにきたっていうのね?」
「そうなんですよ! 偶然社長がいてですね!」
「バカ! 喫茶の方はまだごまかせたのに!」
「フフ、ミアちゃん、それは自分からバラしてくれたのかしら?」
「あ……!」
ミアは慌てて手で口を塞ぐが、もう手遅れだった。
「ミアちゃん、正直なのはいいことだけど、口が軽いのはよくないことよ」
アルミはいつになく優しくミアに諭す。
二人にはわかっている。その優しさはこれから下される制裁までの予備動作。言うなれば今優しい分だけ反動がこれからの制裁にくるということである。
「――で、私の何が知りたいのかしら? 二人とも?」
その数秒後に、二人の悲鳴が地の底から木霊した。
その後、オフィスに戻るまでの記憶が無かった。
何が起きて、どうやってオフィスまで戻ったか、思い出そうとすると気分が悪くなるから思い出さない方がいいのだとかなみ達は納得した。
「それで、私の何を知りたかったわけ?」
「……え、そ、それは、ですね……」
かなみはみあに視線をやる。
「……い、言えるわけないじゃない……!」
みあはそっぽ向く。
「ありゃ、これは奥の手を使うしか無いわね」
「お、奥の手……」
かなみはその言葉を聞いただけで身震いする。恐怖が身体の芯にまで叩きこまれてしまったようだ。
「――!」
みあも同じように震えたのだが、それでも歯を食いしばって喉から出掛かった言葉を飲み込む。
「う、脅しに屈しないとは……強くなったわね。母さん、嬉しいわ」
「はあ!?」
「ええ!? 社長がみあちゃんのお母さんだったの!?」
「バカかなみ、何余計なこと言ってんのよ!?」
みあはそこで思わず口を挟む。
「フムフム♪ そういうことね」
あるみは鼻歌を口ずさみながら、察する。
「……あ」
「冗談のつもりだったんだけどねー」
「冗談って、どっから?」
「脅しに屈しない辺りから」
「全部じゃない!」
「っていうか本当に母さんなんですか、社長!?」
かなみは食い下がる。
この場合、社長に対する恐怖より好奇心の方が勝ってしまう。
「うん、まあ……それはね……」
あるみは一転して、腕を組んで真剣な面持ちになる。
こういう時のあるみは本当に真剣に真面目なことしか言わない。たまに、真顔で冗談とか言うけど、今は言わない、はず。
「みあちゃんのお父さんの名誉のために言っておくけど、私には子供なんていないわよ」
「それ、本当なの?」
「ええ、だいたいこの歳で九歳の娘がいるとかありえないでしょ?」
「三十路ならありえるでしょ」
「実年齢じゃなくて心の若さの問題よ」
「ちなみに精神年齢は?」
「ピチピチのティーンエイジャーよ」
あるみはおくびも出さない。
「聞いたかなみはバカだわ」
みあは呆れて言う。
「私はバカじゃないよ! ただこういうのって聞かなきゃ野暮でしょ!」
「なんなの、その価値観……?」
「うんうん、かなみちゃんも大分わかってきたじゃない!」
あるみは満足気に頷く。
「って、そんなことはどうだっていいのよ! どうでもいいわ!」
「うーん、みあちゃんにはもうちょっと教育が必要ね」
「って、そうやって母親面ははおやづらするから誤解したんでしょ!」
「い、いや、そんなつもりはまったくないだけどね……なんていうか、年の功?」
「あんた、さっきティーンエイジャーって言ったばっかじゃない!」
「あははは、そういうところは成長してるのね」
「だ・か・ら!」
あるみは笑ってごまかす。
そんな姿がかなみには微笑ましく、親子でもいいんじゃないかと思った。
「というわけで!」
話が一段落ついたところで、あるみはドンとデスクを叩く。
この人、何かを言う度にデスクを思いっきり叩くものだから、いつかデスクが壊れるんじゃないかと思ってしまう。というか、今の社長デスクは何台目なのだろうかとも気になる。
「今日私をつけ回したペナルティはどうしてくれようかしら?」
「ええ!? もう十分受けたじゃないですか!」
「あれはただのうさ晴らしだからね」
「うさ晴らしであんな暴力ふるっていいんですか!?」
「魔法少女だから許されるのよ」
「魔法少女だから許されないと思うのですが」
もうこの人は魔法少女を免罪符か何かと勘違いしているんじゃないかとかなみは時々思う。
「まあ、でも、これはペナルティというより辞令って言ってもいいわね」
「辞令?」
なんだか少し暴力的な響きは薄らいだが、騙されてはいけないと気を引き締める。
「かなみちゃん、あなたは私と一緒に出張についてきてもらうわよ」
「出張!?」
そういえば、あるみは時々オフィスを開けて遠出して、時には外国にも行ったりしていると聞いているけど、実際どこへ行って何をしているのかまでは把握していない。それについていくなんて思いもしなかった。
何か恐くもあり、旅行みたいで楽しみでもあるのが正直なところだが、目下かなみが一番気になるのは……
「ちなみに出張費は?」
「経費でおちるわ」
「どこまでもついていきます!」
「はあ、地獄まで付き合わされるわよ! 片道切符でもいいの!?」
「あ、それはいくら積まれても……勘弁してほしいわ」
「そんな遠くへはいかないわよ。ちゃんと国内だから!」
「……っていうか、地獄って遠い近いの問題なのかしら?」
「そういう問題でもないと思うんだけど……」
しかし、国内で出張か。海外に行けるのかと少し期待したが、まあ現実そんなものだと思った。
「出張に行くのはかなみだけ? 私は?」
「みあちゃんはお留守番ね。行くのは私とかなみちゃんだけよ」
「それじゃ、みあちゃんのペナルティは無しなんですか!?」
「だから、辞令って言ったじゃないの」
「本当に辞令なんですね……で、出発はいつなんですか?」
「明日よ。泊まりになるから着替えとお金の用意よろしくね」
「どっちも無いのは知ってるくせに……」
かなみは大きくため息をつく。
今かなみには私服と言えるものは数着しかない。
そのため、洗濯代の節約と着替えの時間を惜しむ目的で、制服で出社している。
とっておきの私服を用意するべきか、それともいつもどおりの制服でいくべきか、かなみは悩んだ。
お金はいくら持って行こうか……それは考えるだけ無駄なことはよくわかっているだけにそっちの方に気を取られた。
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