第13話 調査! 少女に課せられし謎への探求 (Aパート)

「かなみ、あんた今日非番?」

「え、お仕事はもう無いけど」

「だったら、今日付き合いなさい」

「え、えぇ、いいけど」

「だったら、早く出るわよ」

 かなみはみあに連れられるまま、オフィスを出る。

「かなみさん……?」

 既に仕事を終えていた翠華は、これからかなみを誘おうかと構えていたのだが、不意に現れたみあに取られて呆然とデスクに座り込む。

「ウシシ、これはまずいぜ」

「まずいって何が?」

「ウシシ、最近お前さんアプローチを怠っているからな。」

「あ、ああ、アプローチ?」

「その間にみあ嬢は確実にかなみ嬢を食事に誘って確実に点数を稼いでたぜ」

「そ、そんなッ!?」

 翠華は両膝をつく。

 薄々感じていた。最近、かなみと会話が少なかったり、みあと一緒に見かけることが多かった。

 でも、それでもかなみは自分を尊敬と信頼の気持ちは変わっていない、と思っていた。そう、たかをくくっていた。

「ウシシ、いいのかい?」

「いいって何が?」

「ウシシ、愛しのかなみ嬢をみあ嬢に盗られても?」

「と、盗るって……!?」

「違うのか?」

「ち、違うって……」

「だったら、言い方を変えればいいか。このまま、かなみ嬢とみあ嬢がイチャイチャしててもいいのか!?」

「い、イチャイチャッ!?」

 翠華は顔を真っ赤にして立ち上がる。

 その脳裏には、かなみとみあの二人が急接近して、あることないことの数々が光の速さでよぎっていく。

 それはとても長い時間に思えて、ほんの一瞬であった。しかし、翠華が結論を出すには十分長時間だったといえる。

「ダメ!」

「ウシシ、結論は出たな。後はどうするかだ?」

 翠華の返答はもう決まっていた。



「それで、前頼んだ件なんだけど……」

 みあは喫茶店に入るなり、早速話を切り出す。

「ほへ、ひゃのんだへん?」

 一方のかなみは早速注文してパスタを食べる。

 この喫茶店、店中に『安い! 早い! 旨い!』といったキャッチフレーズのポスターがそこら中に貼ってある。

 そのとおりに、旨く安い料理が注文してから一分と経たずやってくる。オフィスから近いのだが、営業時間が日没前後のため、あまり入ることができなかった。

「早く食べなさい」

 みあは呆れて言う。

 かなみは許しが出たおかげで大手を振ってパスタを食べる。

――看板に偽りなし。

 食べ終えたかなみはそんな感想を抱いた。

 これから頻繁に使わせてもらおうかなと呑気に考えるのであった。

「あんたのスピードも相当ね」

 一分ジャストで食べ終えたかなみに対してみあはこう言う。

 時々、家に上がり込んで夕食の席をともにしているため、彼女の食べっぷりは見慣れているため、こういった馬鹿にした物言いになっている。

 かなみからしてみれば生意気だけど可愛い妹分の素直な感想と受け取っている。

「えへへ」

「褒めてない」

「それで、前頼んでた件って何?」

「忘れたの?」

「うーん……」

「忘れたのね?」

「うん」

 かなみは苦笑いで答える。

「しょうがないわね。ほらこの前の旅行で話したじゃない?」

「あんたが社長の隠し子じゃないかって話?」

「わあッ!?」

 突然テーブルから顔出した千歳にかなみとみあは面食らう。

「あんた、いきなり出て来ないでよ!」

「幽霊はいきなり出てくるのが定石でしょ」

 千歳は得意顔でそう言う。

 千間千歳。緑髪の和服を着た幽霊で、前の旅行の時になんやかんやあって入社することになったのだが、非常勤のアドバイザーということで普段は休憩室とか備品室とかで寝込んでいりして中々働かない。

「ノーギャラだからね」というのが社長の弁。もっとも幽霊にお金とかそういうものを持っても仕方ない気はするが。

「びっくりするでしょ、まったく心臓に悪いわね」

「だって、最近は私を見ても『こんにちは』って普通に挨拶するだけじゃない。たまには幽霊として怖がらせないと存在意義が無くなるでしょ!」

「いや、そんなことどうでもいいし。っていうか、かなみあんた、千歳が幽霊なのに平気なの?」

「千歳さんは幽霊である前に魔法少女だから怖くない!」

「かなみちゃん、嬉しいこと言ってくれるじゃない!」

 千歳ははしゃいで飛び回る。

「それでいいのか、幽霊の存在意義って?」

「私は幽霊である前に魔法少女だから!」

「ドヤ顔でそんなこと言われるとムカツク」

「まあまあ、二人とも」

 険悪になりそうなところをかなみが仲裁する。

「それで話戻すけど、あんたは何か知ってるの?」

 みあは千歳に訊く。

 相談役っぽい立ち位置の彼女ならあるみから何か聞いてないかと思ってのことだ。

「いいえ、私は何も知らないわ」

「何か隠していない?」

「隠していないわ。第一そんな面白おかしいネタがあったらとっくに社長をゆすってるわよ」

「たしかに」

「え、みあちゃん、それで納得するの?」

 実は物凄く気が合うんじゃないかとかなみは思うのであった。

「ということはやっぱり、自分で調べるしか無いか」

「みあちゃんの香典は私がもらってもいいよね?」

「縁起でもないことすんな! というか、死んでからも借金返済に利用するとか冒涜にも程があるわ!」

「まずい! 幽霊で魔法少女な私の立場が!?」

「だから、縁起でもないこと言うな! あんたが言うとシャレにならんし!」

「まあ、冗談はこれぐらいにして」

 やれやれといった具合に千歳は両手を広げる。

「あんたら、本気だったでしょ」

「でも、みあちゃんの生命を心配してるのは本当だよ」

「それは確かにありうるわね。だから、かなみに身代わりになってもらおうかと思って」

「え、ちょっと待って! それじゃ私の生命が!」

「大丈夫、あんたの生命保険で借金完済できるから」

 みあは天使の笑顔で悪魔の囁きを言い放つ。

「そんな完済、嫌だよ!」

「しかし、今はそれがもっとも手っ取り早い完済の仕方だな」

「あんたは黙ってなさい!」

 肩に乗ったマニィをかなみは振り払う。

「さっすが、マニィ! 突っ込まれ方を心得てやがる、ハァハァ!」

「あんたもね」

「でも、どうやって調べるつもりなの?」

 千歳が興味津々にみあに訊く。

「そりゃ、もちろん尾行に決まってるでしょ」

「尾行?」

「なるほどね。正攻法じゃ、あの社長は教えてくれないだろうし」

「それだけに命懸けになるだろうけどね」

 みあは真剣な面持ちで言う。

「それを私にやってもらうつもりだったの」

「報酬ははずむから」

「嫌よ! いくら積まれても嫌だよ!」

「大丈夫、あんただけに任せないから!」

「任せないって?」

「私も一緒に行くから」

「え? ホント?」

 それはつまり、一連託生というわけか。

「みあちゃん、死ぬ時は一緒ってことだよ!」

「だから、縁起でもないこと言うな!」

「でも、みあちゃんの家でおいしいご飯また食べたいから死ねないね」

「それも縁起悪いっていうのよ!」

 みあは盛大に頭を抱えて反論する。

 かなみにはなんでこんなことまで縁起が悪いって言われるのかわからなかった。

「と、ともかくお礼はちゃんとするから! あんたもちゃんと協力しなさい!」

「最初からそう言ってくれればよかったのに……みあちゃん、素直じゃないんだから」

「あんたが余計な脱線をさせるからよ」

 それはみあも同じだろ、とこの場にいる者は思った。

「いい、今日は二人で社長をつける。ちゃんと最後まで付き合ってもらうわよ!」

「うん、一緒に頑張ろう!」




 ところで社長をつける相談をしていたかなみとみあをつけまわしていた翠華は、喫茶店で入った時点で見失っていた。

 この幽霊で騒ぎ立ててくれたおかげであっさり見つけることができた。

(かなみさん、どこに行っても目立つわね)

 それだけ魅力的なんだと思う。

 その魅力を引き出しているのがみあなんじゃないかと思うと少し気が気ではいられないのも事実だが。

(かなみさんに相応しいのは……相応しいのは……)

 私だ、と心の中でさえはっきり言えないのがもどかしい。

「みあちゃん、死ぬ時は一緒ってことだよ!」

「――!」

 突然、舞い込んできたかなみの一言に翠華は一瞬顔面を殴りつけられたかのようにぐらつく。

(え? えッ!? かなみさん、それって、つまり、その……告白ッ!?)

 ふらつく頭で必死に考えた結果、導き出された答えがそれだった。

(そんなわけない……そんなはずない……でも、まさか……!)

 ありえないと思っていても、ありえるんじゃないかと思ってしまう。

「最初からそう言ってくれればよかったのに……みあちゃん、素直じゃないんだから」

「あんたが余計な脱線をさせるからよ」

 翠華はますます困惑する。

(え、それじゃ告白はみあちゃんの方から!?)

 それならある程度納得がいく。いや、納得してはいけない。

 してしまえば、かなみはみあにオーケーの返事を出してしまったということになるからだ

「ちゃんと最後まで付き合ってもらうわよ!」

「うん、一緒に頑張ろう!」

 そんなやり取りをして、二人は店を出て行く。

 考えていることをやめて、自分の世界に没頭している翠華に気づくこと無く。



「ここ、私が払っとくから」

「え、そんなダメよ小学生のみあちゃんにおごってもらうなんて!」

「いつも夕飯たかってるあんたの台詞とは思えないわね」

「決めるところを決めなくちゃ!」

「それで所持金は?」

「……二百二十五円」

 かなみは財布を開いてみて愕然とする。

「うわあ……」

 これで払えるのはせいぜい食後のコーヒーぐらいなもので、みあは憐れみの表情を向ける。

「ご、ごめん……みあちゃん……」

「素直にならなくちゃいけないのはどっちなんだか……」

 みあはため息を付いてポケットからカードを出す。

 そして、そのままレジへと進み、会計をすませる。

「ありがとうございました」

 店員さんの優しい一礼を受けて、二人は店を出る。

「すごいすごいみあちゃん! そのカード、何なの? なんか黒くてかっこいいデザインだけど!」

「ブラックカードっていうのよ。見たこと無いの?」

「え……っ?」

 かなみは絶句する。

「ぶ、ブラックって!? あの幻の!? っていうか本当にあるものなの、それって?!」

「本物よ。ちゃんと会計できたでしょ」

「それって小学生の持ち物じゃないよね? みあちゃん、一体どうしたの?」

「親父からもらった」

「もらった!?」

「これでお小遣いが足りなくなったら、これを使いなさいって」

「使いなさいって……」

 改めて住む世界が違うのだとかなみは実感する。

 というか、みあのお小遣いが足りなくなる状況ってありうるのか。もちろん、みあが持っているお小遣いが一般的な小学生とくらべて文字通り桁違いだというのもあるが、それ以上にそのお金を遠慮無く使って豪遊するみあの姿を想像できない。

「これさえあればかなみの借金なんて一秒足らずで完済できるわよ」

「みあちゃん、私に一秒だけそのカード貸して」

「あんた、勘違いしてるみたいだけど、それ私があんたの借金を肩代わりするだけになるんだけどそれでいいの」

「え、そうなの?」

「まったく……」

 みあは呆れてしまう。

「説明が面倒だから省くわ。とにかくあんたがこれを使ったら絶対に後悔するから」

「え、どういうこと……?」

「世の中、知らない方がいいことだってあるのよ」

「みあちゃん、時々大人だよね……」

「わ、私は大人なのよ!」

「そういうところは子供で可愛いのよ」

「……!」

 みあは頬を赤らめる。

「さ、早く行くわよ!」

 話題を無理矢理打ち切るために怒鳴る。

「行くってどこへ?」

「社長のところよ」

「社長って今どこにいるの?」

 さっきまであるみはオフィスにいなかった。ということはまた外回りに出ているのだろう。

「行きつけのカフェよ。なんかそこで取引するみたいなのよ」

「どうやって調べたの?」

「かくれんぼとか得意だからね」

「みあちゃん、ちっちゃいからどこでも隠れられるものね」

「あ、あんたにちっちゃいとか言われたくないわよ!」

「え~どうして?」

「もういい!」

 みあは道路に向かって手を振る。

「タクシー!」

「えぇッ!?」

 みあはタクシーを止めたのだ。

「さ、行くわよ!」

「で、でも……」

 かなみはためらった。

 何しろ、かなみの所持金は二百二十五円しかないのだ。もし、払えといえば年齢的な立場からして払わなければならないという責任感があるのだが、払うことは一切できない。

「あんたの雀の涙は期待してないから安心しなさい!」

「うぅ、本当に涙でそうだよ」

 本気で涙ぐみながらもかなみはみあと共にタクシーに乗り込む。

 行き先をみあが指定する。

 目的地は思いの外、近かった。

 これなら歩いてもよかったんじゃないかとかなみは思ったが、口にしなかった。

 支払いはもちろんカードで済ませて、そそくさと降りて、すぐ近くのビルに入る。

「音をたてないようにね」

 ビルの階段を駆け上がる。

 このビルの中にカフェがあるのだろうけど

 何もここから静かにしなくても気づかれないのではと思うのだが、相手はあるみなのだから、用心してもしすぎることはないだろうとすぐに思い直した。

 三階まで上がるとカフェの看板が見える。

 厳かに密やかにオープンしているこの店はどこか隠れ家のような雰囲気を感じる。

 アニメやドラマでよく見る秘密の会談を行うシチュエーションにはもってこいだとかなみは思った。

「――いたわ」

 奥の方にあるみは座っていた。

 二人とも、その姿を発見すると心臓が飛び上がりそうなほど緊張が走り、即座に近くの座席に座る。そこからあるみに見つからないよう、観察する。

「何か注文した方がいいかもね」

「みあちゃん……」

 かなみは申し訳なさそうに肩を縮こませる。

「わかってるわよ。ここも私が払っとくから」

「ありがとう、このお礼はいつか絶対にするよ」

「……期待しないでおくわ」

 二人はコーヒー二杯を注文する。

「ところで、社長って本当にコーヒー好きだよね?」

「オフィスでも毎日コーヒー必ず飲んでるわね。しかも物凄く濃いやつ」

「苦くてとてもじゃないけど一口でやめたけどね」

 かなみはそのことを思い出し、若干苦い顔をする。

「ああいうのって、大人になったら飲めるようになるものなのかな?」

「いや、無理でしょ。だって飲んでる社長は大人じゃなくて魔法少女なんだから関係無さそうだし」

「ああ、そういうことね。やっぱりみあちゃん、よくわかってるね。親子だから?」

「ちゃ、茶化さないでよ……! 第一まだ決まったわけじゃないんだから!」

 みあは慌ててごまかす。

「みあちゃん? もしかして、社長がお母さんだったらいいのになって思ってるんじゃない?」

「――!」

「私さ、最近思うんだよね。――お母さんがいてほしいなって、おかしな話しよね? 借金押し付けていなくなったってのに、顔を見たくないって思っていたんだけど……ちょっと前から会いたいって思って、一度そう思い始めたらだんだん強くなってね」

「…………あんたの身の上話なんて聞き飽きたわよ。でも、その気持ちはわからなくもない」

 みあは沈んだ顔で答える。

「あんたに言われてからさ。社長が本当に母さんだったらって考えるようになって……母さんってこんな感じなのかなって思っちゃってさ、それでさ本当なのか、ただの私の勘違いなんじゃないかって……色々気になりだして……気になったのよ!」

「それでいてもたってもいられなくなったんだね」

 みあはコクンと頷く。

「第一、私は母さんの顔知らないし……」

「え……?」

「どういう人かは親父がたまに話してくれるけど……たまのたまにだから、よくわからないし……」

「写真とかは?」

「残ってない……親父、そういうの興味なかったみたいだし……」

「ああ、そうなんだ……」

 かなみは少し想像できない話だった。

 母は奔放で父とよく家を出て行ったため、母と顔を合わせる機会は他の家庭と極端に少ないものの、それでも母の顔を忘れるなんてことはありえない。

 少ないからこそ顔は鮮明に記憶に残っているし、ちゃんと写真も数枚ある。

 どんな顔かもわかるし、どんな人間なのかもわかっている。

 母がどういった人間か思い出すことすらも許されない。だからこそ、みあは母親については想像することしかできない。もっとも手近にいる大人の女性であるあるみにその想像が重なるのは自然なことのように思える。

 そして、もし本当にあるみが母親だったら……って考えに行き着いて行動に移すまで時間がかからなかったのだろう。

「……あ!」

「どうしたの、みあちゃん?」

 かなみはみあの視線を追う。

 するとあるみの席に大人の女性がやってくる。

 挨拶の一礼してから、対面の席に座る。

「だれかな……商談相手かしら?」

「あいつ……!」

「知ってるの?」

「……親父の秘書」

「秘書!?」

 意外な人物が出てきた。

「たまにうちに来たりして、妙に馴れ馴れしいと思ってる奴なの」

「じゃ、みあちゃんのお姉さんみたいな感じなのかな?」

「……冗談」

 みあはへそを曲げる。




「我が社の案件リストです」

「ありがとう。いつもわざわざ面倒なことね」

 社長秘書から差し出された封筒をあるみは受け取る。

「いえ、これも仕事ですから」

「仕事ね……メールで送った方が断然楽なのに」

「いえ、社長はこういった古風な手渡し方を好んでおりますので……今回も直接手渡したかったと口惜しんでおりました」

 秘書は若干苦笑いで言う。

「まったくあの社長らしいわ……でも、私はそういうのの方が好きだわ」

「似たもの同士ですからね」

「同類って言ってもいいわ。あの人とはどうも他人の気がしなくてね」

 あるみと秘書はお互い微笑みを交わす。

「じっくり話したいけど、忙しいでしょ?」

「ええ、本当は経営にも力を入れて欲しいですのが……」

「それよりも開発に夢中なのよね。とことん男の子なもんだから」

「まったく、そうなんですよ。そちらと同じように」

「私もとことん魔法少女だからね」

 あるみは臆面も無く堂々と言い張る。

「本当に他人の気がしませんね。そちらの部長にも同情します」

「あら? そういうことだったら今度会わせてあげてもいいわよ」

「そうですね、同類同士気が合うかもしれません」

「はあ、これでようやくあいつにも春が来るのかと思うと感慨深いわね」

「ご、ご冗談を……!」

「ま、それは冗談だけどね……」

「人の悪さも社長そっくりです」

「私も社長だからね」

 秘書はため息をつく。

「ところで、みあちゃんのことなんですが……」

「ああ、あの子ね。元気でやってるわよ」

「最近、よく友達を招いてるとは聞いていますが」

「うん、まあ友達というか、後輩というか、姉貴分というか、飼い犬というか……」

「複雑なんですね」

「いえ、単純に仕事仲間といったところね」

「はあ、複雑なんですね」

「本人達見れば単純なんだけどね。オフィスまで連れて行ければいいんだけど」

「いえ、そういう時間もないので」

「じゃ、それはまた別の機会で。今度は社長と一緒にね、あんた達も結構お似合いだと思うから」

「ご、ご冗談はやめてください」

「じゃ、やめとく」

 あるみはそう言って封筒を持って、席を立つ。




「二人共出て行ったわね」

「そうみたいね」

「追うわよ」

「どっちを?」

「あるみの方に決まってるでしょ」

 店を出て行った二人を見ながら、まだ続くのかとかなみはため息をつく。

 正直二人が出て行く時にバレないかヒヤヒヤして心臓に悪いことこの上ない。本当にバレたときは社長のあのマジカルドライバーで心臓を引きずり出されるんじゃないかと気で気がいられない。

 しかし、最後まで付き合うと言った手前行かなければならない。

 本当にとんでもないこと引き受けてしまったのだ、と今更ながらにかなみは思った。

 コーヒー二杯分の勘定をみあに任せて、自分はあるみを追う。

 ビルを降りる頃にはみあも追い付いてた。

「あるみは?」

「あっちの方に」

 スーツケースを片手に、またどこかへ向かっていくあるみの背中が見えた。

「いい? 絶対に見つからないようつけるからね!」

「う、うん……」

 二人は抜き足差し足忍び足でゆっくりとあるみを追う。




(二人共、仲がいいわね)

 更に二人を追う翠華は羨望の眼差しで見つめていた。

 結局、気になってそのままタクシーに乗り込んでビルの喫茶店まで夢中になって追いかけてきた。

 なにしてるんだろうってどうしようもないことしているという自覚はあったけど、それ以上に悩みと気になる気持ちが勝ってしまったからどうしようもない。

 自分だってかなみと仲がいいという自覚はある。しかし、みあとどっちがいいのかと訊かれたら自信は無く、むしろ旗色が悪いと認めざるをえない。

 何が違うのかな……? 年齢、家柄、家族構成、学校……挙げだしたらキリがない。同じ女の子というぐらいしか共通点は見いだせない。

(どうしたら、あんなにも仲がよくなれるんだろう……?)

 みあに直接訊いた方がいいかもしれない。

 そう考えても、翠華はみあとそんなに仲がいいわけでなかったことを思い出す。かなみが来る前まではろくに会話もしたことがない。でも、かなみはそんなみあとあっさり仲が良くなって、こうして内緒でお茶までするようになっている。

 自分は……仕事上することはあったけど、あそこまで親密になったことはない気がする。

 はあ~……今度、勇気を振り絞って誘ってみようかな

 優しいかなみのことだから喜んで受けてくれるだろうけど、もし万が一にも断れたりしたら……

「勇気出していっちゃえばいいのに」

「きゃあッ!?」

 不意に目の前に現れた浮遊霊に翠華は驚き、尻餅をつきそうになる。

「いい反応ね、幽霊冥利に尽きるわ」

「だったら、成仏してもいいんですよ」

「うーん、せめてその前に一人ぐらいびっくりさせて心臓麻痺で道連れにしたいわね」

 冗談なのだろうが。もし、本気でそんなことを考えているならある意味、悪の組織より質が悪いかもしれないと翠華は思った。

「そんな未練を抱えていたんですか……」

「さしずめ、かなみちゃんあたりがちょうどいいかもしれないと思うけど、どうかしら?」

「絶対、そんなことさせません!」

「よかった、元気はちゃんとあるみたいね」

「からかったんですか?」

「それはあなたの解釈に任せるわ」

「じゃあ、からかわれていたんですね……」

「あなたの中で私はどういうキャラになっているのかしら?」

「そんなことはどうでもいいです。私に何か用ですか?」

「おっと、私相手には強気よね。かなみちゃんにもその強気で押し倒しちゃえばいいのに」

「そ、そんなこと、できるわけないじゃないですか……!」

「だったら、みあちゃんから奪い取るぐらいの気概を見せなさい」

「……奪い取る?」

「そう、ぼやぼやしてるとみあちゃんが独り占めしちゃいそうだしね」

「な、何の話ですか?」

「え、そういう話じゃなかったの?」

「どういう話ですか?」

「そういう話のつもりだったけど、まあ見当違いなら別にいいか」

「ひ、一人で納得しないでください!」

「自己完結は幽霊の特権だからね」

「めんどくさい……」

 思わず、翠華はぼやいた。

「まあ、そんことはどうだっていいわ。早くしないと行っちゃうわよ」

「行っちゃうって?」

「かなみちゃんとみあちゃんよ」

 その先にいるあるみのことなどわからないままに翠華は追いかけた。二人を気づかれないよう、見失わないようにゆっくりと。

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