第12話 訪問! 魔法少女と親しき悪にも礼儀あり? (Bパート)

 異様に高いテンションで踊り回って受付にテンホーはやってくる。

「やっぱりあんただったか!」

 うんざりと後悔の想いにかられつつかなみは言い返す。

「私は悪運の愛人・テンホー!」

「そんなの知ってるわ!」

「せっかくのオフィススタイルなんだから決めさせなさいよ」

「どこがオフィススタイルなのよ!? いつもと変わらないじゃない!」

「わからないかしら?」

 クイッとメガネのツルを直す。

「ひょっとして、その……」

「メガネがオフィススタイル?」

「他に何があるっていうの?」

 何も無い。

「メガネってオフィススタイルなの?」

 かなみはボソリとみあに訊く。

「私に訊かないでよ」

「確かにデスクワークだとメガネは必要だけど」

「あのテンホーがデスクワークですか?」

「それはないんじゃない」

 三人はコソコソと喋る。

「あのね、あんた達……私はヒソヒソとコソコソするのは好きだけど、される方は大っ嫌いなんだけど!」

 ビキビキと青筋を立てて、テンホーは睨みつける。

「趣味が悪いのね」

「悪者なのだから、悪趣味こそ美徳なのよ」

 納得いくようだが、理解できない信念であった。

「それじゃ、せっかくわざわざノコノコやってきてくれたあんた達をこの私が案内してあげるわ」

「凄い上から目線ね。来客なんだからもっと丁寧な応対してみなさいよ」

 上から目線ならみあも負けていないと、かなみと翠華は思った。

「これでも十分丁寧よ。文句あるなら他の幹部を呼びなさい」

「それは勘弁してもらいたいわね」

 他の幹部って言ったら、やたらノリが良いが話はついていけないカンセーとそもそも生理的に受け付けないスーシーの二人なため、どちらが案内役にしても頭が痛いだけ。

「じゃあ、ありがたく私の案内を堪能しなさい」

 かなみ達は顔を合わせる。

 罠かもしれないけど、せっかく幹部が案内役を買って出てくれるのだがらあえて乗った方がいい。それが三人の見解であった。

「それでは、魔法少女三人ごあんなーい」

 清楚なオフィスに似つかわしくないハイテンションで踊り回りながら、エレベーターに入る。

「それでは八階にあがりまーす!」

 エレベーターガールのごとく上がる階を大きな声で告げる。

(なんか時代錯誤……?)

 かなみは思った。なんだか一昔前どころではないような雰囲気を彼女から感じた。

 しかし、エレベーターで上がっていくと沈黙は続く。

「十八階……」

 みあはボソリと呟く。

 その数字はエレベーターに表示されている一番高い階であった。つまり、このビルは十八階建てということなのか。それは少ないのか、多いのか。はたまた凄いのか、凄くないのか。

(うちの六倍……?)

 よくわからないかなみはなどといった単純計算しかできないのであった。


ピンポーン


 エレベータは八階に着く。

 降りてみると、そこは窓は無く高い階に上がった感じはまったくしない。

「秘密主義なのね」

 かなみの率直な感想であった。

「秘密と悪巧みがうちのモットーだからね」

「嫌な社訓ね、吐き気がする」

 みあも正直な感想を言う。

「そっちよりはまともだと思うけどね」

「どっちもどっち、というわけね」

 翠華の一言にかなみは心の中で納得する。

「まあそういうことでいいわ。さ、こっちよ」

 どうやら事を構えること無く、本当に案内役に徹しようとしている。そんな印象を今回のテンホーは受ける。

 もっとも、彼女はきまぐれなので、いつ戦いに転ぶかわからない。その上、ここは敵地なのだから気が抜けるはずがない。

「ここが我が大凶課のオフィスよ!」

「なんて名前の課よ!?」

 聞くだけで不吉にまみれた、なんとも悪の秘密結社らしい部署名であった。

「私の異名忘れた?」

「悪運の愛人」

「憶えてくれて嬉しいわ、愛してるわよ」

 即答したかなみは即座に後悔する。

「あんた、本当に妙なヤツに気に入られるわね」

 みあは感心しながらも呆れていた。

「寒気がするんだけど……」

 当のかなみはため息しか出ないほど憂鬱であった。

 そして、その裏で激しいほど動揺している年長者の存在があった。

「さて、こっちよ。早くついてきなさい」

 そんなことなど全く気にせずテンホーは先に行ってしまう。

「なんていうか、マイペースね。――絶対、仲良くできそうにないわ」

「翠華さん、やる気満々ですね」

「やる気、ね……殺る気の間違いでしょ」

 しかし、翠華がやる気だと面倒役は全て彼女が担ってくれそうだから、みあにとっては喜ばしいことであった。

 大凶課……不吉極まりない表札の部屋に入る。

「翠華さん……大丈夫でしょうか?」

 入った途端に、かなみは不安に駆られる。

「だ、大丈夫よ。星占い、今日の運勢よかったから!」

「でも、大凶ですよ! 金運とか最悪になったりしませんかね!?」

「――恋愛運もね」

 みあの不意の一言で翠華はギクッとビクつかせる。

「も、問題無いから……!」

「どうしよう、こんなことで翠華さんが彼氏と別れるようになったら!」

「かなみさん……!」

 かなみの善意を受けて、翠華は泣きたい気分になった。

――恋愛運が最悪というだけで別れるような彼氏がいたら、さっさと別れるわよ!

 と声を大にして言いたかった。

「そうだ! 私達も大吉課を作りましょう! そうすれば大凶も怖くありませんから!」

「あんたの身の上だとどう転んでも小吉がいいところだから無理よ」

「うーん、それもそうね! って、みあちゃん、酷いよその発言!」

「あ、もう、いいから。かなみさん、ありがとう。こんなことで別れるようならとっくに別れるから大丈夫よ」

「翠華さん……さすがです!」

 かなみは全力で憧れの眼差しを翠華に向ける。

 その純粋さに、翠華は罪悪感に苛まれる。

――なんで、私って彼氏がいないのに彼氏がいることにした方がかなみさんから好かれるんだろう?

「さっさと入りなさい!」

 そんな中、しびれを切らしたテンホーが怒声を上げる。

 というか、十秒足らずも待てないテンホーも大概短気であった。

「仕方ないから、行きましょ。大凶なんて大丈夫だから」

 翠華は言い聞かせながら先頭切って入る。

――かなみさんの好感度が上がるなら、多少の不幸なんて怖くないわ!

 そんな打算があっても、かなみの目には純粋にかっこよく見えた。

「――!」

 みあはそんな二人を見て置いてけぼりを食らったかのような不快感を抱く。

「なんなのよ、もう!」

 それを上手く言葉にできず、ただ後を追うことしかできなかった。

 そんなこんなあって入った部屋は大凶というネガティブな名前の部署なのだが、パッと見明るく魔法少女のオフィスと何ら変わりないように見える。

 違いがあるとすれば、そこにいる人間。スーツを着た大人の男女数人がデスクでパソコンをタイプしたり、ファイルの資料を整理して仕事に励んでいる。

 まあ、オフィスなんだから大人がいてもおかしくないか。とかなみはその違いをすんなり受け入れる。

「あの人達はなにしてるの?」

「会社なんだから仕事に決まってるじゃない」

 テンホーは当たり前に答える。

「会社ってここ秘密結社でしょ!?」

「秘密結社って言ったって、働かざるもの食うべからずモットーなのよ」

「そういうものなの?」

「そういうものよ」

 テンホーはそれがさも常識のように答える。そのせいで、かなみにもそうだと錯覚しそうになった。

「それでどんな仕事をしてるの?」

 翠華は警戒しつつも問いかける。

 悪の秘密結社なら仕事の姿勢は普通であったも、内容は普通であるはずがない。この普通を装ったオフィスでどんなおぞましいことがされているのか、緊張しつつも訊いた。

「そりゃ、大凶課なんだから不吉なことに決まってるでしょ?」

「――!」

その答えにかなみ達は警戒を強める。即座に戦闘に入れるぐらい強く。

「ひとまず、神社のおみくじに大凶をいっぱい入れるとかね」

「は?」

 思わず、素っ頓狂な声を上げてしまう。

「あと星占いで山羊座とかひつじ座とかを最下位にしておくとか、血液型占いでAB型だけ悪い結果に情報操作しておくとか面白いじゃない」

「しょ、しょうもな……!」

 みあは呆れて思わず呆然としてしまう

「お、お、おそろしい」

「は?」

「じゃあ、私の金運が最悪なのはこいつらのせいなのね!」

「あんた、占いじゃなくて現実でそうなんだから諦めなさいよ」

「フフフ、効果てきめんというわけね」

 かなみとみあのやりとりを見て、テンホーは満足気に笑う。

「かなみさん、そう動揺していたら敵の思う壺よ」

「はい……」

 翠華に注意されて反省する。

「さて、応接室でゆっくり話しましょうか」

「応接室まであるんだ」

 かなみ達は感心しながらオフィスを通り抜けて応接室に案内される。

 入った応接室は、思わず目移りしてしまうほど立派な作りであった。ホコリ一つ無い清掃が行き届いた部屋に、高級そうなソファー社長でももてなすために作られたかのような立派なものであった。

「す、すご……!」

「これぐらい普通なんじゃない」

 みあは特に何の感慨もなくソファーに座り込む。社長令嬢だけあって、こういうところは場馴れしているのだろうか。

 かなみと翠華もそれに習って座り込む。

「ぶてぶてしいその態度、気に入ったわ」

 テンホーは機嫌よく、ソファーに思いっきり飛び込んで座る。高級ソファーもこうなっては台無しである。

「さて、話は本題に入りましょうか」

「本題?」

「妖刀の事よ」

「ああ、そうでした」

 あまりにも驚きの連続だったから忘れかけていたかなみであった。

 思い出したことで封筒から写真を取り出す。

「こんなもの、どっから手に入れてきたのよ」

 テンホーは写真を手にとってぼやく。

「噂だとそっちにはとんでもない情報屋らしいけど、そいつからなのかしら?」

「そ、それは……!」

「あなたに教える義理は無いわ」

 翠華がかなみに代わって答える。

「そう、企業秘密だものね。こっちにだってとっておきの情報屋の秘密があるからね」

「それを言ったら秘密にならないと思うけど」

 みあの一言で一瞬の沈黙が流れる。

「うん、そこに気づくとはさすがね」

 しかし、テンホーは動じずに笑顔で答える。

「ごまかしてる……!」

「まあ、お互い秘密があるってことでいいじゃないの、フフフ」

「それで、その法具の妖刀を渡してもらいたいんだけど」

「そこで素直に渡すと思っているのかしら?」

「思っていないけど、一応言ってみただけよ」

「じゃあ、私も一応言わせてもらうわ。欲しけりゃ力づくで奪いな!」

 テンホーは不敵に宣戦布告する。

「………………」

「………………」

 にらみ合いの沈黙が続く。


パン!


 いきなり、テンホーは思いっきり叩く。

「と、まあいつものごとく戦いになったら、せっかくのオフィスが台無しになってしまうからね」

「私達としては望むところなんだけど」

 かなみ達はコインを取り出して臨戦態勢に入る。

「そうなったら、修繕費の請求はそっちにいくことなるけどね」

 かなみは一気に血の気が引く。

「あ、悪の秘密結社なのに法的手段なんて通じるわけ無いでしょ!」

「どんな理屈かは言えないけど、法律だけで請求書の行き先が決まるってわけじゃないのよ。復讐・報復・逆襲……そういうのが大好きなのよ、ウチは」

「い、一体、どういう理屈なのよ!」

「理屈じゃないの、そういう仕組みなのよ」

「くうう……」

 かなみは悔しさのあまり、歯ぎしりしてにらみつける。

「フフフ、あなたに修繕費が払えるかしら?」

 テンホーは嗜虐に満ちた笑みで見下してくる。


ドン!


 かなみはテーブルを叩く。

「問題ないわ! だって翠華さんが責任とってくれるから!」

「ええッ!?」

 ここで翠華に責任問題が来るなんて完全に予想外であった。

 まあ、前に責任はちゃんととるって宣言したのだから、仕方無いわけでもあるが。

「みあちゃん、だって財力あるから請求書なんて怖くないんだから!」

「なんで、私も巻き込まれるわけ!?」

 確かにみあの家が本気を出せばビルの一棟ぐらい買い取れそうだから、無茶苦茶ではあるが理に適っていると言える。

「さあ、覚悟を決めなさい!」

 かなみを思い切って啖呵を切る。

「フフフ……!」

 テンホーは顔を伏せて、笑いをこらえる。

 しかし、その我慢はすぐに限界が来たのか、思いっきり立ち上がる。

「アハハハハハハハッハハハ、ハハハハッハハハハハッ!!」

 そして、腹の底から笑う。

 かなみ達からすればそれは狂気に満ちた好意に思え、警戒心を一層強めた。

「何がそんなにおかしいの?」

「ハハハハ、いえ、敵地でこれだけ威勢良く出来たら上出来だよ! 面白い、面白いよあんた!」

「ああ、元からおかしかったわね」

「そういうこと♪ まともなヤツが悪党になれるかってのよ! そういった意味じゃ、あんたも十分素質があると思うんだけどね!」

「ないない! 絶対無いから! あったとしてもお断りだよ!」

「いいわね、その無駄に高潔で意固地なプライド! へし折りたくてたまらないわ!!」

 ひとしきり笑い終わって、テンホーは落ち着いて敵意に満ちた目で見据える。

「いいわ、そこまで覚悟が出来ているなら、こっちだって考えがあるわ」

 その一言で、思わずかなみ達は身構える。

「真っ向から叩き伏せてやるわ、完膚無きまでにね!

 ついてきなさい。ここでは戦わないわ。『請求書が怖くて本気で戦えなかった』なんて敗北の言い訳は用意させてあげないわ」

 テンホーはオフィスを出て、再びエレベーターに入る。

 沈黙の数秒間が続く。テンホーは敵意をむき出しにしており、真っ向から勝負すると宣言したとはいえ、ここは悪の秘密結社の根城いつ不意打ちでどんな衝撃がやってくるのか予想がつかない。

 さっき上がってきたときよりも、緊張感が桁違いである。ちなみにこのエレベーターは今降りている真っ最中だ。

「どこに連れて行くつもりなの?」

「戦う場所よ。こんなごく普通のオフィスビルで魔法を全開にして戦えないでしょ」

「ごく普通?」

 確かに見た目はごく普通のオフィスなのだが、やっていることは胡散臭いことこの上ないため、素直に頷けない。

 四、三、ニ……と徐々にエレベーターが降りていく。

 そして、一階と表示されてもまだエレベーターは降り続ける。つまり、地下に降りていくわけだ。エレベーターの表示だと地下は六階まである。

「悪は地下にもぐる」

 みあはボソリと呟く。

 確かに、悪の秘密基地というと、地上より地下に作られているイメージが強い。

 こんな高層ビルより、地下に恐ろしい前線基地が築かれていると言われた方がよっぽど納得がいく。

 このエレベーターが降りた先に何があるか。

 地下ならさっきみたいなごく普通のオフィスなんてことはありえないだろう。

 降りた途端に怪人の大群が押し寄せてくるなんて事も有り得る。

「かなみさん!」

「はい、わかっています」

 いきなり怪人が襲ってきても大丈夫なようにすぐに変身できるよう心の準備はしておく。

 そんな短いやりとりを翠華とかなみをした。

 気持ちが通じあっていると翠華は素直に嬉しく感じたが、緊張感は解かないよう注意した。

 B1、B2、B3……と降りていく。

 どこまで降りるのか? ひょっとしたら、六階まで降りるかもしれない。あるいはそれ以上のもっと下。悪の秘密結社なのだか、今の表示が信用できない。

 地の底まで降りるのか。地獄まで続いているんじゃないか。


ツゥン!


 とてつもなく長く感じられたエレーベーターの降下が今終わった。

 『B4階』と表示されており、扉が開く。

 そこには地上のそれと変わらない廊下であり、窓から陽の光が無いため薄暗い感じはするが、これまた普通の廊下であった。

 テンホーが降りたのに続いてかなみ達はテンホーの後をついていく。

 廊下を右に左に曲がっていく。たまに、部屋の扉があるが表札が無いため何の部屋かはわからない。

「さあ、この部屋に入りなさい」

 言われるままにかなみ達は入る。

 入った先にあったのは、真っ白で何もないだだっ広い空間であった。

 高さも広さも体育館並みで器具さえあればサッカーやバスケも十分にある。どうみてもここだけであの高層ビルの敷地以上はある。


バタ!


 かなみ達が部屋の光景に見とれている一瞬の間に、入ってきたドアが勢い良く閉じられる。

「閉じ込められた!?」

「やっぱり罠だったのね!」

「ええい、こうなったら強行突破よ!」


ドーン、バタ!


 三人が変身しようとしたその時、向かい側の端から扉が開けられる音がする。

 そして、入ってきたのは人間であった。

 というよりも、怪人のそれに近い雰囲気を放つ人間であった。

『ああ、聞こえてるかしら、魔法少女の諸君?』

 その疑問に答えを出す前に、テンホーの声がスピーカーから大音量で流される。

「聞こえてるわよ、バカでかい声ね」

 思わず耳を塞いで、みあは悪態をつく。

『宣言通り、真っ向勝負であんた達を叩き伏せてやるわ。そこの怪人を倒したら、ご所望の妖刀はあげるわ。負けたら生命は無いけどね』

「勝ってもタダで帰してもらえそうにないけど」

 翠華が反論する。

 確かに、あの怪人に勝ったとしてもおとなしく帰してくれる保証は無い。

『信用は無いのはわかってるわよ。でも、言ったでしょ? そんな言い訳は用意させてあげないって……『罠を警戒して怪人に勝てなかった』って負け惜しみを私は聞きたくないだけよ』

「でも、ここを破壊したらどうせ修理費を請求してくるんでしょ?」

『その心配も必要ないわ。そこはね、私達が怪人の実戦テストに使う実験場なのよ。ちょっとやそっとの魔法でぶっ壊れるようなヤワな作りはしていないわ』

「だったら、心配ないわね。翠華さん、みあちゃん、戦いましょ!」

「かなみさん、いいの? 罠かもしれないのよ」

「大丈夫です! 罠だったら罠ごと叩き潰せばいいんです!」

 かなみは力強く言う。

「まったく、あんたは呆れるほど前向きね……でも、嫌いじゃないわ」

「そうね、これじゃかなみさんにまとめ役がやってくれた方がよかったかしら?」

「え、いえいえ、私なんてとてもじゃないけど無理ですよ!」

『さ、御託はもういいから始めましょうか! こっちはとっくにもうスタンバってるんだから!』

「よおし、派手に暴れてやるわ!」

「請求書の心配が無くなった途端、超強気になったわね」

「かなみさん、らしいけどね」

 となんやかんや言いながらも、コインを宙に舞わせる。

『マジカルワークス!』

 三色の光に包まれて、黄・青・赤三色の魔法少女が閃光とともに登場する。

「愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!」

「青百合の戦士、魔法少女スイカ推参!」

「勇気と遊戯の勇士、魔法少女ミア登場!」

 三人の名乗りを上げたところで、怪人は魔力を開放する。

 その姿は時代劇さながらの和服を着た侍そのものであった。


カチ!


 腰に差した日本刀の柄を手にして、鞘から抜刀して構える。

『そいつの妖刀怪人・辻斬丸つじぎりまるよ』

「妖刀?」

「それじゃ、あれが写真の妖刀なのね!」

「だったら、話は早いわ!」

 スイカはレイピアを構える。

「接近戦は私に任せて! カナミさんとミアちゃんは援護を!」

「了解! しっかりやりなさいよ!」

 ミアの返事を聞くやいなや、スイカは一気に敵の懐まで飛び込む。

「先手必勝! ストリッシャーモード!」

 二刀のレイピアで一気に突き出す!


キィン!


 目にも留まらぬ高速の連続突きを辻斬丸は全て叩き伏せた。

「――! 全部、弾かれた!」

「嘘、なんて速さなの!?」

 カナミ達は驚愕する。

 スイカの今の攻撃はカナミ達三人の中でも最速を誇るモノだ。

 それをいとも簡単に防いだということは、それ以上の攻撃速度を敵は持っているということになる。

「スピードじゃ勝機はない!」

 スイカは思わず後ずさる。

「だったら、絡め手でいくわよ!」

 ミアとカナミが横に回りこんでそれぞれヨーヨーと魔法弾を繰り出す。

「スイカ、ボサッとしていないの!」

「え、ええ!」

 ミアに促されてスイカも仕掛ける。

 再び二刀のレイピアを突き出す。

 さすがにこれらの一斉攻撃は防げないだろう。

 右にヨーヨー、正面にレイピア、左に魔法弾……そして背後は壁。逃げ場所は無い。

 これで一気に勝負は決まった。


ドゥン


 そう思ったのだが、敵を突いたスイカはその感触の違和感に気づく。

「――これは!?」

 突き刺したのは怪人ではなく、なんと丸太であった!

「変わり身の術!?」

「ええ、忍者!? なんで忍術使うのよ!?」

 ミアは絶叫する。

「あいつ、サムライでしょ! ニンジャじゃないでしょ!」

「もしかして、辻斬丸の丸って丸太って意味なの?」

「そんなアホな!?」

『フフフ、よくぞ見抜いたわね! さすが私達が見込んだだけのことはあるわ!』

「マジで!」

「お嬢、ナイスツッコミ&リアクションだぜ」

 グッジョブと言わんばかりにミアの肩に乗ったホミィは親指を立てる。

「ああ、なんでもいいわ! で、敵はどこなのよ!?」

 ミアは辺りを見渡す。

 変わり身の術で偽物と入れ替わったのなら、本物はどこに行ったのか。

「ミアちゃん!」

 カナミが叫んだ。

 それは彼女に危険が迫っていることをいち早く察知できたからだ。

 だが、それも間に合わず、ミアのヨーヨーの糸が断ち切られる。

「きゃあッ!?」

 そして、ミアの両肩を斬り刻まれた。

「……斬り捨て御免」

 辻斬丸はそう言って、刀を鞘へ収める。

「よくもミアちゃんを!」

 カナミは魔法弾を乱射する。

「逃げ場の無い手数の攻撃なら、前のカミキリみたいに倒せただろうけど」

 マニィの不安を煽る言葉に呼応するかのように、辻斬丸は魔法弾を全て斬って伏せる。

「数撃てば威力はその分落ちる」

「かといって、威力を振り絞って撃てばかわされる」

 踏み込みと変わり身の速さから、マニィとスイカは冷静に分析する。

「ああ、もうどうやって戦えばいいのよ!」

「落ち着いて、カナミさん。熱くなったら見えるチャンスも見落としてしまうわ」

「は、はい! でも、チャンスって何ですか?」

「さっき、カナミさんが撃った魔法弾の痕を見て気がつかない?」

「え?」

「あれだけ撃ったのに、壁には傷ひとつついていないわ」

「あ……!」

 確かにそうだった。数撃ったため、威力は控えめだったがそれでもコンクリートの壁でもヒビを入れることはできる。それが焦げ跡すら残らないまったくの無傷だということは、かなり頑丈であるということだ。

「この壁は鉄やコンクリートよりよっぽど固いってことよ。敵でも簡単に壊せるものじゃないことは利用できるわ」

「つまり、どういうことですか?」

「わからないの!」

 肩を抱えて、じれったいカナミに代わってミアが説明する

「壁際に追い詰めるのよ! いくらなんでも神殺砲をまともに受けたら無事じゃすまないでしょ!」

「ああ、そっか!」

「私とミアちゃんで、あいつを壁際に追い詰めるからカナミさんは神殺砲の準備を!」

「わかりました!」

「ミアちゃん!」

「私に命令しないで! わかってるわよ!」

 スイカとミアは辻斬丸へと突撃する。

「よ、よおし、神殺砲の準備だー!」

 カナミは気合を入れて、魔力をステッキへと充填する。

 初めは一分以上かかったこの攻撃も、特訓と実戦の甲斐あって今では十秒足らずで撃てるようになってきた。それでも戦いでは命取りになる長時間であることに変わりない。

 充填している間に、スイカとミアが辻斬丸を壁際へと追い詰めていく。

 ストリーシャーモードによる連続高速突きと無軌道のヨーヨーの波状攻撃。並の敵ならこれだけでも十分決定打になる攻撃なのだが、辻斬丸はものともせず全てさばいてしまう。

「こいつ、なんて器用なの!」

「それでも確実に後退している! このまま押し切れば!」

 スイカはカナミの方へ一瞬目をやる。

 カナミはもう準備はできている。いつでも発射できそうである。

『辻斬丸! 本命は金髪の魔法少女よ!』

 そこへテンホーの指示が飛ぶ。

――!

 辻斬丸は一気に踏み込み、スイカとミアをかいくぐり、カナミに接近する。

「わあッ!?」

 身の危険を感じたカナミは神殺砲を発射する。


ドォン!!


 鼓膜が破れそうな轟音とともに莫大な魔力の砲弾が辻斬丸は押し寄せる。

 そのまま飲み込んだ。

 と思われたが、真横へ飛んでかわす。

「カナミさん!」

 辻斬丸はその勢いのままに、カナミへと斬りかかる。

「――ッ!?」

 神殺砲を撃った直後で、魔法弾も撃てないままの隙だらけのカナミは確実にやられる。

 スイカとミアの救援も間に合わない。

 接近されたら、対処できない。敵はカナミの弱点をよく知っていた。

『アハハハハハ、勝ったわ!』

 テンホーの高笑いが木霊する。

「うるさい!」

 カナミは大砲からステッキへと変化する。


キィン!!


 衝突する。

 ステッキに相応しくない金属音が鳴り響く。

『なッ!?』

「えッ!?」

「はあッ!?」

 カナミの思わぬ抵抗に敵味方問わず驚愕する。

「仕込みステッキ!」

 ステッキの柄を引き抜いて刃が飛び出て、辻斬丸の刀を防いだ。

「いつまでも、接近戦がダメダメの砲弾しか能が無い魔法少女だと思ったら大間違いよ!」

 辻斬丸の攻撃を防ぎつつ、カナミは吠える。

『な、えッ!? そんなのアリ!?』

 敵は明らかに狼狽していた。

「スイカさん、今です!」

「ええ!」

 カナミの号令を受けて、スイカは背後から仕掛ける。

 辻斬丸の腹を刺し貫く!

「隙だらけよ!」

「私もいるんだから!」

 ミアがヨーヨーで追撃をかける。

 左右から飛び込んできた鉄よりも固いヨーヨーの直撃を受ける。

「でぇいッ! ピンゾロの半!」

 カナミは縦一文字に斬り込む。

 辻斬丸はそれで倒れる。

「どうよ!」

『くぅぅぅ、やるわね! さすが私達が見込んだだけのことはあるわ!』

 歯ぎしりしているのがスピーカ―越しでもわかるくらいテンホーは悔しさをにじませている。

「負け惜しみね、みっともないわね」

「さ、約束よ! 私達が勝ったんだから妖刀を渡しなさい!」

『さっさと持って行きなさい。そいつが持っているのが目的の妖刀よ』

「ええッ!?」

「それじゃ、さっきまで斬り合っていたその刀が!」

「どうしましょう、スイカさん! 思いっきりやっちゃったから、刃こぼれとかしてませんよね!?」

「だ、大丈夫よ。責任は私にもあるんだから」

「っていうか、あんたの方がよっぽど激しく斬りあってたわよね?」

「え、ええ、そうね……」

 スイカはそう言いながら辻斬丸の日本刀を拾う。

「ひとまず、回収完了ね」

「あとはどうやって帰るか、ですね」

「おとなしく帰してくれそうにないけど……」


パカ!


 ミアがそう言うとこの部屋のドアが急に開かれる。

『さっさと帰りなさい。目的のモノは手に入ったんでしょ!』

「帰っていいわけ?」

『当然でしょ。真っ向勝負で負けたんだからリベンジは次の機会よ!』

「おとなしく、帰してくれるみたいね」

「変なところで律儀な秘密結社ね」

 ミアは呆れるしかできなかった。

 結局、その後はエレベーターに乗っておとなしく入口からビルを出て行った。

「それにしても、高価そうな刀よね?」

「わざわざ取りに行かせるような法具なんだから凄いモノなんでしょ」

「これはボーナスに期待できそうね、かなみさん?」

「はい! 久しぶりに臨時ボーナス、いただきです!」



「って、ボーナス無しってなんでですかッ!?」

 かなみはあるみへ猛烈に抗議する。

「いえ、誰もボーナスを出すなんて言ってないから」

「ええ、ちゃんと妖刀を回収したのにですか?」

「あれは来羽の依頼だから」

「じゃあ、来羽さんにせがみます!」

「あ~、それはダメ」

「どうしてですか?」

「来羽にはもう調査料だしてるから、これ以上請求するとこっちが搾り取られるわよ」

「そ、そうなんですか?」

「あの娘だけは敵に回したくないからね」

「う、うぅ……!」

「わかったんなら、おとなしく引き下がりなさい。それと新しい仕事よ」

 あるみは肩のマニィへ封筒を渡す。

「あの妖刀って結局なんだったんですか?」

「ああ、あれね。元々は何の力もない刀だったのよ。ただ人をたくさん斬ってしまったことで怨讐がより集まって法具となってしまった」

「たくさん斬った……? 怨讐?」

 かなみは思わず身震いする。

「形がどうであれ、人の想いが集積すればどんなものでも法具になる。あれはそのいい例よ」

「……法具って、悪いモノなんですか?」

「それは使い方次第よ。何なら、これを今回のボーナスにしてもいいけどね」

 あるみはそう言って、日本刀を見せる。

「え、えぇッ!? なんで社長が!?」

「言ったでしょ、元々はただの刀だって。来羽に渡しても二束三文だから譲り受けたのよ」

「だ、だからってなんでそんな物騒なものを!?」

「インテリに使えるかなって思って」

「そんなもん飾ってるのは武家屋敷かヤクザぐらいなもんでしょ! 仕事いってきまーす!」

 かなみは一目散にオフィスへ出て行く。

「まったく、しょうがない怖がりさんね」

 あるみはそんな彼女を微笑ましく見守る。

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