第12話 訪問! 魔法少女と親しき悪にも礼儀あり? (Aパート)
「それじゃ、かなみちゃんからの見解を教えてもらうわ」
あるみから指揮棒で刺される。
かなみは思わずドキッとする。授業で先生にいきなり指名された時の感覚に近いのだが、プレッシャーは桁違いである。
「え、えぇっと?」
「なんでもいいわ、正直に言って」
「正直に、ですか?」
「ええ」
あるみはニコリと笑う。とても上機嫌なので何を言っても許してくれそうな雰囲気である。
「それじゃ、正直に言います」
かなみはプレッシャーに負けること無く意を決して言う。
「デタラメだと思います、胡散臭すぎます」
「あ~やっぱり、そうなるかー」
不満いっぱいのため息をつく。なんでも言っていいといってからの返答がこれである。
「もっと、こう面白い意見とかないわけ? せっかくの会議なんだから」
「っていっても、こんな中華テーブルじゃマジメにしろっていうのもどうかと思うんだけどね」
鯖戸が苦言を呈する。
今かなみ達が座っているのは中華料理屋でよく見かける円卓。とはいっても、そこに料理が並べられているでけではなく単にあるみが会議用のテーブルは無いか、この株式会社『魔法少女』のあるビルの備品倉庫を漁った結果見つかったのがこれだったらしい。ちなみにわざわざホワイトボードや指揮棒まで引っ張り出してくるという徹底ぶりである。当然、こんなものを置けるスペースはオフィスには無い。そのため、あるみがわざわざデスクを一人でオフィスの隅に追い遣って、円卓とホワイトボードを中央に置いた。
そんな無茶苦茶なことをしたものだから、出社したかなみ達はオフィスの唐突な変わり様に面食らった。ちなみに、かなみはもしからしたら、ここで「中華のフルコースが振舞われるもの」とわずかばかり期待していた。
というわけで、かなみ・翠華・みあの順に出社して、入るやいなや口々に「なんなのこれ!?」と驚きの声を上げ、最後にみあが席についたことで会議は始まった。
議題は『スーシーからの名刺』だ。
「先日の社員旅行で、かなみちゃんがネガサイドの幹部スーシーから名刺をもらった件ね」
鯖戸がもっともらしく透明スリーブに入れておいた名刺を提示する。
「解析班の結果によると、魔力のこもったインクで印字されているということがわかった。まあ、普通の人間には見えない仕組みになっているらしい」
「って、ちょっと待って! 解析班って何よ? 初耳なんだけど……!」
「ああ、かなみちゃんは知らなかったのね」
あるみがそう言うと後の肩から猿のマスコットが黙々と上がってくる。
「………………」
その猿は黙り込んだまま、目は閉じたように伏せている。立ったまま、寝ているんじゃないかとさえ思える。
「この子はサキィ」
「初顔ね。その子が解析班なの?」
「ええ、この子は必要な時以外、一言も喋らないのよ。いわゆる”見ざる、聞かざる、言わざる”ってやつなのよね」
「まるで置き物みたいですね」
「そうそう、インテリアにはちょうどいいのよ」
「猿とインテリアって結びつかないわね」
みあは首を傾げる。
「まあ、ともかく喋る能力チカラが無い代わりにこの子には分析と魔力検知の能力チカラがあるのよ」
「なんだか寂しいですね」
普段はやかましいマニィなのだが、まったく喋らなくなったらそれはそれで寂しいかなと感じるかなみであった。
「僕からしてみればこれ以上やかましいのも勘弁して貰いたいけどね」
鯖戸がぼやく。
「それはいいんですけど、サキィに解析させてどんな結果が出たんですか?」
翠華はごく自然に会議の流れを戻す。
「っと、そうね。サキィ、もう一度解析結果を」
あるみがそう声をかけると、サキィが目を開く。
「聞かざるなのに声が聞こえるんですか?」
「まあ、マスターであるあるみの声は特別だからね」
サキィはその見開いた目で名刺を凝視する。
「解析開始……」
機械のような抑揚の無い声でサキィはそう言った。
「喋った!?」
「必要とあればサキィは私の言う事ちゃんと聞いてくれるし、何を見たか言ってくれるわ」
「それなら、あんたよりかはいいかもね」
必要な時しか喋らないのなら、余計な事ばかり言ってくるマニィと比較せずにはいられないかなみであった。
「僕は必要な時しか喋らないよ」
「それが余計だっていうの」
「楽しそうでいいわね」
翠華は少々羨ましげに言う。
「解析完了」
そうこうしている内にサキィの解析が終わる。時間にして数秒足らずであった。
「四方、縦5.1センチメートル、横8.9センチメートルの紙片より……魔力、微量、検知……
形状、言語・日本語における文字形成を確認……
魔力の指向性、”魔力保有者のみの視認可能”……
以上」
そう言い終えるとサキィは目を閉じて、固く口も閉じる。
「ど、どういう意味なんですか?」
あまりにも機械的に語られたため、日本語で解説してくれるのにも関わらず、まるで遠い国の言葉のように聞こえてしまった。
「つまり、この名刺から魔力を少しだけ検知したってことだよ」
「そんなんわかってるわ!」
みあはすかさず突っ込みを入れる。
「サキィが言ったのはこういうことだよ。その魔力の元はその書かれている文字ということだ」
「文字で魔法を書いたってことですか?」
「そう、さながら魔法のインクだよ」
「魔法って本当になんでも出来るんですね」
改めてかなみはその便利さを思い知る。特に最近だと未来まで視ることができるだけじゃなく、視た未来の通りになるようにする魔法まで見せられたのだから。
「なんでも出来るってわけじゃない。人間の出来ることしか出来ないのよ」
あるみはすかさず返す。その表情はいつになく真剣で、かなみ達は思わず言葉を失う。
「魔法にだって限界があるわ。魔法のインクだってね、所詮はインクでしかないんだし」
「とはいっても、このインクの効力はサキィによると”魔力を持っている人間にしか見えない”ってわけだけど」
「それって、私達だけ見えるってことですか?」
翠華が訊く。確かに魔力を持っている人間ということは、普通の人間じゃないというニュアンスが込められているように感じられる。
「そうでもないわよ。魔力なんて誰にでも持ちうるモノなんだから」
その考えをあるみが否定する。
「そもそも、魔力っていうのはね。目に見えないし、さわることもできない、でもどこにでもある空気みたいなものなのよ。それに指向性……つまり、私達の想いというチカラが加わると様々なモノに変化するって仕組みよ」
「へえ、そうだったんですか」
いつも便利に使っているから、魔法や魔力についてあまり深く考えたことの無いかなみであった。
「まあ、魔力はどこにでもあるって言ったけど、普段は私達でも感じることのできない微弱なレベルでしかないわ。まあ、細菌とか微生物とかそんな小さなレベルだと思えばいいわ」
「その例えはあまり好ましくないから、微粒子レベルと言わせてもらうよ」
「変なところでこだわるわね、仔馬。まあいいけど」
あるみはホワイトボードに書き込みながら説明を続ける。
「魔力は人の想いに触れることで、集束して色々なモノに変化するわ。人間の願望に合わせてね。私達の場合、それは魔法少女としての戦うチカラね。その魔力を自在に魔法として扱える人間は私達みたいに限られているわ」
「どんな人間が魔力を魔法として使えるか……生まれ持った素養、家系、生まれ育った環境、境遇、精神状態……まあ、色々考えられる要素はあるけど、決定的な根拠には乏しいのが現状だけど」
「かなみの場合は借金とボーナスがそれになるってわけね」
「みあちゃん、ひどいよ!」
だが、それは事実であった。かなみもそれがわかっているからあえて否定はしなかった。
「とまあ、かなみちゃんみたいに何かのきっかけで魔力を使って魔法に目覚める人間だっているってことよ」
「じゃあ、普通の人もきっかけさえあれば魔法が使えて、魔法少女になる可能性があるってわけですか」
「ええ、そうよ。仔馬だってきっかけさえあれば魔法少女に変身なんてことになるんだからね」
「そ、それはやめてほしいですけどね」
翠華は引き攣った笑顔を浮かべて言う。
「まったくもって同感だ」
鯖戸は頭を抱える。
「まあ、そのきっかけが何なのかはその人にもよるけどね」
あるみはテーブルの名刺を持ってかなみ達に見せる。
「話を戻すと、この名刺の”魔力を持っている人間しか見えない”魔法のインクは、要するに私達には普通に見える文字なんだけど、普通の人間にとっては、きっかけが無ければ見えないただの白紙に見える。逆に言えば、きっかけさえあれば誰にでも見える文字なのよ」
「えぇーと、つまりどういうことなんですか?」
かなみは首を傾げる。
魔力についてはわかってきたけど、あるみの言う『普通の人間』や『きっかけ』についてはどういうことなのかわかりかねているところなのだ。
「さっきも言ったけど魔力を魔法として扱える人間は限られている。
でも、魔力は誰もが持っているものよ。『法具』だってそう、人の想いが積み重ねっていくことで魔力を帯びる。人の想いが強ければ、その想いは魔力になるのよ」
「つまり、強い想いにかられたとき、人は魔法を使うとまではいかないけど魔力を持つことになるんだ」
「要するになんか『うおおお』とか『うわああ』とかなったときの人は魔力を持っているってことなのね」
声や仕草で強い想いを表現しようとするみあ。
「みあちゃん、可愛い」
「う、うるさいわね! 話の腰を折らないでよ!」
しかし、みあの顔は赤かった。その様子を見て翠華はちょっとした対抗心が芽生えた。
「気持ちが大きく揺れている時に魔力を持つようになって、この文字が見えるようになるのよ」
「でも、気持ちが大きく揺れてる時ってどういう時なんですか?」
「いいときよりもろくでもないときの方が精神状態の場合が多いわね……特に嫌な時とかに発生しやすわ、失恋とか失業とか不幸とか借金とか貧乏とか金欠とか」
そして、視線はかなみに集中する。
「なんで私みるの!? っていうか後半の私に対する嫌味ですよね!?」
「たまたまよ」
あるみはあっさり答える。こういう場合、本当に嫌味なのかただの失言なのかわからない。
「でも、そんな人達に名刺を配って何が目的なのよ? さっぱり意味わかんない」
みあが真っ先に疑問の声を上げる。
「それはわからないわ」
「この名刺を受け取ってネガサイドの入社資格の確認でもしてるってことなのかもしれないわね」
翠華が推測を立てる。
「つまり、かなみにはネガサイドの入社資格が十分あるってわけね」
そして、あるみが結論を言う。
「ええッ!?」
かなみは文字が見えるし、さっきろくでもない精神状況に立たされている時が多いのはこの場にいる誰もが認めるところだ。
それはかなみにはこの会社ではなく、ネガサイド側につく可能性があるんじゃないかと思えてしまう。
「な、なんで……」
かなみからしたら酷く心外な言われようだが、言い返せない。ある程度本当のことだからと心の中では認めてしまっているからだ。
「でもま、今こうしてこっちにいるんだからいいじゃない」
あるみが救いの声を差し伸べてくれる。
「え?」
「資格があったって、入るかどうか決めるのは自分だし。どっちにいようが後悔が無いならそれでいいわよ」
「そ、そうね……私はこっちに来たこと後悔してないから」
おかげでかなみはわずかばかり回復する。
「まあ、敵に回ったら私が容赦しないけどね」
その一言でかなみは心底こっち側にいてよかったと思った。
「でも、どうしてそんなものを私によこしてきたのかしら?」
「まあ、勧誘でしょうね」
あるみは驚くほどあっさりと答える。
「それだけですか?」
「他に細かい理由はあるかもしれないけど、つまるところはそういうことじゃない?」
「あるいは従業員としてのプライドとかあるかもしれないわね」
「社長の言いたいことはわかりますけど、私は違うと思いますよ」
あるみに真正面から反論するなんてかなみは凄いと翠華は思いながら、うっとりするのであった。
「違っていたら、まあそれはそれでいいんだけどね」
「そんないい加減な……」
「そういうこと考えるのは仔馬の役目だから」
「そこで僕に振るのか」
鯖戸はやれやれと言った具合に一息つく。しかし、その様子は仕方無いながらもしっかりと引き受けているように見える。
「で、その部長の考えは何なんですか?」
「かなみの勧誘だろうね」
三人揃って椅子から転げ落ちそうになる。
「部長も同じなの?」
「少なくとも現時点ではそういうことになります。ですから、現地調査の必要があると判断しています」
「現地調査?」
「罠だってこともありうるのに、ですか?」
翠華が言う『罠』の可能性はみんな考えていた。
わざわざ住所を向こうから教えてくるマヌケな悪の秘密結社はいない。住所から割り出して乗り込んだところで罠にはめる。それが悪の秘密結社らしいやり方に思える。
「虎穴に入らずんば虎児を得ず、って言うしね」
「本当に虎の子がいるのなら、ですが」
「そのために、今日まで議題にしなかったんだろ、あるみ?」
「その通り」
あるみはピキンと指を鳴らす。
「はいはい。気づいてたなら早く呼んで欲しかったわ」
「来羽さん!?」
そう言って来羽が入ってくる。
「出るタイミング見かねてたから助け舟出してあげたのよ」
「泥船じゃないの」
「とか言いつつ、いつも乗っかったくせに」
あるみはイタズラ少年のような楽しげな笑みを浮かべ、来羽も笑顔でそれに答える。
「久しぶりのオフィスなのに、随分変わった模様替えね」
「あ、あの……来羽さん、どうしてここに?」
「そろそろあるみが私を必要としているんじゃないかって思ってね」
来羽はニコりと笑って答える。翠華はそれに尊敬の眼差しを向けていたのだが、誰も気づかなかった。
「で来羽、頼んでおいたモノは?」
「そうね。あの名刺の住所は本物だったわ。罠の可能性もあるけど、それだけの価値はあると思うわ」
「そう……じゃあ、決まりね」
「肝心の虎の子だけど、これを奴らに見せれば問題ないわ」
「気が利くわね。って、あんたいつから視ていたの?」
「最初からよ」
来羽はそう言いながら、かなみに封筒を渡す。
「これは?」
「奴らとの交渉材料よ」
「交渉材料? どうしてそれを私に?」
「正式な辞令よ。かなみちゃん達三人はその名刺の住所にあるネガサイドの拠点に乗り込みなさい!」
あるみはビシィとかなみ達を指して、辞令を言い渡す。
「え、ええッ!?」
「なにしてるの、早く行きなさい」
「あ、あの三人って私とみあちゃんも一緒ってことですか?」
「そうよ、文句ある?」
「あってもきかないでしょ」
「そのとおり! 早くいかないとこのテーブルで思いっきり回してやるわよ」
冗談のような無茶苦茶なことを言ってくるが、あるみが言うと全て本気に聞こえるからたまったものではない。
「行ってきます!」
かなみはさっさと二つ返事で立ち上がる。
「しょうがないわね」
「かなみさん、頑張りましょう」
「はい」
三人は揃ってオフィスを出て行く。
「いい娘達ね」
「しごきがいがあって楽しいわよ」
「相変わらずね、あの頃のままで」
「あんたもね。とても同年代には思えないわ」
「あるみが言うと皮肉にしか聞こえないわ」
フフッと笑って来羽はテーブルに着く。
「やれやれ、この三人が揃うと僕だけがおいてかれたような気がするな」
「まあまあ、殿方は加齢とともに魅力が増していくものよ」
「その物腰だとさぞ一流の紳士方に受けが良さそうだね」
「ええ、よく色眼鏡で見られているわよ」
「まあ、それは私もおんなじことだし」
「若作りの宿命だね。その点、僕は立場も見た目もそれなりのやり手に見てもらえるからね」
「自分で言うか、それ」
「事実だから」
「でも、仔馬は十分魅力的よ。貰い手の話の一つや二つはあるでしょ?」
「残念ながら、子供のお守りだけで手一杯だよ」
「まったく、いつまで子供扱いなんだから」
「そりゃなんてたって『魔法少女』だからね」
「そうだったわね」
面倒そうにあるみは来羽に救いを求める。
「屁理屈合戦になったら仔馬に勝てないわよ」
「だよねー口喧嘩だったら負けなしだものね、昔っから」
「君の力技でねじ伏せるのに対抗していたらこうなったんだよ」
「まったく、二人とも意地っ張りなんだから」
三者三様に笑う。
「しかし、来羽」
「何かしら?」
「かなみに渡したブツは一体何なんだ?」
「それはね――」
「ヨウトウ?」
目的地に向かうバスの中で封筒を開いて中を確認したかなみは首をかしげた。
「ヨウトウって、あの妖しい刀って書く、あの妖刀?」
「その妖刀みたいなんだけど」
かなみは中身の写真を見せる。
それは、鞘に収められた日本刀である。その刀身は見えないため、どうにも胡散臭い感じはする。せいぜいかなみ達の主観だと時代劇やドラマで飾りで見た程度のモノとしか認識できていない。
「親父のコレクションにこういうのもあったわね」
「みあちゃんのお父さん、日本刀持ってるの?」
「ええ、日本刀だけじゃなくてサーベルとかスピアとか甲冑もね」
「金持ちの道楽ってやつね」
かなみは羨ましげに言う。
「一度見てみたいわね」
翠華は純粋に興味を示す。
「翠華さん、そういうの好きなんですか?」
「え、ほら、私の武器、レイピアでしょ? 戦いの参考になるかと思って」
「勉強熱心ですね」
「そう?」
「その理屈で言うと、かなみは念仏とか法力とか身につけた方がいいんじゃないかしら?」
「確かに私は錫杖をイメージしたステッキだしね。じゃあ、みあちゃんは何するの?」
「え、えぇ、私は!?」
みあはまさか自分がこの話題を振られるとは思わなかった。
しかも、とっさに思いついたことは絶対に言いたくないことだったからなおのこと焦った。
「みあちゃんは、ヨーヨーだからおもちゃ関係? じゃあ、お人形さんとかどうかしら?」
「翠華さん、それよりいいモノがあります」
「……え?」
かなみのいいモノに不穏な気配を感じずに入られないみあ。
「ズバリ、特撮です!」
「え、ちょ!? なんでそうなるのよ!」
「だって、みあちゃんそういうの好きでしょ?」
「す、すすす、好きって、そそ、そんなわけないでしょ!」
「じゃあ、この前部屋にあった『高速戦士ナイトドライバー』とか『ガジェット少年テム』とかのDVDボックスは何なの?」
「なッ!?」
「部屋に、あった……?」
翠華は理解できない、信じられないといった面持ちで首を傾げる。
「あ、あれはね……! うちの会社がスポンサーしてるから、送られてくるから、しょうがなく保管してるのよ!」
「へえ、みあちゃんの会社っていろんなアニメのスポンサーやってるんだね」
「そ、そうなのよ!」
「だから部屋にはアニメのおもちゃやお人形がいっぱいなんだね!」
「ぶぶッ!? なんで知ってるの、あんた!?」
「入る部屋間違えたら、おもちゃがいっぱいの部屋みつけちゃって!」
「人の家、勝手に探索するなー!」
みあは顔を真赤にして窓際にかなみを押し出す。
「部屋って……? どういうことなの……?」
「あ、ご、誤解しないでよ! かなみは時々あたしんちにご飯食べにくるからそれで部屋に入ったりなんかしちゃだけで!」
「ああ、そういうことなのね……」
翠華はみあを見つめる。その顔は全然納得していない。
「みあちゃんちは三ツ星シェフのお手製だからとっても美味しいんだよ」
「……三ツ星……お手製……わ、私だって……!」
翠華はあたふたしながらうわ言のように呟く。
「どうしたんですか、翠華さん?」
「か、かなみさんは、私とそのみあちゃんの家の料理……ど、ど、どっちが好きなの?」
「え、ええ……えぇっっと……そ、そんなの比べられませんよ」
かなみは目を泳がせて答える。それは傍から見てもはっきりとわかる誤魔化した仕草であった。当然、翠華も感じ取っていた。
「いいのよ、かなみさん! 私に気を遣わないで、正直に言って!」
「え、ええ……!?」
かなみは弱り果てた。しかし、正直に言って欲しいって言っているのだから、と意を決す。
「じゃあ、みあちゃんちのシェフの方がおいしいです……」
「やっぱり……」
翠華はガクッと肩を落とす。
「ああ、でも、翠華さんの方が手作りだから食べやすくて、私は好きですよ!」
慌ててフォローを入れる。
「この女、メンドくさ……」
一部始終見ていたみあはボソリと呟く。
バスを降りてから、しばらく歩く。
地図を頼りに、名刺に書かれた住所を探していく。
「ほんとに、こっちであってるの?」
「そんな事言ったって、私こっちの道初めてだからわかんないよ」
「こっちよ」
翠華は迷いなく指をさして、自ら示した方へ進む。
「前に仕事で来たことがあるから大丈夫よ」
「さすが翠華さん! 頼りになります!」
「ああ、かなみ。そういうことは無闇に言わない方がいいよ」
「どうして?」
「頼りにすると余計なプレッシャーがかかって失敗するものよ」
「そうなんだ。でも翠華さんなら大丈夫だよ」
「だってさ」
「わ、私なら、だだ、大丈夫よ。ところでみあちゃん、地図貸してくれる?」
こんな調子で大丈夫かとみあはため息をつく。
とはいえ、一度来たことあるため、曲がりなりにも土地勘がある翠華のおかげでなんとか迷わず名刺の住所まで辿り着くことが出来た。
「このビルでいいと思うけど」
「はーあー!」
かなみはあんぐりと口を開けて、その高層ビルを見上げる。
「フツーのビルね」
「立派ね」
「相当儲かってるのね」
三者三様の反応であった。
「悪の秘密結社なんだから、もっともっとゴテゴテした見かけだおしかと思ったのに」
「いや、みあちゃん。これは多分カムフラージュしてるから中身は結構凶悪だよ」
「まだここがネガサイドの根城だって決まったわけじゃないわ」
「でも、来羽さんが本物だって言ってるですから間違いないですよ」
「かなみさん、来羽さんのことを信頼してるのね」
これは新たなライバル出現かと翠華は警戒する。
なんとなくだが、彼女には同族の雰囲気が感じられる。
(もしかして、かなみさん。年上好みかしら?)
だったら、私にもチャンスはあるかも! と密かにグッと拳を握り締める翠華であった。
「まあ、社長が信頼してるなら間違いなさそうだけど。でも、本当に私達で大丈夫かしら?」
「大丈夫だよ! 私達三人力を合わせれば、怖いものなしだよ!」
「そうね。いざとなったらあんたの火事場の馬鹿力をあてにさせてもらうわ」
「それはいいけど、ビルを火事にして請求書があなたの元へ送られてくるのだけ注意してね」
「翠華さん! 不吉なこと言わないで下さい!」
しかし、それが毎度のパターンなのだから意識するなという方が無理な話だ。本人はもとより仕事仲間も。
「まあ、とにかく入ってみればわかるわ」
「でも、アポとかとってないでしょ?」
「そういうことは事前にとってあるそうですよ」
かなみは封筒の中にあった用紙を見ながら言う。
「魔法少女の使いですって言えば通じるって書いてありますよ」
「そんなんで通じるの? まあ、本当にネガサイドなら通じそうね」
「ネガサイドじゃなかったらどうするのよ?」
「かなみが恥をかくだけだから大丈夫よ」
「ちょ! そういうことならみあちゃんの方が可愛い小学生のイタズラだと思ってもらえるからいいと思うけど!」
「あたし、可愛くないもん!」
「そういうところが可愛いんだよ!」
「可愛くない!」
「可愛い!」
「かなみちゃんに可愛いって言われたい……言われたい……言われたい……!」
「そこ! 気味の悪いこと呟くな!」
みあが翠華をビシッと指差す。
「え? 私、何か言ってた?」
「翠華さん、何か言ってたんですか?」
「都合のいいところだけ、聞いてない……なんて幸せなヤツ……」
みあは頭を抱える。
入る前からもうかなり疲れて帰りたい気分であった。
一息ついてから、かなみ達三人は高層ビルに入る。
話を続けた結果、翠華がまとめ役として先頭に立つことになった。なんだかんだ言って年長者で頼りになるということから適任だということで意見は一致したのだ。
そんなわけで、鬼が出るか蛇が出るかわからない悪の秘密結社の根城と思われる高層ビルに乗り込む。
自動ドアを抜けて入った先にあった光景は、意外と普通のオフィスビルで、整った清潔感に包まれている。とてもではないが、悪の秘密結社からイメージされるような胡散臭さやおぞましさは感じられない。
普通だ、立派だけど普通、ビルを間違えたかも、と三人は疑念を募らせるがせっかくここまで来たのだからと意を決して正面の受付に歩を進める。
「何か御用ですか?」
受付の女性は丁寧な口調で訊いてくる。
「私達、魔法少女の使いです」
その声を聞くと自然と緊張して強張ってしまったが、それでもからみからしてみれば堂々とした応対に見えた。
それを聞いた女性は営業スマイルを崩して意外そうな顔をして、三人を見る。
それも当たり前の反応であった。もしここがネガサイドの根城ではなく普通のオフィスビルだったら三人の少女が訪ねてくるだけでも珍しいことなのに、それを「何の用か」と問いかけたら、「魔法少女の使いです」というわけのわからない返答が返ってきたのだから対応に困るのは当たり前。かといって、本当にここがネガサイドの根城なら、この言葉は宣戦布告とも受け止められる可能性がある。そうなると、おそらくは末端の構成員にあたるであろう受付の彼女達は敵が真正面から乗り込んできたのだからどう対応していいのかわからずに戸惑うのも頷ける。
――想定していたことよ。
名刺の住所が本当であろうと偽物であろうとどちらにしても受付にそういう対応されるのは翠華には予想がついていた。しかし、わかっていたからといって緊張していないわけではない。
今こうして相手の出方を伺っている間にも、悪い想像ばかりが頭に浮かぶ。
丁寧に応対されて、門前払いで恥をかいただけで終わる。
敵襲かと思われて時代劇さながらに敵が四方八方から現れ、取り囲まれるか。
いきなり床が消えて、アニメのように罠で地下へ落とされる。
考えれば考えるほど悪いことばかりで今すぐにでもこの場から走り去りたいが、表面上は冷静に保てているように見える。それは先輩としての体裁と自分を頼りにしてくれるであろうかなみにかっこ悪いところを見せられない意地の賜物であった。
「少々お待ちください」
女性は簡単にそう答えて内線電話を持ち出す。
「こちら受付です。テンホー様、よろしいですか?」
テンホー、確かに女性はそう言ったのをかなみ達は聞き取った。
そんな名前の人間はそうそういるはずがない。間違い無くここはネガサイドの根城だ、と確信した。
そうなると俄然がぜん警戒心は高まってくる。何しろ敵の根城の真っ只中にいることがはっきりしたのだから。
ガチャン
緊張感高まる中、女性は受話器を置いてかなみ達の方へ目を向ける。さっきと同じ営業スマイルなのだが、彼女が敵側だとわかると逆にその笑顔が怖く感じる。
――まんまと罠にハマリにきたのね。
と内心ほくそ笑んでいるかもしれない。
「まもなくご案内役が来ますので、もう少々お待ち下さい」
「ご案内役って誰ですか?」
「テンホー様です。テンホー様自らもてなしたいと仰っていました」
女性は満面の営業スマイルで答える。
それだけでかなみ達にとってこの人は理解できない人種に思えた。何しろ、テンホーが案内をするということは、彼女がわざわざここへやってくるということなのだ。
露出狂とも思える肌の出した派手派手しい格好とおよそ常人には理解できない言動と思考回路、それを思い出しただけでも緊張と憂鬱がこみ上げてくる。しかし、この女性はそうは思っていないように見える。だからこそ、彼女は考えが違う人間なんだと思えてしまう。
まだ、これからやってくるテンホーという女性がネガサイドの幹部ではなく同じ名前の別人という可能性はあるにはあるのだが。
その可能性は数秒後に消えることになる。
「ようこそおいでませ! 魔法少女の方々!」
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