第11話 邂逅? いつかの未来で出会った魔法少女 (Bパート)

 メガネをクイッとたてて、彼女は言った。

 それがあまりにも自然なことだったため、かなみの耳に入ってきたため理解が遅れた。

「未来?」

「未来が視えるのよ、私の眼は。私の魔法でね」

「え、ええ?」

「驚くわよね、それがどれだけありえないことか。私でもよく理解してるつもりよ」

「え、いえ、そういうわけではなく……来羽さんも魔法が使えるんですか?」

「魔法少女だからね」

「あるみ社長と同じ?」

「ええ、あの娘ほど戦えないし、戦うこともないけどね」

 そう言った来羽はとても落ち着いていて、あるみとは同年代なのだろうけど、大人の印象をかなみは受けた。

「こんなおばさんが魔法少女だったらおかしいわよね?」

 来羽は自嘲気味に言う。

 自分のことをおばさんと言っているけど、それほどの年齢には思えなかった。ただあるみとまた違う年上の女性という印象なので、『少女』というには違和感はあるのは確かなことだが。

「いえ、そんなことありませんよ」

「そう言ってくれて嬉しいんだけど、私の場合どっちかっていうと魔女って言いたいんだけどね、あるみが許してくれないのよ」

 来羽は懐かしそうに言う。

「社長、そういうのこだわりそうですものね」

「そうね、そこがいいところなんだけどね。一度言い出したら聞かないところとか」

 来羽はさっきまで大人びた外見から一転して子供のようにはしゃいでいるように感じた。

 それこそ少女と呼ぶに相応しいぐらいの若々しさはあるように見える。

「社長とは友達なんですか?」

「ええ、昔からのね。

――あるみになら殺されてもいいわ」

「え?」

 不意に来羽がはなった発言にかなみは凍りつく。

「久しぶりに会いたくなったわ。この後、送るってことで会わせてもらえないかしら?」

「そ、それは別にいいと思いますけど……社長あんまりオフィスにはいませんよ」

「そうね……そういう時こそ未来を視て確かめたいけど……」

 かなみは便利だとその時思った。

 未来が視えるならどうしたらいいのかわかるから、どうすればいいかすぐにわかるから色々出来ると希望を思えてしまう。

「そういうことは視ないようにしてるのよ」

「どうしてですか?」

「未来がわかるってね、自分の今を否定されているみたいで嫌なのよね」

「……今の自分、否定?」

 かなみには少し意味のわからないことであった。

「例えばね、私が悪い未来を視たら今がどんなに良くても悪くなるのよ」

「あ……」

「たとえ未来が視えても、良い現在いまが悪くなるならそれは否定なのよ。だから私は未来が嫌いなのよ」

「ネガティブなんですね、来羽さん」

「フフ……正直ね、かなみちゃんは」

 寂しそうに来羽は微笑む。

「いいえ、ポジティブなのね。私が好きな娘よ」

「……ポジティブじゃないとやっていけませんから」

「だからやっていけるのね」

「はい」

「あなたの未来も視てましょうか?」

「……いいんですか? それってタダじゃないんでしょ?」

 さっきのやり取りを見ているとそれはとてつもないお金を要求できるもののように思える。未来が視える、それは事業がうまくいくか確実な情報として経営者なら喉から手が出るほど欲しいものだ。

 当然、そんなものを買えるような財力はかなみには全くない。

「そんなお金を買えるような立派なものじゃないわよ」

「でも、来羽さんはそれで稼いでるんでしょ?」

「ええ、褒められたものじゃないけどね」

「い、いくらなんですか?」

「確かに普通の人が一生、一生懸命働いても稼げないぐらい稼いだわ」

「ふ、普通……」

 かなみには普通以下という劣等感があった。

「それは未来って魔法があるからよ。人の弱みにつけこむ仕事よ」

「でも、嫌な未来を教えてて良い未来にしてあげるって素敵な仕事だと思います」

「本当にかなみちゃんはポジティブね」

「それしか取り柄ありませんから」

「あるみもそうだった」

「え……」

「仲間がいなくなって、お金も無くて、どうにもならなくてもあるみは諦めたりしない。いつも前だけを向いている。そういうところそっくりなのよ」

「……私は、社長ほど強くなれません」

「これから強くなるわ」

 来羽は力強く言ってくれる。

「私の未来を視たんですか?」

「視なくてもわかるわ。これでも人を見る目はある方だから」

「それも魔法なんですか?」

「そうね……誰もが魔法持っているね」

「ロマンチックです」

「そうかしら?」

「さすがあるみ社長の仲間ですね」

「フフ、ありがとう」

 信号が赤になり、車を止める。

 そうすることで話は一段落し、来羽がおもむろにまた話し始める。

「私はこの魔法、大嫌いだったのよ。今でも好きじゃないけどね」

 来羽はメガネをクイッと直す。

「未来は良いモノとは限らない、むしろ悪いモノばっかりが視えてしまう。それでも、」

 次の瞬間、ドンと轟音が鳴り響く。

「えッ!?」

「さて、かなみちゃんに未来を視せてあげるわ!」

 来羽は車を止めて、外へ出る。

「え、ちょっと、来羽さん!」

 かなみはわけもわからずとりあえず追いかける。

 外へ出た先にいたのは、人の姿をした一面ガラス張りのピカピカした怪人であった。

「ネガサイドの怪人!?」

 もはや疑いようもなくネガサイドから差し向けられた怪人であった。

 そうとわかれば戦うのが鉄則なので、かなみは早速変身用のコインを取り出す。

「マジカルワーク!」

 あっという間に黄色を基調としたフリルの華やかな衣装を身に纏った魔法少女カナミが現れる。この辺りの対応はもう手慣れたものである。

「愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上! 世界の平和とボーナスのために悪を撃つわ!」

 カナミは怪人に向かってステッキを突きつけて名乗り口上を宣言する。

「可愛いわね、カナミちゃん。この目にしっかりやきつけておくわ」


――お久しぶりですね、カナミさん。


 頭上から少年の声がする。


ストン


 次の瞬間にトラックほどの巨体を誇るガラス張りの怪人の肩にサスペンダー付きの少年が降り立つ。

「スーシー! あんたの仕業ね!」

「ええ、そろそろ返事が欲しくなってきましたので会いに来ました」

「あんたもしつこいわね! ちゃんときっちり断ったはずよ!」

「ボクの耳には『はい』と『イエス』しか届きませんからね」

「な、生意気な耳してるわね!」

「さて、それでは返事を聞かせてもらいますよ」

 スーシーは芯から人を見下した黒い笑みで語りかける。

「カナミちゃんは誰にも渡さないわ」

 フイッと風を巻き上げ、黒い光が現れた。

「未来へ導く光の御使い魔法少女クルハ招来!」

 黒いカジュアルスーツとネクタイ付きのワイシャツの上をそのままに、ゴシックなヒラヒラのスカートを着込んだ魔法少女クルハがカナミの前に立ち、スーシーへメガネ越しの視線で射抜く。

「君か、随分と久しぶりですね」

 スーシーは忌々しげに言う。

「出来れば、二度と会いたくなかったんだけどね」

「ボクは会いたかったですよ。君ほど魅力的な女性を逃すなんて考えられませんからね」

「あるみが聞いたら喜んであなたを倒しまくるでしょうね」

「あの人は苦手です」

「あるみとあなたじゃ破滅の未来しか見えないからね」

「ごもっともです。未来が視えるあなたが言うと説得力があります」

「だったら、この場は退いてもらえないかしら?」

「ご冗談を。この場にいる魔法少女二人を前にしてタダで帰せるとも帰れるとも思っていません」

「つまり、どっちかがタダじゃすまないってことね!」

「ええ、物分りの良い女の子は大好きですよ」

「私は生意気な子供は大嫌いよ。子供は可愛くなくちゃね」

 そう言って、クルハはチラリとカナミの方を見る。

「可愛げなら十二分あるつもりなんですが」

 フッとスーシーはため息をついて、ガラス張りの怪人から飛び降りる。


ガシャガシャ!


 甲高いガラスを引っ掻いた音とどっしりとした轟く足音が魔法少女達を震え上がらせる。普通の人間なら鼓膜を破って、三半規管が使い物にならなくなるほどであった。

「やりなさい、カガミウラ」

 鏡の怪人が豪腕を振り上げる。

「ていッ!」

 カナミは魔法弾を撃つ。

 だが怪人は事も無げにその魔法弾を弾く。

 振り下ろされた豪腕が道路を割り砕く。その先にいたはずの少女達は左右へと逃れた。

「なんて馬鹿力と硬さなの!? それなら!」

 カナミはすぐに対処を変える。

「図体のでかさでまともな攻撃が効かなそうだから!」

 カナミはステッキを変形させる。

「えい! ちょいと強めの砲弾!」

 さっきよりも数段威力を引き上げた砲弾を撃つ。

「無駄ですよ」

 だが、これもカガミウラは難なく弾く。

「そんな豆鉄砲じゃ傷ひとつつきませんよ」

「くう~馬鹿にして!」

 カナミは歯噛みする。

「こうなったら神殺砲でやってやるわよ!」

 カナミは一気をステッキに注ぎ込む。するとステッキは大砲へと変化し、筒に光が宿る。

「ボーナスキャノン!! いっけぇぇぇッ!!」

 最大出力とはいかないまでも、いつも怪人を倒してきた力強い一撃が発射される。

「そういうの待っていたんですよ」

 しかし、スーシーはそんな一撃を見ておたつくこと無くニヤリと不敵に笑う。


キィン!


 カガミウラのガラス張りの身体にぶつかると爆散することなく、反射する。

「ええッ!?」

 撃ったはずの神殺砲がそのまま返ってきて、カナミは予想外の事態に硬直する。

「危ないッ!」

 クルハがカナミを抱きかかえて、その場から飛び去る。

「あ、ありがとうございます、クルハさん」

「間に合ってよかったわ」

 クルハは笑顔を見せる。

「それにしても、何なんですか?」

「反射よ。あの一面ガラス張りの身体はカガミということになるわね」

「反射……?」

 確かにあの外見からして全身がカガミになって、攻撃を反射させてもおかしくない。

「でも、神殺砲を反射させるなんて」

「敵もそれだけあなたの魔法を危険視しているというわけよ」

「いえいえ、あなたの魔法ほどではありませんよ」

 スーシーはカガミウラの肩に乗り、二人を見下ろして言う。

「もっともあなたの場合、対策のしようがありませんけどね。一応それも織り込み済みですが」

「どう織り込んでいるか興味深いところね。今度じっくり教えてもらうかしら」

 クルハはそう言いながらカガミウラへ相対する。

「――今はこのデカブツを潰しておくから」

 クルハの周囲が歪む。

 テレビの映像がぶつ切りになったかのようなそんな違和感がその空間にあった。

「カナミちゃん、視せてあげる。私の魔法……未来確定をね」

「未来確定?」

 歪みはさらに大きくなる。

 本当にその場にクルハがいて、カガミウラがそこに立っているのかさえも疑わしくなるほど、そこにある存在は映写機に移された大スクリーンの映画のように現実味というか存在感というものが薄れていく。

「ルックフォーチュン……未来は私が視た未来になる!」

 クルハはメガネを外し、未来を視る。

 光を超え、時を超える未来の情報を目の内に取り込むことで瞳は虹色に輝く。

 これから起こるであろうクルハとカガミウラの戦い。

 自分の魔法、戦力……

 カガミウラの機動力、攻撃力、能力……

 それらを駆使して戦うことで、敵の能力を把握する。

 得られた情報から対策を考える。

 未来は一つだけじゃない。

 未来を知ることで、その未来を回避するために行動するだけで簡単に未来は変わる。

 右から攻撃が来て、その攻撃に当たる未来が見えた場合、右からの攻撃を左に避ける。こうするだけで未来は簡単に変えられる。

 だからこそ、一回未来を視ただけでは不十分。一回視たこと変化した未来――右からの攻撃を左に避けた先の未来をも視る。それを繰り返すことで最善の未来を選ぶことができる。

「フィクシス、未来を確定する!」

 クルハの号令とともに光の矢が周囲に降り注ぎ、杭のように宙へ打ち付けられる。

 そうすることでカナミから見えていた違和感が消える。

「未来確定……嫌な魔法です」

「その台詞はもううんざりするほど聞かされたわ」

 「でも、これで最後よ」とクルハは心の中を付け加える。

「未来は無数にあろうとも、一つしかない!」

 無数の不確定要素によって揺らぐ未来を一つへと収束し、固着させる。

 それがクルハの未来確定という魔法である。

 敵を倒す未来が見えたのなら、あとはその未来に従って現在いまを動けばいい。――未来はクルハが視た未来に向かっていくのだから。

 カガミウラの攻撃をかわす。

 右から来る豪腕。上から振り下ろされる拳。拳が叩きつけられたことでせり上がる道路のアスファルトの残骸。

 その全てをことごとくクルハはかわしていく。

 右から来る攻撃を左へ飛び上がり、上からの拳は後へ下がり、飛んでくるアスファルトの残骸は一つも当たること無くかわしていく。

 傍から見ているかなみにはクルハが優雅に無駄なく動いてかわしているように見えるが、クルハからしてみればこれはすでに視ている光景であり、自分が決めた未来に向かってただ動いているだけに過ぎない。

 敵の攻撃が当たることなんてありえない。

 だって、これは魔法によって確定された未来なのだから。

「ローター!」

 クルハの魔法を宣言することによって、幾多の光の矢が出現し弦もなく撃ち出される。

 数十、数百にも光の矢がカガミウラの胸に当たっていく。しかし、光の矢は全て反射させていく。

 しかし、クルハは反射して向かってくる光の矢を一歩も動かず、悠然と見送る。

 クルハは知っているのだ。如何に数十、数百の光の矢を反射させてもこの位置にいれば、当たることはない、と。

 そして、カガミウラの弱点をも無数に分岐した戦いの未来を絶え間なく視続けることで看破していた。

「カガミによる反射で相手の攻撃を正確に跳ね返せるわけじゃない。敵の攻撃の数が多ければ反射の精度は落ちる。そして――!」

 次の瞬間、カガミウラの胸のカガミがバリバリと音を立てて、亀裂が入る。

「繰り返し絶え間なく攻撃を打たれ続けたカガミは脆く、割れやすい!」

――パリン!

 カガミが割れる。

「リューズ!」

 光の矢が収束し、巨大な杭となる。

 それは一直線に敵の心臓を撃ち抜くため放たれる。

 杭によって胸を貫かれ、カガミウラの身体中のカガミというカガミが割れていき、ガラスの雨が降り注ぐ。

「本当に厄介な魔法ですね。ですが、それでもどうにもならないモノもありますよ」

 とっておきの怪人が倒されたというのに、スーシーは相変わらず人を見下した笑みを崩さなかった。

「グフッ!」

 クルハは口から血を吐き出し、胸を抑えて膝をつく。

「クルハさん!」

 カナミは慌てて走り寄る。

「大丈夫ですか!? 何があったんですか?」

「カガミウラの能力である反射は敵から受けたダメージをも反射させるのですよ」

「どういう意味よ!?」

「つまり、カガミウラの胸を貫いた杭のダメージをそのまま彼女に反射させたのです。うちの自慢の怪人を一撃で仕留める威力を胸に受けてタダですむはずがありません」

「そ、そんな……!」

 その話が本当ならクルハはかなりの重傷ということになる。

「わ、わわ、私、どうしたら……!?」

 カナミは慌てふためく。今まで戦いで傷を負う事はあっても生命に関わるほどの事態になったことはない。だが、クルハの出血を視る限り、明らかに急を要する容態であるのは間違いない。

「こうなったのはあなたのせいですよ」

「え?」

 スーシーの放った一言でカナミは硬直する。

「彼女には幾多の未来が視て、その中から未来を選択する魔法が使える。自分は無傷のまま、カガミウラを倒す選択肢はいくらでもあった。あなたさえ見捨てさえすればね」

「そ、そんな、それじゃクルハさんが倒れたのは私のせいだっていうの!?」

「あなたを傷つけないために、あえて自分で倒す未来を彼女は確定させてしまったのです。彼女の魔法は絶対です。あなたの手助けさえ許さない戦い方を選び、そうすることでカガミウラの反射から受けるダメージを一人で引き受けたのです」

「――!」

 カナミは反論できなかった。

 事実としてクルハはカガミウラを貫いた箇所と同じ胸を抑えて倒れている。そんな状態で根拠もなく違うなんて言えない。

 この戦いで自分は何一つ手を貸せず、ただただクルハを傷つけてしまった。その不甲斐なさが自分の悔しさに変わっていく。

「あなたさえ、しっかりしていれば彼女は傷つかずにすんだのですよ」

「くぅ!」

 悔しさのあまり、涙が出てくる。

「――黙りなさい」

 光の矢がスーシーの胸を突き刺す。

「は?」

「それ以上、カナミちゃんを傷つけることを言うとその心臓をえぐり出すわよ」

 クルハは血まみれの胸を抱えながら立ち上がる。

「なんで動けるんですか?」

 スーシーの笑みが硬直したまま、問いかける。

「ただ確定した未来を覚悟しただけのことよ。これから胸を貫かれる痛みを覚悟していれば耐えられないことはないわ!」

「まさかの根性論ですか!?」

「さあ、ここは退きなさい。これ以上やられたくなかったらね」

「フ、フフフッフ……いいでしょう。この貫かれた胸の痛み、よおく憶えておきますよ!」

 粘着質のようなしつこい声で、捨て台詞を残してスーシーはスゥッと消える。

「あ、あの……クルハさん?」

 敵が目の前からいなくなったことで、戦いの緊張が解けると同時にクルハの容態が心配になる。

「あ、ああ、これね、大丈夫よ……無茶苦茶痛いのも、あれで退いてくれるのもわかってたから」

「で、でも……! それって、痛いですむ傷じゃないですよね!?」

 胸からの出血。スーシーが言うように本当に一撃で仕留めたような一撃を反射しているのなら、こうして立って話しているだけでもありえないはず。

 常識的に考えれば119番するべきだ。それでも安心できないほどに重体にも見えるが。

「痛いわよ。痛いから生きているってことなのよ……」

「え、えぇ、え、で、でも、でもでもでも!」

「ひとまず、ここを離れるわ。手当てはその後でも遅くないから」

「え、ええ、はい!」

 暴れまわる怪人がいなくなったことで、人が集まりつつあるこの場に長くとどまっていると面倒事に巻き込まれる。

 クルハの意図を汲み取ってカナミはクルハを抱きかかえてこの場を離れた。



 人の目が無い路地裏で、二人は変身を解いた。

「すーはー」

 来羽は深呼吸して、メガネをかけ直す。

 その胸に血はもう無く、傍目からみるとまったく異常のないカジュアルスーツに見える。

 しかし、だからといって安心できるというわけではない。

「あ、あの……」

「ん、大丈夫よ」

 来羽は心配させないために先に言っておく。

「でも、凄い血でしたよ」

「魔法で止血だけは済ませたから出血死はありえないわ」

「でも、傷は?」

「言ったでしょ、痛いぐらいですんでるから心配いらないわ」

「心配いらないからって、心配するなって無理ですよ」

「そうね……とりあえず、休ませてもらうわ」

 来羽はその場に座り込む。かなみもそれにつられて座る。

 地べただろうが気にしなかった。今はそれよりも来羽の方が気がかりで仕方がない。

「あ、あの……どうして、こんな無茶を?」

 かなみは訊く。訊かずにはいられない。

 この傷は自分を戦わせないために負ったものだから。

 だったら、自分を戦わせればこんな目に遭わずにすんだはずなんだ。

 それをわかっていて、なんでかばってくれたのか。

「私がそうしたいからよ」

 来羽は笑ってあっさりと答えてくれる。

「未来を視ているからこその義務と覚悟よ」

「そんなのよくわかりません」

「わからなくていいわ。でも、あなたが私と同じ魔法が使えたら同じことをしたと思うわ」

「え?」

「他の誰かが傷つく未来が視えたら、どうしても変えたいと思うでしょ?」

「でも、どうして私なんかを?」

「だって、私は母親代わりなんだから」

 来羽は当たり前のように自然と答える。

「今日会ったばかりなんですよ」

「いいえ、あなたをずっと前から知っていたわ」

「私と会う未来を視たんですか?」

「ええ、無数にある未来で視て、必ずあなたと会えるのを楽しみにしていたから」

 そこまで言われてかなみは自然と納得できた。

 来羽はかなみを抱き寄せる。

「来羽さん……?」

「こうしてると、傷の痛みなんて消えるから」

「本当に痛くないんですか?」

「ええ、痛くないわ」

「じゃあ、こうしています」

「ありがとう」

「お礼を言うのはこっちです」

 かなみもまた来羽を抱く。

 そうすることで感謝を示せるから。いや、それ以上にこうすることでかなみも心地良い。

「不思議です」

「何が?」

「来羽さん、母さんと体格とか雰囲気とか全然違うのに――母さんみたいです」

「そんなの不思議じゃないわ」

 来羽はそう答えるだけで、そこから先は教えてくれなかった。



「なんだかー、来羽とよろしくやってたみたいじゃなーい?」

 あるみはデスクに頬杖突いて、心底面白くなさそうにぼやく。

「な、なんですか?」

 その矛先がかなみに向けられているのだから、真鍮穏やかではない。

「いや、なんていうかさー昨日の電話で来羽がやたら上機嫌だったからいいこと会ったんだなーって思って」

「べ、別にいいことなんてなかったと思いますよー」

 嘘は言っていない。何しろ、来羽は重傷を負ったのだから、「いいことなんてなかった」ということは人によってはそう捉えることができるだろう。

「だったら、もう一日かなみちゃんを貸してくれなんて言ってこないと思うんだけどねー」

「か、貸してくれって、私はモノじゃないんだけどさ」

「ちなみにレンタル料も振り込んでくれてるんだけど」

「ちょ、私はビデオじゃないんですから!」

「料金が安いって意味じゃ一緒だけどねー」

「わ、私の商品価値って……」

 容赦無い言葉にかなみはがっくりと膝を落とす。

「まあ、そう何日も貸せるものじゃないからってお断りしたけど」

「あ、ありがとうございます」

 あるみの言葉は、自分の名誉のための発言とかなみは受け取ったのでとりあえずお礼を言った。

「あの娘、甘やかすとすぐ調子に乗るから。たまにはお預けさせないとね」

「あ、あの社長? 社長と来羽さんってどういう関係なんですか?」

「ん? どういう関係って?」

 あるみは腕を組んで考える。

「んー、持ちつ持たれつの関係?」

「よくわかりません」

「じゃあ、古くからのコンビってやつかな」

「コンビ?」

「白と黒ってほらコンビにするとちょうどいい配色でしょ」

「なんか古い感じがします」

「かなみちゃん……ホワイトアンドブラックアウトって意味知ってる?」

「どういう意味ですか!?」

 意味はわからないが、身の危険は感じた。

「頭が真っ白になってお先真っ暗って意味よ」

 あるみはニコリと笑う。

「お、恐ろしいです」

 そんなことを平然と考えているあるみ社長が。そして、それを実行しようとしている体勢に入っていることがまた恐ろしい。

「大丈夫、大丈夫。痛いのは一瞬だから」

「なんで私が痛い想いしなくちゃならないんですかー!?」

 かなみはツッコミを入れると同時にデスクから飛び出してオフィスから逃げ出す。

「あ、こら! どうせ行くんならこいつもってけー!」

「もう出て行ってしまったな。よほど怖がられているのだね」

「冗談のつもりだったのに」

「冗談に聞こえないよ。特に今日は不機嫌だからね」

 隣にいる鯖戸の言葉がやけに辛辣に感じた。

「まったく素直すぎるっていうのも考えものよね」

「どっちが?」

「両方よ。かなみちゃんも来羽も」

「少しぐらい君みたいにねじれてひねくれてもいいのだけどね」

「私はね、一周回ってまっすぐになってるんだからね!」

「ネジが外れているともいってよかったのだけど」

「あなたを分解したい気分だわ」

「すまない。正直に本当のことを言い過ぎたよ」

「そこで嘘だって言わないのがあなたのいいところよ」

「僕も素直だからね」

 鯖戸は書類を取りに行くとかそういう口実を作って距離をとる。

 そうして、一人落ち着いたところであるみはもう出て行ってしまったかなみを想い、また不機嫌顔になる。

「――私だって来羽に逢いたいんだから」

 あるみは拗ねたように誰にも聞こえないよう、ぼやいた。

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