第11話 邂逅? いつかの未来で出会った魔法少女 (Aパート)

 どこともしれない場所を彷徨っている。

 深い海の中をもがいて泳いでいるみたい。

 どこへ行けばいいのか、どこへ向かったらいいのかわからない。

 私は迷子。だって道がわからないから。

 誰かが導いてくれたらいいんだけど。

 誰も助けにはならない。

 私は一人。

 一人、一人、一人、一人………………

 孤独、私は孤独なんだ。



「かなみ、起きなさい」

 とても優しく、聞くだけで安心感を与えてくれる声がかなみを呼ぶ。

「か、母さん……」

 地べたに寝そべっていたかなみは母の姿を見るとゆっくりと起き上がる。

「こんなところで眠っていたら、風邪ひくわよ」

 母は優しい声で語りかけてくれる。

「う、うん……」

 かなみは素直に頷く。

 言いたいことはたくさんある。その中には文句だってある。

 でも母の言われたら素直に聞くしかない。

 その安らぎに満ちた笑顔を見ていると、不満と苛立ちを募らせていたが、バカらしくなっていく。

「あ、あの、母さん?」

「なあに?」

「訊いていい?」

「なんでも訊いていいわよ」

 母はあくまで笑顔のまま答える。

 そんな母の様子を見て、かなみは意を決して訊く。

「どうして、いなくなっちゃったの?」



 目を開けると今にも潰れそうな古ぼけた木製の天井が見えた。

「あ、うん……」

「今日はちょっと早起きだね」

 自分の側にいたのはネズミ型のマスコット・マニィだけであった。

 あとはこの部屋に自分以外の人間はいない。当たり前のことだけどそれを当たり前だと思うと空しくなってくる。

「うん……たまにはそういう日だってあるのよ」

「睡眠時間を確保しておかないと後できつくなるよ」

「そんなこと、わかってるわよ」

 かなみはすねた口調で言い返す。

 今はそんな気分じゃない。今見た夢のことを考えるだけで頭がいっぱいになる。

――母さん……父さん……どうしていなくなっちゃったの?

 記憶の中の父と母は優しく微笑むだけで何も答えてくれない。

「――ッ!」

 そんなことわかっているはずなのに――馬鹿らしいことをしているとかなみは苛立つ。

「ちょっと早く出かけてもいいでしょ」

「それはもちろんだよ」

 マニィは相変わらず事務的に答える。

 冷蔵庫を見ても、食べるモノはない。わかってはいるけど、それでももしかしたら何かあったらと思ったが、それでもないモノはない。

「――ッ!」

 なんとも言えないやるせない気分になる。

 別に昨日と変わらない、いつもどおりの習慣だというのに。何故か今日はやることなすこと全てが裏目に出ているようで、憂鬱な気分にさせられる。



 結局早く学校に来てもそれは変わらなかった。

 友達からは「珍しく早く来てるね」だとか「いっつも遅刻寸前なのにね」だとか散々言われただけだった。

「ここテスト範囲だからよく復習しておくように」

 授業も頭に入ってこない。

(ってこれはいつものことか)

 大半の時間を足りない睡眠時間に当ててるものだから、内申点は右肩下がりである。もっとも、もともと成績は平凡そのものだった上に、そういうことをとやかく言う両親はいないため、それほど落ち込むところではなかった。

 それでも担任から内申や推薦に響くと言われている。

 進学や将来のことなんて今は考えられないというのにいい気なものね、と内心悪態をついている。

「かなみちゃん、今度のテスト大丈夫?」

「え?」

 後ろから級友の佐伯里英さえきりえが心配そうに訊いてくる。

「ほら、このところ寝てばっかりじゃない? またテストの点数悪かったらまずいんじゃない?」

 かなみ達はまだ中学二年。友達の間ではまだ高校進学への推薦を勝ち取るために内申を気にするような子はいないが、それでもテストの点数が低いのはまずいという危機感はそれとなくあるようだ。

「う、うん……まあ、大丈夫よ」

 といってごまかすしか無い。

 それ以上言おうものならボロが出てしまいそうだから。

 借金返すために魔法少女やってるからそれどころじゃないなんて言いたいけど言えるわけがない。


魔法少女たるものその秘密を

無関係の他人に明かしてはならない。

――株式会社【魔法少女】雇用規約より


 うっかり喋りそうになるとカバンに付属して付いて来ているマニィが警告してくる。

――喋れば罰金だよ

 誰にも聞こえず、悟られずにマニィは警告してくる。

「……………………」

 とはいっても、今回は口を出してこない。かなみがもうっかり口を滑らせてしまう心配をしていないためだ。

 罰金……かなみにとってもっとも重い罰であるため、沈黙せざるを得ない。

 耳にタコが出来るぐらい聞かされてきたのだから、今では条件反射のように黙ることが出来る。

 沈黙は金なりとはよく言ったものね。とかなみは一人感心する。

「そういって、かなみ最近成績悪いじゃない。親からなんか言われないの?」

 親とは借金を押し付けられてから音信不通だ。

 いくら連絡を取ろうとしても、返事が来ない。

 ほってかれた、捨てられた、と今では思っている。

 それなら言われようなんてない。命懸けの戦いを魔法少女として続けているのに、いまさらテストの点数なんかで心配してくるはずがない。

 そう思ってかなみはまた眠りにつくのであった。


キンコーンカンコーン


 次に意識を取り戻した時、聞こえてきたのは昼休みを告げる鐘の音だ。

「ほら、かなみ! お楽しみのランチタイムよ」

「う、うん……ランチ……!」

 かなみは勢い良く起き上がる。

「あはは、かなみは本当にランチだけが生きがいみたいだね」

 もう一人の級友・新井貴子あらいたかこが笑う。

 みたいじゃなくて実際ほぼそんなものだから、とかなみは思う。

 一日三食も満足できないお財布事情のため、朝食や夕食を抜くことはあってもこのランチだけは学校生活をする上で友達に余計な詮索をされないために欠かさずとるようにしている。ゆえに一日のうちでもっとも満足な食事が確約されているといってもいい。

 それを楽しみにするなという方が無理な話である。

「かなみちゃん、最近食欲旺盛だよね」

「その割には痩せているように見えるけどな」

 貴子は鋭い。成績は、右肩下がりのかなみよりもさらに低いというのに動物的勘はかなりいい。

 この子なら感付かれるのでは、とかなみは危惧している。

「まあ、色々あるからね。それにほら成長期ってやつよ」

 かなみにはそう言ってごまかす。

「確かにいっぱい食べてる割に、お腹が全然出てないよね。それどころかスタイルよくなってる気もするし」

「運動部には入ってない帰宅部なのにな」

「色々ってバイトとか?」

「ま、まあそんなところ」

 バイトどころか仕事になってるんだけど。

「……………………」

 かばんのマニィは沈黙を守っている。



「はあ、今日は危ないところだったよ」

「あの娘達はどうも鋭いところがあるものだね」

「うん……ごくたまーに勘付かれてるんじゃないかって思うときがあるわ」

「本当に勘付かれてるなら……」

「わかってるわよ! 罰金なんでしょ!」

 怒鳴り返すやいなや、「あ!」とあわててかなみは口をふさぐ。

 今会社へ向かって歩いているところで、このあたりは都心のわりに人の通りが少ない。今も注目されるほど人はいないから一安心である。

「危ない危ない」

「ま、注意した方がいいよ。誰がどこで聞き耳を立ててるかわからないからね」

「こ、怖いこと言わないでよ」

「事実を入ったまでだよ」

「うー」

 相変わらずの可愛げの無さに色々反論したくなったが、言葉にできなかったため唸り声にして返すしかできなかった。

「マニィってさ、自分がマスコットだって自覚ある?」

「それは君が魔法少女の自覚があるかというのと同じ疑問になるけど」

「じゃあ、もっと可愛げがあった方がいいんじゃない」

「どうしてそう思うんだ?」

「その愛らしい外見で可愛げを振りまくのがあんたの仕事でしょ」

「ボクの仕事は君の精神ケアと戦闘におけるオペレートで、そんなことは含まれていない」

「どこが精神ケアになってるっていうのよ?」

「そうやって君がまっとうにしていられることこそボクの仕事だから」

「どうだか、怪しいものね」

「あともう一つ仕事があったよ」

「え、それ以外に何があったのかしら?」

「家計簿をつけること」

「……………………」

 それは果たして仕事なのだろうか、とかなみは激しく疑問に思った。

 確かにできるからといって家計簿はマニィに一任していて、かなみはそれを確認しているだけであるのだが。

「まあ、嫌なら他のマスコットに代わってもらうのもいいんじゃないかな」

「え?」

 そんなことできるなんて考えもしなかった。というよりも、しようとも思わなかった。

 マニィは気に喰わないけど、代わって欲しいとまでは考えていない。

「そのために社長と交渉しなければならないけどね」

「絶対やめとく!」

 わずかにみせた迷いをその一言であっさりと振り払う。

 社長・金型あるみとの交渉は命懸けを意味するからである。そこまでする価値があるものなのかというとそうでもないとかなみは頭のなかで即座に回答を見出した。

――いつになったら、あの娘に会ってあげるのよ?

 オフィスの入口の前まで立つと不意に社長の声が聞こえた。

 何故だかわからないけど、心臓がドキッとして思わず立ち止まってしまった。

何を話してるんだろう?

誰と話してるんだろう?

あの娘って誰?

 疑問が矢継ぎ早に突き立てられる。

 ただの一言なのに。いつもの何気ない一言がただオフィスから聞こえてきただけなのに。

 どうしてこう、気持ちをかき乱されるのだろうか。

 入りたいのに、入れない。

『ええ、わかったわ。また連絡する』

 ガチャンという音がやけにはっきりと聞こえる。

 その音と同時にかなみは堰を切ったようかのように扉を開けてオフィスに入る。

「かなみちゃん?」

 あるみは珍しく少し驚く。

 オフィスには他に肩に乗っている龍型のマスコット・リリィしかいない。さっきのガチャンという音が黒電話を切った音だとすると、誰かと通話していたと考えるのが妥当だろう。

「今、誰と通話してたんですか?」

「――知人よ」

 あるみはすぐに落ち着きを取り戻し、いつものように余裕をもった返事で返してくる。

「社長の知人ってどういう人なんですか?」

「どうしたの? 食いつくじゃないの?」

「答えてください!」

 かなみは社長のデスクに迫る。

「そうね。マイペースでのんびりしていて……そのくせ、走り出したら止まらない人よ」

 あるみは落ち着いて答える。おかげでかなみはハッとして、我に返る。

「そう、ですか……」

「これで満足?」

「……はい」

 急に気持ちが冷めていく。

 どうして、こう電話の相手が気になっていたのか、全然わからない。

「あなたに会わせたいと思ってるのよ、その人と」

「え?」

 それじゃ、あの娘というのは私のこと?

「まあ、向こうは会う気はないかもしれないけどね」

「どうしてですか?」

「さあ、マイペースだからね」

「まるで母さんみたいです」

「そうかしら?」

「なんとなくです」

「あなたのお母さんはどういう人?」

「そうですね……いつものんびりしてるんですけど、気まぐれでどこにでも飛んでいってしまいそうな……変わった人でした」

「そう……会ってみたいわね」

「無理ですよ、今どこにいるかわからないんですから」

 気持ちが沈み込む。会いたいと思っていたわけでなく、会えないとわかっていたはずなのに。

「会いたいの?」

 そんな気持ちを見透かしたかのようにあるみが問いかけてくる。

「わかりません」

 そう答えることしかできない。

 今更会ってどうすればいいのか。

 借金を押し付けた恨み事の一つでも言うか。それとも、辛かった助けて欲しかったと泣き叫ぶのか。

 わからない、どうすればいいのか。

「そう。私は会いたいわ」

 あるみは正直に言う。どこまでもまっすぐに偽りなく。

「……………………」

 かなみはそれに対して何も言えなかった。

「あ、そうそう。かなみちゃんに今ちょうどいい仕事がきたところなのよ」

「は?」

 それは完全に寝耳に水であった。

「これをある人に届けてほしいのよ。って何そんなに警戒してるの?」

「だ、だって、社長が用意した仕事ですよ」

「私が用意したわけじゃないわ」

「じゃ、誰なんですか?」

「会ってみればわかるわ」

 答えになっていない、とかなみは不安に拭うことができなかった。

「じゃ、よろしく頼んだわよ」

 あるみから封筒を渡される。

「これが場所だ」

「わかりました」

 リリィがメモ用紙をマニィに渡す。マニィはそれを食べて記憶する。

「……はい」

 かなみはしぶしぶ引き受ける。

 そのまま、黙り込みオフィスを出て行く。

「まったく間が悪いというか、いいというか」

「お前にしては迂闊だったな」

「ええ、向こうもこっちの都合を考えてくれればいいのに」

「都合を考えないからマイペースなのだろ」

「そうね、あの娘には負けるわ」

「勝とうとも思っていないくぜに」

「勝てるとも思っていないわ」

「よかったのか?」

「何が?」

「彼女と会わせて」

「頃合いだと思ったのよ。あっちもそう思ってたみたいだし。あっちはこっちの都合を考えてくれてるしね」

「慣れないことはするものじゃないわね」

「慣れればよいだけの話だ」

「厳しいわね」

「そういう性分だ」

「代わってもらおうかしら?」

 ふてくされたようにあるみは答えて、僅かな羨望の眼差しを今出て行った彼女達へと向ける。



「こっちだよ」

 マニィの案内でやってきたのはあるビルの事務所である。

「随分立派な事務所ね」

 そこは新造らしく周りの高層ビルほどの大きさはないものの真新しく立派に建てられている。

「新築みたいだからね」

「ねえ、マニィ。これから会う人ってどんな人なの?」

「それはボクの口からは言えないよ」

「どうして?」

「実際に会って確かめてみろって社長がね、言うんだよ」

「そんなこといつ話したのよ?」

「メモに書いてあったんだ」

「あ、そ……」

 秘密のやりとりを目の前でやられているみたいでかなみは面白くなかった。

「とりあえず入ればいいのかしら?」

「まあ、そうなるね」

 本当に大丈夫かしら、とかなみは不安にさせられる。

 もしかしたら、こいつ行く場所を間違えていないかとも思った。だけど、マニィに関してそういうことはないから大丈夫だと信じている。

 問題はマニィに渡されたメモ自体が間違いっているかもしれないということだが。

 事務所の中は外見と同じように新築らしい清潔感溢れる中であった。

「すみません! 誰かいませんか?」

 とりあえず呼んでみた。

「ちょっと待って下さい」

 とても落ち着いた女性の声が奥から聞こえた。

 言われたとおり、ちょっと待っていると中から長い黒髪、黒縁の眼鏡、黒いスーツの女性がやってきた。

「よく来てくれたわね、かなみちゃん」

 黒髪の女性は笑顔で言ってくれる。

「わ、私を知っているんですか?」

「ええ、あるみからよく聞いているわ」

「社長からですか?」

「ええ、借金返済にいつも頑張ってるって聞いたわ」

「あ、そ、そうですね……」

 かなみは思わず萎縮してしまう。

 借金をしていることはあまり知られたくないであった。それをこの女性はこんな笑顔で爽やかに言ってくれるととても気恥ずかしくなる。

「あ、紹介してなかったわね。私は黒野来羽くろのくるは。よろしくね、かなみちゃん」

 来羽と名乗った女性はおもむろに手を差し出す。

「結城ゆうきかなみです。よろしくお願いします」

 差し出された手をかなみは握り返す。

「会えてよかったわ。本当はもっと早く会いたかったのだけどね」

「そうなんですか?」

 かなみは不審に思えてしまう。

 どうして、見ず知らずの人がこんなにも親しげにしてくれるのか。

「マニィも久しぶりね」

「うん、外で会うのは初めてだね」

「って、マニィは知り合いなの!?」

 思わず叫んでしまう。完全に見ず知らずの人だと思ったのに、マスコットであるマニィに普通に話しかけている。

 オフィスの中ではごく普通に会話しているが、一度ひとたび出ればマスコット達はただのぬいぐるみで常識的に考えれば喋るはずがない。

 その秘密を知っているということは、つまりこの人は魔法を知っているということになる。

「ええ、あなたの会社のマスコットは全員知っているわ」

「そうなんですか……」

 それはかなみでさえ把握してきれていない。

 よほどあるみが信頼をおいている人なんだろう、とかなみは思った。

「私のこと、あるみから聞いていないの?」

「え、はい……会ってみればとわかるとしか言ってませんでした」

「そう、あの娘こらしいわね」

 フフッと来羽は微笑む。友達の話を聞く少女のような無邪気さで。

「あ、あの……これ、あるみ社長から」

 かなみは依頼された封筒を来羽に渡す。

「ありがとう。じゃあ、行きましょうか」

「え、どこへですか?」

 来羽はそれに答えること無く、握った手をそのまま引っ張っていく。

「ちょ、ちょとまッ!」

 かなみは抵抗することもできずに連れられていく。

 その時、この人って力持ちなのではないかとかなみは思った。

 そして、外に停められていた車に乗せられる。

「どこへ向かっているんですか?」

 外観や中の装飾を見てこの車が高級なのはすぐにわかり、居心地の悪さからたまらず訊いてしまった。

「仕事よ」

 来羽は簡単に答えた。

「仕事って何をしてるんですか?」

「簡単に言えないわね」

「ウチと関係していることなんですか」

「そうね、いくつか仕事をあなた達に回しているから無関係というわけじゃないわ」

「え?」

「あんまり表沙汰にはできないことなんだけどね」

 来羽は苦笑交じりにそう言う。

 やっぱり何かやばい仕事なのだろうかとかなみは警戒する。

 両親の借金を押し付けらた時、それを突きつけてきたのは黒服の男だったから自然と警戒してしまうせいかもしれない。

「何かまずいことさせられるんですか?」

「あなたには何もさせないわ。ただついてきて欲しいだけよ」

「どうして、私が?」

「今日一日付き人をして欲しいのよ」

「付き人?」

「かわりに私が母親代わりしてみるつもりなんだけど」

「は、母親!?」

「迷惑だったかしら」

「い、いいえ、いきなりそんなこと言われて」

「ああ、そうね。初対面でいきなりそう言われたら驚くわよね」

「は、はい……」

「フフ、正直ね」

「あ、あの……黒野さん?」

「来羽で呼んでいいわ。苗字で呼ばれるのは仕事の付き合いだけにしておきたいから」

「じゃあ、来羽さんでいいですか?」

「ええ、ありがとうかなみちゃん」

 不思議な気分だった。来羽は自分よりもずっと年上でいわゆる大人の女性といった雰囲気だというのに、こうして話していると古い友達に久しぶりに会ったかのような錯覚を起こさせる。まるで母親みたいだと僅かばかりかなみは思った。

「……ついたわ」

 来羽は車を停める。

「ここって……」

 停められた先は「○○事務所」と書かれた黒野の事務所より立派な作りであり、お金がたっぷりかかってそうと思うのがかなみの印象であった。

「あ、あの……ここで何をするんですか?」

「交渉よ」

「交渉?」

 来羽はインターフォンを鳴らす。

「今日予定を入れてある黒野です」

『お待ちしておりました。お入り下さい』

 手慣れたやりとりで、一緒に入る。

「私はどうしたらいいんですか?」

「私についてくればいいわ。ただ万が一のときはよろしくね」

「万が一?」

 その言葉に悪寒が走る。

「大丈夫よ。きっちり絞り出してくるから」

「絞りだす?」

 その言葉がやけに物騒に感じた。

 事務所の中に入ると、何十人もの人間がせわしなく仕事に取り掛かっている。

「こちらです」

 案内役の職員が奥の立派な扉をさす。

「いくわよ」

「は、はい……」

 その扉に入る。

「ようこそ」

 初老の恰幅のいい男性が立ち上がって出迎えてくる。

「おかけになりなさい」

 隣の応接用のソファーへと移動する。

「そちらのお嬢さんは?」

 男性はかなみを指して訊く。

「付き添いです」

 来羽はごく自然に答える。

「珍しいな、君が誰かと一緒に行動するのは」

「事情が混みいっていますから、こういう稼業は」

「そうであった。さて、今回もちゃんと占って欲しいものだね」

「その前に約束の物を出して欲しいですね」

 来羽はすかさず要求する。

 それはさっきとは別人のように冷たい声で、高圧的な態度だ。かなみが受けた第一印象のように黒服に身を包んだ冷たさそのままであった。

「そうだね。すでに用意はしてある」

 案内役であった職員からトランクを差し出される。

「かなみちゃん、よろしく」

「は、はい!」

 かなみはそのトランクを受け取る。

 その間に、来羽は男性から書類の束を受け取る。


パラパラパラパラ


 来羽はメガネを外してその束をめくっていく。

 文字通り書類に書かれている文面全てに目を通しているようであった。

(これは魔力……?)

 その様子を見ていたかなみは来羽から魔力を感じた。

「わかりました」

 ゴンと来羽は勢い良く書類の束を男性へと返す。

「この計画は上手くいきません。予算と人員の見積もりを再度見なおしたほうがいいです」

「そうか……では、どこがいけなかったのか教えてくれないか?」

「そうですね。第3段階で外部に漏れますね」

「ほう」

「内通者が現れます。無闇に人を増やしたのがいけませんね」

「そうか、わかった」

 男性は眉間に皺を寄せる。

「これがそのリストです」

 来羽はメモ用紙を男性に渡す。

「助かる」

「それではこれで失礼します」

「もう少しゆっくりしても構わないのだが」

「すみません、この後も予定が控えているので。かなみちゃん、いきましょ」

「……はい」

 かなみはトランクを持って来羽の後を追っていく。



「さっきのは一体何だったんですか?」

 帰りの車の中で我慢できずにかなみは訊いた。

「これが私の魔法なのよ」

「魔法? 計画とか言ってましたけど」

「あれは私の眼で彼の計画を見通したからよ」

「見通した?」

「簡単に言うと私の魔法はね――」

 来羽がそこまで言うと突然急ブレーキをかけて車を停める。

「キャァッ!?」

 思わずかなみはフロントガラスにぶつからんばかりの勢いで前のめりになる。

「こっちはまずいわね」

「どうしたんですか?」

「もうすぐ事故が起きて通行止めになるから別の道にするわ」

「え? もうすぐってどういうことですか?」

 前の様子を見ると、ごく普通に車が行き交っている平和な道路にしか感じない。だけど来葉は確信を持っていた。

「私には視えているのよ、未来が」

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