第7話 激撮! 最強の魔法少女は誰だ!? (Bパート)

「よーし、じゃあ一時間の休憩ね。仔魔こうま、コーヒー淹れといて」

 アルミは余裕綽々、まるで散歩でも終えた後かのように軽やかに丘を降りていく。後に残った地に伏す三人にはそんな余裕は無いが。

「うーん、カナミさん……生きてる?」

「かろうじて……ミアちゃんは……?」

「こんなことで死んでたまるかってのよ……」

 地を這いながら三人は寄り添う。

「ったく、あいつのデタラメな強さは知ってたけど」

「全然、容赦なかったわね……」

「でも、まったく本気を出してなかったわ」

「全然、余裕ですものね……」

「で、どうするのよ?」

 みあが頬杖をついて問いかける。

「うーん、正面からの一斉攻撃、三方向から同時攻撃、カナミさんの神殺砲を起点とした波状攻撃……」

「全部あっさり防がれてしまいましたね」

「正攻法じゃ、勝つのは無理ね」

「かといって、その場限りの奇策じゃ簡単にいなされるわ」

「八方塞がりですね。悪魔ですよ、あれは」

「まったくとんだ特訓回ね。これだったらサービス回とか総集編とかの方がまだマシだったわ。なんだってこんな泥臭いことをしなくちゃ……」

「何の話かしら、ミアちゃん?」

「別に……知らなくていい話よ」

「それよりも、どーします? あと一時間でまたやってきますよ」

「うーん、カナミさん、ミアちゃん……何かいい考えないかしら?」

 それはもうスイカにはお手上げだということを意味していた。

「一発限りの大技じゃダメね。全部あのドライバーに防がれちゃうもの」

「そうね、最大出力の神殺砲もあっさりいなされちゃったし」

「それなんだけど……カナミさんの神殺砲、あれが最大だとは思えないわね」

「どういうことですか?」

「前々から思っていたけど、カナミさんの神殺砲はその時々によって最大出力が変わっているわ。多分、その時の精神状態に左右されるのね」

「つまり、さっきのが最大だと思っていても、最大じゃなかったってわけね?」

「それがよくわからないんですけど……自分じゃあれが精一杯で……」

「うーん、難しいところね。自分じゃどうしようもできないことだから」

「そんなもの、あてにしない方がいいわ。毎回火事にならないとでない火事番のクソ力なんて計算外もいいとこよ。まあ、カナミはいつも借金で炎上してるようなもんだけどね」

「……ミアちゃん、そのジョーク面白くない」

「アハハハハハ」

 スイカは笑う。そんな彼女を見ているうちにカナミとミアもおかしくなって笑ってしまう。

「ハハハハハハ」

「ハハハハハハ」

 笑った。三人揃って大いに笑った。

「ハハハ、こんなに笑った久しぶりよ」

「そういえば三人でこうやって笑ったことないわね」

「そうだったかしら?」

「ええ、みんな来る時間も帰る時間もバラバラだったり、外に出て行ったりしてるから揃うことありませんでしたよ」

「うーん、そういえばそうだったわね。かなみさんなんかいつも終電間際まで働いているものね」

「いっそのこと、オフィスで寝泊まりしたほうがいいんじゃない?」

「確かに……その方が部屋代と交通費が浮くわね……」

「でも、あの鯖戸部長のことだから宿泊費とかいってせしめてきそうね」

「ああ、それは確かにありうるわね」

 カナミは苦い顔してその想像を頭の上に浮かべる。

 そして、その想像は他の二人も同じように共有できた。



「クション!」

「仔魔こうま、風邪?」

「いや、誰かの噂してるだけさ」

「悪口の間違いでしょ? あなた、相当嫌われているからね」

「――汚れ仕事担当だからな」

 アルミの肩に乗る竜型のマスコット・リリィは渋い口調で言う。

「これも望んだことだからね。当然の成り行きだよ」

「物好きね、嫌われることを好むなんて」

「別に嫌われるのが好きなんじゃない。ただ、たった一人の女性に好かれればそれでいいだけさ」

「――ハァ」

 アルミは呆れ顔でため息をつく。

「少女って言ってくれれば口説かれたかもしれないのにね。そういうところ抜けてんのよ、あんた」

「これは失礼。ちょっと正直な性分だからね」

「ま、いいわ。今更好きだ嫌いだの付き合いでもないし」

 アルミはそう言ってコーヒーを口にする。濃い目の苦味が口いっぱいに広がる。この苦さがなんとも心地いい。

「そういう可愛げのないところが女性といわれる所以だというのに」

「うるさい」

「それで君から見てあの可愛げのある子達はどうなんだい?」

「モニターで確認しておいて知ってるくせに」

「よく今まで生き残ってこれたものだ、落第点もいいところだ」

 リリィは容赦なく告げる。

「まあ、敵も落第点だからイーブンってところね。だけど素質と才能なら十分だからあと経験次第なのよね」

「特にカナミはな。あの莫大な魔力を制御さえすればアルミを超えられるかもしれんが」

「十年早いわよ、リリィ」

「君が言うと随分と重みがあるね。いや年季が入ってるというべきか」

「まあ、簡単に超えさせないけどね」

「壁は高く厚いってわけか。あの子達も苦労するね」

 仔魔は他人事のように涼しく受け流す。




 そしてあっという間に一時間経過した。

「さ、休憩は終了よ。第二ラウンド開始よ」

 アルミは軽々とドライバーを振り回しながら丘に上がる。

「それじゃ、手筈通りにね」

「ぶっつけ本番の一発勝負ですね」

「まあ、長期戦になったら断然不利だしね。特にあんたが要かなめなんだから、しっかりやりなさいよカナミ!」

「そっちこそね。ちゃんとやってよミアちゃん」

 三人はすでに臨戦態勢に入っていた。

「そっちはばっちし準備オーケーってわけね。だったらこっちも遠慮無しでいくわよ」

「最初から遠慮無しじゃん!」

「ノリが悪いわね、ミアちゃん。こういうのは言ったもん勝ちよ」

「そうですね。だったら私も言わせてもらいます」

「何かしら、カナミちゃん。是非聞かせて欲しいわ」

「全力で勝たせてもらいます!」

 宣言とともにカナミの魔力が満ちる。周りの土石が迸り、宙を舞うほどに凄まじく。

「いいわね。言葉は弾丸に、そして宣言は引き金になるわ」

「神殺砲!」

 カナミのステッキが大砲へと変化する。

「初っ端から全開ね!」

 アルミが嬉しげに言うとカナミの大砲から魔力弾が撃ち出される。

「でも、全力でかかってくるだけじゃ通せない壁もあるわよ」

 アルミは即座にドライバーを突き出す。

「ディストーションドライバー!」

 突き出されたドライバの先端から旋風が巻き起こり、空間そのものがねじまがっていく。このままだとさっきのように神殺砲の一撃は空間の歪曲に巻き込まれて拡散してしまう。……はずだった。

「――ッ!?」

 砲撃の軌道が変化した。

 直進し続けていた砲撃が突如急降下して、地面へ激突した。爆撃を受けたかのように激しい土石流がアルミへ押し寄せる。

「着眼点は悪くないけどね」

 しかし、アルミにとっては砂をかけられた程度にも等しい。

「とはいっても、これは本命じゃないわね」

 アルミがそう言うのとほぼ同時に左右から、スイカとミアがそれぞれ仕掛ける。

 来ることが読めていれば防ぐ手立てはすぐに用意できる。スイカのレイピアをドライバーで受け、ミアのヨーヨーを右手で払いのける。

「こんなんで勝てるほど甘く無いわよ!」

「それはどうかしらね!」

 砂煙が晴れるのと同時にカナミの砲撃が眼前に迫ってくることに気づく。

「――やるわね、ニ撃目が来るとは思わなかったわ! でもッ!」

 予想外だったが、アルミにとっては防げないモノではなかった。

「――つッ!」

 だが、アルミの腕が動かなかった。何かに絡め取られてしまったからだ。

――それはヨーヨーの糸だ。

「やってくれたわね、ミアちゃん!」

 アルミは驚喜きょうきの声を上げる。

「身体は憶えていたからね」

 ミアは得意満面でアルミを見上げる。

 以前、ミアのヨーヨーの糸で相手の動きを封じる技は無かった。その発想すらなかったが、カナミの話ではそういうことをしたことがあるということは聞いた。

 憶えはないが、出来ない芸当じゃない。その話を聞いたとき、ミアはそう直感した。

――そして、出来た。

「でも、糸なら容易く出来る断ち切れるわ」

 アルミは力まかせに糸を断ち切ろうとする。


キン!


 その時、一迅の閃光がアルミのドライバーを弾き飛ばした。

「なッ!?」

 閃光の正体はレイピア。飛ばしたのはスイカであった。

「一発限りの投擲!? っていうか、一人だったら確実に自殺行為よ」

 スイカの武器はレイピアただ一つ。そのただ一つの武器を投げ入れるのだから、あとは丸腰になるだけだ。

「――一人じゃありませんから!」

 スイカは得意満面の笑みで答える。

 そしてそれを証明するかのように魔法の砲弾が丸腰になったアルミに襲いかかる。

「ちょっと、これはマズイわね」

 アルミの笑顔は引きつり、頬から一筋の汗がたれる。



「いい画がとれてよかったわね」

 枝に止まって羽を休めるトリィは眼下の鯖戸に言う。

「いや、一時はどうなることかと思ったけど」

「チグハグでも、細かい所で帳尻合わせれば案外何事も上手くいくものだよ」

 キーボードを叩いて動画の編集を行なっているラビィは満足気味に言う。

「編集はいつもそんなものだからね」

「それも彼女達の大健闘があったおかげだけど。まあ、それでもカットせざるをえないところは多いけど」

「特に最後の方はね。色々大人気なかったしね」

 鯖戸は苦笑いする。

「何よ。ちゃんと成長に見合った教育をしてあげただけよ」

 あるみはコーヒを口に含みながら文句を言う。

「ここまでやれるとは思わなかったもの。おかげで左手が使い物にならなかったじゃない」

 左手の火傷を鯖戸に見せて、いかにも重傷だとアピールする。

「うん、全治一時間の重傷だね」

「労災って言葉知ってるかしら、ヤブ医者?」

「盆栽? あなたにそんな年寄りじみた趣味があるとは思わなかったけど」

「耳の年齢ならあんたに負けるけどね」

 「フフフ」とお互い笑い合いながら悪態をつき続ける。

「あの二人、あれでまるで進歩が無いな」

 ドギィが呆れ顔でトリィに毒づく。

「いいじゃないの。先が思いやられるけど、あれで上手く言ってるんだから」

「そういうものか」

「そういうものだよ。僕としては編集する動画が増えて仕事に困らないからね」

 ラビィは上機嫌でもうひとつの動画を編集する。

「ラビィ、今回一番ピンチだったのはあんたかもしれないわね」

「うん、リストラだけは勘弁して欲しかったからね」

「なあに、人手はいつでも足りてないものだ」

「それはそれで問題よ」

「だからこそあの娘達にも頑張ってもらわないと困る」

 そう言って三匹のマスコット達はワゴン車の荷台で、グッタリ寝込んでいる三人の少女に目を向ける。

「うぅ……なんで、あれをくらってピンピンしてるのよ……左手一つで受け止めるなんて、化け物よ……魔法少女の皮をかぶった化け物よ……」

「かなみさん……一応、ヤケドはしていたわよ……」

「無駄なフォローに精が出るわね。こっちはヘドが出る想いだけど……」

「私はゲロが出そうよ……」

「ダメよ、かなみさん。魔法少女として、それはアウトよ」

「……いえ、普通の女の子としてもアウトよ。っていうか、あんたは出すもの無いでしょ? 食べ物無くちゃ出せないでしょ?」

「……フフ、みあちゃん……いざとなったら……――胃液っていう手もあるわよ……」

「……そんな奥の手みたいに、言われても困るだけよ……!」

 残った体力で精一杯のツッコミを入れるみあ。

「……みあちゃん、元気ね……結局、最後まで戦えたのはみあちゃんだし……」

「キャリアなら私の方が上なんだけど……やっぱり若さかしら……?」

「私の三倍以上の歳のあいつが一番元気なんだからそれはないわね……」

「え、社長って……みあちゃんの三倍以上なのッ!?」

「かなみさん、知らなかったの?」

「訊いたら普通に答えたわよ」

「え……? そういうのって訊いちゃいけないもんだと思ってたけど……」

「まあ、聞きづらいわよね……私もみあちゃんが訊いてるところをたまたま耳にしただけなんだけどね」

「みあちゃんは遠慮ないからね……図太いっていうか、図々しいっていうか……」

「年下からご飯たかるあんたに言われたくないわ……」

「ご飯もらってるのはみあちゃんだけじゃないわよ。翠華さんからもちゃんともらってるわ……!」

「そこは違うんじゃ……?」

「三人共、随分元気じゃない? もういっちょいこうかしら?」

「――わッ!?」

 三人の会話に助手席のあるみが会話に入ってくる。

「…………………………」

「…………………………」

「…………………………」

 三人揃って沈黙を貫くことに決まった。

「沈黙は金なりってね」

「それらしくまとめるわね、仔魔こうま」



 後日、オフィスにてある封筒を鯖戸からかなみの手に渡される。

「部長、これ何?」

「ちょっとは喜んだらどうだい? 臨時収入なんだから」

「りんじ……しゅうにゅう?」

 かなみはその言葉の意味を理解するのに時間がかかった。というのも、これまでの待遇からして、それはあまりにも非現実的であったからだ。

「じゃあ、この中に入ってるのはお金ですか?」

「お金以外の臨時収入が欲しかったら、言って欲しいものだけど」

「ご飯が欲しいです」

 即答であった。

「相当飢えてるね」

「誰のせいですか」

「ボクだね」

「よくわかってるじゃないか」

「ちょっとは可哀想だとは思わないんですか?」

「君がそんなこと言っているうちはありえないね」

「――ひとでなし!」

「社長ほどじゃないさ」

 確かに、とかなみは思った。

「この会社、ロクな人がいないわね」

「借金持ちの君がそれを言ってもね」

「す、すぐに返済してやるわよ! とにかくこれでご飯は食べられるんだから!」

 かなみはそう言って小さな封筒を抱えるように持って出て行く。

「すぐに返済か。一億って額がどれだけ途方もないかわかってるくせに。あ、そうそう! それ三人分だからちゃんと仲良く分配するんだよ!」

 オフィスの外へ出て行ったかなみに向かって忠告した。

「あ、かなみー! その臨時収入、あたしにもよこしなさい!」

「みあちゃん、待ってくれたの!? っていうかこれ私の分だよ!」

「かなみさん、ごめんなさい。愛だけじゃやっていけないこともあるのよ」

「翠華さん、すみません。何言ってるのかわかりません」

 どうやら手遅れだったみたいだ。

 社長も人が悪い。わざわざ三人分の給料をかなみに渡すよう指示するなんて。

「まあ、賑やかだからたまにはいいか」

 こういう嫌われ役も自分の仕事だと鯖戸は思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る