第7話 激撮! 最強の魔法少女は誰だ!? (Aパート)

 人一人いない深夜のオフィスで、パソコンをカタカタと打ち込む音が妙に響く。

 こう書くと普通の人なら怪談話として扱われそうなシチュエーションなのだが、ここは普通の人が働くようなオフィスではない。

――株式会社魔法少女

 ここで働いている人間には、いわゆる普通の人はいない。人間以外はいるが。

「むむぅ……!」

 寝ずの番として常駐している兎のマスコット・ラビィは、その愛くるしい耳をくるくる回しながら唸る。

「動画の編集は上手くいかないの?」

 羊のマスコット・アリィがおっとりとした口調で問いかける。

「いや、もう来週アップする分はバッチリだよ」

「だったら、どうしてそう耳をひねるの?」

「それがね……」

 ラビィは心底切実そうに現状を告げる。




「ストックが切れた?」

 ラビィの焦りとは対照的にとても穏やかに鯖戸は聞き入れる。

「ここのところ、週一本のハイペースで上げていたせいかな」

「それはハイペース過ぎるな。一週間で三十分放送するアニメじゃあるまいし」

「アニメじゃないわ。実際本当に起きていることなんだから」

「社長?」

 唐突にあるみが会話に入ってくる。この会社の社長である金型あるみは神出鬼没で、何の前触れもなく消えては、いきなり姿を現す。ある意味幽霊よりも幽霊らしく、心臓に悪い人物であるが、この会社にとっては日常茶飯事のため、鯖戸は当然のごとく切り返す。

「でも、まいったわね。動画は我が社の収入源の一つだからね」

「調子に乗って、短期間に連発して出すものだから、ストックが切れるのが早いんだよ」

「おかげで再生数伸びたでしょ?」

「それとこれとは別だ。前みたいに隔月でやっていればこんなこともなかったんだ」

「それじゃ、せっかくの彼女達の活躍を全部出すのに半年以上かかるじゃない。こういうのは売れている時に一気にやるのがいいのよ!」

「アイドルじゃあるまいし……だったら、ちゃんとこういう事態も予測して対策はしたあるんでしょうね?」

「当然よ」

 あるみは得意顔で胸を張って答える。

「いっておくけど、総集編なんてどこぞのアニメでやっている苦し紛れはやめてくださいよ」

「う……!」

「まあ、聡明な社長のことだから、そんなちゃっちな考えではないと思うけど」

「と、当然よ」

 そう答えたあるみの笑顔は引きつっていた。

「そうね……とりあえず次の一発、何か出しておいて、それでしばらく打ち止めとしましょうか」

「問題は、何を出すかなんだけどね」

「それならちゃんと考えがあるわよ」

 あるみはくるりと上機嫌に一回転する。

「経験上、あなたがそういうことを言うとろくなことにならないのだけど」

 鯖戸がため息をつこうとしたその直前に、オフィスの扉が開く。

「ん、なんか相談してた?」

 入ってきたのはみあだった。

 ああ、これが正しい入り方だな、と不意に鯖戸は思った。

「ちょうどいいところにきたわね、みあちゃん」

「ちょうど悪いところにきちゃったみたいね、社長」

 あるみはこういう挨拶をする時、ろくでもないことが起きるとみあは鯖戸と同様に知っている。

「察しがいいわね、じゃあ私が次に何を言うかわかるわよね?」

「エスパーじゃないんだから、あんたの考えてることなんてわかるわけないじゃない」

「そうね、私達はエスパーじゃなくて魔法少女だものね」

「三十路のババアが何言ってんだか」

 みあの歯に衣着せぬ言い方にさすがの鯖戸は一瞬身震いする。あるみに面と向かってそんな大それたことを言って五体満足なのはみあぐらいなものだろう。

「魔法少女に年齢制限は無いわ。あとみあちゃん、三十路はババアじゃなくてお姉さんの領域よ」

「言いたいことはわかったわ、おばさん」

「若いって怖いもの知らずね。まあいいわ、みあちゃんに頼みたいことがあるのよ」

「言っておくけど、地獄どっかに連れ出されるのだけはお断りよ」

「ああ、そういうわけじゃないわ。実はね……」

 あるみがみあに提案している間に事務所の扉が開く。

「おはようございます」

 入ってきたのは翠華とかなみの二人であった。

「今日はお揃いで出勤かい?」

「ええ、そこで偶然会ってね」

 二人で来れたおかげなのか、かなみはいつもよりやや上機嫌で答える。

「偶然? 待ち伏せじゃなくてかい?」

「な、何を言ってるんですか部長! そんなわけあるわけないじゃないですか!」

「翠華さん、鯖戸部長は嫌味を言うのが仕事見たいなものですから、いちいち気にしない方がいいですよ」

「そ、そうよね」

 翠華は冷や汗を流す。果たしてそれは嫌味を言われたせいなのか。

「そんなのお断りよ!」

 みあはプイッとそっぽ向く。

「あれ、みあちゃんどうしたの?」

「また社長が無茶振りしたんですか?」

「またとは人聞きが悪いわね、翠華ちゃん。まるで無茶振りが私の仕事みたいじゃない」

 実際そうでしょ、その場にいた人間は思った。

「まあ、ある意味社長というのは社員に無茶振りをするものだけど。さすがに今回のはちょっと……」

 鯖戸は頭を抱える。

「あの部長が……躊躇うような無茶振り……」

 自然とかなみ達に緊張が走る。

「みあちゃん……」

「ちょっと! 最後の別れみたいな呼び方やめなさいよ! だいたい、借金で地獄に落ちてるようなあんたから哀れみなんて屈辱以外の何者でもないんだから!」

「な、な! せっかく同情してるのに!」

「大きなお世話よ!」

「まあまあ二人共」

 睨み合うかなみとみあに翠華は仲裁する。

「フフ、三人揃って仲がいいわね」

 元凶であるあるみはまるで他人事のように微笑ましく言う。

「じゃあ、そんな三人にピッタリの案件があるわよ」

「「えぇ!?」」

 かなみと翠華は驚き、恐怖におののく。というのも、みあだけが無茶振りされていると思って完全に他人事だと安心しきっていたからだ。

「み、みあちゃん……死ぬ時は一緒だったみたい……」

「き、気持ち悪いこと言わないでよ! 縁起でもないわ!」

「か、かなみさんとなら地獄に堕ちるのも悪くないかも……」

「あ、あんたはあんたで気色悪いわ!」

 三人揃って軽いパニック状態である。

「楽しそうで何よりだわ」

 あるみはそんな三人をさも愉快げに見守る。

「――で、そろそろ本題に入りたいんだけどね」

「しゃ、社長、それで私達三人揃ってどんな地獄に叩き落とすつもりですか?」

 戦々恐々としながらかなみは尋ねる。

「そんなきついものじゃないわ。今回は撮影よ、撮影。動画の撮影」

「撮影? って、それならいつもやってるじゃないですか?」

「ええ、そうね。あなた達が魔法少女として戦ってるところはいつもマスコット達が撮影してるわ」

「だったら、なんでわざわざするんですか?」

「それはね……部長、説明しなさい」

「ああ、都合が悪いことは僕に押し付けるんだ……」

 鯖戸は仕方ないと言わんばかりのため息をついて説明する。

「実はね、ここ最近ネガサイドの動きが活発になってるせいで君達にも戦ってもらう機会が増えてるだろ? おかげで、社長は調子に乗って動画をどんどん編集してサイトに上げていくようになったんだ」

「それが何かまずいの?」

「いや~調子に乗りすぎてストックを一気に使いきちゃったのよ、アハハハ!」

 あるみが悪びれもなく大笑いして答える。

 それをきいて、かなみと翠華はああ、そういうことかと納得する。

「それで新しい動画が必要なのはわかりましたけど。だけど、わざわざそのために新しい動画を撮影まですることないんじゃないですか?」

「翠華ちゃんの言うことももっともなんだけどね~、敵はどんなタイミングで来るかわからないんだからストックはあった方がいいのよ」

「そのストックを使いきったのは社長でしょ。社長が責任を取るのが筋ってものじゃないんですか?」

 かなみは食い下がる。なんて怖いもの知らずな娘、と翠華は思った。だが、前回翠華はかなみに向かって『あなたには借金以上に怖いモノなんてないはずよ!』と言ったことを思い出し、改めてその言葉の正しさを認識する。

「だからこうして提案してるじゃない?」

 一方で悪びれもしないあるみの態度もどうかと思えてしまう。

「その提案も問題よ。大体、あの動画だってまだ出演料ギャラをもらってないんですから」

「じゃあ、今度引き受けたら払ってあげるわよ」

「ホントですか!?」

 かなみの目が輝く。

「働き次第だけどね」

「やります! 私、撮影でもなんでもやります!」

 そこからの即決はあまりに早かった。

「ちょ、ちょろい……あ、あんたってお金とご飯があればなんでも動くのね」

 みあは悪態をつくが、かなみの耳には届いていないようだ。

「ま、でも、かなみさんが引き受けたんなら、私達は参加しなくてもいいわね」

「何言ってるのよ。せっかく三人揃ってるんだから翠華ちゃんとみあちゃんにも出演してもらうわよ」

「えぇ、三人揃ってですか?」

「そうよ。思い立ったが吉日ってね。翠華ちゃん、やってくれるでしょ?」

「で、でも私はそ、そんなカメラの前になんて立てませんよ」

「大丈夫よ、いつもちゃんとやれてるじゃない?」

 あるみはポーズをとっている翠華が映るディスプレイを見せる。

「ひゃわあッ!?」

 恥ずかしさのあまり赤面してうずくまる。

「こ、ここ、これは戦うので必死だからですよ」

「大丈夫大丈夫! 撮影も同じくらい必死にやってもらうから!」

「そ、それはそれで怖いです」

「――だってかなみちゃんと一緒なのよ」

 不意にあるみは翠華の耳元で囁く。

「え?」

「動画の撮影中なら何があっても、そういうストーリーだってことにすればなんでもできるわよ」

「な、何があっても……! そ、そういうストーリー……! な、なんでも……!?」

 翠華は再び顔を真赤にして蒸気を吹き出しそうになる。

「どう、やりがいあるでしょ?」

 そしてこの一言がとどめになる。

「…………やります」

 翠華は弱々しく明確に了承の一言をとる。

「す、翠華もちょろい……」

「あとはみあちゃんだけなんだけど……」

「わ、私は出ないわよ!」

「じゃあ、一人でお留守番ね」

「え?」

「だって、私達は撮影で外に出るから撮影に参加しないみあちゃんは一人でオフィスにいてもらうことになるのよ」

「え、え、みんな、出るわけ? 鯖戸も……?」

「僕も機材の運搬をしなくちゃならないからね」

「ふ、普段はそんなことしないくせに!」

「というわけでみあちゃん、一人でお留守番頑張ってね! 一人で!」

 あるみはことさらに「一人で」を強調する。

「う……う……え……」

 みあは小刻みに震える。

「しょ、しょうがないわね! 出てあげるわよ、本当は撮影なんてチョーカンタンな仕事はかなみ達に任せようと思ったんだけど!」

 精一杯の言い訳を赤面しながら言うみあ。

「子供らしくもうちょっと素直になればいいのにね」

 あるみは自分の子供を見守るかのように密かに言う。




 あるみが撮影の場所として選んだのは、小高い丘で見晴らしが良く都会にしては隠れた自然の穴場としてあまりしられていないスポットだ。

「こ、こんなところで何を撮影するつもりなのかしら?」

 かなみは出演することは了承したものの、何をされるのか全く聞かされていないため、不安にかられる。

「嫌な予感しかしないけどね」

「かなみさんと……かなみさんと……」

 翠華はうわ言のように頭に勝手に描いた筋書きを呟く。

「さて、それじゃ撮影に入ろうか」

「え、もう始めるの」

「早くしないと日がくれるからね。でもその前にスタッフの紹介はしておくよ」

「スタッフ……?」

 鯖戸の足元からマスコット達が現れる。

 中には何度か見た顔もあれば、初めてみるものもある。

「編集のラビィだ、よろしく」

 ヘッドセットをつけてそのサイズに合ったパソコンをウサギのマスコットだ。

「カメラマンのトリィよ、よろしくね」

 落ち着いた女性の声をしたトリ型のマスコットだ。

「そういえば、普段からトリィが撮影してるのよね?」

「ええ、いつもあなた達の活躍をカメラに収めさせてもらってるわ」

「今回もよろしくね。ちゃんと可愛く取ってよ♪」

「もちろんよ。もう一人のカメラマン共々よろしくね」

「もう一人?」

「トリィと同じくカメラマンのドギィだ!」

 犬型のマスコットがカメラを持って勇ましく現れる。

「ドギィもカメラマンやるんだ。あ、あれ、ドギィはいつも追跡担当じゃなかったかしら?」

「時々俺もカメラを回してるんだぜ。この前の骨董屋とかお化け屋敷とか、主に室内だがな」

「へえ、そうなんだ」

「気をつけなさいよ、かなみ。たまに動画でやたらローアングルできわどいところを映ってるのはこいつの仕業だからね」

「ば、バカを言うな、みあ! こ、これはユーザーのニーズに答えるために、だな……あえて、そういうアングルで……!」

 この反応を見て、堅物の印象だったドギィが、やや変わっているように見えた。

「まあ、そんなドギィを放っておいて。紹介を続けるよ、こいつは演技指導のトニィだ」

「よろしく」

 彼は初めて見るトラ型のマスコットだ。トラといった勇ましいイメージとは裏腹にメガネをかけているせいもあって、とても落ち着いた印象を受ける。

「普段は商品企画や開発を担当している」

「じゃあ、私のステッキやみあちゃんのヨーヨーを作ってるのって?」

「私が設計して発注している。いつか君達のフィギュアを作ってみたいと思ってる」

「は、はあ? フィギュア?」

「ちなみに君達の身長・体重・スリーサイズは全て把握しているから等身大も作ろうと思えば作れる」

「予算がないからな」

「そういう問題なのかしら?」

 トニィの発言に対しての鯖戸の返答にかなみは疑問を浮かべる。

「かなみの等身大ならいくらでも払うって思ってるでしょ、翠華?」

 翠華はギクリと全身を震わせる。

「そ、そんなことないわよ……! かなみさんは……かなみさんは実物じゃないと意味無いもの!」

「それはそれで気色悪いけど」

「以上のいつもの三匹に加えて今回は四匹のマスコットが加わることになる。いや、社長のリリィもいるか」

「は、八匹……?」

「そいうえば、会社のマスコットって全部で何匹いるのよ?」

 そもそも、このマスコットの正体自体何なのかかなみ達はわかっていない。

 普段は気軽に話しているけど、改めて考えるとぬいぐるみ達が喋りまわって、あまつさえ仕事や経営を担当しているというのはシュールだ。

 しかも、この分だともっといそうな気がするし。

「うーん、それはまあ企業秘密だ」

「都合が悪くなるとすぐそれね。本当は部長も把握してないんじゃない?」

「そんなことないさ。ただ、あまり表に出せない奴もいるからね」

 相変わらず何か得体のしれなさを感じさせる。マスコットも、部長も社長も含めて。

 入社してからもう随分経っている気がするが、未だに『企業秘密』にされていることが多く、胡散臭さがどうしても拭いきれないでいる。

「ところでその社長とリリィはどこ? こっちに来てから見かけないけど」

「今準備してるところだよ」

「準備って何かしでかすつもりなの?」

「あの人ならむしろ何もしでかさない方が驚きよ」

 確かに、と翠華の発言にかなみは納得する。

「それで、肝心の動画の内容はどうなってるの?」

 みあが訊く。

「あたしが出るんだからショッボイ内容だったらゆるさないわよ!」

「みあちゃん、ノリノリだね」

 さっきまであんなに、ヘタしたらこの三人の中で嫌がっていたのに。いざ出演すると決めるやいなやこの調子である。

 本当は出たくて出たくてしょうがなかったんだな、と相変わらず素直になれないみあをかなみは愛おしく思う。

「でも、どんな内容になるか気になるわね」

 何気なく翠華は言っているが、心の中ではよからぬ想像をしていた。

(かなみさんのサービスシーンと私との絡みはどのくらいあるのかしら?ひょっとしたら、キスシーンまで用意してくれていたりして……! 一体どんな内容なのか気になる!)

 そんな心情穏やかではないところを察してか、鯖戸はもったいつけずに答えてくれる。

「内容は至ってシンプルだ。これから君達は三人協力して敵を倒すんだ」

「なーんだ、いつもとおんなじじゃない? わざわざこんなところまで来てやること?」

「でも、そんな簡単なことでボーナスが貰えるならありがたいわ」

 今週もピンチだし、とかなみは心の中で付け足した。

「でも、ちょっと拍子抜けするわね」

 むしろ、ガッカリしたというのが翠華の本音だ。

「でも、その敵ってなんなの?」

「すぐにわかるよ。じゃあ、三人はあの丘で変身しておくよ」

「もう、何なのよ。行き当たりバッタリじゃないの!」

 みあは文句を言いながら丘に行く。

「私はボーナスが貰えるならなんでもいいけどね」

「……やすっぽい女」

 みあはボソリと呟く。

「みあちゃん、どこでそういう悪い言葉を覚えてくるのかな?」

「あんた達を見てるとそういうのも自然とね」

「そういう遠慮がない言い方してると将来苦労するわよ」

「よおく憶えておくわ。生きた見本がここにいるんだから」

 かなみを冷ややかな目で見ながら忠告を聞き入れる。

 そんなくだらない会話をしながら、三人は丘に立つ。

「ま、眺めはいいわね。あの背が高い鯖戸を見下ろすのもいいわね」

「た、確かにちょっといいかも」

「私もちょっとかなみさんに見下されてみたい」

 女子としてはやや背の高い翠華は密かに願望を呟く。

「さて、こっちの撮影準備は出来てるわよ」

 足にカメラを取り付けたトリィが空から呼びかけてくる。

「ウシシ、それじゃはじめようか!」

「でも、敵がいないわよ」

 かなみ達は辺りを見回してみる。

「いいんじゃない。向こうには何か考えてるみたいだし」

「そうね。敵がいなければいないで、やりようもあるし」

「それはどんなものなんですか、翠華さん?」

「そ、それはね……」

 翠華は声をつまらせる。

「素直にサービスシーンって言えばいいじゃない?」

「サービスシーンって何、みあちゃん?」

「パンチラとかとかシャワーとか水着とか……いわゆるお色気よ」

「お、お色気……? 魔法少女がそんなことして誰が喜ぶのよ」

「男はそれで喜ぶものなのよ。まあ、女の子でも喜ぶ奴は中にはいるけどね」

「なんで、そこで私を見るのかしら、みあちゃん?」

「え、でも、魔法少女モノって女の子が見るものなんじゃ?」

「だからって、男がみちゃいけないわけじゃないわ。女の子だって少年漫画は見る、それと同じようなものよ」

「みあちゃん、なんだか詳しいね」

「当然よ、これぐらい常識なんだから!」

 みあは得意げに言う。ほめられたら態度に出る、そういうところは子供らしいとかなみは思う。

「さて、それじゃサービスの変身シーンといこうか」

 マニィの号令で三人はコインを取り出す。

「魔法少女三人の変身シーンは確かにサービスといってもいいわね」

 特にかなみさんのが、と翠華は心の中で付け足す。

「まあ、尺稼ぎともいうけどね」

「そういう世知辛い話は無しだぜお嬢」

「なんでもいいけど、早く変身しましょう!」

 かなみが率先してコインを投げ入れる。それに続いて翠華、みあが投げる。

「マジカルワークス」

 おなじみの掛け声とともに三人は黄・青・赤の三色の光に包まれる。

「愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!」

「青百合の戦士、魔法少女スイカ推参!」

「勇気と遊戯の勇士、魔法少女ミア登場!」

 三者三様の名乗り口上を高らかに上げて丘の上に降り立つ。

「それで、この後どうするの?」

「敵が来る、らしい」

 かなみが訊くとマニィがメモ帳の切れ端を持って答える。

「敵? ここにネガサイドが現れるっての?」

「カンペにはそんなこと書かれていないから違うと思う」

「っていうか、そんな都合良く敵なんて現れるわけないじゃない」

 みあの言う事ももっともであったが、あの社長と部長なら都合良く用意していることもあり得るとかなみは思った。



ドン!



 次の瞬間には、けたたましい爆音を上げて砂煙が巻き上がる。

「わ!? な、なによこれ!?」

「白銀しろがねの女神、魔法少女アルミ降臨!」

 はちきれんばかりの胸を覆う下着のような布地に、上着を羽織った半袖のジャンバーと金色のスカートに身を包んだ銀髪金眼の魔法少女が現れる。

「しゃ、社長!? なんで社長まで出てるんですかッ!?」

「もしかして、戦う敵って社長のこと?」

 ミアは呆れた様子でアルミに問いかける。

「そう! あなた達三人が協力して私を倒す! これがこの動画の趣旨よ!」

「なんでそんなわざわざ面倒な内容に?」

「まあ、そろそろあなた達の力量を確かめておきたかったってわけよ。ついでに鍛えてあげられるしね。何よりも私も思いっきり戦えるし!」

「最後のそれが目的ですよね!?」

「問答無用! 五体満足で撮影を終わらせたかったら私に一撃でも与えてみなさいなッ!」

 アルミは自身の身の丈ほどあるドライバーを片手で抱えて襲いかかる。

「メチャクチャよ!」

 そんなモノをまともに受けてはたまらないと、カナミ達三人は飛び上がってよける。

「甘い!」

 アルミは即座に魔法弾を撃ち出して、三人を落とす。

「初撃しょげきをかわしたぐらいで安心するのは早い! それに空中は追撃をかわすのに向いていないわ!」

「そんなとっさに……」

「できないっていうの? だったら黙ってやられるしかないわね!」

 アルミは間髪入れず魔法弾を繰り出してくる。

 三人は何十もの魔法弾をかいくぐりながら、機会を伺う。激しい爆発と爆煙の中はこの上なく反撃の場となる。

「たあッ!」

 スイカの背後からの一撃。魔力によって常人ならざる魔法少女の身体能力と爆煙に乗じた不意のレイピアによる突き。まともな敵ならそれだけで仕留められる必殺の一撃だ。

「攻撃が直線的にすぎるわね」

 だが、相手もまた常人ならざる魔法少女。猛スピードで突き立てられたレイピアをアルミは苦もなくドライバーで正面から受け止める。

「ビッグ・ワインダー!」

 アルミの横からるヨーヨーが襲いかかる。

「とはいっても、からめ手ばかり頼るのも考えモノね」

 そのヨーヨーさえもドライバーを薙いで、振り払う。

「まあ、狙いは悪くないけどね」

 ドライバーを地面に立てる。すると、彼女を中心に地面が割れ、大爆発が沸き起こる。接近していたカナミとミアの爆風に飛ばされる。

「さあ、次はどんな手で来るのかしらカナミちゃん?」

 アルミの視線は後方で機会を伺っていたカナミに向けられる。

「う……」

 スイカとミアは魔法少女として先輩であり、自分よりも戦い慣れている。その二人の攻撃がああもあっさりと防がれたのだから、自分の攻撃が簡単に通じるはずがない。

 簡単にはいかない。下手をすれば反撃を受けてやられてしまう。アルミのドライバーの破壊力は何度も目の当たりにしている。

 仕事で組んでいるため、身近に知っている。知っているだけにその破壊のイメージがどうしても脳裏によぎってしまい、恐怖で硬直してしまう。

「一ついい事を教えてあげるわ、カナミちゃん」

 アルミは微笑んでドライバーを振りかざす。

「考えてちゃダメよ。感じるのよ!」

 そのまま飛び上がり、カナミに襲いかかる!

「わあッ!?」

 驚いたカナミはステッキを振って反射的に魔法弾を撃ち出す。

「そう、それよ!」

 アルミはドライバーを突き出して魔法弾を衝突させる。

「考えることは自分に制限を作ってしまう。あなたの莫大な魔力を制御するためにはまず限界を考えることじゃなくて感じることよ」

「感じる……何言ってるかわからないわよ!」

「そう、わからないわよね。だからこれから感じてもらうわ、あなたの限界をね!」

 ドライバーにアルミは突き立てられる。

「ぐッ!」

「ストリームドライバー!」

 ドライバーは激しく回転し、カナミはそれに巻き込まれるように回転し、跳ね飛ばされる。

「うぇぐぅえ……!」

 回転しながら地面にたたきつけられたカナミの目を回して、頭も揺れ、嘔吐感にも襲われる。

「こ、こんなの……メチャクチャ、よ……!」

「魔法はメチャクチャよ。だからそのメチャクチャを常識にしなければならないわ、あなたの中でね」

「言ってる意味、わかんないけど……!」

 カナミはフラフラながら歯を食いしばって立ち上がる。

「こんな理不尽、常識になんかしたくない!」

 あふれんばかりのカナミの魔力の光がステッキを巨大な大砲―神殺砲かんさいほうへと変化させる。

「ボーナスキャノン!」

 そして溢れんばかりの魔力が砲口へと収束し、撃ち出される。

「その理不尽もまた魔法よ」

 カナミはドライバーを突き出す。

「ディストーションドライバー!」

 突き出されたドライバの先端は激しく回転し、旋風を巻き起こす。いや、旋風のみならず、真空さえも発生させ、その空間そのものを異次元へと変化させていく。

 何もかもがねじまがった空間では魔力の大砲といえども、原型を保つことはできず、凄まじい勢いで四方へと分散してしまう。

「あと、その理不尽への激怒もね」

 アルミはドライバーを軽々と振り回して、肩にかけて笑う。

「白銀の女神……理不尽の悪魔の間違いよね……?」

 カナミは呆れて悪態をつくことしかできなかった。

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