第6話 恐怖! 幸運はいつだって急降下のジェットコースター(Bパート)

 まだ休みとはいえ、朝早くだったため、一番人気のジェットコースターなのだが、それほど時間がかからず乗ることができた。

 ガタンガタン、とコースターが音を立てていくごとに着実に上がっていく。

 そして、急降下。頂点から地上へ一気に降っていく。

「ひゃあぁぁぁぁッ!」

 翠華とかなみはスリルに満ちた悲鳴を上げる。

 そこから先は流れのままに次から次へとアトラクションを乗っていく。

「次、あれに乗りましょう!」

「え、ええ……」

 かなみにはこれが翠華のための予行練習なんて当初の目的はもう忘れてしまい、大いにはしゃいでしまっている。もっとも、その方が翠華としては嬉しいのだが。

(これって、もう本当にデートみたいだわ。ええ、これはデートなのよ)

 ただ、当の本人に自覚がないのだから、これがデートとはいいきれない。

 今はただの先輩後輩で、休日に遊びに来ている二人組としての認識しかない。

(いつか……かなみさんにこの想いを打ち明けて……!)

 内に決意を秘め、気持ちを募らせていくのだが――いつかというのはいつなのだろうか。

 そんな当たり前の疑問にふと打ち当たってしまう。

(私の気持ちをかなみさんが知ったら、かなみさんはどう思うのかしら?)

 それがまったくわからない。予想できないがゆえに、『いつか』というのいつになるのかわからない。

 翠華には自分の性癖が異常なものだという自覚は一応ある。対するかなみは普通の女の子だ。普通に男の子に興味があって、女の子を恋愛対象として見るなんてことは考えたことがないだろう。

――もしも、それで私のことを嫌いになるようなことになったら?

 そう思うと怖い。たまらなく怖い。

 それならいっそのこと、このまま今の関係を続けた方がいいのかもしれない。

 でも、それでも……。

「翠華さん?」

「え? あ!?」

 かなみの声が聞こえたことで我に返る。それと同時にかなみが間近に迫っていることに気づく。

「さっきからぼうっとしていましたけど、考え事ですか?」

「え、ええ、まあね」

「彼氏さんの事、考えてたんですか?」

「え、ええ、そんなところよ」

 嘘は言っていない。翠華は密かに思った。

「いいですよね。翠華さんみたいに素敵な人に想われて、彼氏さん、幸せですよ」

「そ、そんなこと無いわよ。私なんか全然素敵じゃないし……」

「そんなことないです。翠華さんは素敵ですよ」

「あ、ありがとう……」

――本当に素敵なのはかなみさんの方よ。

 そう言いたかった。こんな自分を臆面もなく素敵だと言えるのだから。

 翠華にはかなみの笑顔がまぶしくてしょうがなかった。

「翠華さん、大丈夫ですか? 顔赤いです」

「え、だ、大丈夫よ。ちょっと、今日は暑いからよ」

「じゃあ、休みませんか?」

「い、いいの? かなみさん、あれにも乗りたいって?」

「大丈夫ですよ! 休んだからって逃げられる訳じゃありませんから!」

 かなみはベンチに座り込む。

「ほら、翠華さんも座りましょう」

「ええ、そうね」

 かなみの隣に座る。

 こうしていると、本当に恋人同士かもしれない。

 錯覚かもしれないけど、思わずにいられない。



「しかし、意外でしたね」

「何がよ?」

 オフィスのデスクに積み上げられた書類の束を目を通しながら鯖戸は唐突に切り出す。

「社長があんなモノを用意してるなんて思いませんでしたよ」

 あんなモノというのは言うまでもなく遊園地のフリーパスポートのことだ。

「たまたま持っていただけよ」

「たまたま二枚ですか? そういうときというのは誰かを誘うために用意していたときの方便でしょ?」

「こーうま」

 あるみは気だるそうに鯖戸仔魔さばとこうまの名を呼ぶ。

「あなたのそーいうめざといところはいいところだけど、下手な勘ぐりは返って欠点になるわよ」

「決してヘタをうったわけではないのですがね」

「今回に関してははずれよ」

 そう言ってあるみは一枚の書類を鯖戸に渡す。

「依頼書? ちゃんと仕事してたんですか」

「心外ね。何のために飛び回ってると思ってんのよ」

「そうでしたね。私はてっきり面倒な雑務を全部押し付けるためだと思いました」

「う……!」

 あるみの笑顔が若干引きつる。

「しかし、これまた変わった案件ですね」

「彼女達にピッタリでしょ?」

「なるほど、チケットは経費だったんですね」

「ええ、素敵な彼氏と楽しんできてね。なんて気の利いたことを言うもんだから困ったものよ」

「私は別にいつでも構わなかったんですけどね」

「は? 冗談言わないでよ。毎日書類と電話だけが友達の男と行けるわけ無いでしょ」

「手厳しいな。だからってあの二人に行かせるのも人が悪いというか、なんというか」

「面白いからよ。お化け屋敷に本物のお化けが出るなんて……年頃の女の子がいかにも興味持ちそうでしょ?」

「年頃の女の子、か……自分だって興味津々のクセに」

 鯖戸のぼやきに、あるみは得意満面の笑みで答える。

「当然でしょ、私だって年頃の魔法少女なんだから」



「翠華さんの彼氏ってどんな人なんですか?」

「え、あッ!?」

 ストローで吸い上げたジュースを噴きこぼした。

「どうしたの、突然?」

「そういえば、聞いてなかったなと思いまして。どんな人なんですか?」

「え、えぇ、そうね……」

 そんな人はいない。あくまでこのデートのためについた嘘なのだから、いるはずがない。

(ウシィ、どうすればいいの?)

 困り果てた翠華はウシィに救いを求める。

(ウシシ、こんなときだけ俺をあてにするのはよくないぜ)

 しかし、ウシィは無下にする。翠華はさりげなくため息をついて答える。

「明るい人よ。笑顔が素敵な、ね」

「へえ、そうなんですか。いいですね」

 あなたのことよ、と翠華は心の中で呟く。

「でも、あぶなっかしくて時々守ってあげたくなるのよ」

「いいですね。私もそういう彼氏が欲しいです。って言っても、とてもそんなヒマはないんですけどねアハハ」

「そんなことないわよ。かなみさんは一生懸命頑張ってるもの、きっと素敵な人が現れるはずよ」

 願わくばその素敵な人が自分であるように、と願ってしまう。願っていいのかと疑問を投げかけつつ、願わずにいられない。

「翠華さんにそう言われると嬉しいです」

 かなみはジュースをそう言って飲む。

「そうね。私もかなみさんに元気をもらってるわ。今日だってそうだわ」

「ええ、私なんかただ色々引っ掻き回してただけじゃないですか?」

「でも、かなみさんがいなかったらこれだけ回れなかったわ。いっそのこと今日は制覇しちゃおうかしら?」

「せ、制覇ですか?」

「ええ、あと行っていないのって、そんなにないはずよ。まずはお化け屋敷、なんてどう?」

「お、お化け屋敷……!?」

 あからさまにかなみはビクつく。その反応を翠華は見逃さず、不審に思う。

「そう、お化け屋敷よ」

 試しにもう一度言ってみた。

「そ、そういえば、行ってなかったですね」

 明らかに挙動不審だ。

「じゃあ、行きましょうか」

「え、そ、それは後にしませんか? まだ行きたいところありますし」

 ここまで言われると、翠華はある推測に自然と行き着く。

(もしかして、かなみさんってお化けが苦手?)

 ありえないわけではない。ただ、少し意外なだけ。

「え、他にあるかしら? もう、ほとんど回っちゃってるし……」

 そうなると翠華はお化け屋敷に行かせたくなる。

――お化けに怖がるかなみを見てみたい。そして、あわよくば自分のかっこいいところを見せたい。

 昔からあるデートで意中の相手の好感度を上げる方法だ。

 古典的かつ典型的な作戦。おまけに成功例に乏しい。だけど試さずにはいられない。

「行ってみましょうか。ここのお化け屋敷、怖いって評判だし」

「え、ええ、はい」

 かなみは断りきれず、翠華についていく。

 そのついていった先には、お化けのペイントが施されたいかにもといった建物があった。

「あの……翠華さん、やっぱりやめませんか?」

 こうして、何度もためらうかなみを見るのは本当に珍しい。それゆえに、翠華もこの機会を逃すまいと攻勢に出る。

「そうはいかないわ。ここも下見しておきたいしね」

 ここで、あくまで翠華の目的を口実にすることで断りにくくさせている。

「案外、したたかだね」

「ウシシ、俺の教育の賜物かねえ」

 マスコット達は勝手なことを言っているが、そんなことを気にすること無く翠華はかなみの手を引く。

 先輩という上下関係の上に、世話や協力といった義理もあるのでかなみは断りきれなかった。

 お化け屋敷に入った途端、薄暗くなり、かろうじて足元が見えるぐらいだ。

「す、翠華さん……あ、あの……」

 かなみは震えながら翠華にしがみつく。

「か、かなみさんッ!?」

「す、すみません……あ、あの……で、できれば、このまま……で、いいですか?」

「ええ、もちろんよ」

 何の気無しに答えているが、内心は動揺で気を保つに精一杯だ。

(か、かなみさん……そ、そんなに近づいちゃ……で、でも気をしっかりもたなくちゃ! ちゃんと先輩として威厳を保たなくちゃ!)

「さ、行きましょう、かなみさん……」

「は、はい……」

(ああ、上目遣いのかなみさん、素敵よ……そんな小動物みたいな顔されたら誰だって悩殺よ……!)

 呼吸を荒げないように、一度深呼吸する。

 翠華はかなみにリードする。

 薄気味悪い廊下をある程度進めると、人魂のような火のランプが点灯している。

「きゃ、きゃあッ!?」

「お、落ち着いて、かなみさん……」

「でも、でも、ですね……!」

 予想以上の効果であった。まさかこんな初歩的な仕掛けでここまで怯えるなんて。

「大丈夫よ、かなみさん。こういうのは作り物だから……お化けなんて本当にいるわけないわ」

「ほ、本当ですか?」

 今にも泣き出しそうなほど瞳を潤せたかなみ。翠華の心臓は破裂せんばかりに脈打つ。

(こ、こらえるのよ、私の心臓! まだまだ本番はこれからなんだから!)

 そこからさらにピタピタと水が滴り落ちる音がする。

「え、え、今の音、なななんですか?」

「大丈夫よ、ただの水滴よ」

 翠華がそう答えると、絶妙のタイミングでピカーと照明が光り、目の前のオブジェクトが映し出される。

――グロテスクな内蔵剥き出しの人体模型が。

「きゃああぁぁぁッ!? 」

 腹の底から吐き出される悲鳴が廊下に木霊する。

「出た出た出た!? 心臓が胸でお腹が大腸で! 脳が頭で!?」

「だ、大丈夫よ、かなみさん! これは作り物なんだから!」

 錯乱してしどろもどろになるかなみを必死に翠華がなだめる。

「ちゅ、ちゅくりもの!?」

 そう言われて少しだけで、本当に少しだけ落ち着きかけた。

――フサフサ

 そんなところへ、不穏な足音が聞こえてきた

「す、すすいかさん? ここ、この足音は?」

「だ、大丈夫よかなみさん。大丈夫よ大丈夫だから!」

 そう言っている翠華も動転しているかなみにつられて動揺しかけていたので、この発言は自分に言い聞かせるという行為でもある。

 そして、暗闇に慣れ始めたところで近すぎず遠過ぎない距離にヤツの姿が見える。

――腐った肉と剥き出しの骨を晒すゾンビが。

「ヒイィィィィィッ!?」

 鼓膜が潰れんばかりの甲高い悲鳴に想わずゾンビも死の淵へ再び叩き落とされかけた。

「か、かなみさん、落ち着いて! あれは特殊メイクだから!」

「め、メイクぅ!?」

――フサフサ

 しかし、ゾンビが一歩一歩こちらへ近づいてくるごとにかなみの平常心が足音ともに崩れ落ちていく。

「い、いや、いやぁぁぁぁぁぁぁッ!?」

 かなみは耐え切れず、翠華を突き飛ばして逃げ去っていく。

「か、かなみさんッ! 一人じゃ危ないわよ!」

 翠華は必死に呼び止めるが、かなみには届かない。

「ど、どうしましょう?」

 ため息をつく翠華は、不意にゾンビと人体模型を見てみる。

「それにしても、これよくできてるわね。私も思わずドキッとしちゃったわ」

――フサフサ――カタカタ

 ゾンビと人体模型は止まること無く翠華に近づいてくる。

「え?」

 ゾンビと人体模型はそれぞれ翠華の両肩に手をかける。

「な、なにするの!?」

 翠華は慌てて振り払おうとする。が、手にかけた力は強く。とても振り払えるものではなかった。

 そして、肩から全身にかけて力が抜けていく感覚に襲われる。

「くくぅ……な、なんなの?」

「ウシシ、しっかりしな翠華! こいつらはただの作りものじゃないぜ!」

「そ、それじゃ、これは……! ネガサイドの罠!?」

 そうとわかれば、やることは一つ。

 翠華は戦闘経験が長いため、こういった突発的な状況判断にやや優れている。そうでなければかなみが純粋に先輩として憧れるわけがない。

「マジカルワークス!」

 真っ暗闇から一転して、青い光に包まれ、青を基調としたフリルとスカートを身に纏った翠華が現れる。

「青百合の戦士、魔法少女スイカ推参!」

 ゾンビと人体模型の腕を振り払い、かっこよくポーズを決めるスイカ。誰も見ていないのにも関わらず。

「スティング!」

 スイカは瞬く間にレイピアで二体同時に串刺しにする。

「危うく、魔力を吸い尽くされるところだったわ」

「ウシシ、お化け屋敷に本物のお化けが出るとはな。定番ちゃあ定番だな」

「でも、そうなるとかなみさんが危ないわ!」

 かなみは今錯乱している。敵からしてみれば襲うにはこれ以上無い絶好のチャンスだ。

「早く行きましょう!」

「ウシシ、おっと愛しの少女がピンチとなると張り切るねえ!」

 それと同時にかなみにかっこいいところを見せる絶好のチャンスでもあった。



 悲鳴を上げながら全力疾走すれば、いくら錯乱していようが、疲労感と脱力感でいやがおうにも頭の方は落ち着いてくる。

「ハァハァ……ハァハァ……」

「どう、ちょっとは落ち着いたかい?」

「落ち着くもなにも……ここどこ?」

「お化け屋敷の中に決まってるじゃないか?」

「お化け屋敷……あ、そうだった、私翠華さんと一緒にお化け屋敷に入って……」

「しかし、君がお化けが苦手だとは想わなかったよ」

「べ、別に苦手とかそういうわけじゃないのよ! ただちょっと、怖いかなって思っちゃって……」

「それが苦手というんだ」

「う、うるさい! とにかく翠華さんを探さなくちゃ!」

――フサフサ

 不意に聞こえた足音がかなみは反射的にビクッと震える。

「え、え……?」

「落ち着きたまえ。あれはただの作り物だ」

「ちゅ、ちゅくり、そう、そうよ! あれはただの作りものなの……」

「そう、作り物だ。落ち着いてみれば、なんてことはない」

「そ、そうよ、おちつけ……おちつくのよ、わたし!」

 震える声で落ち着くも何もあったものではないが、とにかくさっきほどは錯乱していないようだ。

――フサフサフサフサ

 だが、足音は一つではなく、時間が経つごとにどんどん増えてくる。

 必死に落ち着こうとしているが、それでも恐怖でかなみは動けなかった、

 足をガクガク震えさせ、肩をビクつかせる。その場に立っているだけで精一杯である。

「ひぃ、ひぃッ!?」

 灯りがつくと同時に、周囲がどうなってるかわかる。

 それは恐怖を必死でせき止めてダムが決壊することを意味していた。

――ゾンビの大群に囲まれていたのだ。

「は、えッ!?」

「落ち着け、かなみ! 気を確かに保つんだ!」

「は……ひゃぁッ……!?」

 マニィの言葉はかなみの耳に届かない。完全に恐怖で硬直している。

「素晴らしい恐怖ですよ、お嬢さん」

 墓石の上から、サスペンダーをつけた子供用ワイシャツを着ているいかにもおぼっちゃまといった容姿の少年が現れる。

「かなみ、あいつだ! ネガサイドの幹部だ」

「ね、ネガ、ヒャイド!?」

「お久しぶりですね。僕の名前を忘れてしまいましたか? 僕はスーシー、ネガサイドのエージェントですよ」

「そ、それどころじゃ……!」

「仕方ありませんね。あまり恐怖に錯乱してしまいましたか。これは思っていた以上の成果ですよ」

「せ、成果ってね……こ、こんなことして、な、なにが目的なのよ!?」

「魔力の搾取ですよ。一般人は君達魔法少女に比べて魔力の絶対値が低いですからね。だから、恐怖という感情をトリガーにして無理矢理魔力を引き出さないといけないんですよ」

「なるほど、強い感情の起伏は魔力へと変化する。恐怖、人間の中でも最も強い感情の一つだ。それを利用し、なおかつ君達の暗躍を公にしないためのカモフラージュとしてもお化け屋敷はうってつけだ」

「そのとおりです。僕達がもう一度表舞台にたつためにはまだ下準備が整っていませんからね。こうやって地道な活動をしなくちゃ」

「だが、それでも君達は目立ちすぎた。社長に目をつけられたのだからね」

「それで、君達をよこしてきたみたいですが、頼みのお嬢さんがその調子ではね」

 スーシーは鼻で笑う。

「あ、あ、あ……!」

 かなみには今のマニィとスーシーのやり取りなど耳に入っていなかった。

 ただ、これがネガサイドの企みで本物のゾンビが自分に襲い掛かろうとしている、ということだけが理解できた。

「かなみ、しっかりするんだ。いつも僕に食って掛かる威勢のいい君はどうしたんだ?」

「そ、そんなこと言ったって!」

「ともかく変身するんだ。何がどうあろうと変身シーンはとっておいた方がいいからね」

「もう! こんな時だってお金の話なの!」

 文句を言いつつも、マニィの憎まれ口で少しは平静になったのか、手元からコインを取り出す。

「でも、やるしかないんなら、――やってやるわよ!」

 震える指で懸命にコイントスをする。

「マジカルワークスッ!!」

 コインから溢れ出た光がかなみを包み込み、フリフリの黄色を基調とした衣装を着込んで魔法少女カナミとして姿を現す。

「正義とお金と借金の天使、魔法少女カナミ登場!」

 恐怖でがんじがらみになりながらも習慣なのか、プロ根性なのか、ちゃんとポーズをとって名乗り口上を上げる。

「ええい、よるなよるなぁぁッ!」

 しかし、それは一瞬のことでステッキを無理矢理振り回して魔法の弾を撃ち出す。

「ぐわおッ!?」

 弾に当たったゾンビは不気味な断末魔を上げて、爆散する。

 そのせいで、必死に抑え込んだ恐怖がまたぶり返してくる。

「いやいや、意外に頑張りますね。でも、ダメですよそんな戦い方じゃ。力を存分に出し切れませんよ」

「う、うるさいわね!」

 カナミは弾を連射させる。

 ゾンビに囲まれているのだから、無茶苦茶に撃っていても当たる。ただ無茶苦茶なだけに疲れるのも早い。

「ハァハァ……!」

「でも、そういうのだとすぐにバテてしまうんですよね。アハハハハ」

「こ、この……ッ!」

 スーシーの嘲笑にかなみは歯ぎしりする。

「それでは、こっちもちょっと本気にさせてもらいますよ」

「――え?」

 突然、足を掴まれた。

――カリカリカリ

 骨が擦れる音――つまり、掴んだのは骨の手だ。

「え、ええ、ええぇッ!?」

――ドン!

 間髪入れずに爆発があがる。

「ハァッ!?」

 その瞬間、目の前によぎったのは髑髏しゃれこうべ。

 しかも、爆発で飛び散ったゾンビの腐りかけた肉が混ざった――女子なら間違いなく卒倒してもおかしくないほどのグロテスクなものだ。

「イ、イヤァァァァァァッ!?」

 いや、男でも大人でも、そして魔法少女でも、こんなものを見せられたら失神、もしくは絶叫を禁じ得ない

「そう! それですよ! 最高に満ちた恐怖の悲鳴ですよ!」

 スーシーは歓喜する。

「く、くぅ……」

 なんとか意識は保てたが、立っているだけで精一杯だ。おまけにまだ足は骨の手で抑えられている。

――逃げられない。

 そう思った途端、必死で抑え込んでいた恐怖が溢れ出て、身体をがんじがらめにする。

「さて、それでは最高潮に高まった恐怖を搾り取らせてもらいますよ」

「う、うぅ……! ち、力が……!」

 カナミの魔力が吸い上げられていく。

「まずいね。いや、これはチャンスかな」

「ど、どうして、私がこんな目に……?

「それは君が類まれなる莫大な魔力量のせいですよ。それを恐怖によって存分に搾り取りたいと思うのは当然だと思いませんか?」

「魔力……恐怖って……それだけしか頭にないの?」

「それはもちろん、僕達は悪の組織ですからね」

「――だったら、私はそんな悪の組織は許せないわ!」

 カナミは立ち上がる。

「おお、吸い尽くしたと思ったら、まだ残ってるなんて凄いですね! では、これはいかがですか?」

 スーシーは指を鳴らす。

 すると、骸骨やゾンビの群れは姿を消す。

「こ、今度は、な、何よ?」

「怯えるな、そうすればやつらは君の魔力を絞りとってくる」

「う、うるさい! 怯えてなんかいられないわよ!」

 吠えてはいるが、その震えからどう見ても虚勢としか思えない。

 そんなところに、フゥッと髪をなびかせるそよ風が吹く。次の瞬間、目の前に現れたのは空飛ぶ黒い布だ。

――カチカチ

 そしてその布から現れるのは骨の手とその手に持った大鎌であった。

「ま、まままま、まさか……」

 フゥッと再び風が吹く。

 そして、わずかにめくれた布から覗かせた正体は髑髏しゃれこうべ。どこからどうみても死神、その登場であった。

「ぎゃ、ぎゃあぁぁぁぁ、でたぁぁぁゆ、ゆ、幽霊よ!?」

「落ち着け、カナミ! あれはただのモンスターだ」

「い、いえ、幽霊よ!! だって足がないじゃない!?」

「そういう問題か? いや、この際どうでもいい!」

 カナミが恐怖で錯乱している間に、死神の鎌が振り下ろされる。

――サク!

「あぐッ!?」

 反射的にのけぞったおかげ、胴体から真っ二つは避けられたが、それでも腹をわずかに斬られた。

「わ、わわわ……ッ!?」

「落ち着け、その程度の傷なら問題無い」

「ゆ、ゆゆ、ゆーれい、わ、私を……む、迎えに、きて……!」

 その錯乱の様子から、立ち直るのが不可能に思えてしまう。

「さて、それでは、トドメの時ですね。その綺麗な首を跳ね飛ばさせていただきますか。いえ、足を斬り落とすのもいいですね。あなたの恐れる幽霊に鳴ってみるのも面白いものでしょうし、フフフ」

 嗜虐に満ちた笑みでスーシーはカナミを見下ろす。

「そんなことさせないわ!」

「なッ!?」

 スーシーの背後に現れたスイカは胸を一突きする。だが、寸前のところで気づいたスーシーはかわし、サスペンダーをかすめて切り取っただけの結果に終わった。

「ハァハァッ!」

 息を切らして、肩で呼吸するカナミ。

「おやおや、随分とお疲れのようですね。ここに来るまで相当倒してきたみたいで、お見事という他ないですね。まあそのおかげで命拾いしたのですが」

 その疲労で、突きの速度が落ちたために、不意打ちが成功しなかった。

「さて、君にはどんな催しが相応しいか……」

「そんなモノ、必要ないわ! さあ、カナミさん、立って! 立って戦うのよ!」

「す、スイカ、さん……!」

 ようやく、カナミはスイカの姿を認められた。

「だ、ダメ、ダメ、なんです……足が動かなくて! 私、幽霊が怖くて……怖くて仕方ないんですよ!」

「大丈夫よ、カナミさん! あなたは戦えるわ!」

「そ、そんなこと言われても……!」

「――だって、あなたには借金以上に怖いモノなんてないはずよ!」

「え?」

「そいつを倒せばボーナスなのよ! 借金に怯えなくてもいいのよ!」

「ぼ、ぼぼ、ボーナス……!」

 その言葉を聞いて、震えが徐々におさまっていく。

「……あいつを倒せば、あいつを倒せば……ボーナス! あいつを倒せばボーナス!」

 念仏のように何度も繰り返し呟きながら、カナミは立ち上がる。

「やって……」

 声は小さいが、震えはなく、死神の耳にも届くほど確かな面持ちでカナミは呟いた。

「――やるわよ!」

 ステッキに光が満ちる。

「そんなバカな……絞り尽くしたはずなのに……!」

「ボーナスは――必ずもらうわ!」

「ひぃッ!」

 カナミのあまりにも冷たく、それでいて鬼気迫る熱視線がスーシーを退かせる。

「神殺砲かんさいほう! ボーナスキャノン!!」

 カナミの一声とともにステッキから大砲へ変化し、凄まじい魔力による光の砲弾が撃ち出される。

 光は死神もスーシーをも飲み込んでいき、お化け屋敷を爆散させてしまう。



「ボーナスをもらえないってどういうことなの!?」

 かなみは鯖戸部長のデスクを叩く。

「まあまあ、あげないとは言ってないよ」

「じゃあ、またいつもみたいにごまかすの? 私達はちゃんとお化け退治したんだからね! そうですよね、翠華さん?」

「え、ええ……そうね」

「いや、ごまかしてるわけじゃない。ただ、今回この仕事をもってきたのは僕じゃないんだよ」

「そういえば、そうでしたね。あのチケット持っていたのは社長ですし」

「じゃあ、ボーナスを支払えるのは社長ってこと!?」

「うん、そうなるね!」

「社長はどこ!?」

 デスクに身を乗り出して、鯖戸に問い詰める。

「さっき、出て行ったよ」

「そんなこと、わかってるわよ! 行き先は!?」

「空港だよ。あの人、すぐ飛び回ってしまうからね」

「空港ね! 今から行けば間に合うわね!」

 かなみは翠華の手を引く。

「え、ちょ、かなみさん!?」

「行きましょ、翠華さん! せっかくのボーナスが逃げられちゃう!」

「え、ええッ!?」

 翠華にとって、ボーナスはどうでもよかった。かなみと二人っきりでデートが出来たのだから十分過ぎるほどの報酬を既にもらった気分になっているのだ。

――ただ、人間というのは欲張りなものだ。

 かなみに手を引かれた時、デートの続きが出来ると喜ぶ自分がいることに翠華は気づく。

(追加報酬をもらうのも悪く無いわね)

 オフィスを出る時、翠華は喜びに満ちた笑みを浮かべてそう思った。

「やれやれ」

 一人残された鯖戸はごちる。

「あの喧騒と食いつきぶり……あれじゃ、まるでボーナスの亡者みたいだ」

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