第4話 決戦! 魔法少女は完済の夢を見るか (Bパート)

 そう、動く阿修羅像だった。これには以前、カナミが初めて請け負った仕事の最中に戦った不動明王像を彷彿とさせる力強さと高級感のある佇まいであった。

「なんで、阿修羅がここにいるのよ!?」

 その疑問に答えるかのようにどこからか、天女のような女が舞い降りた。

「それは私のモノだからよ」

「テンホー!」

 こっちの方はテレビで見たばかりなのでさすがに覚えていた。

「不動明王のときはあなたのせいで失敗したけど、これはそれ以前に私がモノにしたカレよ」

「……なるほど、連続仏像窃盗事件のときに盗み出したモノか」

 マニィが言ってくれたことでカナミは思い出す。あのとき、仏像の窃盗は止めることはできたが、犯人はここにいるテンホーであって捕まえることはできなかった。そのため、それ以前に盗まれた仏像の行方はわからないまま、事件は終わったのだった。

 それがまさかこんなところで現れることになるなんて。

「なんでそんなものが今更になって出てくるのよ!?」

「そこの男が言ったはずよ! これはお前達への切り札だと、切り札というのは一番イイ時に使ってこそ価値があるのよ!」

「だけど、そいつさえ壊さばもうあとはないってことでしょ」

 ミアは怯まず、ヨーヨーを構える。

「そいつは勇敢だな! だが無謀だぜ、魔法少女よ!」

 明らかにカンセイはミアを挑発する。

「それはどうかしらね!」

 不意にカナミ達の背後から声がして、凄まじいエンジン音とモーター音が鳴り響く。

 その正体は、猛スピードで接近してきたバイクに乗ったスイカだった。

「エエェェェェェイッ!!」

 スイカは追いついてきた勢いをそのままに、トラックの荷台へと突っ込んでくる。

 ズンッと豪快な音とともに、スイカはテンホーもカンセイもまとめてひくほどの勢いだった。

 だが、それは止められる。阿修羅像の六本の腕がバイクを受け止める。

「こんのッ!」

 バイクを止められたスイカは、そこから飛び上がり、カナミとミアの隣に立つ。

 途端にトラックはブレーキをかけて、高速道路で急停止する。

「あ、危なかった……!」

 カナミ達三人は体勢を大きく崩しながらもなんとか立て直す。

 道路に振り落とされなかったことに一安心する。我ながら絶妙なバランス感覚だったとカナミは感心する。

「な、なんで急に止まるのよ?」

「私達を振り落とすつもりだったかもしれないわね? でも、これじゃあかえって私達に都合がいいわ」

 スイカの言う通り、ミサイルを止めることが目的だった。トラックがこの高速道路で止まってくれるのなら、確かに都合はいい。というか、もうほとんど目的は果たされたようなものだ。

 だというのに、気持ちが晴れないのはこれを自分の手で行ったことではなく、敵が行ったことにあるのだ。

 敵を嫌がることをすることが戦いの基本だが、逆に敵が喜ぶようなことをするなんて、そちらの方が気味が悪く感じる。

「なんで、急にとめたの!?」

 その気味の悪さに耐え兼ねて、カナミは敵に問いただした。

「それはもちろん役者が揃ったのだから、それに相応しい舞台にしただけよ!」

 テンホーは高らかにそう答えて、ミサイルと阿修羅像に視線を移す。

「お前達さえ始末すれば、作戦は成功したも同然! 逆に言えばお前達がいるかぎり、私達に成功はない! ならば、今この場で真っ向から叩き潰せばいい! そういうことよ」

「私達三人と阿修羅像の真っ向勝負。それで勝てるって大した自信ね」

 スイカはレイピアの刃先を阿修羅像に向ける。

 その当の阿修羅像は、受け止めたバイクを投げ捨てる。投げ捨てられたバイクはまた修理に出される運命だろうが、今はそんなことを気にしている余裕はない。

 ネガサイドの二人、その切り札である阿修羅像、そして日本を恐怖と混乱に陥れるミサイルが三本。それらが今この場にあり、こちらも三人揃っている。

 あっちもこっちも総がかりの戦い。まさにテンホーが言うように舞台、そして役者も揃ったと言っていい。

「もちろん、自信ではなく確信よ」

「だったら、その確信を砕いてやるわ!」

 カナミは拳を握り締め、ステッキを阿修羅像に向ける。かつて不動明王像を倒した時のようにしてやる、と意気込んでいるのだ。

「じゃあ、行くわよ経験者!」

「頼りにしているわよ、カナミさん」

 ミアとスイカはカナミに先陣を任せる。その結果、陣形はカナミを中心に、右にミア、左にスイカの配置になった。

「ええ、二人とも行くわよ!」

 ステッキ、レイピアにヨーヨーとそれぞれの武器を携えて、阿修羅像へと立ち向かう。

 ステッキからビーム、レイピアは突き、ヨーヨーの投擲、三者三様の攻撃が阿修羅像を襲う。だが、阿修羅像は三つの顔で三人の攻撃を捉え、六本の腕で受け止める。

 ビームは正面の両腕で受け、突きは左の両腕で捕らえ、投げ込まれたヨーヨーは右の両腕で掴み取る。

「なッ!?」

 阿修羅像は三人の攻撃を受け止め、そこから反撃に移る。六本の腕が三人を殴りつける。

 三人は攻撃を受けて後退する。

「三人の同時攻撃でもビクともしないなんて、言うだけあるわね」

 と言いつつ、スイカはレイピアを構えなおす。

 無言でそびえ立つ阿修羅像はまさに戦いの神に相応しい威厳を持ち、何者にも負けない気迫に溢れているように見えた。

「頭が三つもあるから、さしずめ向こうも三人みたいなものね」

 不動明王とは段違いの敵に、カナミは今更ながら戦慄を覚える。

 だけど、負けられない。その想いがカナミを突き動かす。だが、なんだろう。この胸の内から消えない不安は……? 敵を倒す。倒して、ボーナスをもらう。それでいいはずだ。いいはずだというのに、なんで消えてくれないのか。

 不安にかられている間、敵は黙って待っているはずがない。その不安から生まれた隙へと容赦なく襲いかかってきた。

「ぐほッ!」

 阿修羅像の腕が頭、胸、腹の三箇所同時に突き刺さる。腕が六本もあるとこんな芸当もできるのかと、カナミはこみ上げてくる痛みにどこを抑えていいのかいいかわからなかった。

(反撃を……!)

 それでも戦う意志だけは途切れない。さらに追撃をかけようとする阿修羅像にビームを撃つ。

 ありったけの魔力を込めたビームにさすがの阿修羅像も全ての腕で防御して踏みとどまらせる。

 その左右から、スイカとミアがそれぞれの武器で攻撃を仕掛ける。

――これで勝った!

 三人がそう確信したとき、阿修羅像の左右の頭が動いた。

 手が出なければ、足を出す。そんな予想だにしなかった反撃、キックだ!

 ビームを六本の腕で防ぎつつ、レイピアとヨーヨーを同時に蹴り落とした。

「く……!」

 カナミのビームを撃つだけの魔力がきれ、自由になった腕で、スイカとミアを正拳突きで打ち倒す。

 阿修羅像の攻撃をまともに受けた二人はアスファルトに叩き付けられる。二人のダメージは大きく、意識を保っているだけで精一杯で中々立ち上がれそうにない。

 さらに魔力が切れたカナミに襲いかかる。

「アゥ、グホ、ゲホッ!!」

 身体の数箇所に同時に殴りつけられ、その痛みに耐えかねて倒れこむ。

「勝負ありましたね」

 倒れ込んだ先で、子供が立って、自分を見下げていた。

 サスペンダーをつけた子供用ワイシャツを着た容姿には見覚えがあった。確かこの前のアガルタショップの強盗団を退治したときに現れたネガサイドの人間、スーシー。

「まだよ、まだ勝負はついていないわ!」

 カナミは意地で立ち上がる。だが、身体は度重なる拳打を受け、もう限界寸前だった。

「その身体で立ち上がったのはさすがの根性です」

 スーシーは余裕どころか敬意を持って話す。

「ですが、その根性を支える心の方には問題があるようですね」

「え……?」

 思ってもみなかった一言にカナミの心は揺れ動く。

 心に問題がある。その指摘は的を得ているように思えてならない。今日やたらとこみ上げてくる不安がその彼が言う問題だろう。

「も、問題なんてないわ! 私は戦える!」

 カナミはその不安を押し殺して息返す。

 だけど、どうしてだろう。不安を消そうとはすればするほど、消えることはなく、その不安は大きくなっていく。

 阿修羅像がさらなる猛攻をかける。

「ゴホォッ!?」

 身体が鮮血とともに宙を舞う。

 なんでこんな痛くて苦しい想いをしなくてはならないのか、前にも似たようなことがあったかな。と初めて魔法少女として仕事をしたときのことを思い出す。

 あの時、自分はどうすればいいいのかわからずに、ただ受け入れることのできない不幸な運命に抗うことを選んだ。

――こんな運命、私は認めない。

 あの時、そう言ってこの道を選び取った。そのことに後悔はない。それしか選ぶ道が無かったからだ。

 だけど不安ならある。今までかられてきた不安。それは今とこれから先のことだった。

 借金を返すために魔法少女になったことは、常に身体を張ることだ。今回も自分の身体は危険にさらされ、苦痛と悲鳴に苛まれる。それはこれからもずっと続くだろう。

 身体はもつのか、耐えられるのか。いつか壊れてしまうんじゃないか。その不安だけでもう押し潰されそうになる。

 痛みが限界に達し、薄れゆく意識の中で、カナミはようやく気づいた。

――ああ、私は怖いんだ……。

 血反吐とともに吐き出した想いとともに、頭がすっきりとしていく。

 右目は血が垂れてしまって、右半分の視界は赤く染まっており、阿修羅像の威容が数段増したかのように見える。

「ハァハァ……」

「もう限界じゃありませんか。戦う力は残っていても、心は動きませんよね」

 耳にはスーシーの言葉だけが入ってくる。

 確かにあいつの言う通り、身体は動いても魔力がどれだけ残っているかわからない。ただもう一度ビームを撃てるかどうかすらも保証できない。いや、撃てない……。保証どころではなく確信だった。

「あなたは勝てませんよ。素直にそれを受け入れれば楽になれますよ」

 カナミの中で何かが折れてしまったのだ。

 それは勇気とも戦意ともいって、敵、いや運命に立ち向かうだけの力が湧いてこない。

「だ、だまりなさい……!」

 残っているのはわずかばかりの意地と大欲だけ。こんなのでどう戦えばいいのか。

 もう、あいつの言葉通り負けを認めさえすえば、……。いいえ、何を考えているの。でも、認めたら楽になれる。

「ま、まだ、負けてなんか……! 負けてなんか……!」

 弱気な心を歯を食いしばって押し殺す。だけど、その力があっという間に消えていく。

「う、うぅ……」

 楽になりたい。こんな戦いなんてしたくない……。

「そうです。それでいいんです。決められた道をただ歩くことは苦しいことです、特にはあなたはね」

 そう言ってスーシーはかなみに手を差し伸べる。

「さあ、この手を返しくれればあなたを苦しみから解き放ってあげましょう」

「な、な……」

 あまりの唐突な発言にカナミは戸惑う。

「僕があなたに道を指し示してあげます。もう不安に駆られることもありません、ただ僕に身を委ねるだけでいいんです」

「じょ、冗談でしょ……?」

「だと思うのなら、この手を払い除ければいいですよ。今のあなたでも簡単にできることでしょ?」

 そう言われても、スーシーの手を払うことができなかった。彼が言うようにボロボロの身体でもできることだ。なのにできない。

 その手があまりにも悪魔的で、この苦しみから解放されることを考えれば魅力的に映った。

「できませんよね、できないのはあなたも求めているからです。願っているからです、苦しみからの解放を」

「か、解放……」

「この手を返す。たったそれだけでいいんですよ」

 この手を返してはいけない。これは悪魔の誘いよ。のってはいけない。

 わかっている。頭ではわかっているはずなのに身体と心がそれを拒む。求めているのかもしれない、不安と苦しみからの解放を。

「ダメよ、カナミさん!」

 スイカは立ち上がり、ままならない呼吸のもとで声を振り絞る。

「貧乏やってトチ狂ってんじゃないわよ!」

 それはミアも同様だ。

「スイカさん……ミアちゃん……」

 二人の声が頼もしく聞こえ、差し伸べられた手を返そうとした手を留まらせた。

「どうやら、あなたもお二人もまだ負けが認められないようですね」

「当たり前よ! 諦めるつもりなんてまったくないわ!」

 スイカの言葉にスーシーはフッと子供らしからぬ笑みを浮かべる。

「だったら、諦めてもらう他ありませんね」

 スーシーがそう言って指を鳴らす。

 すると、フシュゥと蒸気の音が鳴り響く。

 一体何が起きたのか、ミサイルが点火されたようだ。

「な!?」

 三人は驚愕した。この距離ならいかに魔力を使っても奴らの標的である国会議事堂までは届かない。そう思っていたからこそ今目の前にいる敵に全力を注いでいた。

「こ、ここから発射するつもりなの!?」

「あいつらの目的は国会議事堂じゃなかったの!?」

 スイカとミアが問いかけるとテンホーは高笑いとともに答える。

「アッハッハッハハハ! そうよ、私達の目標地点は国会議事堂よ!」

「見くびっては困るな! 我らの魔力が結集すればこの距離からでもミサイルを届かせることは十分可能なんだよ!」

 カンセイは笑ってミサイルを指す。

「さあゆけ! この少女達に敗北と絶望を叩きつけてやれぇッ!」

「ま、待ちなさい!」

 二人は身体を必死に動かしてミサイルを止めようとする。

「君は止めなくてもいいのですか?」

 スーシーに止めに入らないカナミに一言入れる。

「と、止める……」

 今行っても止められない。二人だってダメージが大きいのと阿修羅像の妨害のせいでミサイルまでたどり着けない。今から自分が加わったところで、何も変わらない、止められない。

 いや、止めてもいいのだろうか。ここで負ければ不安と苦しみから解放される。

 それでいいじゃない。何を迷うことがあるというの。もう借金に追われる生活なんてイヤ。

「本当にそれでいいのか?」

「――ッ!?」

 未だ消えない迷いの中にあるカナミにマニィが一石を投じるかのように問いかける。

「マニィ……?」

「君はそれでいいのか? 運命に抗うと決めた日、あの日の意志があったからこそここまでやってきたのじゃないか? 今負ければその全てが無駄になるのだぞ!」

「……どのみち、全部無駄だったじゃないの……」

「本当にそう思うのなら、何故あの手をすぐ返さなかった?」

「そ、それは……」

「負けたくない、運命なんてくそくらえ! いつも君はその意志を貫いてきたじゃないか」

「でも、今回ばかりは……いくらなんでも……」

「そんなこと、誰が決めた?」

「――ッ!」

 その言葉にカナミの心の中に立ち込めていた暗雲に光が差し込んできた。

「決めるのは他の誰でもない君自身だ」

「……そうよね、まだ負けちゃいない! ううん、負けたくない!」

 スーシーの手を返さなかったこと。理由は気づいてしまえば、あまりにも簡単なことだった。

 まだ諦めたくない、負けたくない。その想いがまだ心の奥底にあったからだ。

「いいえ、負けたくなくても負けるんですよ!」

 スーシーはそう言って、点火したミサイルを一つ発射させる。

「神殺砲! ボーナスキャノンッ!」

 魔力を振り絞って、ステッキに集中させる。

 ミサイルが発射されてしまった今、カナミができることは一つ。ミサイルを撃ち落とすことだけだ。

 できるかどうかわからない。このまま、負けを認めてしまえば楽になれる。だけど負けたくない。いつもこの想いでやってきたことに気づいた。

 今日だってそれは変わらない。敵にもネガサイドにも、そして運命にも!

「いっけぇぇぇぇぇぇッ!!」

 金色のビームがミサイルめがけて放たれる。

 弾道は完璧だった。ビームは目標めがけて飛び立つミサイルを完全に捉え、撃ち抜いたのだ。

ゴォォォォォン

 ミサイルは空中で爆発し、花火とは比較にならないほどの爆音が鼓膜を破り、嵐にも匹敵するほどの爆風が辺りに吹き荒れた。しかし、それでもミサイルを撃ち落とせた。

 まだ負けていない。そう実感でき、身体に力が満ちた。

 そう思った矢先のことだった

 空に広がる爆煙の中で二発のミサイルが姿を現したのだ。

「切り札というのは二つも三つも用意しておくものよ」

「ハハハ、一つ撃ち落としただけでも大したものだったぜ!」

「ですが、これでチェックメイトです」

 テンホー、カンセイ、スーシーはそれぞれの一言で、カナミに絶望を突きつける。

 確かに一つは撃ち落とすことはできた。だが、それはあくまで一発に全精力からできた一度きりの奇跡のようなものであって、二度もそんなことが可能なはずがない。しかも二発ともなると奇跡でさえも手の届かない状況だ。

「さすがに、二発じゃ、もう……!」

 諦めかけたとき、腕が下がり、足がもつれ、気力によってもたせてきた身体が崩れ落ちる。

「いいえ、まだ……! まだ終わっちゃいない!」

 それでもカナミは倒れなかった。

 最後の瞬間まで負けを認めない。それが負けないことなのだから、と言い聞かせ身体を奮い立たせる。

 そして再び狙いを定める。一度できたのだから、二度も三度もできるはずだ。

「君のその凄まじい精神力には感服します。ですが、それでもどうにもならない時があるのですよ」

 諦めろとスーシーはカナミに投げかける。

――どうにもならないことをどうにかするのが魔法少女よ!

 その時、どこからともなく響いた力強い声とともに一条の閃光が地上から空へと走った。閃光は、二つのミサイルに激突し空中で爆散する。

 打ち上げ花火のように美しく舞った閃光の爆裂は、鮮烈でいて、そして優雅に見えた。

 カナミは見た、あの閃光の上に一人の少女が乗っていたこと。そして聞こえた。銀色のスティックを片手でミサイルに向かって大きく掲げて叫んだ。

「マジカルドライバー!」

 そう、それは巨大なドライバーだった。彼女はドライバーでミサイルを貫き、閃光に乗ってそのまま離脱したのだ。

ザスッ!

 さらに彼女はその勢いのままに閃光の正体、柱ほどもある巨大なクギを道路へと突き刺して、カナミ達の場所へと舞い降りる。

白銀しろがねの女神、魔法少女アルミ降臨!」

 あまりにも堂々とした名乗りにネガサイドも思わず身構える。

 銀色に輝く髪、金色に光る瞳は神々しく、はちきれんばかりの胸を覆う半ば下着のようなモノに、ヘソを前面に出した衣に、作業着かと思えるような半袖のジャンパーを羽織り、下は当然金色のスカートをはいている。

 ちょっと変わっているが、かわいいらしい。しかもただかわいらしいのではなく、そこには色気まで感じられる。カナミの年齢では到底出せそうにない大人のそれだ。

「ご苦労だったわね、新米ペーペーのカナミちゃん」

「え、えぇ……」

 急な迫力のある口調にカナミはおどける。

 大人びた金色の目、口紅をつけた艶やかな唇、とても少女と呼べる顔つきではなかった。この人、アルミは誰なのだろうか。向こうはこっちのことを知っているようだけど、カナミとしては全然心当たりがない。

 そもそも、私達三人以外に魔法少女がいること自体知らなかった。

「さすがにミサイルを三発も落とせとなると、さすがに骨が折れるところだったわ」

 フッと笑みを浮かべてカナミは語りかける。その笑みを見ているだけで安らぎを覚える。

「マニィ、あなたもね。せっかく帰国してきたのに、空港に戻った途端この騒ぎで、オフィスに行ったり埠頭に行ったり国会議事堂に行ったり、ちょっとした旅行気分だったわ」

「ええ、すみません。そしてお久しぶりです、社長」

 マニィは丁寧にお辞儀する。

「え、しゃ、しゃしゃしゃしゃ社長!?」

 衝撃的な彼女の正体にカナミは大いに驚く。

「そう、私こそが株式会社魔法少女代表取締役社長金型かながたあるみ兼現役魔法少女アルミよ! あ、これ名刺ね」

 ドンと胸を張って言った彼女はそっと胸元から名刺をカナミに渡す。その名刺は大きな星がいくつも描かれていて、中心に「金型あるみ」と書かれている。

「それでこっちがマスコットのリリィよ」

 アルミの肩に乗る龍のようなぬいぐるみは可愛らしい見た目に反して厳しい目つきでカナミを見据える。

「よろしく」

「ど、どうも……」

 緊張して思わずおどおどした態度をとってしまった。

 カナミはこれまで鯖戸から僅かに聞かされていて、その中から想像していたものとはかなり違っていた。こんな会社を立ち上げるような人なんだから、よっぽどの物好きか非常識極まりない人物か、はたまた病的なまでの少女趣味を持った人か。結論から言って全部兼ね備えた女性、いや少女か。とにかく予想通りなものの予想以上の変人の社長のようだ。

 何しろ(鯖戸から聞いていたが)三十代で、胸を強調した衣装と生足を見せつけるミニスカート。何よりも魔法少女と名乗る大胆さ。どれも想像を絶する破壊力を持っていた。

「あなたの事情は鯖戸からあらかた聞いてるわ。なるほど、借金まみれに相応しい泥臭い魔法少女ね」

「ど、どろ、くさい……?」

「社長さん、それは酷いですよ。借金まみれは覆しようがない事実ですが」

「まあ、当たっているけどね。ついでに汗臭いし」

 いつの間にか集まっていたスイカやミアにまで酷いこと言われる。味方から追い詰められるなんて思ってもみなかった。

「スイカさんもミアちゃんも酷い……社長ももっと言い方ってものがあるでしょ!」

「あら、私は褒めたつもりなんだけど。泥臭いのって素敵なことよ」

「ど、どこが素敵なんですか?」

「――そこに強さがあるからよ」

 回答はあまりにも単純で、自信に満ちたものだった。おかげでカナミは反論する気概も失せた。

「泥を舐め、汚水を啜るどん底を味わった。それでいてなおそこから這い上がるだけの心強さはいくらお金を積まれても得られない宝よ」

「たから……」

 そこまで褒められたのは両親といえどもなかった。というよりここ最近は咎められることの方が多かった。

「その宝をあいつらに見せつけてやりなさい」

「……!」

 その一言で、背中を強く押されたような気がした。激励、こんなにも熱い言葉を自分のためにだけ言われたのは初めてだ。

「はい、やってみます!」

 残った力を振るい、ステッキを大砲へと返る。

 たださっき撃ち尽くした魔力を再び砲門へと込めるのには時間がかかりそうだ。

「まだそんな魔力が残っていたのは驚愕に値します。ですが魔力の充填が終わるのを待っているほど悪は甘くありませんよ」

「行け、阿修羅よ! 奴らに完全なる敗北を叩きつけてやれ!」

 テンホーの指図に従い、阿修羅像はカナミへと襲いかかる。

 今襲いかかられたら魔力の充填が整っていない神殺砲を構えているだけのカナミはひとたまりもない。そんなときにカナミの前に立ったのはスイカだった。

「カナミさんは私が守る!」

 まだダメージを残る身体をおして、二本のレイピアを構える。

「美安・ストリッシャーモードッ!」

 二本のレイピアから無数に繰り出される高速の突きで阿修羅像を迎え撃つ。阿修羅像は六つの目で太刀筋を見切り、六本の腕を駆使して突きを防ぐ。

「オオォォォォォッ!!!」

 しかし、それでもスイカは止まらない。たとえ何百、何千の突きが止められようとも、奴を止めてみせる。スイカの全身はその気迫に満ちており、鬼気迫る阿修羅の三つの顔の迫力にも負けていなかった。

ザシュ!

 ついにその突きが阿修羅像の防御を超え、胸へと突き刺す。

「や、やった……」

 それで魔力を使い果たして、スイカはその場に膝をつく。

 そこへ阿修羅像がとどめを言わんばかりに腕を振り上げる。胸を刺されようとも、阿修羅像には何の痛みもなかった。今度こそ終わったと誰が見ても明らかだというのに、スイカは勝ち誇った笑みを阿修羅像に返した。

「貧乏人の世話がやけるわね……」

 ミアの声がその場に響き、阿修羅像の動きが止まった。

「まあ、嫌いじゃないけど」

 その原因は、阿修羅像に縛り付けたヨーヨーの糸だった。スイカが彼の胸にレイピアを刺した隙に巻きつけた。

 それでも阿修羅像ほどの力を持った怪物ならばその拘束を破ることは容易い。

「ありがとう、スイカさん、ミアちゃん……」

 だけど、その数秒程度の時間でカナミは神殺砲に十分な魔力を充填させた。ミアは即座にスイカの身体をヨーヨーで巻きつけて手繰り寄せる。カナミの射線軸から外させて巻き添えを食わないようにするためだ。

 そして、何も遮る物も無くなった目標の阿修羅像目掛けて発射させる。

「いっけぇぇぇぇ、ボーナスキャノンッ!!」

 それは今まで撃ってきたどのビームよりも魔力が迸っていた。どんな敵さえも飲み込み、倒すことができる。そう確信できるほどの威力がそのビームには込められていた。

 阿修羅像はそのビームに向かって六本の腕を構えてその全てで受け止める。

 前に受け止められた時と重なったが、今回は魔力も勢いも段違いに上がっていた。止められないはずがない、このまま押し切れるはずだ。

 だけど、阿修羅像はこちらの想像以上に強く、まさしく鬼神と呼ぶにふさわしい形相でビームを全ての腕で受け止め、踏ん張り続けている。

 その姿にカナミの自信は揺らいでくる。

 もしかしたら、勝てないんじゃないか。ここまでやってまだ立っている。ネガサイドの連中が切り札だと豪語するだけの強さがあり、正直言ってそんな鬼神と戦うのは怖くてたまらない。

「――ボーナス二十万! あなたにとっておきの魔法を贈るわ」

 不意に背後からアルミの声が聞こえる。

「信じなさい、あなたとあなたの魔法は最強だって!」

「は、はい!」

 アルミが言いたいことはつまりこの仕事をやり遂げれば、ボーナスを出す。ということなのだ。それを聞いただけで確かに魔法のように力が湧いてくる。

 結局のところ、これが原動力なんだ。

 借金とボーナスのために戦う魔法少女。それがカナミなんだ。

 不思議だった。そういう運命なら受け入れてもいいと思える自分がいることに。

 答えは簡単だった。たとえ、無理矢理でも、選択の余地がなかったのだとしても。

――どんな状況であろうとどんな運命であろうと選び取った道ならばどこまでも強くいられるものだ

 そう、これが選び取った道であり、その道を歩き続ける限り、どこまでも強くいられる。

「ボーナス・アディションッ!」

 魔力がさらに膨れ上がり、ビームの勢いが果てしなく増していく。

 さすがの阿修羅像もこの巨大なビームに、六本の腕が砕け散り、三つの頭ごと吹き飛んでいく。

 その様子を見ていたテンホー、カンセイ、スーシーの三人はビームの巻き添えを恐れて退く。

「今回は僕達の完全敗北です。ですが、覚えておいてください。悪に栄えた世界はありませんが、滅びた世界もありません」

 捨て台詞とともに、三人は姿を消した。

「ハァハァ……勝った……」

 勝利を確信した瞬間、魔法少女の三人は仰向けに倒れてもう立ち上がる力も残っていなかった。

「うん、みんなよくやったわ。ボーナスは弾まなくちゃね」

 アルミの祝福の言葉が何よりも疲れを吹き飛ばす魔法のように思えてならなかった。



「はい、かなみちゃん。ボーナスよ」

 紙幣が詰まった封筒をあるみから渡される。

 ボーナス20万。あの時の言葉を疑ったわけではないのだけど、こうして実際に手渡されると感慨深く、涙までこみあげてくる。思えば今までなんやかんやと理由をつけられてボーナスをまともにもらえたことがなかった。月給でさえ借金の返済にあてられて、全額支払われたことだってないのだから、この封筒がどれほど素晴らしいものか計り知れない。

「ありがとうございます!」

 両手にしっかりと握りしめて、お礼を言った。

「よかったわね、かなみさん」

「まあ給料袋持ってるのも似合ってるんじゃないの」

 翠華とみあはそれぞれ労いの言葉をもらえる。

「ありがとう、ありがとう……」

 涙を拭って、封筒を見つめる。

「やっぱりいいよね、ボーナス」

 そして改めて感慨にふける。

「これで経営が厳しくなるのだが……」

 喜ぶ傍らでボヤく営業部長鯖戸の姿があった。

「いいじゃないの、今回の件で頑張ったんだから。労働に正当な対価を支払うのが会社というものよ」

「これだから社長は……」

 頭を抱える鯖戸にリリィは促す。

「今回の一件を解決したことで、謝礼と案件を用意してもらえるパイプができたのでな。社長もご機嫌なのだ」

「それは何よりもいいことです。ですが、そのパイプをもらえたということは、」

 鯖戸にそう振られて、あるみはニッと得意げに笑みを浮かべて書類を差し出す。

「これは……!」

「そう、新しい仕事よ!」

 あるみがそう言ったことで、かなみの胸中に嫌な予感が走る。それはもうボーナスをもらった感動なんて吹き飛ぶほどのものだ。

「あ、あの……社長、私そろそろ退社時間なので、」

 胸に封筒を握りしめて、その場から逃げ出そうとする。

 だけど、あるみの手は音よりも速く、背を向けたかなみを掴んだ。

「ひぃッ!」

「会社に残業はつきものよ。特に社長直々の社命は絶対よ」

 あるみの圧力をかけるドスの聞いた声にかなみは底知れぬ威圧感を覚えた。はっきりいって三十代で魔法少女とか以前にカタギの人間には到底見えない。

「ざ、残業手当は、つくんでしょうか……?」

「それは働き次第ね。さ、ついていらっしゃい!」

「いやあッ! 誰か助けてぇ! 翠華さん! みあちゃん! この際、鯖戸でもいいから!」

 無理矢理引っ張られる中、かなみは精一杯救いを求める手を伸ばした。しかし、その手を返しくれる人はいない。みんなは「諦めなさい」と言った視線を向けるだけであった。

「一応、労働基準法では勤務時間外の労働には相応の給与が保証されている」

 ただ肩に乗るマニィだけが気休めの一言をくれただけだった。

「そんなもの、ここで通用するわけないでしょ! こんなのブラックもいいとこよ! やめてやる! 借金を返したら絶対に絶対、こんな会社絶対にやめてやるッ!」

 かなみの悲鳴にも似た訴えがオフィスに空しく木霊した。

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