第4話 決戦! 魔法少女は完済の夢を見るか (Aパート)

 学校の授業が終わって、かなみは教科書をカバンに入れているところで、友達がやってきた。

「かなみちゃん、今日遊びに行っていい?」

「え!? ななな、なんで、いきなりそんなことを!?」

 かなみは大げさに取り乱す。今から帰って、すぐに出社することだけを考えていたところに、こんな一言は完全に不意打ちだったからだ。しかも、自分の今の住まいへ連れて行くとなると、かなり気が引ける。

 あんなオンボロアパートに住んでいるとしれたら、それだけでもう「こんなところに住んでいるかなみちゃんとはもうこれ以上お付き合いできないわ」みたいな感じで友達の縁を切られかねないと本気で危惧してしまう。

「だ、だめ! いきなりで無理だよ! まだ引越したばっかりだから、片付いてないのよ!」

「それ、この前も言ってたよね? いつになったら片付くの?」

「う~ん、それが見通しがぜっんぜん、アハハハ」

 ここは笑ってごまかすしかない。一体何回使った手だろうか、もうそろそろ窒息しそうなぐらい苦しくなってきた。

「じゃあ、そういうわけだから!」

 そう言ってかなみはダッシュで教室を脱出する。

(ああ、いつまで続くんだろう、こんな生活……!?)

 声に出して叫びたい気持ちをグッとこらえる。

 突然両親から借金を押し付けられて、黒服の男達にこの身体をどこかへ売り飛ばされそうになったところを、鯖戸に助けられて、彼の元で魔法少女として働くことになった。そのことについての後悔はない。あるのは不安だ。これからこんな生活を続けていけるだろうか、借金を返しきれるのだろうか。どんなに考えても答えが出ない。

「はあ~」

 大きなため息が出た。

 その時だった。道の先にあるコンビニに一条の閃光が舞い降りた。次の瞬間、凄まじい爆音を立てて、粉塵を巻き上げた。

「ちょ、なになに!? 何が起きたの!?」

 今まで魔法少女として非常識に立ち会うのは慣れていたつもりでいたが、こんな街中でいきなり爆破事件なんてまったくの予想外の非常識だった。

 それも、もう速く歩いていたら、あるいは巻き込まれていたとなると最早人事とは思えない。

 というわけで、かなみは現場へと走り出すのだった。傍からみれば完全に野次馬の一人にしか見えないが。



 場面は変わって会社のオフィスに、かなみ達は召集され、テレビでたった今起きた事件を再確認していた。

「本日午後三時半より、コンビニエンスストアの『ヘブン・トゥエルブ』5ヶ所にミサイルが同時に投下されました。このミサイルはどこから発射されて何の目的でコンビニを破壊したのか、全くわかっておりません……なお、爆発の影響で、店は全壊。店員やその店にいた客の死傷者の情報はおって伝えます」

 ニュースのキャスターもこんな事件が本当に起こったのか、信じられないといった面持ちでさっき起きた事件を読み上げている。

「とんでもない事件を起こしたものだ」

 鯖戸はいつもの落ち着いた物腰とはうってかわって、真剣な顔つきでそのニュースを見る。そうでなくても、ミサイルなんて物を都会の真ん中に撃ち込まれたら、誰だって不安になる。それは魔法少女達であるかなみ達でも例外ではない。だが、彼女達はニュースのキャスターが知りえないことが一つだけあった。

「こんなことをするのは、ネガサイドぐらいなものね」

 翠華の意見はかなみとみあの心中も代弁しているかのようだった。

「ああ、私もそう思う……だが、彼らがミサイルほどの規模で仕掛けてくるならば何か目的があるはずだ」

「その目的って何なのよ?」

「それがわかれば、すぐに手を打っているさ」

 鯖戸の表情に陰が見える。これほど深刻になっている彼の姿を見るのはかなみは初めてだった。

 打つ手がないといった暗い雰囲気がオフィス一帯に漂う。

 そこへ鯖戸の携帯電話の着信が鳴り出す。ちなみにこの時の着信メロディはアニメ『パジャ魔女トレミー』のメルヘンチックなオープニングテーマだったため、沈み込みそうな暗い雰囲気を悪い意味でぶち壊してくれた。

「はい、もしもし、こちら部長の鯖戸です。はい、社長お久しぶりです。社長の生の声が久々に聞けて嬉しいですよ」

 さっきまでの深刻な表情から一変して緩みきった顔になり、これも初めて見る。正直言って気持ち悪い。

「あんな顔であんな台詞を言うなんて、社長って何者なの……?」

「実を言うと、私も一度も会ったことないのよ」

 翠華も鯖戸の微笑みに戸惑っているようだ。

「ろくでもない奴よ。オヤジと同じぐらいね」

「みあちゃん、会ったことあるの?」

「ずいぶん前にね、だからろくでもない奴よ」

「二回も言わなくてもいいけど。それで社長ってどんな人なの?」

「だからろくでもない奴って言ってるでしょ」

 「それ以外は?」と訊こうとしたところで、鯖戸の電話が切れる。

「みんな、テレビを見てくれ」

 鯖戸からのその発言により、三人の視線はテレビへと集まる。

 そのとき、ニュースを写していたテレビは暗転し、天女のようなヒラヒラとした和服を纏った女性が現れる。その姿には見覚えがあった。というより、忘れようがなかった。彼女はかなみが魔法少女として初めて仕事を請け負ったときに、遭遇したネガサイドの女性。名前は確かテンホーだったはず。

『日本全国の皆さん、ご機嫌麗しゅう。私は世界を恐怖と混乱に陥れる悪の組織・ネガサイド。ついさっき『ヘブン・トゥエルブ』にミサイルを発射させたのが私達ネガサイドの仕業だといえば話がわかりやすいかしら』

 確かにあれだけネガサイドだと決めつけていたのに、別の組織の仕業だったらそれはそれでややこしなくなるからこれでいいのかもしれないとかなみは密かに思った。思ったけど口にはしなかった。

『あれは単なる序曲よ。これから幕開けるネガサイドの日本征服のね』

 テンホーがそう言うと、テレビの画面が切り替わり、背景に海が広がるどこかの埠頭が映る。そしてそこにはミサイルが並べられていた。その数は十以上に及び、今さっきその威力を目の当たりにしたかなみに戦慄が走った。もちろん、あの現場に居合わせた人間ならばそれ以上の恐怖を感じただろう。

『この光景をご覧になれば、私達が如何に本気であるかお分かりしてもらえたかしら。しかし、私達の目的は無差別破壊ではないわ。あなた達国民を恐怖と混乱に陥れることよ。だから、私達はむやみやたらにミサイルを撃つようなことをしない。しかし、あなた達の生命が私の指先一つに委ねられていることをここに忠告しておくわ』

 テンホーは人差し指を高らかに立てる。

『もう一度言うわ、私達ネガサイドの目的は日本を、いいえ全世界を恐怖のどん底に陥れることよ』

 そう言ってテレビは途切れる。

「ふむ、電波ジャックとはな。やり方は古風だが、効果は今を持って絶大だ」

「って落ち着いている場合じゃないでしょ! あんなにミサイルがあったら大変よ!? コンビニは使えないから、今のうちにスーパーに買い出ししなきゃ!」

「あんたはパニクりすぎよ」

 みあが落ち着いた一言をとる。

「というより、まだ連中のターゲットがコンビニだと決まったわけではない」

「え、そうなの?」

「(ボソボソ)結城かなみは早とちりでおっちゃこちょい、っと……」

「だからメモをとるな!」

 かなみは肩に乗ったマニィを振り落とす。

「でも、かなみさんの言う通り落ち着いている場合じゃありませんよ」

 翠華はかなみの肩を持つように部長に進言する。

「うむ、そうだな。あれだけのミサイルがあれば大抵の悪事ができるな。しかし、どこからあんなものを調達してきたのか……」

「ギガミサイルよ」

「はあ?」

 いきなり降って湧いてきたかのようなみあの回答に鯖戸も驚く。

「あの銅色でトキントキンにトンガったデザインは、間違いなくギガンダーに内蔵されているギガミサイルよ。多分、あれはこの前アガルタショップの強盗団がドサクサに紛れて盗み出した物なんじゃないかしら? あれ自体はおもちゃだけど、ネガサイドの魔法だったら本物のミサイル並みの威力と推進力を持たせることだってできるはずだから、本物並みにヤバいってことに変わりないけど」

「…………………………」

「な、なに? なにみんな黙っちゃってるのよ」

「いや、中々の観察眼だと思ってな。それに自社ブランドはよくチェックしている。関心な社長令嬢だよ」

「そ、そうなの、常識よ! わからないあんた達の方がどうかしてるのよ」

 フン、とみあは鼻を鳴らす。

「ともかく、出処はわかったはいいが、連中の居場所は今の映像から分析班が割り出している」

「分析班?」

 かなみには初耳だった。ウチの会社にそんな部門があるなんて知らなかったし、どんな部門があるのかまったく教えてもらっていない。そんな感じでいいのだろうか。いつもなら今までなんとかなってきたのだからそれでいいと気にしないところなのだが、何故か今はさっきまで抑え込んでいた不安がぶり返してくる。

「はいはい、僕ちゃんの出番ですね部長」

 部長席のパソコンの上に立って得意げに発言する兎のマスコットがいた。

「その前に紹介だ、ラビィ」

「おお、これは申し遅れました。僕ちゃんはラビィ、普段は動画編集を担当しています」

「動画、編集……?」

「そう、例えば!」

 ラビィはそう言って、部長席のデスクトップPCをたんたんと機敏に操作して、動画を出す。

『愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!』

「ぉぉぉぉぉッ!!」

 それは魔法少女となった自分が思いつく限りの精一杯の可愛いと思えるポーズをとっている姿だった。そのあまりにも壮絶な絵面に、かなみは悶絶した上に身悶えまで起こした。ちなみにそんな彼女の勇姿(?)をとった動画をあとで最高解像度でいただけないないだろうかと模索している少女が一人いたが、誰も気づいていない。

「なんてモノを編集しているのよ!」

「悲しいけど、これ仕事なのよね」

「ええい、今のあんたのどこに悲壮感があるってのよ!」

「いいツッコミだね。君は魔法少女よりも芸人の方が向いているんじゃないかい?」

「ええ、借金を返し終わったら考えさせてもらうわ」

 彼女なりの嫌味を言って、ラビィと距離を置く。

「とまあ、彼の普段の仕事がわかったところで、ここからは有事の際の仕事内容だ」

 ラビィはキーボードを叩き、マウスを操作し、小さな身体を精一杯動かしてディスプレイに先程のテレビ映像を映し出す。

「これがどこの埠頭か特定することならば、ミサイルと同時に映った風景、天候、その他諸々の要素から既に完了している」

「さすがに速いな」

「仕事の速さと動画の更新ならば僕ちゃんの右に出る者はいないよ」

 自信満々に発言するラビィを見て、今夜も勝手に撮影された動画をこいつの手で編集されるのかと思うと寒気が走った。



 現場には今まで存在は聞いてはいたが使われることが無かったワゴン車で急行することになった。「なんでいつも使わないの?」とかなみが訊いたら鯖戸は「原油高のせいで非常事態でしか使えないから」と簡潔に答えた。

「本当は社長が出張帰りの出迎えに使いたかったのだけれど……」

 と珍しく鯖戸はぼやいた。彼がそうまで慕う社長には興味があった。会える日は来るのだろうかと思ったが、それを今気にしても仕方がない。それなのに気になるのはどうしてだろう。これから大勢の人達の運命を賭けた戦いに赴くというのに、そちらの方に集中できない。

「でも、どうしてネガサイドは電波ジャックしてまでミサイルを見せびらかしたのかしら? 居所がこちらにバレるリスクまであったはずなのに、」

 こんなときに、まともな意見を言ってくれる翠華がありがたい。そういう話し合いをすれば気が紛れる。

「よくわからないけど、目立つためじゃない? あいつらって派手なこととか大好きだし、テレビなら十分みんなの目にも留まるし」

「それも考えられるけど、あいつらは単なる目立ちたがり屋じゃないわよ」

 みあが否定する。こういうときの彼女の意見は年下としてではなく先輩といってもいいほどしっかりとしている。

「そもそも、あいつらはミサイルを用意したことは言ったけど、攻撃目標までは言っていないわ」

「だから『ヘブン・トゥエルブ』でしょ」

「いつまで言ってるのよ? 最初がそうだからって、次もそんなわけないでしょ」

 みあは呆れ気味に可哀想な子を見るような目で言う。

「コンビニを狙ったってところにも目的がありそうね。コンビニってかなり身近で誰でも利用するから、そこを狙われたとなると恐怖する人間は数知れないと思うけど」

「そ、そんなにいるんですか?」

「総理大臣がフォアグラ食べて毒殺されるよりも一般家庭の人達が毒入りの冷凍餃子を食べたニュースの方が怖いでしょ。それと同じよ」

「わかるよーでわからないたとえ……」

 ともかく、コンビニにミサイルを投下することは確かに怖い事件だということは肌で実感したことだった。おそらくあの現場にいなくても、恐怖は感じただろう。それだけコンビニは身近なものだったからだ。そう考えると敵の狙いは納得できる。

 では、その後は? 奴らの目的が人々を恐怖と混乱に陥れるのだったら、もうこの時点で達成されているといっていい。だが、せっかくあるミサイルをあのまま遊ばせておくわけがない。あのミサイルには必ず攻撃目標が設定されているはずだ。

「ウシシシシ、まあ発射される前に奴らを倒して、確保すりゃ問題ないだろうよ」

「それが理想なんだがな。叶わぬゆえに理想とも言う」

「こんなときに不吉なことを言うな、駄馬!」

 みあはホミィを叩く。

「ありがとうございます!」

 ホミィの一言がかなみには理解できなかった。おそらく理解できなかったのはかなみだけだろうが。

「もうすぐ埠頭だ。到着と同時に変身して先手必勝だ、いいな」

 車体が一回転しそうなほどのハンドルさばきに三人は捕まるだけで精一杯だった。

 今回は三人。かなみはコンビは組むことはあっても、三人一緒に仕事をすることはなかった。それは翠華やみあも同じことだった。それもそのはずだ、三人のうち誰か一人でもいなければ三人にならないのだから。

 つまり三人が三人とも初めて挑む三人の仕事といっていい。うまくやれるか、成功するか、まったく自信はない。しかし、やらなければあのミサイルの矛先が人々に向けられる。大勢の人々の生命がかかっているとなればやるしかない。

 そう鼓舞して奮い立たせようとした。だが、聞こえる。誰かが囁いたように心の声が勢いつきそうな心にブレーキをかける。

――だけど、本当にそれでいいの……?

 それはさっきから消えてはぶり返してくる不安といってもいい。今日に限ってどうして、ここまで不安に駆られるのかわからない。

 わからない。わからないけど、わかるまで待ってくれるほど事態は悠長に待ってはくれない。

「到着だ!」

 凄まじい急ブレーキとともにワゴン車は停車し、翠華とみあは飛び出す。かなみもそれに遅れまいと続く。

「「「マジカルワークス!!」」」」

 赤、黄、青三色の光がそれぞれ三人を包み込み、混ざり合う。その光から現れた

「愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!」

「青百合の戦士、魔法少女スイカ推参!」

「勇気と遊戯の勇士、魔法少女ミア登場!」

 緊急事態だろうと名乗りを忘れてはならない。というより、最早習慣として根付きつつある恒例の儀式といってもいいので、これをやらないとどうにも調子が出ないというのが本音かもしれない。

 変身が終わったところで、現れたのは足の生えたコンテナ達だった。ネガサイドの物体に魂を宿らせて意のままに操るダークマターの魔法だろう。

 問題はその数だ。何しろ埠頭にはコンテナがたくさんある。それら全部とまではいかないが、とても全て相手しきれるほどの数ではなかった。

「神殺砲!」

「スティング!」

「バーニング・スピン」

 カナミはステッキから魔法弾を、スイカはレイピアから突きを、ミアは真っ赤に燃えるヨーヨーをそれぞれ繰り出し、コンテナ達を倒していく。彼らは一度転ばせさえすればあとはもう起き上がることはできない。

「急げ、ミサイルはこの先だ」

 肩に乗るマニィが急かす。

「わかってるわよ!」

 カナミは歩くコンテナを掻い潜り、先へと進む。ミサイルが見えてからはその速さにさらに拍車がかかる。

「うおりゃあぁぁぁぁッ!!」

 少女らしからぬ気迫に満ちた一声を上げて、ミサイルに接近する。

 あれさえ、あれさえ抑えればネガサイドの企みは阻止できる! 多くの人を救える! そして、ボーナスが出る! そんな想いがカナミを走らせた。

 その行く手には今までよりも一際大きい足つきコンテナが立ち塞がる。

「ボーナス!」

 その言葉が紡ぐ魔法の光がステッキを砲門へと変化させ、次の一言が引き金となる。

「キャノン!」

 金色のビームが発射され、足つきコンテナに大穴を開けて倒す。

 しかし、今は敵を倒した喜びに浸っている場合ではなかった。今は敵を倒すことよりもミサイルだ。ネガサイドが使用しているミサイルは、元を正せば単なる玩具に過ぎない。

 だが、連中の使う魔法・ダークマターはそんな常識を覆す。ダークマターによって推進目標まで飛ばす推進力も、目標を破壊するだけの爆発力を得ることができる。裏を返せばダークマターさえ取り除いてしまえば、ミサイルは単なる玩具に戻る。

 しかし、カナミの役目はここまでだった。

 ミサイルを爆破せずにダークマターだけを狙い、倒す。そんな魔力の高度なコントロールを要求される局面を大雑把に魔力を無理やり引き出して戦うカナミが担うほど人材は不足していない。

「スイカさん、あとは任せます!」

「任せてカナミさん!」

 今しがたまで後方で控えていたスイカが、カナミの前へ出る。

 その役目を担うのは年長者にして、最も接近戦に特化したレイピアの魔法少女・スイカだった。

「美安・ストリッシャーモード!」

 もう一刀のレイピアが出現する。

 二刀流は魔力の消耗は激しいが、手数と速さを倍以上に引き上げることができるスイカの切り札であった。この状態ならば、ミサイルを発射される前に制することができる。

 何よりも…………………………カナミにかっこいいところを見せることができる。

「エェェェェェェェェェェイッ!!」

 より一層気合のかかった叫びとともに、二刀のレイピアから無数の突きが繰り出される。それはまるで流星群のようにミサイルへと降りかかり、ミサイルにとりついていた黒い物体・ダークマターだけを正確に突き抜けていく。

 一つ、また一つと瞬く間に貫かれたダークマターは消滅していく。カナミはその最後の一つまで

「これでラストッ!」

 スイカが最後の一つ貫いたとき、埠頭にいた足つきコンテナのダークマターは消え、元のコンテナへと戻る。

「ま、間に合った……」

 カナミは安堵のあまり、ヘナヘナへとへたりこむ。

「ええ、これでミサイルはただの玩具よ」

「撃ち漏らしはない? 舞い上がっていて、仕損じたなんてことはないでしょうね?」

 ミアはスイカを毒づいて、確認を取る。

「失礼ね。私は公私混同はしない主義よ」

「その主義が今とどう関係しているんですか?」

 その言葉の意味をまるで理解していないカナミは首を傾げて訊く。

「か、カナミさんは知らなくていいことよ!」

 スイカはさっきまで凛として戦った魔法少女とは思えないほどにあわてふためく。

「仕損じはなさそうね。ダークマターはちゃんと消えている」

 その間にミサイルをチェックしていたミアは魔法少女というよりさながら鑑識官のようだった。

「……少し、簡単すぎるな」

 ようやく追いついてきた鯖戸が呟く。

「簡単すぎるって?」

 その不穏な一言をカナミは聞き逃さなかった。

「わざわざ、ここだとバレるリスクまで負ってミサイルの映像を流したのだから、それなりの迎撃準備があるものだと思って三人で出向いたのだが、行ってみればこの結果だ。あまりにも上手くいって拍子抜けだ」

「確かに……」

 ワゴン車に乗っている間、今まで戦ったネガサイドの人達、少なくともテンホーとは戦う心の準備はしていた。だというのに、肝心のテンホーは戦うどころか、姿さえ見せていない。

「簡単にいきすぎね……そもそも、このミサイルでどこに攻撃するつもりだったのかしら?」

「その辺りは謎だな……もしかしたら、最初から攻撃目標なんて設定されていなかったのかもしれないな」

「それどういう意味?」

 意味深な鯖戸の発言に、問いかけずにいられなかった。鯖戸はそれに答えず、携帯電話で誰かにかける。

「もしもし、カリカリローンですか? こちら、株式会社魔法少女営業部長の鯖戸です」

 カナミにとってゾッとするような名前が出た。こんな時になんてところにかけてるのよ、この人は。

『はいはい、こちら代わったよ。それで鯖戸部長、何の用かな? あいにく今は忙しい身でね、話し相手をしている暇はないんでね。我々の稼業は都内が恐怖と混乱に陥っている中こそがかきいれどきなのでね』

「相変わらず君の言動は最低だな」

『相変わらず君の挨拶は最低だね。それで用件は? できるだけ手短に頼むよ』

「一週間以内に大口の購入者はいなかったか?」

『……なるほど』

 相手は何かを納得したかのように、一息入れる。

『それでいくら払ってくれるんだ?』

「そうだな……経費で落とせる範囲で頼む」

『わかったよ。今データをそちらに送る』

 電話はここで切れ、鯖戸はカバンからノートPCを取り出して起動させる。

「何を話してたの?」

「蛇の道は蛇というわけだ。利用できるものなら何だって利用するのが我が社のスタンスだ」

 とても魔法少女達の上司の発言とは思えなかった。

 自分を拘束して売り飛ばそうとした黒服の男達から情報を引き出すなんて、とてもいい気分ではなれなかった。

「うむ、思ったとおりだ」

 送られてきたデータをチェックして、鯖戸は得意顔になる。

「何が思ったとおりなのよ?」

 本当なら無視したいところだが、今は状況が状況なので訊かずにはいられなかった。

「彼らの中には海外の武器を非合法に取り扱っている分野があってな。裏社会は情報が命で、たとえ他のグループでもどんな武器を購入したか、ある程度はわかる」

「それが今とどう関係があるって言うの?」

「ネガサイドが購入したんだ、本物のミサイルをな」

「はあッ!?」

 その場にいた魔法少女達はあまりにも唐突な発言に驚愕する。

「意外にもちゃんと入金したそうだ。強奪なんかしたらこちらに気取られること危惧してのことだろう。まったくどこからそれだけの大金を用意したのか」

「奴らの資金といえば、以前僕達が関わった園田健人の連続強盗事件で盗み出された大金がまだ見つかっていなかったな」

 マニィの発言でカナミは思い出す。前に汚水にまみれながら捕まえた強盗犯の存在を。確かあいつは逮捕された後も今まで盗んできた大金の隠し場所を吐かなかったらしい。もしや、それがネガサイドに流れたということか。

「なるほど、確かにそれだけあればミサイルを購入するぐらいはできるか」

「納得している場合じゃないでしょ! 本物のミサイルが奴らの手にあるのはまずいわよ!」

「だが、連中の居所がわからなければ対処のしようがない、今トリィを使ってくまなく探させるしか手はない」

「そんなことして間に合うの!?」

 カナミは大いに焦る。敵には全国民を本当に恐怖のどん底に突き落とすだけの決め手を持っているのに、こっちはそれを打ち崩すどころか、防ぐ手段すらない。

 何もできない自分がじれったくて仕方がない。

「……部長、ミサイルは単体だけしか購入されていないのですか? 発射台や燃料は?」

「いや、それはない。スイカの言う通り、購入されたのはミサイルの単体だけだ」

「だったら、いくら魔力を推進剤にしてもあの重量と誘爆を避けるために飛距離はそうのびないはず……だったら、ある程度攻撃目標の近くまで運び出す必要があるはずです」

 スイカは淡々と自分の意見を言い続ける。

「なるほど、ならばもう敵はミサイルを運び出している最中というわけか……しかし、それはどこへ?」

「私に心当たりがあります」

 スイカは即座に鯖戸のパソコンを操作して、地図を出す。

「以前、ネガサイドが高速道路で車を暴走させたことがありますよね」

「ああ、君とカナミ君があたった案件だね」

「ええ、忘れるはずがありません!」

 拳を握りしめて強く言うスイカの姿に、カナミは何故だか口を挟めなかった。しかし、スイカは自分の意見を続けて言う。

「あのときは、どうして首都高速を速く一周することだけを繰り返していたのかわかりませんでしたが、今考えると、あれはもしかしてミサイルを目標地点まで速やかに輸送するための予行演習だったんじゃないですか?」

「な、なんだって!?」

「これを見てください。以前のネガサイドの目標地点は霞ヶ関でした」

「霞ヶ関……と、すると……!」

 カナミやミアは鯖戸の視線を追った。すると、ネガサイドの狙いが何なのかすぐにわかった。

「「国会議事堂ッ!?」」

「連中め、日本をひっくり返すつもりかッ!」

 こうしちゃいられない、と鯖戸は勢いよく立ち上がる。

「スイカ! カナミ! 一刻も速く高速に乗って連中の企みを阻止するんだ! 万が一のために、用意したあれを使うんだ!」

「はい!」

 スイカは元気よく返事をして、ワゴン車へと走る。カナミもそれに続く。

 ワゴン車には、もしものときに積んでおいたモノがあったのだ。

(私とカナミさんのボーナスで、新しく生まれ変わったマシンで……私とカナミさん、二人で……二人で……)

「ウシシシシ、顔がほころんでるぜ」

「わ、わかってるわよ!」

 スイカは慌てて緩んだ顔を引き締める。そしてワゴン車から修理して積み込んでおいた青いバイクを出す。

「さあ、カナミさん行きましょう!」

「はい!」

 凛々しい返事にスイカの鼓動は高鳴り、天まで舞い上がりそうだった。そのままの勢いでスイカはバイクに跨り、カナミの後ろに乗り込む。

「さっさと出しなさい」

「み、ミアちゃん?」

 カナミは驚いた。いきなりミアが後ろに乗り込んできたのだ。

「あんた達二人だけに任せておけないわ。私もついていくからありがたく思いなさい」

「で、でもでも、三人乗りって結構危険よ!」

 スイカは大いに慌てた。理由はわからないが、三人乗りって確かにやったことないから危ないよねっとカナミは密かに思ったがそれにしては慌てすぎだ。いつも落ち着いているスイカらしくない。やはり非常事態だから平常心ではいられないのか。

「自分の身は自分でなんとかするから、心配ないわよ」

「で、でもでもでもでも……!」

「つべこべ言ってないで、時間がないんだから速く出しなさい!」

「わ、わ、わかったわよ!」

 スイカらしからぬ粗雑な返事をしてから、無理矢理エンジンを吹かせる。

「二人ともしっかりしがみつきなさいよ!」

「はい!」「ええ!」

 二人の返事にスイカは心密かに思った。

(カナミさんにだけこの台詞を言いたかった……!)

 運命のイタズラか。夢が実現しなかった現実にスイカは涙をグッと飲み込んだ。



 バイクを発進させてから、すぐに首都高速に入った。

 放送で宣言してからまださほど時間が立っていないため、今ならまだ間に合うというのがマニィの発言だった。敵はミサイルを収納できる大型車両で高速で走っているのだから少なくとも時速百キロ以上で走っていることを考えると、すぐに特定できるはずだ。

「トラック程度の速度だったら、すぐに追いつけるわ!」

 豪語したスイカは高速に入ってからはスピードメーターを振り切るほどの速度を出す。後ろにしがみついている二人のことなんて考えず、振り落としかねない勢いだったが、二人がこの程度ではものともしないと信頼していた。むしろ「カナミさんはもっと強く抱きしめて欲しい」といった下心丸出しでスピードを全開にしているのであった。

 道路はミサイルにより攻撃のため、人々はまだ混乱の渦中にあるのか、車はあまり走っていなく、スピードは思い通りに出せた。それは敵にも同じことが言えただろうが、やはりスピード全開のバイクならトラックに必ず追いつけるはず。

 その確信通り、早くも高速で走るトラックの影を捉えることができた。

「あれが敵のトラックでいいの?」

 カナミは確認を取った。

「トラックの速度はどう見ても時速150キロは出ているわ。奴らでなければこんな時にそんな芸当はできないわ」

「それなら、遠慮はいらないわね!」

 ミアは右手でヨーヨーをトラックに投げつける。5百メートル以上も離れた距離から一条の糸が光のように伸び続け、ヨーヨーはアンカーのようにトラックの後方に絡みつく。

「行くよ、カナミ!」

 活きのいい掛け声とともにミアは呼びかけるが、正直カナミはついていけない。ここからどうすればいいのか、わけがわからない。

「え、ええ? どうするの!?」

「こうするの!」

 ヨーヨーの糸が、ミアをトラックへと手繰り寄せる。その際にミアはカナミの手を繋ぎ、カナミを引っ張っていく。

「これはいつも手に戻ってくるヨーヨーの気分よ! 今回は私達がヨーヨーの方に戻るのよ! そうよ、私はヨーヨーよ!」

「ええぇぇぇぇッ!? きゃあぁぁぁぁぁぁぁッ!!?」

 ミアのノリノリな説明をかき消すほどのカナミの悲鳴であった。時速百五十キロ程度なので、バイクに乗っていたときほどのスピードはない。だが、それはあくまで数値上で表されている問題に過ぎない。バイクに乗っているときよりも受ける風や空気抵抗は段違いだ。

 飛んでいる。空を飛んでいる。

 いや違う。これは飛んでいるとは何か決定的に違う。空を飛んだことはないけど違う。そう、これはダイビングだ。スカイダイビングの落ちているときのような感覚だ。スカイダイビングもやったことないけど、これはスカイダイビングだと何故か確信が持てた。

「ワアァァァァァァァァァッ!!」

 だが、確信が持てたからといって、悲鳴が抑えられるかといわれたら、それはそれで別問題だった。

 ヨーヨーに吸い寄せられて、トラックの側面を壁蹴りして、天井に取り付く。バイクを離れてからこの間僅か数秒程度に過ぎなかったが、喉が潰れるほどの悲鳴をあげつづけていたんじゃないかと思った。もっとも、魔法少女として身体能力が強化された状態で数秒間叫んだくらいでは潰れるはずがないのだが。

「もう二度と……ヨーヨーにならないよ……!」

 半ば錯乱した思考回路から出た言葉はカナミ自身も意味不明だった。

「さあ、あとはトラックを止めるだけよ!」

「え、ええ……」

 カナミはかろうじて返事をして屋根に立つ。

「お前達などに止められるものか!」

 そう言って屋根に現れたのはタンクトップを着て、大きなテンガロンハットを被って顔を隠している男だった。

「あ、あんたは……バンザイ!?」

「カンセイだ!」

 カンセイは即座に名前を訂正させる。

「カナミは記憶力に問題がある、と……」

「脳みそが借金のせいで老朽化しているのね」

「前に一度会ったくらいだから、名前を憶えていなくても仕方ないでしょ!」

 マニィやミアにダメ出しされて、カナミはどっちが敵なのかわからなくなった。

「おのれ、敵の名前を忘れるとはなんたる侮辱!」

 カンセイは拳を握りしめて、こちらを睨みつけている。おかげでとりあえずこっちが敵なのだと再認識できた。

「このような侮辱を受けたのは初めてだ、許さん! 我らも切り札を使わせてもらう!」

 カンセイの宣言とともに、トラックの側面が全開放される。カナミ達はジャンプして落伍を免れた。

「こんなもので振り落とそうとするなんて、しみったれた切り札ね」

 ミアが毒づいたのもどこ吹く風でカンセイは両手を広げて、トラックの中から現れたミサイルを見せる。

「み、ミサイル……!」

「そう、これこそ我らがこの国・日本を恐怖と混乱へと導く切り札! だが、お前達にはお前達への切り札を用意してある!」

 ドン、と重厚な足音が響く。足音の正体が見えた瞬間、カナミ達に衝撃が走った。

「あ、あ、あああッ!?」

 それには顔が三つあり、腕が六本もあった。

「阿修羅像ッ!?」

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