第5話 来店! 古きを知るは少女の義務? (Aパート)

 夜の波止場というのは素敵なものだ。

 規則正しく並べられた埠頭に、そこから運び出されるコンテナ。どこへ向かうかもわからない貨物船が何の予定も無く停められていても不思議に思う人はいない。いや、それ以前に、何よりも人気(ひとけ)がないのだ。

「どう考えても、怪しいシチュエーションの揃い踏みね」

 そんな中で、悪巧みをする連中が動かないはずがない。

 夜の闇に溶け込むかのような黒服を着込んだ男達がアタッシュケースを交換している。

「さて、出番よかなみちゃん。可愛く決めちゃいましょうか」

 その様子を観察していた銀髪の女性はウインクしてもう一人の少女に語りかける。

「……可愛くね」

 かなみと呼ばれた少女は、ため息混じりに答える。

「はいはい、仕事に私情を持ち込まない。ちゃんと成功報酬ははずむから」

「報酬……!」

 かなみはその言葉に激しく反応する。

「よし、頑張る!」

「その意気よ、行きましょうか!」

 そう言って、銀髪の女性はドライバーは、かなみはコインを取り出す。

「「マジカルワークス!」」

 それぞれのアイテムを掲げて、高らかに魔法の言葉を紡ぐ。

 するとライトアップされた夜景の光さえも呑み込むまばゆい光が辺りを包み込む。黒服の男達もそちらの方に注目する。そして、光が集束するに連れて光を放っていた女性と少女の輪郭がはっきりと見えてくる。

「愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!」

 フリフリの黄色を基調とした愛らしいドレスのような衣装を纏った金髪の魔法少女カナミと、

「白銀(しろがね)の女神、魔法少女アルミ降臨!」

 下着といってもいいへそ出しの布地に、つなぎのような半袖の上着を羽織った銀髪の魔法少女アルミが、姿を現す。

 そして、カナミは錫杖を、アルミはドライバーを黒服の男達に向ける。

「さあ、観念しなさい悪党ども!」

 悪党と呼ばれた黒服の男達は即座に拳銃を取り出す。

「え、ちょッ!? いきなりィッ!?」

「秘密を見た者は即射殺。わかりやすくていいじゃない!」

 慌てふためくカナミに対して、アルミはかなりの余裕でドライバーを構える。

「撃てぇいッ!」

 中心にいた男が号令をかける。

 黒服の男達は一斉に銃を放った!

 しかし、放たれた無数の弾丸が魔法少女達に届くことはなかった。錫杖から放たれた魔法陣が弾丸を受け止めたのだ。

「防御魔法の発動、ぶっつけ本番にしてはやるじゃない!」

「こんな無茶苦茶なレクチャーがありますかぁッ!?」

「現実にあるんだから受け止めなって!」

「受け止めるのは銃弾だけでたくさんよッ!」

「はいはい、それじゃ今度は攻撃のレクチャーね!」

 そう言って、アルミはドライバーを振る。するとドライバーは大きくなり、アルミの身体を遥かに凌ぐサイズまでになる。その巨大なドライバーが振りぬかれると、そこから発生する風は暴風であり、黒服の男達が吹き飛ばされていく。

「こんな風にやってみて!」

「できるか! それなら、私はこうする!」

 カナミは錫杖から魔力で生成された弾丸を撃ち出す。撃ち出された弾丸は銃弾よりも速く強く敵を撃ち抜く。

「うん、まあそれも正解ね。魔法による戦い方は人それぞれだからね」

「だったら、レクチャーの必要はないんじゃないの!?」

「うむ、もう教えることはなにもないぞよ」

「はやッ!? っていうか、『ぞよ』って何よ『ぞよ』って!?」

「それでは、私からの最初にして最後のテストよ。こいつらを一人で蹴散らして見せなさい!」

「それって、単に自分がめんどくさいだけじゃないの?」

「ほらほら、報酬が欲しかったら働け!」

 アルミはそう言ってカナミの背中を押す。いや押すなんて優しいものではない。押し出すといってもいい力の入れ具合で、カナミは一気に黒服の男達の至近距離まで飛び出された。

「え、ええッ!? な、なんで、こうなるのぉぉぉぉぉぉッ!?」

 夜の波止場というのは素敵なものだ。

 人気がないのはもとより、少女の絶叫しようが、助けに来る人なんていない。

 少女は世の無情を知り、また一つ大人になるのであった。


**********


「かは~~~」

 かなみは疲れていた。昼休みのチャイムを鳴ると同時に、昼食もとらずにグッタリと机に突っ伏した。

「かなみ、お疲れだけどどうしたの? 目にクマができてるけど、寝不足?」

「う~ん、ちょっとね……」

「この時間、いつも寝ているけどお昼は食べなくていいの?」

「いいの、いいの……ダイエットにはちょうどいいから……」

 しかし、かなみの本心は違った。

(朝起きれないし、弁当作るお金がない……)

 友達に嘘をついているというわずかばかりの罪悪感に小さくため息をつく。

「そういえば、また投稿されたんだよな」

 ふと教室の隅の男子の声が耳に入る。

「ああ、メッチャリアルなCGだったぜ」

「CGじゃなくてリアルにいるんじゃねえか?」

「魔法少女カナミが? そんなバカな! 本当にいるものかよ!?」

「だけど、ありゃ、相当リアルなもんだろ」

「本当にいるんだったら、わざわざステッキとかグッズ販売までしてないだろ……」

「でもよ、あのステッキ……ちょっと、いいかなと思ったけどな」

「おまえ、じゃあ、買ったのかよ?」

「……一つ、試しにな」

「マジか……」

 そんな他愛の無い男子の会話が聞こえてくる。傍から見れば何を言っているのか理解に苦しむ内容だが、かなみにはしっかりと理解できる。

 何しろ、当事者なのだから。

(あんな人達が、私の収入源だなんて……)

 そのステッキが売れるとその分だけかなみに収入が入ってくる仕組みになっていて、かなみにとっては嬉しいことなのだが、そういった購入者が身近にいると心境は複雑なものだ。

「そうそう今度の土曜、かなみん家に遊びに行っていい?」

「あ、遊びに?」

「久しぶりにかなみん家で遊びたいの、いいでしょ?」

「ご、ごめん……うちで今遊べないの!」

「え~」

「ごめんね、ちょっとたてこんでるから!」

 友達はため息をついて、食堂の方へと向かっていく。

 そのあと、かなみは大きくため息をつく。

(うちで、遊べるわけないじゃない……)


**********


 放課後、かなみは友達と別れてすぐ電車に乗り込む。

 電車に揺られている間は長く、目的の駅に着くまでの時間はじっくりある。その間、かなみはまだ友達からの誘いを断ったことを悔やんでいた。

「悔やむくらいなら招待すればよかったじゃないか?」

 窓辺から少年の声が聞こえる。だけど、その椅子には誰もいない。あるのはねずみのようなぬいぐるみが一つ置かれている。

「出来るわけないでしょ、あんなオンボロアパートに」

 かなみはそのぬいぐるみに、受け答えする。まるで同級生と会話するかのように親しげに。

「まったく、もうちょっといいアパートがなかったのマニィ?」

「残念ながら、あれが一番格安の物件だったんだよ。それに隣人に恵まれているだろ」

「そりゃ、たまにおすそ分けもらっているけど……」

「幸い、君は世渡り上手だ。ああいった物件の方がうまくやれるという上の判断だよ」

「褒めてるの、それ?」

「褒め言葉に聞こえなかったのなら、君の読解力に問題があるよ」

「なんですって!」

 思わず怒鳴ってしまう。

 こんなことで、体力を無駄遣いしてはいけないと思いつつ、憎まれ口を叩く相棒のマニィに文句を言わずにはいられなかった。


**********


「はあ~」

 ため息をつきながら、ビルの階段を上がる。

 このビルに上がるときはいつもそうだ。一段上がるたびに気が重くなる。

「通過儀礼みたいなものだよ」

「誰に向かって言ってるのよ?」

「いや、別に」

 三階まで上がって、株式会社『魔法少女』の看板が吊り下げられたオフィスへの扉を開ける。

「おはよう、かなみちゃん」

「………………」

 奥の座椅子に居座る青年と事務的な挨拶をしてくるが、それを無視してタイムカードを入れる。入れるなり、即座にかなみは青年の方へ歩み寄った。

「昨日の報酬は!? さっさとよこしなさいよ鯖戸部長!」

 鯖戸と呼ばれた青年が書類仕事している机をバンと叩いて、要求する。

「昨日のというと?」

「とぼけないで!」

 再び強く机をバンと叩く。それほど広くないオフィスなものだから、隅にいた少女・みあの耳にまで届いた。

「昨日の悪党退治の報酬よ! あるみ社長に散々な目に遭わされたんだから、はずんでくれないと割りに合わないわ!」

「その件については社長の方に言ってくれ。僕は一切関与していないからね」

 鯖戸はやんわりと受け流す。

「そんなこと言ってもごまかされないわよ! それ以前に社長はどこにいるのよ!?」

 これは何度もやられた対応だ。

 この会社では請け負った案件、例えば悪党退治や秘密結社の撲滅といった俗に言う普通の人間では対処できないような仕事を引き受けて、それらをかなみ達社員が魔法を使って達成していくのが株式会社『魔法少女』の業務なのだが、かなみの場合、正当に報酬が支払われることは少ない。

 毎回、何かにつけて報酬を没収されていくのが慣例になりつつあるのだ。しかし、これも毎回のことなのだが、かなみにとっては死活問題のため易々と引き下がるわけにはいかない。

「もうすぐ来るはずだよ。あ、そうそう、新しい案件が入っているから、どうかな?」

「報酬は?」

「第一声がそれだと、がめつい女の子だと思われるよ」

「それが借金返済の足しになるなら気にするわよ」

 借金返済。それがかなみにもっとも重くのしかかっている事案だ。ある日海外出張している親がいきなり行方不明になって、一億円以上の借金があることを黒服の男から告げられて、成り行きに任せてこの鯖戸という胡散臭い青年と契約を交わしてこの会社に入社した。それ以外に十四歳のかなみが平気で人身売買するような黒服の男から逃れる術はなかったからだ。

 そういった意味では鯖戸のおかげで借金取りから逃げる生活を送らずにすんでいるので、感謝すべきなのかもしれない。

 だが、それはそれ、これはこれである。第一こんないやみったらしい笑いを浮かべている男に感謝することはないんだ、とかなみは常日頃思っている。

「形振り構っていられないわけだね」

 鯖戸はそう言って微笑みで受け流す。

「そういうことよ。で、その案件の報酬はいくらなの?」

 借金の返済で給料が搾取されているかなみにとって報酬によって生活が成り立っているといっていい。現に今回やその前の案件の報酬がまともに入っていないせいで、昼食もまともにとれないようなジリ貧になっているのだ。

「十万円」

「引き受けるわ!」

 金額を言われてから、返事を返すまで一秒にも満たなかったかもしれない。

「即答とはね。でも、今回はみあちゃんと組んでもらうよ」

「はあッ!?」

 不意に自分の名前を出されて、みあは抗議に駆け寄る。

「なんで、あたしがこいつと組まなくちゃいけないのよ?」

「まあまあ。その方がかなみちゃんも仕事がやりやすいと思ってね」

「そんなの知ったことじゃないわよ!」

「みあちゃん! 報酬が十万なんだよ! 一緒にやろうよ!」

「報酬なんて、あたしにはどうでもいいし。大事なのは面白そうかどうかよ」

「お嬢は、好奇心の塊みたいなものだからな!」

 みあの肩に乗る馬のぬいぐるみ・ホミィが陽気に付け加える。

「……さっすが、お金持ちは言うことが違うわね」

 かなみが嫌味を言いたくなるのも無理はない。

 みあは玩具メーカーの社長令嬢で、自分で稼ぐ必要なんてまったくない本当のお嬢様だ。行動理由は面白いかどうか、興味がわくかわかないか、それが全てなのだ。

「そうよ、借金でにっちもさっちもいかなくなって、形振り構わず仕事を引き受けるあなたとは違うのよ」

 嫌味たっぷり言われるが、事実なものだから「む~」と唸るぐらいしかできない。

「わ、私だって……仕事は選ぶもの! 報酬とか、報酬とか、報酬とか……」

「それで、その案件の内容は?」

「ある法具の回収だよ」

 そう答えながら鯖戸は地図を広げる。

「もっとも、正確に言うと法具かもしれない品物だけどね」

「法具かもしれない……それってどういうこと?」

「法具っていうのは一定の量以上の魔力が内包されている品物の事なんだけど、ちょっと測定不能な事態になってしまってね」

「測定って言ったって、どうやってそんなモノ測ってるのよ?」

「それは企業秘密だよ」

「この会社、やたら企業秘密を抱えているわよね」

「秘密がないとやっていけない稼業だからね、魔法少女というのは」

「あなたが言うとやたらブラックに感じる台詞ね」

「まあ、それはさておいて。測定できないとなると君達魔力を扱える魔法少女がその肌で感じて欲しいんだよ」

「肌で感じるってどうやって?」

「まあ、行けばわかるよ」

「なんかいわくつきのものじゃないでしょうね?」

 みあが訊くと鯖戸はフッと笑う。

「行かないとわからないよ」

「面白そうじゃない。ちょっと興味が出てきたから行ってあげてもいいわ」

「本当ッ!?」

「ちょっと待ってぇぇぇッ!!」

 青髪の少女で急激な速度でオフィスに入室してきた。

「翠華、さん……?」

「ハァハァ……かなみさんとは私が行くわ……!」

 彼女・翠華は息を切らしながら、目を血走らせてそう訴えかける。

「しかし、今回の案件はみあちゃんと組むことがもう決定事項になっているんだよ」

「決定事項は変更するためにあるのよ! かなみさんは私がついてあげないとダメダメなのよ!」

「翠華さん、私ってそんなにダメな子なのかな……?」

 一応入社してから日が浅い自分に対する配慮なのかもしれないが、とかなみは心の中で予防線を張る。

「翠華ちゃん、後輩想いなのはいいのだけど君は今日社長と出張の予定じゃなかったのかい?」

「え……?」

 鯖戸の発言で、というより「社長と~」からの問いかけで、翠華の血の気が一気に引く。

「しゃ、しゃしゃ、社長と……?」

「うん、タップリと楽しんでくるといいよ」

 鯖戸はニコリと悪意のカケラもなさそうな笑顔で告げる。

「オーケー、すいかちゃんッ! 地獄に旅立つ準備はできた!?」

 ノリノリで扉を蹴飛ばして入ってくるあるみ。さっきの翠華のときもそうだが、このオフィスの扉の立て付けは大丈夫なのだろうかと訊いてはいけない。

「じ、地獄って、なんですか社長ッ!?」

「地獄はヘル、ヘルはヘブン、ヘブンは天国よ♪」

「意味がわかりません! っていうか、襟を掴まないでくださいッ!!」

 恐るべき速度であるみは翠華を連行していく。翠華は必死の抵抗を試みるが、力でかなうはずがない。

「か、かか、かかなみさぁぁぁぁんッ!!」

 翠華は最後の頼みの綱のかなみにすがる。

「翠華さん、お盆には会いに行きますからね」

 合掌。綱はあっさり断ち切られる。

「い、いやぁぁぁッ! 死にたくないッ! 死にたくなぁぁぁぁいッ!!」

 絶叫とともにガタン、と凄まじい音を立てて二人は姿を消す。もう一度言うがここの扉の立て付けは気にしてはいけない。

 そして、嵐が過ぎ去った後の静けさのようにシーンと乾いた風が吹く。多分気のせいだろうが。

「なんだったの、今の?」

 呆れ顔で一部始終を眺めていたみあは一言漏らした。

「さあ? 自然災害みたいなものだからね」

 シレッとした顔で鯖戸は答える。

 巻き添えを食らうことを避けられたかなみは安堵する。


**********


 かくしてなし崩し的に、かなみはみあとともに目的地に赴いた。

「んで、結局あたしが行くことになったけど、メンドくさいわね」

「ぼやかないんでよ、上手くいったらお菓子ぐらい買ってあげるから」

「雀の涙の給料からなけなしの生活費をはたいて買うお菓子……ちょっとおいしそうかも……」

「お嬢の蔑んだ目が最高だぜ!」

 ホミィが興奮気味に言う。そのせいでかなみはさらにへこむことになる。

「みあちゃん……私だって貯金とかヘソクリとかあるのよ」

「へえ~、どれくらい?」

「え、そ、それは……」

「千円ぐらい、かな」

「マニィ、余計なことを言わないで!」

「ぷふぅ」

 みあは鼻で笑う。

「みあちゃん、笑わないでよ! そりゃ、みあちゃんのお小遣いに比べたらちょっと負けるかもしれないけどさ! それでも、それでも私が一生懸命魔法少女やって死ぬ想いで稼いで借金返済で泣く泣く刈り取られて残った大事な大事な貯金残高なんだよ!!」

「ああ、もう、必死なのはわかったから、って本気で泣かないでよ!」

「だって、だって……! 自分で言っておいてだんだんみじめな気持ちになってきて……」

「ま、負け犬……」

「そりゃ、私だって頑張っているんだよ……貯金したいんだけど……それぐらいしか貯まらないのよ……!」

「それが千円だなんて……私のお小遣いに勝つか負けるか以前の問題ね」

「ちなみに参考なまでに君のお小遣いとやら聞かせてもらえないか?」

「ん、そんなに知りたいわけ? しょうがないわね」

 みあはマニィに耳打ちする。

「…………ハァ」

「ハァって何!? そのため息、何ッ!? ねえ、一体いくらなの! ねえ、ブルジョワのお小遣いっていくらなの!?」

「かなみ……世の中には知らなくていいことだってあるんだよ」

「知らなくていいほどの額なのね、わかった……!」

 そして、かなみは固く握りしめ、誓うのであった。

「ブルジョワ、死すべし……!」

「うわ……借金持ちの貧乏人のひがみってみっともないわ……」

「俗に言う負け犬根性ってやつだね」

「……で、なんでもいいけど、さっさと仕事終わらせてご飯にしましょ!」

「いいよね、みあちゃんは……ご飯はいつも三ツ星なんだから……私なんか、私なんか……!」

「いつまでもいじけるな! ああ、わかったわよ! かなみの分もまた用意してあげるから!」

「ホントッ!?」

 かなみの瞳がギラリと光る。その迫力にみあは思わず一歩引く。

「え、えぇ……」

「みあちゃん、大好き! 愛してる! 持つべきものはブルジョワジー!」

「ちょ、やめて! ひっつかないで! さっきと言ってること違うけど!」

「さあ、張り切って行きましょ! 三ツ星料理が私達を待ってるわ!」

「……報酬じゃなくて?」

「かなみの頭の中じゃ金欲より食欲だ。朝昼何も食べてないから」

 マニィは食生活をよく理解している。

「……三食きっちり食べられるのは給料日ぐらいよ」

「よく倒れないわね、そんな生活して」

「お裾分けくれるお兄ちゃんがいなかったら、ダメだった時は何度かあったよ」

「お裾分けって都市伝説だと思っていた」

「かあー! これだからブルジョワ―がぁぁぁッ!!」

「あんた、態度コロコロ変わりすぎよ! っていうか、話が進まないからさっさと行くわよ!」

「とは言っても、目的地はもうすぐそこなんだけど」

「もう、そんなに近かったの?」

「本来ボクは会計であって、ナビが役目じゃないんだけど」

「この際どうでもいいわよ。んで目的地はどこなの」

「あの骨董屋だよ」

「うぇッ、こ、骨董屋!?」

 そう言われると古い木造の家が視界に入る。その家は朽ちていて、いつ潰れてもおかしくない印象を抱かせる年季の入り用である。

「こんなところに法具なんてあるの?」

 普通に魔力の入った品物というと、かなみのコインや錫杖のように神秘的や特別な物を連想させてしまう。

「あ、でも、こういういかにもってところに案外あるかもしれないわよ」

「え?」

「ほら、法具って魔力が溜まっていればどんなモノでも法具じゃない」

「魔力は人の感情や情念の中にある。そういったモノが物に向けられた時、自然と魔力が溜まる。長い間存在していると必然的に人が溜まっていく。それこそ一円玉が入れ続けられる貯金箱のようにね」

「それでいつの間にか目標金額を突破して法具にまでなる、ってことがあるのね」

「そういうことだ。もっとも、一円玉を入れられるペースは品物にもよる。特に宝石や高級品は憧れや羨望といった感情が集まりやすい」

「だから、うちの経営って苦しいのね。そんな法具ばっかり集めようとしたらお金がかかるものね」

「へえ、物分かりいいじゃない。あなた、早死するタイプね」

「えぇッ!?」

「んじゃ、さっさと行きましょうか。年季物の中に法具があるかもしれないわよ」

 みあはそそくさと店の中に入っていった。

「案外、乗り気じゃないみあちゃん」

 かなみの目にはみあが思いの外張り切っているように映った。

 骨董屋の中に入ってみると、中の方も外から見た印象のまま埃が降り注いでいるような中で、切れかかった電灯が妙な薄暗さを演出している。

「も、物置じゃない、これ!?」

 みあは口に手を当て、埃を払いながら物色する。

「ほ、ホントにこの中に法具があるの?」

「さあ、ボクよりも君の方が感じ取れるんじゃないか?」

「私が?」

「君が武器に錫杖を選んだのは直感的に魔力を秘めていると感じ取ったからだ。魔法少女には魔力を扱える才覚と感じ取る資質がある」

「そ、そうなの……?」

「試しにこの中でいかにも魔力がありそうな物を選んでみるといい」

「え、ありそうなもの……」

「難しいことは考える必要ない。直感で選べばいい」

「うーん、そうね……」

 中を見渡すと、骨董屋に相応しく年季の入った品物で溢れている。埃被ったアンティークの人形、色あせたモダンの絵画、蜘蛛の巣が張られた誰かもわからない銅像。

 だけど、かなみが選んだのはそれらの品物ではなかった。

「あの瓶、かな……?」

 指を差した先にあったのは、何やらおもむろに布の蓋がされていて、よくわからない文様が描かれている、何か得体の知れないモノが詰まっていそうな瓶であった。

「これって、商品なの? どうみてもタダの置物じゃない?」

 みあがその瓶に興味を向ける。

「ほほう、その瓶に興味があるのかい?」

「なふッ!?」

 瓶の隣に妙齢の老人がいきなり現れた。

「い、いつからそこにいたの?」

「ホッホホホホ、わしはずっとここにおったよ」

「ずっと? うそ、いきなり出てきたでしょ?」

「わしは幽霊でもなく妖怪でもない、ただの人間じゃよ」

 そうは言われても、いきなり現れた上に、場所が場所なだけに妖怪のような不気味さを感じさせられた。

「それじゃ、おじいさんはここの人なの?」

「そうじゃそうじゃ、こんなところにお客さんが来るのは珍しいのう。特にこんな可愛らしいお嬢ちゃんが来てくれるなんてね」

「か、可愛らしい……」

 女の子であるかなみにとって、お世辞であっても、妖怪のようなおじいさんからでも、やはり言われると嬉しいものである。

「違う違う……お主じゃなくてお嬢ちゃんの方じゃ」

 おじいさんはそう言ってみあを指差した。

「当然よね、かなみなんかより私の方が可愛いに決まってるじゃない」

「むむ……!」

「うむ、結婚したいぐらいじゃ」

「は?」

「というよりも、結婚したい」

「ははぁ!?」

 おじいさんは極めて真剣な面持ちで言い放つ。

「あ、あはは、面白い冗談ね」

 これにはみあも乾いた笑いで返すしかなかった。

「冗談ではなく本気じゃ……! ほれ、こうして婚約指輪も用意してある!」

 そう言っておじいさんは手元から指輪出してみあに見せた。

「よ、用意って……! しょ、正気じゃないわよ! 大体あんたとあたしじゃ年の差があるなんてものじゃないわよ!」

「大丈夫じゃ。見たところお嬢ちゃんは九歳、わしは八八歳じゃよ」

「ど、どこが大丈夫よ! 十倍近くあるじゃないの!」

「年は十倍あれば、愛も十倍じゃよ」

「んなわけあるかぁぁぁッ!!」

「二人で立派な家庭を築くのじゃ」

「できるわけないでしょッ! あんたあと何年でくたばると思っているのよ!?」

「愛さえあれば関係ないのじゃ! 愛を添い遂げるのじゃ!」

 おじいさんはかがみこんで、みあの手に指輪をかけようとする。

「こんの! ふざけんな、ジジイッ!!」

 みあは思いっきりアッパーでおじいさんの顎を打ち砕き、おじいさんの身体は宙を舞った。

「見事なフィニッシュアッパーだ」

「うん、俺も食らってみたいものだぜお嬢のアッパー!」

「あんた達、感心してる場合!? みあちゃん、やりすぎ! おじいちゃんの人生をフィニッシュさせたんじゃないの!?」

「せ、正当防衛よ! あたしは悪くないもん!」

「き、気持ちはわかるけどやりすぎよ! ああ、もう! おじいちゃん、しっかりして!」

「……………………」

「どうやらお迎えが来ているみたいだ」

「まあ、幸せだったんじゃないか! 意中の相手に巡り会えてくたばったんだからな!」

 肩から聞こえてくる使い魔達の声はあまりにも無責任だった。

「え、縁起でもないこと言わないで!」

「いいじゃない? こんなジジイ、くたばったほうが世の中のためよ」

「それにはちょっと賛成だけど、ダメッたらダメよ!」

「うーん、これはもう手遅れかもしれない」

 マニィがおじいさんの様子を見て、諦めモードに入る。

「あーん、どうしてこうなるのよ、もう!」

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