第四章・涙1

 その機会は唐突にやってきた。


「お前、昨日、深川とラブホに入ってったろ」

 僕の目の前で怪しく笑いながらそう言ったのは、高校のクラスメイトである高野たかのつかさという男子生徒だった。彼と会話をしたのは、殆ど初めて。同じ教室にいるから、当然、存在は知っているし、どんな奴かも何となく知っている。しかし、彼のイメージはこれに尽きる。

 一度、史穂に告白して、フラれている奴。

 別に身の程知らずだとは思わない。史穂なんて、結局は地味顔なんだから、誰と付き合ってもそんなに不釣合いな印象は周囲に与えない。いっそ、史穂がオーケーしてくれたら良かったななんて思いながら聞いていたけど、この話を僕にわざわざ報告してきたのは、他ならぬ史穂だ。

「あたしにはルイがいるって知ってるくせに、わざわざコクってきたんだよ! ちょっと神経疑わない?」

 憤慨しながら言う史穂に、そうなんだ、と無感動に返答すると、ウケる、と史穂は笑った。

「そうだね、ルイからしたら敵じゃないもんね、あんなフランケンみたいなやつ。あたしには、ルイだけだよ」

 彼のどこがフランケンなんだろう。確かに面長で、頭のシルエットは長方形だけど、そんな身体も顔自体も大きくないし、血色もいいのに。

「違うよ、僕は史穂を信じてるから」

 否定するのは面倒なので、腕を絡めてきた史穂に適当な暗号を呟く。予想通り、史穂はその腕をきつくしてきた。

 だけど、彼の虚ろで怪しい表情は確かにフランケンっぽいのかも知れない。こんな表情で告白したんだとしたら、そりゃフラれるだろうな、と妙に納得してしまう。史穂を肯定したくなってきた。

「凄いね。あれが深川だって、解ったんだ」

 昨日の深川と言えば、クレアから抜け出してきたような服装をしていた。深川はこないだ誕生日を迎えて、四十になった。パッと見で無理してるんだろうな、と容易に察しがついた。

 渾身の一撃のつもりだったのだろう。僕の返答に、早くも高野はたじろいでしまった。

「認めんのかよ」

 少しばかり声を荒げた高野は、そう言えば不自然に突っ込んでいたポケットから手を抜いた。

「なに? 写真でも撮ったの?」

 図星だったようで、ばつが悪そうに高野はそれを取り出した。はっきりと僕と深川だと解るけど、明らかに手ブレしている。慌ててインスタントカメラかなんかで撮ったと言う印象がある。

「趣味、悪いね」

 やっぱり、昼間から入るのは良くなかったか、と思いながら、覚悟を決める。わざわざ死刑宣告をしに来てくれたのだ。こいつには感謝しなくてはならない。

「で、それ、どうするの? 史穂にでも見せる?」

 確率は五分だ。史穂が事を大きくしたいタイプかは解らないが、友達が多い分、誰かが問題にしてくれる可能性は充分にある。極端な話、それがこいつだっていい。

「いいのか?」

 さも意外そうに、高野が訊ねる。怪しい雰囲気が表情から消えて、フランケン感が薄れた。

「変なの。じゃあ何で撮ったの?」

 何を要求しようとしていたのかは解らないが、まあ、どちらにしても史穂との関係をのうのうと続けることが困難になるのは、結果として同じだろう。

「どうしてくれたって良いよ。結果はどうせ一緒だろうし。ただ、脅そうと思ってたんなら、申し訳ないけど期待には沿えない」

 写真を持った高野の手が、宙を彷徨う。

「もういい? 史穂を待たせてんだ」

 そう言うと、高野がようやく調子を取り戻したらしく、はっ、と笑った。

「もう、待たせんのは最後になるからな!」

 強がりのように響くその言葉に、僕は振り向く。あくまで、微笑みながら。言葉だけ取り上げると、僕の方が強がりのようなのに、とおかしくてたまらなかった。

「最後を惜しむくらい、したっていいだろう?」

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